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2010-03-20

表現の自由とか言っちゃう大人の人って、、、

04:33

コンビニチョコビ買いにきたついでにコロコロ立ち読みしている小学生の目の高さに、少女を純粋に性的な対象としてのみ表象するロリ絵が普通においてあるという光景を見るたびに、誰がこれを了解し、これを避けられない理由は何で、これを正当であるとする論理はいかに可能であったのかを軽く考えたりはする。

もっとも当人は(特に男子であれば)さして気にしないような気もする(女子が"少女であること"が現にそのように取り扱われ、日常に表立って配置され、またそれが当然であるらしいことをどう感じているかは知らない)。
そういった意味では、結局はこれは大人の都合だということはできる。例の条例案における青少年の健全な云々は、結局この都合の正当化のための理屈だろう。本当に子供自身やその状況を代弁したものか? と問われれば厳密にはノーだ。
それこそが何か本質的な問題であると考える人はいるらしいが、個人的にはむしろほとんど無意味だと思うのでスルーする。

児童が主たる対象となったがポルノ表現であれば、そりゃ写真だろうが漫画だろうが児童ポルノだ、というのは普通の感覚だろう。
例の「非実在青少年」ってのも、要するにこの種の感覚に基づいており、ポルノ漫画もポルノだと言っているに過ぎない。

id:y_arimがどこかで言ったように、2次は実在せず3次は単に犯罪なので、"児童ポルノ"というのは存在しない、というような切り分けは大切で、上記の感覚では前者は児童ポルノだろう。ただ現在、"児童ポルノ"という語を無条件にダイレクトに犯罪と結び付けようとする立場があり、この語を使えなくなっている。ここでは児童ポルノをそれ自体が犯罪であるような語としては使わない。

問題の部分は、児童ポルノに限らず、広く人権の侵害を擁護・肯定するような表現・表象を規制の対象にするといっている。
理由付けはともかく、これ自体は一定の理解なり合意なりを得られる立場だと思う。だからこそこの条例案は結局通ってしまうだろう。

個人的に本当に問題だと思うのは、このように感じる人が相応にいて、にもかかわらず公権力が口を出してくるまで市民/市場のレベルでこれを回避出来なかったという現実だ。
端的に言えば、業界・関係者は何をしていたのだ? ということだ。

基本的にどんな法律だって社会の一定の同意を得ないと通らない。なんらかのルールが必要だと考えている人が一定以上にいて(オレもそうだ)、この状況の緩和に最初に責任を負うのは誰だ? それは業界関係者では無かったのか?
表現の自由も結構だが、この点に関しての責任や改善の能力や意思を見せられなかったことが、行政の介入を招いた原因ではないのか?

かんたんにいえば、

民間によるゾーニングは出来ない。

民間によるエロマンガ規制はできない - Fantastic nude babes

関係者にはそのモチベーションがそもそも無いからだ、と言っている。関係者は単に受益者といっていいと思うが、出版や流通、小売の業界だ。(ここで作者・消費者は除外する。たとえばコミケでの売買は規制の対象外とされている)

はてブにあるような(反対派の)声が一般的な反対意見かどうかはわからないが、受益者達によりしばしば使われる「表現の自由」云々という言い方ではもう誰も説得できないだろう。
表現の自由を言う反対者は忘れてしまっているのかもしれないが、相手も十分にこの社会における権利や自由について理解しているだろうからだ。その上での抗議なり批判なりであると想定するのがもはや当然だ。
いまは50年代くらいの戦後民主主義が始まって間もない頃じゃない。みな後ろ暗い過去があり、封建主義者と決め付けられれば黙るしかない、みたいな時代じゃないのだ。誰も反対者と同じ程度には、自由なり権利なりを重視し体現し受益しているからだ。
むしろ権利なり自由なりを言ってればなんでも通る、っつー態度こそファナティックと見られるのがオチだ。

この社会は(単純な反対者が思う以上に)民主的で、双方の利害を当事者同士の話し合いで調整しなければならない。相手の言い分を聞けないのは致命的だ。話ができないと見られると、次は司法行政が出てくる。

例えば今回の条例案は2次について特に何も禁止していない。しかるべき場所で売れといってるだけだ。描くな/売るな/買うななどとは言っていない。むしろ関係者の権利に配慮している。
これを自分達の主張こそ正当であるからだ、とか勘違いしないほうがいい。誰も(推進派も)表現の自由を(反対派同様に)重視しているということの反映にすぎない。

だからいまから反対するなら、表現の自由を超えて主張をしたほうがいい。表現の自由しか言わないなら、特に主張することは無いんだと思われる。そして状況を改善する責任も感じていないんだと。

条例案を廃案に追い込んだところで、自力で秩序を作れなければ、再度同じことが起こる。コンビニ児童ポルノを何とかして欲しいという意見・立場はおそらく消えはしないからだ。

個人的には、なんであれ法による規制は最下策だろうと思う。にもかかわらず多くの法があるのは、ある事柄についてそれが「必要」であり、しかし代替策が無いからだと思っている。
今回の件にしても、本当は国なり自治体なりが口を挟んでくることではない。

ただこれが、規制したい人たちが法規制より他に手が無いと感じた結果だとしたら、そう感じさせた原因について考えたほうがいい。手前のケツを手前で拭かなければ誰かが出てくる。飼い犬の糞を始末しなければ誰かが出てくるのだ。そこは公道だからだ。表現の自由で何とかなる問題じゃない。自分の飼ってる欲望の始末ぐらい自分でするものだと誰も思うだろう。

都知事の顔を思い浮かべれば、ただ市民の権利を奪いたいだけだろ、と言いたくなる気持ちもわかるし、「単純所持の処罰」を視野に入れてるらしい奴がいることもわかる。だが、少なくとも条例案自体にそうと推測するに足る根拠は無い。
(一部の勢力に利用されてるにせよ)一定の市民感情が反映していると読むべきだし、多分それを踏みにじれるほど個人の自由は万能ではない。民主主義も自由も権利も、半世紀前のように輝いてはいない。それは我々が成熟したということでもある。

学生のころ、他大学の漫画・アニメーション部の知人に誘われて、そのサークルの自主制作アニメの上映会に行ったことがある(学祭だったか?)
まだフィルムによる上映会だったが、確か可愛らしいネコが突如何の意味もなくリアル&グロテスクな目にあう残酷なスプラッタ的なもので、まあ大学生の作りそうな凡庸なものだ。
事実上内輪だけしか客は無かったが、アニメネコに惹かれてか若い母親と2人の5歳くらいの姉妹もいた。
上映後異変に気づいた母親は2人をつれて黙って出て行ったが、この状況は事前に防げなかったか? とは思った。内容を知っている人はそこにいたのだ。
法による外的な強制力があれば可能だったろう。だがサークルに表現の自由があり、彼らは確かに何も悪いことはしていない。何もしていない
姉妹の健全な育成に悪影響があったとは、いかなる合理的観点からも言えない。
つまりこれは避けられなかったのか?

byj6byj6 2010/03/21 09:41 トラックバックありがとうございます。
人間には尊厳やプライバシーを守る権利があるし、他人もこれを尊重せねばならなりません。
侮辱をうけて、何も言い返さない人間は私にとって尊敬に値しません。
しかし、いうまでもありませんが、他人に向かって“馬鹿”といわねばならない場合もあるのです。
どちらも正しいし、どのようないきさでそのようになったか、個別の事件についてある程度知らなければ判断出来ないのは確かです。
私は今回の非青年少年規制に問題の反対派については、後ろからいきなり殴られたので、仕方なく応戦したものだと考えています。突然に、条例制定という政治的な暴力にさらされたのですから、なにもやり返さないのがどうかしています。
現在、一応の危難が去って思うのは殴られるまでの間にされた、相手からの非難や苦情に対して、誰か耳を傾けたのか? ということです。
人ごとの様に聞き流す、または誰かがクレームに対応してくれるだろう、とまじめにとりあってこなかったから、相手から暴力を受けたという反省があまりに少ないのが現状です。
放送業界にはBPO(放送倫理・番組向上機構)という仕組みがあり、視聴者からの批判を吸い上げ、番組に反映させることができます。
出版界にもこのようなものが必要だとおもっているのですが、放送に対する総務省のような役所が無いため、なかなか設立は難しいのが現状です。
なので、次善の策として、封印・袋詰めを提案したのですが、これとても当面をつくろうだけのもので、根本的な解決にはなっていません。
マンガの内側だけの論理ばかり語られる中で、外部からの意見をどのように反映さてゆけばい危惧を抱いております。
なにか良い知恵がないものでしょうか?

nanaminanami 2010/03/21 18:54 この問題において忘れられていると思うのは、大人だからと言って必ずしも性的な表現物を見たい訳ではない事。そういうものが好きな人の間にも、個々の好みの違いもある事。
望まない性行為を強いられない自由と同じように、見たくないものを見ない自由というが、もっと広く認められて欲しいと思いますよ。その為に憲法改正を求めてもいい位です。少なくともゾーニングの努力はあってしかるべきだと思いますけどね。それを怠ってきた結果、法に委ねる意見が出てきても仕方のない事だと思います。あまりにも野放図過ぎます。

高晋高晋 2010/03/22 15:15 つまるところ、エロ漫画を子供に見せたい人と、見せたくない人の対立だということでしょうか。
その是非は個人の感情に非常に左右される論点ですね。

私個人的は、小学校低学年の頃から、コンビニでエロ漫画を決死の思いで立ち読みしたり、
遠くの公園で拾ってこれまた遠くの森の樹の中に隠してひそかに読んでいたりしていました。

そのおかげで30歳になる現在まで一度も性犯罪に手を染めることなく、したいと思ったこともない。
健全な家庭をすでに結婚し健全な家庭を築いています。

そのことを思い起こせば、そのころに得た禁忌との接触は、
非常に貴重な情操教育だったと思います。

しかしこれは非常に個人的な経験であり、多くの方は異なる考えを持っているでしょう。

正しい答えはあるのでしょうか?

例えば中国では、現在若い女性の堕胎率が非常に高く、
男性は金に余裕が出来れば、妻の他に何人も若い女を囲うのが半ば暗黙の常識のようになっています。

中国では2次元を含めたポルノの規制が非常に厳しく、一般生活では目にすることは殆ど無いと言っていいでしょう。
しかしあまりにタブー視するかわりに、中国では学校教育の中で性教育が殆ど行われない状態となっています。

中国政府が、性教育を行おうとしても、教師が反対したり、生徒は恥ずかしがって話を聞かず、親からはクレームがきます。
そのおかげで、中国では今現在も若い女性の、避妊どころかどうすれば子供が出来るのかという知識すら不足しており、
男の言うがままにされて、多くの女性が堕胎しているのです。

今私は広州に住んでいますが、そこで目にするテレビCMが衝撃的です。

「不小心有了、多虧有広州女子医院」
(不注意で出来ちゃったけど、広州女子病院があってよかった)!

このCMが地上派のテレビで時間帯無視で放送されているのです。

一体どちらの社会が健全だと思いますか?

banegumobanegumo 2010/03/25 06:24 あるところに、人間は神様が作ったと信じていた子供がいました。
するとどうでしょう、学校ではヒトはサルから進化したと教えています。
なんてことでしょうか。子供はひどく傷つきました。
人間の祖先が、あんなケムクジャラの動物で、しかも最初に作られたのじゃなくて、一番最後!にうまれてきたなんて。
この状況は事前に防げなかったか? 内容を知っている人はそこにいたのだ。

774774 2010/04/05 14:58 今は昔より露骨ってだけで そいう絵も嗜好も確かにあったし 性犯罪だってたくさんあったというのは事実でしょ。
コンビニあたりが 商品選ばすになんでも置くからそいうこと(チョコビ買うついての立ち読み小学生の視線の位置にエロ萌え漫画ある状況)が生まれるわけで そいうのをまず 規制というか自重してもらうのが先決
規制したらなくなるのではなく ただ行政の自慰でおわるだけで 実質的な効果茄子というのが目に見えてる

kamari5895kamari5895 2010/04/13 19:38 今回反対に回っていた方達の中には、「現行の状態での」表現の自由の行使のされ方のために、別の抑圧が起きていることを懸念して指摘する声をヒステリックに叩き潰そうとしたり、したり顔でその指摘を冷笑するような「表現」をあまり熱心に探さなくてもたくさん見ることができました。
このエントリーのコメントにも中国の堕胎率と日本の現在の状態を、またご自身か犯罪に手を染めていないことを自慢のように結びつけているコメントがありましたが、あまりに呑気かつ都合の良い当てはめではないでしょうか。
表現の自由から力をえた日本の表現の幅は世界に自慢のできる文化を生んでいる元にもなっているのだと思いますが、
その豊かすぎる一部からまさにその中国のような女性の避妊なんて知ったことではないという雰囲気が流布されていて、当然の権利のように振る舞う若い(とはかぎらないが)男性も出てきているように見えることは意識にはあるのでしょうか?

中国のことを引き合いに出した方はあまり意識はしてないのかもしれないですが、こうもコメントされていました。

「禁忌」に触れていたからこそ自分は犯罪に手を染めなかったのだと。

今のコンビニに陳列されている非常に大量且つ昔にまして扇情的でセックスの部分を隠すことなく強烈にアピールしてる状態は扱われているものが「禁忌であること」を表現してますか?
どこにいっても簡単に手にはいるし、お金を払って手に入れなくても見ることのできる程度のものが、禁忌という価値観に値しているのでしょうか?

非常に過剰であることが一番問題なのでは