2007-03-14
■[超−1]【+1】田臼
地方に伝わる伝統的風習にまつわる怪異であり、それだけでも“妖怪系”マニアにとっては垂涎のネタと言えるだろう。
目撃したのが午後6時過ぎから7時頃の間であることがうかがえるので、まさに“逢魔が時”の怪異であり、その点でもなかなか貴重な目撃談であると思う。
だが、その前半のストーリーがあまりにも長すぎて、完全に怪異が埋もれてしまっている。
帰宅のルールについてもここまで事細かに書く必要性もないし、帰り道のルートも丁寧に書いたようだが却って読者を混乱させる要因にしかなっていない。
つまり怪談であるにもかかわらず、当時の体験者の思い出話の方が先行してしまい、怪異自体までが記憶に残る思いでの一コマ扱いになってしまった。
とにかく冗長なその他の部分を切り詰めて、怪異が話題の中心であるように位置づける書き方をしないと、インパクトどころか印象にすら残らない。
せっかくのネタであるが、これでは体験談としての価値も薄れてしまうだろう。
そして最後の体験者の講釈であるが、怪談話としては余計な部分になっている。
もしこれが民俗学的な目撃談のデータであるならば、体験者の感想として記録してもいいかもしれないが、ストーリーとしてはそのあやかしの存在がどのようなものであるかをわざわざ提示する必要はないだろう。
ここまでの内容で読者の想像力を刺激するだけの情報があるのだから、敢えてそれを限定させなくても良いと思う。
わかりやすく書こうと意図すればするほど回りくどくなり、面白味に欠ける内容になってしまった感が強い。
ネタが良ければ、手間暇掛けた調理をしなくても、十分においしいのである。
■[超−1]【+2】掃除機
霊的な怪異の恐怖を生身の人間のキャラクターが食ってしまったというべき作品である。
しかもそのキャラクターが完全に人間性を失っているとしか思えないから、数段恐ろしい。
掃除機で赤ん坊の霊を吸い取るというのはネタとしては面白おかしいものなのだが、やっている本人が“堕胎”した直後から怪異が発生しており、その存在を“ウザイ”と思ってやって面白がっているのだから、壊れてしまった人間に対する哀れみの情というものすら出てこない。
道義的な問題を出して抹香臭い説教をするつもりはないが、ここまであっけらかんと負の部分を露出する相手に対しては、恐怖を通り越した殺伐とした乾いた印象しか持てない。
要するに、シチュエーションとしては相当怖いものがある(怪異自体も体験者のキャラも全て含めて)のだが、それを上回る無情感というか、喪失感というか、そのような虚無的な心情に襲われてしまう。
事実だからどうしようもないと言えばそれまでだが、どうしてもやるせない気分の方が勝ってしまう。
作品自体の出来は、ある意味ここまで感情的に凹ませることが出来るのだから、作者としては成功なのかもしれない。
特に後半の軽い調子で怪異を語る部分などは、相当文を書きこなしているという印象が強い。
ただしあまりにも感情的に落ち込んでしまったために、好評価までは至らず。
(個人的に気持ちの面で受けつけないという理由で評点を落とすというのは、多分この作品が初めてである。褒めているのか貶めているのかわからないが、とにかく明記しておく)