2007-10-30 晴れ
■[雑記]これも混ぜといて
buyobuyoさんのエントリー。
亀田家の「反則指示」の元ネタは「四角いジャングル」のベニー・ユキーデだろ
http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20071029#p1
“目に親指を突っ込む”とか
“フックのあとに肘入れ”
あたりかと思ってましたよ。インスパイアされたのは。
まぁ、彼等ほどのブーステクニックが無かったのが致命的。
それにしても、ベニー・ユキーデ。懐かしいなぁ。
ジャッキー、ユン・ピョウ、サモ・ハンとの激闘。三人相手なのに引けを取らない強さ。
小柄なのにつえぇー!と思ったモンなぁ。
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■[雑記][適正技術][環境論][トンデモ]またやってるよ。
池田信夫氏。またやってるよ。いい加減、環境問題に首突っ込むのやめればいいのに。
京都議定書よりはるかに低コストで、温暖化を防ぐ方法がある。大気中に微粒子をまくのだ。この効果は、ピナツボ火山の噴火などで実証されている。毎秒5ガロンの速度で硫酸塩の微粒子を成層圏にばらまけば、向こう50年は気温の上昇を防げる、とKen Caldeiraは提案している。
1992年にも全米科学アカデミーが、ロケットか大砲などで微粒子を散布することを提案し、Nordhausも「真剣な検討に値する」と評価している。しかし、なぜか政府レベルでは検討されたこともない。Mankiwも懐疑的だが、理由ははっきりしない。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/57af9d52c5cb76d676851ef78ea80ffb
はてブでid:umikajiさんが示唆してくださってるけど、
Caldeira博士の意見では、危険なのは地球工学的手法そのものではなく、政治家たちが、エネルギーおよび輸送システムを変革するという難事業を避けたい一心で、この手法を採用することだ。
「(燃費の悪い)SUV車に乗り続けるのなら、私は地球工学的手法の採用に反対する。石炭を燃料とする火力発電所が大気圏への二酸化炭素の排出を続けるのなら、私は地球工学的手法に反対する」
地球工学的手法というのは、非常時のパラシュートにすぎないと考えるべきなのだと、Caldeira博士は言う。つまり、使わざるを得ないときが決してこないように真剣に願うべきものなのだと。
Crutzen博士も、この最新の研究によって明らかになったのは、二酸化炭素によって引き起こされる地球温暖化を打ち消そうとする試み自体に大きなリスクがあることだと発言している。「CO2排出量を削減する方がずっといい」とCrutzen博士は語る。
http://wiredvision.jp/news/200708/2007080922.html
ということ。つまり、地球温暖化対策になるよ、というよりも、こんな方策より二酸化炭素排出削減に真剣に取り組むべき、という論を逆説的に述べたものだ。
第一、「地球冷却化」も「地球温暖化」と同じく人為的気候変動には変わりがない。
人間自身が気候をコントロールできる可能性は少ない。せめて、与える影響を減らすよう心掛けるべき。
というのがIPCCなりの主張。本当に勘弁してくれよ。
■[雑記][トンデモ]友人の友人は長澤まさみ
最近、自分の知人をたぐると、二人目くらいで長澤まさみへたどり着く事に気付いた。
可愛いな。デートしたいな。
結構、意外な人まで数人以内にたどり着ける、というのは有名な話だ。
スモール・ワールド現象
鳩山法相は29日午後、東京都内での講演でインドネシア・バリ島の爆破テロ事件に言及し、「私の友人の友人がアルカイダ(国際テロ組織)だ。バリ島中心部の爆破事件に絡んでおり、私は中心部は爆破するから近づかないようにとアドバイスを受けていた」と発言した。200人以上が犠牲になった02年10月の事件を事前に知っていたとも取れる内容だったが、講演後に「友人に聞いた話で、私が発生前に爆破計画を知っていたということではない」などと発言内容を訂正した。
http://www.asahi.com/politics/update/1029/TKY200710290288.html
まぁ、“友人の友人”を交際のネットワークとして捉える事は普通はない。
大概は、“友人の友人”てのは、“赤の他人”と位置づけられるだろう。
嘉門達夫師匠のネタじゃないけど、都市伝説の出所で使われるヤツ。
トモダチのトモダチとは、なぜか特殊な経験ばかりしている人たち。
誰も、その正体を知らない。
トモダチのトモダチは、あくまでも他人だ。
いったい、この男、何を主張しようとしてたのだろう。
■[雑記]“差別”は悪
なんか騒ぎになっているあたりに首を突っ込みまして、ざっと読まして貰いました。
http://d.hatena.ne.jp/andalusia/20071026
ちょいと、口を挟みます。便乗しているようで悪いですが。
差別・偏見は当然、悪なんですよ。というより、悪だから「差別・偏見」と呼ぶわけですよね。
なんていう言い訳が定型句のように登場するわけです。この言い訳には男女差別は人種差別、障害者差別にいたるまで様々ありますけど。
手の込んだあたりがワトソンのように「遺伝子レベルで区別で違いがある」話になるわけで、世に差別の種は尽きまじ、なんです。
で、皆さんが言及しているのですけど、差別・偏見を行うものを批判する、それを「カジュアルな」レイシスト、って呼ぶのはおかしいでしょう?
なぜって、「女性であるから」「黒人であるから、韓国(朝鮮)人であるから」と「障害者であるから」というのは「悪」では無いわけです。
対して、「差別・偏見は悪」というのは(一応)コンセンサスとしてあるわけです。
属性以外に基づかず攻撃するのと、それの批判者を分けて考えなきゃならないのは当たり前でしょう。
差別と区別のグレーゾーンは幅があるでしょうが、ネタとして上がっているのは、扱いに困るレベルでは無いと思いますよ。
もっと言うなら、中国に工場を建てている日本企業で、中国の工場では入出場時に持ち物検査をしているところは多いと思いますが、これは差別か? イタリア旅行に行く人に「すりが多いから貴重品はウエストポーチに入れて身に着けておいたほうがいいよ」と助言するのは差別か? 社員を採用するのに大卒以上を条件とするのは差別か? 私はこれらが悪質な差別とは思いませんが、差別的要素がゼロかというとそうではないと思います。
中国人だから、という理由で行うなら、差別でしょう。全員、持ち出しに関して規則があるなら差別とは云えないでしょうし。“就業者が持ち出しをする可能性がある”と“就業者が中国人だからヤバイ”には大きな違いがありますよ。
イタリア旅行も同じです。忠告は誰に対する差別でしょう?イタリア人?イタリアに住むのは、イタリア人ばかりじゃ無いですよ。イタリアには中国人が多いんです。日本人ももちろんいます。
「イタリアには中国人が多いから気を付けた方がいいよ」と言ったら差別でしょうね。イタリア人(中国人)=スリでは無いんです。
裏返して見ましょうか。
日本旅行に行くアメリカ人が「すりが多いから貴重品はウエストポーチに入れて身に着けておいたほうがいいよ」と忠告を受けたらそれは差別でしょうか。
でも、「日本人は卑怯なヤツらだから、気を付けた方がいいよ。」と言ってたら差別でしょう。
大卒以上、というのはスキルの問題でしょう。ただ個人的には大学以上、に限らなければならない部分がさほどあるとは思いません。男女差、年齢、を条件にするのは差別と言えそうですけど。
差別か否かについて議論するのがタブーとは思いませんが、ハッキリとした差別者を批判するのを“議論すら許さないという姿勢”と呼ぶのは間違ってるとしか言いようがありませんね。
最後に、ここがわからなかったんですが。
それは単純に、「ニコ動ユーザの0.1%の黒」より、「同20%のグレー」のほうが社会的に見て問題だと思っているだけです。最近、工場の多い地域では、中国人やブラジル人がよく会社の寮で生活をしていたりしますが、地域社会にはほとんど受け入れてもらえません(会社に苦情が来ます・・・)。ネット上だけじゃなく、こういうカジュアルなレイシズムは地域社会に普遍的にありますね。
あと、悪意のあるなしはやっぱり大きいんじゃない? 韓国人少女に侮蔑的なコメントを直接ぶつけたガチレイシストと、そういう人を(偏見入りでですが)たしなめるカジュアルレイシストには、そりゃ悪質度(1人当りの悪質度ね)に差はあると私は思うのですが。
外国人労働者に対する漠然とした不安を持つ「カジュアルなレイシスト」はあちこちで見掛ける事が出来ます。ただ、それを「韓国人少女に侮蔑的なコメントを直接ぶつけたガチレイシストを(偏見入りでですが)たしなめる」人と同一視は出来ないですよね。何が言いたいのでしょう。
■[雑記]博士、大変です。
人並みの人生も幸福も期待しない世界に踏み込んだ先達として一言
元より「博士後期に進む」って決めた時点で人並の人生も幸福も期待なんかしてない
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20071027/1193520052
自分が入ったのは旧文部省が“博士倍増”を唱うちょっと前だったが、博士倍増のちょっと後から、教官の任期延長が二回にわたって行われた。しかも国公立大学が助手を取らない方向に進んだために結構厳しい状態となった。(自分は抜け出した後だったが)とどめはやはり独法化だろう。
つまり、二階に上がれ、と言われて梯子を掛けて上がった後に梯子を蹴倒された、状態だったわけで、「覚悟が足りない」と言われりゃそれまでだろう。でも、行き場を失った博士がゴロゴロしているのは、必ずしも彼等の自己責任だけに帰着できるわけでもない。
企業サイドの博士に対する態度に関しては別にエントリーを立てる気でいるけど、博士が企業に入るのも厳しい状況。
本当に肩身が狭いものだよ。
で、「人並みの人生も幸福も期待しない」程度なら、博士後期課程に進むのはオススメできない。
それは、はなから諦めていた。一番ツライのは、研究者としてもいられない可能性が高い、という事。
いろんなものを放り捨てて、それでも研究者としているために博士になったのだが、それさえ叶わないかも、となるとどうよ。スポーツ選手やミュージシャンは、趣味で続ける事が可能だ。もちろん、トップレベルとはいかないだろうが。