国語授業日記

2010-06-19 どこ切る兄弟

[]どこ切る兄弟

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国語表現の授業で作成し、以前画像としてアップした「どこ切る兄弟」をepub形式に変換して、iPadのような電子書籍閲覧ソフトで観られるようにした。

ダウンロードして、iTunes画面のbookウインドウにコピーして同期して御覧ください。息子に見せたら大好評でした。

http://katagiri.web.infoseek.co.jp/book/dokokirubrothers.zip

zip圧縮してあります。ダウンロードが始まらない場合は、右クリックして「対象を保存」を選択してください。

2010-03-09 ヒット曲を古語で謳う

[]ヒット曲を古語で謳う

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2010-03-04 漢字てごらん

[]漢字てごらん(小学3年生)

「シャキーン」で小学1年生と2年生で習う漢字が歌になっているので、小学3年生で習う漢字を使って、五七五で短文を作らせた。(国語表現)

間違いがありましたら、ご指摘いただけると幸いです。

[箱][根][駅]伝 [息]切れて [負]けずに走り [勝]利へと

[皿]の上には [豆]が[有]り [酒]のつまみに ぴったりだ

[病]気のため [医][者]に行く そして[薬]を いただきに

[落]ち[葉]がちって 新しい[詩]が思いつき [想]いこめ

[実]は私は [写][真]はとれないのだが カメラマン

[商][業]のため [品]物を [受]け[取]りに行き [次][運]ぶ

[列]車に[乗]って [旅]に出て [宿]に泊まって [荷]をおろす

あの[島]にある [洋]風の [館]で[遊]び [柱]おる

雨[打]たれても 家に行く [急]いで走り [坂]でこけ

[世][界]きぼでの [温]暖[化] [氷]とけない [研][究]し

[相][談]のために 居[酒][屋]に [向]かうと[君]との [銀]座道

山に[登]って 栗[拾]い 今年の秋も また[終]わる

[神]社に行って 境内に [落]ちる木の[葉]を また[集]め

兵[庫][県]へと [速]達で とある[住][所]に [服][送]り

炊[事]洗濯 できていて [君]の味付け [幸]せだ

[血][相]変えて [羊]から 命からがら 逃げている

[第]一[号]の 手作りで 作った[笛]は [曲]線だ

[昔]は[鉄]の [表][面]を きれいにみがき 鏡へと

時[代]が[進]み [昭][和]から 荒[波]こえて [進]んでく

[部]活のために [服][着]替え 準備[整]え [始]まって

核を撃たれて そこにある [都]が[全]て [消]えていた

これは[重]いか [軽]いのか [持]ってみないと わからない

次の[祭]は [安][全]に 何[事]もなく [終]わるかな

[練][習]のため 鉛[筆]で [漢]字を[書]いて 覚えてく

[美]しい人 顔だちを きれいに[整]え ねたましい

[指]を切らずに 作[業]を [進]めていって 指を打ち

リンゴの[皮]を きれいにむいて 児[童]に[配]り 次をむく

テレビ[局]では イスの上で [度]々つかれて 寝ています

今[両]親は 縁[談]の 話を持って やってくる

[委][員]会での 席の位置 [暗]い位置だし [最]悪だ

その[苦]いのは 青汁で [飲]み[物]であり [美][味]いのだ

道[路]があって 信[号]が [丁][度]青へと 変わったな

[予]測できない 来[客]が 家に押しかけ [他]も来た

その手[帳]には 中[央]に マークがあって 気に入った

ケロロ小隊での [階][級]が 伍長なのは 誰でしょう

[福]袋には [様]々な ものが入って [開]けてみたい

今忙しく 一[秒]も [悲]しんでいる 余裕がない

その場[所]に お[札]を入れる 自販機だ

川の流れは [倍]近く 流れているが 気にしない

[問][題]が起き 自[由]には [身][動]きできず [待]機する

演劇のため [配][役]を 割り振ってても [放]置され

[平]らな[面]に [板]を付け [鼻]の位置まで [調][整]し

脱[皮]をしたら 大きくなり [定][期]的に くり[返]す

古[代]文化を [発]見し [申]し出たのに 先[越]され

結婚[式]に [反][対]を していた親を 丸めこめ

みんな[等]しく 最後には [死]が訪れて 人は[去]る

[永]く生きても [決]まってて [短]ろうとて 最終[章]だ

野[球]の[球]を [投]げてても [転]がしてても [守]備が下手

[苦]手だった 体[育]は [意]欲は出ても やる気出ず

[港]を出てき そこいらの [岸]に[近]づけ [歩]いてく

ここでの[主]な [仕]入れでは [港]の漁[業] だったはず

ここで木を[植]え 森作り [深]い樹海に してみたい

ここの[州]での [美][味]いのは 特産[品]の [横]の棚

この[期]間での [医][院]では [仕][事]ができず たまってる

財布の中が 危ないと [感]じていると 財布空

ここの[区]間は 走るのに [丁][度]いいから ランニング

そこにある[橋] 貴[族]たち 歩くのを[追]い [宮]参り

[潮]風浴びて 折れた[歯]が むなしいけれど 前を見る

2010-03-02 「日常性の壁」焼き直し作文

[]「日常性の壁」焼き直し作文

安部公房著「日常性の壁」の構造を示して、その構造に当てはめて書き直させる作文を課題にした。その優秀作。

 一般的には蛇への嫌悪感の正体は、人類の太古記憶と思われているが、実はそれは間違いである。その理由は二点ある。一つ目は「蛇は天敵ではない」、二つ目は「記憶は遺伝しない」である。また、蛇への嫌悪感の正体は実は、当然あるべきものの欠如から来る違和感である。その理由は「日常性の欠如」である。

 まず、蛇への嫌悪感の正体は人類の太古の記憶ではないことについて説明する。その理由の一つ目は「蛇は天敵ではない」である。なぜなら、人類の祖先は樹上生活をしておらず、地上にいたので、真の天敵は肉食の四足獣だった。だから、猛獣に蛇のような嫌悪感を抱かないということは、「天敵だから嫌悪感を抱いた」というのは誤りだ。

 その理由の二つ目は「記憶は遺伝しない」である。後天的に得た形質が遺伝するという学説はあるが、記憶が遺伝するという説は、まだ出ていない。だから、「記憶が遺伝して嫌悪感を抱いた」というのは誤りだ。

 最後に蛇への嫌悪感の正体は実は当然あるべきものの欠如から来る違和感であることを説明する。その恵利有は「日常性の欠如」である。蛇は幽霊と同じ恐怖を与える。犬や猫みたい人間と同じ手足を持っておらず、擬人化するのがひどく困難で、内側からその日常を想像するのが難しい。人間にとって、その日常を想像できないということはひどく不気味なことである、その不気味さが蛇への嫌悪感につながるので、蛇への嫌悪感の正体「日常性の欠如」である。

2010-01-04 群読コンテスト「閑雅な食慾」

[][]2年現代文 萩原朔太郎「閑雅な食慾」

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