静寂(しじま)を待ちながら RSSフィード

2017-01-12

いろんな性癖(「ご本、出しときますね?」新春SP)


こんにちは。年が明けましたね。
昨年は色んな世界が激動でしたが、今年はどうなるんでしょう。多くの人が笑顔で、たとえ思う通りにいかなくても、何となーく笑って生きていけるような世の中になってほしい。
個人的には「健康」「地道」「努力」「(多大なる)睡眠」を目標にする所存です。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

………
年末年始のTVでは、2017年1月2日22:00〜、BS JAPANにて放送された、文筆系トークバラエティ「ご本、出しときますね?」SP、とっても良かったですね。

f:id:CultureNight:20170112195607p:image:w360
MCはオードリー若林さん。
ゲストは朝井リョウ直木賞作家)、西加奈子直木賞作家)、村田沙耶香芥川賞作家)、綿矢りさ芥川賞作家)。
作家ならではの視点で語られる世相の話、本の話。全てが面白かった。
朝井さんの「2年後に出ててくるであろう、社会学として読まれる青春小説作家との対談に今から備えている」話に爆笑し、綿谷さんが岩波の「育児百科」を紹介しているのを見て、時の流れを感じた。西さんの「今、世間で自分に無関係でいられる出来事なんて何ひとつない」という見解に心の豊かさを感じ、村田さんが「ワイドショー(のどぎついニュースを)見ると吐いてしまう」に、妙に納得させられた。

中でも、自分がハッとしたのは性癖、性犯罪関連のお話。
皆さんの意見をざっくり。
「たまたま自分が世間から咎められる性癖を持っていないだけ。もし矯正させられたらむっちゃ辛いと思う(西)」「性犯罪者の更生プログラムが知りたい(朝井)」。「そういう人を、小説で救えると思う(村田)」「漫画などで、そういう表現を規制し過ぎてはいけない、抑止力になっているはず(朝井)」。
皆、安直に非難をしなかった。もし自分がそうだったなら、という視点。他人事ではなく「自分事」として捉えていた。作家とはこういう生き方をいうんだな。すごく感銘を受けた。

で、考えました。

あらゆる性癖は肯定されるべきである。他者を傷つけない限り。ただ「性」は往々にして、対象を必要とする。そこで犯罪が生まれてしまう不幸。
番組内で「もし(私が)猫にしか欲情しない…、とかだったら辛い。それは自分で選んだ訳じゃないやん(西)」なんて話が出たが、個人的には全然いいと思うんです。ヒトの性には必ず、心情や理性が関与するから、ある程度の変態性は仕方ないと思う。ただ、この事例の場合は、周りに迷惑をかけず、自慰に留めなくてはならないですよね。どっかの猫を捕まえてきて、手心を加えたら動物虐待だから。ここら辺の幅には癖の性質上、個人差があるだろうから、難しい所だ。
しかし、たとえ理解出来なくても、「そういう人もいるんだなあ」と肯定できるような人間でありたいです。自分は(あらゆる意味で)平凡な人間だと思うけど、何処かの誰かが見たらおかしな奴かもしれないから。

閑話休題
以下、犯罪に至る、普通の人々について言及してみます。

サイコパス*1ではなく、普通の人が罪を犯す場合、大抵は誰もが持つような性質が根になる。角田光代著「紙の月」で派手な横領をしたヒロインも、始めは「ちょっと借りるだけ。後で返せば問題ない」というところから、徐々に転落していったわけだし。
性犯罪も、そうじゃないかな。小さな独占欲や嫉妬心など、誰もが持ってる性質をあらぬ方向に膨らませてしまった結果。おんなじ人類として生まれて、そんなに性質に大差はないと思うのだ。文化的差異はあっても。

ただ「あらぬ方向」とは何か。

キーワードは「背徳」と「自傷」だ。
犯罪は、背徳感と切り離せないものだ。ひとつは、アウトロー的な観点から。社会に対する、歪んだ反骨心。自分が社会生活不適合者だと考えることで得られる、変なプライドってある気がする。無論、心を痛めながら罪を犯す人も多いと思うけど、行動しているうちに、だんだん麻痺してくると思うんだよね。そうやって罪は生まれる。
もうひとつは、自分に対する背徳感。端的に言うと「自棄」ですな。人は自信を失うと、さらに自分をダメにする場合がある。心または体が傷ついた時、そのダメージに健全な身体(か心)・外的状況を合わせ、全体レベルを同じくしようするのだ。あえて自分を汚す。つまり、犯罪とは一種自傷行為なのだ。

自傷行為の話になったので続けるが、自傷のベースにあるのは希死観念だ。死にたいことなんて、生きてりゃ誰だってある。厳密に言えば、行動せずとも、そう思う事すら自傷である。自分を見損ない、見捨ててしまった果ての感情だから。
しかし、「死にたい」ってのは、裏を返せば「生きたい」という叫びでもある。心が苦しみ彷徨うと、人は生きている実感を得たくなるものだ。己へ刃を向け、血を流せば、その瞬間、生々しい命が立ち上がってくるから。
誰もが持つ、ささやかな癖、性質。それが、何らかの理由で背徳や自傷のフィルターを通ってしまったとき、人は自分、あるいは他人を傷つけ、その先に犯罪を生んでしまうのかもしれない。

ただ、さんざん深層心理っぽい分析を書いておいてなんですが、性犯罪者の更生プログラムをざっと調べると、現在もっとも有効とされてるのは認知行動療法なんですよね。パブロフの犬じゃないけど、今まで性欲を感じていた行為・状況の認知が歪んでいると指摘し、「上書き」していく。
まず、歪みを意識させるんですって。例えば「人気のない夜道」だと、「怖いから避けよう」とか「(痴漢と)誤解されたくない」がよくある認知。しかし犯罪者は「ここなら(痴漢が)バレずに済む」と思ってしまう。これを指摘する訳です。で、その後は、とにかく意識と行動を変えるための訓練をするそうな。
カウンセリングが有効な気もするが、実際あんまり効果がないらしい。確かにそうなんだろう。原因はだいたい過去にあり、それはもう変えられないから。早急に抑止するなら、「この感情が湧いたらこっちの道を」と行動させてどんどん変えていくほうが、手っ取り早い。社会的にはね。そもそも、性のスイッチって「パブロフの犬」的な側面も、無きにしも非ずだから。

ただ、司法と小説は違う。
小説を読む行為とは、時空を越え、他人を生きることだ。一度きりの人生では経験しようのない事柄を、物語は生々しく、或いは寓話的に伝えてくれる。「多角的な視点」を得られれば、人は強くなれる。想像力を鍛えられるから。村田さんが「救いになる」と言ったのは、そういう意味かなあと。

……
人類と一口に言っても十人十色で、皆違う人生を生き、社会を作っている。
肯定と多角的視点。
つまりは、思い詰めずにゆるーく在ることこそが、生きづらさを緩和してくれるのではないか。
その一助になるのが小説だ。勿論、和歌や詩などを含む文学全般、音楽や美術、漫画や映画やドラマ、舞台、その他のエンタメも。


取りとめもないまとめになりましたが、そんな事を考えました。

新春から思いを巡らせてくれたこの番組に大感謝!です。さすが、信頼と実績の佐久間プロデューサー
そうそう、過去の番組が書籍化されるそうですよ。楽しみです。

*1:ここでは、脳などの器質的な疾患が人格形成に影響を与え、犯罪者になってしまった人を指します。

2015-10-22

叫ベマタヨシ(又吉直樹「火花」が試みた実験)

こんにちは。毎日寒いですね。こちらは相変わらずのしがない日々です。

先日、Eテレ「オイコノミア」で、経済学者大竹先生が、「又吉さん、今『火花』の売上はどれくらいか知っていますか…?」と電卓を叩き、ご本人とゲストの西加奈子さんに見せていました。あまりの数字に、二人とも絶句。
…野次馬根性から、あたしもつい、電卓アプリを開いてしまいました。そしてそりゃ絶句だ、と納得。

ネット配信でのドラマ化準備も、着々と進んでいるようですね。

又吉直樹『火花』がドラマ化、キャストに林遣都、浪岡一喜、門脇麦(2015.10.19)

CINRA.NET より)


外野の動きも眺めつつ、「火花」の解説もどきの続きを、のんびり書いていきます。
今日はここ。

文学としての価値
*撰択と転換の巧みさ/「急に感情を爆発させる」*1


VOGUE』インタビューより。

又吉
「それまでは丁寧にやっていたのに、急に叫びだして感情を爆発させるようなものって、音楽では多いけれど小説にはあまりない。
お笑いでも音楽でもそういうものが個人的にも好きなので、実践してみました。」

又吉直樹が、新境地・小説『火花』で試してみたこと。


この作品内で、それが最も顕著なのはこちら。
先輩・神谷が、同棲していた彼女・真樹の部屋を出て行く場面のあとの、回想シーンだ。

それから、真樹さんとは何年も会うことはなかった。
その後、一度だけ井の頭公園で真樹さんが少年と手を繋ぎ歩いているのを見た。僕は思わず隠れてしまった。
真樹さんはすこしふっくらしていたが、当時の面影を十分に残していて本当に美しかった。
圧倒的な笑顔を、皆を幸せにする笑顔を浮かべていて、本当に美しかった。
(中略)
誰が何と言おうと、僕は真樹さんの人生を肯定する。僕のような男に、何かを決定する権限などないのだけど、これだけは、認めて欲しい。
真樹さんの人生は美しい。あの頃、満身創痍で泥だらけだった僕達に対して、やっぱり満身創痍で、全力で微笑んでくれた。
(中略)
その光景を見たのは、神谷さんと僕が、最後に上石神井のアパートへ行ってから、十年以上後になる。

火花

火花

P.91〜92より抜粋。

ポイントは二つ。
まず、時系列を変えずに淡々と進んできた話が、急に「十年以上後」に飛んでいる。ストーリーの軸である、「徳永と神谷の芸人生活」を描かず、時空を超えている部分はここだけだ。そのため、物語の中で、この箇所だけが妙に浮いている。違和感とも幻想的ともとれる、不思議な場面だ

もうひとつ。
「美しい世界を台なしにすることが重要なんだ」と語る神谷を、主人公・徳永がはっきりと否定した場面でもある。
神谷のエキセントリックな表現に憧れつつも、自分には真似できそうもないと悩む徳永。が、後日談とはいえ、ここで初めて「僕は美しいものを肯定する」ときっぱり言っている。未来からの決別宣言。
そして徳永の言葉通り、二人の道はその後、徐々に別れていく。
ただ、ここでは、予兆もなく、徳永の気持ちを急に「爆発」させている、というのが重要。未来へ飛んでまでも真樹を肯定したかった、徳永の溢れんばかりの思いたるや。

……
似たような表現を、音楽から探してみた。
D
宇多田ヒカルFlavor of Life」(リンクは歌詞)

失恋ソング。慕う人を振り向かせられず、徐々に諦めていく女の子の悲しみが描かれている。
1番は「収穫の日を夢見てる青いフルーツ」など、夏の淡い初恋を思わせるような、甘酸っぱい雰囲気で始まる。その後、振られゆくさまを丁寧に描いているが、後半、急に回想シーンが入る。

忘れかけていた人の香りを突然思い出す頃
降り積もる雪の白さをもっと素直に喜びたいよ


いつの間に冬に…?、そして、さっきまでデートでのやり取りを描いていたたのに、何の説明もなく別れた後の世界に飛ぶのね…、という急展開。しかしそれは音楽で見事に補完されていた。
それまでのサビ→A→B、の繰り返しから一転、新しいメロディと和声がやや食い気味に、そしてささやくように入ってくる。つまり、音で場面を切り替えているのだ。まるで映画みたいな表現。流石としかいいようがない。

おそらく、又吉さんはこういうことを、小説表現の中で追求したいのだと思う。
率直に言って、『感情の爆発』の場面は、個人的には違和感と幻想性への感銘が半々、といった印象だった。
でも、不思議と心に残る。ちょっと反則っぽいなあ、って感じながらもだ。
基本的に、作家の個性は、イレギュラーな部分に出る。だから次回作でも、思う存分「爆発」してほしい、と思う。

又吉さんは今後、作品を積み重ねていくうちに、彼の敬愛する古井由吉さんみたいな、時空や人称が次々と変わるのに、世界観が巧みに貫かれるあの芸術的な表現を、万人に通じるポップな形で提供できる、異色の作家になるかもしれない。
それは、新しい文学だと思うし、芸人である彼にしか書けないもののはずだ。

勝手な妄想と期待をしたためて、今日は筆を置きます。ご静聴ありがとうございました。

*1:5月に行ったトークイベントレジュメより

2015-08-16

又吉直樹とボイン(「火花」の美を支えるもの)

こんにちは。扇情的なタイトルですみません。わざとです。

5月23日の『又吉直樹火花」ブックトークイベント 於 くすみ書房2F「BookBird」』*1から早3か月。
その間に三島賞次点、「アメトーーク≪読書芸人≫」でお勧めした本がバカ売れ(中村文則「教団X」その他の増刷)、芥川賞受賞、TBS「情熱大陸」出演、火花」大増刷、選評掲載の「文藝春秋」が100万部超え…、などなど、いろんなことがありました。出版界は又吉さんを中心ににわかに活気づいています。そういえば、株価を動かしたというニュースもありましたね。もはや社会現象です。
しかし、ファンにとっては尋常ならざる時間でもありました。あまりのことに、わたくし、一時は体調を崩しました。その節、ご迷惑をおかけした皆様、本当に申し訳ありませんでした(土下座)。

余談ですが、基本的に、今の出版業界の問題は構造不況にあるので、このブームがひと段落したらまた「売れない」の合唱が始まるのは目に見えています。そこんとこを省いて今回のブームだけ語ってもしょうがないだろ、と思う。
ただ、文学は永遠に不滅なので、形を変えて生き延びるはず。必ず。

文学とは何か。小説が好きで、エンタメより純文学と呼ばれるもの、また古典を敬愛する私は、よく考えます。
表現される場所の問題ではなく、一番は「作家性」。作り手の信念や人生が刻み込まれているかどうか。そして、その媒体にふさわしい身体性が入っているかどうか。この2点が重要だと考えます。
何をさておいても、「身を削って」は基本。時事や流行は後からついてくるものです。吉本隆明さんはそれぞれを「自己表出」「指示表出」と言い、芸術は前者のほうが大事だと語っていました。
そして、文章なら韻律、音楽ならフレーズや和声、絵画では色彩、またその全てにおける構成、にその人の生理や身体性が入っていることが肝要。ここが、美を生むんですよね(映像についても触れたかったのですが、あまりに無知なのでやめておきます)。
小説、漫画、アニメ、映画、絵、写真、彫刻、演劇、舞踏、などなど、媒体は関係ない。指示表出によらず、自己表出に命かけてるのが芸術で、私はそういうものに魅力を感じるのです。

さて、話を戻します。
トークイベントでお話したことに後日談を加えながら、解説もどきを書いてみることにしました。
今日はこちらです。(イベントで使用したレジュメより抜粋*2

文学としての価値
*文壇の評価「最高の処女作である」
*リズム・韻律の試み(情景描写)/自由律俳句のエッセンス(大喜利・一発ギャグ)

参考にしたのは芥川賞の選評、親交ある方々からの寄稿など。(2015.8.16現在)

文藝春秋 2015年 09 月号 [雑誌]

文藝春秋 2015年 09 月号 [雑誌]

文學界 2015年 09 月号 [雑誌]

文學界 2015年 09 月号 [雑誌]

また、三島賞の論考やその他の解説を参照し、「火花」が評価された点を大きく二つあげます。

・己が惜しみなく投入されている。
・視点の作家性

私小説でなくても、あらゆる作品にはその人の「我」、もっといえば生き様が入っていなくては、受け手に響かない。山田詠美さんは褒賞会見で「人生コストのかかった作品だ」という旨の発言をされていたが、「火花」はまさに「芸歴16年目の表現」*3であり、35年の彼の人生が凝縮されている。先達の作家らは、それを好意的に受け止めたようだ。

又吉さん独特の視点に関して。
お笑い界のキリスト、文学界の救世主にふさわしい「受容力」が根底を貫いている。自虐や悲哀をはらみ、生きる辛さを描いているが、暗くない。希望よりも少し手前の「大変だけど、まあなんとかやってこう」レベルの明るさがある。実に誠実な量の光だ。彼には地獄の可笑しみを余すことなく描く覚悟がある。
文学に毒され過ぎていない、純粋な部分が読んでいてすがすがしい」という評も聞いた。これは人柄というよりは、そうありたい、と願う彼の姿勢だろう。思想に近いかもしれない。あるいは、文学への強い愛が表れているとも言える。

さてさて、ここからは私の好き勝手です。いよいよ、ボインちゃんについて。
ええと、ボインとは、結局「母音」のことです。…ほんとすいません。怒らないでね。

火花」に至るまで、又吉さんは短編、掌篇、脚本、など様々な形で作品を作っている。もちろん日々のお笑いネタも同じ土俵で。
ただ、今回は特に、詩歌、主に俳句(定型・自由律)の影響を感じた。会話より、地の文のリズムが美しかった。音は意味に先立つ、と改めて感じるほど。

冒頭を例に挙げる。

P.3
地を震わす和太鼓の律動に、
高く鋭い笛の音が重なり響いていた。
海湾に面した沿道は白昼の激しい日差しの名残りを夜気で溶かし、
衣姿の男女や家族連れの草履に踏まれながら賑わっている。
沿道の脇にある小さな空間に、
返しにされた黄色いビールケースがいくつか並べられ、
の上にベニヤ板を数枚重ねただけの簡易な舞台の上で、
たちは花火大会の会場を目指し歩いて行く人達に向けて漫才を披露していた。

(改行、色付けはブログ筆者)

話は飛ぶが、声楽で、母音の発声練習をするときは、普通この順番でやる。

A→E→I→O→U

まずがばっと空けて、徐々に口をすぼめていく。声を出すのは出口が狭いほうが難しい。ゆえに、楽なところから少しずつレベルを上げるという方策です。未経験者はぜひやってみてください。

それを参照に、句点ごとの母音を抜き出すとこうなります。

A A A U E U O O

頭韻は、開かれた「A」に始まり、すぼまる「U」との大きな揺らぎを繰り返し、最後は「O」。続きをはらんだ消極性の音で落ち着く。
意味を追うと、音楽と遠景からはじまり、ぐっとズームインして視点を足元へと大きく転換させ、物語の軸を担う「漫才」の場面へと静かにつながっていくところです。海と空、花火への期待と簡素な舞台。どんぴしゃです。
もうおわかりでしょうが、これは、意味と韻律が見事に合致し、芸術の高みに到達した見事な冒頭なのです。
どこまで意図されたのかは分りませんが、これが又吉さんの力です。膨大なアーカイブを感じさせる、実に美しい文章。

気がついたとき、「おお…!」と震えましたよ。どこまで天才なんじゃ。

この文に惚れた方に、お勧めの一冊はこちら。本当に素晴らしいのでぜひ。

東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)



あと、ブレンディボトルコーヒーのエッセイも素敵ですよ(全9作)。スーパーやなんかでぜひ手に取って見てくださいね。

こんな感じで、秋は暇を見つけながら、ちょいちょい「火花」のことを書く予定です。異論反論はコメントにてどうぞ。ご静聴ありがとうございました。

*1:詳細はこちら

*2:全部読みたい方はこちらからご覧ください

*3:文學界2015年9月号、中村文則さんの特別エッセイのタイトル

2015-08-15

言葉の向こうには

こんにちわ。夏もそろそろ終わりますね。サンダル焼けした足の甲を見つめて、なんとも言えない気分になっている今日この頃です。あんなに日焼け止めやったのな…。

Twitterに載せようかなー、と思ったくらいの、雑記です。

芥川賞の全てのようなもの

過去の芥川賞直木賞の選評をまとめたサイト。文学好きなので良く活用しています。

で、思ったこと。

現代よりも過去の選者の方が、新人に対して大らかなんです。時代性なのかなあ。
今日たまたま、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」(1969)を読み終えたのです。
で、過去の選評を見ていて気がつきました。
言葉の向こうにいる、選者たちの表情がまるで違う。「褒めてはいるが評価していない」のと、「貶しているが期待している」のでは言葉は同じでも明らかにニュアンスが異なる。

勿論、先達の厳しい視線は必須。そして、過去の新人の方が、備えている武器が多かったのもなんとなく分かった。デビューの門戸が広がった今は、褒賞の段階ではまだ文学者と言えない人も少なくないのだろう。
でも、人を育てるって、文学を活性化させるって、どういう事なんだろう、と考え込んでしまった。

敬愛する野村克也さんは「ぼくは二流を一流に育てることは出来るが、超一流は育てられない」と仰る。
超一流は放っておいても勝手に伸びるからいいが(例外もあるけど)、育てるべき一流を増やす事があらゆるジャンルの活性化につながる。
温かい選評を、って事ではなくて、個人プレイヤーたる小説家はどう生きるべきかという話。


…まあ、「じゃあお前は人を評せるほど立派な生き方出来てるのかよ」って言われたらスライディング土下座するしかないので、ここらで口を噤んでおきます。ご静聴ありがとうございました。

2015-06-01

5/23又吉直樹「火花」ブックトークご報告(レジュメ付き)

こんばんわ。日差しが日に日に夏へ向かっている今日この頃、みなさまいかがお過ごしですか?。私は今日、浮かれて髪を切ってきました。お調子者の季節到来!ありがとうサマー!って感じです。これから3か月ほどビールを飲みまくり、かき氷を食べまくり、BAKAになります。…あれ、いつものことか。

…………

さてさて、2015年5月23日、又吉直樹火花」ブックトーク、なんとか無事に終了いたしました。
取り急ぎ、当日つかったレジュメを公開します。↓

                                                      2015.5.23
                                                  くすみ書房大谷地店2F BookBird
                                 又吉直樹火花」ブックトーク
火花」誕生の経緯と推移
又吉直樹さんについて
1980年大阪府寝屋川市生まれ。お笑い芸人。コンビ「ピース」として活動中。
作家活動:原点は「大喜利、一発ギャグ」。のちに脚本、自由律俳句も。

火花」出版の経緯
*2012年、文学フリマにて、「文藝春秋」編集者と出逢い、別冊文藝春秋に自伝的小説を掲載。その後、「文學界にも…」と持ちかけられ冒頭20枚?を提示、掲載に至る。
*「文學界」初の増刷(計4万部)、単行本35万部。三島由紀夫賞候補作にもノミネート。

あらすじ

売れない芸人の徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人である神谷と電撃的に出会い、「弟子にして下さい」と申し出た。神谷は天才肌でまた人間味が豊かな人物。「いいよ」という答えの条件は「俺の伝記を書く」こと。神谷も徳永に心を開き、2人は頻繁に会って、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする。
お笑いの世界の周辺で生きる女性たちや、芸人の世界の厳しさも描きながら、驚くべきストーリー展開を見せる。(本の話WEB「火花」特設サイトより抜粋)


作品の背景

≪「原偉大」という男(同級生、前コンビ「線香花火」相方):破天荒で純粋≫
*ポップカルチャーの影響:ブルーハーツ、くるりetc.邦楽ロック、
*2000年代お笑いブーム:「ルミネtheよしもと」創設、NHK「オンエアーバトル」
*芸人のプロレタリア的生活:借金・ギャンブル・女、先輩への傍若無人ぶり
(著書「東京百景」からの引用)

文学としての価値
*文壇の評価「最高の処女作である」
*リズム・韻律の試み(情景描写)/自由律俳句のエッセンス(大喜利・一発ギャグ)
*撰択と転換の巧みさ/「急に感情を爆発させる」(井の頭公園で太鼓のお兄さんに出逢う場面 他)
*ふたりの哲学「美しいものをいかに台無しにするか」(真樹との別れの場面 他)
*「神谷」のでたらめさ・矛盾だらけの人物像
(幼い女児への優しい対応、赤ちゃんに対して「蠅川柳」/キャラクターの否定→徳永の「模倣」)
*著者自身の信念「芸人であること」
悲哀に流れすぎず、多角的な目線を保っている。(ラスト、花火の場面 他)


こんな感じです。
前半は作品ができるまでと背景について、後半は作品そのものについてを話しました。

前半のポイントは、「原点はお笑い」「原偉大さんの存在」のふたつです。
又吉さんは「大喜利」「ギャグ」を考えることと、小説の着想を練る行為の根は一緒だ、と方々で語っています。笑いは彼の大切な芯なのだ。
また、原さんと一緒に過ごした「線香花火」の思い出が、この作品の要素としては、もっとも重要だ。ここはあえて断言します。
ファンから見ると、神谷は原さんがベースになっていて、そこにいろんな先輩が合わさって出来た人に見える。又吉さん自身は、直接のモデルではないと言っておりますけどね。ただ、彼が当時好きだった音楽やファッションなどのカルチャー、女遊び、貧乏・借金、また若さゆえの傲慢な行動(カリカの林さんに餃子を投げつけた話とか)、などなどは「火花」の世界そのものである、と明言していました。ここらへんはラジオ*1や、インタビュー記事を参考にしています。

後半は、本文や合評・批評の引用を紹介しながら進めました。
ここに至るまで、又吉さんは短編、掌篇など合わせると4作、小説を書き、脚本、エッセイ、自由律俳句など多岐にわたる著作を出している。でも、彼の処女作は「火花」と言って差し支えないだろう。この小説でかれは初めて自分の文体を獲得したのだ。誰もが知っている言葉で、誰にも書けない物語を作る力を手に入れたのだと思う。

出だしに、全てが表れている。花火大会の下でスパークする若者、という場面選択がすごくよい。エンタメ性の高い、対比的な構造だ。それから、スムーズではないが味のあるリズム感も気になった。
率直に言って、心地よいリズムの文章ではない。定型っぽくはじまりながらも、妙なところで破調になる。時々つまずくみたいな、そのリズムはまだ極まっていない、当然だ、処女作なのだから。でも、きっと磨かれていくことと思う。

(まだ追記途中です。おいおい書き足していきます)

ズブの素人ですが、これが私の「火花」を読んで感じたすべてです。




ちなみに、今回は「火花」にちなんだ音楽を随所でかけました。
開演時には真心ブラザーズ「サティスファクション」(ピースの出囃子)、元相方の原さんのことを話したときには、THE・ブルーハーツ「月の爆撃機」(原さんの好きな曲)、後半が始まるときには、くるり「東京」(又吉さんと原さんのコンビ「線香花火」の出囃子)。
ミーハー丸出しですが、「サティスファクション」で、このイベントを始められたことが、すごく嬉しかったです。

トーク内容はまた、近々追記する予定です。でもこれで大体全部だからなあ…。

当日、終始緊張が抜けず、だいぶふらついていた私のお話を熱心に聴いてくださったお客さま、本当にありがとうございました。皆様の温かさに助けられました。
今回、素敵な場所を提供してくださったBookBird大谷地とくすみ書房、ブックシェアリングの荒井宏明様、久住社長、また一緒にトークしてくださった木村洋平様に改めて、100万回のありがとうを贈ります。
また、遠くから見守り励ましてくださったみなさま、そうでない皆様、全ての方々にも、感謝を捧げます。(タモリイズム)

ざっくり更新で恐縮です。ご静聴ありがとうございました

*1:ABCラジオ「よなよな…」火曜、2015年4月14日、又吉さんゲスト回より。公式HP