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2008-08-29

[][]「あたまがわるい」と言われたときに、どんなこと言えばいいのかわからないの

「ええ、あたまがわるいですよ」と言えばいいと思うよ。

いや、マジで。


ムキになって否定すると、そういう言葉に弱いと思われて、相手の自尊心を傷つけることが目的の連中まで引きつけてしまうから。


その上、ときには相手の説明により何故「あたまがわるい」と評価されたのかを理解することが自らの「あたまがわるい」ということを認めさせられてしまうことになるという屈辱になってしまうこともあるから。

そういう屈辱から逃れるために理解することから逃走し続けるのは見苦しいものだよ。


そうなるくらいなら、自ら「あたまがわるい」と認めてしまった方がいい。

そして、「分からないから、あたまがわるい私にも分かるように」どういうことなのか説明してもらうように相手に請うんだ。

こうすることにより相手を「理解してもらう側」にすることができる。

そうすれば、「理解してもらう側」は相手が分からないことを分かるように説明しなければならない。さもなくば「理解してもらう」ことを諦めて去るしかない。

ソクラテスのスタイルは強いよ。

ただし、これを議論に負けないために用いてはならない。何故ならば、ソクラテスのスタイルは分からないことを理解するためにであって、議論に負けないためではないのだから。

議論の勝敗を目的化し議論に負けないために「分からない」を多用すれば、見透かされて余計に非難されることになる。非難されるのが目的なら、それでいいかもしれないけど。


とりあえずは「俺はあたまがいい」という幻想を捨て去ることなんだ。

そういう幻想を持っていなければ、それを砕かれることもないんだ。自己認識を覆される屈辱も感じずに済むんだ。

「分からないことを分からないと認め、まずは自分で調べ、それでも分からなければ分かる人に聞く」

大事なことだ。

世の多くの人々が、分からないときには分からないことを分かるように説明してくれるように素直に尋ね、よく知らないことに対して知ったかぶって発言したりしなければ、世の中はもっと平和になると思うんだ。

自尊心を「俺はあたまがいい」に持つ必要なんてない。「無知の知」に自尊心を持とう。


そして、自分の知の至らなさを思い、こう言うんだ。

「オリはよう、オリはよう、駄目人間なんだよう」

ほら、カミさんが冷たい目をしながらこう言ってくれる。

「気持ち悪い」

とっぴんしゃらりのぷう。


補足というか蛇足というか

うん、気持ち悪いね。

言い訳すると、書きはじめた当初はこんな文体ではありませんでした。

こんな感じ。

はてなブックマークで用いられるタグ「あたまがわるい」は色々な意味で用いられるタグです。

単純に知能や知識の程度に対して使われることもあれば、対象の行動、例えば誤読だったり、知ったかぶりの的外れだったり、に対しての評価として使われることもあります。

その「あたまがわるい」というタグが自分に対して使われ、それに対して無視せずに対応する場合、どのようにすればいいでしょうか。

私は、あっさりとそれを認め平然としていることだと思います。

何故かといえば、自らが「あたまがわるい」ことを認め、それでいて平然としていれば、「あたまがわるい」という言葉を「相手の自尊心を傷つけることが目的の罵倒」として用いている人に、それが無意味であることを思い知らせることができるからです。

これにより、批判者の内、その言葉を自尊心を傷つけるために使用している人を排除できます。

………

以下略

で、書いている途中で、こういう考えるまでもなく当たり前な「戦略的」なことを真面目な文体で書くことに心理的に耐え切れなくなって、ふざけつつも伝えたい内容を要約した恥ずかしいポエム*1に変換してしまったというわけです。

自分の知識や知能なんて大したことないんだと自己認識し、知識の誤りは素直に認めて修正するのは大事なこと、なんてのは普通いちいち説明する必要はないことですよね?(虚空に向かって)


あと、ユウガタ - 断片部はもっと読まれるべき文章だと思います。

[]汝、disるときはdisり返される覚悟を持て - 自己マネージメントに失敗してネット赤潮を引き起こしたHALTAN氏

id:HALTAN氏の現状に対する私なりのまとめ。あくまで私から見たまとめなので、見方に私自身のバイアスがかかっていることは御了承ください。

現在のHALTAN氏を取り巻く状況は、現象としてはいじめというよりネット赤潮*2だと私は判断しています。

HALTAN氏が「相手の主張を理解することを拒否した上での応答になっていない応答」という非難を集めるのに十分過ぎる栄養たっぷりな記事を連続投下しているのが、ああいう無内容な記事がブックマークを集め続ける理由というものですから。

HALTAN氏は容赦ない非難の集中砲火を浴びているわけですが、それもこれも自ら集中砲火を浴びるための行動をしているからというもの。

今のような状況になったそもそもの発端はこれ。

・・・自分でも何か書こうかと思ったけど、コメント欄に書いてあるからもういいや。

通りすがり 2008/05/24 01:47 ふくみみさんも次々湧いてくる馬鹿を相手にしていたら身が持たないね

http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080523/p1#c1211561271

・・・いや、自分でも何か書かなくてはいけないと考えたのだが、こういう人とは何を話せばいいのか、ちょっと思いつかないのです。今回ばかりは本当に困った。接点が見つからない。

はてなブログ

このように馬鹿呼ばわりしているコメントを引用してhokushu氏を判断の根拠も示さず馬鹿扱いしたわけです。

その上にこういう記事も書いているわけです。

自分で持ち出した余りに牽強付会アウシュビッツの比喩故に、こんな苦しい抗弁を続けなくてはいけないhokusyuさんって・・・(涙) 自分が間違っていたら早めに謝った方がよい。もちろん簡単に「謝らない」処世術もありますが、今回は得策ではないでしょう。

はてなブログ

強調は引用者による。

どうやら判断の根拠を示さない罵倒に対し異を唱えること自体も罵倒対象のようです。

この発言の強調部分は今のHALTAN氏に見事にブーメランになっている気がしますが、追記でさらにどうしようもないことを言ってしまいます。

一生懸命に解釈すると、hokusyuさんはトリアージを弱者切り捨ての論理だと解釈されているようですが、確かに逆手に取られるとそうなりかねない部分はあるかもしれません。ただホロコーストについて言えば、「優生学はなぜ否定されねばならないのか?」という問題でしょうし、全体主義については、「そうは言っても、言論人やジャーナリズムも大衆も(少なくともある時点では)熱狂したんだからどうしようもないでしょ?」問題になるんじゃないですかね?

惚けているのではなく素で言っているとすれば、この発言はホロコーストが持ち出された文脈を理解していないどころか、ホロコーストに対する理解自体が貧弱なものであることを示しているわけで、つまりHALTAN氏はよく知りもしないのに知ったかぶって的外れな批判を行いhokushu氏を馬鹿扱いしたことになります。

これは批判されて当然というものでしょう。

Apeman氏とhokushu氏が怒るのも当たり前ですが、ただ、この時点では「わからない」を繰り返すHALTAN氏のあまりに不誠実な応答に匙を投げる形でこの話は一旦は沈静化することになります。

それが再燃するきっかけになったのはこの記事。

「大きな話」 - Apeman’s diary

この記事に対するHALTAN氏の応答があまりにも予想通りというか、2008-08-05の複数の記事で批判されているように、あまりにも二重基準丸出しの不誠実なものだったことから激しい批判がなされたわけです。

それに対し、ここでもHALTAN氏は「わからない」を繰り返し、分かるように説明することを求め、最初に他人をdisっておきながら自らのそういう行為がdisられると被害者ぶってそれをあげつらったわけです。

で、そういうHALTAN氏に対し分かるように説明することが複数の人によって繰り返されたわけですが、それらに対しHALTAN氏は「理解する気はありません」宣言。これは非難されて当然というものでしょう。

そして、それはもう思想信条や言及対象に関係ない応答姿勢の問題です。


HALTAN氏の応答姿勢を箇条書きにしてみましょう。

  • 福耳先生批判にホロコーストという言葉を使用したhokushu氏を判断の根拠も示さず罵倒
  • 罵倒されたことに異を唱えること自体を罵倒
  • 発言から知ったかぶりの思い込みで罵倒していたことが判明
  • それがいかに知ったかぶりの思い込みであるか説明されても「わからない」を繰り返す
  • それどころか説明すること自体を罵倒
  • 自ら「わかるように説明すること」を求めながら、そういう説明に対し「理解する気はありません」宣言
  • 「理解する気はありません」宣言しながら「反論」はコピペなどで継続
  • その「反論」の内容自体が思い込みと偏見に満ちた基本的知識を欠いたもので、既に説明されたことが無視されている
  • 自らのそういう対応がdisられると、それらのdisを見境無くあげつらってdisる

まあ、こういう姿勢で見境無しにdisれば、それに対する反撃が結果として集中砲火になるのは当然というものだと思います。自業自得というもの。「自己責任論」ではなく「これが自己責任でなければ何が自己責任なの論」というものです。

HALTAN氏を擁護する人は彼のこういう応答姿勢を無視しています。少なくとも説明に対し理解することを拒否していることは問題にすべきではないでしょうか。


ただ、彼がそういう風に理解することを拒否する理由も分かるような気がします。

勝手な推測ですが、彼にとって説明を理解するということは、自らの発言が知ったかぶった的外れなものであることを認めることであり、それは自分の「あたまがわるい」ということを認めさせられることであり、それは非常に彼の自尊心が傷つくことであり、彼はその屈辱に耐えられず自らのそういう感情に屈して理解することを拒否してしまっているのだと思います。


まあ、彼の内面がどうであれ、確実なのは、理性的でない彼の対応が数々のdisを呼び込んでいる状態であるということ。*3

現状はといえば、もはや、冷静な判断ができず、和解の機会を与えるために相手が差し伸ばしてきた手すら悪意と解釈して拒絶する段階にまで逆上している状態。*4

結論は既にApeman氏の記事(いやそれはこっちのセリフなんだけど・・・(追記あり) - Apeman’s diaryいやそれはこっちのセリフなんだけど・・・PartII - Apeman’s diary等)で言い尽くされていると思います。

HALTAN氏は自分自身のマネージメントに失敗している

訳知り顔で罵倒しつつ「わからない」を繰り返す

はてなブログの「一生懸命に解釈すると」で始まる文章に象徴されているように、HALTAN氏は他人を訳知り顔で罵倒しつつ、その罵倒の論拠になるようなものは最初から持ち合わせていなかったわけです。

自らが為した罵倒が偏見や思い込みによるものに過ぎないということを、既にこの時点でHALTAN氏は自らの言動で証明していたわけです。

そういう風に相手を偏見や思い込みで罵倒しておいて、自らのそういう発言が批判されると、どうしてそういう批判をされるのか「わからない」というと。

こういうふざけた不誠実な応答をすれば相手を怒らせるのは当然のことです。

「わかるように説明すること」を求めながら、それがなされても「理解する気はありません」宣言

「わからない」を繰り返した末に「わかるように説明すること」を求めたHALTAN氏に対し、複数の人が実際に説明してみせたわけですが、それに対しHALTAN氏は「理解する気はありません」宣言。

HALTAN氏は自らこいながら相手がそれをしても真面目に対応することをしないという、どうしようもなく不誠実な人物であることを自ら証明してしまったわけです。

これはまたHALTAN氏が自らの感情に負けてそういうことをしてしまう感情的な人間であることも示しています。

見境なしにdisることで自分に対する集中砲火を自ら引き起こす

こういうHALTAN氏の対応はネガティブな評価がされても仕方がないと思うのですが、HALTAN氏は自己認識ではそれを理不尽と感じたのか、ブックマークコメントにまで一々disり、真摯な説明を行った人も見境なくdisり、自らのそういう対応により、さらにネガティブな評価を集めることになってしまったわけです。

自業自得な自らに対するネガティブな評価に対して感情的になり被害者意識全開で反応してしまう過敏さはナイーブと評して問題ないと思います。

黙れない

はてなブックマークの性質上、新しい記事を上げなければ、ブックマークコメントでの自らに対するネガティブな言及を抑えることができるのに、(理解することを拒否している以上まともな応答もできないというのに)そういう言及に対して黙っていることができず記事を上げ続けたため、HALTAN氏はそういうネガティブな言及でのブックマークを集め続けてしまいました。

そうすることで余計注目を浴びることに。

説明に対して「理解する気はない」という限りなく不誠実な対応をし、まともな応答ができる可能性を自ら封じている以上、黙った方が自らの傷を広げずに済むのに、ネガティブな言及に対する自らの感情を抑えることができないという非理性的態度。

黙る理由としては「背中で語る」でも「面倒くさい」でも十分と思うのですが、忠告されてもそれができないことにより、自分に対するネガティブな評価が気になって仕方がなくて、それに対する反応を抑えられない神経質な人格であることをHALTAN氏は自ら証明してしまっています。

知ったかぶりであることを自ら証明

はてなブログではコピペした内容が陳腐すぎて「こういう内容が反論になると判断したということ=HALTAN氏のホロコーストに関する知識はどうしようもなく貧弱なものであること」を自ら証明してしまっています。

HALTAN氏は初っ端から他人を訳知り顔で罵倒しておきながら、その根拠となる知識はまったく持ち合わせていない知ったかぶりということですね。

論争になってからでも自ら基本的知識を身につける努力を少しでもしていれば、こういうわざわざ自ら恥をかくようなことをしなくて済むのに…


上記のような言動によりHALTAN氏は自分が「知ったかぶって訳知り顔で偏見や思い込みに基づいて他者を罵倒しておいて、それが批判されると逆切れして被害者ぶるヘタレ」であることを自ら証明し続け自ら傷を広げ続けたわけです。

私から見ると、HALTAN氏は自らの感情に負けて戦略的な行動を取れていません。

まあ、はてなブログを見る限りでは、消耗しつくしたせいか、ようやく黙ることができそうで、いやあ良かった良かった。これ以上、HALTAN氏が自ら傷を広げる姿は見るに耐えませんから。

HALTAN氏はもっと福耳先生を見習うべき

せめてHALTAN氏はもっと福耳先生(id:fuku33)の応答姿勢を見習うべきだと思うのです。

反論を予期せず不用意に他者をdisり、それが批判されるとその場しのぎの釈明を繰り返し、その後は別の場所で批判を浴びたのを他人の所為にして愚痴るのが福耳マネジメントであるわけですが、少なくとも福耳先生はその場限りでは自らの感情を抑えこんで釈明し反省の態度を取ることができますし、気に入らない批判を黙殺することもできます。

そのようにして、自分に対する印象が損なわれることを防ぐことを自らの感情より優先することができるわけです。

最初に後先のことを考えず感情的に愚痴り、最後はやっぱり批判されたことを被害者意識全開で感情的に愚痴っているとはいえ、そういうことができるは大したものだと思いますよ。

せめて、その程度には自らの感情をコントロールできるようになるべきだと私は思います。


以上、HALTAN氏に対する忠告も兼ねて。

別にHALTAN氏の精神状態が本気で心配になってきてるわけじゃないんだからね!

*1:というか、ポエムとは基本的に痛々しい自意識の垂れ流しである存在自体が恥ずかしいものだと思う(偏見)

*2:赤潮だからといって批判者がプランクトンという意味ではない

*3:理性的な人は嫌いな相手でも自らの感情的反発を押さえ込んで相手の話に耳を傾けられることができ、自らが誤っていれば心理的抵抗を抑えこんでそれを認めることができるというもの

*4:私はシートン先生の記事は思いやりに満ちていると思う

2008-08-20

パンダーZのキャラ弁

[]パンダーゼットキャラ弁

f:id:D_Amon:20080820133345j:image

カミさんのキャラ弁。今回はパンダーゼット。

何でも北京オリンピックのマスコットのヂンヂンを見て連想してしまったから作ったとのこと。

2008-08-17 「全体最適はナチ」ではなく「ナチな全体最適」

[][]歴史の教訓とすべき人類史の悲劇が大袈裟な罵倒と解釈されてしまう件

ナチスの思想である民族社会主義がどういう思想であったかを非常に大雑把に述べると、それは「ドイツ民族、それも優秀なドイツ民族の繁栄」を世界のための崇高な目的とし人道性より優先する思想でした。

そして、その思想に基づいての合理的判断による人権侵害は同民族にまで及び、精神障害者知的障害者は排除対象とされました。

そのように「ドイツ民族の繁栄」を人道性より優先した結果、下記引用文のようなことがなされたのです。

ユダヤ人に関する措置

ポーランドに進駐した特別出動部隊に対する一九三九年九月二一日付のハイドリヒの速達は、占領地域のユダヤ人に関して「計画している全措置、したがって最終目標を極秘にする」としていた。最終目標のために「まずやるべきこと」は、田舎から比較的大きな都市へのユダヤ人の集中であった。

ずべてのユダヤ人共同体に長老評議会を作らせ、移住に関し「全責任」をとらせて、移住命令に従わない者は「厳罰に処す」ことにした。ワルシャワなど大きな都市は戦火を逃れて流人した人びとで膨れ上がり、町はドイツ軍の爆撃で破壊されていたので、住宅不足は深刻だった。集められたユダヤ人は狭い一街区(ゲットー)にすし詰めにされた。

ヒトラー・ナチ国家にとって、一番重要なことは帝国領土の拡張とその領土の民族的強化であった。したがって第一次大戦後に成立したポーランド共和国領土のうち回廊を含む広大な地域(ヴェルサイユ条約でドイツが失った部分だけではなく、一八七一年のドイツ帝国創設時の領土以外の広い地域)をドイツに併合した。次いで戦時下においてさえ、ただちにこの併合地域の「非ポーランド化」を推進した。

この地域にドイツ人を入植させ、また東欧の民族ドイツ人(フォルクスドイッチェ)を連れてきて、ドイツ系人口を増やすことを計画したのである。この仕事は、ドイツ民族強化全権ヒムラーの任務であった。短期間のうちに、バルト地域のドイツ人六万人を併合地域に入植させた。過渡的に必要な居住空間を作ることもあって、一九三九年一〇月から四〇年春までに、親衛隊の二つの部隊がダンツィヒ、シュテッティンなどの精神病施設にいた一万人以上の患者を殺した。

しかし、併合地域の「体系的なドイツ化」を進めても、たくさんのポーランド人はもとより、マイノリティのユダヤ人でさえ根こそぎ総督府に送り込むことはできなかった。総督府も手一杯だった。

一九四〇年五月に火蓋を切った西部戦線でドイツ軍が電撃的勝利を得たことは、この強制移住問題と戦時下の過剰人口の解決策を提供するかに見えた。ポーランド・ユダヤ人を中心とする約三五〇万人のユダヤ人を、フランス植民地マダガスカル島に送り込む計画が浮上したのである。しかし、このマダガスカル計画は英仏の抗戦継続によって机上プランにとどまった。

電撃戦戦略が挫折し、戦争が長期化すると、ドイツの戦時経済は一段と厳しいものとなった。打開策として一九四一年六月に開始した対ソ攻撃も、電撃的にソ連領土を蹂躙するというヒトラーの構想どおりには展開せず、かえってナポレオンの敗北を予感させる「冬の危機」、第三帝国最初の電撃的大敗退を迎えることになった。

「ユダヤ人絶滅政策」

一九四一年七月中旬、併合地域ヴァルテガウでガス殺による絶滅政策の原案のようなものが作られ、アイヒマンに提出された。それは、併合地域の親衛隊保安部長(ポーゼン)のヘプナーが各方面と「さまざまな議論」をしてまとめ上げたものだった。

それによれば、ヴァルテガウの全ユダヤ人を三〇万人収容できるバラック建ての収容所に入れる。そのうち労働可能な者は労働部隊にまとめて収容所から引き抜く。これなら、従来よりはるかに「少ない警察力で」監視できる。しかも、リッツマンシュタット(ウージ)や他の収容所でくり返し発生している「伝染病の危険も最小限に」喰い止めることができる。

一九四一年の冬、ユダヤ人を「もはや全部は」養えなくなる可能性がある。労働投入できないようなユダヤ人を、「何らかのほかの速やかに効く手段で片づけるのがもっとも人間的な解決ではないか、真剣に考えてみるべきである」とヘプナーは提案する。

いずれにしろ、「餓死させるよりは、このほうが好ましいのではなかろうか」という。ポーランド地域の窮状は、すでに対ソ攻撃開始直後でさえ相当深刻になっていたわけである。

一九四一年の晩夏ないし秋以降にユダヤ人移住政策は、その絶滅政策に移行した。一九四一年一ニ月から、ヴァルテガウのクルムホーフ(ポーランド表記ヘウムノ)を起点に、併合地域と総督府のユダヤ人の絶滅政策(ホロコースト)が始まった。ヘウムノではガス自動車の排気ガスにより殺害した。

翌年一月二〇目のヴァンゼー会議を経て三月、ベウジェッツで総督府のユダヤ人絶滅政策が本格化した。アウシュヴィッツで一九四二年春から、最初は小規模にもガス殺が実行される。ヴァンゼー会議で総督府次官ビューラーは、ユダヤ人問題の「最終解決」(エントレーズング)をまず総督府から始めるよう求めた。

その際、問題となるのは「約二五〇万人」であり、「そのほとんどは労働不能」であった。「労働不能」な者はドイツの戦時経済にとって厄介者であり、多くのユダヤ人が飢餓状態で食糧消費はミニマムでしかなかったとしても、ドイツの利害からすれば彼らは「大食漢」であった。

ポーランド電撃戦 (欧州戦史シリーズ (Vol.1))P149-150より。強調は引用者による。

ナチスがどうしてホロコーストと称されるユダヤ人虐殺に至ったかといえば、それはリソース不足による問題を合理的に解決するためです。

虐殺自体は目的ではありませんでした。それはマダガスカル計画からも明らかでしょう。ドイツ民族の居住空間不足というリソース問題を解決するための方法の一つは国外への「過剰人口」の強制移住でも良かったのです。

居住空間不足に人的資源不足に食料資源不足。戦争が長期化する内に各種資源の不足がより深刻になってゆき、そういうリソース不足を解決するための合理的な方法として虐殺に至ったのです。

居住空間が不足し人的資源が不足する中で少ない警察力でユダヤ人を監視できるようにするために行われたのが収容所送りと収容所の規模拡大と経営の効率化。

食糧資源が不足する中でドイツ民族にとって食料資源を浪費するだけで役に立たない厄介者である「労働不能」な者に対して「餓死させるよりは人間的」な解決方法として行われたのが虐殺。

全員を生かすことはできない資源不足の中で、その合理的な解決方法として生かすものと死なすものの選別が行われたのです。

これをなんと言えばいいのでしょう。「地獄への道は合理性で舗装されている」とでも言えばいいのでしょうか。

勿論、これは皮肉で合理性自体に問題があるわけではありません。「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉において善意自体に問題があるわけではないように。

合理性自体は有効です。

例えば極限状況下での救急救命のためのトリアージ。これも合理性に基づいて定められた判断基準でなす生かすものと死なすものの選別に他なりませんが、その選別によってより多くの人命が助かるのです。

では、生かすものと死なすものの選別という点において同様なホロコーストとトリアージを分かつものは何でしょうか。

それは人道性。

トリアージの目的が最大多数の人命を助けることであり人道に適っているのに対し、ホロコーストは「ドイツ民族の繁栄」というナチスにとって崇高な目的を人道より優先したのです。

繰り返しになりますが、合理性自体は有効です。有効ですが、それには人道に背かない限りという条件を付けなければならないのです。

その条件を外した合理性に基づいた判断基準の行き着く先は合理性に基づいて非人道的な行為が正当化される世界なのです。

ナチスやホロコーストはそういう人道に背かない限りという条件を外した合理性の延長線上に何があるかということを示す歴史の教訓なのです。

しかしながら、ナチスやホロコーストという言葉を文脈的にきちんと歴史の教訓として持ち出しても大袈裟な罵倒と解釈されてしまいがちなのは、そういう目的で安易に使う人が多いからとはいえ、悲しいことです。*1


何が批判されていたのか - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに続く。

関連

人道主義>軍事的合理性、市民>軍人 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

[]何が批判されていたのか

歴史の教訓とすべき人類史の悲劇が大袈裟な罵倒と解釈されてしまう件 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかの続き。


では、ここではてなブログで始まった福祉と経営とトリアージホロコーストを巡る論争で福耳先生(id:fuku33)は何を批判されていたのかを復習してみましょう。

件の記事に福耳先生が何を書いたかを考えれば明らかだと思うのですが、批判されているのはトリアージ自体でも経営学自体でもありません。

救命という人道を目的としたトリアージを題材としながらリソース不足で切り捨てられる人に対する人道性の発露である「かわいそう」という反応をとことん罵倒し「この大学のOGが、福祉業界に入って数年で燃え尽きてしまう」原因が(その厳しい労働条件にではなく)「全体最適というコンセプト自体が頭の中にない」ことにあると判断する(ドラッカー的な意味での経営学の自殺である)福耳経営学なんですね。

はてなダイアリー

もちろん、極限状況下での救急救命のためのトリアージではリソース不足のために切り捨てざるをえない人がいるわけですが、リソース不足で切り捨てられる人がいることと切り捨てられる人を「かわいそう」と思うことは別に矛盾しないわけで、福耳先生が消し去ろうとした言葉のように罵倒される筋合いはないわけです。

この件に関しては福耳先生自身が大いに反省し釈明行脚を行ったので、もう終わったことです。

私は腹黒いので、時折見かける福耳先生のブックマークやスターの傾向を見ると「あの釈明は口先だけの奇麗事で本当にそう思っているわけではないのではないか」なんて思ってしまうのですが、多分、気のせいでしょう。

福耳先生におかれましては、そういう、もう終わった話が今頃になっても持ち出されるのはお気の毒なことだと思います。

で、今残っている問題はそういうトリアージの不適切使用に対する批判にホロコーストを持ち出すのが妥当かどうかということです。

これに関してHALTAN氏を中心に妥当ではないと批判されているわけですね。

私は救急救命のためという条件を外して全体最適のためにトリアージを目的外使用することへの批判にホロコーストを持ち出すことは、ホロコーストもまたリソース不足の解決方法だったことを考えれば妥当と思うのですが、HALTAN氏はそうではない様子。

ただ、これはホロコーストに関する前提知識が共有されていないことと、「意図するところ」と「意味するところ」の区別がなされていないことが大きいためと思います。

HALTAN氏のホロコーストに対する認識といえば、

ただホロコーストについて言えば、「優生学はなぜ否定されねばならないのか?」という問題でしょうし、全体主義については、「そうは言っても、言論人やジャーナリズムも大衆も(少なくともある時点では)熱狂したんだからどうしようもないでしょ?」問題になるんじゃないですかね?基本的には別筋だと思うんですが。

はてなブログ

というようなものなわけで、ホロコーストもまたトリアージと同じくリソース不足の解決方法だったという認識はないようなんですね。それは、こういう認識ではホロコーストを持ち出した意図は理解できないと思います。

まあ、今の問題はそういうことを多くの人から説明されても理解することを拒否していることなんですが。

あとは、あれですね。ナチスやホロコーストという言葉は、相手をナチスのような意図をもっている人とレッテル貼りするために用いられているのではなく、そういう風にトリアージの制約を外してリソース不足の解決方法として目的外使用することが意味するところはリソース不足の解決において「ドイツ民族の繁栄」を人道より優先したナチスと同じになってしまいますよ、ということなんですね。

まあ、コミュニケーションにおいて誤解が発生するのは仕方がない面があるわけですが、理解することを拒否することは心の持ちようで避けられるのではと思います。

2008-08-13

アオシマ痛車ハルヒ

[][]模型オタが非オタの彼女に模型世界を軽く紹介するための10模型メーカー

アンポンタンが腐女子の彼女に帝国海軍艦船を軽く紹介するための10隻 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかブクマが全然伸びなかったのに懲りずに、今頃またno titleに乗ってみる。

まあ、どのくらいの数の模型オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、「モデラーではまったくないんだが、しかし自分の模型趣味を肯定的に黙認してくれて、 その上で全く知らない模型の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、模型のことを紹介するために見せるべき10模型メーカーを選んでみたいのだけれど。

(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にアニメを布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)

あくまで「入口」なので、技術的に過大な負担を伴うバキュームキット、レジンキットのメーカーは避けたい。

できればインジェクション、せめて簡易インジェクションのメーカーにとどめたい。

あと、いくら模型メーカー的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。

映画好きが『カリガリ博士』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。

そういう感じ。

彼女の設定は

模型知識はいわゆる「ガンプラ」的なものを除けば、食玩程度は見ている

サブカル度も低いが、頭はけっこう良い

という条件で。

まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。


タミヤ(日本)

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「タミヤ会長」(俊作タン)を濃縮しきっていて、「タミヤ以外」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。パーツ数も控えめだし。

ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。

この情報過多な模型メーカーについて、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

ファインモールド(日本)、ピットロード(日本)

アレって典型的な「オタクが考える一般人にも知られているだろう模型メーカー(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然知られていない)」そのものという意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。

「模型オタとしてはこの二つは“ニッチ戦略”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

ICM(ウクライナ

ある種の模型オタが持ってる原型の志の高さへの憧憬と、オタ的な考証へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも東欧模型メーカーな

童貞的なださカッコよさ」を体現する設計に追いついていない金型技術

「童貞的に好みな難度」を体現するパーツの合わせ

の二つをはじめとして、苦行好きのする模型を世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。

ツクダホビー(日本)

f:id:D_Amon:20080813114405j:image

たぶんこれを見た彼女は「ルパンIII世だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。

この系譜の宮崎アニメ模型が紅の豚後続いていないこと、これが逸般人では大人気になったこと、バンダイなら多色成型キットになって、インスマウス顔半魚人ポニョがキット化されてもおかしくはなさそうなのに、ぬいぐるみでしかこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

バンダイ(日本)

「やっぱり模型は子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは童友社でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、1/60スケールにかけるバンダイの思いが好きだから。

断腸の思いで削りに削ってそれでも1/60、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「独自性」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。

1/60の大きさを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれがタミヤやハセガワだったらきっちり1/72スケールにしてしまうだろうとも思う。

なのに、各所に頭下げて迷惑かけて1/60を作ってしまう、というあたり、どうしても「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえバンダイがそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。PG1/60自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

モノグラムアメリカ

今の若年層でモノグラム見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。

タミヤよりも前の段階で、縮尺模型の哲学とかギミック技法とかはこの模型メーカーで頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの製品がインジェクションでこの時代に発売されていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなく模型好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる国産キットでしか模型を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。

ドイツレベル(ドイツ)

ドイツレベルの「価格」あるいは「造形」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。

「終わらないバクチを毎日生きる」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、だからこそドイツレベル版Su-25の中身はツクダホビーOEM*1以外ではあり得なかったとも思う。

「ハズレに落胆した日常を生きる」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の源は高価格OEMにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

ハイプレーンズ(オーストラリア

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これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。

こういうソーダのように鮮やかな水色のパーツをこういう溶け爛れたようなかたちでキット化して、それが非オタに受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

アオシマ(日本)

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9社まではあっさり決まったんだけど10社目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にアオシマを選んだ。

タミヤから始まってアオシマで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、合体マシン以降の色物時代の先駆けとなった模型メーカーでもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい模型メーカーがありそうな気もする。


というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10社目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。

「駄目だこの模型オタは。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。

こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。

*1:超ハズレ

2008-08-10

[]これが破れ太鼓というものか

「あたまがわるい」は何に対してかかっているのか - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに対してはてなブログにおいて応答を頂きました。

ここでも「知能や知識」ではなく「理解することを拒否するという心理」を問題にしています。私はHALTAN氏の知能や知識の程度を見下しているわけではなく、理解に必要な知能や知識は十分にあるという評価のもと、理解することを拒否している心理を問題にしているわけです。

2008-08-09「あたまがわるい」は何に対してかかっているのか 模型とキャラ弁の日記id:D_Amon:20080809

「理解することを拒否している心理」そう仰られても、Apemanさんが当方に何を「理解」させたいのかもよく分からないんです。他者をナチス呼ばわりした(!?)ドイツ史の専門家氏のロジックを理解せよ、と要求されているのだとすれば、そんな要求は飲めません。

左が嫌いという人が左を批判する目的のエントリーで「左の旦那様」という言葉を用いるのをどう解釈しますか?(3-1)

それはあなた自身が答えているでしょう。「嫌いなものを貶めたいという感情に基づいた呆れや軽蔑といった見下しの感情がこめられた皮肉表現」に決まっているじゃないですか。

右が嫌いという人が右を批判する目的のエントリーで「国士様」という言葉を用いるのをどう解釈しますか?(3-2)

それも上記と同様でしょ? で、だから何?

どうも誤解があるようですが、自分は「左の旦那様」というカテゴリータグを使いつつも、一方で「貴方がたのこれまでのネット右翼との果てしない戦いには敬意を表して」はきましたよ。「嫌いなものを貶めたいという感情に基づいた呆れや軽蔑といった見下しの感情がこめられた皮肉表現」を使いつつも、そういう点は偉いもんだなあ、と思ってきました。

2008年08月10日 D_Amon これはひどい, これはいたい, やれやれ 「見下しの感情がこめられた皮肉表現」をエントリータグに使いながら「本当に「右も左も見下して」いたら」なんてエクスキューズを平気で言える卑劣さと対応に見られる虚勢が裏返った卑屈さ。素晴らしい生き様ですね

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080810/p1

どうも仰りたいことがよく分かりませんが、「見下しの感情がこめられた皮肉表現」が不愉快である、ということなのでしょうか? 少なくとも自分はそう解釈させて頂きましたので、エントリータグを変更致しました。シンプルに「左」としましたが、これでは駄目でしょうか?


これが「響かない」ということなんだなということを実感しました。

「打てば響く」という慣用表現において使われる意味において絶望的に響かない異次元の応答。

まあ、「本当に」の意図が「基本的に見下しているけど、ある面においては敬意を払っているので、本当に見下しているわけではない」という単なるエクスキューズに過ぎないということが(そういうことを自覚することができないのかもしれませんが)本人の発言により確認できたので、私としてはこれで満足です。

ああ、私としては「左の旦那様」というカテゴリータグは使い続けてもらって全然かまいませんよ。私自身はそういう皮肉(とそこから覗ける感情)が大好きですし、HALTAN氏の内面が滲み出ている実にHALTAN氏らしいタグだと思いますし。

2008-08-09

[]「あたまがわるい」は何に対してかかっているのか

はてなブログでの言及に対するお返事。

2008年08月08日 D_Amon 自称中道 右も左も嫌いという中立病。そうやって右も左も見下して得られる優越感の虜。それゆえ自らの偏りを認められない。私はこういう「あたまがわるい」人が嫌いだなー。「あたまがいい」人は思想に関係なく好きですけど。

本当に「右も左も見下して」いたら「貴方がたのこれまでのネット右翼との果てしない戦いに」「敬意を表し」たりはしません。むしろ、「私はこういう『あたまがわるい』人が嫌いだなー。」とか平気で書く輩の方に、自分は「大衆」的な「優越感」の表出としてのシニシズムを感じますがね。遠いドイツの世界史的悲劇も、こうして、「俺はあたまがいい」と思いたい馬鹿の知的虚栄の道具に堕してしまったということなんでしょうね。

質問1

何か勘違いしているようですが、私が使った「あたまがわるい」は「それゆえ自らの偏りを認められない」という行動にかかっているわけで、知識や知能にかかっているわけではありません。

ゆえに「遠いドイツの世界史的悲劇も、こうして、「俺はあたまがいい」と思いたい馬鹿の知的虚栄の道具に堕してしまったということ」にはなりえません。

私のこういう言葉が知識や知能ではなく行動にかかっていることは下記のブックマークコメントからも読み取れると思います。

「分からない」というのは、知能や知識の問題で理解できないのではなく、理解することを拒否するという心理の問題であり、その心理に本人のバイアスが表れてしまったという話。要はサヨクが気に入らないんでしょ、と

http://b.hatena.ne.jp/D_Amon/20080808#bookmark-9577536

ここでも「知能や知識」ではなく「理解することを拒否するという心理」を問題にしています。私はHALTAN氏の知能や知識の程度を見下しているわけではなく、理解に必要な知能や知識は十分にあるという評価のもと、理解することを拒否している心理を問題にしているわけです。

わからないわからないと理解することを拒否することにより自らの過ちを認めなくて済むようにするというバカ最強メソッドは理解させようとする努力を衒学的と非難することでさらに無敵になるのでした。

http://b.hatena.ne.jp/D_Amon/20080807#bookmark-9567090

ここでのバカという言葉も知能や知識にかかっているわけではなく、理解することを拒否するという行動にかかっているわけです。

私は一貫してそういう行動を問題にしており、「あたまがわるい」という評価はそういう行動に対してのものです。

対して「馬鹿の知的虚栄の道具」という言葉の馬鹿は知能的要素にかかっていると思いますが、どうなのでしょう。(1-1)

それと「「俺はあたまがいい」と思いたい馬鹿」というのは誰のことを指しているのでしょうか。(1-2)

私はそういう行動をとらない「あたまがいい」人は思想に関係なく好きとは述べましたけどね。

(HALTAN氏自身が他者の言葉に対する返答として自ら「あたまがわるい」と評しているのは置いときます)

質問2

「敬意を表し」ていることは見下していない根拠にはなりません。

何故ならば相手を見下すことと、その相手にある面においては敬意を払うことは矛盾しませんから。「あいつは本当にバカだけど○○なのは凄いよね」という感じで。

そこで質問。

本当に「右も左も見下して」いたら

の「本当に」の意図はどういうものでしょうか。(2)

「基本的に見下しているけど、ある面においては敬意を払っているので、本当に見下しているわけではない」というようなものでしたら、それは単なるエクスキューズに過ぎず、見下していることと、ある面において敬意を払うことと、本当に見下しているわけではない、ということは矛盾無く成立しますよ。

質問3

私がHALTAN氏は右も左も見下しているという判断をした根拠は言葉に対する意図と解釈と想像力の問題ですので、参考までに以下の質問に答えていただけないでしょうか。


左が嫌いという人が左を批判する目的のエントリーで「左の旦那様」という言葉を用いるのをどう解釈しますか?(3-1)

右が嫌いという人が右を批判する目的のエントリーで「国士様」という言葉を用いるのをどう解釈しますか?(3-2)


どうにも「左の旦那様」というHALTAN氏が用いているカテゴリータグがひっかかるんですよね。

私にはそういうのが「嫌いなものを貶めたいという感情に基づいた呆れや軽蔑といった見下しの感情がこめられた皮肉表現」に見えるのです。

もちろん、それは私の方に原因があり、私が皮肉に対して「知覚過敏」になっているせいかもしれませんが、ネット上で国士様という言葉がどういう意味で使われているかということを考えれば、そういう風に解釈することは別段的外れではないのではと思います。


繰り返しになりますが、私は知識や知能に対してではなく行動に対して「あたまがわるい」という評価をしています。

相手にきちんと物事を理解するだけの知能や知識があることがそういう評価の前提になっています。

知識や知能に問題があることをもって頭が悪いと見下すのは私の信条に反しますので、もしその前提が間違っていた場合、私は謝罪することになります。(仮に相手が論争の題材に対して無知な場合、無知であることではなく「知ったかぶり」や「無知の無知」といった行動が問題になるわけです)

理解できるのに理解することを心理的に拒否しているというわけではなく、本当に理解するだけの知識や知能を欠いている相手に対して言いがかりをつけてしまったことになるわけですから。

2008-08-05

[]逆説的比喩が理解されないゆえの誤爆問題

逆説的比喩とは何か

逆説的比喩とは文脈的には文章がそのまま意味することの逆のことを意味する文章表現のことである。

これを用いることにより誉め言葉を用いつつ相手を貶めるというようなことが可能となる。

使用には相応の機知を必要とする高度な皮肉術である。

高度な罵倒表現として使える一方で、理解されないとそのままの意味に受け止められる危険性がある、まさに両刃の剣。

伝説に曰く、このような皮肉術はイギリス人の必修技術であると云う。

(民明書房刊「皮肉ジョークよもやま話」)

ちなみにこんな本はありません。説明文は千葉繁の声で脳内再生するとモアベター


さ て お き 。

言葉がそのまま意味するところの逆の意味を持たせる逆説的比喩はそれなりによく使われる表現です。

例えば、阿澄佳奈松来未祐に送った「あー、はいはい。先輩先輩えらいえらい」というメールも逆説的比喩であり、全然先輩として敬っていないわけです。(no titleの第5回の11分50秒あたりから)

阿澄佳奈は面白いなーという本題とまったく関係無いことはさておき、このメールを言葉のまま本当に先輩をえらいと敬っていると解釈するのは間違いなわけです。

で、です。

こういう逆説的比喩が言葉のままに解釈されてしまうと非常に残念なことになってしまうわけです。

何のことを言っているかといえばthrowSさんのこの記事のことです。

はてなブログ

throwSさんの逆説的比喩をid:I11さんが言葉のままに受け取ってしまうという不幸な誤解により、throwSさんがI11さんに歴史修正主義者呼ばわりされてしまっているわけです。

I11さんは私が知る限りでもbuyobuyoさんやTezさんにこういう誤爆を繰り返していて、そういうのを見る度に私は何ともいえない残念な気持ちになってしまうわけです。

I11さんにはきちんと相手の性格と文章を読んで文脈から言葉の意味するところを読み取るようになってほしいと思う次第です。

2008-08-04

初音ミクのキャラ弁

[]初音ミクのキャラ弁

f:id:D_Amon:20080804142632j:image

カミさんのキャラ弁。今回は初音ミク。

カミさん曰く、チョビ髭閣下のご乱心により作り直す羽目になったそうです。

なんでも作りかけのときに肉を狙ったチョビ髭閣下に弁当箱をひっくり返されたそうな。

その結果、肉はステーキ肉から焼肉用の肉に変わってしまいました。

ひっくり返された具材はスタッフがおいしくいただきました。要はカミさんの食事。

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