国語授業日記

2017-07-25

[][]「資質・能力」と学びのメカニズム

 コンテンツ・テストのスコアに現れる要素的知識の単なる所有は、質の高い問題解決十分条件ではなかったのです。

 では、何が職務上の業績を予測するのでしょうか。この探求に際してマクレランドは、卓越した仕事ぶりを示す職員と凡庸な業績しかあげられない職員国務省に選んでもらうとともに、職員に詳細な面接を行います。その結果、以下の3つが、卓越した職員を凡庸な職員から区別する要因としてみなされました。

^枴顕渋弍の対人人間関係感受性:異文化に属する人たちが語り、意味することの真偽を聞き取る能力、彼らがどう対応するかを予測する能力。

他の人たちに前向きの期待を抱く:敵対する人も含め、全ての他者の基本的な尊厳と価値を認める強い信念、さらにストレス下でもこの前向きの信念を保ち続ける能力。

政治的ネットワークを素早く学ぶ:そのコミュニティーにおいて誰が誰に影響を及ぼしており、各人の政治的、権力的立場がどのようなものかを素早く察知する能力。P57

[][]「資質・能力」と学びのメカニズム

 もしかすると、教科の得意・不得意のかなりの部分は、この点に行をするのではないでしょうか。なぜなら、この統合的概念化に成功した途端、バラバラとたくさんのことを勉強してきたと思っていたその教科が、ある一環した発想なり原理で世界を眺め、枠付けて理解しようとしていたのだということが晴れ晴れと見えてくるからです。そして、膨大な領域固有知識が一握りの概念や方法論で手際よく構造的に整理できることに気づくでしょう。P186

[][]「資質・能力」と学びのメカニズム

 以上、有意味学習、オーセンティックの学習、明示的な指導という、「主体的対話的で深い学び」を実現するための3つの事業づくりの原理について見てきました。

 三つの原理は、理念的にはそれぞれに独立してはいますが、実際の授業づくりやカリキュラム作りという営みにおいては、複合して用いたり、組み合わせて用いたりします。

 まずもって、子供の既有知識を足場に学びを生み出すという有意味学習の考え方は、すべての授業づくりの規定に位置付くものです。オーセンティックな学習でも明示的な指導でも、この原理は適用されるべきですし、もちろん適用可能です。

 また、明示的な指導が真に奏功するためには、オーセンティックな学習経験のあることが必須の要件になってきます。本物の社会的実践に近い、自分事の豊かな学習経験があるからこそ、その1段抽象化した意味をたとえ教師がリードして抽出し手渡したとしても、なお子供たちはそれを自分の宝物と感じることができるのです。

2017-03-07 街場の文体論

[][]街場の文体論

これはフランス人の階層社会が生み出した病気だと思います。「知りません」という言葉を口にできない。「知りません。教えてください」という言葉を口にすることは恥だと思っている。駅でも、郵便局でも、ホテルのレセプションでも、レストランでも、観光客相手の接客をするのは、申し訳ないけど、階層上位の人ではありません。彼らは「知らない」と「教えてください」を口にすることを制度的に禁圧されている。そのセンテンスを口にすると人に侮られ、いらぬ借りを作ってしまうと信じている。でも、僕たちが社会的な上昇を果たしたいと思えば、現実的には方法は「それ」しかないんです。自分が何を知らないかは、何ができないのかを正確に言語化し、自分に欠けている知識や技能や情報を有している人を探し出して、その人から教えを受ける。「知りません。教えてください。お願いします」。学びという営みを構成しているのは、ぎりぎりまで削ぎ落として言えば、この三つのセンテンスに集約されます。自分の無能の自覚、「メンター」を探り当てる力、「メンター」を「教える気」にさせる礼儀正しさ。その光は整っていれば、人間は成長できる。(文春文庫 pp.132-133)ミシマ社,2012.5

[][]街場の文体論

後天的な努力によって身に付けた文化資本は「禁欲主義」の馬脚をすぐに表してしまいます。必死で勉強して覚えた知識なので、見たことのない映画についても、聴いたことのない音楽についても、飲んだことのないワインについてもつい「それについて知っている」ことを誇示してしまう。(文春文庫 p.136)ミシマ社,2012.5