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2016-11-19

[]「〜で弱者が死ぬ」「〜が人を殺す」という動員要求

「〜で弱者が死ぬ」「〜が人を殺す」は人権感覚への一貫性を利用した人権派に対する動員要求である。

それぞれの人はそれぞれの関心事にそれぞれのリソースの範囲であたれば良い筈なのだが、「〜で弱者が死ぬ」「〜が人を殺す」という言葉で人権派は人を死から救うために動員要求に応じることを求められ、応じないことをもって「お前らの人権感覚は偽物だ」と嘲られるのである。

近年で言えば、クーラーを使えずに熱中症で死んだ人を挙げて「原発を動かさないと弱者が死ぬ」と言うのがその例であろう。

そして、その例であれば、少なくとも私はその動員要求に応じることはない。

有り余る電力供給があろうと電気を使えるだけの金と道具を持たない弱者が死ぬのであり、電力供給の全てを弱者にまわしても絶対量が足りないという状況でもないのに弱者が死ぬならば強者の電力消費を抑制して弱者に優先的に電力を分配しようとしないから弱者が死ぬのだ。

弱者を死から救うのが目的ならば、為すべきは、弱者が電気を使えるだけの金と道具を持てるようにするような社会保障の強化であり、電気を使えないと死ぬ弱者に優先的に電力を分配できるようにする社会機構の改良というものだろう。原発自体は発電手段の一つにすぎない。

社会保障の強化と社会機構の改良は人権派が取り組み続けていることである。

対して「原発を動かさないと弱者が死ぬ」という人々がそういうような社会保障の強化や社会機構の改良を通しての弱者救済に普段から熱心かといえば、そういうことはないように私には見える。

私達は福島原発事故の際、避難計画の不備で弱者が死ぬのを、汚染地域の被災者が見捨てられて死ぬのを見ている筈だ。被曝労働の理不尽な現状を知っている筈だ。

この状況で原発の再稼働に賛成することは、その人が弱者を死から救うことを目的としていないことの証明だと私は思う。

原発の再稼働を求める人々が、安全対策の不備で原発が稼働できないことに反発する姿や、汚染リスクや避難計画不備などの訴えが認められて原発が運転差し止めになることに反発し、訴えた住民を非難する姿を見れば、こういう人々の「〜で弱者が死ぬ」「〜が人を殺す」という動員要求が人を死から救うこと自体を目的とはしないことは明らかだろう。

つまるところ、「原発を動かさないと弱者が死ぬ」は原発再稼働推進が目的であり、人の死は他者を動員するための手段なのだ。

人権派はそういう人々から動員要求に応じるように、近頃流行な表現で言えば、「〜で弱者が死ぬ」棒や「〜が人を殺す」棒で殴られ続けてきたわけである。


まだ、本調子ではないので、ですます調になおさない。

[]「当然〜するよね」という皮肉

承前

「〜で弱者が死ぬ」「〜が人を殺す」という動員要求 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか


似非科学(疑似科学)批判派の中にある特徴をもった人々がいる。

専門知の範囲外では基本的に権力寄りの判断をする人々というか、ある種のポジショントークをしていることが露骨に感じられる人々のことで、確実ではないものの分かりやすい特徴を言えば、原発の再稼働を求める人々であることが挙げられると思う。

その言葉を使う人が想定する人々と私が想定している人々が重なるかは分からないが、ニセ科学批判教団という言葉はそういう人々を指していると思う。

とりあえず、ここではそういう人々を暫定的に原発再稼働派似非科学批判派と呼ぶことにする。

仮にであるが、私がそういう人々に「ニセ科学が人を殺すとか言って他者を動かそうとしている以上、そういう貴方は人を殺した似非科学であるところのナチス優生学を当然批判するよね」と言う場合、そういう人々がナチスの優生学を批判するとも思っていないし、そういう人々をナチス批判に動員しようとしているわけでもない。

そういう人々がナチスの優生学を批判したがらないだろうことを前提として、似非科学批判や「〜が人を殺す」的に一貫性を欠くことを皮肉っているのである。

動員を目的としているわけではないのに、もし、これがナチス批判への動員と読まれてしまうのであれば、それは「〜で弱者が死ぬ」棒や「〜が人を殺す」棒で他者を動員しようとしてきたことの裏返しなのではないかと思う。この文はそのまま読んでも一貫性を求めるものでしかない筈だ。問われているのは一貫性を守るか否かだ。動員に応じるか否かではなく。


私は

歴史修正主義や優生学は批判したくないニセ科学批判マン」が「優生学が正しければホロコーストは正しかったということになるのか?」と混ぜっ返していて情けないにもほどがあった。

http://twitter.com/apesnotmonkeys/status/795564016391229440

優生学は科学的には「正しい」。だが倫理的には正しくない。核兵器が倫理的には正しくないが機能するのと同じ。/ id:Apeman 氏、歴史修正を盛んに批判する一方でEMやホメオパシーには言及しないけど、それは平気なの?

http://b.hatena.ne.jp/entry/307175019/comment/filinion

「優生学は科学的には「正しい」」といい出すバカまで登場したよ! あと「EMやホメオパシーには言及しない」というのはお前が知らないだけ! このデマゴーグが。

http://b.hatena.ne.jp/entry/307232864/comment/Apeman

apesnotmonkeys @apesnotmonkeys

ふだん「ニセ科学はひとを殺す」という棍棒を振り回しているから「じゃあこっちもどうぞ」と言われたわけだろ。もし優生学が科学として正しかったら、問題が「疑似科学がひとを殺す」から「科学もひとを殺す」へと移行するだけのことじゃん。

2016年11月7日 18:51

http://twitter.com/apesnotmonkeys/status/795564401193414656

というやりとりはこういう文脈で読まれるべきものだと思う。

欅坂46のナチス風衣装が問題になってサイモン・ウィーゼンタール・センターから抗議されているときに「ナチスの優生学は似非科学なので似非科学批判への一貫性から当然批判するよね」というような発言に関する反応に対して、ホロコーストという言葉もあがっているのに「優生学自体は科学(ゆえに似非科学批判の対象外)」とか発言するのは文脈読めなさすぎか知ったかぶりすぎ(ナチス文脈なのは明らかなので、この時点ではナチスの優生学も科学的には正しいとか思っていたのではないか)と思うんだな。

2016-11-15

[]「歴史は自然科学ではないので歴史修正主義疑似科学批判の対象外」「ふむ」「優生学自体は科学なので疑似科学批判の対象外」「えっ」

「歴史修正主義や優生学は批判したくないニセ科学批判マン」が「優生学が正しければホロコーストは正しかったということになるのか?」と混ぜっ返していて情けないにもほどがあった。

http://twitter.com/apesnotmonkeys/status/795564016391229440

というApeman氏のツイートid:filinion氏が

優生学は科学的には「正しい」。だが倫理的には正しくない。核兵器が倫理的には正しくないが機能するのと同じ。/ id:Apeman 氏、歴史修正を盛んに批判する一方でEMやホメオパシーには言及しないけど、それは平気なの?

http://b.hatena.ne.jp/entry/307175019/comment/filinion

というブコメをつけた件に関連しての個人的な意見。

Apeman氏のツイートのホロコーストという単語をみればこの優生学がナチス文脈であることは明らか。

この文脈で「優生学は科学的には「正しい」」と発言することは「疑似科学批判が優生学を批判しないのは優生学自体は科学であり疑似科学批判の対象外であるため」と言うも同然です。優生学が疑似科学であることを前提としているところへのこの発言が

はてなブックマーク - 優生学は科学的には「正しい」。だが倫理的には正しくない。核兵器が倫理的には正しくないが機能するのと同じ。/id:Apeman氏、歴史修正を盛んに批判する一方でEMやホメオパシーには言及

のような反応を招いたわけですが、この件に関する記事である疑似科学批判批判の話、および「Xは科学的に正しい」は「Xを支持する」という意味ではないよね、という話。 - 小学校笑いぐさ日記を読む限り、filinion氏は「優生学は科学的には正しいと言ったことを優生学を支持していると勘違いされた」というように「相手の誤解だ」と解釈しているようです。

ならば、その解釈は間違っています。

私は日本の疑似科学(似非科学)批判派に「歴史は自然科学ではないので歴史修正主義は疑似科学批判の対象外」的なことを言う人がいることを知っています。しかし、この優生学は自然科学分野の疑似科学であり、自然科学でないことをもって批判対象から外すことはできない筈です。

専門外ではなく、専門内なのですから、言及しない理由としては「専門外なので」以外の理由を持ち出す必要があります。

キクマコ先生

この件に関係しているだろうキクマコ先生ですが、「欅坂46のナチス似の衣装の件は、SWCにご注進した人が一番おろか」 - Togetterまとめ*1によると、自ツイートをたくさん消しているらしいので、私には彼がホロコースト関連でどういう発言をしたのか、あるいはしなかったのかを知るすべはありません。

ただ、

\oka @D1ST0P14

@kikumaco ホロコースト否定論やアンネの日記偽書説、あるいはナチスの優生学、白人至上主義は、ニセ科学の範疇からは外れるんですかね。ホロコースト否定なんかは「物理的にありえない」なんていうロジックがよく使われてるみたいですが。

https://twitter.com/D1ST0P14/status/794662552579895296

に対し

菊池誠(11/25 ベアーズ) @kikumaco

@y0k4t0p14 無理に「ニセ科学」と呼ぶ必要はないでしょう。僕は「周辺問題」としています

https://twitter.com/kikumaco/status/794702733899022336

と返答しているので優生学を疑似科学として批判対象にするつもりはないようです。

T4作戦のような非道をなしたそれを。

ルイセンコが「左のトンデモ」として取り上げられることに対して随分と非対称感があります。

ルイセンコは当然批判されるべきですが、関連する出来事があったわけでもないのに過去の愚行の例として度々引かれるルイセンコに対して、欅坂46ナチス似衣装の件のように関連する出来事があっても批判対象にされることがない優生学。

ふーん、そうなんだ。という感想。

その他、雑感1

歴史修正主義の問題に対し疑似科学批判派の中に「歴史は自然科学ではないので専門外ゆえ言及しない」的なことを言う人がいるのを知っていますし、私自身はそれを否定しませんが、人文科学分野である江戸しぐさ親学には言及している人を見ると、その理由は本当かなあとは思いますね。

その他、雑感2

疑似科学批判派の中には「専門外」でも文化大革命のような「左」の非道には言及するが、インドネシア虐殺のような「右」の非道には言及したがらないというような党派性を持っている人がいるような気がします。なんというか「右も左もない」と言いつつ「左」を貶めるのには一生懸命な人。(個人の感想です)

そもそもインドネシア虐殺を知らない?インドネシア大虐殺はなぜ起こったのか / 倉沢愛子 / インドネシア史 | SYNODOS -シノドス-をどうぞ。

その他、雑感3

優生学が科学的には正しいなら、核兵器等が手段であるのに対し、それは目的として人を殺すので、優生学と核兵器を同列に並べるのはどうかなあと思います。

「科学は殺す手段として用いられたときに人を殺す」的に考えて。

2016-08-31

[]モトローラ Moto G4 Plus

f:id:D_Amon:20160831190413j:image

SIMフリースマートフォンMoto G4 Plusを購入。

ケースはStilGutの手帳型の黒を購入。このケース、二週間程前に購入したときは5000円程度だったのが今は種類も減ってぼったくり価格になっているのにびっくり。高値をつけているのは転売業者だと思うのですが、こういう業者からは買ってはいけないと思います。


モトローラ スマートフォン Moto G4 Plus

StilGut 手帳型 本革 モトローラ Moto G4 & G4 Plus レザーケース


この端末、マイクロSIMスロットが二つあり同時待ち受け可能ということで、二台持ちしている端末を一台にまとめるために買った、というわけではなくデータ通信専用として使用中。ほぼスマホゲーム機状態。

指紋センサーによる速やかなロック解除は便利なものの、マイクロSDカードを外部ストレージとして使うとアプリのSDカードへの移動ができず、内部ストレージとしてフォーマットして使うとアプリのデータ保存先としてマイクロSDカードを使えず、マイクロSDカードに移動できるアプリの種類も限られているというのはいかがなものかと思いました。

結局、ナビソフトの数GBあるデータを保存するためにマイクロSDカードは外部ストレージとして使用中。

実際使ってみて、以前使っていたASUSのMemo Pad 7 (ME572CL)と比較して処理速度もタッチパネルの反応も優れていると思うものの、ツムツムで頻繁に一瞬止まるのが不満。

そこで開発者向けオプションを変更することで症状の軽減を図りました。(何があっても完全に自己責任)


まず、「設定」メニューの「電話情報」一番下の「ビルド番号」を7回タップして開発者モードに変更。

f:id:D_Amon:20160831190414p:image:w360


「設定」メニューに「開発者向けオプション」が表示されるのでそれを開く。

f:id:D_Amon:20160831190415p:image:w360


GPUレンダリングを使用」をON。

f:id:D_Amon:20160831190416p:image:w360


f:id:D_Amon:20160831190417p:image:w360

「HWオーバーレイを無効」をON。


このようにオプションを変更してもまだ一瞬止まる現象はなくなりませんが、症状はいくらか改善したかのように感じます。初期状態がツムツムのスコア二割減なら、この設定ではスコア一割減という感じ。妥協できる範囲というか、妥協するしかないのでしょうね。このようになるのはハード性能の問題ではないと思うので、将来のアップデート解決することを願います。

2015-08-13

[][]大和型は日本海軍大艦巨砲主義の証。アイオワ級アメリカ海軍の航空主兵予測の証。

かつて戦艦は洋上戦闘の主役でした。

洋上戦闘が艦船同士の撃ち合いの時代、巨砲の攻撃力と同級以下の相手の火砲に耐える防御力を備えた戦艦は艦隊決戦の最終兵器であり、その存在が洋上の戦いの勝敗を左右する戦略兵器でした。

大艦巨砲主義とはそのような戦艦同士の戦いが勝敗を決するという思想のもとでの艦船の攻防力強化競争であり、船体の大型化は攻防力強化のための手段でした。

しかし、第二次世界大戦においては航空機がより優れた火力投射手段となり、それを搭載する航空母艦が洋上戦闘の主役となりました。

アメリカ海軍のアイオワ級戦艦はそういう時代が来る可能性を見越して建造された戦艦でした。

一方、「新しいニーズ」とは、艦隊空母と足並みが揃えられる高速性が求められたことだ。というのも、アメリカ海軍は、次の戦争では空母が洋上戦闘の主役になる可能性が高いとみており、戦艦は空母の有力な直援艦として、空母機動部隊に随伴できる速さが必要と考えられた。この点、前二級は空母機動部隊に随伴可能ぎりぎりの速力だったが、アイオワ級は問題なく随伴できる最大速力が付与された。本級の高速性能は金剛型に対抗するためといわれることもあるが、本級に比べて約三〇年も前に建造された敵艦にいまさら対抗するという説明には無理がある。「一部にはそのことも含まれていた」程度だったのではあるまいか。

歴史群像2015年8月号P14より引用。

アメリカ海軍は第二次世界大戦中も戦艦を建造し続けましたが、全部が全部、大艦巨砲が勝敗を決するという思想のもとで造り続けたわけではありません。

艦隊防空など空母機動部隊にも有用な艦として造り続け、そして実際にそのように活用しました。

対して、日本海軍の大和型は戦艦同士の戦いが勝敗を決するという思想のもと、質的優位を得るために造られた兵器でした。大西洋から太平洋への迅速な移動を考えればアメリカ海軍の戦艦の大きさはパナマ運河を渡れる幅に制限されます。それは搭載可能な砲の大きさも制限されるということであり、大和型はそれを上回る砲を持つ兵器として造られ、実際に上回りました。しかし、洋上戦闘の主役が空母に変わったことによる状況の変化により、それによる優位を艦隊決戦で活かす機会が来ることはありませんでした。

日本海軍にとっては航空機も巡洋艦駆逐艦も艦隊決戦において戦艦の数の劣勢を埋めるための兵器であり、日本海軍はそれらの兵器で敵軍の戦艦の数を削った上で戦艦同士の戦いで勝敗を決することを構想していました。

ところが、実際に開戦してみれば、空母が洋上戦闘の主役となったことを日本海軍自体が示すこととなり、空母機動部隊に随伴できるだけの速度性能を持たない戦闘艦はその戦力的価値を大きく減じていました。

日本海軍の戦艦でそのように空母機動部隊に問題なく随伴できる速度性能を持っていたのは金剛型のみ。

速度性能の高さは重巡と組み合わせて遊撃部隊を編制するなどの用途にも有効で、金剛型が旧式であるにも関わらず活躍したのには性能的理由があるわけです。

大和型もアイオワ級も戦艦ですが、それらは運用思想の異なる兵器であり、大和型を建造することを決めた当時の日本海軍は思想面において大艦巨砲主義の軍隊でした。

だからといってそれをもって当時の日本海軍が悪いとは言いません。

技術革新に伴う戦闘の様相の変化を予測することは困難であり、技術革新に対応するための組織改革にも既得権者の抵抗がありがちで、運用思想が保守的なものになることはよくあることですから。

ただ、大和型とアイオワ級の性質の違いは兵器運用思想において日本海軍がアメリカ海軍に負けていたことを表してはいると思います。

戦艦と空母の建造比率をもって日本海軍の方がアメリカ海軍より航空主兵に転じていたなんていうのは、こういう兵器運用思想の違いを無視した暴論というものでしょう。

日本海軍はもっと戦艦を活用できなかったか

ここからはまったくのおまけ。

第二次世界大戦における戦艦の用法というと機動部隊随伴と艦砲射撃による対地攻撃が思い浮かびます。

機動部隊随伴といえば、大和型はサウスダコタ級と同等の速度性能を持っていたので、サウスダコタ級が空母機動部隊に随伴可能だったことを考えれば(燃料消費を度外視すれば)同様に直援艦として活用できたのではないかと夢想することもあります。例えばもととなった戦艦の性能的に低速な空母であるところの加賀の直援艦とか。

まだ日本海軍に物量があった頃であったミッドウェー海戦で大和を含む「主力艦隊」が後方で無駄に燃料を使っていただけだったことを考えれば日本海軍の兵器運用思想的に無理だったのだろうなあと思いますが。

日本海軍は物量があっても「精緻な作戦」のために戦力を分散しすぎなのではないかと素人目に思いますね。

艦砲射撃による対地攻撃といえば、アメリカ海軍が上陸支援などの艦砲射撃に戦艦を有効活用していたことはよく知られていることです。そういう用途には低速な旧式戦艦も役立ったことも。

そういうように空母機動部隊の艦載機航空優勢を得た上で、戦艦などが艦砲射撃を行い、その上で上陸作戦を実施するというようなことが日本海軍にできたかといえば、方針的に無理だったでしょう。

ミッドウェー海戦で機動部隊の主力を失ってから消極的になり「不沈空母である敵の陸上航空基地を(不沈ではなく可沈の)空母で攻撃するのは不利なので、敵の海上兵力に対してのみ使いたい」*1となってしまった日本海軍には。

その結果が、基地航空部隊による遠距離攻撃、高速戦艦や巡洋艦による通りすがりの奇襲砲撃、敵に遠くに上陸しての(徒歩で運搬可能な装備しか持てない)歩兵による攻撃がバラバラに行われるというよく知られている事態。

戦線を広げすぎて輸送船が不足している状態では戦力の迅速な集中も無理で、乏しい輸送力で前線に戦力を逐次投入しては補給断絶による餓死と各個撃破の繰り返し。

私は日本が大和型建造時点で大艦巨砲主義であったことは仕方がないとは思いますが、こんな敵基地を落とせるわけもない作戦を継続して多くの将兵を無駄に死なせたことは大いに責められるべきことだと思います。

戦線の広げすぎとこういう用途への輸送船の投入が輸送船不足を悪化させている面もあって、資源地帯を押さえていても資源を本土に送る輸送船が不足しているがゆえの生産力低下とか日本側の自滅としかいいようがありません。

この件に関し、敗戦という結果は変わらないとしても、日本軍がしない方がいいことを継続して行ったことは軍事的視点からも批判されて当然のことだと思います。

*1歴史群像2015年8月号P76

2015-05-04

[]ピースおおさか改装オープンの件

改装後は旧日本軍の加害行為についての写真や資料のほか、慰安婦に関する展示を取りやめ、大阪空襲の被害に関する展示を中心に再構成。日清戦争から終戦までの約50年の経緯を約14分間の映像にまとめた。

「南京大虐殺」写真廃棄、慰安婦展示も撤去 偏向展示・自虐史観と批判受け ピースおおさか改装オープン(1/2ページ) - 産経WEST

旧日本軍の加害に向き合うことを拒み、自国の被害を殊更に強調することで被害感情をこじらせて自国の戦争責任追及に対して逆ギレするという「普通の日本人」の俗情に沿った展示の変更だなと思いました。

そういうのが「普通」だというなら私は「異常者」でいいや。

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