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2010-06-11 学術コミュニティーおよび産業界との距離の取り方について このエントリーを含むブックマーク

高村大也氏日誌より

NLPという学問領域に身を置きながら、この学問領域は一体どこへ向かおうとしているのだろうと思うことがしばしばある。確かに、名の通った会議の論文などを読んで、そこに書かれた自分の思いつかないアイデアや技術に関心することもある。

しかし、そうでないことの方がずっと多い。こういう場合はこのように処理し、また別のこういう場合はこのように処理する、などと手続きがひたすら書かれているだけで、実験上の処理性能は向上しているのかもしれないが、そこにvisionを感じないことが多い。solidな論文だけでなくinterestingな論文をもっと高く評価しようという話もあるが、実現の具体策までは与えられていないからであろうか、残念ながら大きな動きにはなっていない。研究者らは、生き残るために実験上の処理性能を上げることに躍起になる。同じ年代の研究者の方々と話すと、同じ印象を持っている方が多い。皆、現在のこのcommunityの価値観に飽き飽きしているのだ。

そんな状況にあることの原因なのか否かは不明だが、「人の役に立つ」という聞こえの良い言葉が学術界を侵食している。ある意味、そのような言葉は凶器である。「人の役に立つ」という言葉は、そのポジティブな響きのゆえに、極めて異論を唱えにくいのである。 

もちろん工学においては人の役に立つということは不可欠であるのだが、学術界とは、「人の役に立つための知識体系を構築する」ための場であるはずだ。現状では、異論を唱えられないこの言葉に押され、学術界はその使命を見失いつつある。

もしくは、使命が見えていても、世の中の流れに抗えず、生き残るために仕方なく知識体系の構築を放棄しているのかもしれない。NLPはこのような迷走状態にある。

優秀な人材を有する民間企業を目前にし、研究機関としての大学の研究室の存在意義がわからなくなっている人たち(特に若者)がいるようである。原因は、学術界の迷走にある。学術界と産業界の間に本来存在すべき境界線を彼ら彼女らに見せることに、我々は失敗している。  

このような状況において、今、自分が自分の思う方向にいくらかでも歩める立場になった。とりあえずしばらくの間、次に述べるような方向性でやってみようと思う。いくらかextremeであるが、燦々たる状況を考えると致し方ない。 

1. NLP communityの現在の価値観に迎合しない。つまり、論文を会議に通すための努力を最小限に抑える。通らなくても気にしない(ただし、自分の学生を徒に危険に巻き込むわけにはいかないので、そこのバランスはkeepする)。 

2. 「役に立つ」という言葉の呪縛から逃れる。人の役に立つことを忘れるのでなく、真の意味で人の役に立つべく、自分の果たすべき本来の役割を全うする。

まあ、いつまで強がれるかはわからないが、とりあえず。

ヨハン・クライフの言葉で締めることにしよう:

``It's better to fail with your own vision, rather than following another man's vision.''

2010-06-09 グローバル化に関する議論の不毛 このエントリーを含むブックマーク

「日本人各個人のグローバル化が必要」と一口に言っても、様々なレベルがあるわけで・・・

  1. 日本企業・組織の日本拠点にいてたまに英語で話せばよい人
  2. 日本企業・組織の日本拠点にいて海外出張中に英語を話さなければならない人
  3. 日本企業・組織の海外拠点に駐在していて企業・組織の庇護のもと英語を話せばよい人
  4. 日本企業・組織の海外拠点に駐在していて企業・組織の庇護のもと英語のみならず現地語を話さなければならない人
  5. グローバル企業・組織の海外拠点にいて英語でヘビーな交渉を繰り返さなければならない人
  6. グローバル企業・組織の海外拠点にいて英語のみならず現地語でヘビーな交渉を繰り返さなければならない人
  7. 英語がほとんど通じない国で、高度なレベルで現地語を話しローカル化しなければならない人

等々。

留学やワ―ホリなどを加えると、このリストはさらに長くなるだろう。

それぞれのレベルで、必要とされるスキルや労働・就学環境、持つ(べき)価値観も全く違う。

これらをひとまとめにして、日本人各個人のグローバル化に関する議論をするのは不可能だ。

お互いの価値観をすり合わせることも非常に難しいと思う。

それはそれでしょうがない。お互いを貶し合うことも自然な流れなのだろう。なにせお互い理解し合えないし、場合によっては利害が対立するのだから。

しかし、

  1. 日本企業・組織の日本拠点にいてたまに英語で話せばよい人

のレベルから抜け出す人材の絶対数が増えない限り、グローバル化の議論が生産的なものにならないことだけは揺るがしがたい事実であるように思える。

しかし、この程度の意見ですら、1の人たちには高慢で居丈高な戯言と受け取られてしまう。

個人的に非常に問題だと思うのは、日本におけるグローバル化の議論に際して、1のレベルに属する人達の発言力があまりにも大きすぎることだ。

逆に言うと、このレベルに属さないと日本の社会、企業・組織やメディアにおいて発言力を持ちえない、ということにもなるだろう。

それゆえに、「グローバル化」に関する不毛な議論と「グローバル化すべきだ」という掛け声だけがメディアで繰り返され、時間だけが虚しく過ぎていく。

2010-06-07 Hisashi Kobayashi’s Blog より このエントリーを含むブックマーク

東京大学大学院入学式での祝辞。 小林久志

それでは、皆さんは何をすべきなのでしょうか? 今日から東大で過ごす二年間或いは三年間は、あなた方の人生に於いて最も決定的な時期になると思います。あなた方は人生で何を本当にしたいのかを決め、それに向けての計画を入念に立て、貴重な時間を賢く費やし、東大での経験を次の大きなジャンプへの跳躍台にして欲しいと思います。

修士課程に進学される皆さん、手を挙げてください。修士課程終了後は博士課程を米国の一流大学で目指すことを私は強くお勧めします。米国の一流大学は優秀な教授陣を擁し、大学院での講義も充実しており、世界各地から頭脳明晰な学生、研究者が集まり、競って勉学と研究に励むからであります。米国の大学では、博士課程の学生全員に対し,授業料と生活費を支給するフェローシップやアシスタントシップが充実しています。海外留学に関する情報、支援に関しては、日本学生支援機構(JASSO)に問い合わせるが宜しいと思います。処で、皆さんの中でTOEFLとは何であるかを知っている人は、手を挙げて下さい。TOEFL は ”Test Of English as a Foreign Language” の略です.それでは、GRE が何の略語か知っていますか? GRE とは、”Graduate Record Exam” の略で、学部学生として知って居るべき、数学、英語、解析力を審査する試験であります。勿論、一流の大学の大学院に合格するには、学部や修士課程における成績が優れ、東大の先生方からの強い推薦状が必要です。しかし、東大で優秀な学生であれば、TOEFLやGRE さえクリアすれば、合格する可能性は可なり高いと思います。東大が日本でトップクラスの大学であることは海外でも広く知られているからです。兎に角、出来るだけ早く、TOEFLやGREを先ず一度受け、自分の実力を見極め、入学願書締切りまでに合格点に達するよう、これから勉強して下さい。私の専門が理工系でありますので、米国留学を強調致しましたが、勿論アメリカ以外の国にも優秀な学部を持つ大学が多数存在します。あなたの専門にとって、一番優れた環境を提供してくれる大学を選ぶ事が肝要です。例えば、フランス文学や歴史を専攻する方は、アメリカよりフランスの大学を留学先として選ばれるでしょう。

では、今日から東大の博士課程に進学される方、挙手を願います。皆さんには、東大で博士号を取得された直後に、ポスト・ドクとしての研究生活を米国の大学でされる事を真剣に考えて欲しいと思います。

ポスト・ドクの機会を見つけるには、国際学会等に出席した際、あなたの専門分野の教授と出会う機会があれば、積極的に自己紹介をし、その後自分の論文などを送っておくことです。今から自分の考えを英語で話す能力を体得し、正確な英語で論文を書く能力を培っておく事が肝要です。日本学術振興会(JSPS) の海外特別研究員制度の利用も是非検討して下さい。

修士課程の皆さんの多くは将来、必ずしも研究職やアカデミックなキャリアを目指さず、卒業後直ちに実社会に出て活躍されるでしょう。しかし海外留学や国際的体験をする機会がない方達も学生時代に、英語で不自由なく書いたり、話せる能力をしっかり身に着けてください。グローバル時代に益々要求される人材は、国際関係、経済、歴史、文化等にも精通し、自分の専門分野に関しては国際語である英語で不自由なくコミュニケート出来る知識人であると思います。

皆さんは優れた頭脳に恵まれ、人一倍努力することにより、今日ここに名門東京大学の大学院入学を達成された事に大いなる自信を持って欲しいと思います。皆さんの実力を更に高め、グローバリゼーションが急ピッチで進む時代に積極的に立ち向かい、やり甲斐のある人生を目指して欲しいと思います。大海を知らぬ井の中の蛙にならぬよう心掛けて下さい。将来、日本、否、世界をリードする人物に成長され、母校東大の評判を高めて下さる事を、先輩の一人として心から期待しております。

最後に、多数ご出席されているご両親の皆さま。将来の日本を担う人材である御子息、御令嬢を立派に育て上げられた努力に対し、心より祝福と敬意の念を表する次第であります。しかしこの若者たちが再び日本を盛り立てるにはこれからも御両親の励ましと後押しが必要であります。東大が世界でトップ・クラスの大学と肩を並べるには、当然ながら、それなりの資金が必要であります。しかしご承知の様に国立大学の独立法人化が進み大学の自主独立性が奨励される一方で、政府からの交付金額が減らされる傾向にあることは、皆さまもご存知の通りです。東京大学の基金資産は約250億円であります。それに奨学寄付金200億円を加えても450億円即ち約4.5億ドルであります。これに対しハーバード大学の基金資産は350億ドル、プリンストン大学は158億ドルであります。しかし学生数は、東大が27,800人であるのに対し、ハーバードは19,100人、プリンストンは7,200人に過ぎません。したがって学生一人当たりの基金資産はハーバード、プリンストンが共に、大凡200万ドルであるのに対し、東大は、16,000ドル、即ち 160万円に過ぎません。米国一流大学の100分の1という貧しさです。160万円を上手に運用し年4%のリターンを得たとしても、学生一人当たりに費やせる金額は6万5千円足らずです。<<

3月30日に放送されたNHKテレビの番組「クローズ・アップ現代」によりますと、米国のCharitable Organizationsが受ける寄付が年総額22兆円であるのに対し、日本では、7千億円、即ち30分の1であります。しかし4月9日(金)の朝日新聞に掲載されたNPO法人に対する税制優遇策に関する記事は、「寄付文化が定着している米国では、個人による寄付額が年間で20兆円を超えるが、日本は年間三千億円に届かぬ。」と報道しています。この数字が正しければ、日本は米国の70分の1以下です。仮にNHK番組の数字が正しいと、国民一人当たりの寄付額を計算しますと、アメリカ人が年間7万2千円を寄付するのに対し、我々日本人は、たった5千500円しか寄付をしないという勘定になります。アメリカ人の、15分の1しか寄付をしていないという事になります。朝日新聞の数字の方が正しいとすると50分の1となります。

2010-06-06 いつの時代も愚かで世間知らずな若者は食い物にされる このエントリーを含むブックマーク

最近、若い社員を大量に雇ってビジネスをやっている会社を観察する機会を得た。

経営者は素知らぬふりをして、若い社員たちを都合良くコントロールしている。

コントロールにはお題目が必要だ。エコだったり、社会への貢献だったり、お客様目線だったり。 

もちろん経営者はすべて計算ずくで若者をこき使い私財を肥やしている。

しかし、若者もそのことを分かっている。いまどきの若者は賢いのだ。

分かっているのだが、お題目の崇高さに負けて経営者へ身を委ねるのだ。

崇高なお題目を達成するために、結果的に搾取され肉体と精神とをすり減らしていく。

会社組織と宗教の類似性は良く指摘されるが、実際に若者を大量に雇用する会社を見れば清々しいくらい類似していることが分かった。

で、日本の大学院で見た風景に少し似ているなと思った。(ま、若者を如何にコントロールするかという点だけだけど。)

大学院生はみんな自信満々だ。

みんな自分のしている研究はインパクトのあるすごい研究だと思っている。大学の教授職に就き、研究史に名を刻み、書店に自分の書を並べさせ、学会で高説を垂れ、授業で学生にたいして自説をぶち上げ、皆に賞賛を受けるという崇高な目的のために肉体と精神(と経済的余裕)をすり減らす。

しかし、大学院を担当している教授連中の多くは、心の中でせせら笑っている。

もちろん愚かで世間知らずな若者でもそのことを薄々気づいている(気づいていない鈍な連中もいるが)。

しかし、崇高な目的を達成するために大学組織へ身を委ねるのだ。

教授連中など相手にする価値なし、なぜならオレ様の方が優秀だからだ、などと放言しながら。

いつの時代も同じだ。

頑張れ若者。

PS:

しかし、いまどき人文系の大学院とか大学院大学なんかに生息している教員連中の職業倫理なんて糞だよな。

2010-06-02 JCASTニュースより このエントリーを含むブックマーク

「学力低下」に悩む大学たち 高校レベルの補習4割

大学生の学力低下が叫ばれる中、高校レベルの補習を実施している大学が約4割にも及ぶことが文部科学省の調査結果でわかった。学科試験のないAO入試の導入などで従来の授業が成り立たなくなっており、中には、中学レベルの基本内容を10日間以上にわたって教える大学もある。

文科省が2010年5月26日、大学の教育内容についての調査結果を発表した。全国の国公私立大学723校を対象に調査したところ、学力が足りず大学の授業についていけない学生に、高校レベルの補習をした大学は、07年度から20校増えて08年度は264校。約4割にも上った。学力に差があり、英語や理数系で学力別のクラスを設置した大学も282校あった。

動機付けからノートの取り方まで

また、大学の授業に早く慣れるため「初年次教育」として学習方法などを教えた大学も595校と半数以上。大学での勉強に対して動機付けを行うプログラムを実施した大学が447校、ノートの取り方を教えた大学も316校あった。

大阪工業大学では5年ほど前から数学と物理の補習授業を行っている。入学時のクラス分けテストで成績が奮わなかった生徒や、高校で履修していなかった学生などが対象で、高校レベルの内容から学ぶ。

同大学教務課によると、AOや推薦など、科目数が少なかったり、学科試験自体がない入試方法が増えたりしたほか、高校カリキュラムの多様化で、数IIIや物理の履修経験のない学生も出てきた。このため、従来の大学の授業をそのままやることが困難になり、レベルを落とした授業の開設や、補習授業を行うに至ったという。

自分で考える姿勢がないのが問題

聖学院大学埼玉)では2001年から毎年2〜3月、入学予定の高校生を対象に「入学前準備教育」を行っている。計11日間で、90分の授業を1日4コマというかなりしっかりした講習だ。

授業は「英語基礎」「数学基礎」「国語表現力」の3科目で、いずれも中学レベルの基本から講義するほか、友人作りに役立てる「カフェトーク」という交流の時間も設ける。

同大学広報企画部の担当者は「11日間で学力が付くわけではありません。勉強のモチベーションや、大学とはどういうものなのかということを理解して貰えればと思っています」と語る。あくまで自由参加で受講料も2万円かかるものの、約4割の入学者が参加し、好評だという。同大学はサンデー毎日などが毎年出している「面倒見のいい大学ランキング」でも近年上位に入っている。

マスコミでは、漢字や算数の分からない大学生などが取り上げられていますが、大学が本当に問題としているのは、いわゆる『学力』がないということではありません。今の学生が受動的で、自分で考える姿勢がないということが真の問題です。これについては大学の偏差値は関係ありません。準備教育については、『大学がそこまやるのか』という批判もありますが、現に問題があるわけですから、それに大学がどう立ち向かうかです」と話している。

相変わらず大学の存在必然性が前提となっている不毛な記事。大学はどの程度の数必要なのか、適正規模までスクラップすべきだという議論を前提に前向きな議論をした方が良いでっせ。学生を馬鹿にするなんて誰でもできるんだから。