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January 02(Sun), 2011

アンナ・チャップマンのその後:華麗な転身なるかロシアスパイ

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Anna Chapman in London; but she'll never return again.

彼女の名 Anna Chapman が有名になったのは、昨年2010年6月末に他のスパイたちと一緒に逮捕された際であり、美人スパイとして報道されたからだ。1982年の生まれで28歳だが、来月には29歳になる。アンナ・チャップマンというのは本名だが、Alex Chapman という英国人と結婚してから名前だ。表向きは大使館勤めだが実はKGBというヴァシリー・クシュチェンコの娘である。従って、親子二代のスパイである。しかし、余は、彼女が初めからスパイになる意図はなかったと信じている。つまり、成り行きだったんだ。

彼女スパイとしての職務はスリーパー(sleeper spy)すなわち現下具体的な工作はなく、一旦緩急あるときは行動にすぐさま移れるように待機する役割であった。米国側のおとり捜査で偽造旅券の行使を指示されたが、父親に連絡し父親の忠告に従って断ったことがある。モスクワ大学を最優等で卒業経済学修士号を持っている才媛で、ロンドン時代は楚々とした美人でもある。未確認の情報としては、いつのものかはわからないが、IQは162の記録があるそうだ。

彼女大学時代英国に遊びに行き知り合った英国男性半年後に電撃的に結婚する。双方はそれぞれの親には内緒だった。地位も学歴もない英国男性だが、アンナ母親は婿殿に好意的であった。だが、後にKGBとわかった父親は娘の行く末を案じて婿殿の将来についてしつこく聞いたらしい。

彼女は、その男性によると非常に素朴で、結婚しながら祖国修士号を取るようながんばり屋であったそうだ。しかし、結局、彼らは離婚する。この期間は2001年から2006年である離婚の理由は彼女未来像に彼氏が付いていけないことであり、円満離婚。ただし、チャップマンという名前は変えなかった。そして、彼女ニューヨークへと旅立つが、彼らは離婚後も連絡を取り合う友人としての関係は昨年まで続いていたようだ。この期間は2006年から2010年逮捕まで続く。

ビデオでご覧のとおり、強制送還された彼女モスクワで時の人(http://bit.ly/gT9OKh)。なにしろロシアというのはスパイ大統領首相になる国だから、今後も目が離せないのじゃ。なお、彼女英国国籍を取り消され、英国政府彼女の入国を許可しないことにした。なお、国籍取り消し(revocation)は国籍剥奪(denationalization)とは別で、元々国籍がなかったものとされること。

あがるまあがるま 2011/01/04 00:43 スパイとは何か?どうも大使館員はspionではなく一般市民の格好と資格で国に雇はれ金銭を得て諜報活動をする人物らしい。
アンソニー・ブラントのイタリア絵画史が手に這入らなくて面白くない。

DrMarksDrMarks 2011/01/04 01:35 外交官身分で行くのは半分公然の管理職的スパイ。普通は「影」として潜む。Anthony Bluntの伊太利亜なら1ドルで買える。送料のほうが高くなるがAbebooks.comで注文できる。MWW

あがるまあがるま 2011/01/05 13:32 アマゾンを見てもアンソニ・ブラントの本はペリカン美術史に這入つたもののほかは再版は殆どない。
Wikiを見てもブラントがソ連のスパイらとして何をしたのか分らないが、ナチに対するスパイとしてはイギリスに多大な貢献をしたはず。
エリザベス女王やロスチャイルドに親しい選良だつたから話題が大きくなつたのか?
オックスフォードで出版されたイタリア美術論史は2百ページ足らずの薄い本で良く読まれた − 日本語訳もあつたはず − それが安い理由だらう。

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