シートン俗物記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-06-26

[][][][]道路を広げてはいけない 自滅する地方都市

このエントリー


自滅する地方都市4 街づくり

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20070403/1175588517


自滅する地方都市3 トゥモロー・ワールド

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20070330/1175232370


自滅する地方都市2 理想の街とは?

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20070329/1175137504


自滅する地方都市

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20070328/1175070164


の続きです。


cant do it 『シートンさま

丁寧なお返事をありがとうございました。

郊外化は政策によって進められたと見ておられる

のですね。そうかもしれません。詳しくないので。

一方で、中心市街地の居住人口や来街者数の増加

もまた「政策的に」進めようと長年やって、でも

成果が出ていないように見えます。「どこに住むか」ってホントに政策で左右できるのでしょうか。

できるといいなあ、と思いますが、できるのなら

とっくに結果が出ていてもいい頃ではないかと。

都市計画本業では無いので、直感に過ぎませんが。

意見ありがとうございます。返事が遅れて申し訳ありません。


さて、中心市街地の居住人口や来街者数の増加も政策的に進めようと(中心市街地活性策と略す)長年やって成果が出ていないのはなぜか。

それには二つの理由があると考えます。


一つは、中心市街地活性策と並行して、郊外化策を進めている事。


本文で述べましたが、地方は長年にわたり郊外化政策を進めてきました。

例として地元志太地域で最も郊外化を進めている焼津市の政策を挙げましょう。

焼津市現在も大規模な区画整理事業を各地区で進めています。

東益津、八楠、大覚寺大村、小土、柳新屋、大住、黒石小川、祢宜島、簡単に云えば、中心市街地以外の地域全てで用地転換と区画整理事業を進めている*1のです。


田畑は埋め立てられて宅地へと姿を変えます。こうして出来た新興住宅地には住宅販売や土地販売が進められ、あらたな街が姿を現します。

現在では人口増加状態にあるわけではありませんから、この住宅地に住む人たちはどこからか移ってくるわけで、中心市域の人口密度が下がるだけなのです。

こうした郊外住宅地では公的交通手段が確保されていませんから人々は自家用車に頼ります。その要求に応えるように、市当局も道路新設や拡幅はバンバン行いますから、自家用車の利用も進みます。

その需要に応え、大規模小売り店舗、つまりショッピングモールも進出します。志太地域では大規模な駐車場を備えたショッピングモールが既に飽和状態にあるほどです。


郊外地住民が買い物をするにあたって、駐車場の少なく道も狭く込み入った町中を選択する事はありません。同じく郊外地にある、駐車場たっぷり確保され大量のまとめ買いの可能なショッピングモールを選択するのです。

おかげで片側二車線道路休日には買い物客の車列で渋滞を起こします。


もう一つの理由が、適切な中心市街活性策をとらないこと。


上で述べたように、地方郊外化策を「積極的」に進めてきています。その結果として、大規模店舗の隆盛があり、中心市街地の衰退へ繋がっているわけですが、その対応がおかしな施策なのです。

以前、取り上げたジェーン・ジェイコブスの都市理論によれば、


1.都市の各地区は二つ以上の機能を持たせる。

2.長く広い道路は人の往来を分断するので、小さな街路が何本も交差し街角を曲げる構造とする。

3.なるべく古い建物を残し、活用するべき。

4.各地区の人口密度は充分に高くする。


これらの原則を取り込む事が都市施策には必須になります。ジェイコブスの理論は、70年代には諸外国に取り込まれた施策であり、それ以前の都市理論にとって代わっています。なぜか、日本では古い都市施策がとられたままなのです。


これも、また焼津市を例にとってみましょう。

焼津市の旧中心地は、旧焼津港から、市役所、そしてJR焼津駅へと至る地域を中心とした範囲にあります。焼津漁港を中心として出来上がった街だからですが、したがって駅から港へ至る幾筋かの商店街と、海岸に沿った商店街を含む地域が、焼津の中心で、かつ人口密度が高い地域でした。


ところが、前述したとおり焼津市郊外施策を積極的に推し進め、中心市街地の衰退が激しくなります。ここで焼津市がとった施策というのが、おなじみの


・駅前再開発バスターミナルロータリー、一時停車場、駅舎改築)

区画整理事業(ゾーニングによる区割り)

道路新設(旧港の堤防を壊し、海岸を埋め立てて新港建設、その堤防跡に片側二車線道路を造った。)

商店街路拡幅(店舗を後退させるため建て替え、アーケードを撤去した)

多目的商業施設駐車場付き


でした。これらの施策地方にいる方ならご存じでしょう。多額の予算補助金が注ぎ込まれ、10年以上(現在も続いているが)行われた結果、どうなったか。


焼津商店街は息の根を止められたのです。


映画ウォーターボーイズ」をご存じでしょうか。あの映画撮影では静岡が多くロケ地となりました。高校のプールや、茶畑、海岸や堤防、自分たちには見掛けたことのある風景です。

そして、主人公たちがたむろしたりするアーケードのある商店街、あれは焼津昭和通り商店街でした。アーケードがあって薄暗く、人通りも寂しくはなっていましたが、車の通行が原則的に不可だったために、地元のお年寄り小中学生映画と違って高校生はあまり近寄らなかった)が行き来する商店街だったのです。


焼津市、に限りませんが、は商店街に来訪する人を増やすため、つまり車で来やすくする、としてアーケードの撤去、そして車の通行を可能としました。そして、歩行者の安全のため、歩道を確保、そのために道路を拡幅、結果として商店は建て替えを迫られました。

建て替えて営業再開出来た店ばかりはありません。補助が出るとは云え、建て替え費用はバカになりません。ただでさえ売り上げが厳しいのに、建て替え費用が捻出できる店ばかりではないのです。

多くの店が商売を止めました。他の地域へ移った人も多くいます。


昔ながらの店は、江戸時代の「間口税」もあって、細長い町屋造りになっています。京都町屋は有名ですが、どの地域でも商店街商家は細長い構造なのです。ですから、現在建築基準法に照らすと新築できないケースも多くあります。跡地は駐車場などになり、櫛の歯が抜けるように、商店街商店街でなくなっていきました。


店を続ける事が出来たところも楽ではありません。建て替えの費用は重くのし掛かります。

以前、「週刊オリラジ経済白書」で面白い取材をやっていました。

一見、何で利益を得ているのかわからない店、町の自転車屋やハンコ屋などがどうやって生計を立てているのか、を取り上げていたのです。

いろいろな収入のすべは興味深くもありましたが、生計が立つ最大の要因が、「自分の地所である」ことでした。支出が少ないから、収入が少なくてもなんとか生計が立つのです。裏返せば、借金を抱えてしまえば、まったく立ち行きません。かくて、乾坤一擲の勝負へ出て、建て替えした商店は商売が立ち行かなくなります。そして大概は貸店舗になりますが同じ事です。そのうちに駐車場になってしまいます。


悪循環は続きます。商店街の他の店が止めてしまえば町としての集客能力は落ちます。さらに、道を広げてしまえば車が道の両側の店を分断してしまうのです。

道というのは、単純な通路などではありません。とりわけ自動車を閉め出した道は、道の両側を繋ぐ“場”、つまり触媒の役割を果たします。そこが商店街であれば、人は道の両側を自由に行き来することで、商店街の魅力を感じる事が出来ます。商店と“道”はきっちりと区分された存在ではなくなり、道と商店の間にマージナル、境界的部分が生じます。

ワゴンセールとか、オープンカフェなどはその一つの例です。

昔の商店街では店と道は不可分な存在だったのです。


その関係は自動車の通行と共に断ち切られます。

古い商店街の店。なにか入りがたい雰囲気を感じませんか?薄暗く、何があるかわかりにくく、外側と遮断された感じ。それは、かつて道と不可分だった領域を強引に切り離してしまった結果なのです。


ハッキリといいましょう。焼津市に限った話ではありません。

自分は県内、伊豆や山間地を除く、ほとんどの地域自転車で走ってきました。そして、商店街や中心市街地の様子や変遷も見てきました。だから言い切ってしまうのですが、


道路拡幅をして、再生した商店街・中心市街は一つもない」


これが結論です。


長く説明してきましたが、結局のところ、郊外化を進めてきた行政当局が、その発想の延長で中心市街地活性化、を行っても、それは「中心市街地郊外化」しか生まないのです。

中心市街地郊外を目指すには、狭く、高く、制約が多すぎるのです。

かくて、中心市街地活性化策はムダな投資となります。逆に郊外化を促進させる働きしかしません。


必要なのは、


郊外化を「積極的に」進める施策はとらないこと

・「効果のある」中心市街地活性化策をとること


です。

もし万が一、このブログを読んでくれている行政担当者の方がいらっしゃったら、お願いいたします。


さて、郊外化と切って離せない関係なのが「自動車」の問題です。

郊外化」「財政破綻」「自動車」は三題噺のように密接に関係しています。そのへんをふまえた処方箋について、次は述べることにします。

*1:中心市街地では活性化事業

blackseptemberblackseptember 2007/06/27 13:17 >「道路拡幅をして、再生した商店街・中心市街は一つもない」


下北沢オワタ orz

arrackarrack 2007/06/27 22:13 岐阜市が焼津市を現在進行形でおいかけてます・・・orz

私としては自動車の普及が郊外化をもたらしたのではなくて、人口の増大にあわせて市外中心部の容積率や建蔽率の緩和、高層建物への誘導税制をとらず、人口吸収の簡易な手段として郊外化を選択した結果だと思います。

シートンシートン 2007/06/28 18:00 黒的九月さん。
>下北沢オワタ orz
一応、地方を取り上げてるんで、「世界の」東京は、事情が違うかもしれません。

でも、かつて首都圏に住んでいた頃のイメージで云えば、下北沢ってゴミゴミしているのが、活力というか魅力的な町、だった気がします。
再開発されてるんですか?

arrackさん。
>岐阜市が焼津市を現在進行形でおいかけてます・・・orz
住んでおられる方に云うのもなんですが、岐阜はひどいですよね。
まあ、名古屋が近いせいもあるんでしょうが。

>私としては自動車の普及が郊外化をもたらしたのではなくて、人口の増大にあわせて市外中心部の容積率や建蔽率の緩和、高層建物への誘導税制をとらず、人口吸収の簡易な手段として郊外化を選択した結果だと思います。

たぶん、単一の要因では無いと思いますよ。一般市民の一戸建ての夢、も郊外化を進めましたし。
ただ、自動車の普及は、拍車を掛けた、とは云えると考えています。
で、現在は見直す必要があるんではないの?というわけで。
また、いろんなツッコミやご意見お待ちしております。

tessy3tessy3 2007/07/04 10:07 中心市街地のお店の人達は20年以上活性化に取り組み続けてもうまくいかないから、疲れているんですよ。

マンションの家賃収入もあるし、年金もあるから売れなくてもやっていけるし。跡継ぎがいないから頑張っても自分が死んだら商売は終わりだし。

シートンシートン 2007/07/06 16:44 tessy3さん。コメントありがとうございます。遅くなってすいません。

>中心市街地のお店の人達は20年以上活性化に取り組み続けてもうまくいかないから、疲れているんですよ。

そうですね。的外れな活性化策に巻き込まれて、結果もおもわしくないですからね。
問題なのは、行政側が活性化策の不始末を、商店主の努力欠如に帰せようとしている事です。
相次ぐ「活性化」のためのイベントに動員されて、気の毒なんですよ。

実に悲しい実に悲しい 2010/08/27 01:32 まったくですね。ブログ主さんの意見に賛成です。今焼津では、昭和通りアーケードが消滅したことに怒っている人がたくさんいます。特に東京に出て行って、いずれ帰ってくるつもりだった人達が、帰省した時に変わり果てた街並みを見て、ボー然としています。
「こんなのは、俺の故郷焼津じゃない!」と
本当に焼津の行政は、取り返しのつかないことをしてしまった・・・。簡単にいえば、昭和通りのアーケードでもっていたのが焼津という街だったので、いわば心臓部をえぐりとってしまったようなものと言えます。施工業者の話によれば、全国に似たようなアーケドはあっても、ああいうタイプのアーケードは全国でも焼津にしかなかったそうで、その為に、あの独特の雰囲気が出ていたそうです。本当に腹が立って仕方がありません。

Dr-SetonDr-Seton 2010/08/30 23:38 実に悲しいさん
地元の方からのコメント感謝いたします。
昭和通り商店街のアーケードですが、街がくらぼったいというなら、アーケードの素材を工夫する、という手もあったわけです。
そうではなく、撤去、という手段を取った。その事が行政の及ばなさだろうと思います。

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