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本当のわたし その1 「空白を満たしなさい」と「苦手だっていいじゃない」

年末に読んだ1冊が面白かった。

空白を満たしなさい

空白を満たしなさい


Amazonでの紹介文。

世界各地で、死んだ人間がよみがえる「復生者」のニュースが報じられていた。


生き返った彼らを、家族は、職場は、受け入れるのか。


土屋徹生は36歳。3年前に自殺したサラリーマン、復生者の一人だ。
自分は、なぜ死んだのか?
自らの死の理由を追い求める中で、彼は人が生きる意味、死んでいく意味を知る―。


私たちは、ひとりでは決してない。新たな死生観を描いて感動を呼ぶ傑作長編小説。

死は、文学において重要なモチーフだ。
平野さんは、御自身の体験*1、震災、自殺者増加という社会問題*2などを通して死を見つめ、
この世を生き抜くための知恵について、この小説で語った。


それは、「分人」という概念だ。


…………

作中では、自殺対策のNPOで働く池端が、主人公の土屋徹生へ説明をする。


ふだん我々は、接する人や状況によって微妙に、あるいは大きく対応を変える。
それは一人の人間の中に、複数の人格があるから、という話。

私たちは、その対人関係ごとの色んな自分を、〈個人〉に対して〈分人〉と呼んでます。


分数の分に人。個人が整数だとすれば、分人は分数のイメージです。
個人は一人、二人と数える。その一人々々の中にまた、複数の違った分人が存在している。
土屋さんの中にも、例えば、奥さんとの分人が3/10、マンションとのお隣さんが1/10……とか、色々あるでしょう?


(中略)


どの分人も表面的な作りものなんかじゃない。本物なんです。全部、本当の自分です。


(P.326〜7 より抜粋)

人の心にはたくさんの「分人」があり、唯一不変ではなく変わっていく。
その理由は「歳を重ねたり、環境が変わったりすると、分人の構成比率が変わるから」。


そして、一人で過ごしているときはそれぞれの分人の余韻の人格で考えていて、
いつも「同じ自分」でいるわけではない。




「本当の自分」なんてない。
あるいは、「すべて本当の自分だ」ということ。



人格は他者とのコミュニケーションの中から生まれるのだ。
誰かの影響を受けた人格が、さまざまなバランスで浮上し、思考・行動する。



ひとの心の在り方をそんなふうに捉える理由を、池端は続けて語る。

人間は、生きていくためには、どうしても自分を肯定しなくてはならない。
自分を愛せなくなれば、生きていくのが辛くなってしまう。


しかしですよ、自分を全面的に肯定する、丸ごと愛するというのは、なかなか出来ないことです。
よほどのナルシストじゃない限り、色々嫌なところが目についてしまう。


しかし、誰かといる時の自分は好きだ、と言うことは、そんなに難しくない。
その人の前での自分は、自然と快活になれる。少なくとも、その自分は愛せる。


だとしたら、その分人を足場に生きていけばいい。
もしそういう相手が二、三人いるなら、足場は二つになり、三つになる。だからこそ、分人化という発想が必要なんです。


(P.331 より抜粋)


これが色濃く表れたのは、死に対する態度だった。
自殺者である徹生は、「復生」し、自分の死に様に翻弄されていた周囲をみて苦しんだ。


それを聞いた、同じ「復生」者であるポーランド人のラデックはこう言った。


死は傲慢に、人生を染めます。



(P.302 より 抜粋)


生きているときも、死ぬときも、それぞれ支える分人がある。
構成比率はその時々で違って当然で、
死に様だけがその人じゃない、いいときだってあったはず。


「自殺」をクローズアップしなくてもいい、
生きているどんな瞬間も平等だ。


この発想には、胸打たれた。
「分人」という概念を徹底して生まれた、冷静で温かい死生観。


きっと平野さんのこの思想で救われる人がいる。



わたしは、ある番組を思い出した。


2012年12月30日に放送された「苦手だっていいじゃない」。

苦手だっていいじゃない  テレビ朝日


2012年12月30日(日) 23:40 〜 1:40


番組概要


誰でも1つや2つ苦手なものってあるはず。
そんな苦手を克服するのではなく「苦手だっていいじゃない!!周りが理解してあげるべきだ!!」と主張する討論系バラエティー


出演者:オードリー若林、酒井敏也おぎやはぎ小木、博多大吉
バカリズムドランクドラゴンロバート秋山重盛さと美


出演者を「社交性に欠ける苦手弱者」と称し、さまざまな「苦手」を語るバラエティ。


「スーパーやコンビニで買い物すると、品物を見た店員さんに『この人、今晩カレーなんだ』などと私生活を想像されてしまいそうで苦手…」
「ボウリングで、仲間から熱いアドバイスをされるのが苦手」
「バイト募集の広告で『内輪の仲のよさ』を強調しているお店が苦手」


など、合計80個以上の「苦手」なことを上げていた。



平野さんの考えで読み解けば、
これらは、得意でないコミュニケーションによって生まれた「分人」だ。


生きていくうえでは、これらの分人の重要度を減らせば快適だろうけれど、
彼らにとっては、ある意味、芸を育むものにもなっている。


つまり、普段は認められない、苦手だ、と思うような分人も、
角度を変えれば「愛せる分人」になりうる。
もちろん構成比率は、その時々によって変えればよい。



ただわたしは、ある疑問にぶつかり、思い出してこの本を手に取った。



心とは何か―心的現象論入門

心とは何か―心的現象論入門



続きは次回。大作になりそうです。

*1:彼が1歳の折、父親が36歳という若さで亡くなったのだそうです。アマゾンには本人による動画も。

*2:細かい増減はありますが、日本は平成10年(1998)から前年度から1万人増の3万人超に。(警視庁資料より