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科学信仰

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2009-07-22

マルサスはぬるい件

前エントリで言及したマルサスの『人口論』について:

f:id:Cru:20090722235844g:image

歴史的に見ると、中国の人口は、常に世界最大級の規模を維持し、周辺世界との人口の流出・流入の比率が少なく、また人口増加と人口崩壊が周期的におとずれたという特徴があるそうな

前漢末期(紀元前後) 約六千五百万人

新(8 A.D−23 A.D)の動乱

後漢初期(25 A.D.) 約二千万人

後漢末(157 A.D.) 戸籍登録人口、五千六百万人

黄巾の乱

魏・呉・蜀合計 戸籍登録人口、一千万人未満

実際の減少はそこまで酷くなかったと推定されるが、西暦3世紀が中国史上、空前絶後の人口崩壊期であったことは確実視されているとかいう話もあるらしい。

以降、人口増加→扶養人口の限界→人口崩壊(王朝の交代)を繰り返し、やがて清朝の人口爆発時代に至る。

清代の人口増加

1662年 91,791千人

1852年 439,647千人

太平天国 (1851〜1864)

1870年 357,736千人

太平天国の乱で、ざっと一億の減少。

第二次大戦後、共産中国の「大躍進」時代の2千万人の減少なんてのは、歴史的に見れば「小災厄」程度なのかもしれませんね。

で、マルサスの「人口論」。

”人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しない”(Wikipedia

「人口増加率」という言葉があるくらいで、世代が進むごとに人口はN乗(N>1.0)で増えていくが、食糧増産は、そうはいかない。じりじりと増える食糧供給を人口増加曲線が追い越して、社会不安→戦争・疫病→人口崩壊。緩やかな増加と急激な減少。鋸の歯のように増減を繰り返す人口。中国に限らず、そういう歴史を人類は繰り返してきた。例えば、欧州では14〜15世紀に大きな人口崩壊を経験している。

地域ごとに見れば不安定な人口も、世界全体で見れば確実に増加してきました

世界人口がマルサス的に増えているなら、人口が二倍になるのに要する年数は常に一定のはずです。

ところが…

西暦1600年に 5億だった世界人口が二倍の10億になるのに約200年。

西暦1830年に10億だった世界人口が二倍の20億になるのに約100年。

西暦1930年に20億だった世界人口が二倍の40億になるのに約50年。

これは指数曲線(x=K^t)ではありませんね。

反比例曲線(x=K/(Ct-t))の性質ですね。

t(時間)→Ct(近い将来に予定される破局点)で、x(人口)→∞(無限大)になると。


冒頭のグラフを見てください。まさに反比例曲線。

これで、人口崩壊しないわけがない!


西暦1975年に45億だった世界人口が25年後の2000年に、二倍の80億にはなっていないので、世界の人口"増加率の増加率"は、鈍化してきています。

これは良い兆候でしょうか?

大きな人口増加セクターだった中国の強力な人口抑制策。これは、緩やかな人口崩壊策だという、なかなかうがった見方もあります。

そしてもう一つの大きな人口増加セクター、アフリカ。砂漠化の進行による1970年代以降の慢性的飢餓、そしてエイズの流行で人口増加率が鈍化傾向にあります。その間、各地で紛争も起きていますね。近年公開された映画「ホテル・ルワンダ」の舞台になったルワンダ内戦も人口問題が一つの大きな要因とか。(http://www.worldwatch-japan.org/NEWS/ecoeconomyupdate2003-1.html)

(東アジアは少子化傾向だというのに)世界は既に人口崩壊期の入口に差し掛かっているのかもしれませんね…

2009-05-05

地球にやさしい

結構遅くまで残業して、帰り際、振り返ればオフィス・ビルの窓の半分は明かりが煌々とついている。

ああ、がんばってる人が多いなあとは思ってみても、居残っている人員は昼間の半分よりははるかに少ないだろう。

恐竜が滅びた有名な白亜紀末の大量絶滅では全ての生物種の70%が絶滅したという推計もあるらしい。オフィスビルを生物種全体、オフィスビルの窓(≒部署、事業所)を生物種と考えてみよう。

窓の3割しか明かりがついていなければ、ほとんどの人は帰ったと推測できるだろう。

つまり6500万年前、ほとんどの生物は死に絶えた。

わずかな生き残りが壊れた環境を再構築し、空白になったニッチに放散して新生代の生物相を形作ったんだ。

それにもかかわらず*1――、我々はこうして自然に囲まれて、生態系の利益を享受して(生態系に依存して)生きている。

過去の大量絶滅なんて想像もつかないほどに再生された自然。*2

だから「地球にやさしい」というキャッチフレーズはずいぶん的外れなんだと思う。

たとえ全面核戦争で地球の生態系がほとんど破壊しつくされても数百万・数千万年後には豊かに再構築された生態系が地球を覆いつくしているだろう。

――ただし、そこには我々人類はいない。

だから、環境保護というのは一義的に我々自身を守るためにこそあるんだという事。

それが、前エントリの註で「我々人類の福祉・存続」という言葉を選んだ理由。

粉飾決算だろうか?

id:satohhideさまのところのエントリ「熱帯林がCO2排出削減の粉飾決算に利用される危機」を読んで:

当該番組を見ていないので、なんともいえないのだけれど…

通常、熱帯雨林はその存在自体がカーボン・ニュートラルなのではないかと思う。

土壌の有機成分(炭素)は速やかに分解され、森林の生態系に再利用されるので、季節変動等はあれど、長期的にみれば収支ゼロ。

一方、寒冷地の泥炭湿原などは海洋への吸収などに比べれば微々たるものではあれ、大気中の炭素収支的にはマイナスだろう。

熱帯泥炭林というものの存在を今まで知らなかったのだけれど、名称から類推するに、これは高層湿原の如く炭素定着メカニズムがあるという事なんだろうか? だとすると喪失は大気中の二酸化炭素濃度にそれなりのインパクトがあるような気がする*3

伐採・乾燥化・火災により二酸化炭素排出量がトータルで日本の年間CO2排出量に匹敵するというのであれば、早急に誰かが対策すべきだし、そのインセンティブとして排出量取引の仕組みが使えるのであれば使ったほうがよいのではないかと思った。

もちろん、短期的な対策で日本の年間排出量をチャラにしてしまうなんてのはインチキとしか思えないけれど、年間の炭素定着量の客観評価が可能なのであれば「全然アリ」なのではないかという印象を持った。

*1:というよりむしろ、それだからこそ。大絶滅によって生態学的地位が空かなければ哺乳類の適応放散も起こり得ず、我々人類も生まれてはこない

*2中生代よりはずいぶん貧弱になっている可能性もあるが

*3:炭素定着のメカニズムの有無をぬきにしてもどんな種類の熱帯林であれ、森林自体の水蒸気循環&気候に及ぼす影響も重要だし、生物多様性を考えてもその喪失は我々人類の福祉・存続に対して一定のリスクになると思うけれど