Hatena::ブログ(Diary)

翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記 RSSフィード

【09Dic10 00:45 更新】
※ NZ炭鉱爆発事故関連リンク;
  ☆Stuff.co.nz / Pike River: Full coverage (複数メディアをカバー)  ☆Greymouth Star/ Pike River Disaster(地元メディア)  ☆Pike River 社 Home



※ ケーブルゲート 関連リンク;
  ☆Wikileaks 総合目次  ☆Wikileaks Secret US Embassy Cables  ☆Wikileaks Facebook  ☆WikiLeaks - Wikipedia  ☆SaveWikileaks.net  ☆Leaks  ☆United States diplomatic cables leak - Wikipedia  ☆guardian.co.uk 特集TOP (英語)  ☆EL PAÍS.com 特集TOP (西語)  ☆LeMonde.fr 特集TOP (仏語)  ☆SPIEGEL ONLINE 特集TOP (英語)



『翻訳』 とは、異なる言語間で文章を置き換えて表す技術です。 『ルス、闇を照らす者』 と云う翻訳書の背景およびそれに込められた普遍性のあるメッセージの考察をコアに、 「翻訳」 された米州を中心とする国際情勢に関する記事や話題、フラメンコ・一部フォルクローレ・ハンパな理系の話題など私の趣味の世界も紹介します。


カテゴリー


2009-03-29

翻訳家 山岡朋子さん その37  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その8: ハイチの場合 その3

さてドミニカ共和国およびハイチの 『闇の時代』 について考察していたところで丁度タイミングよく? オバマ新大統領が 『アフガニスタン新包括政策』 を発表したため、先に新政策に関する懸念についてコメントしました。


ただしカリブ・中南米地域における 『帝国』 の前歴について認識が無ければ 「懸念」 の意味はよくわからない筈です。参考になる著作・記事は数多くありますが、今日は翻訳家であり多分ジャーナリストでもいらっしゃる益岡賢さんのページから一部を引用して紹介致したく;


益岡さんページ http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/

以下トップページより引用;


ページの背景

このページでは、特にコロンビアを中心に、あまりマス・メディアでは扱われない情報を、マス・メディアとは異なる視点から紹介します。ある程度まとまった文章(および文章へのリンク)をアップし、それ以外の情報は必要最低限に抑えます。月2〜3回情報を追加しています。もう少し更新を頻繁にしたいのですが、このところイラク関係情報をファルージャ2004年4月ブログで更新しているため、こちらの更新がゆっくりになっています。

「情報生産の独占における真に不吉な点は、情報そのものに対するアクセスの問題ではなく、情報を批判する手段に対するアクセスの問題である」(エドワード・サイード)という状況に多少なりとも対抗するに有用な批判的情報を紹介していきたいと考えています。


HPではコロンビアのみならず東ティモール、イラク、パレスチナ・イスラエルなど、またジャーナリストであるジョン・ピルジャー、ウィリアム・ブルムおよび先日紹介のチョムスキー教授記事の翻訳やら世界情勢を知るのに有用なリンク集などがあり、大変充実しています。

さて3月22日付け −翻訳家 山岡朋子さん その35  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その6: ドミニカ共和国の隣国ハイチの場合− (http://d.hatena.ne.jp/El_Payo_J/20090322/1237687202) 中で紹介の 「もうひとつの癌」 について、益岡さんHP右カラムの 「人別記事 ブルム」 から 「ウィリアム・ブルムの文章」 → 「ハイチ:1986年〜1994年 誰がこの男を取り除いてくれるのか? (2004年3月2日掲載)」 を是非読んでみて欲しい、とおもいます。以下、記事の冒頭の一部のみ引用;


ハイチ 一九八六年〜一九九四年

誰がこの男を取り除いてくれるのか?

ウィリアム・ブルム著

キリング・ホープ 第55章より


国際法違反の不法侵略・占領を行う米軍の支援のためにイラクに憲法違反の自衛隊派遣を日本政府が行なった状況で、他にも書いておきたいこと等は色々あるのですが、ここでは、あまり背景まで掘り下げられることのないニュースからハイチの事態を読み取る一助として、ウィリアム・ブルム著『希望の殺害』第55章「ハイチ」の章の粗訳を紹介することにしました。長くなりますが、ぜひお読み頂ければと思います。


----


フランソワ・「パパ・ドック」・デュバリエ(一九五七年から一九七一年)と、ジャン−クロード・「ベビー・ドック」・デュバリエ(一九七一年から一九八六年)という、ともに「パパ」により終身大統領に指名された二代にわたるデュバリエ家独裁政権のもとで、米国は、ハイチの対ゲリラ部隊を訓練して武器を与えた。ただし、ハイチに対する米国の軍事援助のほとんどは、イスラエルを通して秘密裡に提供されたため、ワシントンは、残忍な政府を支援しているという困惑すべき問題を避けることができた。一九八六年二月、ジャン−クロードが亡命を余儀なくされたとき---彼は米国空軍のジェット機でフランスに逃れた---、ワシントンは公式の援助を再開した。そして、悲惨な状態に置かれたハイチの人々が、三〇年にわたるデュバリエイズムの終焉を祝っていたときに、米国は、その体制を別の新たな名前で維持することに専心していた。

ジャン−クロードがハイチを去ってから三週間のうちに、米国は、ハイチに二六六〇万ドルの経済・軍事援助を提供すると発表し、四月には、「ハイチをパトロールして秩序を維持するために、ハイチ軍にトラックと訓練、通信装置を提供するために必要な追加の四〇〇万ドルを求めていた」[1]。ハイチで「秩序を維持する」ことは、国内の弾圧と統制を意味する。そして、デュバリエの退位から一九八七年一一月に予定されていた選挙までの二一カ月の間に、あとを継いだハイチ政府は、ベビー・ドックが一五年間に生みだしたよりも多くの一般市民犠牲者を生みだしていた[2]。


f:id:El_Payo_J:20090329164015j:image f:id:El_Payo_J:20090329164014j:image

     上出 『希望の殺害』          W.ブルム著、益岡さん訳



なおチリ、グアテマラ、エルサルバドルなど他国についても記事があります。読めば読むほど、相変わらず同じ過ちを懲りずに繰り返していることがわかります。問題の根は軍事独裁政権でもチンケなテロリストでも麻薬でもありません。世界最大のテロ国家の暴走を誰も止められないことです。さて、歴史から何を学んでどう活かすべきか?

2009-03-28

オバマ新大統領発表の アフガン政策新包括戦略: 過去のあやまちの繰り返し−−−

発足以来非常に好意的に迎えられ期待も大きいオバマ新大統領であるが、27日に発表された 『アフガニスタン新包括政策』 を見て愕然としたので、この点を考察してみることに。

同政策については上っ面だけなめた日本語訳でしか読んでいないが、いくつかの記事を見る限り以下要訳出来そう;

    1. 軍・警察の育成および自立訓練を主任務とする米部隊約4000人の増派、駐留米軍を今秋までに6万人規模に増強
    2. 行政執行・統治能力の向上を目指した数百人規模の文民派遣
    3. 隣国パキスタンの安定化を目指した、今後5年間に渡る年間15億ドルの非軍事援助を提供、同国内に潜伏する国際テロ組織アルカイダ打倒を目指す
    4. アフガン政府にはびこる汚職防止の対策
    5. イラン・インド・中国・ロシアなど利害関係国を含む 「連絡グループ」 設置による地域的連携を提唱

これでは前ブッシュ時代と何も変わらないどころか、アフガニスタンの状況をイラク以上に泥沼化させるだけであるのは目に見えている−−−と思う。何故か?


1)の 「軍・警察の育成および自立訓練を主任務とする軍人の派遣」 は、過去にカリブ・中南米地域を中心にCIAやSOA *1 が行って来た過ちの繰り返し。この政策がもたらすものは結局大規模かつ重大な人権侵害とそれに続く (過去のものよりはスマートな) 独裁政権のレール敷設であることは、先日ドミニカ共和国やハイチのケースで考察したとおり。


2)の文民派遣については−−−よく調べていないので今日現在コメント出来ません。


3)「アルカイダ」 なる組織は世界中で知られる様になったものの、未だにその実態が明らかになっていない。私は、どう考えてもこの組織 (そう呼べるシロモノならばですが) はアメリカ政府の都合のいい様に扱える架空の存在ではないか、と疑ってますが。こんなおばけをひとつ持っていると便利ですよね? 全ての失敗・悪を押し付けることが出来ますからね。うかうかしているとそのうちに、駐日米軍基地のヤンキーの犯す犯罪まで 「アルカイダ」 の仕業にされ兼ねない。

パキスタンへの非軍事援助? 一体そのカネは何のために使われるのか? アメリカに協力するご褒美でしょうがね。


4)汚職より、アフガニスタンの麻薬撲滅が先でしょ? コロンビアがいい例ですが、アメリカが介入するところ必ず麻薬アリ。タリバン時代よりこの点悪化しているのでは?


5)「テロとの戦い」 などという訳のわからない、勇ましいスローガンのもと周辺国や隷属国、なかなか言うことを聞かない欧州勢に一体何を求めるつもりか? オバマは、自国こそ世界に名だたるテロ支援国家であることをまず認識すべきですね。アメリカが、アメリカ以外の国際社会が理解している 「国際社会との連携」 の言葉の意味を理解出来るほど一夜にして賢くなったとは到底思えませんから。


オバマの外交手腕が試される、との論評があるが、今回の政策そのものが恐らく取り巻きやら政権内で強大な発言力を持つ勢力によって策定されたものでしょうから、多分この分野においては日本の首相同様 「お飾り」 であるオバマは今後相当屈辱的な評価を受けることになるでしょうね。


『闇の時代』 の新たな1ページが書かれようとしています。一体これから何人が殺されるのか? 何人殺されれば過ちに気が付くのか? ベトナム戦争を終わらせた様な反戦運動はもうアメリカでは起きないのか?


以下、私の現在の気持ち;

f:id:El_Payo_J:20090325233226g:image

写真の出典: http://www.soaw.org/ Tシャツ宣伝

この図柄は中南米を扱っており、文字の意味は 「殺人学校を閉鎖しろ! 繰り返すな! もう沢山だ!」 このデザインを世界地図に広げるべきですね。


.

*1:旧称 米州学校 (School Of the Americas, SOA)、現 「西半球安全保障協力研究所」。

”1946年、在パナマのアメリカ南方軍本部内にSOAとして置かれる。親米ゲリラに拷問技術・尋問法などの教育を施し、西半球の親米軍事・独裁政権と「反米」左翼政権転覆を支援した。“修了者”たちは「反米」運動・レジスタンス運動の有力指導者の暗殺に関わったとされ、SOAも“School of Assassin”(暗殺学校)と蔑まれた。

2001年1月、ラテンアメリカ諸国の軍幹部に訓練を施す名目で、ジョージア州フォートベニングに移転、機関名も改められた。公式の目的は「民主主義的価値観、人権の尊重およびアメリカ的習慣と伝統の普及」であり、研修受講生は「人権、法の支配、デュー・プロセス・オブ・ロー、軍隊の文民統制、民主主義社会における軍隊」について8時間受講する事になっている。

なお、「研究所」と改称しただけで、その存在目的はSOA当時と全く変わっていないとされている。”(以上Wikipediaより抜粋、後日改めて考察)

2009-03-23

翻訳家 山岡朋子さん その36  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その7: ハイチの場合 その2

デュヴァリエ支配下のハイチの雰囲気を、どんな歴史資料よりも雄弁に伝えてくれる小説として英国の小説家グレアム・グリーン *1 の小説 「喜劇役者」 が挙げられそう。この小説は 『G・グリーン全集19(1980)』 に収録されている他、『喜劇役者 (1967年、ハヤカワ・ノヴェルズ)』 など、いずれも田中西二郎さんによる翻訳が出版されている様です。


またドイツの女性作家アンナ・ゼーガース *2 によるものとしては以下2つが挙げられます;

  • ハイチ島の三人の女  http://www.cafebleu.net/book/seghers/haiti2.html  インディオの女性、黒人奴隷の女性、現代の黒人女性と、時代は異なるが、虐げられた三人のハイチの女性の悲劇的な生涯を描いた短篇集。かつて「ハイチの宴」でハイチを題材に取り上げ、再びハイチに取り組む。簡潔な文章によって虐げられた女性たちの力強い生き方を描いた、ゼーガースの最後の作品である。(上掲HPより抜粋)


● 中南米に関わっているとよく耳にするのが「マチスモ」 (マッチョ、要は男性優位主義あるいは男尊女卑) と云うコトバですが、ここ10年位でしょうか、 「マリアニスモ」 (聖母マリアが語源、女性の精神的優位を表す、あるいは母性イデオロギー) と云うコトバを耳にする機会が増えた様です。また、「ジェンダー」 (社会科学において、生物学的性に対する社会的・文化的な性の有り様、または場合により「女性」と同義) に関する講義やら研究も目にします。例えば−−− http://www.sophia.ac.jp/syllabus/2007/gakubu/1556_56430.html とか。


以前紹介しましたが、いまいちど山岡朋子さん(横山朋子さん) の翻訳書 『ルス、闇を照らす者』 の「訳者あとがき」 (ソニー・マガジンズ 2001年6月30日出版、451ページ) を参照しますと;


−−−私事になるが、訳者はメキシコの田舎町で暮らしていた頃、市場の売り子たちと親しくなるにつれ、メキシコの女性や社会運動に関心を持つようになった。女性たちが勉強会を開き、現状を変えようとしている村を訪れたこともある。−−−


また、08年10月25日の 【翻訳家 山岡朋子さん その19 ノーベル平和賞授与 署名活動の依頼の記録】 http://d.hatena.ne.jp/El_Payo_J/20081025/1224934683 でも紹介されている 『五月広場の祖母たち』 および 『五月広場の母たち』 の例、ミラバル姉妹など改めて挙げるまでもなく、少なくとも私がある程度見渡せる中南米・カリブ地域での女性の活躍は精神的なものにとどまらず、社会を変える原動力となっているのは事実ですね。


私見ですが、肉体的に男性が優位とは限らないし、精神的に女性が優位とも限らない。皆個人差がありますから。それ以前に、両性の違いを無視して比較すること自体馬鹿げています。決定的かつ多分いつの時代になっても変わることの無い唯一の違いは、女性だけが子供を産むことが出来る点。文豪ユゴーの言葉 「女は弱し、されど母は強し」 ってことではありませんかね? 聖母マリアは無原罪の母親。ひょっとすると、子供の出産により精神的にはもちろん、その結果として肉体的にも男性を上回る、と考えるべきかも。(オトコなんて本当に脆いですよ。)


従って、山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』 http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm 中に;

--- 皆それぞれ結婚し、家庭を築いていた。女性として生を全うすることもできただろうに、何が彼女たちを駆り立てたのか。 ---

とありますが、むしろ家庭を築いていたからこそ出来たのではないか、と云う考えも成り立ちそう。女性あるいは母親の視点から歴史を把握して書かれた小説の存在価値・行われている社会運動は多分過小評価されています。改めて扱ってみたい話題ですね。


で、ハイチに限らず 『闇の時代』 に関する考察ですが、以下記事を参照;


http://www.book.janjan.jp/0810/0810260239/1.php

(『ハイチ いのちとの闘い−日本人医師300日の記録』の感想)

--- 本書では政治的な言説は抑制されているが、印象に残ったものはアメリカ在住のハイチ人アブジャスの言葉である。民主的に選ばれたアリスティドの施政下の混乱に直面して、「デュバリエ独裁時代のほうがハイチは豊かで、秩序があった」と独裁政権を懐かしむハイチ人がいることを彼は批判する。彼は独裁政権下の秩序を「恐怖の中での秩序」と位置付け、「自由のない社会の秩序は、自由のもたらす弊害以上に恐ろしい」と主張する(132ページ)。


この一見正しい主張にも、罠が潜んでいると思います。『自由』 の定義は何ですか?それが正しいと教えられ思い込んで来た『自由』 とは何か? 自分あるいは自分にとって大切なひとのいのちと引き換えるだけの価値はあるか? それは他人あるいは他国に押し付けることの出来るものか? −−−歴史を振り返ると二枚舌・三枚舌を駆使し続ける欧米諸大国の唱えるコンセプトに盲従することは大変危険と思います。現在のこの世界は、実質一国独裁時代ですよ。正に我々は 「恐怖の中での秩序」 の下で暮らしています。デュヴァリエやトルヒージョより、『帝国』 の皇帝は幾分マシでしょうか? みせかけの自由こそ、諸悪の根源かも知れません。今の世界こそ、過去に例を見ない 『闇の時代』 と言えませんか?


なにも独裁者に限らず、拷問や殺戮行為など糾弾・断罪されるべき。犯罪者を裁くのは当然。しかしそれはあくまで対症療法・モグラ叩きに過ぎない訳で、根を断つには、むしろ何故そんなことが起こったのか、何故阻止出来なかったのかを徹底的に検証すべきでしょうね。歴史を学ぶ意義はそれ以外には有り得ず、新しい秩序が求められている現在、ある程度明らかになった 『闇の時代』 から学ぶことは絶対に必要。『帝国』 の暴走に誰も歯止めがかけられない状況では暗澹たる気持ちにならざるを得ないのも事実ですが、千里の堤も蟻の穴から、ってこともありますからね。


.

*1:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3 参照

*2http://www.cafebleu.net/book/seghers/index.html 参照。以下、このサイト 「カフェ・ブリュ」 の紹介ページ http://www.cafebleu.net/guide.html より引用;

アンナ・ゼーガースの文学

2001年にリリースしました。戦前のドイツから戦後の東ドイツで活躍した女性作家に関する情報です。あまり知られていない作家ですが、大好きでしたので、作ってみました。

2009-03-22

翻訳家 山岡朋子さん その35  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その6: ドミニカ共和国の隣国ハイチの場合

山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』 では扱われておりませんが;

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

スペイン語・フランス語の違いはあるものの、ドミニカ共和国と1844年まで共通の歴史を分け合ったハイチも、あまり日本では知られていません。そうですね、西半球の最貧国であること、あるいはブードゥー(そしてゾンビ?) 程度ですかね?そうそう、ハイチコーヒーとドライカレーと絵画の販売を行っている「カフェハイチ」ってのもありますね。

http://www.cafehaiti.co.jp/  (時折利用させてもらっている程度ですが)


絵画については 『印象派の影響を色濃く受けた』 カラフルな絵であるヘイシャンアートがよく知られており、私個人的には大好きです。色々なバリエーションがあるみたいですが、たとえば;

f:id:El_Payo_J:20090322085743p:image


出典:http://www.haiti.jp/Japanese/Art/30.html (#4699)


1697年から1804年まで 「最も利益をあげていた」 フランス植民地であるサン・ドマング (Saint-Domingue, 西語ならサント・ドミンゴですね) *1 から黒人の指導者ジャン=ジャック・デサリーヌが1804年に国号を先住民による呼び名であったハイチに改め独立を宣言。世界で初の黒人による共和国、かつラテン・アメリカ最初の独立国が誕生したことになります。


しかし独立後も国内の混乱や欧米からの干渉は絶えず、フランスは19世紀前半、フランス植民者が失った農園や財産などの賠償金をハイチ政府に請求し、ハイチは軍事的圧力の下、また独立の承認を得る代償として賠償金の支払いに応じるハメになり、長年借金としてハイチを苦しめることに。 (この旧宗主国に人権を云々する資格はあるのですかね? 欧米諸国の二枚舌にはいつもながら辟易します。)


カリブを裏庭とみなすアメリカは1915年、債務返済を口実に海兵隊を上陸させハイチを占領、1934年まで支配を続け、ハイチの対外財政は1947年までアメリカが管理し続けた。この間アメリカをモデルにした憲法の導入、分裂を繰り返さないための権力と産業の首都への集中、軍隊の訓練などを行ったが、これは現在に続く地方の衰退や、後に軍事独裁を敷く軍部の強化といった負の側面ばかり残したことも隣国ドミニカ共和国と共通ですね。


以上、ウィキペディア参照; http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%81


--- と云うことは隣国同様、独裁者による人権蹂躙がそれに続くことは当然の成り行きですね。1957年にクーデターで誕生した軍事独裁政権下、同年9月に大統領に就任したフランソワ・デュヴァリエ (当初親しみをもって「パパ・ドク」と呼ばれた) が突如1958年独裁者に転じ、その死後政権を継いだ息子のジャン=クロード・デュヴァリエ (親しみは込められていないと思うが 「ベビー・ドク」と呼ばれた。どこぞの国でもパパと息子で政権に就きましたっけね) の父子2代に渡って、クーデターで追われる1986年までハイチを喰い物に。


警察や国家財政などを私物化したこの体制もトルヒージョに劣らず 「近代でもまれに見る最悪の軍事独裁体制」 と称されておりますが、それを維持するために1958年に創設された秘密警察がトントン・マクート *2 。正式名称である 『国家治安義勇隊』 とその可愛らしい?響きとは裏腹に、拷問や、遺体の見た目を凄惨にするため時にブードゥー教の悪魔や神などに扮してマシェーテ(蛮刀)を振い、見せしめのために被害者の遺体を広場に晒すなどして反体制派を弾圧。デュヴァリエの失脚と共に86年解散された筈がその後復活、新生トントン・マクートはアリスティドら民主派に対するテロをたびたび引き起こし、現在でもFRAPHなどその残党がハイチの政界に大きな影響力を持っていることが、多分この国の癌のひとつですね。


なお1987年に制定された新憲法下民主的選挙によって選出され1991年大統領に就任した左派のアリスティドは同年軍事クーデターにより失脚、その後 「国際社会の」 圧力により1994年復帰、2001年には大統領に再選されるものの、2004年発生した武力衝突により辞任に追い込まれた経緯があります。


この背後にある 「もうひとつの癌」 については多数のサイトで紹介されています。ここではそのうちのひとつを紹介しておきますね;


http://www.hottokenai.jp/webex/vol02_02.html


--- 以前の独裁政権下で利益を独占してきたハイチの特権階級と距離をおき、最低賃金を上げ貧困問題を緩和する政策をとろうとしたアリスティッド大統領は、アメリカにとっては煙たい存在だった。このクーデターも、アリスティッドによって解体された軍部の再建を目論む武装勢力と、ビジネスに都合のいい政府の欲しい特権階級がアメリカに後押しされて引き起こされたといえるだろう。 ---


--- 山岡朋子さんのエッセイの内容とは段々かけ離れてきました。本題に入るまでの前置きが長くなりましたのでここでいったん終了、その2へ続く、ってことにします。


.

2009-03-19

翻訳家 山岡朋子さん その34  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その5: その他の作品

山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

で紹介されている他3作品について;


●『キンセアニェーラのお祝い』

作家HPでの分類は Nonfiction

"Once Upon A Quinceanyera: Coming of Age in the USA"

D

題名 = Suenos de Quinceanera Part 1 (第3部まであり、西語)


この動画は、ユニビジョン27で2007年11月19日放映されたものの様です。作者フリアさんおよびボストンの業者 「ソニアズ ブライダル」 オーナーさんとのインタビュー。


ラテン女性の15歳くらいって、本当に愛くるしいですからね。


●児童書『ロラおばちゃんがやってきた』

作家HPでの分類は Young Readers

"How Tia Lola Came to Visit Stay"

題名の一部が消されているのは、原作がその様になっているため。そのココロは何でしょう?また、雪なんて降らない常夏の島から来た愛すべきおばちゃんが、雪におおわれたバーモント州のうちへ向かう絵のココロは?

f:id:El_Payo_J:20090319043026j:image f:id:El_Payo_J:20090319061134g:image



写真の出典:左 作者のHP http://www.juliaalvarez.com/young-readers/

      右 翻訳者のHP (下記) 「こんな本を出しています その2」より


この作品を書いた動機や背景は作者のHPおよびその中で紹介されているリンク先 (Random House: Behind the Book) で公開されています。この作品を翻訳された神戸万知さんは、ご自身のHP (http://godomachi.com) で以下の様に紹介しておられます;


ひとことで説明すると、ドミニカ風メアリー・ポピンズ。

両親が離婚して、ミゲルとフアニータは、ママといっしょに真冬のヴァーモントに引っ越してきた。そして、身も心もかじかんでしまった母子家庭に、ロラおばちゃんがやってくる。陽気で愉快なおばちゃんが、あっというまにみんなを幸せでつつんでしまう、とびきりやさしくてあたたかい物語。


児童書として日本には紹介されていますが、上に紹介したランダムハウス書店の書籍紹介ページは次の様なスペイン後と英語で締めくくられています;


url = http://www.randomhouse.com/catalog/display.pperl?isbn=9780440418702&view=authdesk


--- but also because I wanted to bring all those aunts back from the dusty past so that they could become a part of the lives of all my readers.

As Tía Lola would say in Spanish, "¡Bienvenidos lectores a la familia!  Welcome, readers to the family.

"Mi casa, su casa. Mi libro, su libro."

My house is your house. My book, your book.


フリアさんが10歳の時ドミニカ共和国に残していらっしゃった愛すべき”Tias”(=おば達) への想いを読者の皆さんと共有しましょう、と云うこと。合衆国で暮らしているラティーノ (ヒスパニック) のルーツを、ノスタルジーと共に紹介されている様ですね。多分優しく易しい英語で書かれているはずですから、翻訳本と併せて読むと楽しみながら勉強になりますよ。


●アルゼンチンのユダヤ人に焦点を当てた”The Ministry of Special Cases”(2007)

作者は1970年NYロングアイランド生まれのユダヤ系アメリカ人。

作家HP = http://www.nathanenglander.com/


D

題名 = Nathan Englander's The Ministry of Special Cases

作者自身が、新作の一部を紹介しています。


合衆国の経済を握り、従って政界を牛耳るのがユダヤ系、とのあまり良くない偏見が私にはありますが、作者の様な若い世代はどうなのでしょうか?合衆国内で暮らすヒスパニックの方々と比較してみるとおもしろいかも。


この作品も、例の 『汚い戦争』 に焦点を当てている様です。『ルス、闇を照らす者』 とは違った角度で歴史の暗部を描いているのでしょう。アルゼンチンは昔から欧州志向が強い国です。そう云えば確かユダヤ人国家建設の折、アルゼンチンは最後まで候補に残っていた、と云う話を読んだことがあります。一方、相当数のナチの残党もアルゼンチンに潜伏していた、と云う話も。アルゼンチンの、ひいては中南米の特異性を理解するには、その歴史をまず知ることが絶対に必要ですね。音楽もしかり。合衆国とカナダ以外の米州 --- つまりカリブ・中南米地域って色々な意味で本当におもしろいのですが、何故か日本であまり紹介されませんね。地理的に遠いからかな?

2009-03-16

翻訳家 山岡朋子さん その33  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その4: バルガス・ジョサの作品

トルヒージョ政権下のドミニカ共和国を扱った作品として山岡朋子さんがエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

中で言及の、ペルーの作家マリオ・バルガス・ジョサの作品 "La Fiesta del Chivo" (2000) の紹介もしておきます。なおこの作品も私は未読のため周辺事項の案内にとどめます;


f:id:El_Payo_J:20090315160809j:image  作家のHP(http://www.mvargasllosa.com/)より抜粋


この日本でも比較的よく知られた作家のものは翻訳も多い様ですが、 「翻訳作品集成」 および 「世界を感動させた作家たち」 サイトによると、各々;

http://homepage1.nifty.com/ta/sfv/vargas.htm

http://www.kufs.ac.jp/toshokan/worldlit/worldflame23.htm

山岡朋子さんご指摘のとおり、当該作品に邦訳は無い様です。


若くして国際ペンの第14代会長を務められ、94年にはスペイン語圏のノーベル文学賞に匹敵するセルバンテス賞を受賞したこの大御所は、フジモリに敗れたものの1990年ペルーの大統領選挙に出馬した際日本でも報道されましたね。私個人的にはあまり好きではない彼の政治面も含む経歴については、【立命館経営学】 第46巻 第5号 (2008年1月) 掲載の立林良一さんによる 『マルクス主義から新自由主義へ ―マリオ・バルガス=リョサの軌跡―』 に詳しいのでそちらへ譲ります;


www.ritsbagakkai.jp/pdf/465_05.pdf

なおこの論文中に以下記述があります;


−−−さらに3年後の1969年に長編第3作として発表されたのが『ラ・カテドラルでの対話 (La conversación en la Catedral)』である。1948年から8年間続いたオドリアによる軍事独裁の時代を描いたこの小説は,独裁者個人よりも,腐敗した社会全体の状況を大きくとらえることを意図している。上流階級の出身ながら社会の不平等に強い問題意識を持つ,作者の分身ともいうべき若きサンティアゴと,独裁者の右腕として政権維持に辣腕を振るうカジョ・ベルムーデスを中心に,権力の中枢から社会の底辺に至る数多くの登場人物が絡み合って,ひとつの大きな物語が浮かび上がってくる。時と場所を異にする多数の会話を交錯させることによって重層的に描き出されたこの作品は,まさに全体小説と呼ぶに相応しいスケールを備えている。人は日常生活を送っている限り,自分が置かれている社会的状況をなかなか大局的に捉えることはできない。しかし,小説に描かれた虚構の中であれば,読者は社会全体の大きな動きを見渡すことが可能になる。60年代の3つの長編小説には一貫して,文学の持つそうした機能への積極的評価が反映しており,『ラ・カテドラルでの対話』は,全体性の追求を最大限にまで押し進めた作品ということができる。−−−


文学の持つ俯瞰機能とも云うべき可能性を追求していると云う点は、アルゼンチンの作家 Elsa Osorio さんの作品 "A veinte años, Luz " 、ドミニカ共和国−合衆国の作家 Julia Alvarez さんの作品 ”In the Time of the Butterflies” などとの共通点と思われます。2000年に発表された "La Fiesta del Chivo" についても、それが全てではないにしろ比重は高い筈。"La Fiesta del Chivo" あるいは "Conversación en la catedral" については、時間が許せば是非オリジナルを読んだうえで検証してみたいとおもいます。


"La Fiesta del Chivo" の作品紹介は、何故か西語版のウィキペディア(http://es.wikipedia.org/wiki/La_fiesta_del_chivo) よりも英語版ウィキペディア (http://en.wikipedia.org/wiki/The_Feast_of_the_Goat) に詳しいですね。


なおこの作品は映画・舞台にもなった様です;

D

題名 = La Fiesta del Chivo   映画


D

題名 = Scene of La fiesta del chivo (The Feast of the Goat) 舞台

2009-03-15

翻訳家 山岡朋子さん その32  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その3: "Before we were Free”

今回は、山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

で紹介されているフリア・アルバレスさんの小説中、"Before we were Free”(2002)を紹介することに。


フリアさんご自身のHP (http://www.juliaalvarez.com/) 中の書籍紹介サイトでは、作品を以下の様に分類されています;

Books

 Novels

 Poetry

 Nonfiction

 Young Readers (FOR YOUNG READERS OF ALL AGES)

 All Books

既に紹介の2作品 ("How the García Girls Lost Their Accents" 1991 および "In The Time of the Butterflies" 1994) は Novels に、今回紹介の作品は Young Readers に分類されています。また各々の書籍紹介コーナーには、 Penguin Book Club Reading Guide へのリンクも貼られています。例えば;


http://www.randomhouse.com/kids/catalog/display.pperl?isbn=9780375815447&view=rg

ABOUT THIS BOOK   (書籍紹介)

READER'S GUIDE   (読書の手引き;質問形式)

ABOUT THIS AUTHOR (作者紹介)

またこの書籍に関しては更に Random House Author Interview も紹介されており、なかなか親切な構造です。


http://www.randomhouse.com/kids/catalog/display.pperl?isbn=9780375815447&view=qa


この中から質問だけを抜粋して抄訳しますと;


  • この小説はあなた自身のご家族の経験が元になっているとのことですが、書くにあたって、その記憶や実際の出来事はどの程度影響していますか?
  • 実際の歴史に基づくことは、創作活動をどの様に難しくしましたか?またどの様に容易にしましたか?
  • (インタビュー当時)2003年現在、ドミニカ共和国の政治的な状況は?
  • 小説の中でアニータの両親は改革のため国に残る道を選びました。あなたはドミニカ共和国の将来に関わり続けてきましたか?またこの小説を、あなたのその決意の一部と見ていますか?
  • 小説中、状況が深刻になるにつれアニータは寡黙になります。これを書くにあたり、アニータの反応は典型的であるだけでなく象徴的なものと見ましたか?
  • アニータの父親、おじとそのグループの採った行動は、明らかに議論を呼ぶ極端なものでした。殺人は政治的な行動としては恐ろしい手段です。あなたは、読者に何を学んで欲しいですか?
  • 当初アニータは国の政治的な闘争について何も知りません。家族と友人と云う身の回りの世界の中では全てがうまく行っており、それはどこでも同じだろうと考えます。これは若い人たちの普通の考えでしょうか?
  • 他人を知り政治的に目覚めることで本当に何かが変わりますか?私たちは何から始めるべきでしょう?

作品そのものを読んでから(作者の返答を)読むとおもしろいと思います。この小説もまた、フリア・アルバレスさんの観る、歴史の俯瞰と云えそう。


加えてフリアさんの作品を通じて、合衆国の中で暮らすヒスパニックの方々のことを垣間見ることも出来そうです。また、英語版ウィキ (http://en.wikipedia.org/wiki/Julia_Alvarez) に、女性作家としてのおもしろい記述がありますので紹介しておきます;



(例によってわからないところはごまかすいい加減な抄訳レベルですから、原文全てを必ず参照して自分なりに考えて下さいね)


−−−女性の執筆動向についてフリアさんは、 「女性作家に関しては、今だに目には見えない限界が厳然として在ります。ある女性(登場人物のこと?)が何か画期的なことに関わっているとしても、同時におむつを替えたり炊事をしたり、いわゆる女性の小説と称されることにも依然として関わっています。男性の小説は普遍的であるのに、女性のそれは女性のためだけのものであることです。」


Regarding the women's movement in writing, Alvarez explains, "definitely, still, there is a glass ceiling in terms of female novelists. If we have a female character, she might be engaging in something monumental but she's also changing the diapers and doing the cooking, still doing things which get it called a woman's novel. You know, a man's novel is universal; a woman's novel is for women."


フリアさん (言い忘れておりましたが、Julia は英語読みではジュリア、西語ではフリアです) 自身出演して書籍の紹介行っている動画を紹介しますね;

D

題名 = An interview with Julia Alvarez

プレゼントによさそうな本ですよ。

2009-03-14

翻訳家 山岡朋子さん その31  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その2: Mirabal 姉妹のこと

山岡朋子さんのエッセイ 『フリア・アルバレスと闇の時代』

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm


で紹介されているフリア・アルバレスの小説は以下2作品;

・"In the Time of the Butterflies"(1994)

・"Before we were Free” (2002)


私自身書籍を読んでいないため内容やそれが書かれた背景については山岡朋子さんのエッセイに譲るとして、1番目の作品のモデルとなったミラバル4姉妹について簡単に紹介することに。


フリア・アルバレスさん達が合衆国へ逃れて間もない1960年11月25日に姉妹のうち3人が虐殺されます;


長女 パトリア・メルセデス・ミラバル   ( 27Feb24 − 25Nov60

次女 ベルヒカ・アデラ・「デデ」・ミラバル ( 29Feb25 −

三女 ミネルバ・アルヘンティナ・ミラバル ( 12Mar26 − 25Nov60

四女 アントニア・マリア・テレサ・ミラバル( 15Oct36 − 25Nov60

※ 生年月日については、サイトによって結構ばらばら。年まで違うのが−−−


トルヒージョ政権は、地下活動時の暗号名 『マリポサ(蝶)』 で知られ親しまれた3姉妹を抹殺することで闇に葬ろうとしたものの、結果として反政府活動の象徴であり殉教者となった3姉妹の遺志を強化することとなり、翌1961年のトルヒージョ暗殺へ繋がったことは山岡朋子さんのエッセイに記された通り。


フリア・アルバレスさんは虐殺された3姉妹だけではなく、生き残られた次女についても調査(および多分取材)のうえ1994年に ”In the Time of the Butterflies”と云う小説の形で発表されました。アルゼンチンの歴史を扱った 『ルス、闇を照らす者』 と共通点がありますね。先日村上春樹さんのイスラエルでの発言中にもありましたが、小説家が史実から事実と考えるところを把握し、再構築した小説とおもいます。文学作品であり、同時に歴史の俯瞰でもある。


トルヒージョの行動は間違いなく逐一把握しており、恐らく反共と云う 「大義」 の名の下での軍事援助・資金提供と云う積極的な形や黙認と云う消極的な形でそれに加担していた 「帝国」 に実質牛耳られているとは云え、国連は1999年12月17日に、ミラバル姉妹の暗殺された11月25日女性に対する暴力廃絶のための国際デー、この日より16日間性差別による暴力廃絶活動の16日 *1 、その終了日12月10日世界人権デーと定めています。


なおミラバル姉妹のドキュメンタリー映画(チリ)も存在します;


D

題名 = Code Name: Butterflies. Trailer. English

このドキュメンタリー映画のサイトよりDVDも購入可;

http://www.codenamebutterflies.org/        (英語)

http://www.codenamebutterflies.org/index_es.html  (西語)


以上、主に http://en.wikipedia.org/wiki/Mirabal_sisters 参照しました。


なお生き残った次女デデさんは、犠牲となった3人の肉親の記憶を風化させぬ様、精力的にミラバル姉妹博物館を運営していらっしゃる様です;

D


題名: hermanas mirabal 1 (4まであるシリーズ)

話していらっしゃるのが、次女のデデさんご本人。スペイン語ですが、英語の字幕が出ます。


紹介しました山岡朋子さんのエッセイ中、


−−−ひとり生き残った三女は、他の三人が神格化されていく中、どのような心境で過ごしてきたのか。四人の心の軌跡を辿るべく、フリアは敢えて小説という形を選び、姉妹を一人ずつ描いていく。−−−

とあります。私はデデさんの生き方も、「殺されて神になった」 他3姉妹の生き方同様に価値のあるものだとおもっています。経緯は不勉強で存じ上げないが、生き残って事実を後世に伝えることは、日本人の感覚からすると亡くなられた方に申し訳ないと思われるのかも知れないが、ある意味それ以上に勇気の要る、難しいことです。いのちを粗末にしない、事実を語り続ける語り部となることで人間の愚かさ加減を認識させることができる、と云う観点からもね。


−−−私は戦後世代の人間ですが、大戦時日本軍が実際に何を行ったのか、あるいは行わなかったのか?これは私の認識・調査不足かも知れませんが、参加したひとたちがどんどん消えていくのにそれを語ってくれる方がいないのが残念。広島・長崎に関しては、間違いなく 『人類に対する犯罪行為』 の被害者とおもいます。でも加害者としてどんなことをやったのかがわからない限り、戦後は終わりませんね。平和を祈念する展示資料館などもありますし、否応なく人殺しに駆り出されたり抑留された兵隊さんやそのご家族は確かに被害者でしょうが、でもそれは戦争のある一面だけを表しているに過ぎません。ミラバル姉妹を殴打し扼殺した人間は、「上からの」 命令を実行しただけですよね?いやいやながらやったにしろ、(考えたくはないが)楽しんでやったにしろ大して変わりはない。関わった全員を罰したり賠償金を支払わせることは出来るかも知れないが、憎しみは消える訳がありませんから−−−


どんな「大義」に基づくにしろ、人を傷つけたり殺したりする戦争は正当化されないし憎しみの悪循環をあおるだけ、と云うのが歴史の教訓とおもいます。自分にとってかけがえのないひとを失うことを考えたら、誰でもわかることですね。イラクやアフガニスタン、これだって尾を引きますよ。


フリアさんについては、引き続き紹介予定。


.

*1:詳細は url http://www.unfpa.org/16days/ 参照;16と云うのは活動期間でもあり、かつ暴力の16形態も表わしているのですね。私と縁のあるコロンビアのケースをひとつ紹介しておきます; http://video.unfpa.org/?v=2361297982205606632007 題名=Ending Violence Against Women in Colombia 

2009-03-08

翻訳家 山岡朋子さん その30  『フリア・アルバレスと闇の時代』 その1: ドミニカ共和国の場合

ドミニカ共和国 (同じカリブ海にあるドミニカ国と区別するため、わざわざ共和国を付して呼ばれることが多い) は、野球と音楽のメレンゲそして葉巻 (いや、これは私を含む少数派?) 以外では日本ではあまり知られていないかも。

コロンブスが1492年12月6日に上陸し、スペイン初の新大陸植民地となったヒスパニオラ島の東側2/3を統治(残り西側1/3はハイチ)する国ですが、

f:id:El_Payo_J:20090307224415j:image

先住民は皆殺しにされ、その後アフリカから黒人奴隷が連れてこられこき使われた。植民地時代はサント・ドミンゴ、その後スペイン人ハイチ共和国など様々な名前の変遷を経て、1844年のハイチからの独立後、最終的に1865年スペインから独立したと云う、非常に複雑な経緯があります。(余談ですが、欧州の旧宗主国はこの責任をどう取るのですかね?)


独立後も、1882年から99年に暗殺されるまで独裁政治を行った黒人大統領ウリセス・ウーローの失政による借金返済のためアメリカに主権を握られ、また第一次大戦時1916年から1924年までは米軍の支配下強力で統一された警察や国軍を作ることで、後の軍事独裁のお膳立てが整った訳で。隣国ハイチも同様。


その当然の結果として、1930年2月にクーデターを起こしてから1961年に27発の銃弾を撃ち込まれて暗殺されるまでの31年間に渡り、ラファエル・トルヒージョ将軍が長期独裁体制をしき、半端ではない虐殺行為さえ行うことが出来た、と私は考えています。ラテン・アメリカでも稀に見る安定し ? かつ徹底した独裁者ですが、反共の砦である 『帝国』 の直接・間接のバックアップ無しには成り立たなかった筈。これはアルゼンチンや他中南米諸国の類似ケース全てに云えることですが。


写真含めここまでの出典: ウィキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AB%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%A8


そこで、先日紹介した以下山岡朋子さんエッセイへ繋がります;

http://shuppan.sunflare.com/essays/yamaoka_01.htm

WEBマガジン出版翻訳 エッセー:翻訳の現場から−『フリア・アルバレスと闇の時代』


作者フリア・アルバレスさんは1950年NY市生まれではあるものの、生後3ヶ月でご家族と共にドミニカ共和国へ引っ越され、父親が参加した上記トルヒージョ政権転覆の企てが失敗しかろうじて国外脱出する1960年までの10年を過ごされます。馴染んだ祖国を捨て合衆国へ亡命して多感な少女時代を過ごすこととなった訳で、この時のことは、1991年 "How the Garcia Girls Lost Their Accents" *1 の小説に描かれている様ですね。


例によって、YouTube 紹介しておきます。(書籍のプロモーション・ビデオ?)


D

題名 = how the garcia girls lost their accents promo vid 2

(何故かビデオの1番が見当たりません−−−)


次回は、山岡朋子さんのエッセイ中で紹介されている小説およびそのモデルとなったミラバル姉妹のことを。


しかし合衆国と中南米の関係って、フクザツですね。仕事のため、あるいは政治的な理由で合衆国に住んでおられるいわゆるヒスパニックの方々は、どんな気持ちで祖国を、また合衆国をご覧になっておられるのか?私は非常に興味があります。ちなみにフリアさんの国籍は、ドミニカ共和国−合衆国となっているみたい。


(以上、3月15日一部改)

*1:ウィキペディアで非常に詳細に紹介されています。 http://en.wikipedia.org/wiki/How_the_Garc%C3%ADa_Girls_Lost_Their_Accents 

2009-03-05

私の大好きなフラメンコのこと その6: マノロ・カラコルとメルチョール、リカルド

マノロ・カラコル (1909〜1973) *1 は、軽い流行歌っぽいクプレからたましいを揺り動かす深いものまで、その全てに Propio Sello −自分だけのしるし−をもって唄うことの出来た稀有の唄い手です。

私は、メルチョール (1907〜1980)*2 およびリカルド (1904〜1974) *3 という、これも歴史に残るふたりの弾き手による伴奏による唄が大好き。以下、動画を3つ紹介;


D

題名 = El Gran Manolo Caracol

多分映画の一部、伴奏は Ninyo Ricardo

年代不詳ですが、カラコルが相当若い時のもの。伴奏のリカルドの残したギターソロはギタリストにとってお手本となっています。若い頃のパコ・デ・ルシアなどもかなり忠実にリカルドのものをコピーしていましたね。なお岡さん・三沢さんなどリカルドに師事された日本人もいらっしゃいます。



D

題名 = manolo caracol - 6 - 1o juerga flamenca en su casa 3 parte

自宅で録音されたシリーズより。伴奏は Melchor de Marchena

おそらく1972年に録画されたもの。二人の娘さん、親族などが同席されています。伴奏のメルチョールのノリがよいので紹介。この弾き手は少ない音で唄を引き出す、職人中の職人。



D

題名 = manolo caracol - la niña de fuego 1947 (baila lola flores)

1947年、ニーニャ・デ・フエゴと云う舞台の録画、踊っているのはローラ・フローレス。純フラメンコとはいえないのでしょうが、カラコル節 −−−上述の Propio Sello −−−ここにあり。

なおリクエストによる埋め込み無効なので、url紹介に止めますが、 http://www.youtube.com/watch?v=SFFGqsLkZ68 ここでは舞台でのカラコルの活躍がローラ・フローレスなどにより紹介されています。



−−−カラコルは、詩人 Federico Garcia Lorca などが発起人となった、1922年の 「グラナダ カンテ・ホンドコンクール」 に出場しています。13歳の時ですね。この詩人およびコンクールについては、回を改めて紹介予定。


.

2009-03-02

翻訳家 山岡朋子さん その29  『ルス、闇を照らす者』 : Elsa Osorio さん コメントなど

"A veinte años, Luz" 邦題 『ルス、闇を照らす者』 に関して、ネット上では複数言語で相当数のインタビュー記事が確認出来ます。出版に関わること、小説と歴史の関わりに関することなど、比較的最近のものを以下2つ紹介;



アルゼンチン:Clarin 紙サイト 2006年10月31日付け

Silvina Schuchner 記者によるインタビュー記事より抜粋

http://www.clarin.com/suplementos/mujer/2006/10/31/m-01300188.htm


(この記事は長いので、抄訳する部分だけ引用しようとしてもコマ切れになってしまうため割愛します。)


−−−8年前(1998年)アルゼンチンでは 「そのテーマはウケないから」 と云う様な理由で "A veinte años, Luz" を出版してくれる会社は無く、まずスペインで出版され、その翌年1999年にブエノスアイレスで出版されたものの、「管理上の理由から」 すぐに市場から消えてしまった。

にもかかわらず、世界23ヶ国16言語で (日本を含みますよ) 50万部が売れ、文学賞受賞など正当な評価が与えられており、本年2006年には再度アルゼンチンのプラネータ書房から出版された。


Elsa Osorio さんは (1993年から) 13年を過ごしたマドリッドからアルゼンチンへ帰国し、コレヒアレスに構えた新居に図書館 (あるいは書庫) を設置、アルゼンチンにとどまる予定とのこと。


以下、(インタビュー) に答えての発言


−−−(アルゼンチン国外での執筆活動はプラスに働いたか?) 勿論。クーデター後20年目である96年から執筆を始めたが、自分の中で恐怖感を抱いていた、最も難しい1976年と云う年を客観的に見ることが出来たから。


−−−(クーデターから30年経った今、暗い歴史が小説でも取り上げられることが多くなっているが、何が起こったのかを知ることの苦しみは和らぐものか?) 今なら、その歴史が我々自身のものであることを聞いたり認識することが出来ると思う。何故今まで知ろうとしなかったのか、などと私は誰にも決して言わない。今わかったならそれで構わない。思うに、フィクションは事実の後追いで現れるもので、証拠とはまた異なった能力を持ちます。フィクションは事実に基づいているにしろあくまで虚構であるが、その嘘の輪が読む人にとって真実であるがごとき効果を与えるのは興味深い。


−−−(貴女の小説の中では、何故善人も悪人も女性なのか?また、何故女性が主人公なのか?) 歴史に忠実であろうとするとそうなってしまう。(五月広場の)母親、祖母、いつも女性が闘ってきました。私はフェミニストではありませんが、女性のほうが勇気がある様に思えるから。


以前にも紹介しましたが、山岡朋子(横山朋子)さんがその翻訳書 『ルス、闇を照らす者』 の「訳者あとがき」 で、


    • −−−訳者はメキシコの田舎町で暮らしていた頃、市場の売り子たちと親しくなるにつれ、メキシコの女性や社会運動に関心を持つようになった。女性たちが勉強会を開き、現状を変えようとしている村を訪れたこともある −−−
    • 国も状況もちがいこそすれ、社会問題を正面から見据え、さまざまな階層の女性を描いたこの本は、是非とも訳してみたいと思った。 −−−

と書いておられたのを思い出しました。そう言われて改めて振り返って見ると、私が南米で暮らしていた時も、女性の方が仕事でも社会活動でも優秀で元気でしたね。私としては男性の肩も持ちたいのですが、何故なんだろう?


ドイツ:Deutsche Welle (TV・ラジオ局) サイト 2007年9月14日付け

Mirra Banchón 記者によるインタビュー記事より抜粋

http://www.dw-world.de/dw/article/0,,2783297,00.html


−−− Pero publiqué A veinte años, Luz y los hubo Fue una de las primeras novelas en tocar el tema de los niños robados a los opositores políticos. Y molestó a muchas gente. Esa salió en 1999 y duró en la Argentina una exhalación y desapareció. Volvió a ser publicada el año pasado. Pero también tengo muy buenas relaciones de la gente joven, que sí que quiere saber porque no se puede vivir ocultando. Creo que si no nos hacemos de nuestro pasado inmediato, es difícil que se pueda encarar el futuro.


¿Lo ve usted eso como tarea de un escritor?


La verdad es que sí. Me parece importante que la literatura dé cuenta de la historia. Pienso que es un arma de lucha, de recuperación de la memoria. −−−


−−−盗まれた子供について初めて扱った小説である 『ルス、闇を照らす者』 を1999年に出版した時アルゼンチン国内では不快感を抱いた人が多く、物議をかもした後に本が市場から消えてしまったが、2006年再出版された。しかし一方で、事実を知りたいと言う若い世代からは好意的な反応があった。隠し通せるものではないし、過去を認識せず未来と向き合うことは出来ないと考える。


歴史を認識させるのは文学の大事な役目であり、作家の務めと思う。小説は戦うための、また記憶を取り戻すための武器であるから。 −−−


この小説がアルゼンチン国内で不快感を与えたと云う点については、そう云えば思い当たるフシがあります。ただしアルゼンチンではなく、チリのこと。人権侵害でピノチェットが弾劾されましたが、明らかになりつつあった事実にもかかわらず、90年代に私が話を聞くことの出来た範囲内ですが、ピノチェットに好意的なチリの方が多い (と云うより全員がそうでした) のに驚いたことがありました。必ずしも人権が全てではなく、経済運営の評価ポイントも高かったせい? あるいは社会階層によってかなり温度差があるのかも。

2009-03-01

翻訳家 山岡朋子さん その28  『ルス、闇を照らす者』 : Elsa Osorio さん と 村上春樹さん

村上春樹さんの演説に関して、Elsa Osorio さんのおっしゃっていることと共通するところがあることに気付いたので、その紹介を;


村上さんはそのスピーチの中で、


−−− Namely, that by telling skillful lies - which is to say, by making up fictions that appear to be true - the novelist can bring a truth out to a new location and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth lies within us. −−−

出典: http://www.haaretz.com/hasen/spages/1064909.html より抜粋


−−− 巧みな嘘をつくことによって―つまり真実のように見えるフィクションを作り出すことによって―小説家は真実を新しい場所に運び出し、真実に新しい光を当てることができるのです。たいていの場合は、真実を本来の形のまま理解したり、それを正確に描写したりすることは、実質的に不可能です。こういうわけで、小説家は、真実をその隠れ家から誘い出し、虚構の場所に移し、虚構の形に作り変えることによって、真実の尻尾をつかみ取ろうとします。けれども、これを成しとげるためには、小説家はまず私たちの内にある真実の居場所を突き止めなければなりません。 −−−

出典: http://d.hatena.ne.jp/m_debugger/20090218/1234917019 より抜粋


一方、Elsa Osorio さんは;



−−− Creo que la literatura es un camino oblicuo hacia la historia. Curioso, la ficcion, un conjunto de mentiras, puede a veces acercar a la verdad mas -o de manera diferente- que la propia historia. Con esta novela intente romper el circulo de la mentira, porque creo que no se puede tapar lo que paso en la Argentina. No soy de la idea de poner el dolor en primer plano, pero digo que hay que saber. Sucedio tal y tal cosa, y de ahi poder vivir −−−

出典: http://www.rionegro.com.ar/arch200308/c02p01.html より抜粋


2003年8月2日付け "Rio Negro" 紙に掲載された、同紙のインタビュー記事からの抜粋、拙訳は;


−−− 文学は歴史へつながる道であると思う。興味深いことに、嘘の集まりであるフィクションは、時によって歴史そのものより近く、あるいは別の方法で真実に近付くことがあります。この小説(ルス、闇を照らす者)で試みたのは嘘の連鎖を断ち切ること。アルゼンチンで起こったことにフタをすることは出来ない訳ですから。私は痛みを前面に押し出すつもりはありませんが、真実を知ることは必要です。これこれのことが起こった、全てはその認識から始まります −−−


Elsa さんコメントについては気の利いた訳でなくて申し訳ないのですが、お二人は見事に同じことをおっしゃっている様に思えます。

考えてみれば、歴史と真実とは別物ですね。自分の目の前で 「起こる」 真実でさえどの様に見るかで幾つもの意味を持ち得ますから、まして誰かが書いた歴史ほど主観的なものは無いのかも。優れた文学は歴史よりも真実に近いってことは何となくわかる様な−−− 頭の不自由な私にでもね。