シートン俗物記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-10-30 晴れ

[]永久機関公共事業

開港延期を正式表明 静岡空港、立ち木が阻み3月断念

http://www.asahi.com/national/update/1029/TKY200810290292.html

静岡県石川嘉延知事は29日の県議会全員協議会で、来年3月に予定していた静岡空港開港を延期する方針を正式に表明した。滑走路西端から1400メートル付近にある計153本の立ち木が、航空法の制限表面(高さ制限)を最大12.7メートル超えていることがわかったため。所有者は伐採に応じないため、滑走路を短縮する異例の対応をとる。

 事業主体の県は、現在2500メートルの滑走路を2200メートルにして、立ち木がある場所の高さ制限を緩和する。これに伴い航空灯火の追加工事が必要になる。このため石川知事は、来年3月の開港を「断念せざるをえない」と説明。新たな開港時期は「遅くても7月」とした。


もう、何年になるだろうか。静岡空港建設の是非を住民投票によって問おう、と盛り上がっていた頃のことだから、7年も前か。

自分はある地権者の家にいた。住民投票には有権者の1/30の署名が必要で、集められるかどうか不明な状況で自分たちは県内を署名のための宣伝活動を行っていた。地権者の家にも、空港建設の現状を知るため、と、地権者、現場の人がどう考えているのかを知るためにお世話になったのだった。

夕刻に到着すると、空港建設現場を見て、その後、みんなでビニールハウスの中で大宴会。焼き肉にビール焼酎日本酒。自家製の野菜類に漬け物。宴席はみかん箱とベニヤ板でテーブル。椅子みかん箱。ブルーシートを敷いて寝袋で雑魚寝焚き火を囲んで、ギターをかき鳴らし、歌を歌う。自分たちの傍若無人の宴席の片隅にいた地権者の娘さん、当時高校生だったが、が「みんなの思いがわかるよ」*1と呟いた。


活動が成果を上げたか住民投票請求に必要な署名数は集まったが、知事住民投票に前向きだと表明して、知事選の争点から外して再選された。その後、一転、議会の反対を理由に住民投票を行わなかった。


現在静岡空港は着実に建設され、来年開港を前にトラブル最中にいる。今になって騒がれているが、もともと問題視されており、しかし、そんな些細な出来事を無視して空港建設は進んできたのだった。我々の活動はまったく及ばなかった。あの時、彼女が賛意を示してくれた事を自分たちは達成出来なかったのだ。


本当に驚くほどに公共事業は停まらない。今回の静岡空港の記事を見ても、「なぜ静岡空港なんだ?」という意見を持つ人は多かろう。自分も何回か記事を書いたことがある。


富士山静岡空港富士山東京空港

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20070504/1178234068


富士山静岡空港問題 その1、その2

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20060901/1157111087

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20060903/1157285965


静岡空港の計画段階では国内線だけで100万以上の需要が見込まれていたが、徐々に計画は修正され需要予測で国内外で100万人を多少オーバーする程度に収まった。計画される路線が全部満席だとしても80万程度でしか無いはずなのだが。

県内に限らず、あらゆる形で需要を満たすように、計画が達成されるように、それはそれは熱心に需要促進が進められた。

・県内中高の修学旅行利用へのサポート

・県内企業への宣伝活動

・県内各種団体の旅行促進への補助

・国内外航空会社への販促と各種支援

海外出張所の開設、etc

もともと、静岡空港バブル時代の名残だった。必要とは云えない公共事業正当化するため、夥しい人力、資金が注ぎ込まれたのだ。単に、「空港建設無駄ではない、意義がある」、そう主張するために、誰もが空港計画の責を負わないために。


これは全国どこでも同じじゃないだろうか。それぞれの地域での公共事業について少し思いを馳せてみると良い。本当にその事業は必要だろうか。そんな事業は幾らもあるはずだ。むしろ、それは地域を苦況に追い込む可能性が高い、そうした事業は見直されてしかるべきではなかったか?

現在熊本の川辺川ダムなど少数を除いて、公共事業を押しとどめようとする動きは実った試しがない。地方メディア静岡なら静岡新聞など)は提灯記事を連発し、地方財界政界利権配分か配慮か口をつぐみ役人は辻褄合わせの数字を出してくる。これぞ三位一体。表面上はどこにも瑕疵は無い。ただ、予測が実現しない事を除いては。


こうして利権のためのウソとそのウソを突き通すためのウソの連鎖が負担を増やし続ける。この国の財政赤字のほとんどはこうして造り出されたモノだ。その正当化のためにさらに積み重ねられる負担。静岡空港建設の是非を問う事はその構図を変えるチャンスであったろうと思う。


空港建設に反対する活動は、「プロ市民必死だなwwww」とか「連中は活動家」というような侮蔑言葉が浴びせられ、「静岡空港はクソだが、プロ市民よりマシ」「どっちもどっち」のような言葉によって無化された。(Yahoo!掲示板2ちゃんねるの関連掲示板参照のこと)既に約2000億の費用が投じられ、維持費などで年間数億の支出が必要だと云われている。しかし、その責任をとるものはどこにもいない。


参考:

静岡県庁の光と闇(静岡空港問題INDEX

http://www2.ocn.ne.jp/~sizuoka1/kuukouindex.html


空港はいらない静岡県民の会

http://kuukouno.hp.infoseek.co.jp/


静岡空港建設中止の会

http://www.s-jichiroren.com/


静岡県/富士山静岡空港トップページ

http://www.pref.shizuoka.jp/kuukou/contents/

*1:確か、こんな言葉だった

なまえなまえ 2008/10/29 23:43 ミシディアうさぎ

cbcb 2008/11/06 17:06 わざわざ戦火(出費)を広げるのは我が国の伝統です。

Dr-SetonDr-Seton 2008/11/08 14:29 cbさん
>わざわざ戦火(出費)を広げるのは我が国の伝統です。
まったくですね。その割りにはみみっちいところはケチりますよね。

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