『水滸伝(十) 濁流の章』

水滸伝 10 濁流の章 (集英社文庫 き 3-53)

 全十九冊の折り返し地点ということで、これまでにも勝る激動の章。「VS双鞭呼延灼」の一冊です。

 ここに来て、梁山泊軍がはじめて受ける"敗北"。この一大事は、今までにない鮮烈な経験として梁山泊に降りかかります。多くの同志が一時に命を落としますが、彼らの死に様は直接描写すらされません。その多くは、戦後報告という形で名前がが挙がってきます。

 でも、生き残った者たちは彼らを語り直し、その記憶に刻みつけていきます。彼らが確かに生きていて、そして死んでいったということは、彼らの言葉によって強く印象付けられます。続々と増えていく戦死者リストですけれど、その名前を見ただけで彼らがどのようにして死んでいったかを思い出すことができます。

 原典どおり、呼延灼将軍も最終的には梁山泊側に立つことになる人間です。自軍を大敗させ、多くの仲間の命を奪った呼延灼将軍を、梁山泊の人間はやはり気持ちよく受け入れます。

 こんな展開をごく自然に描けてしまうのが、いかにも北方さんらしいです。北方さんが今まで時間をかけて描いてきたのは、たしかにこういう人たちでした。これが北方さんの人間の描き方なのだ、と言われれば、もう頷くしかありません。

 先日の桜庭一樹さんの直木賞受賞に際する「人間が描けていない」という講評も、そんな北方さんの口から出たのだと思えば逆に嫌味もなくて不思議です。そりゃ、あなたの人間の描き方を基準にしたら、質も方向性も全然当てはまらないでしょうよーと。