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翻訳家 山岡朋子ファンクラブ初代会長の日記 RSSフィード

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『翻訳』 とは、異なる言語間で文章を置き換えて表す技術です。 『ルス、闇を照らす者』 と云う翻訳書の背景およびそれに込められた普遍性のあるメッセージの考察をコアに、 「翻訳」 された米州を中心とする国際情勢に関する記事や話題、フラメンコ・一部フォルクローレ・ハンパな理系の話題など私の趣味の世界も紹介します。


カテゴリー


2010-04-30

「ゴールデンウィークの過ごし方」 続報

今週のお題は既に変わっておりますが、4月25日の続き;


カレンダー通りに出勤である会社も多くその意味では毎年5月3〜5日に歩くのですが、本日は昨日4月29日と異なり雨は降らないとのことであったため早速歩いてみました;

  • 歩行ルート


    キョリ測β 会長 30ABR10

    ※ このサイトは、ルートおよび距離測定のためだけに使用。縮尺は地図左上のスケールで変更可。吹き出し非表示可。なかなか便利。

  • 時間


    上溝駅発  08:00


       休憩   煙草       5分

             ペットショップ  15分
             (可愛い雌のモモイロインコとにらめっこ❤)

             千石河岸    20分


    茅ヶ崎駅着 15:22


    正味歩行時間    6時間42分

  • 平均時速: 34.2キロ ÷ 6.7時間 = 5.1キロ/時

一部歩道(129号)が一時的に通行止めのためうろうろしながら昇り降りを含めて迂回しましたから実際にはもう少し距離がありますが、まあ大勢に影響無し。本日は体調も絶好調であったため、結果としてはここ十数年で多分最速。


道中昼食は食べず、これからの季節の私の大好物である;

f:id:El_Payo_J:20100430213415j:image

(出典:森永製菓株式会社

\126 にて糖分・水分の補給を兼ねて済ませましたが、目的地に着いた時刻がハンパ; 昼食には遅く、夕食には早い。わざわざ茅ヶ崎まで来て24時間営業のxxxで食べるのも馬鹿らしいので、駅ビル内中華料理屋で四川料理を食べて帰って来ました。安上がりな 「ご褒美」 ですが少し不満が残るため、GW中にもうひとつ18時頃到着する別ルートを選定中。


そうか、山手線1周で約35〜40キロ程度の様だし都内はそこそこガラガラになる筈だからやってみようか−−−

2010-04-27

翻訳家 山岡朋子さん その73  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その5

記事の紹介を続けます;


【軍事独裁政権下での犯罪を裁く裁判関連】





    • Vuelos de la muerte - Wikipedia, la enciclopedia libre


      拉致・監禁・拷問した 「行方不明者」 達を軍用機から海に突き落として殺害したケース、その遺体が流れ着いて発覚したもの。薬物投与後 (だから苦しまずに死んだ筈だ、と言いたいのでしょう) とのことではあるが、たとえそれが真実としても殺人の正当化にも減刑の対象にもならない。



スペインを始めとする欧州に逃げている加害者が相当数残っている様ですが、アルゼンチン司法当局からの要請があれば身柄を引き渡している様です。ナチの戦犯が、逃亡・潜伏先の南米 (調べていませんが、アルゼンチンが多かったのでは) からドイツへ送還され裁かれた実績がありますから、欧州各国は協力的でしょう。被告があまり歳を取らないうちに捕まえないと。



(以下、今回の一連の紹介の最終回へ続く)

2010-04-26

翻訳家 山岡朋子さん その72  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その4

2009年11月23日の記事の中で紹介した、アルゼンチンの新聞 "Diario Clarín" 紙を所有する Grupo Clarín のオーナーである Ernestina Herrera de Noble さんの子どものDNA鑑定でまだモメている様です;


【DNA鑑定】


Ernestina Herrera de Noble - Wikipedia, la enciclopedia libre さんは、創業者である Roberto Noble - Wikipedia, la enciclopedia libre さんの秘書から妻となり、1969年創業者死亡によりグループを引き継いで以来恐らく時には強引な吸収・合併を経て現在アルゼンチンの全てのメディアを独占し絶大な権力を握るに至った同グループのオーナであるスーパーウーマンですから誹謗・中傷の対象となりやすいのでしょうが、現在かかっている嫌疑は、軍政による国民弾圧時代に行方不明者の子どもを違法に養子にしたのではないか (創業者との間に子どもはいなかった) 、と云うもの。法に定められたDNA鑑定をされると困る事情が存在するとしか考えられません。膨大な資産を誰が相続するのかしないのかも注目されていますし、何しろ影響力のある女性ですから;





しかしオトコはだらしがねぇなぁ。


f:id:El_Payo_J:20100426212258j:image

出典: Ernestina Herrera de Noble - Wikipedia, la enciclopedia libre

※ この写真は少し酷かも。招待され取材も兼ねて出席していたのかも知れませんし、他メディアの人間もいた筈ですから。


嫌疑については Causa Ernestina Herrera de Noble sobre sustracción de bebés- Wikipedia, la enciclopedia libre にまとめられていますが、 Ernestina Herrera de Noble- Wikipedia, la enciclopedia libre 内の記述とはビミョーに異なっている様です。後者に記載のある、2003年1月12日に Ernestina Herrera de Noble さんが Diario Clarín に掲載した公開状の内容は以下サイトで見られます;


La directora de Clarín publicó una carta abierta / lanacion.com


これに対する『おばあちゃんたち』の回答は;


出典:http://www.seprin.com/menu/notas2152.htm


Carta abierta a la Sra. Ernestina Herrera de Noble


¿Por qué, Sra. De Noble?


Las Abuelas de Plaza de Mayo leímos atentamente la carta que publica en la edición del domingo 12 del corriente mes en Clarín.


Leímos sus expresiones referidas al juez Marquevich y las que hablan de un plan político con fines de domicación dictatorial.


Pero lo que dio lugar a nuestra pregunta es el párrafo en el cual usted dice que "muchas veces ha hablado con sus hijos sobre la posibilidad de que ellos y sus padres hayan sido víctimas de la represión ilegal". Esas palabras nos indican que usted Sra. de Noble, también tenía dudas sobre el origen de esas criaturas, ahora jóvenes.


¿Por qué entonces, si -como tantas veces ha repetido - usted siempre ha colaborado con la justicia, por qué no hizo valer su influencia y la fuerza de su amor a ellos y a la verdad, para animarlos a realizar los análisis inmunogenéticos y de AND, que hubiera dado respuesta a sus dudas?


Esa hubiera sido la única manifestación cierta de sujeción a la justicia. Realmente Marcela y Felipe tienen derecho a conocer quiénes han sido sus padres. El mismo derecho que tienen sus familiares-si son hijos de personas desaparecidas-.


Ellos necesitan saber si sus búsquedas personales ya han llegado a feliz puerto o si deben iniciar una nueva por otros caminos.


Ojalá su reconocimiento de la legitimidad de nuestra lucha impulse a esos jóvenes a buscar la verdad para sumar el goce de su reconocimiento a todo lo que hasta ahora la vida les ha brindado tan generosamente.


Buenos Aires, 14 de enero de 2003


それにしても、容易に想定される危険をおかして2002年に 「女帝」 を刑事告発した 『5月広場のおばあちゃんたち』 の勇気には感服、強い使命感のなせる技でしょう。


『ルス』 訳者あとがき *1 に 「三万人とも言われる行方不明者のなかには、乳幼児も含まれていた。その数は五百人を超えるという。強制捜査に巻き込まれた乳幼児や、強制収容所で生まれた赤ちゃんは、親や家族から無理やり引き離され、子どもを欲しがっている軍関係者の家族に奪われたケースもあった。本書の主人公ルスも、そんな子どものひとりだ。」 とあります。昨日紹介の María Macarena Gelman García さんも、また多分上掲 Ernestina Herrera de Noble さんのお子さんも−−−


Tráfico de bebés en el Proceso de Reorganización Nacional / Wikipedia, la enciclopedia libre も継続して追いかける価値のある話題です。多分今でも世界中で行われている筈ですから。ハイチ大震災の時発覚したのは氷山の一角ですね。


(以下、まだもう少し続く)

.

*1:株式会社ソニー・マガジンズ 2001年6月30日発行 初版第1刷 450ページより抜粋

2010-04-25

今週のお題「ゴールデンウィークの過ごし方」

天気によりますが、1日くらい雨が降らない日があるはず。気温はまだ暑くも寒くもない絶好の機会なので、GW中の1日は必ずは30〜35キロ程度楽しみながら街中を歩くことにしています。ルート選定の要件としては;



  • 日帰り可であること

  • 安全に歩行可であること

  • イヤになったら即刻中断出来る環境を選ぶこと

  • スピードは求めない、とにかく楽しめること

  • 目的地に、ご褒美? となる様なことがあること


すると結果として、いわゆる幹線道路を歩くことになります。ただし自動車専用部分は別ルートで、また日帰りですから復路は電車やバスで。軽快に歩いている時の私の平均時速は4.5キロ程度だから、距離としては30〜35キロ程度がベスト。日によってはクルマが殆どいないし。車道と歩道が区別されていますし、電車・バスなどアクセス可であるし、xxx商店街などにも繋がっているし、楽しいこと (最近は食べることかな) は色々あるし。過去、寄り道したペットショップでモルモットや犬猫を見て2時間位つぶしたり、雑貨屋さんで色々買い込んで中断したこともあります。あくまで楽しみのためだからそれも可。


空気や眺めのよさを選ぶなら山歩きかトレッキングですが、カネも時間もかかります。私は北海道の山の中で育ちましたからその苦しさも楽しさも百も承知ですが、難行・苦行の類はもうご勘弁。途中でやーめた、って訳に行きませんし。街中の場合、毎年同じルートを歩いていると変化があっておもしろいですよ。



過去の実績は;



  • 東京都杉並区 − 早稲田通り・環8経由 − 羽田空港 Big Bird、正味33キロ強
           このルートを初めて選んだ十数年前、地震などがあったら
          国内空港まで歩けるか、と考えた。以来、毎年下記環7ルートを
          併せて1〜2回フツーの格好で歩き続けています。
          ※ 環8は、歩行者も安全に Big Bird まで行ける様になっています。

  • 東京都杉並区 − 早稲田通り・環7・第一京浜・産業道路・環8経由 − 羽田空港 Big Bird、正味30キロ弱

  • 神奈川県相模原市 − 16号・八王子街道・1国・山下公園経由 − 元町中華街、正味33キロ弱


考えたが実行していないのは、連休中のオフィス街。クルマも人もいなくてさぞかし爽快だろうとは思いますが、そんなに距離がないことと、ゴーストタウンだから楽しみもない (なさそう) ことがネック。山手線1周は −−− ごちゃごちゃしていそうで、迷子になりそう。1日ではキツそうなので、今年泊りがけでやってみよう。



で今年のGWに考えているのは;


  • 神奈川県相模原市 − 上溝バイパス・厚相バイパス・道なりにとにかく南下して平塚・千石河岸経由 − 茅ヶ崎駅、正味35キロ程度

です。


何故? 単純に歩くことが楽しみだから。日頃から街中を歩くことに慣れると −−− 意識しなくても下半身が上半身を安全に運んでくれる感覚が得られる様になると −−− 考え事をするにも絶好の機会ですから、記録のためのメディア、実際にはケータイのボイスレコーダなどを持ち歩きます。歩くことが脳を活性化させる、と云うことを実感出来る。副次的な効果としてよい運動になるし、ダイエットにもなる。スピードは求めませんが、あくまで目安として時間を記録していますから、ここ十何年の体力推移のひとつのバロメータにもなるし。



−−−だから、最近【ひと駅族】が流行ってるんだね〜〜〜。(ひと駅先まで歩くサラリーマンとか)

足腰しっかりさせておかないと、将来絶対、面白くない!!!

よし、決意です!!!

歩こう…………。イヤ〜〜、自転車での移動、頑張ろう♪ −−−


(⇒ 全て読む) ヤプログ 『やさしさの意味』


頑張ってはいけません、手段が何であるにしろ、楽しくやる工夫をしないと長続きしません。GW中に色々試してみたら?

翻訳家 山岡朋子さん その71  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その3

【翻訳家 山岡朋子さん その70  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その2】  の最後に紹介したメネムの恩赦について補足;


この件に関連して、2001年6月30日 株式会社ソニー・マガジンズ発行 初版第1刷 『ルス、闇を照らす者』 346〜347ページから以下抜粋します;


−−− 十四歳のとき、ラミロは軍人に対する裁判を傍聴した。裁判が行われている八十五年に訴訟記録が出版されると、むさぼるように読んだ。なんとかして父に会いたい、父の復讐をしたいと思っていたのだ。

 ルスはその言葉に聞き入っていた。ラミロの表情ひとつも見逃さない。彼女は追体験して深く感動した。ろくでなしの軍人には終身刑をとラミロは言い、一緒にいた母やアントニオと乾杯した。

「もちろん、その後に命令服従法ができた。最終手段だったんだよ。彼らは裁判で有罪判決を受けたあと、恩赦されたんだ。わかるかい? 愚鈍なメネム大統領の計らいだよ。この国は記憶喪失にかかっているんだ」

命令服従法。友だちのナタリアも言っていた。この言葉に押しやられるように、ルスはラミロのベッドから飛び出し、床に座って彼と向かい合った。

「命令服従法ってどんなものだったの?」

「ルス、君はどこの世界に住んでるんだよ?」

「私にわかるように説明して。当時とても小さかったのよ」

「命令服従法は一九八七年に可決され、何百人もの殺人者や拷問をしていた人間が釈放されたんだ。彼らには責任がない、命令を受けていただけだ、とね。彼らがやっていたようなひどいことは、人から命令されてできるものだろうか」

 ラミロはとてもゆっくりと言った。ルスが知らないからといって、ぼくは何を言っているんだろう。ルスの表情に気づいた彼は、彼女に近づいて抱きしめた。

「どうした? どうしてそんな顔をしているの?」

ルスは顔を背け、横を向いたまま言った。

「私の祖父は、ママの父親は、そういう人たちのひとりなの。命令服従法で命拾いしたのよ」 −−−


また、 「訳者あとがき」 (同書籍、451ページより) には;


−−− アルゼンチンのデラルア大統領は今年 (注:あとがきは2001年5月 ーーーもう9年前となりますね) になって、歴史を忘れてはならない、過去の過ちを繰り返してはならない、と国民に呼びかけた。本書に出てくる 「命令服従法」 を違憲・無効とする下級審判決もくだされた。非人道的な拷問を行っていた軍人に対する告発は、今後さらに活発に行われることだろう。

 その他の中南米諸国でも、チリでピノチェト *1 の免責特権が剥奪されるなど、人権弾圧を行っていた軍部の責任を追及する動きが進みつつある。 −−−


軍部に対する責任追及を妨げたのは上掲 「命令服従法」 だけではなく、実際には以下3つセットで "leyes de impunidad" (無処罰諸法とでも訳されるのでしょうか、「恩赦法」 と呼ぶケースもあるみたいですが) と呼ばれています;

  1. Ley de Punto Final
      公布:1986年12月24日、アルフォンシン大統領時代
      廃止: 立法府による無効宣言 2003年8月、
          司法府での違憲判断 2005年6月14日

  2. Ley de Obediencia Debida
      公布: 1987年6月4日、アルフォンシン大統領時代
      廃止: 立法府による無効宣言 2003年8月
          司法府での違憲判断 2005年6月14日

  3. Indultos realizados por Carlos Menem
      公布:1989年10月7日、1990年12月29日
          計10 Decretos, メネム大統領
      廃止: 立法府 司法府での違憲判断 2006年6月15日
         (訂正、2010年4月26日)



名実共に刑を逃れる途は断たれた筈ですが、 汚い戦争 - Wikipedia から既に27年が経過しているため、証拠固めが難しくなるだろうし、被告の高齢化・死亡の問題もあります。更にややこしいことに−−−

  • Macarena Gelman demandará al Estado uruguayo
    副題 "La presentación de la demanda se hará la semana que viene ante la Corte Interamericana de Derechos Humanos (CIDH) y el principal argumento será la vigencia de la Ley de Caducidad, que aún garantiza la impunidad de los militares y policías."
    Página12, 15 de abril de 2010, ABUELAS DE PLAZA DE MAYO


    −−− Macarena Gelman, nieta del poeta argentino Juan Gelman - Wikipedia, la enciclopedia libre, presentará una demanda contra el Estado uruguayo por el secuestro y muerte de su madre durante la última dictadura militar. La presentación de la demanda se hará la semana que viene ante la Corte Interamericana de Derechos Humanos (CIDH) y el principal argumento será la vigencia de la Ley de Caducidad, que aún garantiza la impunidad de los militares y policías que cometieron violaciones a los derechos humanos en el país vecino. −−−


ウルグアイでも、アルゼンチンとほぼ同時期に軍事独裁政権が存在。 ウルグアイ - Wikipedia に、”1973年のクーデターにより軍部は政治の実権を握り、「南米のスイス」とも称された民主主義国ウルグアイにもブラジル型の官僚主義的権威主義的体制が導入された。1976年にはアパリシオ・メンデスが大統領に就任し、ミルトン・フリードマンの影響を受けた新自由主義的な政策の下で経済を回復させようとしたが、一方で労働人口の1/5が治安組織の要員という異常な警察国家体制による、左翼系、あるいは全く政治活動に関係のない市民への弾圧が進んだ。1981年に軍部は軍の政治介入を合法化する憲法改正を実行しようとしたが、この体制は国民投票により否決され、ウルグアイは再び民主化の道を歩むことになった。” と紹介されています。


    • Ley de Caducidad de la Pretensión Punitiva del Estado
      軍部からの脅迫の下1986年12月22日立法府で可決されたこの悪法は今まで何度か国民投票でその廃止が問われたものの、今日現在まだ生き残っている様子。

なおウルグアイはアルゼンチンの隣国であり人の行き来が容易、 『ルス』 本文の中でも13回その名前が出て来ます。アルゼンチンでの訴追を逃れるためウルグアイへ逃げ込めば今日現在免責となる訳で。


原告および祖父である詩人の Juan Gelman さんも、アルゼンチン軍事独裁政権による人権侵害の被害者です。原告の María Macarena Gelman García さんは 『ルス、闇を照らす者』 の主人公ルスに相当しますね。経緯については、上掲詩人に関するウィキペディア中 "El secuestro y desaparición de sus hijos y la búsqueda de su nieta" に詳しい記載あり。詩人による、まだ見ない孫に宛てた1995年4月12日公開レターが以下サイトに掲載されています;


La recherche de Juan Gelman

このサイトの右カラムの下の方にあります。是非一読を!!


このケースは、周辺事項が多そうなので私では完全に力不足ですが、裁判の行方も含めて別項目で紹介した方がよさそう。


(以下、その4に続く)

.

*1:チリの軍人、政治家。第30代大統領(在任:1974年〜1990年)、残念ながら同様の罪を償わず2006年91歳で死亡。彼の人権蹂躙に対するコメントは以前紹介しましたが、その孫もその同類; アウグスト・ピノチェト - Wikipedia に以下紹介されています;


−−− 一方、ピノチェトの孫であるアウグスト・ピノチェト・モリーナ大尉は、弔辞で「祖父こそチリ史上もっとも偉大な人物であり、全体主義を持ち込もうとしたマルクス主義を打ち負かし、ミルトン・フリードマンの新自由主義へと目を開かせた功労者である。(ピノチェトに殺された)少数の苦しみなど気に病むに及ばない。連中の存在は、新世界の誕生につきものの産みの苦しみに過ぎない」と述べ、ピノチェト支持者の喝采を浴びたという。なお、モリーナ大尉は、演説が軍紀に著しく反したことを理由に軍を罷免された。


これは正にアメリカの対中南米政策そのもの、私などはメネム同様、ピノチェトも単なる欲ボケ・権力ボケではないか、と思いますが。

2010-04-24

翻訳家 山岡朋子さん その70  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その2

【前回紹介以降の記事 その2】 は2009年11月23日紹介以降の記事の続きですが、テーマ別に分けますと;


【軍事政権下の最初の大統領 Jorge Rafael Videla】



  • Videla cumplirá sus condenas pendientes en Argentina
    EFE - Buenos Aires - 24/01/2010, ELPAÍS.com


    El ex dictador Jorge Videla, detenido en Argentina por delitos de lesa humanidad cometidos durante la dictadura, permanecerá en el país hasta cumplir sus penas, pese a que la justicia alemana ha dictado una orden internacional de detención, han informado fuentes judiciales argentinas. −−− Pero Videla está detenido en Argentina por numerosos delitos de represión y próximamente deberá hacer frente a un juicio por 30 homicidios, 552 secuestros y 264 casos de torturas ocurridas durante la dictadura. −−−


    ドイツのニュルンベルグ裁判所はアルゼンチンの実際の対応を期待している訳ではなく、事実を世界に知らしめたいと云うことの様です;

    • Alemania emite una orden de captura internacional contra el ex dictador Videla
      BUENOS AIRES, 23 Ene. (Reuters/EP)

      BR>−−− Koch reconoció que era poco probable que Argentina accediera a extraditar a Videla, pero Alemania ha renovado su llamamiento a la comunidad internacional para detener al ex militar. −−− El portavoz de la Fiscalía recordó que se había interrumpido la investigación de los asesinatos de alemanes durante la dictadura militar de Videla, ante la falta de pruebas. Pero el pasado 23 de diciembre las autoridades judiciales anunciaron la reapertura del caso al encontrar restos del cadáver de Thomas Stawowiok. −−−

上掲西語版ウィキペディアにもこの事情の記述あり、 "−−− Su extradición a Alemania es solicitada desde el 2003 por el tribunal territorial de Núremberg, por su responsabilidad en el homicidio de la ciudadana alemana Elisabeth Kaesemann, asesinada en Argentina en mayo de 1977. En 2005 el sumario fue sobreseído por no hallarse constancia de un posible delito. −−−" 従って上掲記事はこの続きと云うことになります。



この軍事政権下の最初の大統領に対する裁判・判決については紆余曲折がありました。上掲 ホルヘ・ラファエル・ビデラ - Wikipedia より抜粋しますと;

−−− 退陣後の1983年に、ラウル・アルフォンシン政権が成立した後、過去の軍事政権における関係者に対する裁判が始まった。1985年に、ビデラは殺人·拉致·拷問などに関与した罪で終身刑を言い渡されたが、1990年にカルロス・メネム大統領の恩赦により釈放された。

1998年に、汚い戦争の最中に幼児誘拐を行っていたことと人民革命軍の指導者の失踪に関わっていたという2つの容疑で、再び起訴され、有罪判決を受け刑務所へ収監されることとなったが、収監から38日後に高齢を理由に自宅軟禁に減免されることとなった。 −−−

この記事は書きかけのため仕方がありませんが少し旧くて、西語版にその続き

−−− Posteriormente, el 10 de octubre de 2008 perdió el beneficio de la detención domiciliaria, en su piso del barrio porteño de Belgrano, y fue trasladado a la cárcel que funciona en Campo de Mayo, la principal base militar del país. El juez encargado del caso argumentó para tomar esta decisión que la gravedad de los hechos que se le atribuyen a Videla resultan un escollo insalvable para el otorgamiento de tal beneficio. −−−

があり現在に至っています。


なおメネムの恩赦に関しての一連の記事は;

  • Menem indulta a los jefes militares de la dictadura
    Buenos Aires - 30/12/1990, ELPAÍS.com


    Otro indulto dispuesto por Menem beneficia a los mandos de las Juntas Militares que encabezaron el golpe de Estado de 1976, entre ellos los ex dictadores Jorge Videla y Roberto Viola, además del almirante Emilio Massera.


    前年の恩赦 (下掲載記事) では終身刑判決を受けていた軍事評議会のメンバーは除かれていたのですが−−−
    • Menem indulta a militares y guerrilleros en Argentina
      Buenos Aires - 08/10/1989, ELPAÍS.com


      El presidente argentino, Carlos Menem, firma los decretos por los que se concede un amplio indulto que abarca a 280 personas. El indulto no incluye a los militares condenados a cadena perpetua de la primera junta de la dictadura, Jorge Rafael Videla y Emilio Massera. Tampoco está incluido en la medida el dirigente montonero, condenado a cadena perpetua, Marlo Firmenich.

(以下、その3へ続く)

2010-04-23

翻訳家 山岡朋子さん その69  『ルス、闇を照らす者』 :  アルゼンチン 過去の清算は終わらない その1

このグログのメインテーマについて 山岡朋子さん そのxx 『ルス、闇を照らす者』 として最後に書いたのは何と2009年12月29日、更に 『ルス』 の舞台アルゼンチンのケースについて取り上げたのは2009年11月23日となっておりました。個人的な事情も観方の変化もありますが、それ以来大きな出来事が多かったと云うことでしょうか。ただしメインテーマについても国毎に継続的に追いかけてはおりますので、単なる記事と背景の紹介となりますがこのあたりで一度吐き出して? しまうことに。人物と年代の整理に加えて量が多いので、2〜3回に分けます。


【アルゼンチンの軍事独裁政権、任期: 大統領の面々】

  出典: アルゼンチンの国家元首一覧 - Wikipedia

  ※ イサベル・ペロン解任以降アルフォンシン就任まで、臨時含む。

  ※ 人物のリンク先は全て日本語あるいは西語版ウィキペディア


  • 1976年3月24日 - 1976年3月29日
        軍部評議会 / Junta militar (事実上の大統領) 臨時
        Emilio Eduardo Massera, Jorge Rafael Videla
        および Orlando Ramón Agosti の3人により構成
  • 1976年3月29日 - 1981年3月29日
        Jorge Rafael Videla (事実上の大統領)
  • 1981年3月29日 - 1981年12月11日
        Roberto Eduardo Viola (事実上の大統領) 、辞任
  • 1981年12月11日 - 1981年12月22日
        Carlos Alberto Lacoste (事実上の大統領) 、臨時
  • 1981年12月22日 - 1982年6月18日
        Leopoldo Galtieri (事実上の大統領) 、辞任
  • 1982年7月1日 - 1983年12月10日
        Reynaldo Bignone (事実上の大統領)

上掲はあくまで対外的な最高責任者としての実質大統領の一覧ですが、 汚い戦争 - Wikipedia の中で実際に組織だって行われた国民弾圧である Proceso de Reorganización Nacional、日本語では国家再編成プロセス を実行したのは、陸・海・空3軍の長による Junta Militar (軍事評議会) 、および軍事評議会により任命された最高裁のコンビの様です。 (ぶっちゃけ、この暗い歴史に関しては様々な言葉が少しずつダブりながら存在するため、私自身まだ明確に使い分けられません)


【国家再編成プロセスを実行した軍事評議会・最高裁の面々】

  出典: Proceso de Reorganización Nacional - Wikipedia, la enciclopedia libre

  人物のリンク先は全て西語版ウィキペディア


  1. 1976-1980: Jorge Rafael Videla, Emilio Eduardo Massera, Orlando Ramón Agosti

  2. 1980-1981: Roberto Eduardo Viola, Armando Lambruschini, Omar Domingo Rubens Graffigna

  3. 1981-1982: Leopoldo Fortunato Galtieri, Basilio Lami Dozo, Jorge Isaac Anaya

  4. 1982-1983: Cristino Nicolaides, Rubén Franco, Augusto Jorge Hughes


最高裁判事 (任期未確認): Adolfo Gabrielli, Horacio Heredia, Abelardo Rossi, Alejandro Caride, Federico Videla Escalada


【前回紹介以降の記事 その1】


  • <アルゼンチン>元大統領に禁固25年判決 活動家ら弾圧で
    4月21日11時9分配信 毎日新聞


    −−−レイナルド・ビニョーネ被告(82)に対し禁固25年の有罪判決を言い渡した。


    ビニョーネ被告は同国で1976〜83年まで続いた軍事政権下の最後の大統領。同被告は「当時は戦争状態だった」と情状酌量を求めていた。−−−



年齢から考えると獄死。現政権下では恩赦の対象にはならないでしょうが、−−− (以下、その2へ)

2010-04-22

4月22日はアースデイ: ボリビアで開催の "World People's Conference on Climate Change and the Rights of Mother Earth"

地球の日、英語名称 Earth Day に関し、 アースデイ 日本語版ウィキペディア によると2種類のアースデイが存在; ひとつが1970年の北半球における春分の日3月21日国連により宣言されて以来現在に至る3月21日のアースデイ、もうひとつが1970年4月22日にアメリカ合衆国上院議員ゲイロード・ネルソンが開催した環境問題についての討論集会を発端とする4月22日のアースデイ。一概には言い切れないのですが Earth Day 英語版 Wikipedia の方がはるかに詳しく紹介していることが関心の高さを表すのでしょうか。


どの日付であろうと本質的には同じイベントであり、2009年4月22日付け国連は4月22日を ‘INTERNATIONAL MOTHER EARTH DAY’として宣言しています;

国連としてはむしろ6月5日 環境の日 - Wikipedia に注力しているのでしょうか。


アースデイの国際機関としては no title あたりでしょうか、日本でのイベントは 地球の日 - アースデイJP | Earth Day Japan が統括している様子。後者もなかなかいいことを言ってはいます;

  • 地球の日 - アースデイニュース | アースデイ(地球の日)に始める:三つのエコロジー

    −−−『三つのエコロジー』に関して、現在の日本での大きな課題としては、地球環境では気候変動や原子力開発と廃棄物処理の問題、社会環境では米軍基地や格差と貧困の問題、精神環境では年間三万人を越える自殺者や家族間での殺害事件などが挙げられると思います。それらを一連の問題として考えること、環境のエコロジー社会のエコロジー精神のエコロジーを合わせた課題に取り組む出発点として、「アースデイ」という強度をもった日を選択してください。−−−

以下、上掲英語版ウィキペディアにて紹介されている "Earth Day 2010 / Earth Day 2010 will coincide with the World People’s Conference on Climate Change, to be held in Cochabamba, Bolivia, and with the International Year of Biodiversity." に基づき、現地で取材を行っているDEMOCRACY NOW ! に連続して紹介されたボリビアでのイベントを紹介;


イベント・ボリビアの紹介



  • Call « World People’s Conference on Climate Change and the Rights of Mother Earth (イベントへの招待)
    Signed by Evo Morales Ayma, President of the Plurinational State of Bolivia on January 5th, 2010


    ボリビア - Wikipedia の正式国名は ボリビア多民族国、Estado Plurinacional de Bolivia(スペイン語)、Bulibiya Suyu(ケチュア語)、Buliwiya Mama Llaqta(アイマラ語)。ウィキペディアに 「−−− 就任2年目になるエボ・モラレス大統領は、2007年1月22日、国会で年次報告を行い、新憲法を制定する重要性を改めて強調した。新憲法には、水を含む資源主権や先住民の権利確立、教育行政に対する国の責任などが盛り込まれる予定である。 −−− 2009年1月25日、先住民の権利拡大や大統領の再選を可能とする新憲法案が60%あまりの賛成を得て、承認された。」 と記されています。この新憲法についてコンパクトにまとまったサイトとして ボリビア新憲法概要 開発と権利のための行動センター を紹介しますので、是非一読を。押し付けられた化石の様な憲法を後生大事に抱え続けるどこぞの国と違って、うらやましい限りです。(そういえば、以前紹介したエクアドル憲法についても調べておかないと)

April 21, 2010, DEMOCRACY NOW !



April 20, 2010, DEMOCRACY NOW !





April 19, 2010, DEMOCRACY NOW !



アースデイの紹介として南米の小国ボリビアを紹介するのには訳があります。私は地球の環境保護に関しての先進国、特に世界最大の環境破壊国・覇権国であるアメリカあるいはその道具に過ぎない国連などの主催するイベントを全く信用していないし、先が見えているから。カッコだけ。昨年のコペンハーゲンサミットでの醜態がその実態をよく表していますが、自国の国益に沿わないものは斥ける・無視する姿勢を見ていると、マザーアースと云うコトバは使っていても意味を理解はしていません。日本でもエコと云えばエコポイント・エコ商品・エコ減税などメーカーの宣伝文句に踊らされるものばかり、身銭を切ってでも守ろう、などと云う切迫感も危機感もありません。自己満足の世界ですね。やらないよりはマシかな?


一方でボリビアは、先進国にババをひかされ続けたハンデを負いながら、かつ様々な妨害や誹謗・中傷やシカトにもめげず自分達の手で国創りを進めていますが、気候変動による影響をもろに受けている、と解します。地球規模での気候変動のメカニズムがどうであれ、元々経済的に余裕のある国ではない以上死活問題。Pachamama はアンデスの古い神話にあらわれる代表的な女神とのことですが、元々そこで暮らしていた (あるいは暮らしている) 先住民族は与えられた環境と巧みに共存しながら暮らす過程で 『母なる大地』 として大事にして来たのでしょう。母である以上大地は生きる糧を与えてくれますから、 「征服」 する対象などでは有り得ない。それを未開と考えて破壊したのは誰なのか。世界を席巻する現在の政治・経済の仕組みは限界である、 Pachamama を取るのか現在の仕組みを取るのか、がひとつのテーマとなっている様です。


現在ボリビアが注目されるとすれば、恐らくリチウムでしょう。それこそ Pachamama が与えてくれた資源です。やれ資源ナショナリズムだ、ポピュリズムだ、など我々先進国は勝手過ぎやしませんか?  (以下、4月23日加筆 ⇒ ) また本当に地球のことを考えるのであれば、何故紛争や先進国による侵略戦争を止めさせないのか? たとえ自己満足にしろ、我々が世界中でコツコツ積み重ねる努力など微塵に吹っ飛ぶ程の環境破壊ですよ。

2010-04-21

メキシコの麻薬戦争激化 ⇒ アメリカによるラテンアメリカの軍事支配の格好の機会

本年01月15日に少し触れましたが、メキシコの麻薬戦争はエスカレートする一方の様子。アメリカが絡むところ必ず麻薬トラブルあり、多数の無関係の市民を巻き込む人権蹂躙ありです。アメリカはトラブルがあるから介入するのではなく、むしろ介入することでトラブルを惹き起こし、状況を悪化させていると云えます。サダム・フセインやタリバンがどれほどの残虐行為・殺戮を行ったとしても、アメリカが介入してからの残虐さ・犠牲者の多さの前にはひれ伏す筈。表向きとはいえ勝手な大義名分をふりかざして介入した結果、介入前より多くの罪の無い他国民が犠牲になる −−− これがアメリカの考える正義ですか??


これもいつも言うことですが、その性格からして当然違法である麻薬取引を無くしたいなら、力の行使が無意味であることは世界中で立証済み; 取引の旨みを消すしかないでしょう。本来アメリカは国内消費を徹底的に取り締まるべき。土地は余ってるでしょ、アリゾナの砂漠あたりに巨大収容所でもこさえてヤクが抜けるまで放りこんでおくとか。ところが現実は、アメリカは移民では無くかつ有色ではなくかつ裕福な自国民が自国内で行う違法な麻薬使用に関して寛容ですから自国民がヤク中になろうが構わない筈、いっそのこと全て合法化してしまうのも有効かも。違法だろうが脱法だろうがヤクをやりたい連中はやりますし、合法でもやらない人はやりませんから、合法化して需要が急増するとは思えない。アメリカが輸出でもしない限り供給も増えないだろうし、合法化することでアメリカの大好きな 「市場原理」 が働いて価格は大幅に下がるでしょう。加えて、マリワナは不勉強でよく知りませんが、一般論として麻薬はどう考えてもタバコよりも害が大きいですから、既に充分悪者とされるタバコよりも早く消費は減衰する筈。それは供給過剰および流通関係者の利益減を意味しますから、命を張る価値は無くなります。くどいとは思うが、供給があるから需要があるのではない; 需要があるから供給するのです。 『おいしい市場』 だから参入者が増えるのです、場合によっては警察やら政治家まで。儲かるから武器を調達して命を張ります。下手をすると一時期のコロンビアの様に、麻薬カルテルの軍事力が正規軍のそれを上回ることだってある。アメリカ国内問題に対する無策のツケを罪の無いメキシコ人やコロンビア人までが払わされている状況は異常。世界中に押し付けるのは、ジャンクフードと償還するつもりのない紙くずだけで勘弁して欲しいものです。


メキシコ麻薬戦争に改善の兆しさえ見えないのは、手に負えないのではなくて利害関係者が妨害しているからだろう、と勘繰りたくなります。以下、最近の状況を紹介しますと;


  • Cain, Kyl want troops on U.S.-Mexico border
    Tuesday, April 20, 2010, Washington Times


    不法移民をせき止める目的らしいのですが、麻薬も絡んでいる様子。上述の如く、国内無策のツケが回って来ているのでしょう。







  • To Reduce Violence, End the Drug War
    by David R. Henderson, March 31, 2009, Antiwar.com


    こんな観方もある、と云う例。確かに現在米墨国境で起こっている 「戦争」 は、禁酒法時代のものと似ているかも知れません。

  • México culmina el mes de marzo con 958 asesinatos
    MÉXICO DF, 2 Abr. (EUROPA PRESS)


    1月15日に引用した記事を参考まで掲載しますが、3月のペースを年に引き直すと11,500人ですよ。この5年間で最悪の月とのこと。(ちなみに1月計は937人)


以下、参考サイトの紹介;


Mexican Drug War - Wikipedia


Mexico Under Siege ? LA Times


CRS Report for Congtress: Mexico’s Drug Cartels (PDF)
October 16, 2007, Colleen W. Cook - Analyst in Latin American Affairs, Foreign Affairs, Defense, and Trade Division


北の国から猫と二人で想う事


Mexico Theater | CounterVortex


Drugs | Alternet



メキシコはラテンアメリカか、と云う議論は別として、実はこの状況下一番の懸念は、アメリカがラテンアメリカでの軍事プレゼンスを増やす絶好のチャンスとなり兼ねないこと。チャベスが神経尖らせる理由がよくわかります;


ラテンアメリカを軍事化する / ノーム・チョムスキー

最終更新:2010-04-19 19:05:11, みんなの翻訳



当ブログの主目的のひとつであるがこのところ自然災害やら何やらに埋もれ気味? の山岡朋子さん (横山朋子さん名) 翻訳 『ルス、闇を照らす者』 中に描かれている人権侵害は、アルゼンチン史実に基づくフィクションに止まらず、ラテンアメリカでのアメリカの国益のみを目指した軍事活動の結果として認識されるべきと確信します。それが過去のこととして終了しているならまだしもコロンビアでは現在進行中であるし、また新たに露骨な展開が始まっていますから、 『ルス』 は忘れ去られてはならない翻訳と思います。上掲チョムスキー教授記事の翻訳から抜粋しますと−−−


−−− アメリカ帝国の拡大を通じて、ラテンアメリカにグローバル戦略の第一義的重要性が置かれてきた。米国政府がチリのアジェンデ政権の転覆を画策していた1971年、ニクソン政権の国家安全保障会議は、米国は、ラテンアメリカを支配できなくて「世界の他地域で米国が画策する体制を樹立する」ことができるのか、との意見を述べた。南アメリカが自立に向けた前提である統合への動きを見せ、多方面の国際的な連携を確立し、国内の深刻な無秩序状態----とりわけ、巨大な悲惨と苦しみの中に暮らす人々を欧米化した裕福な少数派が支配する伝統的支配体制----に取り組み始める中で、米国は従来のラテンアメリカ支配政策をますます強化している。 −−−

2010-04-20

妻殺害容疑で逮捕されたエドウィン・バレロさん、留置場内で自殺

留置場内で着衣を使用して首を吊り、瀕死の状態で発見されたが間に合わず死亡、享年28歳。 エドウィン・バレロ - Wikipedia には既に反映されています;


EDWIN ”INCA” VALERO SE QUITÓ LA VIDA EN HORAS DE LA MADRUGADA

Caracas, Abril 19 de 2010, www.2001.com.ve


Por asfixia mecánica falleció boxeador venezolano Edwin ’Inca’ Valero

Valencia, 19 Abr. ABN (Agencia Bolivariana de Noticias)


Un campeón mundial de boxeo se suicida tras matar a su mujer

CARACAS, 19 Abr. (Reuters/EP)


今となっては安らかに、としか言い様がありませんが、異常な状況で両親をいっぺんに亡くされたお子さんが可哀そうです。

2010-04-19

ベネズエラ出身のボクシング世界チャンピオン、妻を殺害した疑いで逮捕

私がサラリーマン時代ベネズエラ駐在時に公私共にお世話になったバレンシア市のインターコンチ (ホテル) 室内での凶行、ショックです;




    • f:id:El_Payo_J:20100419161714j:image]
      出典: 上掲記事
      日本の帝拳訪問時でしょうか、多分向かって左から奥様のご家族(お母さま?)、お子さん、本人、今回犠牲となられた奥様(享年24歳)、お子さん



    • f:id:El_Payo_J:20100418213624j:image
      出典: 上掲記事

私個人的には殴り合いに興味はありませんが、 帝拳プロモーション - Wikipedia によると、帝拳プロモーション契約外国人選手世界王者としてエドウィン・バレロ(WBAスーパーフェザー級= ベネズエラ) が記載されているものの、WBA王座返上後に帝拳との契約を解消とあります。本人については エドウィン・バレロ - Wikipedia 参照。


上掲地元紙 "El Carabobeño" によると、ホテル客室内で凶行に及んだ後血だらけでロビーに降り、ホテルのガードマンに殺害を知らせたとのこと。致命傷は頸部の複数の切り傷、凶器は見つかっていない様ですが、警察での取調べでは何故殺したのか覚えていないと話しており、犯行時アルコールあるいは麻薬でラリっていたらしい。まさにアルコールおよび麻薬中毒のリハビリのためにキューバへ出発する直前のことだったらしいものの手遅れとなってしまった訳で、残念です。


世界チャンピオンクラスのボクサーですから、本人やご家族へのプレッシャーや嫌がらせなど、私の様な凡人には想像できないものがあったのでしょう、でも人を殺すことは許されることではない。お子さんから母親を奪い、父親である自分は殺人者となってしまった訳で、正気に戻って自分のやったことを認識して欲しいものです。

自然災害、人災−−−

今年2010年は1月13日のハイチから始まり、2月27日チリ・3月8日トルコ・4月4日メキシコ・4月7日インドネシア・4月14日中国と立て続けに発生した大規模地震・余震・津波のみならず、2月末欧州西部を襲ったハリケーン級の暴風雨、3月1日ウガンダでの大規模な地滑り、3月中旬南太平洋・フィジー諸島を直撃した大型サイクロン「トマス」、4月上旬ブラジルのリオデジャネイロ州での集中豪雨による洪水・地滑り、4月中旬インド東部・バングラディシュを襲ったサイクロンにより、物的損害のみならず多数の人的犠牲が発生しています。


上掲はほぼ (=人災の部分もアリ) 自然災害と云えますが、馬鹿な人間が起こした災害としては、2月16日ベルギーでの列車正面衝突、3月29日モスクワでの爆弾テロ、4月10日ポーランド大統領専用機の墜落、ロイターの日本人カメラマンも巻き込まれた4月10日タイ反政府集会に関連する衝突など世界が注目するものだけではなく、世界中が聞き慣れてしまい当たり前となってしまった感のある (← 恐ろしいことです) イラク・アフガニスタン・ガザ・アフリカを始めとする戦争・紛争地域での殺戮行為もエスカレートしています。


自然災害だけでも相当な被害が発生している中、人間もわざわざ災害を自ら惹き起こしていますから、滅亡を加速しているとも云える。世界終末論が脚光浴びるのも無理は無いかも知れません。


今日現在恐らく最も報道されている自然災害は、アイスランドでの火山噴火による降灰による間接被害でしょう。前回紹介した際には、火山の噴火そのものではなく噴火による氷河融解での洪水発生の危険性と云う観点からでしたから、災害の種類の拡大と云えそう。

  • 火山灰拡散、空港閉鎖続けば欧州の景気回復に打撃も
    4月19日8時36分配信 ウォール・ストリート・ジャーナル


    噴火による直接的な人的被害は発生していないはずですが、この記事を始めとして多くの報道の観点は経済的損失について、です。それだけでよいのでしょうか? 私は疑問に思います。 (後述)



現在焦点が当たっているのは降灰による欧州主要空港閉鎖ですが、それより警戒すべきは健康被害と環境に与える影響、特に地表温度の変化では? あの恐竜が絶滅した有力な原因のひとつと考えられているのが、隕石落下により巻き上げられた粉塵が地球を覆って地表温度が下がったことですよね。(隕石落下による熱の発生の部分は不都合ゆえ除きます)


  • ピナツボ噴火とその気候への影響
    出典: 九州大学大学院 理学府地球惑星科学専攻 対流圏科学研究分野


    −−−1991年,フィリピンのルソン島北部に位置するピナツボ火山が噴火しました。 当時この噴火による火砕流などにより,フィリピンでは多くの被害がでました。


    噴火によって発生した二酸化硫黄は成層圏まで行くと亜硫酸ガスに変化し,薄い層を形成します。そのため,本来地表に到達するはずだった太陽光が減少してしまい,地表の気温は減少します。


    その一方で,亜硫酸ガスの層は地表からの赤外放射の一部を吸収する効果(温室効果)もあります。


    しかし,この効果は地表の気温を下げる効果より小さいため,結果として地表は平年と比べて寒くなります。 そして、この噴火の影響が主な原因となって1992〜1993年に世界中で異常気象が起こったと考えられています。


    f:id:El_Payo_J:20100419144107j:image

  • 火山学者に聞いてみよう 火山についてのQ&A集(OLD) より抜粋


    Question #- 18
    火山活動と気候変化について教えてください。


    Answer
     爆発的な火山噴火は,大量の火山灰・火山ガスを大気中にもたらします.細粒の火山灰は成層圏を漂い,一時的に日射量を減少させますが,やがてその大半は地表に舞い降りてしまいます.一方,火山ガス中にふくまれる二酸化イオウは,光化学反応によって硫酸液滴となって数年程度成層圏に滞留し,太陽放射を散乱・吸収して地表温度を低下させる要因となり得ます.これに対し,火山ガス中にふくまれる二酸化炭素は地表面からの赤外放射をさえぎるため,その量が大量であれば長期にわたって大気温度を高める温室効果をもたらし得ます.


     このように火山噴火がもたらす物質には,地表温度を高める要因となり得るものと低める要因となり得るものとがふくまれ,その中には短期的な効果をもたらすものと長期的な効果をもたらすものとがあります.それぞれの物質の割合や量は,火山によって,あるいは個々の噴火によって異なるのが普通です.


     実際に大規模な火山噴火と時を同じくして気候変化があったかどうかを歴史記録や考古学的・地質学的記録から調べると,広域的な気候変化(とくに数年程度の寒冷化)と相関がみられる例がありますが(たとえば,1783年のアイスランドのラカギガル割れ目噴火や1815年のインドネシアのタンボラ火山の噴火にともなう広域的な寒冷化),必ずしもそうでない例もあります.もちろん気候変化の要因は火山噴火だけではなく,エルニーニョなどの海洋変動や,人間活動に起因する物質の放出が原因となる場合もありますから,火山噴火と気候変化の関係を調べる際には注意が必要です.


    小山真人(静岡大学教育学部)

下にリンクを紹介した早川さんブログによると噴火は弱まっている様ですが、要Watchですね。




2010-04-18

オバマの核政策

オバマの核政策の欺瞞については2月4日付け 『核廃絶を最終的に目指す核削減と云うが−−−』 で述べた通りで特に目新しいことはありませんが、その確認の意味で最近のイベントを紹介: 4月7日に発表された核態勢見直し (NPR) レポート、4月13日に政治声明を採択し閉幕したオバマ核サミット、そしてそれに対抗してイランが主催した核サミット;


【NPR (核態勢見直し)】




さまざまな分析がなされていますが、そのうちサーチナに掲載されたフランスの戦略分析研究所長・新ソルボンヌ大学戦略問題研究所のフランソワ・ジェレー所長の観方は;


  • 米国の「核状況報告書」を解読(1)核不拡散は「宣伝」に過ぎない
    2010-04-14(水) 114101 [サーチナ]


    −−− 内容から見ると、ジェレー所長は3つの要点を理解する必要があると考えている。


    ・一種の「イデオロギーの宣伝」に過ぎず、軍事戦略の改変ではない。報告書における真の政治的決定は、「核兵器の役割を減らす」ことにある。


    ・核兵器を使用するかどうかの最終決定権が改めて米国の手中に握られた


    ・「核兵器の先制不使用」については確約していない



このジェレーさん見解のオリジナルはおそらく Université Sorbonne Nouvelle - Paris 3 - Accueil *1 から辿って行けば入手出来るのでしょうが、何しろ誇り高きおフランスのことだからフランス語以外では提供されていないしWeb翻訳参照しながらやっていると時間ばかりかかるので断念、サーチナを信用することにします。


【核安全保障サミット】


  • 核サミット:政治声明採択し閉幕 「管理徹底4年以内に」
    毎日新聞 2010年4月14日 11時07分(最終更新 4月14日 12時32分)


    −−−会見したオバマ大統領は「参加国は核テロが安全保障の最大の脅威と宣言し、核防護や密輸阻止が最も効果的な予防策であることに合意した」と述べた。 (以下略)


    呆れてしまう、真の安全保障の最大の脅威は、世界最大の核兵器保有国であり軍事的覇権にしがみつくアメリカの暴走を誰も止められないこと。国連? IAEA? 皆骨抜きですね。恐らくダミーである 『アルカイダ』 を核にしたテロネットワークをでっち上げられて繰り返しあの手この手で恐怖を煽られるアメリカ国民の大半は多分無関心だろうし。

  • イスラエルはNPT加盟を=二重基準批判に「矛盾ない」−米大統領
    4月14日10時24分配信 時事通信


    −−−米政府がイランや北朝鮮の核計画に強硬姿勢を示す一方、イスラエルなどの核保有を黙認している点には以前から「二重基準」と批判があるが、大統領は「矛盾はない」と主張した。


    そうですね、あんながさつな連中に二重基準なんて運営出来る訳はなく、公にしていないが周知の基準 『アメリカの国益に沿うなら正』 があるだけですから。


    なお採択された政治声明 (コミュニケ) の要旨が上掲毎日新聞記事中掲載されていますが、その全文は例えば; Communique of Nuclear Security Summit
    AP via Yahoo! News - Apr 13 1:12 PM にて参照可。


【イラン核サミット】


  • イラン主催「核サミット」に56か国、欧米は黙殺
    4月17日22時44分配信 読売新聞


     【テヘラン=久保健一】核開発計画で欧米の批判を浴びるイランの主催で、核軍縮と核の平和的利用を訴える国際会議が17日、テヘランで開幕した。


     米ワシントンで開かれた「核安全サミット」に対抗するもので、核の平和利用の権利を強調することで非欧米諸国からイラン核開発への支持を取り付けるのが狙いだ。 (以下略)

  • Nuclear summit kicks off in Iran
    Sat, 17 Apr 2010 05:22:19 GMT / PRESSTV


    ※ 日程は17日から2日間 (イランに限らずアラブ圏の休日は確か木〜金曜日あたり) ですから、日本時間では明日19日以降内容判明。

  • Iran to take US to UN over ’threat’
    UPDATED ON: Sunday, April 11, 2010, 23:23 Mecca time, 20:23 GMT, Al Jazeera English


    Iran has said it will file a formal complaint with the UN against the US, citing what it calls President Barack Obama's threat to use "nuclear attack" against it. (以下略)


    骨抜きUNには間違い無くシカトされるであろうが、公式に発行された苦情の内容は多分;


王様アメリカや落ち目の元王様大英帝国のやっていることは、自国の軍事的な覇権の脅威となると勝手に解釈しているイランを孤立させ挑発しているだけ。核だの人権だの、他国を批判する立場に無いでしょうに。


ここ何年か、アメリカは対イラン戦争を始めるのではないかとの観方がある一方、少しずつではあるが西側でも反戦の動きが活発化しつつある様です。例えば−−−







−−−−−−−−

ぱっと見たときは何かの冗談か皮肉と思いましたが、以下実にふざけたHPを見つけました;


no title

February 2010


Since the first atomic bombs exploded in 1945, some have tried to rid the world of nuclear weapons. (以下略)


アメリカにおける最初の核実験は確かに1945年ですが、他人事の様に 「1945年に最初の原爆が炸裂して以来」 なんて馬鹿げている。人類に対する使用実績がなければそれでよいが、 "Since we, the U.S.A. released the atomic bombs onto the human beings in 1945 for the first time in the history" が正解でしょ? 上掲サーチナ記事中に誰の言葉か少々不明ながら 『グローバル化された今日、核兵器が戦争による大量殺りくを防いでいるのである。平和な時代にある人は、このことを忘れてはならない。』 とあるのも、犠牲者・被爆者を愚弄しているとおもうが。パックス・アメリカナの見せかけの 「自由」 と 「平和」 の時代にわれわれが忘れてはならないのは、アメリカの核兵器使用による長年に渡る大量殺戮の事実ではないか? 原発からの放射能漏れによる被害者も含めてこの欺瞞に抗議する正当な権利を有するにもかかわらず、日本政府、ひいては有権者である我々の無能のせいで、ヒロシマ・ナガサキの犠牲が無駄になるのは悲しいことです。


どう考えても無用の長物である米軍基地の問題ごときで優柔不断さを世界中にさらけ出し嘲笑の対象となっている現政権は下野すべきですね。今回のオバマ核サミットでも存在感ゼロであったし。所詮国民レベル以上の政府はありえないのだからしょうがない、早くアメリカ様に謝ってアタマを撫でてもらいましょうよ。原爆? 過去のことです、忘れちゃいました、また家来No.1に戻して下さい、儲けさせて下さいってね。


.

*1:新ソルボンヌ大学はパリ第3大学の通称;
パリ大学 - WikipediaSorbonne ? Wikipédia 参照

2010-04-12

私の大好きなフラメンコのこと その19: 再び La Virgen del Rosario, Patrona de Cádiz のこと−−−

標題の件については、カディス市役所のHPにて el Convento de Santo Domingo に祀られている Nuestra Señora del Rosario が Cádiz の Patrona である旨明記されておりますので、4月05日の紹介は差し替えるべきかも知れません;


Nuestra Señora del Rosario, Patrona de Cádiz


En el Convento de Santo Domingo los gaditanos veneran a su Patrona, la Virgen del Rosario, que recibe fervoroso culto en el camarín central de su retablo mayor. (以下略)


では Santísima Virgen del Rosario en sus Misterios Dolorosos はどうなのかについては気になるゆえ現在 Cofradía del Perdón に確認中なので、回答頂けたら差し替えることにします。私がキリスト教に明るくないせいでしょうが、実にややこしい。例えば以下動画には Santísima Virgen del Rosario en sus Misterios Dolorosos と思われる映像も出て来ますし−−−



調べておりましたら、西語ウィキペディアに私の大好きな バルトロメ・エステバン・ムリーリョ - Wikipedia の筆による Virgen del Rosario がありました!! 


f:id:El_Payo_J:20100409234611j:image

出典: Virgen del Rosario - Wikipedia, la enciclopedia libre

 マドリードのプラド美術館蔵、164 x 110 cm

 描かれたのは1650年〜55年。


キリスト者ではない私は 『母と子』 として観るせいか、この絵では宗教色は全く感じられず、むしろ母性と云うか母と子の絆が強調されている様な気がします。『聖家族』 を題材に描かれた他の絵、たとえばやはり私は大好きな1枚;


D

Titulo: La Sagrada Familia del Pajarito, 1650

プラド美術館蔵


などと比較すると、聖母の表情がきりっとしていると云うか誇らしげであり若く見えることと、子イエスが裸に近いことが余計そう感じさせるのかも。


少し脱線しましたが、Virgen del Rosario は子イエスを左手に抱いておりますから、やはり Patrona de Cádiz は4月09日に紹介の VIRGEN DEL ROSARIO CORONADA および La Galeona なのかも知れませんね。


また上掲の西語版ウィキペディアによれば;

Localidades bajo su patronato


  • Cádiz celebra numerosos actos a la patrona como una solemne procesión. (他地域略)

Santuarios donde es venerada


  • Convento de Nuestra Señora del Rosario y Santo Domingo, Cádiz. (カディスのはこれだけ)

ってことだし。


締めくくりに、 La Galeona の焼失前・復元後の写真も紹介しておきます。高さ60cmですからかなり小さい;


f:id:El_Payo_J:20100412221521j:image  f:id:El_Payo_J:20100412221556j:image

出典: いずれも Juan Luis Vassallo Parodi - 1 - Pagina 4 - Siglo XX en la provincia de Cadiz (Provincia de Cádiz) - Siglo XX - Arte


しかしこの Galeona を航路の守護聖人として新大陸に向かったスペイン人が現地で行った蛮行を考えると、実にフクザツな気分です。スペイン (アンダルシア) も好き、中南米も好き人間としては。

2010-04-09

私の大好きなフラメンコのこと その18: La Virgen del Rosario, Patrona de Cádiz  前回紹介を間違えたかも−−−

だらだらと引越し荷物を整理してましたら、昔Cádiz で買った絵葉書が出てきまして、その中になんと−−−


f:id:El_Payo_J:20100409210853j:image

Titulo: VIRGEN DEL ROSARIO CORONADA

PATRONA DE CADIZ

(CONVENTO DE LOS P.P. DOMINICOS)

件の絵葉書 (購入は1980年)


正面から見たのが多分;


f:id:El_Payo_J:20070504132432j:image

出典: 下掲 Cadizpedia より

多分絵葉書の聖像と同じと思いますが−−−


f:id:El_Payo_J:20081015105824j:image

出典: 下掲 教会の紹介ページより

http://wikanda.cadizpedia.eu/wiki/Archivo:Santo_Domingo_Altar_mayor2.jpg


ネットで検索しますと、カディス百科に詳しく紹介されています;


Nuestra Señora del Rosario (Cádiz)


歴代 ? の聖像 (上掲は現在のもの) と併せて、もう1体 "La Galeona" の名で親しまれている聖像も紹介されています;


f:id:El_Payo_J:20100409213029j:image

出典: 上掲 Cadizpedia


上掲写真の聖像は1931年 (1936年、と紹介しているサイトもあり) に焼失のため、1943年に復刻された La Galeona は通常の? Patrona と同じ教会 Convento de Nuestra Señora del Rosario y Santo Domingo (Cádiz) に祀られて (←この漢字で正しい?) いるとのこと;


  • Nuestra Señora del Rosario (Cádiz) より抜粋;


    Esta imagen sufrió las iras del pueblo cuando en una mañana de mayo de 1931 fue totalmente consumida por el fuego, al igual que la imagen de La Patrona. Solamente se salvó el rostro. Años después, el escultor gaditano Juan Luis Vassallo Parodi hizo una reconstrucción de la misma, colocándose la imagen quemada en su interior, como una reliquia.

  • Convento de Nuestra Señora del Rosario y Santo Domingo (Cádiz) より抜粋;


    Capilla del Sagrario


    En el frontal del lado del evangelio del crucero se abre la capilla del Sagrario, donde se da culto a una pequeña talla policromada de la Virgen del Rosario, más conocida como “La Galeona”, que realizó Juan Luis Vassallo en 1943 evocando el modelo anterior, perdido en 1936. Es una pieza de especial significado histórico, pues acompañaba a la flota de Indias, de cuya Carrera era patrona.

新大陸航路の ガレオン船 - Wikipedia に乗せられて航路の守護聖人として旅をしたため La Galeona の愛称で呼ばれる様になったとのこと。


そういえば、フラメンコの唄の中でも "La virgen del Rosario, la Patrona de Cai" だけではなく、時々 "La Galeona" も出てきます;


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Titulo: Flamenco por Alegrías de Cai Cádiz Gades

La Galeota と唄っているみたい。


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Titulo: Rocio Jurado Camaron de la Isla Alegrias de Cadiz

Patrona は出てきませんが、ついでに先日紹介の Rocio Jurado が天才 Camaron と唄う Alegrias.


してみると、先日紹介した Virgen del Rosario はどうなるのか? Patrona は Virgen del Rosario であって特定の聖像を指すものではないのかな? カディス出身の友人は簡単につかまらないし、もう少し調べてみることに。

2010-04-08

クルグス (日本での呼称はキルギス共和国) クーデター −−− またぁ?

2009年10月29日付け当ブログ 『旧ソ連圏での 「色革命」 のこと』 中で少しだけ紹介しました、2005年3月の 【チューリップ革命 - Wikipedia】 で アスカル・アカエフ - Wikipedia 大統領を失脚させ政権の座についた クルマンベク・バキエフ - Wikipedia 大統領が、今度は自分がクーデターで国を追われ、臨時政府が樹立された様です;


  • 5年前の「革命」が再現 キルギス、腐敗と貧に不満鬱積
    4月8日11時43分配信 産経新聞


     【モスクワ=遠藤良介】2005年に「チューリップ革命」と呼ばれる政権交代劇が起きた中央アジア・キルギスで7日、大規模な反政府街頭行動が発生し、バキエフ政権が崩壊した。野党側のデモが暴徒化し、騒乱の中で大統領が首都を追われる構図は5年前と共通する。 (以下略)



アメリカのバックアップ無しには成り立たなかったであろうチューリップ革命ですが、今回のクーデターの原因ははバキエフ大統領の独裁・深刻な経済危機やら国内での利害対立などの様で、結局振り出しに戻った感があります。西側が正と考える民主主義だの自由主義だのが根付く基盤が無かった、あるいはそもそもそんなものは機能しない事情があったのでしょう。今回は相当数の方々が亡くなられましたから、チューリップは無駄どころかマイナスの結果しかもたらさなかった、と私は思います。


ウィキペディアで紹介されている北海道大学スラブ研究センターの研究報告集 『21COE研究教育拠点形成 スラブ・ユーラシア学の構築 中域圏の形成と地球化』 より以下参照;


「民主化革命」とは何だったのか:グルジア、ウクライナ、クルグズスタン

研究報告集 No.16 / 2006.8 より、


  • 第3章 クルグズスタン(キルギス)の革命 −エリートの離合集散と社会ネットワークの動員 (PDF)


    −−−「街頭政治」の形で大衆が政治参加し、末期症状に陥った政権を倒すことは、民主主義の意味を政治家と国民に再認識させる効果を持つが、それが民主政治の制度化に結びつくかどうかは別問題である。むしろ、政治家が個別的な利益に沿って大衆を動員するという、革命を可能にした行動様式そのものが、革命後も政治エリートの統合を難しくし、政権内外の対立を社会不安に結びつきやすくさせているという側面を指摘しておかなければならない。

  • 第4章 グルジア・ウクライナ・クルグズスタン三国「革命」の比較 (PDF)


    −−− 清新に見えた政権がやがて腐敗して、「ピープル・パワー革命」が何度も繰り返されるという事態はフィリピンでおなじみのものだが、グルジア、ウクライナ、クルグズスタンの場合も、当事者能力を低下させながらも新しい勢力への交替を認めようとしなかった政権が、社会・経済的なネットワークの動員によって倒されたという面と、政治体制としては一定の振幅の中での揺れにとどまったという面の両方を見る必要がある。根本的な変革でも単なる政変でもない、それなりに広い社会層の直接行動によって行われる政権交代をどう分析するかは、「革命」という言葉を使うか否かは別としても、政治研究者が意識していくべき問題だと思われる。

さすがに専門家らしい分析、2006年時点での論文ですが今日現在もそのまま有効。


私の稚拙な 「感じ」 で付け加えるなら、世界中で経済が低迷どころか破綻しつつある中、「上級者」と同じ土俵で戦わざるを得ない「初〜中級者」 は絶対的に不利。経済先進国、特にスーパーパワーと呼ばれる大国が自国の利益だけを考えた政策を押し付けた結果、進展国の経済は破綻させられ大半の国民の生活は悪化の一途をたどっている筈で、まさに経済的弱肉強食が展開していると思います。ハイチやアフリカがいい例。いや、経済的先進国の中でも同じかも知れない。


極端な言い方をすれば、国民がそこそこ食って行ければ (=餓えることは無い状態) 、別に国家の体制がどうであろうと多少の不便があろうと、国民が血を流してまで政権をひっくり返そうなどどは思わない筈。終戦後の日本は先達の血の滲む様な苦労があって餓えの無い安定した社会を実現した訳ですが、でもその苦労が実ったのはその果実を買ってくれる市場があったからと云えます。でも今、そんなおおらかな市場はありません。安くて安全で質のよいものしか買ってくれないのが当たり前の世界には、弱者の出番が無い。これ、市場至上主義の弊害と思います。


そこそこ食って行ければ、隣人がどんな肌の色であろうが、どんな民族であろうが、どんな神様を信じようが、アカだろうがアオだろうが、互いにおかしな干渉さえしなければ、些細ないざこざは避けられないにしても紛争なんて起こらない。まして殺し合いなんて。昔は平和に共存出来ていたでしょ?−−−と云う地域が結構ありますよね。


民主主義だの自由経済だの、たとえそれが正しいとしても、餓えが支配する限り無力・無意味。もっと言うなら、西 (あるいは北) 側では絶対善と考えられている意味での 「自由」 なんて、いのちを賭ける価値などありません。衣食足りて礼節を知ると言いますから、まずそのレベルまで引き上げることが必要、そのためにはハンデが必要不可欠です。援助、援助と言いながら結局回り回って強者の得にしかならない政策は機能しない。その観点から 「国際社会」 が対応しない限り、また何年か後には更に血生臭い政権交代や紛争が起きるでしょうね。


私がその様な地域で生まれなかったのは本当にラッキーだったとしか言えません。大統領は小型機で逃げた様ですが、逃げ場無く亡くなられた方々の冥福を祈ります。

2010-04-05

私の大好きなフラメンコのこと その17: La Virgen del Rosario, Patrona de Cádiz, そしてサエタ のこと (続き)

【カディスの守護者 ロサリオの聖母】


聖週間・復活祭のついでに、先日はマカレナの聖母を紹介しましたから、カディスのフラメンコの唄で頻繁に唄われる `La Virgen del Rosario, Patrona de Cádiz" のことも紹介しておかないと。


守護聖人 - Wikipedia によると、 『守護聖人』 はカトリック教会・正教会の信仰でありプロテスタント教会ではなされない、地域や職業にゆかりの深い聖人がいる、さまざまな称号 (あるいは呼び名) を持つ聖母マリアに捧げられている地域もある、とのこと。 (フランシスコ・ザビエルが日本の守護聖人だなんて知らなかった。)


  • 正式のお名前は結構長くて;


    f:id:El_Payo_J:20100404221606j:image
    出典: Semana Santa en Cádiz - Perdon, paso de Virgen
    María Stma. del Rosario en sus Misterios Dolorosos
    (Santísima Virgen del Rosario en sus Misterios Dolorosos)
    Cofradía del Perdón
    この 『コフラディーア』 とは、先日紹介の勝田保世さんの訳では 『氏子の団体』


    このサイトで "El 27 de marzo de 1980 fue bendecida por Antonio Dorado Soto, Obispo de la Diócesis, la nueva imagen de la Santísima Virgen del Rosario en sus Misterios Dolorosos, obra del escultor sevillano Francisco Buiza Fernández" との説明がありますから、現在の聖像は1980年の聖週間からの新しいものの様です。ではその前は? (下掲)




理屈抜きに素晴らしい彫刻・衣装ですね。マカレナに負けて ? いません。今年のカディスの山車の動画は、まだよいものがアップされていません。今日は (日本との時差が8時間あるハズ) 復活の日を祝っている筈ですから、それどころではないのかも。


蛇足ですが、以下記事中の "la Virgen del Perdón" は La Virgen del Rosario を指す筈。何故この Cofradía に、名闘牛士の誉れ高きパキリ Francisco Rivera - Wikipedia, la enciclopedia libre 、の闘牛の衣装が飾られているのかが書かれています。(今度行ったら是非見て来ようっと)



【Saeta】


先日紹介の、ヘレスでイエスの山車にサエタを 「投げかけた」 Angel Vargas さんは、フラメンコの中心のひとつである同市トップの Saetero の様です。幾つかの録画がYouTubeにアップされており、 教会の中で唄う YouTube なども素晴らしい。でも、先日紹介したものが最高でした。よそゆきではない、ご自分の裸の感情を、自分の持つ全てを使って神 (イエス) だけにぶつけたのがあの Saeta ですからーーー


以下、女性 (Saetera) および若い人の歌う Saeta を紹介。どれも素晴らしい!! (全てマカレナの聖母に歌いかけているもの)



  • D
    Título: Saeta (Joana Jiménez)
    (今年のものと思われます)


  • D
    Título: Manuel Lombo - Saeta a la Esperanza Macarena
    (これも今年のものと思われます)


  • D
    Título: Saeta a la Macarena
    La saetera sevillana, Rosa Vergara le canta a la Virgen de la Macarena en el besamanos del templo.


    聖週間以外でもサエタが歌われることがあるのですね。動画冒頭の説明によれば、2008年12月18日マカレナの日、 el Besamanos (これが手への接吻と云う行事なのか、謁見の間の様な意味なのか不勉強でわかりません) で歌う、とあります。


  • D
    Título: Rocío Jurado Saeta a La Macarena

Desde los Reales Alcázares de Sevilla. 1988.


おまけ、ロシオ・フラド Rocío Jurado - Wikipedia, la enciclopedia libre の歌うサエタ。商業的に大成功したスターですが、この人の唄の底には常にフラメンコが流れていたのだろう、と私は思います。実際、カネにはならないが 『純粋な』 フラメンコも唄えた筈です。その頃は皆そうであった様に子どもの頃から苦労された様ですが、靴屋兼フラメンコの唄い手 (蛇足ながら床屋兼フラメンコのギター弾きってのもいましたね) であった父親とスペイン音楽を愛する母親に育てられ、子どもの頃から頭角を現したとのこと。その頃の録画を紹介する動画もありましたので、参考マデ;



    • D
      Título: CONCURSO FLAMENCO ROCIO JURADO DE NIÑA


【この時期、いつも悩むこと】


観光の目玉とは云え聖週間・復活祭の間、地元の信者も、多分その雰囲気に圧倒され感動させられる訪問者・観光客も皆善人と信じます。何故それが残りの1年とまで行かなくとも、せめてクリスマスまで続かないのか?


昔から敬愛する ひろ さちや さんの著作 『世間も他人も気にしない』 (文春新書、2008年6月20日第1刷発行、71・72ページより抜粋) に以下記述があります;


 もう故人になられましたが、昔、堀田雄康(ほったゆうこう)神父に、「キリスト教ってどういう宗教ですか? 一言で言って下さい」と質問したとき、神父はこんなふうに語られました。


「われわれは底無し沼にいるのです。底無し沼だから、そこから外に出ようとしても足場がありません。踏ん張れば踏ん張るほど、ますます沈んでしまう。また、自分で自分の髪を掴んで持ち上げて外に放り出そうとしたって、そんなことできるわけがない。だからわれわれは底無し沼で踠いて(もがいて)いるのですが、そこへイエスが来られて、みすからを底無し沼に横たえて、

”さあ、あなたがたは、わたしを踏み台にして、この底無し沼から脱出しなさい”

 と言ってくださった。われわれキリスト教徒は、イエスをそのような救世主と考えています」


 じつに見事な説明でした。


堀田神父の言葉を借りるなら、聖週間〜復活祭は多分、イエスが踏み台となってくれたことに感謝するお祭りと解しますが。1週間感謝はするが、せっかくの踏み台を踏み外して底無し沼に逆戻りしてやしないか、と云う気がしてなりません。

2010-04-02

Semana Santa (聖週間) ⇒ Pascua (復活祭): Sevilla と Cadiz

引っ越しもようやく一段落、用事があって南米の方と電話で話しておりましたら、今週 Semana Santa (日本語では 受難週、カトリックの場合は聖週間 ) であることに気付きました。私は別にキリスト者ではありませんし、どちらかと云えば偶像崇拝はご勘弁のクチなのですが、美しいものやこころを打つものは素直に受け入れられますので、昔カディスで感じたことを思い出しながら紹介;



  • 復活祭 より抜粋;


    −−−復活祭は移動祝日といわれ、もともと太陰暦にしたがって決められた日であったため、太陽暦では年によって日付が変わる。グレゴリオ暦を用いる西方教会では、復活祭は3月22日から4月25日の間のいずれかの日曜日、ユリウス暦を用いる東方教会では、グレゴリオ暦の4月4日から5月8日の間のいずれかの日曜日に祝われる。国によってはキリスト教の習慣に従って翌日の月曜日も休日にすることがある。 (以下略)


−−−宗派によって解釈・呼び方や場合によっては日まで異なるのですね。


今年2010年は東方教会も西方教会も復活祭は明後日4月4日(日)ですから今週が正に聖週間であり、本日は聖金曜日と云うことになります。大好きなフラメンコの関係から、 アンダルシア州 で多分最も盛大に祝うと思われる州都 Sevilla および私が過ごした経験を持つ Cádiz のイベントを見ると;


【アンダルシア州セマナ・サンタ総合ガイド】



    1. Víspera (??)
    2. Domingo de Ramos
    3. Lunes Santo
    4. Martes Santo
    5. Miércoles Santo
    6. Jueves Santo
    7. Madrugada
    8. Viernes Santo (Viernes de Dolores)
    9. Sábado Santo (Sábado de Pasión)
    10. Domingo de Resurrección


      毎のイベントがインタラクティブな地図も含め詳細に案内されています。

セマナ・サンタは盛大なお祭りですから、今から来年の計画を立てるくらいが丁度よいかも知れません。ホテルも満室になりますし。(もうなっているかも)


【セビージャ市のセマナ・サンタ】



転記するには少々量が多いので、ルール違反かも知れませんがまず私が大好きな勝田保世さんの文章を紹介します。これは 『砂上のいのち: フラメンコと闘牛』 、1978年11月20日 音楽之友社 発行第1刷からの抜粋。これに勝る紹介は見当たりません;




  • D
    Titulo: Semana Santa Sevilla 2007 - Salida del palio de La Macarena
    山車の宮出し。


  • f:id:El_Payo_J:20100402021516j:image
    出典: 上掲 no title
    ※ 荘厳な美しさとおもいませんか?

【カディス市のセマナ・サンタ】



1980年のセマナ・サンタの時期、カディス市の Barrio Santa María に近い Hospedaje (安宿、スペイン人のおじさんと同室) に泊っておりました。カディス名物のカーニバルの時に劣らない人出の中、Santa María 教会の山車を追いかけた覚えがあります。




  • D
    Titulo: NAZARENO CADIZ POR CATEDRAL 2009
    私が追いかけたのはこの山車であったと記憶します。

【サエタという唄:宗教歌】


上述の山車を追いかけて行くと、夜のカテドラル (Catedral de Cádiz – Catedral de la Santa Cruz −−− 音楽家マヌエル・デ・ファジャが埋葬されている) 広場は人で埋め尽くされておりましたが、広場に面した建物の2階のバルコニーから歌声が聞こえた途端、広場じゅうが静まり返りました。当然マイクなんて使いませんがよく通る声で、歌詞はもう忘れてしまいましたが、ああこれが Saeta なのかと感激したことを憶えています。


多くの動画がYouTubeにアップされていますが、例えば;



  • D
    Titulo: Mejor Saeta Semana Santa Jerez 2008


    ※ "Angel Vargas le canta a su difunto hermano frente al Cristo de la Buena Muerte, como ha hiciera junto a su hermano durante años. Semana Santa Jerez 2008" との説明あり。"Cristo de la Buena Muerte" の山車に向かって亡くなられたご兄弟に捧げた、こころに響く素晴らしいサエタと思います。屋外でもこれだけ響き、節回しも素人のものとは思えませんから、プロのフラメンコの唄い手か Saetero (サエタ専門の唄い手)? いやヘレスのことだから、素人でもこのレベルは結構多いのかも。

なおこの宗教歌サエタはフラメンコにも取り込まれています;


no title

Flamenco - World.com サイトより


私の手持ちの録音の中では、大御所アントニオ・マイレーナの唄うサエタが最高。歌詞の一部を紹介しますと−−−


−−−

Por que no te detienes,

Judas en la venta,

y no maltrates al cordero,

que ya su amo vendra

y te dara mucho dinero

pa que aumente tu caudal.

−−−


D
 ANTONIO MAIRENA, NOS CANTA POR SAETAS...
 Federico Alonso Pernía, 2014/03/18 に公開
   2015年1月28日追加

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