2007-03-31
■[超−1]【+3】のんべ魂
ストーリーとしてはまっすぐ一直線という感じで、何のひねりもなく、最後のオチまで見通せるレベルの作品である。
普通の怪談話であれば、決して手の内を見せずに最後に一気に想像のつかない結末を提示する方が高品質であるという認識である。
だがこの作品の場合、この最後まで揺るぎなく進む流れであるからこそ安心して読めるというスタイルに評点を高くした。
この作品は怪異を表しているが、決して恐怖などで読者を驚愕させることに主眼がある訳ではない。
むしろ亡くなった祖父に対する愛情というべき感情を前面に押し出し、不思議だけど微笑ましい状景を作り出すことがメインになっている。
だから気の利いた捻りや凝った結末などは不必要であり、ほのぼのとした雰囲気が文章の端々から感じられることにこそ価値があると判断した。
生前の祖父が如何に周囲から愛され、そしてその死後に起こす怪異までが祖父らしいと言われ続けること。
これを読者がこの作品から汲み取ることができれば、作者としては自らの意図が伝わったと感じるであろうし、この作品は成功であったと胸を張って言えるであろう。
個人的な感想であるが、自分も死んだらこんな幽霊になって出てきたいと思った。
自称酒飲みをそういう気持ちにさせるのだから、素晴らしい作品であると言っても良いだろう。
ちなみに怪異であるが、コップに入った酒が短時間で減るという話は幾例かあるが、封をした一升瓶の中身が減るという事例は中岡俊哉氏のレポートで広島の某寺で起こったとするものしか覚えがない。
意外と貴重な怪異でもあるだろう。
■[超−1]【−1】腕試し
一般の人間がなかなか認知できない能力を持っているという人に出くわすと、やたらその人の能力を試してみたくなるものである。
怪談で言えば“見える”人がどれだけ見えているのか、こういう世界にのめり込んでいる連中ほどそれを客観的に“実験”してみたくなる。
かく言う私も、さほど有名ではない心霊スポットについてそれとなく聞いてみたら、噂になっていた内容と全く同じ霊体がいると言われて驚いたことがある。
だがその話を“実話怪談”として文章に起こしてみようとは思わない。
あくまで話のネタであって、文章化した作品にまで昇華できないと考えているからである。
この種の話は単なる体験談ではなく、信憑性を問われる“実験”という側面が強いため、ストーリー性のある話にまとめてしまうとどうしても支持を受けにくい。
最初から作為的にストーリーが決められており、まさにその通りに結果が進むしかないからである(まさか“実験”が失敗したケースを“怪談話”として出すような愚挙はしないだろう)。
結局、バラエティー番組で科学的実験検証が捏造あるいは不適切と糾弾されているのと同じ印象を受けてしまうのである。
しかもこの作品で取り上げているのが、途轍もなくビッグネームであり、さらに非公開の写真という非常に判定が微妙なもので“実験”がなされている。
体験者の心情も理解できるし、実際にその人の能力をまざまざと見せつけられた時の興奮は並のものではないことも承知している。
しかしそれを文章として公開しようと思えば、単に体験談では済まされない、誰もが納得しうるデータの提示が必要だという意見である。
その部分での引っかかりがある以上、評は低くせざるを得なかった。
■[超−1]【+3】暗黙の了解
霊と人間がコミュニケーションが取れるのかという問題があるが、普段は見えるはずもない人が特定の霊だけ見える場合はいわゆる“波長が合っている”ということで、人間同士のように双方向にスムーズにはいかないにせよコミュニケーションは可能であるという見解である。
この作品のように視覚的なレベルまで相手を意識できるということは、意図的にコミュニケートしようとすればできると思う。
だから、体験者の「勝手な思い込み」はあながち見当外れなものではなかったのではないだろうか。
むしろ問題はお互いの解釈の相違である。
体験者は“自分がいる時は出るな”であったが、霊からすれば“イレギュラーはやめてくれ”ということだったのであろう。
この作品にあるような“人と霊が長らく穏便に同居していたのが破綻する”体験談を分析すると、きっかけは人の方が休暇や病気などで“普段不在であると時間帯に部屋にいる”ことが圧倒的である。
人からすれば「自分の部屋だから」という理由から気にしないのだろうが、霊からすればそれは“約束違反”の何ものでもないのであろう。
相手の方から話を持ちかけてきておいて先に約束を破られれば、心情的に結構ピュアな霊にとっては絶対に許すことのできないことに違いない。
この作品でも休日でたまたま部屋にいた時に怪異が発生している。
それを考えると、この作品も妙に納得のいくものになってくる。
問題のカミソリであるが、体験者が想像しているような自殺の手段だったのかは、正直この怪異だけでは判断しきれないだろう。
少なくとも霊が警告のために人間に危害を加えようと試みたことは確かであると思うが。
それ故、このケースでは自殺まで示唆する必要はなかっただろう。
ネタの希少性からいってなかなか面白く、またすっきりとした文章であったので、水準以上の作品であると感じた。
■[超−1]【+3】岡持ち
不条理という以上にシュールなシチュエーションの怪異である。
こういう手のネタの場合、作者はどうしても“笑い”の方に走ってしまい勝ちなのであるが、この作品では“あったること”の表現に専念することでひと味違ったインパクトを与えている。
笑うに笑えない体験者の心理を読者にも体験させようという意図があるように感じる。
体験者の話し口調を見ると非常にノリが軽い印象を受けるが、決してギャグを飛ばしているのではなく、むしろ目の前に起こっている怪異を必死に否定しようとしているがための軽さに見える。
怪異に対するリアクションの一つとして非常にリアルなものを感じさせるし、却って切迫感というものが滲み出ているようにも見える。
まさに“洒落にならない”怖さである。
怪異であるが、“岡持ち”という物証がある以上、かなり貴重なネタであると思う。
この物証のその後も知りたいところであるが、怪異の肝がシュールな男であると思うので、ダラダラと後日談を書くよりも思いきって削った方が正解だったようにも感じる。
ただ岡持ちの存在だけでもう一話作品ができてしまうほどとんでもない物証なので、できればその後は別の話で読んでみたいところである。
全般的にはなかなか得難い作品であると思う。