2011-12-04
神について
日曜の議論で思ったのだが、
確率事象というのは、なぜそれがその値になるのか知りえないといういみで無知だ。
そこで神を想定する。神はその値を教えてくれる。
そうすると神というのは無知を抽象化したものと考えられる。便法とみなしても良い。
無知はいまだ知りえないことと決して知りえないことにわかれる。
その世界では決して知りえないことが神に相当する。
この世界とは現象の世界であり、様々な世界がある。
古典統計力学の世界は古典力学の粗視化によって生まれる別の世界である。
そして、それぞれの世界に対応する神がいる。これを「その世界の神」と呼ぶことにする。
神が神託するものは世界によって様々で、確率だったり、公理だったり、倫理だったり、なぜ人間が火を
使えるようなったのか、だったりする。
さて、粗視化によって親子関係になっている世界についてその親をみていくと、
極限があるかもしれない。この世界を「終端世界」、そこの神を「終端の神」と呼ぶことにする。
そして「終端の神などいない」と思う態度が科学内の一つの信仰である。
「終端の神」の住む神の世界は物自体のようなものだろう。
ところで、ニーチェによれば神は死んだらしいが、「その世界の神」は実際、死んでいるのだろうか。
さて、この私という独我がいる世界を「私の世界」と呼ぶことにしたい。すると、そこには「私の神」
がいるはずだ。それは、超個人的で、私がいなければ存在しない神だろう。
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