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2016-07-15 長崎のタイムボールについて

Europedia2016-07-15

[]長崎のタイムボールについて

 以前、当欄http://d.hatena.ne.jp/Europedia/20130912でも紹介したが、長崎のわが家の敷地には、1954年ぐらいまで、船の航海士等に正確な時刻を伝える27mほどの高さのタイムボール(報時球)のマストが立っていた。今回は、そのタイムボールにまつわる話をしたい。

 右上の写真はわが家の建築工事の際に出てきたタイムボールの基礎部分と推定される重さ360kgほどの鋳物の固まりだ。また、末尾に掲載している写真は、昨年、香港で偶然発見したタイムボールhttp://d.hatena.ne.jp/Europedia/20150210とその内部に展示されていたイラストなどだ。


タイムボールとは

タイムボール(報時球)とは、外国航路の船に正確な時刻を伝える仕掛けである。港の停泊地からよく見える丘などに塔やマストを建て、定められた時刻に目立つ彩色がされた木製もしくは金属製のボールを落下させ、航海士はそれを見て航海用精密時計(marine chronometer)を修正した。

 20世紀初頭に無線による時報や無線方位信号の発信が始まるまで、大海原での船舶の位置の特定は六分儀による天体観測と航海用精密時計に頼っていた。その時代、船の航海士たちは0.1秒単位で正確な時刻を求めていた。

タイムボールが世界で最初に設けられたのは、イギリスのポーツマス港の入口で1829年のことである。1833年にはグリニッジ天文台の丘にタイムボールが移設された。その後、タイムボールの有効性を認識した英国東インド会社がモーリシャス島(1833年)、セント・ヘレナ島(1834年)、喜望峰(1836年)に設置し、1840年代にはインドのマドラス、ボンベイに設置された。

 20世紀に入ると、イギリスから諸外国への呼びかけもあって、オランダ、フランス、アメリカ、ドイツ、日本などでも盛んに設置されるようになり、1904年の時点で世界の121の港に設置されていた(東京天文台「天文月報」第1巻12号による)。

日本では、1903年に横浜と神戸でタイムボールが稼働を開始した。その後、1908年門司、1912年長崎で稼働が始まり、稼働開始時期は不明だが佐世保、呉の軍港にも設置された。長崎県には2基のタイムボールが稼働していたことになる。

タイムボールが設置される以前も、マストに掲げられた旗の降下や、信号弾、サーチライトの点滅、大砲などによる報時が行われていた。しかし、大砲など音による告知では音速による誤差が生じ、正確な時刻を伝えることにならなかった。(たとえば、長崎のドンの山の砲声は、対岸の飽の浦の岸壁まで届くのに6.5秒を要した)

タイムボールは、イギリスに移住していたイタリア人マルコーニの指導による1904年の無線報時信号の送信開始により、徐々に役割を狭められていくことになる。日本でも、1911年には東京天文台による船舶向け無線報時が開始された。奇しくも、長崎報時観測所設立の年である。しかし、船舶の高性能無線受信機の普及や世界をカバーする送信技術の確立に時間を要したこともあり、また、一般市民になじんでいたこともあって、多くのタイムボールは1930年代まで稼働していた。

 なお、タイムボールとして現存するものは、イギリス、オセアニアを中心に60基ほどあり、史蹟や観光スポットとして保存され、中には香港やディール(英国)のように博物館・展示室を併設しているものもある。このうち、グリニッジなどいくつかのタイムボールは今でもボールの落下をデモンストレーションしている。


□長崎のタイムボール

長崎のタイムボールは、1911年(明治44年)3月に鍋冠山中腹(上田町)に報時観測所が設置され、翌1912(明治45年)年2月10日からタイムボールによる報時業務を始めた。

タイムボールを揚げるマストは高さ90フィート(27.4m)、タイムボールの直径は7フィート(2.13m)、重量370ポンド(167.8kg)の赤い玉だった。

 毎日、午前11時55分にタイムボールがマストの上部に引き上げられ、12時(正午)に20フィート(6.1m)下まで落下させて、正確な時刻を航海士や一般市民に知らせた。同時に、電鈴(ベル)によってドンの山の長崎測候所に正時を伝え、午砲の合図としていた

 タイムボールの引き上げは最初、電気で行われていたが、1914年から11月からは人力でおこなわれるようになった。モーターによる巻き上げウィンチの不調のためと思われる。

夜間は、マストに緑色の電灯3個を三角形に並べ、午後9時5分前に点灯し、約2分間点滅を繰り返したのち、再び点灯し午後9時ちょうどに明かりを消し、正確な時刻を知らせた。

手違いにより誤った時刻に落下したときは万国船舶信号旗 W が掲げられ、13時にふたたび繰り返された。故障でタイムボール報が稼働しなかったときは万国船舶信号旗 D が掲げられた。

なお、日本の他の港のタイムボールは、東京天文台からの電気信号で落下が指示され、日曜日・祭日は天文台からの指示がなくタイムボールは稼働していなかった。

唯一長崎だけが、独自にバンベルヒ子午儀などを使って、天文観測による時刻の測定や経度の決定をおこない、3種類の天文時計やクロノメーターなどの精密時計を使って正確な時を割り出し、タイムボールを毎日稼働させていた。

 1915年(大正4年)4月からは気象警報や天気予報も発表し、マストに掲げる旗で船員や一般市民に告知していた。

 長崎報時観測所では、バンベルヒ子午儀を使って天体観測も行っていたため、1917年には東京天文台の経度測定に際してその中継地点とされ、以後、西日本各地の経度測定に際しては、この観測所の経度(東経139度52分)が基準点のひとつとなった。

長崎報時観測所の報時業務は、1941年3月でその役割を終えた。タイムボールの塔などの観測所の設備は、1954年まで残っていたが解体された正確な時期は不明である。



□外洋航海に正確な時刻を必要とした理由

船の航海士が正確な時刻を知る必要があったのは、外海を航行中の船がその位置を知るために欠かせなかったからだ。

航海中の船は、緯度と経度が分かれば現在位置を特定できる。緯度の計測は、比較的簡単だった。北極星の高度は多少の誤差はあるもののほぼそのまま緯度を示す。また、太陽の最大高度(南中)を六分儀などで測定することにより緯度を計算することもできる。

しかし、経度の測定には正確な時計が不可欠となる。正確な時計があれば、たとえば、東京で太陽の南中した正午にその時計を12時に合わせたとする。この時計を持って航海し、ハワイに行ったとき、ハワイの太陽の南中時にその時計が午前8時を示したとすると、東京とは4時間の時差があることになる。1時間の時差は経度で15度であるからハワイと東京では経度で60度違うことが計算でき、経度の決定ができる。(後述「航海技術の歴史物語」より)

もし、時計が不正確な場合はどうなっただろうか。時計に1秒の誤差があれば、経度では1分の誤差となり、赤道上で計算すると1,852mの誤差となる。数ヶ月を要する帆船時代の大洋の航海では誤差が重なっていき100km以上の計算違いが生じることもまれではなかった。なにしろ、18世紀中頃の時計は、最良のものでも日差1分以上あったのだ。

18世紀初頭に、位置を見失って、度重なる座礁事故や補給地にたどり着けずに起きる飢餓や疫病などの海難事故、あるいは海戦での敗北に悩まされたイギリス海軍が議会に働きかけ、経度の正確な測定法を考案したものに2万ポンド(20億円に相当するとも言われる)の賞金を与える法案を1714年に通過させた。

要求される「正確な経度」を時計によって計測するには平均日差3秒以内であることが求められた。この要求に応える時計(クロノメーター)を作ったのは大工から時計職人へと転身したイギリス人ジョン・ハリソン(1693年3月24日〜1776年3月24日)だった。

1713年から正確な時計作りに専心したハリソンは、天文学者との確執など艱難辛苦の末80歳を過ぎた1774年までに賞金の全額を受け取ることができた。

(この経緯について興味のある方はデーヴァ・ソベル著角川文庫の「経度への挑戦」を参照いただきたい。この本を原作として名優ジェレミー・アイアンズが出演する映画「経度への挑戦」-原題「Longitude」 -も製作された。DVDで入手可能)




□シーボルトの「経度への挑戦」

正確な位置を割り出すためには六分儀と精密時計(クロノメーター)が不可欠であった。この2つの“最新器機”を使って、日本で最初に緯度・経度を計測した人物がシーボルト(1796年2月17日〜1866年10月18日)である。シーボルトは1826年2月15日から7月7日(約150日間)までの長崎から江戸往復の旅の間、出島を出るや主要な町々で幕府の警護役人の目をごまかしながら、六分儀とクロノメーターによる観測を行ない始めた。「時間革命」(角山榮著 新書館)によると大村では「われわれは正午前に着いたので、太陽の高度をはかり、クロノメーターで経度を観測した。われわれの測定したところでは、大村の町と城は北緯32度55分27秒、グリニッジ東経130度1分に位置している」と『紀行』に書いている。そして、彼は当時すでに伊能忠敬の地図に記されていた緯度と経度の正確さに驚愕したという。伊能忠敬とその弟子たちはクロノメーターを持っていなかったので、陸地測量法という方法で経度の長さを確定していたと想像される。


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参考 ホームページ

Time ball(Wikipediahttps://en.wikipedia.org/wiki/Time_ball

○神戸大学「海事資料館研究年報」 弓倉恒男 著 www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81005676.pdf

○「長崎遠めがね」長崎報時観測所

http://hoshinabe.ojaru.jp/473_hatusaburou/473.html 

    http://hoshinabe.ojaru.jp/309_houjikansokusyo/houjikansokusyo.html 

○WEBマスター ねこんた氏の「暦と星のお話」

「日本のタイムボール」http://www.geocities.jp/planetnekonta2/hanasi/timeball/timeballjapan.html 

タイムボールの歴史とその意義」 http://www.geocities.jp/planetnekonta2/hanasi/timeball/timeball.html


○みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

長崎報時観測所と測候所(1)昭和6年「長崎市民讀本」から(報時観測所の訪問記有り) http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/67550589.html          

長崎報時観測所と測候所(2) http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/67550894.html


○「星眼鏡ノオト 〜アルハンブラアメリカンホテル追想録〜」

   http://www.geocities.jp/rosy3pojp/hosimg.html 

○山口俊明 ブログ 「ユーロペディア」http://d.hatena.ne.jp/Europedia/

 「星眼鏡ノオト〜アルハンブラアメリカンホテル」http://d.hatena.ne.jp/Europedia/20040323

「香港のタイムボール」http://d.hatena.ne.jp/Europedia/20150210

長崎新聞タイムボールの基礎発見の記事」http://d.hatena.ne.jp/Europedia/20130912


参考 図書  (既出を除く)

「航海術」茂在寅男著 中公新書

「海時計職人ジョン・ハリソン―船旅を変えたひとりの男の物語 」ルイーズ ボーデン 著

  あすなろ書房

「交易と冒険を支えた 航海術の歴史」J・B・ヒューsン著 海文堂出版

「航海技術の歴史物語」飯島幸人著 成山堂書店

「時計の歴史」有澤隆著 河出書房新社

時間革命

時間革命

航海術―海に挑む人間の歴史 (中公新書 135)

航海術―海に挑む人間の歴史 (中公新書 135)

交易と冒険を支えた航海術の歴史

交易と冒険を支えた航海術の歴史

航海技術の歴史物語―帆船から人工衛星まで

航海技術の歴史物語―帆船から人工衛星まで

図説 時計の歴史 (ふくろうの本)

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Longitude [DVD] [Import]

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