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February 19(Sat), 2011

私小説と「私思想」のすすめ:中島義一と中島義道

ブログの中味は下の2冊の本と内容的には関係がありません。念のため。

私小説のすすめ (平凡社新書)

私小説のすすめ (平凡社新書)

こども認識論 林檎の味 中島義一著作集 (3)

こども認識論 林檎の味 中島義一著作集 (3)

タイトルはもちろん猫猫先生意識したものだ。一つには『私小説のすすめ』に「・・・と私思想・・・・」を加えたに過ぎない。もう一つが猫猫先生と相性の悪い中島義道(通称ギドー)という名だ。中島義一という名は、諸君、たぶん知らないだろう。で、ギドーとはどういう血縁関係? おそらく、その関係はない。後で述べる。

余はもはやおとぎ話ファンタジーSFには興味がなくなった。いや、それが悪いとは言わないが、限られた人生の中では、仕事でもない限り読む気はしない。人生時間を損した気分になるからだ。だから私小説専門かと言われれば必ずしもそうではないし、大上段に私小説と振りかぶったものも気持ちが悪い。まず、例は挙げないが、あまりにもナイーヴで赤裸々過ぎては面白くないのだ。

余はやっと竹田壽惠雄(1915−1998)の残した二つのドイツ語の著作の紹介(評などと言えるものではない)に取り掛かったが、彼の個人生活について新たに知ることがあり、なるほどと思っていることがある。一応、著作に対して体裁を整えたものは本家ブログで連載するが、こぼれ話のようなものはこの分家ブログでも書いていく。

哲学という分野においては、むしろ一般的で竹田に限らないことではあるが、竹田が目指した思索と哲学は、実は、余が命名するところの「私思想」だ。竹田は壽惠雄(すえお)という名が示すように末男すなわち末っ子で母親に可愛がられたらしい。それはともかく、彼が哲学を目指すようになったきっかけは、小学校の教師が薦めた子供向けの哲学書であった。後の哲学小説へのこだわりは、ここに彼の原初的な体験・感化・動機がある。(彼は小説出版している。)

もちろん、本格的な哲学書が子供向けであるはずはないが、41歳で早世した教師畑(教育現場)の著者が、子供保護者が理解しやすいように、「哲学する=考える」とは何かについてわかりやすく説いた書物のようだ。余は未見であるが、現在も復刻版が新刊で手にはいるらしい。それは中島義一(1893−1933)の書いた『こども認識論 林檎の味』(こども哲学叢書第1編)という本であった。

本書は2003年に復刻されたが、調べてみて驚いたことに国会図書館にも原本はなく、NACSISでは日本図書館ではなく中華人民共和国天津図書館にあるだけだ。中島義一は茨城県結城郡石下町の生まれ、茨城師範広島高等師範を出ており、小学校中学校(旧制)の教師をするかたわら著作を相当数残している。東京高等師範でも学んだといわれている。

さて、この名前に似た現代の哲学系の男に中島義道(1946−)がいる。どちらもナカシマではなくナカジであるから血縁関係はあるのだろうか。少なくとも親子関係はない。義道の生まれる13年も前に義一は死んでいる。では、孫かといわれても余は知らぬ。第一、中島などという名はざらにあるし、「義」という男子名前もポピュラーだ。関係のない可能性のほうがはるかに高いだろう。

余は、この義道というのもよくわからない。知っているのはむしろ猫猫先生こと小説家比較文学者の小谷野敦と相性が悪いということだけだ。ウィキペディアで見たら、あの茂木健一郎という馬鹿と同じで、東大の身内庇いの恩恵というか、ただただ社会に出るまであちこちの学部に学士入学させてもらったり大学院に受け入れてもらって遊んでいるようだ。(もちろん、学士入学も大学院試験はあるが、ずいぶんと簡単なところもあるよ。)

うそう、茂木馬鹿である理由は本家ブログに書いた。更にこの分家にも書いている。文句があるならそれ読んでからにしてね。で、義道は茂木馬鹿とは違って、ウィキペディアによれば、何か積極的に求めるものがあってそのような学内遍歴をしたそうだが、どうもよくわからんよ。余の言う「私思想」かどうかわからん。それは彼の著作を読んだとしてもわからいかもしれない。

余の言う「私思想」というのは、私小説のごとく、体験(personal experience)、感化(influence)、動機(motivation)に深く根差すものだ。これは高邁な知識がいくらあっても出て来はしない。論理がいくら鋭くても「私」がなければ無理である。そして面白くない。お勉強学習によるだけの思想はゴミだ。もっとも、「私」だけで「思想」がなければ只の世迷言なので学習はしてほしい。てか、「私」がしっかりすると学習したくなるというのが自然の流れなんだべさ。

学習すると、初めの強烈な「私」も次第に客観的な「私」として捉えることができるようになる。それができない、あるいはできていない状態が狂人だわさ。政治思想宗教思想はもちろん哲学思想も集団で狂いだすことがある。それは客観的に捉えられた「私」がないどころか、「私」がまったくないことのほうが多い。そんなもんだ。ところで、義道さんて、自分精神病と言ってるんだって? いやいや、余はわからん。ウィキ記者が言ってるんだよ。ただし、引用つきでだから、本当なんだろうな。

余はドイツ哲学(学部)や理論神学大学院)を専攻したのに、哲学神学のおしゃべりが大嫌いだ。とくに「私」の見えないおしゃべり屋さんには閉口する。そんなのとは付き合いたくない。人生は短いぜ。そんな話を聞くくらいなら落語でも聴いてるよ。勉強になるし、第一、楽しいよ。

あがるまあがるま 2011/02/20 00:35 中島義道のカント本は何冊か読んだことがあるが、アリストテレスや学校哲学も考慮してあり他の日本の学者より遥に正統的でマトモなことが書いてある。
彼がウィーンで学んだヴィンマーは良く知らないが − 多分極く普通の大学教授 − フライブルクのハイデッガーの講座の後継者であるG・プラウスやD・ヘンリッヒの本もきちんと読んで居る様子。
彼がトーダイで散々苛められたといふY教授は山本信らしい。
大森荘蔵の本も少し読んでみたが、誰もその名前も知らない同年生れの小川弘(東京教育大)『時間と運動』の方がきちんと勉強してある。
岩崎武雄は読んだことがないが外国語の論文もなささうだし、渡辺二郎より川原栄鋒や細谷貞夫、新田義弘の方が学界では評価されてる。
トーダイが駄目なのは池上謙三の早世が大きさう。
竹田壽惠雄はナイホフから出た別の本しか見たことがないが これは大したものではない

DrMarksDrMarks 2011/02/20 11:13 同じ細谷ですが「貞雄」のほうもお忘れなく。あと滝浦かな。今は誰がいるんだろう。竹田壽惠雄は私思想です。MWW

あがるまあがるま 2011/02/20 12:18 貞雄でした。池上謙三の弟子が細谷貞雄でお兄さんの細谷俊夫は東大教育学教授で、貞雄の息子も東大理学部の教授らしい。
その時代の東大では斎藤忍隋が一番好きだ。
山本信は学生の誰からも嫌はれててゐて、東京女子大学長になつた彼がタクシー事故で盲目になつた時、『ザマーミロ』つて皆思つたといふ。

マルクス博士の仰るのは細谷恒夫のことですね。
竹田壽惠雄は務台理作との関係が強くて京都や信州大学に行つたのかも知れませんね − 高橋の岡山時代からの弟子の三宅剛一のことも忘れてはならないが。
務台は高橋里美とフライブルクで一緒で仲が良かつたらしいから。二人とも戦後は国立大学の学長になり務台は『ヒユ−マニズム』高橋は『愛の諸形態』など変なことを始めたが。
さう言へばフライブルクの日本人留学生の関係で仙台の大学に来た人が結構居る。
木場了本の息子の木場深定 − 親子でヘーゲルの宗教哲学の翻訳をした。
銀座教会の渡辺善太の甥の野辺地東洋(野辺地天馬の息子で同志社の正之は弟)。

あがるまあがるま 2011/02/20 13:34 山本信が東京女子大学長だつたと書いて、彼は多分キリスト教徒だと思つた − 東京女子大はキリスト教徒しか教師にしないらしいから。
それで思ひ出したのは
昔、中野区鷺宮に住んでゐて近くに山本和の家があつた(どうやらキリスト教の集会もしてたらしい)、トインビーの山本新、ライプニッツしか業績のない山本信は彼の息子かな?

DrMarksDrMarks 2011/02/20 16:09 現在、東女の教員はキリスト教徒でなくてもかまいません。東大出身の山本和は基本的には牧師です(大学でも教えたが)。山本新は弟。山本信はたぶん和や新と関係がありません。MWW

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