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2018-01-08

[][]零戦塗色飴色論争もこれで終わりになるのだろうか

歴史群像2018年2月号に零戦の塗装研究の記事が載っていました。

以下はその記事(P6-7)からの引用です。

「飴色」の謎

それでは、盛んに論じられた中に登場した「灰緑色」や「飴色」とは何だったのだろうか。

実は、中村さんが所蔵するものや、海外に現存する零戦の実機部材を見る限り、それがおそらく「飴色」と呼ばれたものだろうと思われる褐色がかった色調は簡単に見つけることができた。同時に同じ部品の上に明らかに無彩色に近い灰色を呈した部分も見つけることもできた(図?)。これは本来灰色だった上に褐色がかった塗料が塗り重ねられているからなのだろうか。そうした観点で現存する実物を多数ながめ、わかったのは、灰色の上には何かを塗り重ねられてなどいない、ということだった。様々な個所で灰色の塗膜そのもののある部分が変色して褐色に変わっていることが見て取れた。「灰色自体が変色する」。これがすなわち『空技報0266』がいう「現用零式艦戦用塗色J3(灰色)のわずか飴色がかりたるもの」の意味なのだった。

現存する零戦の実機部材を調べるにあたっては、あらかじめ機体製造番号を体系的に整理して臨んでおり、三菱製、中島製という製造会社ごとの違いが発見できないことも明らかだった。しかしながら、同一の機体の上で、軽金属の部材に塗られている「J3灰色」は変色が著しく、羽布部分はそれほど変色が見られないという傾向は存在しているようだった。

海軍では航空機用の軽金属用塗料として「ベンジルセルロース塗料」を使い、羽布塗料には「アセチルセルロース塗料」を使っていた。ベンジルセルロースもアセチルセルロースも、植物から得られる繊維素(セルロース)を加工した合成樹脂であり、これを有機溶剤に溶かし、顔料を加えて塗料を作っていた。溶剤が揮発したあとに、顔料が混ざったベンジルセルロースやアセチルセルロースが塗膜として残る。このうちのベンジルセルロースに特に黄変する傾向があったのだった(図4)。

記事の他の部分もまとめて結論を述べれば、零戦の機体塗色は亜鉛華の白色とカーボンブラックの黒色を混ぜ合わせた灰色であり、飴色というのは塗料が黄変しただけというもの。

飴色と言われるものは塗料が黄変しただけではということは、随分前から言われていたことですが、このように研究成果として発表されたことは有意義だと思います。

また、この記事は零戦の塗色であるJ3自体が灰白色か灰緑色かについても灰白色(灰色)であると結論づけています。

詳細は当該記事を参照してもらうとして、「J3は灰緑色」説のもとになっていると思われる海軍文書の「飛行機機体工作標準」がミスタイプしており、本来は灰白がJ3、灰緑がM2*1ということです。

零戦の塗色については「三菱製が灰白で、中島製が灰緑」という説があり、これが実際の残存機の外板の色調から否定的に見られるようになってからも久しいですが、零戦の塗色は三菱製も中島製も同じJ3灰色で確定のようですね。

模型用塗料としてはガイアノーツが発売している零戦用塗料は灰緑色説に基づいたものですが、この考証に基づけば用途は限定されてしまいそうです。

これで零戦の模型の塗装に関する悩みは解決しそう。機体色は迷わず灰白色(またはそれが幾分黄変した色)で。

証言等との齟齬についても、こういう明るめの無彩色は朝焼けの光のもとではマスタード色に見えたり強い陽光のもとでは青畳色に見えたりしても不思議ではないと思います。

真っ黒か青みがかった黒かの悩みどころのカウリング色も当該記事に引かれた成分配合表の「黒色塗料」を見ると、顔料はカーボンブラック0.4kgと群青0.1kgだったりするので、青みがかった黒で間違いなさそう。

零戦の塗色に関しては諸説が乱立し、そうなる経緯もあったりしたわけですが、この「白と黒を混ぜ合わせただけの灰色」説が覆ることはないのではないかと思います。


歴史群像 2018年 02 月号 [雑誌]

*1:十二試艦戦等はこの色で塗られており、そういう意味では灰緑色で塗装された零戦はあったことになる。

2015-08-13

[][]大和型は日本海軍大艦巨砲主義の証。アイオワ級アメリカ海軍の航空主兵予測の証。

かつて戦艦は洋上戦闘の主役でした。

洋上戦闘が艦船同士の撃ち合いの時代、巨砲の攻撃力と同級以下の相手の火砲に耐える防御力を備えた戦艦は艦隊決戦の最終兵器であり、その存在が洋上の戦いの勝敗を左右する戦略兵器でした。

大艦巨砲主義とはそのような戦艦同士の戦いが勝敗を決するという思想のもとでの艦船の攻防力強化競争であり、船体の大型化は攻防力強化のための手段でした。

しかし、第二次世界大戦においては航空機がより優れた火力投射手段となり、それを搭載する航空母艦が洋上戦闘の主役となりました。

アメリカ海軍のアイオワ級戦艦はそういう時代が来る可能性を見越して建造された戦艦でした。

一方、「新しいニーズ」とは、艦隊空母と足並みが揃えられる高速性が求められたことだ。というのも、アメリカ海軍は、次の戦争では空母が洋上戦闘の主役になる可能性が高いとみており、戦艦は空母の有力な直援艦として、空母機動部隊に随伴できる速さが必要と考えられた。この点、前二級は空母機動部隊に随伴可能ぎりぎりの速力だったが、アイオワ級は問題なく随伴できる最大速力が付与された。本級の高速性能は金剛型に対抗するためといわれることもあるが、本級に比べて約三〇年も前に建造された敵艦にいまさら対抗するという説明には無理がある。「一部にはそのことも含まれていた」程度だったのではあるまいか。

歴史群像2015年8月号P14より引用。

アメリカ海軍は第二次世界大戦中も戦艦を建造し続けましたが、全部が全部、大艦巨砲が勝敗を決するという思想のもとで造り続けたわけではありません。

艦隊防空など空母機動部隊にも有用な艦として造り続け、そして実際にそのように活用しました。

対して、日本海軍の大和型は戦艦同士の戦いが勝敗を決するという思想のもと、質的優位を得るために造られた兵器でした。大西洋から太平洋への迅速な移動を考えればアメリカ海軍の戦艦の大きさはパナマ運河を渡れる幅に制限されます。それは搭載可能な砲の大きさも制限されるということであり、大和型はそれを上回る砲を持つ兵器として造られ、実際に上回りました。しかし、洋上戦闘の主役が空母に変わったことによる状況の変化により、それによる優位を艦隊決戦で活かす機会が来ることはありませんでした。

日本海軍にとっては航空機も巡洋艦駆逐艦も艦隊決戦において戦艦の数の劣勢を埋めるための兵器であり、日本海軍はそれらの兵器で敵軍の戦艦の数を削った上で戦艦同士の戦いで勝敗を決することを構想していました。

ところが、実際に開戦してみれば、空母が洋上戦闘の主役となったことを日本海軍自体が示すこととなり、空母機動部隊に随伴できるだけの速度性能を持たない戦闘艦はその戦力的価値を大きく減じていました。

日本海軍の戦艦でそのように空母機動部隊に問題なく随伴できる速度性能を持っていたのは金剛型のみ。

速度性能の高さは重巡と組み合わせて遊撃部隊を編制するなどの用途にも有効で、金剛型が旧式であるにも関わらず活躍したのには性能的理由があるわけです。

大和型もアイオワ級も戦艦ですが、それらは運用思想の異なる兵器であり、大和型を建造することを決めた当時の日本海軍は思想面において大艦巨砲主義の軍隊でした。

だからといってそれをもって当時の日本海軍が悪いとは言いません。

技術革新に伴う戦闘の様相の変化を予測することは困難であり、技術革新に対応するための組織改革にも既得権者の抵抗がありがちで、運用思想が保守的なものになることはよくあることですから。

ただ、大和型とアイオワ級の性質の違いは兵器運用思想において日本海軍がアメリカ海軍に負けていたことを表してはいると思います。

戦艦と空母の建造比率をもって日本海軍の方がアメリカ海軍より航空主兵に転じていたなんていうのは、こういう兵器運用思想の違いを無視した暴論というものでしょう。

日本海軍はもっと戦艦を活用できなかったか

ここからはまったくのおまけ。

第二次世界大戦における戦艦の用法というと機動部隊随伴と艦砲射撃による対地攻撃が思い浮かびます。

機動部隊随伴といえば、大和型はサウスダコタ級と同等の速度性能を持っていたので、サウスダコタ級が空母機動部隊に随伴可能だったことを考えれば(燃料消費を度外視すれば)同様に直援艦として活用できたのではないかと夢想することもあります。例えばもととなった戦艦の性能的に低速な空母であるところの加賀の直援艦とか。

まだ日本海軍に物量があった頃であったミッドウェー海戦で大和を含む「主力艦隊」が後方で無駄に燃料を使っていただけだったことを考えれば日本海軍の兵器運用思想的に無理だったのだろうなあと思いますが。

日本海軍は物量があっても「精緻な作戦」のために戦力を分散しすぎなのではないかと素人目に思いますね。

艦砲射撃による対地攻撃といえば、アメリカ海軍が上陸支援などの艦砲射撃に戦艦を有効活用していたことはよく知られていることです。そういう用途には低速な旧式戦艦も役立ったことも。

そういうように空母機動部隊の艦載機航空優勢を得た上で、戦艦などが艦砲射撃を行い、その上で上陸作戦を実施するというようなことが日本海軍にできたかといえば、方針的に無理だったでしょう。

ミッドウェー海戦で機動部隊の主力を失ってから消極的になり「不沈空母である敵の陸上航空基地を(不沈ではなく可沈の)空母で攻撃するのは不利なので、敵の海上兵力に対してのみ使いたい」*1となってしまった日本海軍には。

その結果が、基地航空部隊による遠距離攻撃、高速戦艦や巡洋艦による通りすがりの奇襲砲撃、敵に遠くに上陸しての(徒歩で運搬可能な装備しか持てない)歩兵による攻撃がバラバラに行われるというよく知られている事態。

戦線を広げすぎて輸送船が不足している状態では戦力の迅速な集中も無理で、乏しい輸送力で前線に戦力を逐次投入しては補給断絶による餓死と各個撃破の繰り返し。

私は日本が大和型建造時点で大艦巨砲主義であったことは仕方がないとは思いますが、こんな敵基地を落とせるわけもない作戦を継続して多くの将兵を無駄に死なせたことは大いに責められるべきことだと思います。

戦線の広げすぎとこういう用途への輸送船の投入が輸送船不足を悪化させている面もあって、資源地帯を押さえていても資源を本土に送る輸送船が不足しているがゆえの生産力低下とか日本側の自滅としかいいようがありません。

この件に関し、敗戦という結果は変わらないとしても、日本軍がしない方がいいことを継続して行ったことは軍事的視点からも批判されて当然のことだと思います。

*1歴史群像2015年8月号P76

2015-03-16

[][]武蔵の煙突後方の三連装機銃のシールドの有無について

『俺の知らない機銃がある……』武蔵生中継でパニックになる模型クラスタのみなさん - Togetterで武蔵の煙突後方の後部艦橋周辺の三連装機銃のシールドの有無が話題になっていましたが、この部分は近年の考証ではシールド有りとなっています。

f:id:D_Amon:20150316185744j:image

MODEL Art (モデル アート) 増刊 帝国海軍戦艦総ざらい 2015年 01月号 [雑誌]」P139より「武蔵」1944年10月レイテ沖海戦時(最終時)の煙突後方部分。画像中の赤字と赤丸は引用者による。


ちなみに大和ではこの部分はシールド無しとなっています。

f:id:D_Amon:20150316185745j:image

戦艦「大和」図面集 (Anatomy of the ship)」P32より、1945年(昭和20)4月、天一号作戦時の戦艦大和の煙突後方部分。画像中の赤字と赤丸は引用者による。


タミヤの1/700キットで武蔵最終時を作る場合、タミヤの1/700武蔵は竣工時の姿であるため、1/700大和を改造して作るのが一般的ですが、その際はこういうところを弄る必要があるわけです。

で、こういう機銃ですが、近年ではファインモールドのナノドレッドシリーズに置き換えるのが主流と思います。

96式25ミリ3連装機銃 シールドタイプ大和用 (1/700 プラスチックモデルキット WA3)

シールド無しの機銃を置き換える場合もナノドレッドシリーズに置き換えるのが主流と思いますが、これ、リニューアル版が発売されたのが、私にしてみれば地味にショックだったりします。

1/700 精密プラパーツナノ・ドレッドシリーズWA25九六式25mm三連装機銃防盾装備 (リニューアル版)

リニューアル前の分の買い溜めの分量ががががが


大和型のキットについてですが、フジミがスナップフィットで多色成型の1/700大和を近日発売します。塗装と接着なしでもそれなりに仕上がるというのは、これからのスケールモデルの生き残りに必要なことの一つと思いますので、こういうフジミの姿勢は大いに評価するところなのですが、同シリーズでレイテ沖海戦時の武蔵もキット化してくれることにも期待しています。今の流れなら絶対にしてくれるだろうとは思いますが。

1/700 艦NEXTシリーズNo.01 日本海軍戦艦 大和

2015-01-22

[]広島市の公式見解である原爆死没者数は「科学的な信頼性」を持たない

要旨

はてなブックマーク - 政府、南京犠牲者数で申し入れ 昨年12月中国に、非公表 - 47NEWS(よんななニュース)に始まるid:FrenetSerretの要求はバカ丸出しな言い掛かりにすぎません。

なぜならば原爆犠牲者数に関する日米の見解の基になっている数は「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」ではないからです。

そのことは原爆の犠牲者数の推計値について - 模型とかキャラ弁とか歴史とかにおいて史実を提示して証明済み。

よって、私が「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と他の何かを同じに扱うことはありえません。

つまり、私が「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と南京事件犠牲者数30万人説を同じに扱ったという認識のもとでの両者の「科学的な信頼性」が同等であることを証明しろというid:FrenetSerretの要求は前提となる認識自体が間違っています。

蓋然性において同程度に扱っていないので、蓋然性において同程度と実証する必要はない - 模型とかキャラ弁とか歴史とかに書いたように私はもとから両者の蓋然性を問題にしていませんが、仮にid:FrenetSerretの要求に応じるとしても現時点では彼の脳内の数値でしかない「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」の「科学的な信頼性」など私の知ったことではなく、そんなものは信頼性の評価の対象になりえません。

id:FrenetSerretは他者に「科学的に証明」することを要求する前に、自らの発言の「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」の信頼性とその日米との関係を「科学的に証明」する必要があります。そして、その「科学的に証明」する方法は彼自身が主張した基準に従うのが筋。

id:FrenetSerretはそういう証明を行わない限り、他者に証明を要求できるスタート地点にすら立っていません。

id:FrenetSerretが「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」の信頼性とその日米の見解との関係を「科学的に証明」することから逃げ続ける限り、彼はバカ丸出しな言いがかりをつけたことを煽り続けることでごまかすことしかできない惨めな敗北者でしかありません。

本文

原爆の犠牲者数の推計値について - 模型とかキャラ弁とか歴史とかで書きましたが、広島市の公式見解である原爆死没者数は(原爆投下前の人口の推計値−1945年11月の生存者の推計値)+(軍関係者・来広者・朝鮮人被爆死亡者などの不明瞭な推計値)です。「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力」から推定された値でも「実験してデータを取って理論を構築して」推定された値でもありません。

ゆえに、

FrenetSerret id:D_Amon 指摘できてないよww原爆と南京の死者数は科学的な信頼性が異なる、と言ってるんだから、間違いを指摘するなら、科学的な信頼性を同程度だと証明しなきゃねw自分でバカだと証明するの楽しい?w

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/D_Amon/20150121/p2

FrenetSerret id:D_Amon頭悪いなw科学的に証明しろって言ってんだから、実験してデータを取って理論を構築してNatureにでも投稿しろよ、それが科学における反証だよ。お前が、無学なのは分かったけど、教えたんだからやれよ?w

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/D_Amon/20150121/p2

というような発言が意味するところの「科学的な信頼性」を持ちません。

勿論、私に広島市の公式見解を否定する意思はなく、広島市の公式見解の推計方法には相応の社会科学的な信頼性があると考えています。

id:FrenetSerretの言うところの「科学的な信頼性」は自然科学的な信頼性であり、広島市の公式見解は推計方法的にはそのような信頼性を持たないという話です。

広島市の公式見解の推計値も米国の戦略爆撃調査団による推計値も「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」ではありません。

私は南京事件に関する日中の見解の違いに対して原爆死没者数に関する日米の見解の違いを持ち出したわけですが、死者数と犠牲者数は同じというわけではないという話と政治における見解と学問における諸説は異なるという話 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかの「おまけ」の部分で触れているような彼の発言は、彼が日米の見解のいずれとも関係ない彼の脳内の数を持ち出していることを示しています。

それはつまり、彼が私のブックマークコメントとはまったく関係の無い値を前提に絡んできたということであり、それは彼の発言が端から不当な言い掛かりでしかなかったということを示しています。*1


付け加えると、南京事件の犠牲者数のような歴史学上の事象は史料の収集や分析などにより「こういうことがあったのは確かだろう」という蓋然性の世界の話です。「このようにすればこういうことができる」ということを実験で示す可能性の世界の話ではありません。

広島市の公式見解もその推計方法を見れば明らかなように「実験してデータを取って理論を構築して」推計されたものではなく、史料の収集や分析などにより推計されたものです。

つまり、いずれも自然科学の世界の話ではないことは明らかで、仮に史料の収集や分析などを行って犠牲者数に関する蓋然性の高い推定を行い論文を書いたとしても、その寄稿先は自然科学分野の雑誌にはならないでしょう。

ゆえに「実験してデータを取って理論を構築してNatureにでも投稿しろよ」という発言自体が彼の頭の程度を示す難癖というものです。

追記

FrenetSerret id:D_Amon ほらほら、主張ブレブレで逃げてないで、早くデータを取って理論を構築して原爆同等の信頼性があることを証明しろよw俺は初めから科学的に示せと(こうなる事を見越して)言い続けて来てんだよw

http://b.hatena.ne.jp/entry/image/http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20150122/p1

私は既に死者数と犠牲者数は同じというわけではないという話と政治における見解と学問における諸説は異なるという話 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかの「おまけ」部分で「どうやらFrenetSerret氏の言うところの被害者数は広島市の公式見解とは違うようですね。なら、私のはてブでの発言にはまったく関係ないなー」と書いているように、彼が私のブックマークコメントとはまったく関係の無い値を前提に絡んできていることを既に示していますし、蓋然性において同程度に扱っていないので、蓋然性において同程度と実証する必要はない - 模型とかキャラ弁とか歴史とかで書いているように端から蓋然性において同程度に扱っていません。つまり、「同等の信頼性があることを証明しろ」という主張自体が彼の歪んだ認知が生みだした言い掛かりにすぎません。

彼のこういう発言は、相手を煽り続けることで自らの面目を保とうとでもしていることによるのですかね。

ちなみに彼の初めの主張は「科学的に被害者数が公式に見積もられている原爆」の「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と南京事件の被害者数を私が同じ様に扱っているというもの。私は「見解の違い」を根拠に申し入れすることに対してコメントしているのであり、南京事件の犠牲者数の蓋然性と原爆の犠牲者数の蓋然性を同じ様に扱っていないのは蓋然性において同程度に扱っていないので、蓋然性において同程度と実証する必要はない - 模型とかキャラ弁とか歴史とかでも明らか。

日米の見解とされるいずれの犠牲者数も「科学的に被害者数が公式に見積もられている原爆」の「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」ではないわけで、彼の言っていることは支離滅裂というものです。

再追記(2015/01/23)

D_Amon 頭が悪すぎてhttp://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20150122/p1に書いてあることが読めないんだね。自然科学がどういうものかも理解していないわけだ。まあ、自説が何説のどういう値かも示せない知ったかぶりらしい態度と思うid:FrenetSerret

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/D_Amon/20150122/p1

FrenetSerret id:D_Amon 読んでないし読む気もないよw「証明した(キリ)」とかっていきっといて「見解の違い」とか馬鹿を盾に逃げるなww早く科学的に実験してデータを取得して、南京の死者数の信頼性を原爆並だと証明しろよww

つまり、id:FrenetSerretはこの記事を読みもしないで「主張ブレブレで逃げてないで」という評価を行ったというわけです。この手の人が読解力に問題があるだけでなく心性も低劣であることは珍しいことではありませんけど。

再々追記(2015/01/24)

D_Amon 「外交ルートを通じ「日本の見解とは違う。被害者の具体的な人数を認定することは困難だ」と伝えた」原爆の犠牲者数で日本が米国に「米国の見解とは違う」と言われたらと思うと、相手の気分を害するだけと思うな

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

FrenetSerret 犠牲者数が明らかに出来ていない南京大虐殺と、科学的に被害者数が公式に見積もられている原爆とを、同じ様に扱うw皆さんこれがid:D_Amonによる反日論法です。とても頭悪いですねww覚えておきましょう

D_Amon 米国の歴史教科書を見る限り米国の見解の原爆犠牲者数が日本の見解のものより少ないのは単なる事実。南京の30万人説にしても蓋然性は低いが推計値として否定できるものではないid:FrenetSerretid:cmuethmitid:oxigenus

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

FrenetSerret id:D_Amon 核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数と、まだ一切断定する材料もなく自分も認めるように蓋然性のない30万人を同じに扱っていい理由にはなってない。馬鹿ですか?w

id:FrenetSerretはこのように「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と「一切断定する材料もなく自分も認めるように蓋然性のない30万人」(30万人は中国の見解の南京事件の犠牲者数)を私が同じに扱っているという認識のもと、私に絡んできています。

既に書いたように原爆死没者数に関する広島市の公式見解は「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」ではありません。

id:FrenetSerretが広島市の公式見解を「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と思っていた場合、それは彼の認識の方が間違っていたということです。

id:FrenetSerretが自らの脳内の「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」を前提に絡んできた場合、そんな彼の脳内の数のことなど、私の知ったことではありません。

(私は元から原爆犠牲者数の蓋然性と南京事件犠牲者数の蓋然性を同じに扱っていませんが、)いずれにしろ、「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」と「一切断定する材料もなく自分も認めるように蓋然性のない30万人」を私が同じに扱ったという認識のもと、両者の蓋然性が同程度だと証明しろという要求は不当な言い掛かりに過ぎません。

後、繰り返しになりますが、「蓋然性は低いが推計値として否定できるものではない」と言ったのを「自分も認めるように蓋然性のない」と言いかえるのは捏造です。

追記4(2015/01/29)

FrenetSerret id:D_Amon 記憶力もないんだなw科学的に証明しろと言ってきて、「証明した」と断言したのだろ。科学的に証明できてないよ。それとも科学的な証明ってのが何か、また忘れちまったのか?頭悪いもんなw

さらっと主語を省略するなよな話。

あるいは自分の「科学的に証明しろ」の主語を忘れてしまったのかな話。

id:FrenetSerretは「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」という自身の脳内原爆犠牲者数と南京事件犠牲者数30万人説の信頼性が同等であることを「科学的に証明しろ」と言ってきたわけで、それが不当な言いがかりであることを証明するのには史実を提示すれば十分。id:FrenetSerretが言うところの「科学的な証明」は不用です。(だいたい、史実の提示は社会科学的な信頼性のある答え)

「Aであることを科学的に証明しろ」という要求自体のAの範囲外にまで「科学的な証明」を求めるのはid:FrenetSerretが敗北を認めないために逃げ続けるための行為にしか過ぎません。

そもそもid:FrenetSerretの脳内原爆犠牲者数の科学的な信頼性など私の知ったことではなく、私に「科学的な証明」を求める前に、id:FrenetSerretが自説の科学的な信頼性と日米の見解との関係を自分基準で証明すべき。さもなくばid:FrenetSerretの自説は南京事件犠牲者数30万人説との比較対象にすらなりません。

自説の科学的な信頼性と日米の見解との関係について実験してデータ取って理論を構築してNatureに投稿して掲載されて、ようやくid:FrenetSerretはスタート地点に立てるわけです。

id:FrenetSerretは自説の根拠の説明から逃げ続け、自分がバカ丸出しな言いがかりをつけたことを煽り続けることでごまかすことしかできない惨めな敗北者。

追記5(2015/02/03)

FrenetSerret id:D_Amon 可愛そうになる位、頭使ってないよなw俺に最初から、比較不能なものを比較するなら科学的に示せ、と指弾されてるの理解してる?比較不能だって俺は言ってんのwお前の空っぽな頭でも、これで分かる?w

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/240597596/comment/FrenetSerret

id:FrenetSerretに彼自身が言い出した「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数」の信頼性と日米の見解との関係を彼自身に証明することを求めたらこれです。

id:FrenetSerretは「原爆と南京の死者数は科学的な信頼性が異なる、と言ってる」わけで、その言によれば「科学的な信頼性」の高低は比較可能でなければなりませんし、その「科学的な信頼性」は彼自身が主張するところの証明方法で示すことができなければなりません。

「科学的な信頼性」の高低が比較不能であれば、「科学的な信頼性」の差を問題にしていた彼の発言もその証明方法も嘘になります。

「科学的な信頼性」の高低が比較可能であれば「最初から、比較不能なものを比較するなら科学的に示せ、と指弾」という彼の発言は嘘になります。

私にしてみれば、私自身は史実に対する諸説の蓋然性は大雑把な高低において比較可能と考えますが、id:FrenetSerretの脳内数値など私の知ったことではありませんし、当然それを私が他のものと比較することもありえないのですけどね。

*1:彼が日米の見解についてそういう「科学的な信頼性」がある数だと思っていたのなら、それは彼が前提としていたことが間違いだったということで、やはり、不当な言い掛かりでしかありません。

2015-01-21

[]蓋然性において同程度に扱っていないので、蓋然性において同程度と実証する必要はない

原爆犠牲者数、公式見解より少なく 米教科書の記述調査:朝日新聞デジタルにおいて日本政府は「日本の見解とは違う」ことをもって「適切でない」と中国に申し入れています。

これに対して

D_Amon 「外交ルートを通じ「日本の見解とは違う。被害者の具体的な人数を認定することは困難だ」と伝えた」原爆の犠牲者数で日本が米国に「米国の見解とは違う」と言われたらと思うと、相手の気分を害するだけと思うな

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

と書いたように、私は「見解の違い」をもって相手に「適切でない」と申し入れることに対してコメントしています。つまり、蓋然性は問題にしていません。

D_Amon 米国の歴史教科書を見る限り米国の見解の原爆犠牲者数が日本の見解のものより少ないのは単なる事実。南京の30万人説にしても蓋然性は低いが推計値として否定できるものではない

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

と書いたように、既に30万人説の蓋然性を低いと思っていることを書いているので、南京事件犠牲者数と原爆犠牲者数の推計値を蓋然性において同程度に扱っていないのも明らか。

よって、このことについて「蓋然性において同程度と実証しろ」と言われても応じる必要はありません。

死者数と犠牲者数は同じというわけではないという話と政治における見解と学問における諸説は異なるという話 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかのコメント欄でも言及しましたが、そのことを理解できないのがid:FrenetSerretid:cmuethmitid:oxigenusid:pwd24v

以上。


あと、既に、

サ条約体制的には日本の「公式見解」は東京裁判の20万人説である筈だし、「人数を認定することは困難」な原因は日本側の敗戦時の証拠隠滅も原因でそれをもって文句言える立場ではない

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

と書いていますが、「被害者の具体的な人数を認定することは困難」なのは敗戦時に日本側が証拠隠滅したのも原因で、証拠隠滅した加害者が被害者に「人数を認定することは困難」なことをもって申し入れを行える立場ではないのは当然です。

[]原爆の犠牲者数の推計値について

FrenetSerret id:D_Amon 核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力から推定される被害者数と、まだ一切断定する材料もなく自分も認めるように蓋然性のない30万人を同じに扱っていい理由にはなってない。馬鹿ですか?w

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201501/CN2015011401001738.html

という発言は間違っています。


広島市の公式見解である原爆死没者数「約14万人(誤差プラスマイナス1万人)」は以下のように推計されています。

44年2月の広島市の人口を参考にした推計と、被爆後約3カ月がたった45年11月の広島市と周辺町村の人口を比較し、軍の被害報告資料や県外からの来広者、朝鮮人被爆死亡者などを考慮した、と一定の根拠を説明している。被爆30年を経て犠牲者数が明らかでないことについては、国家的な調査が放置されてきたと指摘する。

(4)原爆の犠牲者数なぜあいまいなの <下>

つまり、(原爆投下前の人口の推計値−1945年11月の生存者の推計値)+(軍関係者・来広者・朝鮮人被爆死亡者などの不明瞭な推計値)です。この値に「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力」から推定された部分はありません。


広島に投下された原爆は臨界前の核物質に臨界に達する量の核物質の弾を撃ちこむことから確実に動作することが予測されたガンバレル式で、実験無しに広島に用いられています。

その発生エネルギーの推定や反応した濃縮ウランの割合の推定ができるようになったのは後の時代の研究によってです。

ゆえに米国の戦略爆撃調査団による推計値が「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力」から推定されているわけがありません。


よって、日米の見解とされるいずれの値も「核実験や科学的に明らかにされた原爆の威力」から推定されていません。

以上。


あと、死者数と犠牲者数は同じというわけではないという話と政治における見解と学問における諸説は異なるという話 - 模型とかキャラ弁とか歴史とかでも書いたことですが、「蓋然性は低いが推計値として否定できるものではない」と言ったのを「自分も認めるように蓋然性のない」と言いかえるのは捏造です。

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