仏(ほとけ)の不動産屋

「アホですわ」と自嘲気味に話しながら、うなだれるおっさんを見る男の目はほとんど何かをあきらめた時のようなそれだった。


「きっちりだまされてますねん、あなたに。アホとしか言いようがない。自分自身がアホやからしゃーないですわ。守ってくれないんやったら解約して下さいよ。金銭的な問題やなくなるんですよ、これは。信頼関係なくしてるわけですよ、入って頂く時、私が世話しましたよ、はっきりいうて。あなたを信用して、信用せなあかん思うてやってきましたよ。だけどね、今回ね、あなたちょっとえげつなすぎるよ。連絡もけえへんし」


おっさんは、「前はお金が入ってくるというのがあったからね、、それがなかったらちゃんと相談したとおもうんですけど」みたいなことを言うのだが、男は間髪入れず、


「あなたね、何に使うてるんか知りませんけどね、儲けられるんか知りませんけどね、最低限のこと自分の責任でしてね、余った金でしなさいよ。ちゃいますか。迷惑をかけてやることとちゃうでしょう。。。。私としては出て行ってほしいね。スカッとしますわ」


俺は「それは困るやろ」とおっさんにふると、おっさんは力無く頷いていた。「仰ることはその通りだと思うんですが、そうなるともう野宿、、、○○さん、どうしたいんですか」と聞くと、「少しずつ家賃を返す」とこたえた。嫌な時間が過ぎていった。


しばらくして男は「次金入ってくるのはいつですの」とおっさんに聞き、また「そん時いくら入れてくれんの」と尋ねた。そして、おっさんが口ごもっているところで、「9万円入れたらあんたも生活できんでしょ。。。そんじゃ半分入れて下さいよ。じゃ、5万にしましょ。それでいけますか」。男は「しゃーないな」というような顔で話していた。


男の提案は、滞納している2ヶ月分、6万円の家賃を、2万円ずつ返すというものだ。
おっさんは「はい」とこたえた。


「次29日でしたよね。その時必ずうち寄って下さい。いっしょについていきますんや。おたく信用できひんし、また落としたらあかんから、銀行いっしょに行きますわ」


俺は「そうしてもろうた方がええで」と言い、ありがとうございますと礼を言った。


「それやったら家主さんとうちの社長にも何とかお願いしますわ。でないと私が払わなあかんもん。うちも生活でけへんからね。だからこない言わんとあかんくなったんよ。29日必ず来て下さいよ。でないと即刻カギ締めに行きますよ。水道も止めますよ」


おっさんは「ご迷惑おかけしました」と額が机につくかいう勢いで頭を下げていた。


それから男は「また同じことされたらかなわんから」と言いながら、パソコンで書類を作り出した。


「○○さん、関係ないのになんで上の人引っ張り出してきたんですか」と尋ねてきたので、俺は「いえ、僕が引っ張り出してきたんです」とこたえた。男は「ありがとうございます」とだけ言った。


男が書類を作り終えるまでしばらく時間があったが、その間おっさんが「この際申し訳ないから、『家賃4万に上げてもええ』と言ってみようか」と訳のわからんことを言ってきたので、俺は「いらんこと言わんでええ」と言って制した。あとで聞くと、喉元までこのセリフが出かかってたのだという。余計に生活キツくなるだけである。やはりついていったのは正解だったとこの時思った。


書類をプリントアウトして、男はその文面を読み上げた。


「え〜それじゃ、『念書』ですね。大阪市××区××、物件が△△。上記物件の賃借人、○○、平成19年2月分、3月分、4月分の家賃・共益費の合計9万円を滞納しており誠に申し訳ありません。つきましては、私の都合により、下記の通り分割して支払うことを約束いたします。支払わない場合は無条件にて物件明け渡しをいたします、、、、、、」


おっさんはその念書に署名をし、拇印を押した。男は「おたくもお金とか貸したんちゃいますか」と俺に尋ねてきた。「昔一度貸しましたね。ちゃんと返ってきましたけどね。お人好しやねんけど、ものすごだまされやすい人ですわ」。男は「私もね、そんな悪い人やないと思うんですけどね」とあきれた物言いで返してきた。


帰りに男は「○○さん、今一度ね、念書ももろうたし、これでもう一度私、家主と社長に説明に行きますわ。これで私にも責任がのしかかるんやからね。たのみますよ。来て下さいよ必ず。今回はね、この方の顔を立てたようなもんですよ。必ず来て下さいよ」と言った。俺とおっさんは丁重に頭を下げて不動産屋を後にした。


不動産屋を出ておっさんは、「ちょっと待ってて」と言って隣の銀行に入った。出てきたおっさんの手には600円があった。「全部おろしてきた」。全財産をポンポンと弄びながら話すおっさんの表情は少し明るくなっていた。


「疲れたね。コーヒーでも飲んで落ち着こか」。俺はおっさんとマクドに行き、おっさんにはてりやきバーガーセットをおごった。「一食分助かります」。俺は月末は必ず言われたとおりにするんやでと、念を押しつつひとまずは胸をなで下ろしていた。


あとは月末までどうにかシノげれば、部屋を追い出されることは当面ないだろう。しかし、月末まであと2週間もある。そして、来月家賃5万と公共料金2ヶ月分を払うと手元に幾ら残るだろう。1万そこらで1ヶ月しのぐのは相当キツイだろうに。また、出会い系の呪縛がおっさんをそう簡単に解放するとも思えず、しばらくシンドイ生活が続くんやろなと思いつつ、俺はおっさんと別れた。




それからしばらくおっさんに会わない生活が続いたのだが、あれから一週間後だったか、ゴミを出して部屋に戻ろうとしてた俺におっさんはニコニコしながら話しかけてきた。「メシ食えてる?」という俺の言葉をかき消す勢いで、おっさんはものごっつ嬉々とした顔で話しはじめた。