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スキルズ・トゥ・ペイ・ザ・¥

2016-04-07

[] 糖蜜が垂れるように探れ「ヘイトフル・エイト 糖蜜が垂れるように探れ「ヘイトフル・エイト」 を含むブックマーク

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 クエンティン・タランティーノ8作目の映画である(今回はタイトルロールでご丁寧に「the 8th film by quentin tarantino」と大写しになる)。あと2本での監督引退を仄めかしているからか、なにやらジョン・カーペンター作品における「's」と同じような、ただならぬ気合いを感じてしまう。

 今回は西部劇+密室殺人という体裁をとっているが、蓋を開けてみればいつものタランティーノ作品であり、でもそれでいて今までのどの作品にも似ていない気がするし、「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」といった初期作のテイストを感じ取ることもできる。個人的に感じたのは「パルプ・フィクション」における2点の類似点があるような気がする。

 (※以下、内容の詳細に触れているので未見の方はご注意を)

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 ■その1 与太話

 「パルプ・フィション」を観たことがある人なら、誰もが憶えているであろう「金時計」のエピソードだ。父の戦友から渡された父の忘れ形見。日本兵の捕虜となった父の友人がそれを隠していた場所は……深刻な話から一気に馬鹿馬鹿しさにメーターが触れきれる「アレ」である。今回「ヘイトフル・エイト」でも同様のエピソードが登場する。

 しかも今回は「憎しみ」と「差別」という、若干に大きめの風呂敷も用意されているので、この馬鹿話もそうしたテーマの上に披露されることとなる。

 当時のアメリカ(南北戦争終了後のゴタゴタが残る時代)の状況を考えれば、絶対的な弱者が絶対的な強者に立場が逆転したとき、一体どんなことを要求するのか?という点で「もしや…」と思ったらまさにその通りになったので、この場面で登場人物が戯画的な高笑いをするように、釣られて笑ってしまったのだが、よくよく考えれば果たしてここは笑うシーンなのだろうか?

 差別者と被差別社の立場が逆転すると、この状況がおかしくてたまらないのはそれまで差別されてきた側だろう。そして、これまで息をするようにナチュラルに差別を行ってきた者にとって、この立場の逆転は悪夢でしかない。観る人がどちらに共感するのか、あるいはどちらにも感じ入らずただ無情を感じるのか、各々の属性があぶり出されるようである。しかもこのシーンは回想シーンとして語られるので、もしかすると全てはある人物にあるアクションを起こさせるための、虚偽のエピソードの可能性も否定できないのである。

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 ■その2 マクガフィン

 タランティーノ作品に共通する「演じる」という要素は前作「ジャンゴ 繋がれざる者」の感想で述べたが、今回も最終章に入る前に、身分を偽っている者たちによる「種明かし」と、その幕が上がる前の興奮を捉えた印象的なカットがあるのだが(「レザボア・ドッグス」も同様の構造になっている)、今回注目したい点は別にある。

 「パルプ・フィション」が何を巡る物語なのかといえば、それは「マーセラス・ウォレスのブリーフケース」である。それに関しては興味深い考察があったので、以下のリンクをご参照あれ。

 ・『パルプ・フィクション』の5つの都市伝説 タランティーノが仕掛けた謎とは......?

 リンク先でも触れられているように、結局ボスの大事なブリーフケースに何が入っているかは分からずじまいである。重要なアイテムなはずなのに中身を見せずに観客を煙に巻き、だがしかし物語の進行上の妨げにはなっていないという点で、「ヘイトフル・エイト」でも同様のある物が登場する。それは「リンカーンからの手紙」である(ちなみにこの手紙のシーンでは、雪で手紙に反射した白い光がそれを読む人物の顔を照らす、というような照明を施している。マーセラスのブリーフケースの場合は、恐らくは金塊の様なモノが入っているのでは?と観客に促すような、黄色っぽい照明を当てていた)。

 これは主要なキャラクターが読みたがる「大統領が黒人将校に宛てたとされる手紙」である。であるのだが、実はこれが「黒人将校が白人社会で生き残る術として偽造した手紙」であることが、中盤に判明する。では、どうして、冷静に考えればその時代ではありえないような代物が、男たちの間で伝承されてきたのか?

 処刑人ジョン・ルース(カート・ラッセル)は「メアリー・トッドが呼んでいる。そろそろ床に就く時間だ」との最後の一文で、すっかりそれが本当だと信じてしまう。保安官クリス(ウォルトン・ゴギンズ)はどうか?彼こそは手紙の嘘を見破った本人であるが、やはり最後の一文を読み「上手いことを考えたな」と感心する。

 共に「大統領の妻」を想ってデレデレと鼻の下を伸ばすが、片や極悪人の女を殴り、片や後の見せしめとして吊し首にする。そして首を吊られた女の背中には、壁にかけられたスノーシュー(?)が、まるで彼女の背中から生えた天使の羽のようにも見える。

 つくづくクエンティン・タランティーノという男は、食えない男である。