2007-03-06
■[超−1]【0】帰り道
ネタとしてはかなり恐怖感を煽る内容なのであるが、体験者自身の言動に問題があるように感じる。
“毎回必ず起こる”怪異であり、それに対して毎回のように驚愕しているのだが、よく考えるとそれだけ怖いのであればわざわざ原付で片道30分以上掛けていくバイトを辞めればという気になってくる。
また「直前までは考えている」と言っているのだから、バイトが終わって暗くならないうちに帰ればいいにもかかわらず、雑談をして時間を潰している。
結局毎回起こる怪異をころりと忘れる本当の理由は、実はこの怪異に対して恐怖心を抱いていないのではないという疑念すら生じてくる。
“必ず起こる怪異”というのは、相当強烈な怪異であることは間違いない。
だが、それは抗うことができない状態で不可避の出来事として体験者に降りかかるから恐怖なのであって、この作品のように本人の意志でどうにでも変えられる状況だということになれば、雰囲気は一変するだろう。
特定の怪異について体験者が恐怖心を感じていないと読んでしまうと、その怪異は途端に色褪せてしまう。
この作品でいえば、体験者のプロフィールを極力表に出さずに怪異の現象だけをクローズアップさせて書いたならば、もっと際立った恐怖感を出すことができたかもしれない。
言わずもがなの部分で本質を損なうようでは、やはり高い評価はできない。
■[超−1]【0】ぱさりぱさり
作者の筆力によってグイグイと引っ張られるように読むことができた。
特に鏡によってあやかしの正体を一人ずつ知ってしまう場面は、良い意味でのじれったさを感じた。
書き方のツボを押さえた筆法と言ってもいいだろう。
だが、評を書くために再読すると、かなり問題のある部分が浮き彫りになってきた。
まず、あやかしの正体が大家の娘であるかが明瞭でない。
あやかしについては“女”とあるが、“大家の娘”とは書かれていない。
最後の1行で大家自身がこの怪異を知っているように示唆しているから、あやかしの正体が誰であるかは重要なポイントになりうるはずである。
さらに気になるのは、髪の毛が扉にこすれる音がはっきりと聞こえているにもかかわらず、あやかしが発する低い唸り声については正体が分かるまで全く触れていない点である。
いくら“引き算の怪談”と言えども、ほぼ同じ大きさの音の一方だけが聞こえるように書くのは不自然である。
そして怪異の肝とも言える「扉の隙間から片目が覗く」場面であるが、扉の下の部分に数センチ単位の隙間があるというのは正直違和感がある。
このように怪異に直結する部分で御都合主義的なディテールがいくつもあると、やはり読者としては身構えざるを得ない。
圧倒的な筆の勢いは買うが、不自然だと思う部分で出てきた以上は、高い評価を与えることは出来ない。
■[超−1]【+2】薮から…
小粒なネタであるが、それに合った書き方に徹しているため、なかなか好印象である。
特に面白いと思ったのは、「犬も驚いた」という部分である。
体験者の目の錯覚ではないことを表すための証人なのであるが、まさか犬がそれの役目をするとは予想外であった。
いたずら半分と体験者が思ったのだから普通の人間の腕に見えたのだと推測するが、1行ぐらい腕に関する情報が欲しかったようにも思う。
全体としては、怪異の内容ともバランスの取れた表記ができており、標準的な怪談話であった。
可もなく不可もなくと言ったところだろう。
■[超−1]【−1】再会
いわゆる“見える人”の話なのだが、かなり深刻な内容にもかかわらず、むしろ不謹慎な態度でそれをサラリと書いてしまっている。
自分自身が不幸の元凶であって、昔の彼女の霊から指摘を受けた訳である。
話の展開から考えると、彼の影響で彼女が死に至ったと見るべきだろう。
このような予想がつくにもかかわらず、体験者は平然と他人にそれを告白するのである。
またそれを聞かされた方も「かかわらないように」と思うだけで、そこに死に至った者に対する憐れみとか畏れの念というものが微塵も感じられない。
はっきり言えば、この話の中で一番恐ろしいのは、人間一人の死を通して語られた内容に対する体験者達の無神経な反応ぶりである。
彼女の死に対して感傷的な言葉を投げ掛ける必要はないし、大仰に扱うことも違和感がある。
だが、彼女の死を通して明らかとなった事実を元に、ブラックジョーク的なオチを持ってくることはあまり感心できるものではない。
怪談話は往々にして人の死を扱うことが多い。
だからこそ、作者はその厳然たる事実とどのように向き合って書くのかという部分を真剣に考えなければならないし、おふざけ半分でそれを面白おかしく取り扱うことは以ての外であるのは言うまでもない。
作者が意図的に人の死を茶化したというように個人的には受け取ってはいないが、無意識でもそのような態度を取ることはやはりいただけない問題であると思う。
構成次第ではウエットで且つ真摯な作品に仕上げることができるネタであるだろう。
(ちなみに清水さんの告白相手は“部下の砂川さん”なのか? まさかと思うのだが…)
■[超−1]【−3】なるほどねぇ…
まず、ネタが凡庸以外の何ものでもない。
怪異と遭遇した場所が仏間で、オチが“お盆”では、さすがに捻りようがないほどストレートな話である。
これではいくら文章が巧みであろうとも、展開のさせようがないというのが正直な意見である。
そしてこの作品で一番良くないのは、書かれた文章である。
一言でいえば“己の文章に酔っている”状態である。
独特の言い回しを駆使している部分(「理論で武装」や「鳥肌が移動」そして意図的に置かれた“体言止め”の文)が中盤に多く見受けられる。
だが、怪異の描写部分だけを取り出すと、脆弱そのもの。
特に「左(仏間)を見て右(縁側)を見た」などは、描写どころか、説明としても相当レベルが低い書き方である。
このような括弧付きの補足でしか状況が展開できないのに、本来の語法をずらして奇を衒った文を書いたところで、「変な日本語」としてしか見てもらえないだろう。
描写などの基礎的な部分でしっかりと書く訓練ができて初めて、装飾的な文が生きてくるのである。
特に怪談話は“あり得ないもの”をイメージさせるだけの筆力が求められる。
多数の読者を置いてけぼりにして自己の文章イメージに酔っているようでは、支持を受けることは到底無理ということである。