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「魔王14歳の幸福な電波」について

2007-04-23

萌理バトン反省

先日の萌理学園バトンについて色々反省……。バトン形式のリレー作品なのに、明らかに他の人への配慮が足りてなくて後から猛烈に反省猿です。ゆらぎやってるときの行き当たりばったり感覚が抜けてなかったと思います。

私がゆらぎとかでお話を書くときは「物語が終わっても世界は終わらない」というのを意識していて、これは世界観の設定に関するような伏線は必ずしも回収しなくていいのではみたいな感覚です。

たとえば上遠野浩平さんの諸作品とか西尾維新さんの戯言シリーズによくある、存在には言及されるけど作中には登場しないキャラクター組織、遠い世界の事件などがそれにあたります。ああいうのは物語には寄与しないんですけれど、作品世界イメージを広げるという物語とは別の観点からの効果があります。

今回の萌理バトンアレも、基本的に与太なのでその場限りでサクッと流して、たまたま便利そうなネタがあったときだけ使ってもらえたらいいな的意識でした。そういうのはあまり一般的な感覚じゃないということを、書いてるときは失念してたというか。後から考えると何じゃこらです。

大して考えもない伏線無駄にたくさん突っ込みまくってしまい、後続の人に「伏線回収しなきゃ」的プレッシャーを与えてしまったのではと心配です。ぎゃー。でもキュラギ時空ですから! 悪いのはアルセスです

あと私は言った者勝ち的な世界観全体に関わるシステムを安易に出しすぎだと思いました。「キュラギ時空」だけでもアレだったのに、死んでも条件付きで生き返るシステムなんて危なすぎます。あまりにもあんまりなのでこういうのは自粛しようと思いました。あのアルセス野郎

crow_henmicrow_henmi 2007/04/23 16:45 大丈夫。悪いのはアルセスです。
あれ最初どうしようかなーと思ったんですが、5分でうまく引き継げる方法を思いついたんで問題ないですよ。つか濃いネタのほうが引き継ぎやすいんでぼくの場合は。とりあえず目の前のよしなしごとを片付けたら書きます。

ErlkonigErlkonig 2007/04/26 10:35 そ、それは一体どんな方法なんでしょうか! なんか面倒事を押し付けたみたいな感じになってしまいましたけどよろしくお願いします。

2005-11-30

2005-11-28

『このライトノベルがすごい! 2006』宝島社

このライトノベルがすごい!2006

私が投票したのは『戯言シリーズ』(1位)、『絶望系 閉じられた世界』(74位)、『荒野の恋』(49位)、『白い花の舞い散る時間』(多分圏外)、『とくまつ』(多分圏外)。案の定、かなりずれていました。コメントが載る載らない以前の問題です。「自分は面白かったけど人に薦めるものじゃない」と考えて敬遠した『ロクメンダイス、』が92位と以外に健闘していたので、『とくまつ』のかわりにこちらに入れとけばよかったかもしれません。ていうか、今考えてみると『とくまつ』の方がよっぽど地雷ですね!

その他の記事では、やはり西尾維新さんのインタビューが興味深かったです。西尾さん、まさかのラノベ語り。

ただ、ライトノベルというジャンルを語るのとは別に、今あるライトノベル評論は何かおかしな流れですよね。個々の作品に対してものを言うのではない、総論みたいな感じの文章が多いでしょう?

本は共通言語として読むものではないのです。

「個々の作品→総論」という方向の議論と「総論→個々の作品」の方向の議論が混同されているのはライトノベルに限ったことじゃないとは思いますけど、表現しにくいこういった感覚をスッパリと言葉にしてくれるあたり、さすが西尾さん。あまりにもぴったりと当てはまる分かりやすい言葉なので、騙されてるんじゃないかと不安になってしまいます。多分騙されてます。でもこのインタビュー、本誌の意義を遠まわしに脅かしにかかってますね。

そういえば作品とは別にキャラクター人気投票もあって、これに誰を入れるかで随分悩んだのを思い出しました。投票枠は三人までなんですけど、その三人すらなかなか思い浮かばなかったり。最終的には、戯言遣いのいのえもんさん(1位)と眼球抉子ちゃん(15位)と坂崎嘉穂さん(13位)に入れましたけど、この三人を思い出すまでにもかなり時間がかかかりました。ライトノベルキャラクターイラスト重要だみたいなことはよく耳にしますけど、ちょっと私にはピンと来ない話だったりします。

その他で優先的に読んだのは作家アンケート。とはいえ、知ってる人は数名しかいませんでした。桜庭一樹さんと桜坂洋さんが隣り合わせになっているのに何か作為的なものを感じましたけど、あいうえお順ですかそうですか。あと川上稔さんの答えは相変わらずニベもなかったです。

2005-11-09

『ネコソギラジカル(下) -青色サヴァンと戯言遣い-』西尾維新

ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言遣い (講談社ノベルス)

戯言終了。

ばら撒かれた伏線という伏線は一見呆れるほど未回収なのに、投げっぱなしという感じは全くありませんでした。たしかに《玖渚機関》や《殺し名》をはじめとする無秩序で過剰設定的な世界観についてはまったく説明がなされていなくて、依然いくらでもお話を作ることのできる形で開かれています。けれど、語り部さん個人をを中心とした《戯言シリーズ》としての物語は、あらゆる伏線が絶妙なタイミングで回収されていき、完璧と言っていいような形で見事に完結しました。この"世界観に関する伏線"と"物語に関する伏線"は別のものとして考えておかないと評価が変わってしまうと思います。*1

この結末自体には、特に目新しさはないかもしれません。でも、『クビシメロマンチスト』のあの思想を含むこのシリーズが、連続した物語として『ヒトクイマジカル』を経過して遂に本書の結末に至ったというその事実、これは本当に凄いことです。表面上は冒険活劇的な設定で作品中をこれでもかと彩りながらも、実はどこまでも語り部さん一人を描き切るための小説だったのではないかと思います。

で、毎回同じことを言いますけれど、"記号・属性・萌え要素のみによって作られたキャラクター"という主張にはどうも納得できません。たしかに西尾さんのキャラクターはどれも記号で装飾されまくってます。でもその装飾だけに目を奪われて、描写の積み重ねでから生まれる身体的な魅力に気付かれていないのではないかという気がすごくすごくします。たとえばもし哀川潤さんから《人類最強》という記号を取っ払ったら、哀川さんはその格好良さを失って無味乾燥で凡庸な登場人物になってしまうのでしょうか?

*1:ところで上遠野浩平さんの作品郡が典型的ですけど、"世界観の設定は投げっぱなしでも、物語が綺麗に完結すればよい"という発想が受け入れられるようになったのはいつからなのでしょう? むしろ、"世界観の収束=物語の収束"という考えかたの方が最近のものという気もしますけど。

architectarchitect 2005/11/09 07:45 初めまして。
戯言シリーズの登場人物が「記号的」と思考停止的な批判を受けてる事に同じく納得できてない者です。免疫が無いせいかもしれないですが、そこに目を囚われてしまうのは残念なことですよね。

ErlkonigErlkonig 2005/11/09 20:52 はじめまして。過剰な記号表現も西尾さんの作品の大きな魅力だとは思いますし、そこが強調されること自体はぜんぜん構わないと思います。けれど、そこから「記号のみで構成された、中身の空っぽなキャラクター」とか言われるとやっぱり首を捻ってしまいますね。まあ、「記号的なキャラクターにリアリティを感じてしまうカイリテキな世代」とか言われちゃうのかもしれませんけど。

architectarchitect 2005/11/09 21:16 なんていうかそうやって断ずる人に限って「これはミステリーでなくて最早ライトノベルである」みたいな感じでカテゴリの枠に押し込めようとする感じがしますよね。ハナから理解を放棄してる印象があります。

ErlkonigErlkonig 2005/11/10 00:37 まあ受け取り方は最終的にその人の感性に依ることですけど、西尾さんが人物描写という面からももうちょっと評価されてもいいのでは、という気はしています。少なくとも語り部さんの心理の痛すぎる書き込みっぷりや哀川さんの魅力的な言動は、多くの人が凄いと思っているわけですから。

2005-06-11

『ネコソギラジカル(中) 赤き制裁vs.橙なる種』西尾維新

ネコソギラジカル (中) 赤き征裁VS.橙なる種 (講談社ノベルス)

「もふもふ」の効果音で食べるのはシュークリームじゃなくてジャムパンのはずです! 頭良くなりたいです!

というわけでネコソぎました。さすがと言うかなんと言うか。上巻であれだけ少年漫画少年漫画言われてましたけど、やはりただのそれだけでは終わってくれそうにありません。たしかにある面では少年漫画の魅せ方に倣ったりはしてるんですけど、決してそれ一辺倒というわけでもなく。というかこの中巻に至っては、こんな少年漫画があってたまらないという感じがそこかしこに。上中下の真ん中ということで上巻ほどの勢いはありませんけど、「中だるみも計算の内」とでも言わんばかりのこの展開はどうですか。

上巻の時も同じことを書きましたけど、西尾さんの書く登場人物が「記号だけ」の存在だとは、やっぱりどうしても思えません。記号をこれでもかと詰め込むことと実体のあるキャラクターを描くことは決して背反じゃないと思うんですけど、記号的だからという理由で一足飛びにキャラクターに内面がないことにされてしまっている気がします。たとえば清涼院流水さんの書くキャラクターなんかは本当に表面に記号がついてるだけで、中身が空っぽです。そういう意味で、西尾さんの書くキャラクターは御大のような「記号だけ」のキャラクターとはまったくの対極に位置していると言えるんじゃないでしょうか。言えませんか。

上巻と同じく「これ一冊では判断を下せない」、次なる下巻に繋げていくためのお話であったと思うので、とりあえずこれから数ヶ月の間はまた渇きの期間ですね。JOJOのような人間賛歌とまでは行かなくても人間を肯定する方向に持っていくのか、結局は世界を否定してこれまでの感動の全てを茶番としてしまうのか、そういった分かりやすい結末とはまったく別の次元に着地するのか、いずれにしても次でお終いの『青色サヴァンと戯言遣い』です。

追記

ていうか古槍頭巾さんが素敵過ぎますよ! 今回イチオシの和みキャラですよ!


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