Hatena::ブログ(Diary)

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2007-02-28

[]アメリカはある種の人々がヒートすることを含め結果を予測した上でAviation Weekに情報を流したのだろうなあ

2007年02月25日 REV 中国の攻撃能力はリアリズム。日本の軍事力は軍靴の足音。中国は留保の無い共産党の肯定を。日本は座して死を待て。

はてなブックマーク - 中国のスペースデブリに対して - arkanalの日記

とりあえず、いかにもREV氏らしいブクマコメントだと思いました。

2007-02-26

2007-02-23

[][]共同声明英文版(仮)

仮アップロード(追記あり) - Apeman’s diary

Apeman氏が「映画 Nanking に対するネガティヴ・キャンペーンと南京事件否定論に反対するネットワーカーの共同声明」の英文版を仮アップロードされました。

no title


Joint Statement:Joint Statement by Japanese Netizens Objecting to the Negative Campaign against the Film Nanking and to the Nanking Massacre Denial - livedoor Blog(ブログ)で賛同署名ができます。

私は歴史修正主義者が南京事件否定論を展開し海外のブログでまでレイシズム丸出しで荒らし行為を行うのは日本の名誉を著しく傷つける国辱行為と思います。ゆえに賛同しました。

歴史修正主義者の活動にどのような思いを抱くかは人それぞれでしょうが、これをお読みの方にも賛同署名を行っていただければと思います。

[]アオシマ1/700扶桑・山城のキットレビューのようなもの

フルリニューアルされたアオシマの1/700扶桑と山城を購入しました。

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船体は船体側面と甲板が一体成型されていますが、芸術的にすら感じられるほどよく考えられたスライド金型の使用により舷窓など船体側面のモールドもばっちり。船体左右分割式に匹敵するでき。組み易さと精密さ(と扶桑と山城の形状の違いの表現)を両立させている素晴らしいパーツ構成です。

艦橋などの他のパーツのモールドも繊細で素晴らしいでき。

しいて問題点を上げれば扶桑と山城の形状差の表現を兼ねた艦首と艦尾の甲板の別パーツ化とその合わせ目消しでしょうか。こればっかりは仕方ないと思いますが。

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上の画像は45口径四一式36cm連装砲。左がピットロードの日本海軍艦船装備セットIIIのもの、中央がハセガワのリニューアル伊勢型のもの、右がアオシマのリニューアル扶桑型のもの。

ピットロード製品は砲身の形状(40cm砲と同等の太さで太すぎな感じなのと砲口のラッパ状の形状の否再現)と砲塔側面(梯子のモールドが無い)を除けば非常に良いでき。

ハセガワ伊勢型は砲塔側面に梯子のモールドはあるものの砲塔上面のモールドはピットロード製品に劣る感じで砲身も不満(細すぎな感じなのと砲口のラッパ状の形状の否再現)。仕方がないとは思うものの砲塔の作りわけの際に不要な梯子のモールドを削る必要があるのも欠点といえば欠点。

アオシマ扶桑型は砲塔による形状の違いを3種類の砲塔パーツを用いることで再現している上に、砲身も素晴らしいでき(良い感じの太さで砲口のラッパ状の形状も再現)。

各社とも模型化する上での形状の解釈に一長一短を感じるものの総合的にはアオシマ扶桑型のものが一番良い感じがします。砲身の形状が実に良いですし。

2007-02-16

2007-02-14

バレンタインデーの手作りチョコレート

[]バレンタインデーの手作りチョコレート

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カミさんが作ってくれたバレンタインデーのチョコレート。

チョコフレークとブランデー入りの二種類。

他に衣服もいただきました。

アップしといてなんですが、これでカミさんとラブラブだなんて勘違いされないようお願いします。

孔明の罠です。

[]世界に向けて日本の恥を叫ぶ人々

映画 Nanking に対するネガティヴ・キャンペーン(および関連ブログへの荒らし行為)については、最近も当ブログのコメント欄で ni0615 さんからご報告があった通りです。旧軍を免罪したいという動機をもつ人間にしか通用しない議論が海外で影響力を持つということはまず考えられず、その限りでは特に心配することも無いと思うのですが、他方で“歴史修正主義勢力のプロパガンダに対して日本の市民からの非難が起こらない”という風評が海外で広まることは日本の国益に反します。従いまして、 Nanking に対するプロパガンダ(および荒らし行為)に抗議するネットワーカー)の共同声明(英文)的なものを公表してはどうかと思い、ここに提案させていただきます。とはいえ、なにぶん日本では未だ上映されていない映画ですので観てもいない映画にコミットするのは無責任であり、また南京事件否定論に与しないという点で一致している人間の間にもさまざまな見解の相違は存在します。それゆえ共同声明の内容は共同声明の賛同者が 1) 映画Nanking について虚偽の情報(アイリス・チャンの著作に基づいている、といった)によるネガティヴ・キャンペーンが展開されていることを批判する、2) 1937年晩秋〜38年初頭にかけて南京およびその近郊で日本軍による諸々の蛮行があったことは(その正確な規模はともかくとして)疑いもない事実であると考える、3) 南京事件否定論はアカデミックな領域においては完全に破綻したものとして認識している、といった点を中心とした一般的なものにとどめるべきかと思います。声明をどのようなかたちで表明するか、文案は誰がどのように書き誰が英訳するか、名義をどのようにするか(主たるコンテンツとして南京事件を扱っているネットワーカーを声明の主体としてリストアップし、自身のブログやウェッブサイトで南京事件を扱っているわけではないが趣旨に賛同していただけるネットワーカーを「賛同者」としてリストアップする、といったことを考えています)…といった問題は残りますが、ご意見をコメント欄にて頂戴できれば幸いです。

なお、以上の一文は各所への転載を歓迎致します。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070213/p1

転載歓迎とのことなので全文転載

歴史修正主義やレイシズムが日本で容認されていると勘違いされることによる風評被害は日本の国益に反します。

歴史修正主義者達が、日本の中で内向きに閉じこもっているのならともかく、英文サイトにまで荒らし行為を行うなんていうのは日本の恥を世界に向けてさらす、まさしく国辱ものな振る舞い。

愛国者であればこのような行為を見過ごせようか。いや、ない。(反語)

というわけで、喜んで賛同します。

2007-02-13

アニメ風弁当

[]アニメ風弁当

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カミさんが作ってくれた弁当。キャラ弁ではないですが例外的にアップ。

いかにもな感じのアニメマンガ風なハートマークのお弁当。

カミさんはハートマークが上手く出来て嬉しかったとのこと。

………

えーと、ノーコメント。

2007-02-12

[]ウヨク宣伝に騙されている自称中道な人に読んでもらいたい

no title

オルタナティブ掲示板で知ったサイト。

自称中道な人が鵜呑みにして受け売りしているデマに対する分かりやすい解説。

目にする機会の多い代表的なものは一通り揃っている感じ。

[]メインマシン復旧

障害原因は結局ハードディスクのヒートクラッシュ。(おそらく連続で動画をDVDに書き出していたことが原因)

DOSで起動したときには異音も無かったしパーテーションも普通に見えていたので油断していたのが誤り。あの時にファイルをコピーしていればデータの一部は救出できたかもしれないのに…

八カ月分のデータを失いショック。バックアップは小まめに取らないと駄目ですね。

2007-02-10

[]ケーススタディ型洗脳の恐怖

似非科学なり歴史修正主義なりウヨク系似非政治学なり、ある種のダマシの巧妙なところは恣意的に事例選択したケーススタディにより犠牲者に信じ込ませたい結論を犠牲者が「自分の頭で考えて出した結論」と思うように仕向けているところです。人間は結論を強制されると反発しがちですが、「自分の頭で考えた結論」については強固にしがみつきがちなところがあり、洗脳を行なう側は犠牲者に信じ込ませたい結論を「自分の頭で考えた結論」と思い込ませることで強力な洗脳効果を得られるわけです。

ケーススタディ型洗脳は基本的に「事例紹介プラス質問」という形式をとります。

宥和政策を否定したい場合は「宥和政策の失敗事例」を紹介して、それについてどう思うか質問する。

似非科学な「水からの伝言」の場合は「水に『ありがとう』などの『よい言葉』を見せると、きれいな結晶ができて、『ばかやろう』などの『わるい言葉』を見せると、きたない結晶ができるという事例」を紹介して、それについて考えさせる。

歴史修正主義であれば「誤解を招くように極端に歪曲及び誇張した事例」を紹介して疑惑を感じさせる、といったように。

歴史修正主義の一例を挙げるとこんな感じ。

『>そこでは事実認定レベルで「南京大虐殺はなかった」ってなトンデモ説を唱える意見は容赦なく切り捨てられますよ。

これに関してだけ聞きたい。証拠は?

お・ま・け

歴史上最大のミステリー

日本刀で100人斬り殺せるほどの戦闘力をもち、銃剣と単発銃のみで40万人殺すなど原爆以上の破壊力を持つ携行兵器を誇り、各植民地で無駄に現地人を殺してまわるほど武器弾薬が余っていて、揚子江の川幅を2m以下にしたりするほどの高い土木技術を持ち、沖縄米軍上陸後も市民に玉砕命令が出せるほど命令系統がしっかりしていて、日本兵の数を上回るほどの従軍慰安婦を一日に一人あたり何十人も暴行するほど体力と食料があって、開戦前からオランダ占領時のインドネシアにも日本軍用の慰安婦を送り込むほど先見性があり、AVが無かった時代にも関わらず慰安婦に顔射するほど独性に富み、韓国文化施設はもちろん一般家庭にある辞書から料理本に至るまで処分してまわるほど暇で、保護するために植民地ではなく併合したにも関わらず、韓国の運気を捻じ曲げるために、山の頂上に鉄杭を埋め込むほど風水に明るく、当時の朝鮮の人口のおよそ半数近くを日本へピストン輸送するほど燃料と船舶が豊富で、中国で家々に火を放ちまくり無駄に虐殺した民間人の死体を一カ所に集めて、たっぷりとガソリンをまいて燃やすほど石油資源に余裕があり、韓国の優れた建築施設・街・鉄道を全て接収することなく破壊し尽くした上、新たに日本の駄目な建築物に建て替えるほど資源と資金が有り余っていて、11歳が戦場で暴れ回るほど若い内から逞しく、終戦後になぜか強制連行を行いまくるほどの軍備と余裕があり、圧倒的科学力を誇る朝鮮の反日勢力になぜか圧勝するほど運がよく、朝鮮人を殺しまくりながら人口を2倍にするという魔術を持ち、敗戦国でありながらGHQを手玉にとって朝鮮戦争を起こすようコントロールするほど政治力外交能力に長けた日本が敗戦したことは歴史上最大のミステリー』

はてなダイアリーコメント欄より。

これはケーススタディというより難癖というものですが、さておき、ケーススタディにより自分の頭で考えるような形で犠牲者を特定の思想に染め上げてゆくというのは古典的な洗脳手法です。

ダマシが洗脳しようと思っている分野に関する知識を犠牲者が欠いていて、恣意的な事例選択に対する反例や事例の適用の不適切さに対する批判を思いつけない場合、犠牲者はダマシの持ち出した事例を鵜呑みにしやすくなるので、より洗脳されやすくなります。

そして、ダマシの持ち出した事例を鵜呑みにした犠牲者はケーススタディ型洗脳を仕掛けたダマシの思うままの結論を「自分の頭で考えて」導き出し、それを信じ込んでしまうわけです。「自分の頭で考えた結論」に固執するという強力な洗脳効果のおまけつきで。もうビリーバー怖いよう状態。

この手のケーススタディ型洗脳のもう一つやっかいなところは、仕掛けているダマシにも逃げ道を用意するところ。

こういうケーススタディ型洗脳により導き出される結論の不当さを指摘すると、仕掛けている人は「○○という事例を紹介して、どう思うのか質問しているだけで、××と主張しているわけではない」なんて言ったりするわけなんですね。うんざり。

ケーススタディ型洗脳の犠牲者が態度もそのままにダマシの受け売りをしている場合もあるわけで、これまたうんざり。

2007-02-08

[]反コミュニケーション能力

共通の言語を使用する人間同士でも故意ににとぼけられたり曲解されたりし続けられるとコミュニケーションは成立しない。*1

世の中にはそういう風にして相手が呆れて諦めるまでとぼけたり曲解したりスルーしたり混ぜっ返したりし続けることでコミュニケーションを壊そうとする者もいる。

最後に言ったもん勝ち主義である。

一方、相手のそういう態度に対し諦めずに指摘しつづける者もいる。

ガチ(ガチンコ)主義である。

非常に発達した最後に言ったもん勝ち主義とガチ主義は区別がつきにくい。

泥沼である。

[]メインマシン未だ死亡中

予備パーツで組んだサブマシンでとりあえずパーツを注文。

メインマシンはマザーボードは大丈夫だったので必要なパーツ数自体は少ないもののそれなりの出費確定。

*1:故意ではなく、防衛機制でそうしているのではと思われる場合もあるが、コミュニケーションが成立しないことには変わりがない

2007-02-07

[]PCが壊れました

BIOSではHDが認識されているにも関わらずOSが認識されない…

予備のHDと交換してもやっぱりOSが認識されない…

原因探求してますが、マザーボードが原因だったりしたら痛い出費確定。

随分前に作った自作パソコンなので今はパーツが市場になく、マザーボードだけでなくCPUからグラフィックカードまで買い換えるはめになりますから。

電源も逝っていたのですが、これに関しては静音電源に取り替えたときに外したものがあったので、それと交換。

こういうわけなので、しばらくネットできないかもしれません。

2007-02-06

1/700古鷹

[]ハセガワの1/700古鷹リニューアル

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リニューアルされたハセガワの1/700古鷹を購入。

完全新金型の船体は左右分割式で鋼板の継ぎ目までモールドされている素晴らしいでき。(画像は艦首部分)

新金型の部分は造形もモールドも全体的に非常に良いです。

日本海軍 重巡洋艦 古鷹 (1/700スケールプラスチックモデル) 345

2007-02-05

ボンバーマンの白ボン

[]ボンバーマンの白ボン

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カミさんのキャラ弁。今回はボンバーマンの白ボン。

今回は食材が食べやすそうな配分になっていて安心。

[]アメリカとの戦争も覚悟の上だった南部仏印進駐

歴史群像太平洋戦史シリーズ 奇襲ハワイ作戦P154-155より。

一般に、海軍陸軍にひっぱられて、いやいやながら戦争に突入したのだという説が一時横行した。しかし、事実はかなりちがっているので、海軍部内にも陸軍に負けず劣らずの血気盛んな面々が存在した。

下剋上はべつだん陸軍だけの専売特許ではなくて、海軍部内においても分裂と混乱はあって、同様に強力かつ確固としたリーダーシップを欠いていた。そうして、確固とした勝算はむろん、終戦にいたる明確な見通しもないまま、「戦争決意」のムードに流されていった格好であった。

ひらたくいえば、海軍において対米戦を決意したのは、中堅層のほうが上層部よりも早く、同じ上層部でも永野をはじめとする軍令部首脳部のほうが海軍省の首脳部よりも早かったといえる。たとえば軍令部戦争指導班大野竹二大佐、軍務局第二課長石川信吾大佐など、「省部の中堅俊秀」を自任する連中が、「もうやるべきだ、負けはせぬ」などといき巻き、ズサンな戦争準備のプランを立案し、やがては上司に決裁をせまることになった。そんな彼等の突き上げが、永野ら首脳を「戦争決意」に追いこんだ形跡はたしかにある。

南部仏印進駐を決裁

永野修身が少なくとも表面上、その態度を硬化させたのは、昭和一六年(一九四一)六月中旬ごろのことであった。米国政府がわが国に対してさまざまに圧迫の度を加えてくるなかにあって、永野は七月二日決定の、世界が注目していた南部仏印進駐の決裁をあたえる。そしてそのおり、「これでアメリカと戦争だ」とつぶやいたという。

永野以下、軍令部当局および海軍省の中堅幹部が、アメリカから全面禁輸の返礼を受けるのを覚悟の上で南部仏印進駐にふみきったことはあきらかである。在米日本資産の凍結令が発令された七月二五日、永野修身は、わが国の首を締めつつあるアメリカの「鉄鎖を切断するには、戦争で結着をつける以外に道はない」と語ったが、その鉄の鎖は、八月八日石油の全面禁輸が発動されるにおよんで完成をみたのであった。

(強調は引用者による)

引用文が示すように事実上対米開戦を決定した人々は南部仏印への進駐がアメリカとの戦争の原因になることを知っていたわけです。

何故、こういう文を引用したかというと感情論による正当化と感情論の正当化 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに転載したhodasi氏の以下の発言などに見られる「アメリカにはめられた」論のバカバカしさを指摘するため。

あなたも認めているように、アメリカ人に、日本がその条件をのめない事はやはり知識としてあったわけです。それにも、関わらず、そうした事は、「平和を愛する」者と自負するならば非難されるべきです。

日本人には日本の南部仏印進駐が対米戦争につながることが知識としてあったわけです。それにも関わらずそうしたことは、以下略。


何故、日本軍が南部仏印に進駐したかといえば、目的の一つは米英の中国(国民党)に対する補給路を断つため。*1

何故、米英が中国を支援していたかといえば、日本が宣戦布告もせずに中国を侵略していたため。

何故、日本が日中戦争において宣戦布告をしなかったかといえば、アメリカが中立法を適用することを恐れたため。日本は石油などの戦略物資をアメリカに依存しており、中国に宣戦布告することにより正規の戦争状態に突入することでアメリカが中立法が適用し、アメリカの日本に対する輸出が停止されると国が立ち行かなくなってしまいますから。

因果を辿れば日本は宣戦布告無しの日中戦争からなし崩し的に対米戦争に突入していったことが分かります。こういう歴史の流れから見れば第二次世界大戦における日米戦争はアメリカにはめられたというより日本がそういう方向に迷走したというものでしょう。まあ、こういう歴史の流れの中から因果を無視してハル・ノート前後の対米交渉の部分だけを切り取れば、「日本はアメリカにはめられた被害者」というように見せかけることもできますし、そういうのを鵜呑みにしてしまう人もいるでしょうが。

*1:他に資源獲得とか南進の準備とか複数の目的があったわけですが

2007-02-04

[]注目の新製品

個人的にお気に入りなタミヤの1/48MMシリーズでは3月末にIII号戦車N型とIV号対空戦車が発売。

III号戦車N型とIV号対空戦車 ヴィルベルヴィント

両者とも既製品のバリエーションで未だ現用戦車への展開は無しなのが残念なところ。


艦船模型ではアオシマより1/700の扶桑と山城がフルリメイクで発売。

カタログ画像

アオシマ 1/700 扶桑

アオシマ 1/700 山城

いずれ発売されるであろうエッチングパーツ付きのを待つか思案中。

ハセガワからは1/700古鷹・加古・青葉・衣笠リニューアルされるわけで今年の艦船模型はなかなか充実した出だし。

日本海軍 重巡洋艦 古鷹 (1/700スケールプラスチックモデル) 345

日本海軍 重巡洋艦 加古 (1/700スケールプラスチックモデル) 346

2007-02-03

2007-02-02

[]感情論による正当化と感情論の正当化

「保守主義 拡大より空洞化が問題」  - Munchener Bruckeコメント欄より。

# hodasi 『私も、国際連盟脱退を支持した大衆などには批判的ですが、ですが、しかし、明治維新から続く、「歴史の流れ」が、全体主義政権が誕生したのも事実です。そして、その流れは、日本が単独でそうこうできるものではなかった。当時の国際バランスの軸に参入するには、力、つまり、軍事力植民地、石油が必要だった。戦後、自称・反省家が、こういった事実を無視して、ひたすら昭和避難を行ったから、貴公のいう「ネットウヨ」が生まれたんじゃないでしょうかね。』


# kechack 『 単一事件と違って、歴史というものは帯のように流れているものでありますから、単純に正しい間違いいう議論はし難いものだと思います。

 戦前はすべて悪的な言論のアンチテーゼとして戦前を肯定する議論が出たのでしょうが、両方とも間違いというか、そもそも乱暴すぎて議論にならないと思います。

 ただ明治維新から全体主義への道の流れは「仕方なかった」といいう立場は私は取りませんし、「仕方なかった」的な言説を振りまくのはまるで保守主義者の証であるかのような現状には警鐘を鳴らさずにはいられません。

 戦後の保守主義者の多くが、戦前の日本の失敗に関して総括する優れた書物を出していますので、読んでもらいたいものです。』


# hodasi 『仕方なかったと言うより、必然に近かったというところです。日本を悪とするなら、日本は弱い悪で、アメリカは強い悪だった。他の白人社会は日本と同じ程度の悪だった。他の有色人種国家は話になら名無かった。こうなると、日本が、善になっても無意味ということです。生き残るには同じ土俵に立つか、黙って支配されるしかない。戦前を反省すると、結局、「いちかばちか、ハル・ノートをのんで、アメリカに全てをゆだねる」という選択肢ぐらいしか出てきません。

それに、ここまで書けば、分かりますが、この意味で、戦前を最も反省しているのは、親米政策を取っている自民党政権になります。真生保守主義については心情的には賛成しますが、石油の確保と、アメリカに対して、勝てないまでも、交渉力になる程度の軍事力を担保としないと、理想論に過ぎないといったところです。ただ、学術的には理想論は認めるといったところです。


>>戦後の保守主義者の多くが、戦前の日本の失敗に関して総括する優れた書物を出していますので、読んでもらいたいものです。』


あまりに抽象的ですね。具体的に書物のタイトルをあげたらどうですか。これでは、この文章に何の意味も感じえません。』


# hodasi 『加えて、

誰かの意見を借りて、私へ何か伝えたいなら、

せめてその概論だけでも自分で説明できるようになり、加えてそうして下さい。


上のレスでは、貴方が、

「戦後の保守主義者の多く」

の権威、威光を借りて、私を押し付けようとしているだけですよ。』


# D_Amon 『hodasiさんは石橋湛山評論集を読んでみてはどうでしょう。(もう読んだことがあるかもしれませんが)

これを読めば当時の「歴史の流れ」が「必然」でなかったことが分かってもらえるのではないかと思います。

当時の日本は大正の時代からいくつかの重大な選択肢において悪い方を選択しつづけることによってどうしようもない状況に自ら嵌っていったのです。ハルノート以前に、当時の日本が中国において宣戦布告も無しに戦争状態を拡大していたこと、中国での日本の振る舞いは諸外国から無法者と見られるものだったことや、仏印進駐がアメリカにどのように見られるものだったかということが分かっていればそういう歴史の見方はしないと思うのです。当時のアメリカにしてみれば日本という無法者国家に対し経済制裁を課したら、日本は無法を改めるどころか彼我の力量の差を無視して暴発したといったところでしょう。(日本にしてみれば「英霊の犠牲」によって獲得した権益を手放すことは「不可能」で、ハルノートは呑めず暴発は「必然」だったにせよ、そして当時のアメリカの政策担当者の一部がそういうことも理解していたとしても)

石橋湛山は純然な経済的視点から、日本の植民地獲得政策に利が無いこと、貿易立国の方が効率が良いことを指摘しています。日本には当時から植民地を手放しての貿易立国という選択肢があったのに、それを選ばなかったのです。

日中戦争から太平洋戦争への流れは「必然」ではありません。日本が無謀な支配地域拡大の結果、自滅したのです。

所謂「ネットウヨ」はトリミングされた情報を鵜呑みにして珍妙な歴史観に染まってしまうような歴史に関する基本的知識を欠いた人々ではないかと思います。』


# hodasi 『石橋湛山ですか。彼の名前が出たので少し余談から、


彼は、日独伊三国同盟締結に当たって、

「世間には、新聞に現るる欧州の戦況を読み、その戦争は、間もなく独伊の全勝を以て終結するかに思う者も少なくないであろう。・・・けれども実際の戦局が果たしてどう転回するかは、そう易くは予断できない」

と言っていますね。この後、彼は全く弾圧のようなものが無かったわけではありませんが、こういう発言ができたことは事実です。教科書などが教える、「政府の圧制で、新聞社も政府を支持した」というニュアンスとは酷く違いますね。


さて。

まず、植民地支配の他にも日本が生き残る道があったことは、確かに一つの可能性として妥当性を持ちます。しかし、それは「歴史のIF」に過ぎません。

今後の参考にはなりますが、それを持って、先人を非難するのは愚だと思われます。


また、

>>(日本にしてみれば「英霊の犠牲」によって獲得した権益を手放すことは「不可能」で、ハルノートは呑めず暴発は「必然」だったにせよ、そして当時のアメリカの政策担当者の一部がそういうことも理解していたとしても)


あなたも認めているように、アメリカ人に、日本がその条件をのめない事はやはり知識としてあったわけです。それにも、関わらず、そうした事は、「平和を愛する」者と自負するならば非難されるべきです。私の主張どおり、「日本が悪だったおすれば、アメリカは強い悪に過ぎない」とするなら、その必要はありませんが。


国際連盟脱退を支持した大衆、板垣退助などが築き上げ、大正デモクラシーを経て、ある程度完成されていた、政党政治をあざ笑い、軍事政権への大衆の支持を煽ったマスコミ、そして軍事政権、確かに個々に一定の責任はあります。

ですが、それより前に激動の国際状況を生き抜き、そして死んでいった先人に対する、当然の感謝が必要なのであり(故に、靖国神社護国神社への参拝はその具象になり、当然のことと言えます)、過去の責任はその上で、されるものです。


過去の反省による、今後の昇華は必要です。小国日本主義も選択肢の一つであることは確かです。だが、しかし、戦後の先人への避難ばかり、という風潮は、愚である。

私の考えはそういったものです。』


# D_Amon 『>この後、彼は全く弾圧のようなものが無かったわけではありませんが、こういう発言ができたことは事実です。教科書などが教える、「政府の圧制で、新聞社も政府を支持した」というニュアンスとは酷く違いますね。


これだけをもって「政府の圧制で、新聞社も政府を支持した」を否定するのは、知っててやっているのならば情報のトリミングがひどすぎますね。実際に湛山の評論を読んでいれば彼がNGワードを避けて慎重に言葉を選んで書いていることが分かります。

加えて圧制はこの後もどんどんひどくなっていきます。湛山の評論の言葉の選び方から当時の圧制がどんどんひどくなっている様子が滲み出てくると言った方がいいような状態。

「ある人物ができる限り圧制に対抗した」ということは「圧制が存在した」ということの証明ですよ。

教科書にあるような圧制があった証拠としては竹槍事件でも挙げておきましょうか。言葉を選んで書いてさえ懲罰的徴兵がされるというようなことがあったのです。他にも言論弾圧の手段として政府に迎合しない出版社には統制経済のもと紙を配給しない等の嫌らしい方法もとられたのです。

湛山はできる限り圧制に対抗し、他者にもできる限り対抗することを勧めましたが、それをもって教科書にあるような圧制の存在を否定することはミスリードがひどすぎます。


>まず、植民地支配の他にも日本が生き残る道があったことは、確かに一つの可能性として妥当性を持ちます。しかし、それは「歴史のIF」に過ぎません。

>今後の参考にはなりますが、それを持って、先人を非難するのは愚だと思われます。


論点がずれてますよ。問題にしているのは必然であったか否かです。貴方は必然に近かったと主張したわけで、その主張を裏付けるためにはそれ以外に殆ど選択肢が無かったということを示さねばなりません。これでは貴方は選択肢はあったことを認めてしまっているわけで、必然という貴方の主張は偽となります。

選択肢はあったし、それを選ぶこともできたのです。それも日本が単独でどうこうできた選択肢です。


>あなたも認めているように、アメリカ人に、日本がその条件をのめない事はやはり知識としてあったわけです。それにも、関わらず、そうした事は、「平和を愛する」者と自負するならば非難されるべきです。


貴方としては無法者国家に経済制裁を課して屈服か暴発かの二択を迫るのは「平和を愛する」者と自負する人は非難しないといけないというわけですね。その理屈でいけばイラク北朝鮮への経済制裁を非難した人々は正しい行いをしたことになるわけですが。

当時のことに関していえば、アメリカとしては日本がハルノートを呑んでも良かったし呑まないでも良かったのです。そういう二択を迫られるような状況に陥っている時点で恥ずべき落ち度ですね。で、私はその落ち度を問題にしている筈ですが。そういう状況に陥るまでには色々な選択肢があり、ハルノートをつきつけられる状況になることは必然ではなかったのです。

ハルノートの件にしても一部の政策担当者が日本は権益を手放せずに暴発するであろうことを知っていたとしても、大方のアメリカ人は理性的な判断ができるのであれば日本は屈服するだろうと考えていたわけです。大方のアメリカ人にとって真珠湾奇襲は卑怯な騙まし討ちですよ。それも、無法者に無法に得た権益を手放せと言ったら逆切れされての。

当時の日本は大方のアメリカ人の考えとは異なり理性的な判断ができない国だったということです。そういう理性的な判断ができない国というのはどうしようもない国だと私は思うのですがね。

戦史などで当時の日本のどうしようもなさを見ると、経済制裁に対して屈服も暴発もしないという選択肢を選んでいる現代の無法者国家は当時の日本よりは理性的判断ができている国と思いますよ。それくらいどうしようもない。

あの愚を愚と言わずして何と言おうか。こういう愚を愚と言うことが愚であり否定すべきことだというのであれば、それはそれで仕方ありませんが。まあ、それは過去に学ぶ姿勢ではないでしょう。

「平和を愛する」者という表現に貴方の政治的バイアス揶揄が透けて見えますが、私自身は手段としての軍事力を否定しない人間です。ただ、こういう揶揄は心底くだらないと思いますね。

私にしてみれば貴方は過去の事実に対してドライに割り切れずに感謝とかどうとか感情や思い入れで判断力を鈍らせている人間に見えます。「感情の錬金術」に嵌っているのではと危惧しますので高橋哲哉の「国家と犠牲」をお勧めします。

愚を愚と認め、非難すべきを非難し、同じ過ちを繰り返さないための教訓として語り継ぐ方がよっぽど先人の犠牲を無駄にしない行為と私は思いますよ。』


# hodasi 『>>「ある人物ができる限り圧制に対抗した」ということは「圧制が存在した」ということの証明ですよ。


軍事政権に、圧制があったのは事実でしょうが、それが教科書が教えるほど酷かったものでなく、現に反意を表明できたという事です。ここについては、現状の教科書表記に問題があるのではないかという表明ですね。


>>論点がずれてますよ。問題にしているのは必然であったか否かです。貴方は必然に近かったと主張したわけで、その主張を裏付けるためにはそれ以外に殆ど選択肢が無かったということを示さねばなりません。


必然と言うのは、明治維新からの先人の努力に敬意を示せば、ということであって、「その選択肢を選んだ事は必然」ということです。

確かに、「後から考えれば」、「ifと考えれば」他の選択肢にも妥当性がったことは確かで、その意味では、今後の参考にはすべきです。

しかし、当時を生きた、「そのとき一回きりの場」を生きた人がその選択を取ったことは致し方ないこと、ということです。

大衆もそちら側を支持していました。植民地や租借地についての大衆の認識は、日露戦争終結時などの大衆の行動を見るのがいいでしょうね。


>>ハルノートの件にしても一部の政策担当者が日本は権益を手放せずに暴発するであろうことを知っていたとしても


だから、アメリカは知っていた事は明白なんですよ。

それをもってすれば、アメリカにも

「戦争をしてもよい」

という意志があったことは、確かで、

少なくとも「日本は悪い国で、連合国に解放された」というような歴史認識東京裁判史観とか言われますね。

こういった認識は、間違いであるという事です。

私の最終的な主張は今も昔も国際状況は未だ、闘争状態であるから、それを認識し、交渉に必要な軍事力は持つべきといったところで、今の日本の(国民の)認識がそこにいたっていないと感じるわけです。


>>「平和を愛する」者という表現に貴方の政治的バイアスと揶揄が透けて見えますが、私自身は手段としての軍事力を否定しない人間です。ただ、こういう揶揄は心底くだらないと思いますね。


それは貴方のただの深読みです。

私は「国際社会は今も昔も闘争状態」という事を言いたいだけであって、それ以上の事を言うつもりは泣く、その反意語としてその表現を使ったまでです。


>>愚を愚と認め、非難すべきを非難し、同じ過ちを繰り返さないための教訓として語り継ぐ方がよっぽど先人の犠牲を無駄にしない行為と私は思いますよ


ですから、それ自体には否定しません。

ですが、先人への敬意というのは、道徳レベルで必要であって、

靖国神社参拝へのあれだけの反対が国内であったことを目の辺りにして、どうもそれが忘れられているのではないかと感じたということです。

私は東條秀樹を尊敬していますが、首脳者としての彼の責任は否定しません。

彼は、国内で公正な方法で裁かれたなら、自らその報いを受けたでしょうし、また生前も、戦後に報いを受けると誓っています。

これは、空想に過ぎませんが、彼や他の方々が、自ら、報いを受ける瞬間を、涙をながしながら見届け、今後の日本のために過去を悔い、未来に生かしていくことが日本の精神だ、ということです。』


# D_Amon 『まずはアンテナにひっかかってなかったためレスが遅くなったことをお詫びします。


>軍事政権に、圧制があったのは事実でしょうが、それが教科書が教えるほど酷かったものでなく、現に反意を表明できたという事です。ここについては、現状の教科書表記に問題があるのではないかという表明ですね。


竹槍事件をスルー。


>必然と言うのは、明治維新からの先人の努力に敬意を示せば、ということであって、「その選択肢を選んだ事は必然」ということです。


「先人の努力に敬意を示せば」「その選択肢を選んだ事は必然」というのはただの感情論ではないですか。

論理的には全然必然ではありません。


>それをもってすれば、アメリカにも「戦争をしてもよい」という意志があったことは、確かで、少なくとも「日本は悪い国で、連合国に解放された」というような歴史認識、東京裁判史観とか言われますね。こういった認識は、間違いであるという事です。


アメリカに戦争してもよいという意思があったことは間違いの論理的根拠になっていません。

無法者国家に対する交渉は、それが決裂した場合は戦争になる覚悟がなければ話にならないでしょうに。


>ですが、先人への敬意というのは、道徳レベルで必要であって、靖国神社参拝へのあれだけの反対が国内であったことを目の辺りにして、どうもそれが忘れられているのではないかと感じたということです。


これまた感情論ですね。

先人への敬意というのならば、国家の犠牲となった先人への敬意があるからこそ私は戦死を顕彰することで犠牲者の存在に対する戦争指導者への批判を逸らし「英霊の犠牲を無駄にしない」という名目で無謀な戦争拡大の心理的装置を担った靖国神社の欺瞞を批判し参拝に反対するわけです、と参拝反対の理由にも使えますし私にしてみればこっちの方が妥当。


全般的に問題となる事実の無視と感情論による思考停止が占めていて論理的ではありませんし誠実でもありません。

問題があるのは学術的な歴史認識ではなく貴方の価値観の方でしょう。』


# hodashi 『どうも、貴方の文章には、私の人格否定の色が強いですね。

まあ、それはいいんですが。

>>英霊の犠牲

当時までの流れの中では、その配慮も理解の余地があったわけです。

今後は、それを反省しなければいけませんし、

同じような理由で政策を誤ってはいけないのはその通りです。


>>全般的に問題となる事実の無視と感情論による思考停止が占めていて


ですから、

まず、土台として、我々は伝統の上に、

反省すべきところは、反省して、変えるべきところは変えて、

今後の政治を作っていかなければいけません。

それは、伝統を否定・破壊することではなく、

その上に築いていくことです。


それには、先人への感謝がまずあり、

その上に、貴方も言う、「事実」をみつめることが必要という事です。

既に述べましたが、

確かに、A級戦犯となった方々は、否定しようも無い罪を犯しています。

東條にいたっては、戦前の時点で、戦後の罪の清算を誓っています。

その事実を、私は無視しません。

しかし、それでも、日本史の中で生まれた指導者には変わりありませんし、大衆も全く軍事政権を支持しなかったわけではありません。


その上で、指導者たるかれらは、自分の責任はもちろん、大衆の責任も、マスコミの責任も全て被って、罪をつぐなわければいけない。

つまり、事実としては、大衆責任論では駄目です。

しかし、その事実の上で、

心としては、大衆も、マスコミも反省し、

全ての罪を被って死んでいった者、もちろん、戦場で命を散らしたもの、また間接的に死んだもの、

そして、全ての先人に感謝しなければいけないという事です。


その姿が見られれば、

貴方のおっしゃるような、事実に基づいた、歴史の反省には否定しません。』


# D_Amon 『人格否定しているのではなく、論理的な対話が望みなら感情論は抜きにしなさいというだけの話です。

結局、貴方の意見は

先人への感謝という感情>>過去の事実とそれから導き出される論理

に集約されているわけです。

で、事実として必然でない過去の日本の選択を感情論でもって必然としているから話にならないと。

第二次世界大戦における大日本帝国が感情論でしか正当化できない代物というのであれば、それはそれで仕方ありませんがね。私にしてみればそういう感情論で事実の方を捻じ曲げるような人とは論理的な対話は望みようがありません。

先人への感謝にしても、敗戦を先延ばしにして多くの国民を無駄死にさせた戦争責任者にまで感謝しろといのは普通に暴論というものでしょう。ある種の宗教の信者がそういう信仰を持つことまでは否定しませんが。』


# hodasi 『まず、返事に時間がかかったことをお詫びします。

私生活の事情のために、遅れました。


>>ある種の宗教の信者がそういう信仰を持つことまでは否定しませんが。


こういう部分に人格否定を感じますね。


>>人格否定しているのではなく、論理的な対話が望みなら感情論は抜きにしなさいというだけの話です。


最初からもう一度、読み返してみましたが、

要するに、論理的とは、

私が、「必然」といったことを訂正しろ、ということでしょうか。

確かに、選択肢としては他の選択肢もあったことは確かですから、その点では必然ではないですね。

そういう意味では訂正します。


ただ、貴方は、感情論を否定していますが、

政治も結局、人がするものである以上、

感情抜きには成しえません。

要は、歴史の反省には、情も考慮すべきということです。

情を考慮すれば、

あの選択肢も必然だったということです。

確かに完全に、情を廃し、

論理だけで考えれば必然ではないですね。

それは確かです。


>>先人への感謝という感情>>過去の事実とそれから導き出される論理に集約されているわけです。


されませんよ。

まず、先人の感謝があり、その上で反省というわけです。

土台と「>」という記号は違うものです。、

そういう単一的な、決め付けが、論理的なんでしょうか。

それとも、土台という言葉に固執しているのですか。

感謝と、反省はべつのもので比較することはできないということです。


>>敗戦を先延ばしにして多くの国民を無駄死にさせた戦争責任者にまで感謝しろといのは普通に暴論というものでしょう。


確かに、その責任はありますが、

それは散々、上のコメントで私も認めていますが。

しかし、軍事政権も結局は、大衆民意に後押しされた部分も否定はできないということです。

「あの方達は選択は間違えたが、あの国際状況の中で、一つの道で、日本のために行動した」という事です。

その道が、間違いであったことはそうですが、

しかし、それでも日本を憂いたことは否定できません。

今後、私達は、その「憂い」の感情が暴走しないように、過去から反省すればいいということです。』


# D_Amon 『>ただ、貴方は、感情論を否定していますが、政治も結局、人がするものである以上、感情抜きには成しえません。要は、歴史の反省には、情も考慮すべきということです。情を考慮すれば、あの選択肢も必然だったということです。


まず、貴方自身の感情論と当時の政治の感情論を分けるべきですね。

貴方が「先人への感謝」という感情論を用いることと、当時の政治において「英霊の死を無駄にしないため」とか「何々に屈するのか」とかの感情論が用いられたことは別です。

そして、私は前者を批判したわけです。前者と後者を混同してはいけません。

貴方のそれは「先人への感謝」をもって戦争責任者への怒りを封殺する論法なわけですが、私はそもそもそういう感情を問題にしておらず事実としてどうかだけを問題にしているわけです。感情を持ち出せば、私は当時の戦争責任者や日本軍の体質に怒り心頭ですよ。不毛だから基本的にしませんがね。

その上で、後者に関しては情に流されて失敗したことを反省するならば、情に流されることを否定する方が当然と思います。それを仕方ないというようでは何度でも同じような過ちを繰り返すでしょうね。


>まず、先人の感謝があり、その上で反省というわけです。土台と「>」という記号は違うものです。そういう単一的な、決め付けが、論理的なんでしょうか。それとも、土台という言葉に固執しているのですか。感謝と、反省はべつのもので比較することはできないということです。


どうにも分かってもらえないようですね。先人への感謝と過去の事例を吟味し批判することは別々のことです。その別々のことに対し「先人への感謝を土台に」という話を持ってくるのがおかしいわけです。結局、貴方の論法は「先人への感謝」を免罪符にして大日本帝国への手厳しい批判を封じようとしているものなわけで、その意味において「土台」だろうが「>」だろうが関係ないですね。


>しかし、それでも日本を憂いたことは否定できません。今後、私達は、その「憂い」の感情が暴走しないように、過去から反省すればいいということです。


その「日本」に含まれていたものは何ですか?

一部の特権階級の保身のために多数の一般国民を犠牲にすることが普通に行なわれたことから、その「日本」の中には一般国民は入っていないのではないでしょうか。


それと、貴方は「太平洋戦争において日本はアメリカにはめられた。はめたアメリカが悪い」と認識しているようですが、そもそもの原因は日本の中国への侵略と仏印進駐にあるわけで、日本の方がアメリカとの戦争を避けられない方向に迷走したんです。』

石橋湛山の言論統制に関する言葉は、後の展開を考えれば言論に対する弾圧がどうしようもなくなる前にできるかぎり対抗しなければならないという教訓となっていると思うのですが、それが「言われるような言論統制は無かった」という証拠として解釈されてしまう不思議。

感情論の問題は特定の思想に感化するための感情の利用の問題も含んでいることの再確認。

2007-02-01

マスターオニオン

[]パラッパラッパーのチョップチョップマスターオニオン

f:id:D_Amon:20070201113625j:image

カミさんのキャラ弁。今回はPSのゲーム「パラッパラッパー」のチョップチョップマスターオニオン。

カミさんは昔、夜にオニオン先生によくお世話になったそうな。一番難しかったのはインストラクタームースリーニだそうですが。

今はソフトが無いのですが、機会があればまたやりたいとのこと。

PARAPPA THE RAPPER パラッパラッパー TVアニメーション Stage.1

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