幽鬼の源

2007-03-13

[]【+3】年末の決意

一読して、この作品は単純にあったる怪異を書いているのではないと思った。

実際の体験者である彼女の姿を話者である“俺”の視点で書いている訳だが、これが非常に意図的であると感じるのである。

リアルに書かなければならない怪異の描写で、これでもかというぐらい伝聞体の文末に統一させている。

怪異を中心とした怪談話を本気で書きたければ、“作者=俺”である以上、彼女に直接取材すればいいはずだろう。

あるいは“作者≠俺”でないならば、この書き方は不自然であるし、敢えて怪異を直接書かない理由があるはずだ。

とにかく、故意にこのような構成を作り上げたという印象を受けた。

『見えている世界が違う』…まさにこの言葉がこの恋人同士の置かれた状況である。

それは霊が見えている見えていないという意味でもあるが、その裏にもう一つ、二人の価値観の相違というものがストーリーから見て取れるような気がしてならない。

俺の一番最後の言葉「ここには居られない」とは、“アパートに居られない”という意味以上に、“今の二人の関係のままでは居られない”という気持ちの方がひしひしと感じられてくるのである。

怪異を見る、そしてその怪異について語る彼女に、俺はもうついていけない。

多分この日の出来事で、俺と彼女の関係は清算されることになったのだろう。

俺の視点から書かれたこの話は、怪談話として成立させながらも、怪異に対しては冷淡なほど素っ気ない。

もし彼女が“見える人”でなかったなら、という想いが俺の中に絶対にあるから、こういう少々投げやりな視点で怪異が書かれているのだろう。

…やや穿ちすぎな想像で作者の意図を書いてみたが、まあそういう読み方もあるということで。

本当に怪異譚として書いているのなら減点も考えるが、正統派の怪談ではないという判断でそこそこの評価をさせていただいた。

[]【+2】見知らぬ連れ

タイトルの付け方とストーリーの展開の絡みがなかなか上手い。

最初のスポット探検で登場した“友人の代わり”が怪しいと思わせておきながら、ファミレスのくだりで全然別の怪異を持ってきて“連れ”の正体をはぐらかせ、そして最後にもう一度ひっくり返すことで読者を唸らせた。

タイトルが読者の先入観を作り上げるという効果を最大限に利用した展開ぶりはなかなかのものであると思う。

既に指摘があるように、ファミレスでの店員の言葉がどうしても引っかかる。

事実であったにせよやはり不自然な流れと受け止められるので、細かな状況をはぐらかせることが出来なかったのかと思う。

最も重要な急展開の場面であり、また最大の怪異の発端でもあり、怪異の“気付き”のヤマ場でもあるので、完全にカットしてしまう訳にもいかず、難儀なところである。

ただ一番問題だと思ったのは、体験者が最後に語る後日談的な感想である。

せっかくタイトルによって巧く読者を誘導させたにもかかわらず、最後が“見知らぬ連れ”の話題からファミレスで見た親子の霊のことや鉄の匂いに関する内容で締めてしまっている。

「…期待している。」というところでクローズしていたら、タイトルからの流れできれいに終えることが出来たと思う。

結局、作者自身がこの作品における怪異の肝を絞り切れていないのではという印象が残ってしまった。

それぞれ存在感のある怪異であるからコメントしたい気持ちもわかるが、強烈な怪異同士がてんこ盛りになってお互いに薄れてしまうのは避けるべきであると思う。

[]【+2】潜伏期間

本心とは全く違うことを言い続けることで、却ってその本心を際立たせるというレトリックがある。

この作品でも「偶然だ」という言葉を連発させることで、そうではないことを強調しようとしたと思われる。

だが、何となくそれが中途半端というか、効果的ではなかったように見える。

結局、作品中で「偶然」だと言っているのが死んでいく当事者ではなく、第三者ばかりだというところに弱さを感じる。

もし仮に当事者が立った一言「偶然だよね」などと言っていたら、凄く重い印象を与えることになったであろう。

ところが連続死の環の中にいない者だけが「偶然」という言葉を使ってしまったために、本当にそのような刷り込みに陥ってしまったように感じる。

要するに、逆説的な示唆が額面通りに受け取られてしまい、本来の効果が出ないばかりか、却って恐怖感を打ち消す側に回ってしまったような印象である。

また劇的な盛り上がりを期待して当事者との会話を駆使しているのだが、これも何となく不発に終わっている。

結局、当事者の感情があくまで不安でしかなく、決定的な怖れにまでなっていないように感じるからだろう。

これだけ会話を積みながら漠然とした不安だけでは、やはりインパクトが弱いと言える。

“祟り”とは当事者が“祟られている”と自覚して初めて成立するものなのである。

この作品の弱点は、“祟り”とすべき内容にもかかわらず、原因らしきものはあっても決定的ではなく、また“祟り”と断じるには物的な証拠がなく、当事者達も明瞭に“祟り”であるという意識も薄い。

最終的に、状況証拠としては“祟り”と断定しても良い内容であるにもかかわらず、恐怖度から言えば数段低い“不安”というレベルで展開が止まってしまったところに、読者の感じる中途半端さが出てしまったと言えるだろう。

「千人塚」や「七人」の犠牲者など、もっていきようによってはこれだけでも“祟り話”に解釈できるような素材があるにもかかわらず、何か煮え切らない印象だけが残ってしまった。

悪い意味で“あったること”だけで話を繋げてしまった感がある。

もう少し作者の意図的な誘導があっても良かったように思う。

[]【+4】お気に入り

取材時の状況を交えながら書かれた、まさに実録風怪談の典型である。

当然取材者本人も本編に登場し、ルポの最中に自説を繰り出してくることもしばしばある。

この作品でも取材に関する持論を展開しているが、あってもなくても構わない程度の印象である(当然やり過ぎれば鼻につくということになると思うが)。

そして文の長さについても、取材部分と回想部分がきれいに織り込まれているので読んでいて退屈することもなく、むしろテンポの良さにグイグイと引っ張られていくように読むことが出来た。

直球勝負の“実話怪談”とはまた違った味わいを感じさせる文章構成であると思う。

怪異の内容についても、複数の証言によって多角的に怪異を掘り下げているので、単純な幽霊目撃談であるにもかかわらず、ネタの貧弱さを感じない。

そして後半のネタについては出来過ぎの感もなきにしもあらずであるが、ここまでの流れが確立されているために眉唾物の印象は皆無である。

また内容が驚愕のものであり、実録風の文章スタイルでさりげなく書かれていても、結構インパクトがある。

しっかり書かれてなおかつ上質のネタである。

個人的に唯一評価を落としたのは「ドラえもんのような大山さん」という表記。

さすがにこれだけはどうにかして欲しかったと思う。

顔の表情と声のイメージがリアルすぎるほど出てきてしまい、困ってしまいました。