シートン俗物記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-04-01

[][]自動車が無いと暮らせない、のなら、暮らさなくていい

高齢者運転事故起こさぬため…娘奪われた遺族の訴え

http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000091249.html


横浜の小1死亡事故、88歳男性を不起訴 認知症と診断

http://www.asahi.com/articles/ASK305RGHK30ULOB018.html


このところ、静岡でも「高齢者」による自動車事故の話が持ち上がっています。突如として増えたように思いますが、実際にはもうだいぶ前から、誤運転も含め、問題ではあったのですが、ようやく取り上げられるようになったようです。こうした事故が起こると、免許事故返納などと併せて登場するお決まりのセリフがあります。

すなわち、「クルマが無いと暮らせない」

このセリフを聞くたびにイラッとして、「クルマが無いと暮らせないのなら、暮らさなくていい」と言いたくなります。なぜなら、このセリフ自体が、思考停止ワードになっているからです。その背景について説明していきましょう。


まず、「クルマが無いと暮らせない」と主張する郊外生活者は、今まで様々な理由で免許が無かったり持たなかったり、クルマを持たなかった、持てなかった人をどう捉えていたのでしょうか?

郊外型の生活クルマ存在が前提となっています。日本地方行政はずっと郊外開発を重点とした都市施策実施してきましたから、地方においてクルマ利用者無視された存在だったのです。僅かしかない交通機関も、徒歩・自転車移動圏内商店も奪われる立場にあった人たちは今まで省みられませんでした。こうした交通弱者には子どもやお年寄り障害者貧困者が含まれます。だから無視されてきたのかもしれませんけど。


酷いケースとしては、岐阜の「何でもかんでもドライブスルー」が挙げられるでしょう。こうした面からは、クルマを利用しない人は客として扱わない姿勢が現れています。この状況に順応した人々が「クルマが無いと暮らせない」などと言っても、私としては「ドアホ」で済ますでしょう。


ドライブスルーATM

https://www.okb.co.jp/personal/conveni/atm_feature.html


日本の例では無いですが、エリック・シュローサの「ファストフード世界を食いつくす 」には、クルマを持つ事が出来ないメキシコ系の少女が長距離を徒歩で移動せざるを得ない状況が描かれています。誰もがそれを自分の身に置き換えて考える事が無かった。クルマを持たないヤツの自己責任ということなのでしょう。

自分達がその立場に立たざるを得ない状況になって始めて、問題に気づき、うろたえ、「クルマが無いと暮らせない、手放せない」と主張するのです。

私は以前からクルマに頼った交通と、それに適した郊外生活スタイルに異議を唱え、政策を転換すべきだと主張してきました。もちろん、そうした考えは、「現実的じゃない」から、とほとんど相手にされなかったわけですが。

今後も交通難民は増加するでしょう。問題を早くに認識し、行動に移していればこんな状況になってからうろたえることも無かったわけです。


クルマが無いと暮らせない」には対になる言葉があります。「公共交通機関が整備されていない」。しかし、実際には貧弱だったとはい存在していた公共交通機関を壊滅においやったのがクルマだった、という事も無視されています。


ちょっと地域の例を挙げましょう。私の住む地域にはかつて静岡鉄道「駿遠線」という「日本最長の軽便鉄道」がありました。東海道線藤枝駅」と隣り合う「藤枝駅」から「袋井駅」まで相良・御前崎方面を経由する総延長64.6?kmの軽便鉄道収益をあげる事が難しく、路線の短縮化などで少しずつ短くはなり、最後1970年廃線となりました。現在でも残っていれば、地域路面電車となりえたでしょう。


静岡鉄道駿遠線

http://qq1q.biz/AHG3


しかし、モータリゼーションの進展によって廃線に追いこまれたのです。その際に、代替交通手段としてバス路線が作られましたが、そのバス路線自動車によって苦戦を強いられています。ちなみに、かつての路線跡近くの国道150号線大井川橋は朝夕慢性的渋滞が起こり、静岡県はその上流下流に渋滞緩和のための橋を造っています。

地方行政は「駿遠線」を支援するのではなく、自動車交通を拡大しようとしたわけです。

公共交通機関が整備されていない」ですって?どのツラ下げてそんな台詞を吐くんでしょうね。

各地の路面電車(昨今は復権著しいが)が“渋滞を招く”として廃線になったケースは多かったはずです。クルマを優先して、公共交通機関を無くしたのです。


岐阜路面電車   繁栄終焉廃墟〜そして、何も無くなった

http://www.geocities.jp/teamkokudo/tyousen/romen/romen.htm


こうした交通弱者無視した自動車交通優先のスタイルを早くから批判した人もいます。宇沢先生の「自動車社会的費用」は時代を越えた名著としか言いようがありません。ちなみに宇沢先生自家用車を拒否し、かなりの距離でも徒歩で通したそうです。まあ、私は自転車使いますけど。

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)

交通弱者立場に立たされる事になった人々が言うべきセリフは、「クルマが無いと暮らせない。だからクルマを持たせろ、運転させろ」ではありません。「クルマが無いと暮らせない、というスタイルから決別しよう、そのための施策を立てろ」であるべきです。

歩いて用の足りる街、コンパクトに纏まった街とすべき、というのは、単に中心市街地衰退や行政コストの問題だけでは無いのです*1

では。

[][]自滅する沼津 鉄道高架事業の大失策

商店病院を中心市街地に集めるコンパクトシティー推進の動きが活発だ。沼津駅周辺の活性化を推進する「沼津駅の高架化を実現する市民の会」が描くのは、便利で安全、さらには老若男女が街歩きを楽しめる活気のある中心市街地あらためて多くの市民に新しいまちづくりへの参画を呼び掛けている。

静岡新聞 2017年3月31日朝刊 沼津駅の高架化を実現する市民の会 34面全面広告 より引用


以前に、沼津市鉄道高架事業を批判したエントリーを載せましたが、その後に(鉄道高架事業の)賛成反対双方の意見を聞く、としていた大沼市長公約を翻して事業推進に踏み切ったために事態が変化しております。で、賛成派から出てきたのが、上記の意見広告です。


自滅する地方 沼津三島伊豆

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20150712/1436692086


自滅する地方 ちょっと回答編

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20150830/1440936519


沼津市鉄道高架事業は止めるべき

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20161029/1477707931


正直なところ、“なに言ってんのかわかんない”というのが本音です。鉄道高架化を進めてコンパクトシティー化、というのがまず意味不明です。この辺はすでに以前のエントリーで指摘しましたが、駅南北の“自動車交通”をスムーズにすれば、より中心市街地の衰退は進みます。駅南北で衰退の度合いが違う(駅北は完全に衰退、駅南は辛うじて駅北よりマシ)、のが“郊外大規模商業店舗への自家用車アクセスが容易ではない”ことを無視するべきではありません。


いい加減、「コンパクトシティー」という言葉も考え直すべきかもしれませんね。小さく纏めれば手段は問わず(例えば駅前にタワマンをドカドカ建てる、というのも間違った方策です)ではなく、人がクルマに頼らずに生活を営めるスケールの街とすること、が重要なのです。今後、時間があれば論考を載せていくつもりではありますが、私としては、「ヒューマンスケールシティ(タウン)」という言葉提唱したいと思います。


ですので、“商店病院を中心市街地に集める”という以上に、自動車交通抑制こそが重要です。そうでなければ、一層の郊外化が進み、中心市街地は衰退します。今まで全国各地で進行してきた事態であって珍しくもありません。同じような政策(鉄道高架事業)を行いながら中心市街地活性化することなど不可能だと判りそうなものです。

そこで、「沼津駅の高架化を実現する市民の会」はアクロバティックな手段に打って出ました。


市民の会は1月、昨年11月オープンした「中目黒高架下」を視察した。この新スポットは、東急東横線東京メトロ日比谷線中目黒駅周辺に位置する。(後略)


高架化事業後の像として、中目黒、を取り上げることにしたのです。中目黒、ですよ?関東住みたい街ランキング2016で11位、東京23区の街と人口流出の続くパッとしない地方比較する、って無意味でしょう。


関東 住みたい街ランキング2016

https://suumo.jp/edit/sumi_machi/2016/kanto/


このほか、三鷹立川間とか、西荻窪吉祥寺間を取り上げています。

まったく意味が分かりません。鉄道高架を行った地域静岡にも静岡駅周辺や浜松駅周辺があります。静岡駅周辺は地方には珍しく未だ中心市街地が辛うじて保たれている地域(静岡市はなぜか周回遅れの郊外化政策を強力に推進中というバカな真似をしていますが)、浜松は完全に中心市街地崩壊した地域です。鉄道高架事業は駅周辺の活性化、には繋がらないのです。


しかも、沼津市は市郊外大型商業施設ららぽーとを誘致しようとしています。郊外への自動車アクセスを向上させて大規模商業店舗を造れば、中心市街地商業機会を損ないます。それとも、中目黒のようだと錯覚して対抗する施設を駅周辺に造るつもりでしょうか。まあ、その手の施策日本中に溢れかえっていて、そしてそのほとんどが破綻状態にあるわけですが。


沼津駅の高架化を実現する市民の会」が何に夢を見ているのかは判りません。もしかしたら、夢を見ているように見せて、単に多額の予算が動く高架化事業の利権にあり付きたいだけなのかもしれません。まだ、その方がマシですね。問題に自覚的、という点で。


沼津駅の高架化を実現する市民の会

http://www.numazu-cci.or.jp/revitalization/revitalization-sosiki/post_30.html


一番やりきれないのは、本当にこの高架化事業が中心市街地活性化に役立つ、と錯覚している場合です。だとしたら、まったく救いが無い。

もし本当に沼津の市街を(沼津に限りませんが)コンパクトに保ちたいのなら、自動車交通抑制するべきです。沼津駅に関して言えば、高架化ではなく、歩行者向けの自由連絡通路を設ける方が良いです。

では。

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

*1:もちろん、山村などでの自動車利用を止めさせるという話ではないことは言うまでもない。そうした地域自動車を利用するのは合理性がある。私が問題視するのは、都市構造破壊して郊外化させることと、それに合わせた自動車利用であり居住者数が全然違う

2016-10-29

[][]沼津市鉄道高架事業は止めるべき

だって沼津市について取り上げましたが、ちょっと状況がヤバそうなので、エントリーを上げることにしました。


自滅する地方 沼津三島伊豆

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20150712/1436692086


沼津駅周辺の鉄道高架事業の件です。

前回エントリーでも取り上げましたが、沼津市では駅周辺の高架事業を巡ってバタバタしております。市当局はかなり強引に高架事業を進めようとしていますが、貨物駅移転先候補の片浜地区の住民同意が一部取得できないため具体的進展はありません。ただ、静岡県知事鉄道高架事業へ前向きになったため、今回の市長選次第では強制収用も含めて事業が進められる事になるでしょう。

ただ、その結果はどうかといえば、おそらくは沼津市に大打撃を与える事になると予測されます。

つまり、エントリータイトル通りの、沼津市の「自滅」となる、ということです。

これほど、ハッキリとした失敗例は今後の参考となると思われるので、指摘することにしました。


1.人口交通予測に見合った計画ではない


鉄道高架を進めようとする理由ですが、沼津駅周辺の道路トンネル式になっており、自由な往来が難しく慢性的渋滞を招いている事が挙げられています。自由な往来を阻むことが、沼津市の発展を阻害するので、高架事業によって沼津市が大きく発展する、的な話です。

もともと、私は「自動車利用による」交通拡大には批判的ですが、それは後にしましょう。市当局の述べる理由に限っても効果の程は疑わしいのです。

まず、沼津市に限らないことですが、今後人口減少が確実です。鉄道高架事業は、最短であっても10年以上掛かることが計画段階でも明らかです。現時点では移転土地取得が済んでいませんから土地強制収用に踏み切ったとしてもそれより早くなる可能性はありません。

また、人口推移以上に自動車保有率や免許保有率を考えても自動車走行台数は大幅に減り込みます。つまり、駅周辺の三か所のトンネルでも渋滞が問題にならなくなる、と予想されるのです。

もちろん、市当局は、高架事業が行われれば、沼津市が発展し、産業雇用を呼び込み、人が増える、と主張するでしょうけど、もともと企業の進出に至る理由として交通の便は重視されていないのです。たかが駅周辺が高架化されたからといって、それほど市が発展し、(日本の大半のトレンドに反して)人口増加すること自体が考えにくい。

むしろ、身の丈に合わない事業となるでしょう。事業費は約1000億だそうです。これだけの資金、他の教育・福祉・介護等へ使った方が有意義だと考えます*1


2.観光客を過大視している


もう一つの問題として、沼津市観光地である沼津港へのアプローチの悪さ、を挙げています。しかし、沼津港周辺はすでに県内外のクルマ慢性的に混雑しています。高架事業によって駅南北の車の通行がスムーズになれば、沼津港周辺の混雑が悪化するだけです。

そして、現在もそうですが、クルマによる訪問客を当て込みすぎるために、逆に港の魅力を損ねようとしています。クルマの往来が激しく、自由散策が難しい。小さな港町なのにクルマに風情を邪魔されているのです。

観光地はどこもそうですが、いい加減、無理してクルマ訪問客を呼び込もうとするのを止めた方が良いと思います。沼津あたりだとクルマ客は宿泊が少なく、お金も落としません。やみくもな訪問客数を増やそうとするより、利益率で考えた方が良い。クルマによる訪問を全面否定はしませんが、道路改善すれば客が増える、的な発想は無意味だと思います。


3.計画と見込が矛盾だらけ


前回も記した話ですが、沼津市は愛鷹山麓近く富士市から商圏を奪える位置に大型ショッピングモールららぽーと」を誘致する予定です。わざわざ用地転換や固定資産税減免措置まで優遇して郊外大型商業施設を誘致し、沼津駅周辺の高架事業を進めるわけですから、人口減の時代に一層の「郊外化」を進めよう、ということです。

ですが、沼津市は「コンパクトな街づくり」を進めるのだそうです。


第4次沼津市総合計画の一部追加修正

http://www.city.numazu.shizuoka.jp/shisei/keikaku/sogo/tuika.htm


意味がさっぱり分かりません。*2何度も説明してきた事ですが、(道路拡張・延伸・新設と区画整理事業等の)郊外化を進めるなら、(複合商業施設商店街事業補助等の)中心市街地活性化事業はムダになります。それは、相反する作用をもたらすからです。どこの地方も大体こうした事業を進めて地域経済を縮小させ、市中心市街地固定資産税収入を落ち込ませ、財政を悪化させ、人口流出を招くのですが、未だ懲りる様子は無いようです。沼津市の事業はその典型例でしょう。


今後の人口減少・高齢化社会においては、都市をコンパクトにする、事は欠かせないだろう、と私は思いますが、それは私の意見です。都市をコンパクトに保つ事に興味が無いのなら、それはそれで良いのです。道路拡張・延伸・新設と区画整理事業を進めて郊外化に拍車を掛けても、それが望ましいと思うのなら、それもありです。ただ、それならば、中心市街地活性化事業は止めるべきです。

逆もまた然り。都市をコンパクトに保ちたいなら、自動車を中心とした交通手段からは決別すべきです。道路拡張・延伸・新設と区画整理事業は中止ないしは凍結し、人が徒歩で移動できる圏内生活インフラアクセス出来るような都市構造を再構築すべきです。


沼津市の駅南側は、駅北側より多少まし、と以前述べました。時々メディアにも登場する上土(あげつち)商店街なども、駅の南側にあることが未だ救いになっています。


ようこそ 沼津あげつち商店街

http://www.roy.hi-ho.ne.jp/i846/agetsuchi-s/


もし、高架事業が行われて自動車交通スムースになり、市郊外大型商業施設の利用が容易になれば、こうした僅かばかり残った商店街も壊滅するでしょう。


4.ではどうしたらよいか?


どこでも基本同じことではありますが、自動車を基本とした交通手段と決別するのが一番良いでしょう。

少子高齢化による人口減少。パリ協定自動車のEV化/自動化という自動車への逆風。ライフスタイルの変化。どれをとっても、自動車を中心とした交通インフラは、将来の負債にしかなりません。先を予測するなら、コンパクトな都市とすべきですし、そこまで踏み切れないなら、せめて過去立案された都市計画を凍結するくらいの事はした方が良いです。

沼津駅周辺の高架事業よりも、沼津駅南北自由連絡橋の方が適当です。希望を述べるなら連絡橋というレベルでは無く、連絡広場と云える広さのものが出来れば面白いかもしれません。


無駄鉄道高架中止で市長申し入れ! (共産党市議 中田たかゆき議員ブログより)

http://blogs.yahoo.co.jp/syominnnohikari/65545307.html


地方はいい加減、拡大していく都市、のイメージから脱却した方が良い。もう、人口が増える可能性はありません。今後、どんな少子化が打たれるかは判りませんが、少なくとも今後2,30年内に人口増になる可能性は無いのです。とすれば、人口減、生産年齢層減、の前提で基礎自治体を維持することを前提にしなくてはなりません。60〜70年代に立てられたマスタープランに固執し続ければ、願望と現実ギャップはどんどん膨らみます。

幸いなことに先行例はあります。良い例も悪い例も。

皆様、今一度、自身の住む自治体はどうしたらいいのか考えてみましょう。

では。

*1:これは、国全体でも見てもそう考えます。「国土強靭化」や「雇用創出」と銘打った公共土木事業は効果が薄く、その分を教育・福祉・介護等へ使う方が経済成長すると予測します

*2:ちなみに、この沼津市の挙げている市の計画像はさっぱり意味の通じないものです。流行りとなった「コンパクトシティ」を現状に無理矢理差し込もうとするので、こういう訳の判らない像になっています。

2016-09-06 曇り

[][]自滅する地方 三島駅南口再開発篇

先日のエントリーにコメントを頂きました。

斎藤と申します。 2016/07/15 18:35

はじめまして、突然のメールにて失礼します。

貴殿のブログを拝見させて頂きました。斎藤と申します。

私は現在、不動産関係(開発デベロッパー)の仕事で静岡を担当しております。

三島駅南口再開発について、非常に興味を持ってます。本駅の開発はどのような形が良いか、テナント業態、集客ターゲット等、調査をしているところです。

是非とも、三島駅南口開発について、貴殿の考察をご教示頂ければと思い連絡させていただきました。

現在、計画ではマンション棟と商業棟のコンソーシアムにて、プランを練っている状況です。店舗は一階にスーパー、ドラッグストア、珈琲店、二階に病院と調剤薬局を誘致する予定です。

本開発について貴殿の率直なご意見と、お考えを賜りたく存じます。

一方的なお願いで恐縮ですが、ご検討願います。

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20150712/1436692086#c1468575344

まず、わざわざコメント頂いて申し訳ありませんが、私自身はそもそも「再開発事業」自体に懐疑的です。なぜなら、県内を調べまくった結果として、いわゆる駅前再開発(≒中心市街地活性化事業)が効果を発揮している事例が無いからです。前々から述べていますが、自動車交通の中心に据えた郊外開発を進めた段階で、中心市街地に集約的な複合商業施設を造るというのは矛盾した行為となります。ですから、自らの進めてきた郊外化の産物であるショッピングモールに対抗する事は出来ません。地方においては既にショッピングモールでさえも採算に合わなくなり、撤退するケースが増えています*1。このような状態で、郊外型施設を市街中心地に建設し、運営する、というのは決定的に無理があります。


静岡県でいえば、沼津の「イーラde」「BiVi沼津」、静岡の「サウスポット」「エスパティオ」「葵タワー」、焼津の「アトレ焼津」、藤枝の「オーレ藤枝」「BiVi藤枝」、浜松の「アクトシティ」「ザザシティ」これら全てが失敗です*2。恒常的に店舗が閑散としており、行政の補助なしには成り立ちません。


これは、すでに古典として評価されているのに、現在の状況をあまりに的確に言い当てているジェーン・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」に記された街の原則

地区は二つ以上の機能を果たすのが望ましいこと。 (つまり単機能になるゾーニングはしない)

2. 道は狭く、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短いこと。 (幅が広く、まっすぐな道路はつくるべきでない)

3.建てられた年代が違う建物が混じり合っていること。 (古い建物を壊さないで残す)

4.人口密度が十分に高い状態にすること。

http://www.geocities.jp/koyanagimeijin/mailletter37.htm


からも予測される結果であります。

静岡だけが他より若干マシですが、それは静岡市郊外化があまり進んでいなかったからです。静岡市郊外化の影響は合併した旧清水市の方へ多く現れています。


ですので、返事が遅くなってから申し上げるのも何ですが、もし、この三島駅南口再開発が三島市の発案によるものであるならば、斎藤様らは手を引かれるのが宜しいかと思います。


三島市は比較的纏まった市街を持った地域ではありますが、郊外化を止める気はなさそうですし、たとえ三島市だけが郊外化を止めようにも長泉町、裾野市、御殿場市、沼津市が積極的な郊外化を進めていますから、中心市街地活性化が上手くいく保証はありません。斎藤様が記された誘致案は、正直なところ駅前(中心市街地)再開発事業の典型例ですので、結果も同じになるだろう、と予想いたします。


もちろん、三島市から金を引っ張れれば構わない、ということでしたら、それでもよいだろうと思います。


それでもなお、というお話なら、私よりも以下の話を参考にされる方が良いかと思います。


あの表参道ブームの仕掛け人 現在地域再生のカリスマとして活躍 藻谷浩介 清水義次 地域再生の成功学

http://www.dailyshincho.jp/article/2016/06271100/


予算で実現できる「歩行者に優しい街づくり」成功のカギ

http://wired.jp/2014/10/15/one-thing-every-city-can-pedestrian-friendly/


歩行者に優しい街をボトムアップでつくりあげる7つの方法

http://wired.jp/2014/10/15/7-simple-ways-make-every-city-friendlier-pedestrians/

1.歩行者が回遊できる小さな空間を多数つくる

2.建物には通りから直接入れるようにする

3.「人々の活動」で街を活気づける

4.駐車場は建物の裏や地下に

5.建物と風景の細部を工夫して「人のサイズ」に合わせる

6.わかりやすい地図とサイン

7.「コンプリート・ストリート」をつくる

Getting to Great Places

http://www.designforwalkability.com/


自転車の街へ変貌するロンドン。15年間でクルマは半減、サイクリストは3倍に

http://www.gizmodo.jp/2016/02/bikeinlondon.html


あまり参考にならなくて申し訳ありません。

私は、街は小さく保つべきだ、とは考えておりますが、優先すべきは「自動車に頼らないこと」であり、大概の再開発事業は立体駐車場を設置するなど郊外に対抗すべく“自動車に対応”しようとする事に強く疑念を抱いております。逆に、郊外開発をやめ、自動車交通抑制するならば、中心市街地活性化事業もそれなりの価値があるだろうと思います。


ついでに、残念な事例です。


静岡市の「I Love しずおか協議会」というところが、静岡市は駅近くに駐車場が少ないので、もっと造れ、というような事を提言しました。


中心街駐車場「不満」3割 静岡の協議会が調査

静岡市中心市街地活性化に取り組む「I Loveしずおか協議会」(森恵一会長)は13日、駐車場利用者や設置事業者を対象に実施したアンケート結果を市に報告した。滞在時間や満車時の対応、既存の案内システムなどの現状や課題を共有した。

 アンケートは、街なかのアクセス向上を目的に昨年11月からことし1月に実施し、利用者295人、事業者42社が回答した。利用者の平均駐車時間は、全体の約7割が1〜3時間以内。中心街の駐車に「非常に不満」「不満」を感じている割合は3割を超え、理由は「料金が高い」「駐車場が不足」「空いている駐車場が分かりにくい」が上位だった。

 目的の駐車場が満車だった場合の探し方は「回遊する」が77%で最多。満車・空車情報を看板表示する「市駐車場案内システム」やスマートフォンなどで駐車場情報が確認できる「おまちくーる」があるものの、認知度や活用は低調な現状も浮き彫りになった。

http://www.at-s.com/news/article/politics/shizuoka/260761.html


静岡市静岡県どころか、日本全体で見ても珍しく駅前(中心市街地)の賑わいが比較的保たれている地域です。これは、郊外開発がなかなか進展しなかったこと、が効いていますが*3自動車利用を促進するような施策を取れば、郊外への商業機会流出は酷くなるでしょう。静岡市はむしろ自動車抑制を進めるべきだと思うのですが。

では。

参考文献

リノベーションまちづくり 不動産事業でまちを再生する方法

リノベーションまちづくり 不動産事業でまちを再生する方法

アメリカ大都市の死と生

アメリカ大都市の死と生

鉄道は誰のものか

鉄道は誰のものか

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

ドイツ・縮小時代の都市デザイン

*1:薄利多売形式の大規模商業施設は、その地域経済の衰退に大きな影響を受けるため、迅速に撤退する

*2:これら以外にもマンション併設型があるが、店舗は大体赤字っぽい。ここには、熱海、御殿場、裾野、富士、清水、島田、掛川、袋井、磐田などが無いが、現在、再開発中のところと既に破綻したところがある

*3静岡市でも近年は、安倍川西岸地域や草薙・瀬名、小鹿・大谷、駅南地域など郊外地の区画整理事業を進めたこともあって大型店舗出店による地域衰退が顕在化してきています。しかし、静岡県の他の地域比較して未だ保たれた状態ではあります

2015-08-30

[][][]自滅する地方 ちょっと回答編

前々回のエントリーにだいぶ意見が寄せられたので、少し応えていきます。

えー、まず、私のエントリーはこれ単体ではありません。「自滅する地方」シリーズとしてタグを付けてありますので、ちょっと覗いてみてください。

私を都会者の発想、と云った人がいましたが、私の住んでいるのは沼津より田舎の中部地方ですから。


自滅する地方、とシリーズタイトルを付けた理由ですが、自治体が中心市街地活性化策と郊外化を同時に推し進めている事からそう名付けました。

もともと、中心市街地が空洞化するのは郊外化を進めたからです。道路新設・延伸・拡幅、そして区画整理事業を行なえば、自動車利用が便利で地価も安い郊外へ人が移動するのは当然です。当然起こり得る現象に対して、中心市街地活性化を行なっても効果があるわけがありません。また、この中心市街地活性化策の多くが、中心市街の道路新設・延伸・拡幅と区画整理事業、そして大規模複合施設建設、です。そのどれもが、自動車利用に対応したものなので、同じ土俵で勝負して郊外に立ちうち出来るはずがない、という現実無視しているわけです。

私の知る限り、こうした政策は日本の大部分で行われており、そして効果を挙げたものはありません。なのに、現在でも公費がつぎ込まれている、これはどういうことなのか?

おそらく地方自治体関係者が、問題点がどこにあるのか理解していないか、もしくは、認識していたとしても過去の計画を見直す事が出来ないか、のいずれかでしょう。問題を理解しない、変えられない巨大な実例は、昨今、騒ぎを起こしているわけですが。


(新国立競技場に関する記事)

http://b.hatena.ne.jp/keyword/%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4


道路を増やすと大規模店舗が進出して、従来の小規模店舗や中心市街地の衰退を生む、というのは世界的な傾向です。特に、日本に先行する形でモータリゼーションが進んだアメリカでは、その傾向がはっきりと見てとれます*1。実は、私のところに載せているものは、処方箋も含めて、アメリカやヨーロッパでのモータリゼーションについての知見を基に書いています。

ショッピングモール、が象徴的に扱われています)

過去エントリーでも取り上げた廃ショッピングモールが印象的に使われています)


さて、エントリーに寄せられた意見の中で目立ったのが、交通をワザと不便にするのか、というものでした。しかし、ここにはある暗黙の合意が含められていますよね。つまり、ここでの交通自動車利用が前提だ、ということです。私は、自動車交通に対して異を唱えているのです。交通改善とは道路建設と等号で結ばれるものではない、ということですね。自動車交通が便利になる、ということは、すなわち公共交通機関を衰退に追い込みます。むしろ、公共交通機関と徒歩・自転車で用が足りる街を目指すべきだ、と考えているのです。


自治体関係者はよく「自動車歩行者自転車)の共存」というような聞こえの良い言葉をいいます。しかし、自動車公共交通機関・徒歩・自転車は共存する事は出来ません。

自動車交通歩行者自転車を片隅に追いやります。そして、公共交通機関から客を奪うのです。自動車交通が便利、つまり道路建設を行なえば、公共交通機関からの乗り換えによりさらに自動車利用者を増やします。これを誘発交通と云います。


つまり、自動車が増える→渋滞が増える→道路建設・拡幅・延伸を行なう→さらに自動車が増える、の循環が続いてきたわけです。

それに対応する現象として、道路建設・拡幅・延伸を行なう→公共交通機関から自動車に乗り換える人が増える→公共交通機関利益が減り、本数と路線が削減される→公共交通機関が不便になり、さらに自動車に乗り換える→、が起こります。

自動車産業の隆盛と軌を一つにする形で日本道路都市政策は進められてきました。日本自動車産業への手厚い支援と云えるでしょう。それを当然のものとして受け入れる人にとっては、自動車が便利になることは素晴らしく思えます。


ですが、自動車交通に対応出来ない人々はどうなるのか?例えば、かつては子どもたちがそれに相当しました。私の住む地域では、朝夕の駅には多数の車が子どもたちのお出迎えをします。これは駅だけでなく、直接、保育施設や学校であるとか、学習塾のような習い事でもそうです。近隣から苦情が出る事もあるそうですが、公共交通機関に頼れない、というより利用する発想の無い地方では、それが当たり前の風景になっているのです。さらに、通学時間に父兄*2高齢者ボランティアなどが児童の交通指導をする風景を見かけます。非常な手間が掛かるのですが、子どもたちを交通事故から守るために毎日行なっています。

何年か前のエントリーで、高齢化と少子化が進んだ場合自動車交通に頼る事が出来なくなるのではないか、と書きましたが、子どもたちだけでなく、かつて自身がハンドルを握った高齢者自家用車利用を諦めざるをえない状況になって、交通難民状態になっています。

一番ゾッとしない想像が、“子どもを送迎する保護者の車が子どもをはねる”“高齢者が運転する車が高齢者をはねる”というものです。交通困難状況に適応した結果として、こういう可能性もあるわけです。

買い物では大型ショッピングモールによる自主バスなどもあって、“買物客囲い込み”を見かけたりしますが、その他になるとどうしようも無くなります。

しかも、その大型店舗が撤退するような状況になればどうなるのか?


ヤマダ、さらに11店閉鎖 郊外型を6月末に一斉

家電量販店最大手のヤマダ電機が関東を中心に全国で11店舗を6月末に一斉閉鎖する。5月末に一時閉店を含め約50店の閉鎖に踏み切ったばかりだが、低下した収益力の抜本的なてこ入れのため、店舗の整理を続ける。従来は大量出店をしながら店舗閉鎖は月1〜2店にとどまっていた。規模の追求から効率重視へと経営方針の転換が一段と鮮明になってきた。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ23HT4_T20C15A6TI5000/


もちろん、こうした地域とするのを是とするなら、それもありでしょう。自動車交通をメインとする場合地域集約は不可能ですから街というものは事実上消滅し、ただだらだらと続く“郊外”の連なりになるでしょう。その場合矛盾する中心市街地活性化は諦めるべきですし、増大するインフラコストを担うべく自治体の支出増は避けられません。


私はそうではなく、自動車抑制・削減する施策により、公共交通と徒歩・自転車で用が足りる集約された街とする方が良いのではないか、と考えているのです。

例として、アメリカのポートランド、ドイツのフライブルグ、ブラジルのクリチバ、そういう流れに向けようとしている例としては、アメリカのニューヨーク、イギリスのロンドン、フランスのリヨンなどがあります。

誤解されている方もいるようですが、公共交通と徒歩・自転車で足りる街は決して不便な街というわけではありません。むしろ、東京などのように集約されて自動車がさほど便利で無い都市の方が人口集中を生んでいるわけですから。まあ、東京でもまだ道路を増やすようなバカな政策を取ってはいますけどね*3

公共交通機関自転車だって、テクノロジー発展と無縁ではありません。例えば、台湾の高雄*4では、現在無高架式のLRTの建設に乗り出しています。

世界初! 台湾・高雄で“全線架線レス”の路面電車を建設中<訂正あり>

台湾・高雄で建設中のLRT(次世代型路面電車)は、全線にわたって架線がないのが特徴だ。また、軌道敷の80%には緑化が施され、駅舎も緑に覆われたデザインを採用するなど、景観や環境に配慮した設計になっている。

http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/it/column/20150521/700809/


LRTの建設・維持コストでは架線はバカになりませんから、充電式のLRTは都市交通の解となり得るでしょう。これに、自動運転を盛り込めれば*5さらに低コスト化が図れるでしょう。

ただし、日本でもLRTの導入を進めようという自治体がありますが、“自動車抑制”が最も重要な要素であって、“自動車交通との共存”しようとすれば、間違いなく大失敗します。公共交通機関への自動車からの乗換えがコンパクトな街を支えるのです。


また、自転車世界でもヤマハ発動機が先鞭を付けた「電動アシスト自転車」は各国のベンチャーがこぞって研究開発に乗り出しています。パーソナルユースのモビリティとしては、いわゆる「超小型EV」*6よりも適していると考えているからでしょう。


最高速度48キロってもはやバイク!? でも値段は世界最安レベルの「電動自転車

http://nge.jp/2015/04/24/post-102548

機能も値段もドを越えた電動アシスト自転車「Trefecta DRT」

http://nge.jp/2015/03/28/post-100216

電動アシスト自転車なのに充電いらずなスマートモービル「CATTIVA」

http://nge.jp/2015/02/17/post-96027

時速25km出せる!「チェーンレス」の充電式電気自転車

http://nge.jp/2015/05/24/post-105260

電動アシスト3輪車「GinzVelo」は次世代型モビリティの形? 

http://nge.jp/2015/07/02/post-108988

速さと長距離移動を追求した「スーパーバッテリー」電動アシスト自転車

http://nge.jp/2015/05/20/post-104726


ちょっと社会実験の話です。

都市の四条通で歩道を拡張し、車道を狭める実験が行われました。


マイカーよりもウオーカー 京都中心部で車道を半減

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO86089460U5A420C1000000/


渋滞を生んだとして不評の声も上がっていますが、私はこの実験に強い関心を抱いています。四条通りで問題なのは車の抑制にはなっているが、バスも渋滞に嵌まっていることです。したがって、バス専用レーンを併設(もちろん、車道を削減して)することで、自動車交通を削減し、公共交通機関への誘導を行なう事が出来るでしょう*7

京都は、人が徒歩やせいぜい牛馬・船しか移動手段が無かった時代に造られているためにコンパクトに纏まった優れた都市です。駅近くにはレンタサイクルも数多くあり、人気を集めています。各観光地でレンタサイクルが人気なのは、ポイントで廻るような地域では無く、通る道すがらが楽しく魅力的な地域です。その点を理解しない観光レンタサイクルはあまり人気が無い。

同様に、奈良や大阪、神戸、広島、福岡、長崎、松山、高松なども自動車交通がさほど便利ではない。そして、個性と魅力のある街です。ここから見ても、自動車を排除した街の方が暮らしやすいと思うのですが、いかがでしょうか?


同規模の地方自治体比較であれば、静岡浜松を挙げる事が出来るでしょう。


自滅する地方 浜松静岡

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20130217/1361107055


静岡浜松の50周遅れで自滅に突っ走っているとはいえ、郊外拡張が進まなかったことが、二つの自治体の差を生んでいます。


ですから、こう提唱いたします。


クルマが無いと暮らせない、から、クルマが無いので暮らしやすい、へ」


地方自治体クルマを排除したまちづくりを進めるべきだと思いますよ。

では。

追記: この原稿を書き上げてすぐに、こんな記事が出ていました。

まちづくりでも温暖化対策 桜井林太郎

瀬戸内海に面した愛媛県の松山市と海がない栃木県の宇都宮市。あまり関係がなさそうな2市だが、思いのほか共通点がある。県都ということだけではない。人口は松山の51万5千人に対し、宇都宮は51万9千人。面積は429平方キロと417平方キロ。都市の規模がそっくりなのだ。でも、都市の「構造」に大きな違いがあると、今年版の環境白書が指摘している。市街地が低密度に拡散する宇都宮に対し、松山では集中した「コンパクトシティー」だという

このため、宇都宮では移動の手段は自動車への依存がより高く、1人当たりの車による二酸化炭素排出量が松山の1.7倍。1人当たりの道路などの維持補修費も1.7倍かかる。高齢者が外出する頻度も少ない。郊外店舗が多く、売り場面積当たり売上効果も低いという。つまり、都市の拡散化は、環境、健康、経済・財政にも悪影響だというわけだ。

「まちづくり松山」会長の日野二郎さん(60)によると、松山の町並みは、江戸時代にできた城下町が今も骨格。戦中の空襲で多くが焼失したが、戦後の土地区画整理では従来を基本とし、道幅をあまり広げず、その後、郊外型大型店を積極的に誘致しなかった。その結果、路面電車が今も残り、L字型の商店街が1キロも続く。

「少し窮屈かもしれませんが、まちが分断されず、コミュニティーが維持された。多くの人たちが長い間努力を続けた結果です」

折しも、2030年の日本の温室効果ガス削減目標が決まった。原発の扱いばかりが注目され、温暖化防止に役立つまちづくりはほとんど話題に上らなかった。省エネ対策も、自動車の燃費効率改善やLEDなど高効率照明の導入促進など、個々の機器の性能アップによるものが中心だ。

これらの対策はぜひ実現してほしい。でも、数字合わせだけなら、あまり意味はないと思う。2050年、さらには2100年といった長期的視点で、私たち一人一人が暮らす地域のまちづくりも、もっと話し合ってほしい。

(朝日新聞2015年7月27日 夕刊)


(出典元)

平成27年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(PDF版)

第1章 環境・経済・社会の現状と、持続可能な地域づくりに向けて

http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h27/pdf/1_1.pdf


みなさんも、少し自分の住む地域に関して考えてみてください。

*1:ドイツでも、特に旧東ドイツだった地域は、モータリゼーションによる郊外化による市街荒廃と商業機会を奪われる、という状況を生んだことが知られています

*2:父兄とは云っても多く見るのは母親達です

*3自動車利用拡大を進めた結果、不便になった街として中国の諸都市、北京、上海やタイのバンコック、インドネシアのジャカルタ、インドのコルカタなどがあります

*4:台北に次ぐ台湾第二の都市

*5:一般自家用車よりも対応するシステムは容易である

*6日本で開発されるEVはどうしてあれほど恰好悪いのか

*7:配送や営業、タクシーなども専用レーンを走れるようにすれば問題はさらに少なくなります

2015-07-16 台風

[][]自滅する地方 世界遺産篇

この間、三保へ走りに行ってきました*1静岡市の久能海岸ぞいに太平洋岸自転車道が通っているので、それを東走したのですが、三保半島に入るとこんな風景に出くわしました。

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なんと、松原を切り裂く形で道路建設が進んでおります。

本当に静岡市はどうかしているんじゃないのでしょうか?だって、ここ、世界遺産「三保の松原」から500mくらいしか離れていないんです。もっと自然景観維持に努めても良いでしょうに。しかも、この道路をどこへ通すつもりなのか。答えはここ。

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さらに驚くことに(本当は驚いているわけではなく、呆れているのだが)、三保の松原脇を区画整理して住宅地として分譲しているのでありました。そこへ繋がる幹線道路、として先ほどの道路が建設されているわけです。おそらくは、国道150号線に接続させ、「スムーズ自動車交通」を進める事が目的なのでしょう。頭を抱えてしまうような状況です。

まず、三保の松原(≒羽衣の松)がなぜ富士山と併せて世界遺産へ選ばれたかといえば、(文化遺産としての)富士山と繋がりがある、と認められたからです。つまり、ポイントとしての富士山ではなく、ゾーンとして広がりを持つ存在だ、ということな訳ですが、だとすれば、三保の松原自体も同じことで、松だけを守れば良いわけではなく、ゾーンととして捉えること、三保半島全体の景観維持が必要なはずです。区画整理事業も道路建設も、明らかに景観を損ないます。

次いで、三保半島自体が、震災発生時に津波に襲われる可能性が極めて高い、事業を正当化する側はこんなことを

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書いていますが、真に受ける人はほとんどいないでしょう。そもそも、静岡市人口流出が激しい地域で、すでに人口が70万人を切っています。人口が70万人以上だ、といって政令指定都市になったわけですが、その前提さえ崩れた状態なのです。わざわざ地域内で人口を分散させ、人口密度を下げる意味があるのでしょうか。そして、中心市街地活性化も中山間地活性化も打ち出しながら、その一方で海の近くを分譲する。やっていることが矛盾だらけで意味不明です。三保半島にもかつては造船業など産業があったためにそれなりに人が住んでいたのですが、現在は流出が続いています。写真は松原近くの「売り地」です。おそらく買い手は付かないでしょう。

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静岡県静岡市も三保の松原に関して、こんな景観保護のための施策を打ち出しました。

<富士山の日>三保松原でマツ苗植樹 静岡

http://www.at-s.com/news/detail/1174170606.html

しかし、松枯れの原因はおそらくは人間活動に起因するものです。道路を造って自動車を入れ、区画整理をして住宅を造る。どうみても松原の維持に最も負の影響を与えることになるでしょう。

三保半島は産業人口も漸減しています。むしろ、半島を昔の姿、松林や畑地に戻し、三保の松原としての魅力を増す方がメリットも大きいと思うのですけどね。

どうして地方自治体が自滅したいのか判りません。本当に真剣に考えているのでしょうか?

では。

*1:こう書いてますが、だいぶ前のことになります