すべての謎にエロがある@得意な科目は家庭科

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人々は非情だなと僕は思った。
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2006-09-30

スロ雑誌小説? に西岡兄妹(の妹の方)が挿絵描いててびっくりした。ネットで検索してもそのような事実は見つからないし。

これっていったい誰が喜ぶんだ。スロットやるような人間でさらに西岡兄妹が好きって、相当奇跡的な巡り合わせがないと不可能な気がする。まあサブカル勢がスロ漫画になぜか来るなんて事がたまーーーにあるのは確かだけど…

2006-09-06

ガラ艦最終回なのに何にも終わってねえええええ

ていうか本放送最後の台詞が暴徒と化した民衆の

悪魔が居るぞ 悪魔を潰せー」

どんなアニメだよそれ…共産圏でもそんなアニメ作んないよ…

せめてお詫びくらい入れてくれ


エヴァンゲリオン新劇場版」前編、中編、後編、最終話の4部作にて製作決定。

'07年初夏、前編公開予定。

へー

2006-09-05

時をかける少女感想

もういいかげんいいと思うので、ネタバレ込みネガティブ込みの「時かけ感想を書いておきます。ほぼ初見時に思ったことです。自分の日記から引用しつつ適当に。

細田演出の総決算的な映画

この辺、時かけ放談*1で書かれちゃってるんだよね…。まあかぶるの無視して書く。

今までの細田守演出の集大成的な面もある

と自分で書いたように、極めて細田カラーが強いと感じた。前日に細田作品を見ていたせいもあるけど、それまでの作品の要素が満遍なくちりばめられてる。アッコの性格やら、デジモンネット世界描写やら、どれみの魔女やら、他にもいろいろ。もちろんお得意の繰り返し描写も。ただ、その演出と計算されつくした構成に細田守を感じることはあっても、その先の驚きはあまりなかった。

そもそも企画の始まりからして「時かけ」は細田守のために用意されてる節はあって、インビテーション8月号の細田守インタビューでも、「マッド丸山氏がどれみ40話を見て、細田監督にメールを送ったのがきっかけ」という趣旨の発言があった*2。なので時かけの完成度に満足した反面、「次はどうなるのか」という思いが初見後すぐにあった。実は

今後これだけ面白いアニメ映画を見れる機会はそんなにないと思う

こういう書き方をしたのは、今回は細田監督の好きな演出と話の中身がばっちり合ったから面白かったけど、次もそうなるとは限らないから「時かけを踏まえてそこから面白いものが出来てくる」ってことはあまり無いんじゃないか、という含みがあった。時かけはあくまで僕が今まで楽しんできた細田守の総括であって、次はまた新たなステップがあるだろうという期待も込めてる。


走り

抽象的な話になるけど、僕自身はやっぱり物語理屈で見てる面が大きくて、だから論理的な部分のピークで僕の感情もピークを迎えていたんだなあということが分かりました。

これを具体的に書く。NOTEBOOKにも書いてあるけど、論理的な山場は最後のタイムリープ。自分の初見感想からも、一緒に見た人の意見を聞いても、ネットで観想を調べても、ここで感極まったという人が多い。

でもあの作品全体を象徴するシーンはラストの走りのはず。本当はあの走りを見ながら真琴のそれまでの思い、これからの事、あるいは魔女おばさん、チアキ、コウスケ、とにかく時かけという作品全体及びそれを見ている自分自身について思いを馳せながら涙する…べきなんだけど、特に初見時はこれが分かりづらい。最後のタイムリープ時の走りがドラマ的にも作画的にも良かったってのもある(もちろんラストの走りも良い)けど、話の筋を追うことと走る真琴イメージの積み重ねが両立しづらいという面があったせいもあると思う。それだけ話にのめり込んでしまう巧妙な作りになっているということでもあるけれど。ラストに走ってるときはまだチアキと会ってないので、話の筋の方が頭に残って気になっちゃうというのもある。

なので映画館で見ているその場で楽しむというより、見終えた後反芻することで事後的に「良いシーンだった」という扱いになってしまった(少なくとも僕は)。初回よりも二回目の方が面白かったのは、ラストを知っているので真琴の走り(ラストに限らず)を堪能できたから、というのは確実にあった*3


同じ細田監督のウォーゲームの場合、ピークは太一たちがネット空間に入り込んでしまうというところで、これに対する伏線はあっても整合性は全く無い。そもそもメールの力で進化してるんだから話の筋としてネット世界に入る描写は必要ないんだけど、でも納得して感動しちゃうんだよね。これは少年漫画的な「努力・友情・勝利」というイデオロギーによる面もあるし、選ばれし子供たちとデジモンの絆やデジタルワールドの世界観、あるいはデジモンムービーブックに書いてるような観客自身のアニメ世界への参加、それらの要素がないまぜになった一つの奇跡になっている。

カタルシスが起こるように計算された構成になっているという側面ももちろんあるんだけど、前述した根底にあるテーマがあるから構成抜きでも直に感情に訴えかけてくる。それも話が飛躍してしまう程の強い感情の発露を感じるからこそ感動するんであって、論理的な方法で進入するんだと途端につまらなくなっちゃう。

時かけの話に戻すと、この話のテーマは「前見て走れ」で正にそのままを表現してる。だからもちろんそこに感動はあるんだけど、大きな飛躍では無い。「走る真琴」は話の延長上に存在する。論理的に素直に納得して消化できてしまう。

つまり、話全体をぶち壊すほどの感情の爆発を表すには「時かけ」はあまりにも論理的に作られすぎているんじゃないか、というように感じた。ここが時かけを「傑作」というよりも「良作」「佳作」という言葉が似合う作品にしてしまっているんじゃないかと思う。

*1:「夏は時かけ、もう決まり放談」小川びい、藤津良太、小原篤、M(仮名)による座談会同人誌

*2:だからネットでたまーに見かける「時かけは角川主導のメディアミックス戦略」みたいな解釈はあまり的を射ていないはず

*3:なので今現在一番気に入ってるシーンは、それまでの真琴の走りとラストの走りとをつなぐ、コウスケ「前見て走れ」真琴「おー」のシーン

シノシノ 2006/09/05 13:44 http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20060904org00m200035000c.html
こんな感じ?

DawaDawa 2006/09/05 17:08 あーそんな感じ。でも
>問題は、それが自覚的かどうか、である
細田監督自身はかなり自覚的に作ってるはず。どのインタビューで読んだかは忘れたけど。

DawaDawa 2006/09/05 17:22 つか「歪みがない」って初日に感想として日記に書いたのと全く同じ表現だなあ…
今のネット上の絶賛に違和感があったので読んで少しすっきりした

2006-09-01

デジモンアドベンチャー02 前篇 デジモンハリケーン上陸!! 後篇 超絶進化!!黄金のデジメンタル

これを見るまでの僕の認識は、「おジャ魔女どれみ49話"パパに会える!夢を乗せた寝台特急"の山内重保」だったんですが、あっさりと「デジモン02の山内重保」に塗り替えられてしまいました。凄まじいインパクトだった…。

圧迫感のあるアップや煽り、ナメの構図が多いその癖の強さは同じだったんですが、どれみ49話のような強いケレン味が一切廃されてます。なのできちんと見ようとしないととことんツマラないでしょうね、これ。そこを頑張ってついていくと、少年の心の闇というか、それと繋がるデジモンの在り方というか、そういうデジモンという枠組みが持つテーマ的な部分と安易なカタルシスを与えようとしない演出とが噛み合って凄いことに…なるかも。僕はそんな風に感じたので、なんじゃこりゃあああぁぁぁ となってしまいました。まあ他人に薦めるような映画ではないのも事実だけど。ぼーっと見てても引き込まれるようなタイプではなく、集中して見ているうちに意識が異次元に飛ばされるタイプ映画でした。

あとちょっと思ったのが、前作・前々作に対する意識が結構あったんじゃないか、ということ。小さくなった大輔たちが手を振り回して敵に立ち向かったり包帯を巻いている姿は、ウォーゲームラストでの太一ヤマトの「自分も戦う」のさらに先を表現していたし、チョコモンのやられ方(光が一杯になって真っ白になる感じ)も前々作の無印デジモンに対する意識があったような気がします。デジモンの死に方?(無印の方は死んでないけど)の表現が同じなのは、チョコモンとの接触が無印デジモンの「早すぎた出会い」のバッドパターンだったからなんじゃないか、と。考えすぎ?

ミトン・レター・ママ

チケット買ったとき、なんとミトンの小さなぬいぐるみ(子犬)をもらった。しかも二種類。それでデジモンと合わせて800円…いいのかな。

この3本一気に見ると、母と子の関係性や、子犬がミトンに戻ってしまっているのは何故か、といった部分に目が向く。3作品とも父親不在なんだよね…。でも見るときは単純に子犬のかわいいさに注目した方が楽しいかなと思った。

あと「ママ」の母親の顔色が生気無さ過ぎて面白かった。

pui_asnpui_asn 2006/09/01 23:01 結局今日の最後の回行きました。ぼーっと見てたので後編で寝てしまうという失態。集中してみるべきでした。そもそもデジモンを知らないというのも眠くなった原因かもしれませんが。

「ママ」は話が普通に良くわかりませんでした。アニメ見れてない。

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