シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

続 自由貿易は究極の保護貿易

先日のエントリーに対してブクマでこんな意見が付きました。

TPPが「実際貿易をする場合の利益分配」ではなく「対中国を意識した貿易プロトコル」である側面っていうのは、この記事ではまるっとスルーされているよね。

http://b.hatena.ne.jp/eirun/20161117#bookmark-308399315


この意見にはちょっと驚きました*1。エントリー内で、大恐慌期の英仏のブロック経済圏とは「自由貿易圏」のこと、と書いたのですが、ブクマの意見に則るなら、事実上TPPはブロック経済圏による環太平洋各国の囲い込み、中国の締め出し、だと認めたも同然だからです。ブロック経済は「保護貿易」であり、“ファシズムへの扉を開いた”というなら、到底看過出来る意見では無いと思いますけど、確かに各紙にはそうした意図の意見が載っています。
まさに、「自由貿易は究極の保護貿易」を認めてくださったようですが、もちろん、それを支持する気には当然なりませんね。


さて、前回のメキシコに続いて自由貿易の犠牲者について述べましょう。それは韓国(国民)です。韓国は日本よりも各国とのFTA自由貿易協定)を結ぶ事に熱心で、先行しています。これは、韓国の通貨危機後、産業政策として「自由貿易を推進する事で韓国産業が発展し、経済成長する」という考えに基づくものでした。実際、韓国の方針に対して日本においても(サムスン他韓国企業拡大への警戒と共に)「韓国に遅れを取るな」的な意見が聞かれました。
自由貿易協定締結が進められ、輸出産業への積極的な支援、財閥を中心とした産業界への規制緩和、確かに韓国経済は発展しました。現在、韓国経済における海外貿易の占める割合は、日本よりはるかに高い状況にあります。
で、韓国国民はその恩恵を受けたのでしょうか?実際には起きたことは、格差の増大、地域経済の低迷、若年層の就職困難、etcでした。今、世界中で問題になっていること。それが韓国の事情から浮き彫りになります。


以前、私は前政権の李明博政権発足時にこんなエントリーを上げました(考えたら、すでに10年前に指摘していたのですね)。

韓国経済は確かに各国とのFTAによって好調を保ち続けました。
でも、それは経済格差を生み、若年不正規労働者層を増やしたとも思われるのです。
そう考えると、李明博氏の公約は皮肉なものです。
彼は一層の規制緩和による経済の伸びを唱っています。たぶん、公約の7%はともかく、高い経済成長は維持されるでしょう。でも、選挙で票を投じた若年層の願いが叶えられるかは疑問です。
それとも、「いや、もっと規制緩和を進めれば、自由化を進めれば、豊かになれるのだ」と考えますか?

自由貿易によって各国経済が“ダイレクトに”グローバルな経済に接続されれば、労働環境は一方的に悪化します。第二、三次産業について云えば、さんざん見てきたとおり。

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20071221/1198225874


実際の結果も私の懸念を裏付けるもので、韓国の若年層の経済的苦境について、こんなエントリーも上げています。

韓国でも新自由主義を売り文句にしたイ・ミョンバク政権は追いつめられ、政策が見直されています

韓国は米国、欧州連合(EU)とそれぞれ自由貿易協定(FTA)を結び市場拡大を目指す。今でもサムスンとLGのテレビは欧米で日本製を圧倒し、現代自動車もシェアを広げる。
 李明博大統領はグローバル化の先頭に立ち、自らアラブ首長国連邦を訪問して原発プラントの輸出に成功した。核安全保障サミットなど大規模な国際会議もいくつか主催した。国民が期待した「CEO(最高経営責任者)大統領」の役目を果たしている。
 ところが、支持率は低迷している。大企業は収益を飛躍的に伸ばしたが、生産拠点は海外に移り中小企業がなかなか育たない。格差は拡大し、若者の失業率は高いままだ。与党セヌリ党でさえ、李政権の政策とは一線を画して雇用と福祉重視を打ち出した。
 最近、大統領の側近が収賄などで訴追されたり、辞職している。韓国の知人は「先進国入りを目指すと言いながら、人事や政策決定で縁故主義がひどい。開発独裁型の古い政治だ」と言い切る。
 李大統領がソウル市長だった二〇〇五年にインタビューしたことがある。「国家発展の原動力は輸出だ」「国民は富を分配せよと主張するが、もっと経済成長をしないと世界では勝ち残れない」と言っていた。
 大統領は「信念を貫いた」と自負するだろうが、国民の関心は、年末の大統領選で誰が当選するかに移っている。 (山本勇二
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2012052102000115.html

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20120529/1338302858


ですので、前回大統領選で、有権者がどのような判断を下すのか興味深く見ておりました。結果は、「漢江の奇跡」と呼ばれ韓国経済を飛躍的に発展させた(ことになっている)、父親の「遺産」を背景にパククネ氏が選ばれました。その選択はどうであったのか、については明らかでしょう。現政権の経済産業政策に対して、韓国国民の不満は募る一方だったのです。つまり、トリクルダウンは無かった。その不満は現在の政権危機の遠因ともなっているでしょう。


自由貿易(とそれによる産業振興)は格差を拡げ、大多数の人々には恩恵とはなりません。国際分業化が進み、競争が激化し、効率向上・生産性向上が進むほどドメスティックな経済は停滞ないしは衰退していくことになります。
貿易自由化の進んだ韓国は、日本の先行例です。自由貿易を進めるほどに、その結果は韓国国民の苦境に近づいていく事でしょう。
さっさと自由貿易、なるものに見切りを付けた方が良いと思うのですがね。あくまで、TPPに拘る連中が哀れです。


この他にこんなコメントも付きました。

比較優位と絶対優位を取り違えています
あれこれ新書に当たるまえに、ミクロ経済学なり国際経済学の教科書を一冊読んで下さい。
あなたの言っていることは「相対性理論の欠陥を発見した!」みたいなネットでよく見る日曜物理学者の与太話とかわりがありません。

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20161115/1479216689#c1480820823


私が経済学の素養が無い事はその通りですが、比較優位に関して言えば、それが国際貿易において成り立たない、ことを述べたのであって、それは絶対優位です。と言われてもちょっと困りますね。
経済学の教科書ではありませんが、比較優位、に関して(例えば、wikipediaでは)前提条件が必要であることが指摘されています。


http://qq1q.biz/AHFK


つまり、現実はもともと比較優位(とそれに基づく自由貿易)が成立するような条件では無いのです。資本は自由に移動し、生産設備も移転可能、相場は固定されず金本位制でもない。リカードが考察した前提ではありません。リカードは過去の人ですから、現在の状況に想像が及ばなくても仕方ありません。問題は、現実を受け入れられず、理想状態でのみ成り立つ論を現実に当て嵌めようとする事です。


現実はどうでしょうか。
また、メキシコとアメリカで見てみましょう。比較優位という点で、アメリカの農業はメキシコに対し優位にあります。逆に自動車産業は劣位にある(メキシコが優位にある)。しかし、どちらもそこから得られる富を得るのは多国籍企業とそれに投資する国際金融です。国単位で考えても無駄だということです*2


また、比較優位論は、二国間では成り立ちますが、三国間、他国間では一般解が困難と指摘されていますね。
私がなぜ、三体問題を取り上げたか、といえば、この事が頭にあったからです。(経済学者が大好きな物理学のアナロジーでいえば)三国間貿易では一般解は存在せず、混沌的な状況、つまり動的状態だということになります。多国間貿易でも同様であって、その数からいっても統計的取扱が可能なほど多くもありません。


現実と違っても数学モデルを信仰してしまう経済学者たち
http://data11.web.fc2.com/jiyuuboueki5.html


ちなみに、こちらの方も書いていらっしゃいますが、いわゆる経済学でラグランジュの未定乗数法が使われる、と知った時に愕然としました。これを現実世界に当て嵌めようというのは、あまりにヒドイ話です。

自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る

自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る

経済学者が褒めそやすほど自由貿易が素晴らしいモノではない、というのは、こういう事です。彼らは経済学に対して自然科学の手法を模倣することで、自然法則のような「真理」に見せかけます。ですが、経済学の数理テクニックは、仮定した理想状態でのみ成り立つものであって、現実状態にはまったく当て嵌まらないのです。
そんなことはない、と文句を言いたい方々は、とりあえず、リフレは是か非か、財政支出は是か非か、について「正しい」答えを解析的に出してから、私のところへ来てください。


こちらでは小島先生が宇沢先生についての主流派経済学者の評価について書いています。


宇沢弘文先生は、今でも、ぼくにとってのたった一人の「本物の経済学者」
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20140928/1411891840


宇沢先生は経済学の世界で数理テクニックによって高い評価を受けましたが、しかし、(公害問題等を通じて)その限界というものを考えるようになりました。その宇沢先生の姿を主流派経済学者達はこう評したわけです。少なくとも私は、後期宇沢、と揶揄される宇沢先生の姿勢に共感し、経済学というもののスタンスはそこにある、と考えます。

では。

始まっている未来 新しい経済学は可能か

始まっている未来 新しい経済学は可能か

*1:もちろん、これは修辞法というもので、少しも驚いてはいません。実際、TPPはブロック経済の一種に過ぎないことは判っていたので

*2:メキシコの経済成長率は16年は2%前後。“参考:https://www.jetro.go.jp/biznews/2016/12/10d15331d315573c.html”高いとは言えないが、悪くもない。では、なぜ危険な思いをして国境を渡り、不安定で危険な立場の「不法移民」が多数いるのか、が数字からでは見えてこない。