ちょうど1週間ほど前の unknown-man氏のエントリーが気になっていたので、
(http://d.hatena.ne.jp/unknown-man/20060118)
特許庁が公表した『特許審査迅速化・効率化のための行動計画』
(http://www.meti.go.jp/press/20060117002/20060117002.html)
を読んでみる。
・・・・これはひどい(苦笑)。
特許審査迅速化、効率化という至上命題の下、
特許庁も必死になっているのは分かるが*1、
「2.産業界等による取組」なるものをここに載せるのはどうなのか。
『行動計画』とある以上は、
まず自分たちでできることをしっかり書くのがスジだろう。
それはさておき、
特許庁が、産業界等に対して、
「特許審査迅速化を実現するため・・・要請する」といっているものの
中身を見てみることにする。
(1)出願・審査請求構造の改革
「海外にも出願する出願の割合を増やし、その率を3割以上を目処に拡大する」(①世界的視野での出願戦略)
というのは、まぁ分かる。
問題はここから先である。
「特許となる審査請求の比率(特許率:現在49%)を欧米並み(55〜60%)に引き上げるため、特許とならない審査請求の比率(黒星)を2割削減する〔黒星2割カット〕」(②出願内容の事前チェックの徹底)
余計なお世話だ。
「自社内外の能力を活用し、十分な先行技術調査を行う。」
「特許の可否の見込みについて弁理士の助言を聴取する」
これをやらずに特許出願している大企業は皆無だろう。
「知的財産戦略を事業戦略及び研究開発戦略とともに三位一体で推進するための社内体制を整備する」
「知的財産活動の意思決定に経営者が関与するため、知的財産戦略に一元的に責任を有する者(Chief Patent Officer,CPO)を設置する〔一元的な責任体制〕」
(③実効ある社内責任体制の整備)
「社内体制づくり」は机上で考えるほど簡単ではない。
どこの会社だって、そういう社内体制が望ましい、と思いつつ、
できないのはそれなりの理由がある。
“CPO”などという用語を作るのは自由だが、現在多くの企業が有している
知財部長や知財担当役員とどう違うのか、きちんと説明してほしい。
「出願済み案件について、事業化の見込みやコスト削減の観点を踏まえて審査請求の必要性を慎重に吟味する」
「審査請求済み案件を洗い直し、審査請求料金一部返還制度を活用して不要な出願を取り下げる」
(④出願・審査請求後の見直し)
「審査請求の取下げ」が口で言うほど簡単な作業ではない、
というのは、既にunknown-man氏が書かれているとおりである。
「こんな特許あったってつかわねーよ」
と冷たい視線を投げかけてくる事業部門。
「いや、これは是非とも特許にしてくれ!」
と猛烈なネゴシエーションをしかける開発部門*2。
「今年は出願件数の伸びが少ないねぇ・・・」と上司にやんわり叱責され、
机の上の未処理案件の山を見て途方に暮れる出願担当者、
でも潤沢な予算が与えられるわけでもなく、
年度末が近づき、予算超過に頭を抱える経理担当者。
そういった悲喜こもごもの中で、
ひとたび「会社の意思」として審査請求すると決めた特許発明を
そんなに簡単に捨てられるわけがなかろう。
それに、職務発明制度に対する認識が高まった現在では、
下手なチョイスをすると、発明者本人に“刺され”かねない。
「事業化の見込み」を考えずに審査請求するとでも?
「コストの削減の観点」っていうが、
普通の企業の方が特許庁よりも数十倍コスト意識高いですから・・・(残念)。
「出願・審査請求構造の改革のための具体的取組について、目標設定、行動計画の策定を行う」
「これらを知的財産報告書、知的資産経営報告書等を活用して、年内を目途に公表する」
(⑤特許管理行動計画の策定)
余計なお世話である。
そもそも、なんで「知的財産報告書」が世に普及しないのか、
特許庁&経済産業省は、真面目に考えたことがあるのだろうか?
普及しない理由は、知財担当者が仕事をさぼっているからではなく、
大抵の企業にとって、知財など取るに足らない存在だからに過ぎない。
特許庁の方々が思うほど、世の中は知的財産を中心に廻っているわけではない。
「部門の存在意義のアピール」といった思惑を抱きでもしない限り*3、
積極的に公表する必要性など存在しないのである。
必要のないものに時間をかける余裕を持っている会社が、
今の日本でそうそうあるとは思えない。
今出願を担当している弁理士は“不適切”なのだろうか・・・。
それに、すべての会社が実績のある代理人に仕事を集中させたら、
代理人が過労死するか、余計に雑な出願が増えるのかの
どちらかになりそうなものではないか。
この後に続く、
「3.産業界・弁理士(会)の取組への支援」の中では、
「(2)企業の先行技術調査能力・審査結果予測能力の向上に対する支援」
といった項目もあり、
「IPDLの利便性の向上」や「技術分野別判決集の公表」などが
挙げられていて、この点については評価できる*4。
しかし、その後の
「(4)主要企業・代理人の出願・審査請求関連情報の提供」
の項目は感心しない。
①企業別・産業別情報(18年3月予定)
「大手出願企業、産業別の特許率・黒星率、出願・審査請求取下げ動向等を公表する。」
以前、“お客さん”が少なかった頃に、
散々“積極出願”を促していたのは、どこの誰だったのか。
一番笑ったのは、
「(5) 出願人・代理人の貢献に対する表彰制度」
「発明の日(毎年4月18日)における知的財産功労者表彰を活用して、特許審査迅速化に貢献した企業・弁理士等を顕彰する」
こんな表彰を受けて喜ぶ企業・弁理士がいるのだろうか?
「○○弁理士は、今年の出願取り下げ率No.1です」なんてことが
大々的に表彰されたら、多くの企業は
「どうしても特許にしたい」発明をその弁護士に委ねることに
二の足を踏むだろう*5。
とりあえず、「産業界」にこれだけのことを求めるのであれば、
まず、特許庁がどうやって「審査業務の一層の効率化」を進めるのか、
という点について、具体的に示して欲しいと思う。
他人に何かを求めるのは簡単。
でも、自分で何かをやるのは難しい。
「特許庁の常識、世間の非常識」と陰口を叩かれないように、
まず範をもって、「迅速化・効率化」に向けての意気込みを
示していただきたいものである*6。
*1:だからといって、「審査官一人当たりの年間処理件数(請求項数ベース)について、今後5年間で約30%の増加を図る」(約1100項→約1400項)といった時代錯誤的な“ノルマ”を課すのもどうかと思うが・・・。
*2:この点に関しては、発明者が在籍しているかどうかで、だいぶ様相を異にする。もし発明者が当該開発部門の“カリスマ”的存在の方だったりすると、部門を挙げて「見合わせなんてとんでもない」と叫び出すことになる。
*3:自分は常に抱いているが・・・(笑)。
*4:もっとも、従来からの「民業圧迫」という批判もあるところなのだが・・・。
*5:いわゆる「訴状を書かない弁護士」(何でもかんでも和解で片付けるのを是とする弁護士)と同じである。
*6:審査順番待ち件数の増大で、にっちもさっちも行かなくなったら、今度は「相対的無効事由については異議待ち審査制の方が望ましい」と言い出しそうな悪寒もするが・・・。