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2009-06-06

文芸の進化より解体が見たい

 次回の記事のための前フリ。

 技術が増えればできることも増えるので、そっち方面の期待はもちろんしてます。がー。私にあるのは、文芸進化というよりむしろ解体イメージ神話の時代には著作権なんてなかったし、みんな好き勝手に尾ひれ葉ひれ*1つけて話を大きくしてたし、地域によっていろいろ諸説バージョン重なり合ってるのは今から見ると面白いし、「きまった順番に鑑賞する」なんて慣例も当然なかったわけで、私はそういうところまで先祖返りしたいのです。

 神話の時代が終わって、なんで「順番に読む」というスタイルが定着したかというと−。それは社会とか政治学問の発展の上で情報を体系づける必要があったことと、もうひとつはやっぱり「本」という技術が便利すぎたことに一因があるのでしょう。あやふやなで壊れやすい*2人の記憶に依らず、大量の情報を確実に保存する方法の主役は長らく「本」だったから、「本」という形式に最適化するためのいちばん便利な方式、一直線な読み方/書き方が定着したと。*3

 つまり、技術に合わせて文化の方が形を変えていったとも言えるわけです。逆を言えば、ふさわしい技術存在しなかったから「神話の時代のやり方」は廃れてしまったのであって、その表現形式としての面白さ・豊穣さが、そのものとして劣っていたわけでは決してないと思うのです。


 でー。紙の本という技術を脱皮しつつある現在では、「紙の本」の必要に合わせるためにもたらされた制約を、一度リセットすることができます。技術がなくて継続できなかった神話の時代のやり方、「みんなが好き勝手創作していたあのスタイル」そのままのことを、今ならもっと効率的に行えます。そういうことを考える人たちはもっといていいはず*4だし、もっと自覚的になり、もっと声を上げていい。というのが今の私の感覚です。*5

ゆらぎの神話」はそのための実験だし、概念としての「フリーシェアワールド」を言い出したのも、こういった考えを受けてのこと。実際にちょっとやってみた感触としては、やり方次第で成功も失敗もするだろう、「面白い」まで行くのは実作とかなかなか大変だけど、「面白そう」という実感は既にしてすごくある……というところ。そのシステムをどう"上手く"実現するか、に頭をひねっている段階です。


 これはもう何年も前に書いた記事で、根本的な考えはずっと同じなのですが、今ならだいぶ違った説明をすることができるでしょう。その新しい説明は、少し前から裏の方でちょっとずつ書いてます。id:extrameganeさんの議題とは重なるところが多いし、この流れに乗って公開するのがタイミングとしてはベターだと思っています。また、そのうちお目見えします。


その他関連

*1:根掘り葉掘りと混ざった。

*2:「あやふやなで壊れやすい」三連携

*3:このへん、危ない歴史認識の話してるので突っ込み歓迎ですが……。

*42chAAとかふたばキャラとかが既に存在するし、そういう意味で「新しいことを言っている」という感覚すらあんまりないです。自分たちのこととしてもっと目を向けよう、というだけで

*5:もちろん、その「解体」には「小説の決まりごと」みたいなのも含まれて、そのあたりは文語体から口語体への「解体」等、先進的な人がいろいろやってはります。

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