Hatena::ブログ(Diary)

医局脱出へのカウントダウンarchive

2006-09-12

お金か,勉強か,それとも義理か


 夕張市立総合病院で不足する医師を補充するために給与を上げることにしたらしい。自分が現在の病院勤務を続けたとして15年目で同じだけの給与が頂けるとは思えないし僻地公立病院にしては高い部類になるのかもしれない。ただしその金額が医師の業務内容を考慮して妥当なのかどうかは別問題。もし妥当なら募集する医師が現れるのかもしれないが,状況を考えたらまあ居ないだろう。

 医師が病院の求職に募集する動機は,端的に言って「お金」か「勉強」である。「お金」を選ぶ場合,額面自体より勤務による肉体的・精神的負担に対する報酬が支払われるかという点が重要だろう。支給額が平均程度でも業務による拘束が少なければ相対的には給与が良いということになるし,たとえ5000万円の給与だろうと365日24時間拘束されるなら(実際は363日だったらしいが)相対的に不充分なのは道理。別に医師に限ったことではない。

 「勉強」というのは「症例経験」とも言い換えることができる。研修医はもちろん中堅以上の医師であっても臨床の実力を向上したいと思えば多くの経験を積むしかない。武者修行と同じで,レベルの高い施設で研鑽を積んだ方が力は付くわけで,そういった病院であれば給与や労働条件のことは度外視して勤務する理由になる。地理的条件とか施設の充実度よりもポイントはよりはむしろ,人的資産だろう。優秀な指導医がいれば僻地の古い病院でも医師は集まる。

 では「お金」も「勉強」もない病院はどうするのかというと,結局は医師の「義理」で維持されてきた。「義理」とはつまり具体的には,「患者さんのためだから」だとか「将来希望する職場への紹介をもらえるから」とか「何度も頼まれて断り切れなかったから」とかいう,契約という概念と対極にある実に情緒的な代物である。新臨床研修制度導入以来,みるみるうちに廃れつつあるのが現状なのだが。

 昨今では医局も人材難で「義理」が果たせなくなった訳で,「お金」も「勉強」も用意できない病院にとっては厳しい状況となっている。そして「お金」か「勉強」のいずれかが必要であると自覚している僻地病院,そして僻地自治体は少ない。「命を救う医師がお金のことばかり言っているとはけしからん」というひとには,こう返答したい。


世の中には金に代えられないものはある。

しかし,金があれば解決する問題も多い。


 出自は忘れたが,名言と思い記憶の片隅に残っていた。どなたか出典を教えていただけるとありがたいです。医局脱出まであと200日。


【追記10/3】出典はssdさんのブログでした。


comment

Commented by ssd at 2006-10-03 11:52 x

デジャブを感じたのですが、もしかして、私のblogでしょうか(w

http://ssd.dyndns.info/Diary/archives/2006/06/post_84.html

長先生のサイトから経由して飛んできました。

Commented by doctorpooh at 2006-10-03 12:55

ありがとうございます。多分そうだと思います。

少し前から定期購読してました。

Commented by ssd at 2006-10-04 11:55 x

一応オリジナルですが、基本線はめぞん一刻の三鷹さんの台詞

「愛はお金で買えませんが、お金で愛は潤いますよ」

だったような・・・。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/DrPooh2/20060912/1200467050
Connection: close