幽鬼の源

2007-03-15

[]【+5】二階

正統派の“物件”ネタである。

特にこの作品の秀逸な点は、怪異と遭遇直後の状景が非常に細やかに書かれており、緊迫感の高い盛り上がりが出来ているというところである。

とりわけ体験者の恐怖感が感情を表す言葉ではなく、描写によって生み出されている点は、非常に高く評価できる。

いわゆる紋切り型の説明調がいかに平板で単調なものであるか、この部分を読めば自ずと理解できるほどの迫力であると言えよう。

またこれだけの説明描写がなされているため、怪異自体もリアルなものとして受け入れることが容易になっている。

これも、僅かな説明で怪異を表すことがいかにストーリー全体にとってマイナスになっているかを知る上で参考になるだろう。

やはり怪談話の命はネタであると同時にそれを活写する筆力であることを、この作品は明確に証明している。

怪異の肝部分だけではなく、この作品では体験者をはじめ叔父や一階の住人のキャラクターも描写によって巧く表現されている。

少々くどいと思う部分もあるが、描写部分の多さによって一気に読ませるだけの勢いがあるという印象である。

勿論、ネタについても水準以上の凄味のあるものと言えるだろう。

上質の作品である。

[]【+2】運命の赤い糸

サラリと読んでしまえば特に気になることもないが、精読すると作者がかなり強引に誘導していることがわかる。

一番それを感じるのは、あやかしである幽霊との遭遇部分である。

まず最初に女の霊を目撃する段であるが、直観的な認識であるから表現は難しいかもしれないが、特別な理由や証拠もなく「この人は生きていない」といきなり書くのは、やはり引っかかりが大きいように感じる。

多分2回目の遭遇時との絡みから(ここで初めてあやかしである明瞭な証拠に気付くことになる)、ある程度体験者にとって禍々しい存在であることを出したかったのだと思うが、全体的には説明不足の感は否めない。

また次の男の霊が出現するくだりも、最初に死亡事故があったことを書いてからの登場であり、その霊が交通事故死した者と同一であると言わんばかりの書きぶりである。

つまり作者は、体験者の最後の言葉“事故多発の原因”という解釈を元に構成し、読者を誘導しようとしているようである。

作者が意図的に何かの解釈を提示することは、それが“実話怪談”であっても許されるだろう。

この作品のような場合は、特に常套手段のように因果関係を強調させたくなるものである。

だが、ここまであざとく話を進めると、どうしても手法が強引になって粗さが目立ってしまう。

真剣に読めば読むほど、こういう難点は浮き彫りにされてしまうことになる。

むしろ“電柱に新しい花が供えられるごとに赤い糸を引いている霊体が増える”というさりげない事実を書くだけで、読者は勝手に作者の意図を汲んでくれるように思う。

多様な解釈ができてしまうのを防ぐために作者が誘導するのは、意義があるだろう。

だがこの作品では“電柱の新しい花=交通事故死”という流れが明確なだけに、わざわざ作者が解釈を施さなくとも読者はその流れを見抜いていくに違いない。

レールがしっかりとあるところにわざわざ方向指示の看板を立てれば、却って胡散臭くなるし、強制されているという印象だけが残ってしまうだろう。

[]【+2】このやろ

金縛り”系のネタなのだが、両脇に霊が寄り添っていたというとんでもないケースだけに、ありきたりという印象は全くなかった。

またこういう体験の場合ダラダラと状況説明をしたくなるところなのだが、それを抑えて“心霊落語”の掌編にまとめたところにも一定の評価が出来る。

ただ掌編だけに、言葉の使い方には細心の注意が必要だったと思う。

既に指摘があるように「おじいさん・おばあさん」という表記は、体験者の金縛りに対する苛立ち感を壊してしまい、怪異そのものに対する印象も大きく変化してしてしまった。

以前にも言ったが、掌編は表現するために必要な言葉の数が少ない分だけ、その一語が持つ影響力が大きい。

やはりこの表記は肝である怪異そのものを表す言葉である以上、作品全体にかなり深刻な影響を与えるだろう。

この部分での減点はやむなしといったところである。

(「懇親」の誤字はさすがにご愛嬌というところで、不問にしたいと思うが)

それ以外は、妙に納得させられたところもあり(多分ごたごた講釈しなかったところが良かったのだろう)、概して好印象であった。

[]【+3】肝だめし

心霊スポットへ行って酷い目に遭う話であり、その点ではよくある話だと思いつつ読んでいった。

しかし後日談を読むと、この作品がひと癖もふた癖もある特異なネタであると感じ入った。

特に錯乱して精神病院送りになった者が退院して当時の体験を語るというのは、ありそうでなかなかお目にかかれない話であり、すごいリアル感をもたらしてくれたと思う。

またその他の内容もかなり強烈なものが多く、相当な祟りに見舞われたとしか言いようがない。

(落ち武者の首がフロントガラスを突き抜けたという証言と、実際に車のフロントガラスに派手なヒビが入ったという事実との符合は、相当希少な話である)

とにかく読めば読むほど、とんでもないネタであるという認識が強まる作品である。

だが、全体的な文章の印象があまりかんばしくない。

無駄と思う部分はないのだが、何か一本調子のまま“あったること”をそのまま並べたという感想である。

特に後日談に強烈な内容が連なっているのに対して、前半の心霊スポットでの怪異がありきたりなのになぜか克明に描写されているのが、印象の悪さに繋がっているように感じる。

ただならぬ緊迫感を出すことに成功しているのだが、そこまでこの車内での異変(決して怪異だとは思わない)を書く必要性があったのかと問われると、やはり答えは“No”である。

もたつき感はなかったが、全体の流れから考えると、ここはもっとスリムにして後半の肝に全力を傾けるべきだったと思う。

要は、ウエイトの掛け方の問題である。

ここさえクリアできれば、“心霊スポット”ネタとしてはトップクラスの評価を出したかもしれない。

[]【+1】温もり

読者を上手く誘導させておいて、最後で小気味よい裏切りを見せる点は評価できる。

ネタとしては小粒であるが、こういう細工がなされていると印象はよいと思う。

ただし文章全体が説明調であるために硬いという印象が強く、これが体験者の感情面での効果を妨げているように感じる。

特にこの作品では親友の死を悼む感情が強固でないと、思い入れの部分で1枚フィルターがかかっているような気分にさせられる。

理性的に体験者の悲しみは理解できるが(だから最後のどんでん返しの伏線としては成功している)、良い意味で主観的な視点に入り込めないのである。

そしてそのせいで、前半部分の体験者の行動にまどろっこしさを感じてしまうのである。

主観的な思い込みが肝である作品で体験者側に感情移入しづらい状況が続くと、やはり追体験が出来ずに退屈な気分にさせられてしまう。

理性的な言葉による説明を費やすよりも、描写による体験者の動きの方が感情を表す上ではインパクトがあると思う。

また最後の体験者の講釈は、毎度のことながら不要である。

特にここまでご丁寧な解釈は、却って読者の想像する楽しみを奪いかねない。

“あったること”だけで十分オチがついているのだから、余韻を作るためにも不用意に体験者の解釈を出してこない方がよい。

結局、細かな部分で減点していったために、トータルでの評点がかなり落ちてしまった。

[]【+5】袖引き

これでもかと言わんばかりのドロドロの話である。

この手の話は不条理さも良いのだが、ここまできちんと因業話が絡んでくる方がなお強烈なインパクトがあって良い。

特にこの作品では、厭な雰囲気を強調させて「何かがある」という思わせぶりを作りながら、実際にその期待を裏切らないほどの厭さを出してきている。

体験者が怪異と思わずに男の子の霊を目撃し、それを家族に伝えた瞬間などは、圧巻としか言いようがないほどの凄味のある場面である。

実際にはこの場面も先に読めているのであるが、落胆することはなく、むしろ予想通りであったことにマニアゆえの一種の快感を覚える。

良い意味で予定調和的な流れが作られており、読者はドップリとその中に漬け込まれているという感じである。

だから最後に登場するおばさんの存在も疑いもなく受け入れてしまう。

本来ならこのようなエピソードは書かない方が無難なのだが、ここに至るまでに徹底的に因果が書き尽くされているからこそ生きてくる内容である。

また、因業話は身内だけで完結してしまいがちなのだが、このような第三者からの指摘があるのも珍しいケースであると思う。

作者もその点を意識しているようであり、タイトルを『袖引き』としたのも、ここに力点を置きたいという意図の表れであるだろう。

作者の筆力、構成力共に非凡さを感じさせる作品であると思う。

[]【−2】チョコレート

既存の創造物を援用して怪異の内容を表現することは勿論ご法度であるが、同じく既存の作品に依存するネタも余程慎重に掛からねばならない。

正直言うが、「黄金のチケット」とチョコレートの関係に気付くまで相当のタイムラグが生じている。

下手をすると誰かに指摘を受けるまで全くの謎の状態だったかもしれない。

これでは怪談以前に、ただの与太話で終わってしまう。

かといって、最初から原題を出して説明するほど大層なことが出来るほどの内容でもない。

結局、映画の夢オチチョコレートの匂いという不思議な事実とを結びつけてしまったために、却って胡散臭い話になってしまったという印象である。

夢オチの部分を全部カットしてしまい、チョコレートの匂いがする事実だけ書いていれば、それなりにインパクトのある話になっていたかもしれない。

怪異はあくまでも匂いであるにもかかわらず、それよりも印象的な夢(しかもそれが合理的な説明がついてしまう内容)を持ち出してきたために、誤解を招く結果となってしまったということである。

文章技術が高いことだけが救いであったが。