2006-01-16
ミステリーとしての『ひぐらしのなく頃に』-まとめ
TIPS, GAME, 07th Expansion, 竜騎士07
えーと、主に『皆殺し編』で明かされた事件の真相についてというか、プレイ前の注意というか。前半部分は未プレイの人に向けた文章なので、ネタばれはないと思います。
『ミステリー』の定義を云々するのはここでは意味がないので省略。「隠れていた何かが明らかになることでカタルシスを得られる作品」程度の認識で十分だと思います。ただし、「与えられた条件から唯一の真相を理論的に看破する」いわゆる『本格』とは区別しときますね。
多くのミステリー作品には慣習上、「誰が『犯人』で、いかなる『動機』によって、どのような『トリック』を用いたか」という構図が形式として存在します。ここで『犯人』『トリック』『動機』などの概念はミステリー小説という形式に対するテクニカルタームとみなすことができて、これこそが解き明かすべき対象です。ところが、『ひぐらしのなく頃に』にはこれらの概念が形式的要素としては存在しません。ひぐらしは『犯人』や『動機』や『トリック』を推理する作品としてはそもそも作られていないのです。竜騎士07さんはインタビューなどの場でこのことを何度も繰り返し主張してますし、特にひぐらしのなかせ方3(リンク先『罪滅し編』までのネタばれ注意)では以下のように非常にはっきりと断言しています。
よく「ひぐらしの何が正解ですか?」と聞かれるんですが、これは…すごく誤解というわけではないですけれど、犯人は誰で、犯行現場は何処で、凶器は何で、というのを当てるのが「ひぐらしのなく頃に」の正しい推理では無いんです。
そうすると…うーん…これ以上話すと皆殺し編の世界に入ってきてしまいますが。ぼかして言うと、それに気づく物語なんですよ。よく一般的な推理小説にあるように、犯人・トリック・アリバイを暴く作品ではないんです。
これが『ひぐらしのなく頃に』というミステリー作品の大前提です。この前提を意識せずに「『犯人』や『動機』や『トリック』を推理する作品」として『皆殺し編』をプレイすれば、「ミステリーとしてトンデモ」という評価が出てくるのもたしかに仕方のないことでしょう。この点で竜騎士07さんのアピールがあまりにも不十分だったという意見は、以前ここに書きました。で、謎の対象が『犯人』や『動機』や『トリック』でないのなら一体どの部分がミステリーなのか、という問題が当然生じますけれど、この問いに対して竜騎士さんは「それを推理して欲しかった」と答えると思います。『犯人』が誰だとかどのような『トリック』を用いたかといった"具体的"な事実ではなくて、もっと"抽象的"なものに目を向けることがこの作品にとって必要な視点だったのでしょう。
とても残念なのは、ひぐらしを推理ものとして批判する意見のほとんどがこういった竜騎士さんの主張に一切言及していなくて、『犯人』や『トリック』という視点からだけ述べられていることです。上記の竜騎士07さんの主張を考慮に入れた上でひぐらしの推理作品的欠点を指摘されているのは、私の知る限りid:cogniさんだけでした。*1
さて、ここ以下の文章は『皆殺し編』の内容に微妙に触れたりします。具体的な事象に関しては言及しませんけど、それよりもっと抽象的なレベルでの解釈がこの作品では致命的なネタばれになり得るのは上で言った通りです。というわけで、『皆殺し編』をプレイしてない人は読まないほうがいいかもしれませんよーっていう。
以下『皆殺し編』までのネタばれ注意
『皆殺し編』の後半では、ひとつひとつの事件の背景や実行犯の行動が次々とプレイヤーの目の前に曝されていきます。けれどそういった具体的な事実は、ミステリー的な意味では些事でしかありません。つまりゲーム開始から本編開始までの数分程度のプロローグ、あの場面で語られた雛見沢という舞台についての解説こそが、この作品のミステリーとしての本質です。
ひぐらしという物語の構造に関しては、割合としては少ないですけれど既に何人かの方が言及しています。id:simulaさん*2はファウストvol.5のインタビューからとても重要な文章を引用されていて、これはもうほとんど答と言ってしまっていいものだと思います。
実は私が推理して欲しいのは、事件の犯人じゃなくて、この物語のルールがどんなものかを推理して欲しいんですよ。各シナリオの最大公約数的な設定、舞台裏の仕掛けを皆に見つけてほしい。
流星亭さんのここの引用(リンク先『皆殺し編』までのネタばれ注意)でも、物語構造レベルでの推理について言及されています。「ここまで作者に言わせて」も現実問題ほとんどのプレイヤーに意図が伝わっていないという事実があるので、単に読解力という言葉で片付けるわけにはいかないと思いますけど。
さらに『皆殺し編』では、『ひぐらしのなく頃に』という物語の全体で、最終的に真に推理すべき対象が何であるのかが提示されます。それは「どうすれば惨劇を未然に防ぎ、ハッピーエンドに至れるのか」という問題なわけですけど、常に「あの事件の真相は何だったのか?」と過去形でしか問うてこなかった推理作品からはなかなか出てこない発想です。事件の真相を暴くことができればそれ以上考えることはない、と高をくくっていた人がほとんどだったのではないでしょうか。もし片手間に考えてみることはあっても、それこそが物語の主題だと思いつくことは容易ではありません。けれど私達が本当に登場人物の立場となって考えていたのなら、また作品の構造から考えても、この最終目的はあまりにも当然の問なのです。
もちろん、物語のルールを推理するという視点からひぐらしを見たときも、そこに瑕がないわけではありません。出題編で与えられる情報のバランスが悪く、ルールを推理するための論理自体も精度を欠いてしまっているとid:cogniさんは指摘しています。こういった粗さは、竜騎士07さんにとっても克服すべき点なのでしょう。けれど、物語の構造自体をミステリーの対象として扱い、重ねた世界からルールを見出すという発想は、決して一発ネタに終わらないとても普遍性のある方向性であるはずです。この作品をどこかの流水大説と同じように一笑に付して切り捨ててしまうのは、あまりにも惜しいことだと思います。
∇このサイトはものすごくリンクフリーです。
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超常現象めいたこと(**の存在)や推理不能な要因(**等)がミステリとして反則というならミステリ小説の金字塔とまで言う人間もいる京極夏彦氏の京極堂シリーズとて、ノックスの十戒などはたから無視している作品です。雑記でも書かれておられる
>「与えられた条件から唯一の真相を理論的に看破する」
これを本格と定義するなら、京極氏の作品は間違いなく当てはまりません。つくづく、作家の意志ではなく読み手側の都合と勝手でミステリというジャンルが流動的に変化するもんだと思いますね。
(以前、罪滅し編の解釈に感銘を受けた「とおりすがり」は私です)
すでに起きた事の謎解きは数多のミステリで当然のごとく行われる種明かしですが、どうすればより良い未来を手に入れられるか?**を全てTIPSだと考え、そこから**を推理するというのは考えただけでもゾクゾクしますね。
本格の定義は私なりの理解でああいう風に書きましたけれど、それがどこまで一般性を持つかは分かりません。重要なのは、書き手・読み手ともにジャンル意識に個人差、作品差があることを理解しておくことだと思います。「『犯人』や『トリック』が存在しなければミステリーじゃない」と思う人だって中にはいるでしょうし、自分の中にであればそういう基準を持っておくのは意味のあることでしょう。ただ個々の作品を眺めるにあたっては、ジャンルを云々するよりひとつひとつの作品に対して最も適切な視点で接するように心がけるのがいちばんなのだと思います。そういう見方さえできていれば、ひぐらしがミステリーに入るか入らないかという問題も、本当は意味のないものになるはずです。
正直、ひぐらしはミステリというより、ホラー&サスペンスとして鬼隠し編からつきあってきたので、
最近の展開や明らかになった謎に対して割と冷静に受け止め楽しめているのかもしれません。
カテゴリやジャンルを考える上で、自分内基準を持つのは確かにおっしゃるとおりですね。私も少々
↑では自分の考え方に固執した書き方をしてしまったのでお詫びします。
見抜いた名探偵が出した結論が『全て**』なのだから(笑)。ミステリうんぬんを語る前に、
ミステリなのかどうかのレベルで見破れなかった99人はお世辞にも名探偵とは言えないし、
その凡人らが揃って「こんな事件は反則だ!」「なに、この予想外のチャチな解答は」って点で
愚痴たれてるのを見るだけで正直片腹痛いわけで。おかしな例えだけど、名探偵さんは推理することに
よってひぐらしが「推理ものじゃない」って事を見破ってる。とりあえず、推理するという行為と
推理する対象が『推理もの』であることがイコールでなければならないという考えが蔓延しているのなら
その程度のレベルでしか物語に踏み込めない連中に流行るはずもないし、流行らないで欲しいとも思う。
……なので、彷徨い人さんの言う事には同意。上でも書きましたが、ホラーサスペンスとして
私がひぐらしを楽しんでいる理由もまた、早い段階(鬼隠し編の時点)で、背後の気配とか一つ多い足音
とか『陳腐だな〜』と感じて、ミステリとして楽しむ事を半ば放棄した人間ですから。むしろ、
今頃になって騒いでいる人間らは、何を今さらって感じ。綿流し編のフレデリカの詩の意味、おたくら
気づいてないでしょと、惨劇の舞台の外から舞台を踊るピエロどもの醜態が楽しめて二度おいしいわけです。
少なくとも鬼隠し編、というか出題編から
「この物語のルールがどんなものかを推理」なんざ
論理的に一意に読み取れるわけがないんで。
#推理のルールを推理 って言ってるのと同じなんだからそんな同語反復的なものに
#解が出せるわけもなく。
(榎木津辺りをつれてこればできるかもしれんがw)
というか真面目に作者を擁護するよりかむしろ「推理のルールを推理」っていうのは
単に作者の後出しのこじつけ設定って考えた方が現実解だと思うわけです。
ひぐらしという物語に対する適した視点をプレイヤーに満足な形で提示できなかったのは、竜騎士07さんにとって非常に不本意なことだったと思います。
>その程度のレベルでしか物語に踏み込めない連中に>流行るはずもないし、流行らないで欲しいとも思う。
特殊であることと優秀であることは別物ではないでしょうか。私は罪滅し編までをプレイし、インタビューをいくつか読んだ上でようやく竜騎士07さんの意図をある程度把握することが出来ましたけれど、最初の内は狭義での「ミステリー」そのものとして認識していました。私のような「見破れなかった99人」を切り捨てるのは竜騎士さんの本意ではないと思います。
>彷徨い人さん
ひぐらしの推理精度のまずさについては彷徨い人さんの仰るとおりだと思います。その点はid:cogniさんが詳しく言及されています。罪滅し編までを含めればかなりこの世界のルールに肉迫することが出来るんですけれど、出題編のみでそこまで考えろというのは無茶でしょうね。推理の答が必ずしも一意的に定まる必要があるかどうかは、人により解釈の異なる点だと思います。
ルールを推理することが後付だったかどうかは分かりませんけれど、多部作の構想が決まった時点で原型的な思考はあったと思います。
この記事で、私は『推理』という言葉を『考える』と同程度の軽い意味で使っています。日常的に用いる分にはそのくらいの定義で十分だと考えているからですけど、それが誰に対しても通じるものだとも思ってません。
>>管理人さん
言及リンクありがとうございました。「推理」の用法とミステリの区分については「『容疑者Xの献身』は本格ミステリか?」論争が参考になると思います。ご一読を。
http://www.excite.co.jp/book/news/00021134118059.html
>>彷徨い人さん
横槍失礼します。「推理のルールを推理」と「物語のルールを推理」は全く違うのではないでしょうか。
実生活や仕事の中にも「解決すべき課題が明示されない」ケースは多々あります。ひぐらしの場合、偶々ミステリ的な体裁を取っていたために多くの読者から「過去問(=本格ミステリ)」と混同され、真に解決すべき問題が気付かれなかったという側面も大きいのでは? 逆に言えば、ひぐらしという「前例」が生まれたことによって、「隠された問題を見つけ出す」形式のミステリが認知される可能性も広がったのではないかと、自分は楽観します。
なお、「物語のルールを推理」する部分において問題があったことは自分も同感ですので、念のため。
以上、失礼しました。
はじめまして。
こういう話をしていると、どうしても言葉の使い方の問題になってしまいますね。お互いが同じ山犬を見ているのに片方が犬、片方が狼と表現するので表面上はどちらかが間違っているように見える、というパターンがとても多いと思います。
>彷徨い人さん
>小説という仮想世界においては「前提となる世界観」
>が語られない可能性はありえません。
>そりゃそうです。
>世界観がなければ物語が立ち行かないわけですから。
うーん、多分ここに集約されると思うんですけど、よく分かりません。「前提となる世界観」というのは一体何のことでしょうか。超常現象のあるなしや物語としてのストーリーライン、ではないと思いますけれど。「途中でルールやジャンルがころころ変わる物語」に私は面白さを感じるけれど、彷徨い人さんは欠陥を感じる、という、単なる嗜好の問題である可能性はありませんか?
何だか話が最初のものからかなりずれちゃいましたけど、この記事の結論部分は「私は皆殺し編をプレイして、そこに浮かび上がった物語の構造とシステムにたまたま気付いて驚嘆した」「気付いた人の多くは私と同じように感動していた」「気付かずに素通りしてしまう人が多くて残念」と言っているに過ぎません。私たちが見ていたのはどうやら「前提となるルールや世界観がない物語」だ、というのがこのコメント欄での結論ですけれど、とりあえず「そういうのをうまく使えば面白くなりそうだ」と言っているわけです。
もちろん「前提となるルールや世界観がない物語」自体が嫌いな人もいるでしょうし、ここから先はそれこそ好き嫌いの話です。そういう意味では、私の記事の「一発ネタに終わらないとても普遍性のある方向性であるはずです」という言葉の論拠は「私の接した数人がひぐらしの構造を高く評価していた」という状況的な所にしかありません。上では「論理的で一意的な解を求めることが『絶対に不可能』な物語」には普遍性がない、という前提の下に矛盾という言葉を使われたのかもしれませんけれど、そうだとすればこれも同じ答を返せると思います。
こういわれると確かにどうしようもないですね。
具体的にどの部分かはさておき。
(**、**、**、**のでてくる伏線がいったいどこに。)
>このコメント欄での結論ですけれど、とりあえず「そういうのをうまく使えば面白くなりそうだ」と
>言っているわけです。
はい、その結論なら納得できますね。
私が批判しているのはあくまでも
「物語の構造自体をミステリーの対象として扱い(中略)普遍性のある方向性であるはずです。」
↑ ↑
この二箇所なわけでして。
矛盾といっていたのはこの部分のことです。
普遍的という言葉は辞書で引いてもらえれば良いかと。
>もちろん「前提となるルールや世界観がない物語」自体が嫌いな人もいるでしょうし、
>ここから先はそれこそ好き嫌いの話です。
ここはまた話がずれてきちゃいますが、興味深いので。
私は「ない」という言葉を字義通りに使っていますが、
この場合、おそらく「ない」という意味を「隠す」という意味で捉えられていますね。
その路線で考えると、
単純に「前提となるルールや世界観がない物語」は、オカルト(隠智)もの(一般にはホラー小説といわれる)のことですし、私もそれは好きです。
ただオカルト(隠智)に解を与えるという行為はどうでしょうね。。
字義的に破綻が仄見えていますし。
ここは、確かに嗜好の問題になるかもしれません。
読まれたかどうかわかりませんが例えば、鈴木光司の「リング」に対する「らせん」「ループ」
で既に消極的な手法で実現されていますね。
ただ、智の隠蔽に本義を置くオカルト内で智を暴く行為をしちゃったために字義通り
破綻してしまったような気がしますが。
ひぐらしのケースの場合、暴く行為自体が本質だそうですので更に厄介な問題ですが。
(脱(脱オカルト)=ミステリ)→ ?
式で表すとこれがやりたかったことになるんですかね。ひぐらしは。
「ミステリ」と「普遍性」に矢印です。
>えええさん自身の投稿を消してくださいって言ってるんじゃないでしょうか。』
そういう風に理解してああいう返事をしました。一文目と二文目はあんまり関係ないので分けたほうが良かったですね。
たぶん、言葉の解釈の問題さえなければ世の中の議論の半分は一瞬でケリがついちゃうんじゃないかな、とわりと本気で思っています。
具体例を示していることになるかどうかは分かりませんけど、「物語の目的(というかストーリーライン)がなかなか明らかにならない」例として、恩田陸さんや伊坂幸太郎さんの作品を挙げることができると思います。
>ささねさん
とりあえず、この記事とそのリンク先( http://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/20060102/1136186235 )で書いたことを留意もらえれば、それなりに納得できる人は多くなるんじゃないかなとは思います。『犯人』や『トリック』という見方をしても答は出ないよ、とか、もっと抽象的に考えてね、とか。ミステリーはこの作品の要素の内のひとつでしかない、と理解しておくのも重要ですね。このへんの問題は、竜騎士07さんが宣伝レベルで最初からちゃんと主張しておけば、本当に何の問題もなかったんですけれどね。
上の記事に書いてあります。
>「ミステリーじゃないから批判するな」
そうは言ってません。これも上の記事に書いてありますけど、要は『ミステリー』という言葉をどう受け取るかの問題です。一人一人が異なった『ミステリー』観を持っていて、竜騎士07さんのそれは中でも一風特殊だった。でもその点に関する竜騎士さんの説明があまりにも不十分だったので、多くの人が「これはミステリーではない」と批判する結果になったーと。
それは要するに「こうじゃないかな?という予想や見立てはできても、はっきり断言できる材料は提示されないし、分割である事によって犯人が変動する可能性が生まれている」という事でしょうか。
私はこれから通してやってみようかな?と考えている人間なので「人に聞く前にやれよ」とは自分でも思いますが、存在を知った頃から上記可能性を危惧して回避していたので気になって気になって…
ちなみに例に挙げた作品は「犯人にとって都合の悪い描写は全カット」ってのはミステリーかよ?という論争から挙げました。
概ねその通りだと思います。付け加えるなら、この作品のミステリー要素は『犯人』や『トリック』といった具体的な部分にはなかった、ということが言えます。
>ささねさん
>「作者がミステリーと言えばミステリーになる」
うん、別にそれでいいんじゃないでしょうか。ただし他の人がそれを受け入れる必要はありません。だからちゃんと「概念そのもの」の説明が出来ていたのなら、あとはそれを何と呼ぼうがそれぞれの勝手だと思います。ミステリーの定義がどうでもいいというのは、まさに仰るとおりです。それは推理の定義にしたって同じですね。
>作者が「推理出来る」と言ってそれが「無理」なら批判されて当たり前なんじゃないかと
当然です。この点はかなり粗が多くて、誉めてる人を見たことがありません。『罪滅し編』まで含めればそうでもありませんけど、出題編のみでこの世界の構造を看破するのはあてずっぽうだって難しいでしょう。ひどい話ですよね。もっとうまくやってもらいたかったと思います。これもコメント欄の上の方で同じことを書きました。
批判派というのがどんな人を指すのか分かりませんけれど、私がこの記事を書いた時点では『犯人』『トリック』という軸ではなく、「世界の構造」という視点からこの作品を批判する意見はほとんどなかったように思います。「こんな犯人やトリックは推理不能だ」という意見と混同されていませんか? もし後者の視点を踏まえて批判する意見が増えているなら、それは好ましいことだと思います。
>どのような風に宣伝したら「本当に何の問題もない」のでしょうか?
「何の問題もない」は言いすぎだったかもしれませんね。宣伝の問題もありますけど、伏線などの詰めの甘さも竜騎士さんの今後の課題です。宣伝としては、上の記事で書いたようなことをプレイヤーにちゃんと分かる形で示す必要があったのでしょう。もちろんインタビューや自分の日記なんかではなくて、全てのプレイヤーに見える形で。
えっと、ここはネタバレサイトじゃないので申し訳ないんですけどコメントを削除しました。コメントは一時的にhttp://d.hatena.ne.jp/Erlkonig/19830602にコピーしておいたので、保存するなら保存してください。数日したら消します。
ええと、具体的に何のことを仰っているのかは分かりませんけど、技術的な部分に関してはそういうことだと思います。似たようなことをやるにしても、プロの方なら計算の上でもっと効果的な全く別の見せ方をしていたでしょう。そこは洗練や経験の差なのだと思います。
プロの方の視点での評価ですから、ひぐらしは素人でも書ける程度の技術レベルの作品なのでしょう。もちろんそれは、ひぐらしが素人でも作れるレベルの作品だということにはなりません。ひぐらしが大勢の人に受け入れられたのは、別の評価軸からの要素があったからだと思います。技術という面から評価する必要は感じません。
竜騎士07さんがこの作品の第一弾を公開してからもう四年になりますから、当時と比べればかなり考えも変わったことと思います。もし今の竜騎士07さんが最初からひぐらしを作っていたら、また別の形のものが生まれていたでしょう。そういう意味で、次回作には成長と克服を期待しています。
わたしもわかりませんけど、という前提で言いますが、1つには、訓練されたプロではないようなプロが、もてはやされている、というのは別段珍しくないので、それについては私は問わないですね。この場合、竜騎士07氏が「ひぐらし」一発屋で終われば、プロの仕事としては評価されないのでしょう。が、それでもゲーム史には残るでしょう。
2つには、竜騎士07氏は「鬼隠し編」の時点より随分うまくなっていると思います。今ならずっとうまくやれると思いますね。逆に言えば昔作った拙い作品に未だに引きずられている、という見方もできると思います。もっとも、技術があれば「売れる作品」が作れるかといえば、それはまた別でしょうが。
>技術という面から評価する必要は感じません。
技術面の拙さは批判しなくてよい、という意味ではなくて、技術面を誉める必要はない、という意味です。純粋に批評という意味での「評価軸」という言葉を使った直後に「誉める」という意味で「評価」という言葉を使ったのはまずかったです。
最後のオチを指しているのであれば、仰ることは最もだと思います。あの真相は、予想できる中でもかなり拙い結末だったと言えるでしょう。そうでなく、ルール推理という構造自体を指しているのであれば、それを単純な失策と思うことはできません。表現したいもの自体が異なるのであれば、その技術とは沿わないやり方になるのはおかしなことではないと考えます。(代わりに、その表現に相応しい別の形の技術を追求していく必要はあるでしょう) もちろん、他の様々な部分で技術的にも経験的にもひぐらしには様々な失点があると思います。そういった点は、竜騎士07さん自身もちゃんと自覚して克服していくべきことだと思います。
もしもこの作品が最初っから『推理モノ』にカテゴライズしていなかったらどれだけよかったかと思う。まぁ、「罪滅ぼし編」「皆殺し編」「祭囃し編」は物語として改良するべき点やもう少し上手くやれたんじゃないかと思える箇所がある。けれども、この作品を『推理モノ』として見なければ、ルールXYZの存在や伏線の回収の方法は正直「なるほど」と思える。簡単に言えば「ドキドキ」や「ワクワク」があった。つまり面白かったわけだ。
前述した様に作品として改良するべき点があったというのは否めない。更に言えば推理モノとしては反則の域に達していると思う。伏線があろうがなかろうがあの答えに完璧に満足出来る「推理していた人」は少ないだろう。***はずの人が犯人で****がどーのこーの…某少年誌の漫画より酷い。
しかし、「物語」として見るならば「上手く出来た下書き」くらいの評価はできるのではなかろうか?荒削りかつ失策もあるが、軸はそこらの作品よりもしっかりしている。「起承転結」として見るならば、それ自体に特に問題はない。しかし、それぞれを繋ぐ綱にまだ綻びがあるためにあの結末(結論?)に対する批判が多いのだと思う。
どの作品にも言えることだが、この作品に関しては特にもう一度手直しして販売する事ができるのなら完成度は高くなるだろう。
…最後に一言。絶対にこの作品の「ミステリー」というカテゴライズはミスだと思う。
推理云々については記事で述べた通りです。ジャンル的に形式化したテクニカルタームとしての”推理”とは、かなり異なる意味で用いられていたと思います。http://www.max.hi-ho.ne.jp/keiya/ こちらのサイトでひぐらしについての膨大な考察がなされていますが、竜騎士07さんの意図していた「推理」というのはこういったものだったかと思われます。ご参考に。
「推理モノ」や「ミステリー」といった謳い文句に納得できた人と納得できなかったと人がいたわけですが、納得できない人の現れる率が許容できる範囲を明らかに越えていたという点で、このカテゴライズで売り出したことは失敗だったと思います。「ボーダーミステリー」とか言っとけば最初から皆構えて見るので叩かれなかったかも。
とにかくバランス感覚や洗練、経験に欠けた作品だったと思うので、手直しによって完成度が高くなる作品だとは常々感じています。最終話が完全に書き直されるらしいので、その意味ではコンシュマー版に期待しています。(ただしこの作品を単体で見たときの最も図抜た点は上記の要素も総合した上での最終的な「表現力」だったと思うので、その表現能がコンシュマー版で保てるかどうかは疑問に思っていますが)
テキストや音楽など、ほとんどの部分はコンシュマー化を担当しているアルケミスト社に任されています。選択肢とかも付くようですし。竜騎士さんは監修という形で関わって入るようですけれど、日記を見ていても具体的に何かしたということは書かれていないので、どの程度まで彼の手が介在したものになるかは分かりませんねえ
>話が趣旨と変わってしまって
いえいえ。またどうぞ
竜騎士07さんは小説を読まない人なのでブギーポップも読んだことないと思います。そういう手法を取ったのはブギーポップが最初というわけでもないです。月姫より先にひぐらしがコンシュマー化されたのは大人の事情が多分に含まれるのでは。もう少し考えてものを言われた方がいいのではと思います。自分の思いついた考えの中だけに安寧せず、外に向かう向上心を持たれてはいかがでしょうか