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2008-09-26

[]似非科学ビリーバーが罵倒されるのは構わないのに歴史修正主義者や差別主義者が罵倒されるのには怒ったり失望したりする人々

まあ、勝手にサヨクに期待して勝手に失望している人々のことなんですが。実例を挙げるとno titleno titleの人。この人の場合はホームレス差別主義者に対する罵倒を見てはてサに失望しているそうな。そして、それを自分が言うべきことを言わない理由にする始末。なんというかナイーブですよね。

ネット世界では反歴史修正主義や反差別主義や反貧困だとサヨクに分類されるから、その分類を受け入れている私から見れば、こういう人は珍しくはないです。

ただ、こういう非難をする人は(水伝とか食育とか血液型占いとかの)似非科学や陰謀論カルトに対する罵倒がなされているところでは不思議と見ることが稀。歴史修正主義や差別主義が罵倒されていると颯爽と現れるのです。

勝手に期待して勝手に失望して何もしない自分を正当化すること自体、当事者意識の欠如の表れだなあ、というのはさておき、何故かそういう人々に対しては言葉を選ばねばならないらしいですよ。水伝とか陰謀論とかがそれ以上に口汚く罵倒されているのを見るのは珍しくはないんですけどね。

歴史修正主義や差別主義も似非科学の一種で、反歴史修正主義も反差別主義も反似非科学活動の一つな私にしてみれば、こういう人々の存在は本当に不思議(でもない)。

こういう発言をする人は、サヨクに対する罵倒では見ないのに、(中立であるかのように発言しておいて、その反応は全然中立ではない人とか)反サヨクに対する罵倒でも出現を見ることができることから何かしら共通点があるのかなあと思います。その反感の源とかに。

2008-09-24

[]知識と論理の不足をレトリックで誤魔化している人にまんまと乗せられていることを認められない「バカ」は自らの心を守るために騙され続ける

タイトルだけで十分。

それでも敢えて付け加えれば、最初からレトリックで「逃げ」を打っている無知と非論理の産物である暴論に対して、ただ、その無知と非論理を指摘しても「釣れた」ということになってしまうこともそういう「バカ」には分からない。

フィクション」を逃げ道とする論法は相手が反応してもスルーしても「勝利」を得られる程度の低い「無敵論法」であることは論理的に明らかと思うんですけどね。

まあ、色々なことが人を「盲目」にしてしまうものだなあと思います。「恋は盲目」と同じで「盲目」でいる方が「幸せ」だからなんでしょうけど。

この手の人々の説得は、歴史修正主義水伝などの似非科学にはまってしまった人の説得が困難なのと同様、「幸せ」が壊されることに対する相手の拒否反応を乗り越えなくてはならないので非常に困難。

2008-09-14

[]手段として間違っていることを指摘したら、何故か「嘘つかれたと血圧あげている人」扱いされたでござるよの巻

Automatons Hacking Guideという、アクセスを集める方法として嘘をついて人を集める狼少年的な方法について得々と語っている記事につけた

はてな, 凡庸な狼少年メソッド いわゆる一つの釣り宣言。このメソッドにはどうしようもない欠点がある。いざ狼少年が本当のことを言いだしても誰もまともに相手をしないということだ。芸人として有名にはなれても言論人としての信頼は得られない。

というブックマークコメントに対し、

ははは。君は本当にオチャメだな。最初からフィクションだと明記された物語に血圧を上げて嘘つかれたってwこりゃ舞台裏で大変な喜劇が生まれた。それをウォチする消費者も居るからもっと血圧上げてくれ!

というブックマークコメントがつけられている件について。


私のブックマークコメントは文中の

自分の考えを述べるのは固定客がついてからでいいんだ。

に対する指摘である。(後づけの自己正当化を含め頻繁に記事とコメントを書き直す人物なのでいつまで残っているかわからないが)

人を集めるために嘘を用いれば狼少年の寓話で示されているように人に信じてもらえなくなるのは必定。当然の人間の心理である。

よって、そのようにすれば、後に自分の考えを述べてもまともに聞いてもらえなくなる。(まあ、世の中には「信者」という種類の人間もいるが)*1

単純に目的に対する手段として間違っている。

そういう当然のことを指摘したにすぎない。


kajuntk氏はこの指摘に対してコメントをつけた。

はてなブックマーク - スーパーのお惣菜で分かるモテモテはてなーハック - Automatons Hacking Guideのコメントは書き直されている。書き直される前には「SF作家のいうことだったらまともに聞いてもらえるんじゃないかな」というようなことが書いてあった。(正確な文はIDコールの通知を見れば分かるが、意味が伝われば十分だし、面倒なので調べない)

この発言は、こういうメソッドを使っていることを明らかにしても自らの発言をまともに聞いてもらえる可能性があるというようにkajuntk氏が認識していることを示している。

だとすればkajuntk氏の現状認識は、嘘吐き芸人を演じながら自らの発言を信じてもらえると考えるような都合の良いもので、自らを過信した非常に甘いものと言わざるをえない。


それに対して私はメタブックマークで下記コメントを書いた。

狼少年とSF作家の間には大きな隔たりがあるということが分からないのかな。分かった上でSF作家の方になぞらえているとしたら、それは自意識過剰というものだと思うよ。見る限り、だだ漏れなようだけどね。

はてなブックマーク - 未ブックマークエントリー

それに対するkajuntk氏のコメントがはてなブックマーク - スーパーのお惣菜で分かるモテモテはてなーハック - Automatons Hacking Guide書き換え後にも使われている下記コメントである。

ははは。君は本当にオチャメだな。最初からフィクションだと明記された物語に血圧を上げて嘘つかれたってwこりゃ舞台裏で大変な喜劇が生まれた。それをウォチする消費者も居るからもっと血圧上げてくれ!

「最初からフィクションだと明記された物語に血圧を上げて嘘つかれたってw」の部分が意味不明。

kajuntk氏の発言が嘘であることは、私にとっては最初から想定内であることは貧困者自立支援と悪徳業者と行政と - 模型とかキャラ弁とか歴史とかで明らか。

私は「仮にそれが事実だとしても」で始まる文に「そもそも「我が闘争」臭の強い芸人の主張を信じる理由はどこにもない。「我が闘争」には主張の説得力を上げるために自らの境遇を偽っている部分が多数あることは有名なこと。いつでも釣り宣言逃亡ができる劇場スタイルをとる人の話が実はそういうものであったとしても私は全く驚かない」という注釈をつけている。

これは、私がkajuntk氏の発言をなんら信じていず、発言に虚偽が含まれていることも、フィクションと主張していることをたてに逃亡することも想定内であることを示している。もっとも(記事からはIDトラックバックを送ってあるものの)kajuntk氏はこれを読んでいないのかもしれないが。

私にとってブログで最初からフィクションだと明記して劇場スタイルを取るということは「言いたい放題言うけど、その言葉になんら責任を持ちませんよ」宣言と等しい。

それは最初からどう反論されても困らないように、責任逃れの方法として予めフィクションという言葉を用いているのだ。論争する前に既に逃げているわけである。論争に対する覚悟なきものが用いるものとしては凡庸な手法。

そんな相手に対し、もとより想定内なのに「嘘つかれた」と言う必要もないし、なんら血圧が上がるような感情(例えば、怒り)を抱いたりもしない。

私の発言に対する反応として「血圧を上げて嘘つかれたってw」という判断に至る理路はない。意味不明である。

はてなブックマーク - スーパーのお惣菜で分かるモテモテはてなーハック - Automatons Hacking Guideのコメントも同じ内容に書き直した意図も不明である。

もしかしたら、そういう判断自体がお得意の「フィクション」なのかもしれない。劇場スタイルは、いくらでも「何々というのは嘘で、真意はこう」と言うことができ、いくらでも後づけの自己正当化ができることだし。

ただ、より閲覧者の多いと思われる直ブックマークコメントにも同様に書いたことを考えると、より多くの「観客」にその言葉を読ませることを意図したと推測する。

この推測を前提とすれば、その言葉は目的としては、「観客」に対する印象操作を含め、私のことを「騙されたことを怒っている愚か者」扱いするためのものであって、事実に対する判断を記述したものではないと推測する。

だとすれば「随分と姑息だな」と呆れる。

件名に関する記述は以上。


以下はkajuntk氏の心理的脆弱性について。

私は疑問なのでさらなるメタブックマークコメントを書いた。

?。内容が虚偽に満ちているというのは想定の範囲内だし、特に怒りに類した感情も抱いてない。そういうid:kajuntk氏が狼少年扱いに血圧を上げているんじゃないかな。この手の罵倒は自らの内面の反映だったりするしね

はてなブックマーク - 未ブックマークエントリー

下記はそれに対するkajuntk氏のコメント。

これからも狼少年のblogを楽しんでネ!でも劇中にネタバレは禁止。

前半は「自分は狼少年扱いされても平気」という(強がりのための)アピールと解釈できるが、後半は意味不明。

「ネタバレは禁止」というが、kajuntk氏は最初からフィクションだとネタばらししているわけで自己矛盾にも程がある。

最初からネタばらししておいて劇中はハイハイネタネタ扱いするなということだろうか。だとすれば、随分と自分勝手な発言だ。

まあ、フィクションという言葉を(フィクション作家とは異なり)逃げ口上として用いるような人間のすることである。そういう開き直りは特に不思議でもない。


これに対し、私はこういうブックマークコメントを書いた。

まあ、釣り宣言逃亡も想定内だし、こういう開き直りも想定内。凡庸で退屈だから全然楽しめない。でも、反応の必死ぶりは楽しめたね。そういう方向で芸を磨いた方が適性があるかもしれないと思うよ

私は、それまでのkajuntk氏が私の皮肉コメントには即座に反応する様に、こういう皮肉を無視できず強がりを言わざるをえないという心理的脆弱性を見た。

対するkajuntk氏のコメントは下記の通り。

楽しんでもらえてよかった。観客に楽しんでもらうことが製作者として今生の喜び。ってこれも想定内かな?まあいいやありがとう

私はこれを皮肉を無視できず強がりを言わざるをえないという心理的脆弱性を持つ人間(必死な人)の自動的反応としては妥当なものと見る。帰納より推測したkajuntk氏の心理的脆弱性は、この入力に対する反応出力から確認できたものと判断する。

こういう心理的脆弱性を持つ人が自らの精神的弱さを糊塗するために、いくらでもフィクションをたてに言い逃れでき、いくらでも後づけで自己正当化できる劇場スタイルをとることは何ら不思議なことは無い。

面倒なのでですます調に直さない。

*1:自分が劇場スタイルに「騙された」ことに対し「自分を騙した相手」を持ち上げることで「自分が劣っているのではなく相手が優れているのだ」と認識することで自己の心理を防衛しようとしてしまう人とか。劇場スタイルはいくらでも後づけで「騙した」ことにできるのにね。まあ、社会心理学的な自動的反応としては珍しいことではない。

2008-09-12

[]貧困者自立支援と悪徳業者と行政

ケースA 「もやい」

《もやい》の活動は、住所不定状態にある人たちに対するアパート入居時の連帯保証人提供と、生活困窮者に対する生活相談を二本柱としている。連帯保証人提供は、六年半で一三〇〇世帯を超えた。毎年二〇〇世帯のペースで増えている。対象は、野宿者を始めとする広義のホームレス状態にある人たちで、野宿者が七割程度、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害を受けて居所を逃げ出してきた人たちが二割程度、残り一割を精神障害者外国人労働者、路上にはいないがアパートもない「ネットカフェ難民」などが占めている。

当初、この活動は多くの人たちから心配とも批判とも取れる忠告を受けた。ホームレス状態にある人たちの連帯保証人になどなったら、お金がいくらあっても足りない。早晩、活動は破産するだろう、と。「パンドラの箱を開けた」とも言われた。しかし、実際に滞納などによる金銭的トラブルになるのは約五%前後。活動は今でも継続して連帯保証人を提供している。

約九五%の人たちが、少なくとも連帯保証人に金銭的な負担をかけずにアパート生活を継続しているという事実は、もっと広く知られていい。それ自体が「ホームレスの人たちはアパート生活などできない/したくない」という広く浸透した偏見に対する反証となっているからだ。

むしろ私たちの記憶に残っているのは、「三〇年ぶりに畳の上で思う存分手足を伸ばして寝ることができた」「自分で作った味噌汁を飲んだときに、しみじみ「帰ってきた」と思った」という声である。長く「好きでやっている」と自己責任論で片づけられてきた野宿者も、アパートに入れさえすれば、そのほとんどが連帯保証人の世話になどならず、アパート生活を維持できる。だとすれば、彼/彼女らをアパート生活から遠ざけているものは何なのか。ここに至って無知に基づく自己責任論は破綻し、社会的・構造的な諸要因へと目が向かう。

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書 新赤版 1124)P126-127より。

ケースB 悪徳業者

引用者注:以下は「ホームレスビジネス」の実例に続く文)

この場合、入手した野宿者の個人情報によって健康保険証などを作り、消費者金融なとがら借金を繰り返す。貸金業者のブラックリストから逃れるため、養子縁組をしては野宿者の名字を変えては別の人のようにして借金を重ねていたらしい。

このように、「仕事があるよ」「アパートに入れるよ」と声をかけ、野宿者を使って荒稼ぎをする「裏ビジネス」が激増している。かつて、日雇労働者をヤミ手配師ヤミ金融屋が利用してきたように、いま野宿者が様々な裏稼業の「金を生むネタ」として使われているのである。

特に、野宿者を使った「生活保護(ピンハネ)ビジネス」は全国で頻繁に行なわれている。具体的には、「業者」(「ボランティア」とか「支援団体」を名乗っている!)が夜回りをして「アパートに入って生活保護を受けられるよ」と野宿者をスカウトし、アパートに入居させ、法定限度一杯の家賃(東京で5万3700円、大阪4万2000円)で生活保護を申請する。アパートといっても、元は飯場のような建物に二段ベッド、そしてカーテンで仕切られているだけの個室という場合も多い。申請が通ると、役所から家賃プラス8万円程度の生活費が月々おりる。業者は、アパートに集めた元野宿者から月々に受給する生活費をピンハネし、本人には月に1万円程度の「お小遣い」しか渡さないようにする。

元野宿者としては、野宿していたところを、まがりなりにも「部屋に往めるようにしてくれた」という恩を感じているので文句が言えない。文句を言ったら、追い出されてまた野宿になるのではないかという恐怖がある。そもそも、「業者」が元野宿者に恫喝をかけていたりする。そうして生活保護費が、本人が逃げ出すかあるいは死ぬまでピンハネされ続ける。家賃が毎月4、5万円入り、さらに敷金礼金も行政から20万円以上も出るので本当のぼろもうけである。夜回りで聞き取った話には次のようなものがある。


ミナミでは、生活保護を勧める不審な団体かおるらしい。3、4人で制服を着て地下街に週2、3回、夜8時半から9時の間にやってくる。アパートは奈良で、一人はそこから逃げ出してきたが、ガリガリにやせていたという。

・生活保護を勧める不審な団体に動物園前で声をかけられ、支部のマンションでひと晩泊り、飯を食べた。しかし、行き先が福岡と聞いて逃げてきた。同様の話は天王寺近辺でも多くの人が聞いて知っている。

・4、5日前、男女2人組に「生活保護を受けられるよ。体が悪くなくても1カ月入院してからアパートに入るようにする」と声をかけられる。

・「生活保護業者こ声をかけられ生野区の4畳半のアパートに入る。権利金が50万円と言われ、丸々返却を迫られた。食事は350円が朝晩2回、自分の小遣いは月に4000円のみ。あまりにひどいので逃げてきた」という話。


不思議なのは、われわれ支援者が「現状の行政の対応ではこの人の生活保護は難しい」と判断せざるをえないような比較的若くて体も悪くない野宿者が、これらの「業者」の手にかかるとあっさり生活保護が下りてしまうことである。野宿者をスカウトして入院させる業者の話をしたが、悪徳業者と医師、あるいは福祉事務所の間に裏の関係でもあるのではないかと疑いたくもなる。

こうした「ビジネス」を展開する、都内に本部をおくあるNPO法人は、全国に128の宿泊施設を持ち、入居者数は7278名の規模を持つ(2005年)。このNPOが報告した事業報告書によると、2004年度の事業収入は43億円。この団休がさいたま市の区役所で生活保護費を徴収する光景が地元市民によって目撃されている。支給日に小型バスで入居者たちが連れられ、スーツを着たNPO職員の指示で役所内のフロアにずらりと整列させられる。「ひとりひとり、茶封筒に入った現金を役所から受け取るとすぐバスに押し込められ、NPO職員に一斉に回収される。しかも、この職員が乱暴な言葉道いでどなるので、私はビックリして役所に「あれは何ですか」と尋ねたほど」(「週刊朝日」2005年7月)。

こうした団体には、北海道から沖縄まで全国展開している組織もある。そのひとつでは、大阪の日本橋で野宿者に声をかけ、最初は福岡に連れて行き、最終的に那覇市のアパートに入居させた。大部屋で生活させ、小遣いは月に数千円という極悪非道な方法だったので、ひとりが必死にお金をためて大阪に逃げ帰ってきた(2007年)。先の夜回りで聞いた話に「行き先が福岡と聞いて逃げてきた」とあったが、同一団体である可能性が高い。

ぼくが夜回りしている大阪市の日本橋では、「生活保護を受けさせる」と連れ出され、兵庫県西宮市のアパートに入れられた人がいた(2003年)。1カ月間に1万2000円しか渡されなかったが、最近は全く金を渡されなくなったので逃げ出して日本橋でまた野宿している、その建物にはまだ10人ぐらいいるはずだ、と言っていた(その人は体調も悪く、釜ヶ崎であらためて生活保護を受けることになった)。

あまりに問題なので、野宿者ネットワークのメンバーで西宮市の福祉事務所に話を聞きに行った。あらかじめ電話を入れて福祉事務所に行くと、2人の職員が待ち受けていた。その職員がぼくたちに言うには、「わたしどもは、確かに本人さんに生活保護費を渡している。そのあと、本人さんがその金を誰に渡そうと、わたしどもの関知するところではない」というお答えだった。

もちろん、こちらは「それはおかしい」といろいろ話をしたが(「放っておいたら、おたくの市の福祉がどんどん食い物にされるぞ!」)、最後まで福祉事務所の答えは変わらなかった。

ルポ最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書 673)P151-154より。

ケースC 行政

(引用者注:以下は行政の実力行使による野宿者の追放に関する記述に続く文)

そもそも、公園などから追い出されても、野宿者は他の公園や路上で寝るしかないのだから、何の問題の解決にもなっていない。引っ越しをさせられ、新たな場所で生活をやり直さなくてはならない野宿者が苦しいだけである。行政は「不法占拠」を理由に野宿者を排除しているが、「不法」を言う前に、行政自身が憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」あるいは生活保護法を遵守して、「究極の貧困」である野宿者に最低限度の生活保障を行なうべきではないだろうか。

自立支援センターの限界

排除にあたっての行政の基本姿勢は「野宿者は公園で生活するのをやめて、シェルターか自立支援センターに入りなさい」というものだ。全国の幾つかの公園にできたシェルターは、べッドひとつ分+αの大きさの部屋に24時間滞在することができる。しかし、その多くは食事は白飯―回だけ、そして利用期間も数カ月と限られている。したがって、なんらかの事情がない限り、シェルターに入ろうとする人はあまりいない。「自立支援センター」は、野宿者問題に対する行政の「切り札」と言うべき施設である(2006年度で全国22ヵ所、うち大阪市内で5ヵ所が運営。総定員2060人)。入所者はそこで原則3ヵ月(大阪の場合。東京では2ヵ月、北九州では6ヵ月など)生活しながらハローワークに通い、仕事を見つけていく。しかし、自立支援センターの多くは「2段ベッドの10人部屋」という居住状態で、設備やプライバシー確保の面で利用者に生活上のストレスを与えていると指摘されている。また、自立支援センターでは禁酒を強いられ、外出規制や門限もある。

しかし、アルコール依存などの病気があるのならともかく、なぜ一般に禁酒を強いられ、共同生活や外出規制、門限などの行動の制約がされるのだろうか。一般の生活困窮者に対して、「生活保護」ではなくこうした施設への入所を迫るようなことをすれば、重大な人権侵害として問題になるだろう。これらの規則は、自立支援センターが「野宿者専用の矯正施設」の面を持つことを示している。

さらに、最大6ヵ月(原則は3ヵ月)の期限内に自立支援センターから仕事に就いた人(「就労自立」)の割合は、大阪市では約35%(2005年)、東京では累計51%たった。つまり、入所したかなりの人が行き場がないまま野宿に戻る。また、就労できた場合の内訳を見ると、正規雇用ではなく臨時雇いの清掃員やガードマンが多い。大阪労働局の調査では、就職したものの「給与が少なくて自立できない」などの理由で離職するケースが少なくないことが判明している。もちろん、自立支援センターに入ってうまく就職できた人も大勢いるか、それは当たり前だが「若くて使える資格のある人」に集中する。野宿者の多くがそうである「五十代で体のどこかが悪い」人については、自立支援センターはあまり「使えない」。

確かにこの数年、全国にシェルターと自立支援センターが次々と作られた。だが、そこに入った人のかなりが「仕事が見つからず(あるいは離職して)野宿生活に戻った」ことは明らかな事実である。その意味で、「自立支援センター」は生活保障というより「賭け」(バクチ)に近い。下手をすると、仕事が見つからずに路上に戻り、しかも元の場所にテントはもう建てられず、という「最悪」の状態になりかねないからだ(入所のとき「この場所にテントを二度と建てません」という誓約書をしばしば書かされる)。それを考えて、多くの野宿者はシェルターや自立支援センターという「バクチ」を敬遠して、テントやダンボールハウスの生活を続ける。

強制排除の際、行政は「テントを捨てて自立支援センターに入所して自立せよ」と迫り、多くのマスコミも、自立支援センターに入らない野宿者は「自立の意志がない」「自由がない施設を敬遠している」と報道する(普通、「自由がない施設」は誰でも敬遠すると思うが……)。それについて、長居公園で野宿していた一人が行政代執行の際の「弁明書」でこう言っている。

「マスコミ報道などでは、私たちは「代替住居として自立支援センター入所を勧めてきたのに応じていない」などと、いかにも我儘で、好き好んで野宿生活を続けているかのように書き立てられています。しかし、これは全くの誤りです。私は3年前まで調理師として働いていましたが、失業が原因で野宿生活を始めました。万策尽き果てて、飯を食うために止むを得ず、生まれて始めてゴミ箱に手を入れようとしたとき、私がどれほど躊躇したか、あなた方に分かりますか。生きるために必死だったからこそ、それができたのです。決して好き好んでできることではありません。それでも何とか、廃品回収の仕事をしながら食いつないできました」「今、私は自立しています。自力で稼いでいます。アパートを借りて家賃を払えるほど稼いではいないけれども、公園の片隅で野宿しながらであれば、何とか生活できています。野宿生活を始めてから、いろいろと苦労して試行錯誤しつつ、地域の人だちと関わりあいながら、今の生活を築いてきました。どこかの銀行や空港会社や娯楽施設などとは違い、行政の手助けは一切なしで生活してきました」「それなのに、大阪市は「あなたの自立してきた方法は間違いだ。公園を出て自立支援センターに入りなさい。」とでも言いたげな態度を貫いています。バカにされているような気がします。大阪市が命じるままに自立支援センターに入所して「自立」に向けて努力させられることは、私から見れば、これまでの私自身の自助努力の歴史を否定することに他ならないのです。私の生き様を、私自身が否定しなければならない。人間として、これほどまでに悲しいことがありますか」(「Sさんの弁明書」2007年1月10日)

野宿者問題についての国や行政の対応は、国際的に見ても極めて不十分である。対策も選択肢も不十分なまま「施設はあるのだからそこに入れ」と言われても困る、こっちは生活がかかっているんだ、というのが野宿者の本音だろう。そもそも、暴力的に追い出さなくても、就労対策や生活保護が本格的になされれば野宿者は自然に滅っていく。ほとんどの野宿者は「仕事さえあればこんなところには寝ていない」と言っているからだ。

ルポ最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書 673)P168-172より。

自立支援したホームレスが再びホームレスに戻るのは支援の方法に問題があるのでは?

「もやい」の場合、広義のホームレス状態にある人をアパート入居できるように支援した結果、「約九五%の人たちが、少なくとも連帯保証人に金銭的な負担をかけずにアパート生活を継続している」

悪徳業者の場合、あまりに非道い待遇に逃げ出して再び野宿生活に戻る場合もある。

行政の場合、あれこれ口実を設けて別の場所に追放するだけで問題の解決にはなっていない。まあ、行政の「自立支援」が名ばかりで実質的にはあまり役立っていないということはリテラシー大好きっ子な皆さんは御存知でしょうけど。


今回、こういうことを書いたのははてなブックマーク - ホームレス論に正義感ぶって粘着してる奴が最も人を殺しそう。 - Automatons Hacking Guideでのid:kajuntk氏のブックマークコメントに、氏のホームレス蔑視の根拠にはホームレスの自立支援をしてもまたホームレスに戻ってきてしまうことに対する無力感があるというようなことが書いてあったからです。今ではコメントが書きかえられてしまって痕跡も残ってませんので、どうでもいいといえばどうでもいいのですが、仮にそれが事実だとしてもそれだけではホームレス蔑視の根拠にはならないということは書いておこうと思います。*1

さて、「もやい」の活動の場合、広義のホームレス状態にある人を支援した結果、95%の人がアパート生活を継続できるわけです。

それに対し、ある人はホームレスの自立支援をしても殆どの人が再びホームレスに戻ってきてしまうと。

仮にこの主張を真だとしても、これだけではホームレスに戻ってしまうのはホームレスの方に原因があるとはいえません。原因は自立支援の方法自体にあるのかもしれませんから。

例えば、悪徳業者の「自立支援」の場合、待遇の非道さに逃げ出す人がいたりするわけですが、そういう風に「こんな条件ならホームレスに戻った方がマシ」と判断するような境遇に放り込むことを「自立支援」としていたのかもしれません。

別に悪徳業者でなくても、暴走した独善を他者に押しつけておいて、それでいて思い通りにならないと逆切れするような人がこの世にいても不思議ではないですから。

あるいは、実際にホームレスに問題があったとして、その人は「もやい」での5%を偶々連続で引き当て続けたのかしれません。天文学的に小さい可能性ですけどね。

念のために書いておきますが、私は、自立支援をしてもホームレスに戻ってしまう原因が仮にホームレスの方にあるとしても、それをホームレス蔑視の根拠にするのは間違いだと思います。

*1:そもそも「我が闘争」臭の強い芸人の主張を信じる理由はどこにもない。「我が闘争」には主張の説得力を上げるために自らの境遇を偽っている部分が多数あることは有名なこと(cf.アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景 (中公新書)。いつでも釣り宣言逃亡ができる劇場スタイルをとる人の話が実はそういうものであったとしても私は全く驚かない。

2008-09-09

[][]「劣等者」を「悪い種」として排除を正当化する〈人種〉の原理

〈人種〉の原理

この生‐権力の社会は、人間の生の尊重を謳う社会であるが、この社会の権力は自己矛盾を抱えているようにみえる。広島原爆が象徴的に示したことは、人間の生を重視することを原理とするはずの社会が、一挙に数十万の無辜の民を殺す社会でもあるということだった。

原爆を製造する社会、それは殺害する権力の社会であり、生を破壊する社会である。この社会はまた、遺伝子操作や病気の治療という名目で、過剰に生を破壊する物質を作り出す社会である。フーコーはこの物質を「普遍的に破壊する制御不能のヴィールス」と呼んだ。これはエイズを指した言葉ではないが、生のために利用されるはずの科学的な手段が、遂に多数の死を生み出すという現代社会の縮図がここにみえる。

それではこの生‐権力は、どのようにして死の権力に変貌するのだろうか。生を謳う権力はどのようにして、敵だけではなく、自国の市民たちに死を命じ、殺し、相手を殺戮させることができるのだろうか。

フーコーは、それを可能にするのが〈人種〉という原理だと考える。生‐権力は、国民を生かすことを原理とする権力であり、その原理に従う限り、自国の国民を戦場に追いやって殺戮することも、無抵抗な他国の住民を殺戮することもできないはずである。そこに一つの差異を持ち込むのが〈人種〉の原理なのである。

フーコーがここで考えている〈人種〉という原理は、ナチスが考えた「民族の共同体」を構成する生物学的な人種の概念を含むものであるが、それよりもさらに広く、国民の中の生かしておく部分と、殺してしまう部分を分離するために、利用される概念と理解すべきであろう。

これは人間の種に、「よい種」と「悪い種」という区別を導入することによって、人間という種全体を、死ぬべく定められた人間と、生きるべく定められた人間に分割することである。『ショアー』や『シンドラーのリスト』をはじめとして、ホロコーストを描いた映画は多いが、どの映画をみても、ただユダヤ人に属するということだけで、それまでの普通の暮らしを捨てて、死への道を歩み始めることを強制される理不尽さに衝たれる。

隣人は普通に生き続けるのに、自分は故のない身体的かつ生物学的な理由で殺戮される。人種差別とは、種の空間を細分化し、その一部だけを「特別待遇」することである。

フーコーは、近代のバイオ・パワーにおいてこの人種差別が必要とされたのは、住民を細分化することによって、殺す原理を導入するためであったと考えている。他者を多く殺すほど、自分の生が確保できるという戦争の原理そのものは、新しいものではない。人種差別の原理の新しさは、人々を生かすことを支配の原理とする生‐権力の社会に、殺す原理を持ちこんだことにある。人種差別が近代の社会にいたるまで存在しなかったというのではなく、近代の生‐権力の社会にいたって、国家の政治的な機構において、人種差別が枢要な役割を果たしはじめたのである。

第二次世界大戦におけるナチズムのユダヤ人差別明治以来の日本での朝鮮人差別、米国における日系移民の差別に示されるように、人種差別とは身体的で生物学的な根拠に基づいて、他者を殺戮し、貶め、屈辱を味わわせる原理である。人種差別によって、他者に死をもたらし、「悪しき種」を滅ぼし、「劣った種」や「異常な種」を絶滅すれば、われわれの生そのものがさらに健全で、正常で、〈純粋〉になると考えるのである。

この観念は啓蒙や普遍的な人間性という近代の論拠では対抗できない。ここで蠢いているのは、生物学的な純粋性の観念、他者の死のもとに自己の生を確保しようとする盲目的な欲望である――そこに人種差別という「野蛮」の秘密がある。戦争とは二つのことを意味するようになった。それはたんに政治的に敵対する国を破壊することではなく、…好ましくない人種、生物学的に危険な人種を、われわれという人種のために破壊することである。

純粋さを目指す戦争

一九世紀以降の戦争には、人種戦争という側面がつねにつきまとっていた。好ましくない人種を破壊することは、われわれという好ましい人種を再生させるための一つの方法である。われわれの人種の中から排除され、摘出される「汚れた部分」の数が多いほど、われわれはさらに純粋になる。戦争とは、ある意味では人種浄化運動なのである(旧ユーゴスラビア内戦では、兵士のレイブによる他民族の「汚染」の試みと人種浄化の原理が重要な役割を果たしたことを思うと、フーコーのこの指摘の先見性に驚かされる)。

戦争だけでなく、犯罪者、精神障害者、狂人、性倒錯者についても同じような浄化の論理が適用される。優生学とは、生物学的なコントロールによって、「汚れ」を除去し、人種の浄化を図る学であり、生の原理によって人々に死をもたらす学問であるとすると、生‐権力とは優生学を原理とする権力だと言うことができる。

人種差別を行う人は、個人と個人として向き合っているのではなく、一つの集団のある普遍性に基づいて、集団として差別するのである。戦前の日本には「非国民」という言葉があったが、これはその個人が信じる一つの正常性のカテゴリーに入らない者(パーマをかけている人、英語を話す人、朝鮮人に同情を示す人)を、日本という国家、日本人という「民族」の普遍性の立場から非難することによって、安全な立場から弱者を攻撃できるという仕掛けをもっていた。フーコーがここで指摘している人種差別の原理は、まさにこの非国民の原理である。日本の学校で蔓延している差別と迫害が、「汚い」「よごれ」という言葉をキーワードとしていることを考えると、これは日本の社会にうまく棲みついた原理だということになる。

フーコーはナチズムが、バイオ・パワーという生‐権力の国家において初めて可能になった権力であることを強調している。ナチズムの特殊性は、生かす権力の社会に登場しながら、アーリア人の血の純粋性という架空の概念に基づいて、国民の中の純粋でない部分を排除するという方法に頼ったことにある。このため、他の人種を破壊しながら、ドイツ国民そのものを破壊していった。

かつてシモーヌ・ヴェーユは、戦争とは軍の参謀本部などの国家のすべての装置が、国民全体に仕掛けた戦いであると語ったことがある。戦争は階級的な対立をさらに尖鋭的な形で示したものであり、国家の装置は「自国の兵士を強制的に死に追いやる以外に、敵に勝つ手段がないので、ある国家と他の国家の間の戦争は、ただちに国と軍の装置と自国の兵士だちとの戦いに転化する」というのである。

ヴェーユは、戦いに駆りだされる兵士という視点から戦争の構造を見抜き、革命戦争というものはないと喝破した。革命家が指導するものであっても、戦争とは最大級の抑圧であり、戦場とは兵士たちの大量虐殺の場であると主張したのである。

フーコーはこのヴェーユの洞察を引き継ぐかのように、戦争とは国家が自国民を殺す仕掛けだと考える。ヒトラーの国家は、自国の民族の〈純粋な血〉をさらに純粋にするために、他の人種を絶滅するという「最終解決」を採用した。しかし民族の〈純粋な血〉を守るはずのこの政策は、自民族の純粋な血を戦場で流し、ついに国家として崩壊するという逆説的な帰結を招いた。フーコーはこれは、近代の生‐権力の国家の一つの結論だったと考えている。この生‐権力は、生かすこと、国民の生活の福祉を向上させることを名目としながら、〈人種〉の原理によって、自国の国民を戦場に追いやったのである。

大地が凶徴に輝いているとすれば、それは啓蒙が神話に堕し、理性が道具的な理性に堕しだからというよりも、生‐権力である現代の〈福祉国家〉の逆説的な原理を極限の姿で示しているからである。

フーコー入門(ちくま新書)P176-182より。強調は引用者による。

強調部分に見られる傾向は現代の自称中道とか自称一般人とか自称普通とかの人にも共通しているなあ、ということはさておき、ホロコーストの背景にドイツ民族にとっての有用性から「劣等者」を排除する思想があったことは、虐殺の対象が精神障害者や知的障害者といった「社会の負担になるもの」にまで及んだことを考えれば明らかだと思います。

それを「緊急状態における人権の停止」という観点から見れば、不景気を背景とした国民の感情、例えば「俺たちがこんなに苦しんでいるのは奴らのせいだ」とか「俺たちがこんなに頑張って働いているのに何で働きもしない連中を税金で養わなければならないんだ」とか、が「『私達』全体の生存のためには『劣等者』を排除しなければならない」という「緊急状態」を作り出したといえるかもしれません。そういう風にして「私達」全体のために個の人権を停止することが正当化されるのが全体主義の一側面だったりするわけです。

そういうことを前提とすれば、ある意味、ナチスはそういう「緊急状態」のもとで、ドイツ民族にとっての有用性から、生かすものと死なすものを「選択」したということもできるでしょう。

そして、そういう「劣等者」を排除する思想はナチスだけのものではありません。

ネットに溢れるヘイトスピーチや、ホームレスネットカフェ難民に対する偏見を見ると、そういう「劣等者」を排除する思想は日本の現代社会にも共通して存在しているということを実感させられます。

2008-09-08

[]大戦前のユダヤ人移住の困難性

海外への移住、逃亡

ナチ政権成立と同時に、ドイツのユダヤ人(およそ五十万人強)は多かれ少なかれ海外への移住、逃亡問題との葛藤に悩まされた。すでに広く出まわっていたヒトラーの『わが闘争』などにより、ナチ政権がユダヤ人に対しどんなことを考え、主張しているか、ドイツのユダヤ人にはよくわかっていた。

しかし、ドイツに生まれ育ったユダヤ人にとって、母国はあくまでもドイツであり、自分達がドイツ人であることを少しも疑っていなかったのである。

彼等にとって、見知らぬ海外への移住、逃亡を決意することは、決して容易でなかった。特に、中年以上の年輩の人にとっては、たとえパレスチナユダヤ教ふるさとであろうと、異郷の地には変わりなく、移住の決断がなかなかできないのが実情であった。

したがって、ユダヤ人は一般に若い息子や娘、孫などを海外へ移住、逃亡させ、年寄りはドイツに残るという方法をとるものが多かった。まして、絶滅にまで引っぱりこまれるなどとは思いもよらなかったからである。

著名なユダヤ人になればなるほど危険度が高かったので、早期にドイツを脱出する必要があったし、またそうした。左翼系の政治活動をしていたユダヤ人は、ナチ政権成立と同時に逃亡せざるを得なかったことはいうまでもない。

また、高学歴の待ち主である医者、弁護士、学者、教師などのアカデミカーは早く職場から締め出されたため、早期に外国へ移住した者が多かった。金持ちユダヤ人が容易に早く外国へ逃亡できたのは当然であった。

困難な移住条件

しかし外国への移住には、次の条件が揃わねばならず、そう簡単ではなかった。

一、受け入れ国の了解を得ること(入国ビザの取得)。

二、移住先国に肉親又は知人がいて移住希望者の受け入れを保証すること。

三、移住先国で生活できることを示す所持金証明。

四、ナチ当局より出国が許可され、パスポートの給付を受けられるもの。

五、当時の少ない、かつ不便な交通手段(船か汽車)の確保と高い渡航費の支払い。

六、国によっては(たとえば、アメリカアルゼンチン)、職人や農業技術を身につけたユダヤ人の若者の移住を要望するところもあった。

これらの諸点は、それぞれみな問題をかかえていた。

主な出国先はパレスチナとアメリカであったが、世界経済恐慌でたくさんの失業者をかかえていたアメリカをはじめ、ヨーロッパ諸国、イギリスフランススイス、スカンディナヴィア諸国などはユダヤ人の移住制限を行っていたし、ドイツからのユダヤ人の流入に対する激しい反対デモさえあった。そのため、中には農業開発移住としてアルゼンチン、ブラジルオーストラリアヘ移住するユダヤ人もいた。

そして先の年表で見たように、しだいにテンポを早めていったユダヤ人への規制、迫害下で、諸条件を満たさなければならない移住手続きが徐々にむずかしくなるにつれて、移住手続きはしだいに逃亡、亡命へと変化していったのである。結局、ユダヤ人はどこの国へ行っても歓迎される状況にはなかった。

パレスチナヘの移住も、管轄国イギリスが対アラブ政策上ユダヤ人に制限を加えていたし、船でおしかけたユダヤ人がイギリス兵によって追い返されるということもあった。

それでも、ナチ政権の当初の要求「ユダヤ人が一日も早くドイツを去ること、ユダヤ人のドイツからの除去」という出国奨励策の結果、一九三三年から三四年までに六万人がドイツを去った。

先の諸条件を満たす手続きをして、海外へ移住できたものはまだまだ幸せであった。

移住手続きの上で大きな役割を果たしたのが、ユダヤ人自身がアメリカなど外国に住むユダヤ人の資金援助などを得て組織した移住のための援助団体(ヒルフスフェライン)であった。この団体はドイツ各地に相談所を設け、移住先国の条件の紹介、その手続き、渡航費用の援助、旅券の世話、渡航船のチャーターなどを組織し、代行した。こうしたユダヤ人自身の涙ぐましい自助努力により、少なくとも一万人のユダヤ人がドイツを脱出するのに成功したといわれる。

ナチ政権による公的なユダヤ人の外国移住奨励策は、明らかにユダヤ人財産の没収を意図していた。海外への現金や物品の待ち出しは大幅に制限され、時の経過とともに厳しさを増していった。

一九三八年には外国為替用に払い込んだライヒスマルクに対し、わずか十八パーセントの外貨しか支給されず、これは後に四パーセントに減らされ、最後には出国ユダヤ人の封鎖されたマルク残高は全て没収された。また、出国先への送金于続きの際には、ドイツの産業復興奨励の名目で強制投資をさせられ、送金のうちから一定額を差し引かれた。待ち出しを許される物品は、身のまわり品のみとされた。

移住者の波は、一九三五年九月のニュールンベルク法でユダヤ人が市民権を剥奪されてから増加するが、特に一九三八年十一月の大迫害、ライヒスクリスタールナハト以降は逃亡としての出国者(旅行者などとして)が急増した。ベルリンの海外旅行代理店の前に殺到し、行列をつくる当時のユダヤ人の姿の写真は、実になまなましい。

旅行者として海外へ出るということは、着の身着のままで逃亡することで、全財産を置き去りにすることを意味した。

不十分だった各国の救済策

少なくとも第二次大戦前までは、ナチ政権によりユダヤ人をドイツおよびその他の支配地域から追い出す政策が積極的にとられた。

たとえば一九三八年三月、第三帝国に併合されたオーストリアウィーンでは、ナチ国家保安警察庁長官R・ハイドリッヒにより、ユダヤ人を半ば強制的に除去するためのユダヤ人移住センターが設けられ、ユダヤ人減らしが盛んに行われた。その結果、一九三八年から翌年の一年間にオーストリアから十万人のユダヤ人が追放された。

こうした各国へ移住、逃亡しようとする多大な数のユダヤ人難民を救済する目的で一九三八年七月、アメリカの大統領ルーズベルトの呼びかけにより、フランスのアヴィアンで国際難民会議が催された。この会議にはヨーロッパ内外の三十二カ国の代表及びユダヤ人組織のオブザーバーが参加した。ナチドイツぱ公式に代表を送っていなかったが、参加各国の代表に対し次のことを知らしめている。

つまり、ナチスは移住を準備しているドイツやオーストリアのユダヤ人から財産を残らずまきあげるのみならず、ユダヤ人の移住先国より《輸出関税(出国許可税)として》一人につき二百五十ドルを要求する旨を伝えた。

この法外な要求は、全ての参加者により《人身売買》であるとして拒否された。

もちろん、諸国のこの態度は正しかったのである。しかし実際には、この拒否によって、当時なおドイツ、オーストリアに残っていた三十五万人のユダヤ人を政う道が大幅に閉ざされたことも忘れてはならない。

この会議の失敗の裏には、世界経済恐慌により各国がかかえていた経済問題や失業者問題があり、避難民としてのユダヤ人受けいれが容易でなかったという実情があった。しかし、それだけが理由とは思えない。

やはり欧米諸国にそれとなく共通して存在したアンティセミティズムの風潮と、入国を企てるわずらわしいユダヤ人という考えが、ユダヤ人の危機を政おうという熱意をそいでしまったと思われる。

実際、ナチ政権による反ユダヤ政策がドイツで開始された時、アメリカをはじめヨーロッパ諸国はユダヤ人に同情し、いっせいに非難ののろしをあげはしたものの、かけ声だけに終わってしまった。

ドイツ商品のボイコット運動やナチドイツの外交孤立させるなど、多少の効果はあったものの、第三帝国の軍事力と支配の拡大にともない、ドイツは各国より協定や条約のパートナーとして求められるようになり、ナチ政権の反ユダヤ政策はしだいに国際的な関心からはずれていってしまったのである。また、ヒトラー政権に対する各国の非難もまちまちで、一つのまとまった国際運動に発展しなかった。

第二次大戦中の米国政府によるヨーロッパユダヤ人の救済政策の手ぬるさを厳しく批判した歴史家ダヴィッド・S・ウェイマンの『招かれざる民−アメリカとヨーロッパユダヤ人の虐殺』は、現代に生きるわれわれ一人一人にとってよい反省の材料である。

ドイツとオーストリアにいたおよそ七十万のユダヤ人のうち、その半数が大戦開始前までに外国へ移住、逃亡した。そのうちアメリカが十万人、パレスチナが十万人弱、イギリスは五万人、そしてその他の諸国が五万人弱のユダヤ人を受けいれた。残る三十万ほどのドイツとオーストリアのユダヤ人の多数が、ナチによる絶滅計画の犠牲になることになる。

そして大戦の開始によって、ドイツの支配下にはいったポーランドヘ向けて、各地からユダヤ人の強制輸送が始まる一九四一年十月には、第三帝国支配下の地域からのユダヤ人の移住は禁止され、海外への逃亡の道は全く閉ざされることになるのである。

ユダヤ人とドイツ(講談社現代新書)P184-190より。

「ユダヤ人とドイツ」は反ユダヤ主義のもとユダヤ人がいかに非人間として扱われ人権の無い存在として迫害されてきたかについて、簡潔ながらまとまった記述がなされている本。ヒトラーが反ユダヤ主義に傾倒していく過程の概略が記述されているヒトラーとユダヤ人(講談社現代新書)とあわせ、ホロコーストに関する入門的知識と意図派の解釈について知るには手頃な本ではないかと思います。

さて、歴史の教訓とすべき人類史の悲劇が大袈裟な罵倒と解釈されてしまう件 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに対する反応を含め、「ユダヤ人を収容所に移送して虐殺するより財産を没収して国外追放する方が合理的」というような意見があるわけですが、そういうのは「財産を没収して国外に「厄介払い」するにしても「移住先」を用意しなければならない」ということが失念されているのではと思うんですね。

引用文を見れば分かるようにナチスにしても最初から虐殺していたわけではありません。財産没収手段も兼ねて出国奨励策をとっていたわけです。

その後のマダガスカル計画や東方移送計画にしても「移住先」を用意する手段だったわけです。

簡単にでも良いですから歴史をたどって行けば、ナチスが虐殺に至る過程は選択肢が失われていく過程というのが分かると思うんですね。

開戦や戦況の推移といった状況の変化に伴い選択肢が失われていった結果、国外に「厄介払い」するという選択肢が失われた結果の、効率的に管理し労働力として活用するための収容所送りであり、「労働不能」な「役立たずの無駄飯食い」を処理するための虐殺であったわけです。

とりあえず、ホロコーストが選択肢が限られていくなかでの合理的選択としてなされたということは記憶に留めていただければなと思います。

それは誰もが「アイヒマン」に成りうるということを示しているというものですから。

2008-09-04

D_Amon2008-09-04

[][]おこぼれ理論のどうしようもない胡散臭さ

おこぼれ理論

ほんとうに経済成長で「底」は上がるのか?〈貧困〉は解消できるのか?大企業が成長して好成績をあげれば、コップの水が溢れてしたたり落ち、地面(底)も潤う。この理論は昔からあって、英語では「トリックルダウン・セオリー」という。わかりにくいので、私は「おこぼれ理論」と呼んでいる。金持ちがますます金持ちになれば、貧乏人もそのおこぼれにあずかれますから、所得の均衡や再分配などといったバカなことは言わずに、貧乏人は金持ちがガンガン稼ぐのを応援していればいいんですよ、という理屈だ。会社が成長すれば、社員も楽になる。だから社員は会社に忠誠尽くして、四の五の言わずに働きましょう…と翻訳すれば、日本人にもなじみの深い理論だとわかる。

ふざけた理論だと思うが、今流行の新自由主義経済理論では、それが「正しい」とされている。日本の代表格は、元閣僚の竹中平蔵氏だ。彼はずっと「規制緩和のおかげで『格差』はこの程度で済んだんで、やってなかったら、もっともっとひどいことになってましたよ」という言い方で、依然として「おこぼれ理論」を唱えつづけている。

これは「正しい」のか?理論として「正しい」かどうかは、この際問題ではない。問題は、私たちがちゃんと「おこぼれ」にあずかれているかどうか、だ。今、企業は空前の業績をあげている。トヨタ自動車に至っては、年間の連結決算利益が二兆円にのぼるそうだ。トヨタだけではない。銀行も不良債権処理が済んで、史上最高の利益を出している。金持ちは着実に増えている。一億円以上の資産を持っている大金持ちの数が年間五%ずつ増えている。ではその「おこぼれ」は?私たちの生活は豊かになったか。利益はきちんと分配されているか。

豊かになってない。私たちのところには来てない…。

でも経営陣は「一瞬でもスキを見せれば、競合他社にやられる。外資M&A合併と買取)を食らう。経営者は一瞬も気を抜けない。とても『おこぼれ』をくれてやる余裕はないんですよ」と言う。日本経団連の御手洗会長は、今は「景気回復の入口」だと言って、このまま耐えつづければ、いずれ庶民にも利益が回ってくるかのような幻想を振りまいている。そう言えば、小泉前首相もよく言っていた。「痛みを伴う改革は、ゆたかさへの道だ」と。

この理論の”ミソ”は、この時間差にある。大企業が十分成長していけば、必ず「おこぼれ」はやってくる。しかし、今すぐにではない。今はガマンするしかない。ガマンしていれば、そのうち必ずいいことがある。だから今はコップの下で口を開けて待っていてくれ…。そうやって利益は資本に充当される。コップはグラスヘ、そしてジョッキヘと大きくなる。一杯になる前に器が大きくなるから、いつまでたっても一杯にならない。でもいつかは必ず一杯になる。一杯になればこぼれるはずだから、そのときはごくごく飲んでください。でもまだ一杯じゃない…。いいかげんアゴが疲れる。「おこぼれ理論」は時間差攻撃であり、先延ばし理論でもある。

利益はどこへ?

「そのうちいいことがあるから、今はガマンしなさい」「規制緩和してなかったら、もっとひどいことになってたんだぞ」というのは、ほとんど脅しだ。私たちは脅されているのだということを、もういいかげん認めていい。実際は、脅しに屈している間に、「底上げ」どころか、ますます「底の抜けた」社会になっているのだから。

「バカな。今利益を分配しちやったら、企業が倒れて、あんたたちだって路頭に迷うんだよ」と彼らは言う。企業が倒れても、私たちがきちんと暮らしていければ問題はないはずだ。私たちは、安心して生きていくために働いている。そもそも、暮らしと会社が運命共同体などもう古い、使えなくなったら捨てる、生活の面倒を見るのは会社の役割ではない、と経営者のほうが言っているんじゃないか。それならば自分たちの生活を守ろう。将来の不安を人質に取るなど、だいたいやり口が汚い。労働も社会保障も切り崩して底の抜けたような社会にしておいて「底上げ」なんて、バカにするにもホドがある(図表3)。

雇用をどんどん不安定に、細切れにして、同時に生活保障も削る。人々の生活はいよいよ成り立だなくなる。政財界のやりたい放題だ。今、〈貧困〉は日本という優秀な工場の中で、ガンガン大量生産されている。日本社会の所得分布は、分厚い中間層のいるひし形社会から、真ん中のくぼんだ砂時計型社会になっていくと言われる。ふつうに考えれば、もういつ暴動が起こってもおかしくない。それだけめちゃくちゃなことをされているのだから。

しかし、政財界もバカではないから、そうならないためのしかけを世の中に張りめぐらしている。「自己責任」に「自立支援」に「再チャレンジ」。これらが暴動を封じ込め、起きたとしても散発的な暴発にとめ置くためのしかけだ。見えにくい〈貧困〉に目を凝らし、それを起点に考えることで、そのことが見えてくる。

f:id:D_Amon:20080904210209p:image

90年代半ばを境に生産性人件費の伸び方に大きな違いが見られる。それまでは、生産性が伸びれば人件費も伸びていた。しかし、90年代半ば以降は、生産性が伸びても人件費は伸びない。むしろ減っている。企業は人件費を抑えることで生産性を伸ばしてきたからだ。もはや企業利益が伸びても、人件費は伸びない。企業が育っても、私たちに「おこぼれ」は回ってこない仕組みになっている。

貧困襲来P88-94より。

湯浅誠氏がおこぼれ理論というところの、「貧困の解決の前に、まず経済成長。経済成長すれば自然に貧困は解決できる。そのためには所得の均衡や再分配などバカげたことだ」論。この手の主張はネットでもときおり見かけますが、私は非常に胡散臭いものと思っています。

なんといってもゴールが見えない。どれくらい成長すれば、そのおこぼれは貧困の解決に使われるというのでしょうか。本当にゴールに近づいているのでしょうか。

何というか、経済成長でゴールへ向かっていても、ゴールの方も経済成長に合わせてより遠大な地点に設定され続け、永久にゴールにたどり着く日は来ないのではないか。労働者はそういう風にして「目の前にぶらさげられたニンジンを永久に追い続けること」を求められているのではないか。そういう風に思うのです。

で、図表3に示されているような構造を見ると、そういうおこぼれ理論は労働者に希望を持たせて操作するための現実と矛盾した詐欺論法としか思えないわけです。

おこぼれ理論を真に受けて「経営を理解して」低賃金での重労働を受け入れたとして、その結果は使い潰されて体を壊し働けなくなり、そうなっても削られまくった社会保障の下では救済はされないので路頭に迷うしかないのではないか、なんて思いますね。

実際問題、貧困問題について書かれたまともな書籍を読めば、ネットカフェ難民ホームレスになる人は「働かない人」というのはどうしようもない偏見で、むしろ、一時期働けなくなったことなどが原因で、そういうどうしようもない悪条件でも働くしかない立場に追い込まれた人々であることが分かろうというもので、働けなくなったときのための「溜め」が無い人にとっては、そういう生活は「明日は我が身」というものなわけです。

まあ、世間は広いですから探せば新自由主義者が言うような自業自得しか言いようのない貧困者もいるでしょうが、それは決して貧困者の典型ではありません。

とりあえず結論としては、おこぼれ理論をしたり顔でかたる人は最悪ということで。

2008-09-03

[]スカイ・クロラを見てきました。

面白かったと思います。

何か酷評ばっかり見てたので、「天使のたまご」級を覚悟していたのですが、全然そんなことなくて、展開の緩急も「アヴァロン」みたいに序盤と終盤の間はひたすら(寝ないための)修行ということもなく、普通に楽しんで見れました。

心配していた空戦シーンもなかなかの迫力。

機首上げからのストールターンでオーバーシュートさせた敵機を撃つというのは編隊戦闘ではリスクが大きい機動と思いますが、映像表現としてははったりが効いた面白いものと思いました。

ラストに関しては、まあ、主人公は現実は変えられなかったものの、ヒロインの心境は変えられたのではと。

とりあえず、散香のプラモデルを作るときは、機番の選択はデカールにあれば(あえて262-02ではなく)262-01にしようと思いました。

追記(2008/09/04)

ちなみに作ろうと思っているプラモデルはこれ。

製品番号SC01 1/48スケールプラスチックモデル組立キット「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」散香マークB

レーザー加工による素晴らしいモールド*1のキット。1/48の単発レシプロ機としては定価が相場より1000円ぐらい高いですが、内容的にはその値段に見合う内容のキットだと思います。

*1:先月末発売のモデルグラフィックス付属の1/700機銃は感嘆するほどのでき

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