企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2006-04-30

[] 2006年4月のまとめ

今月の月間トータルPVは11,000件強。

ユニークユーザーは7,000弱。

読者の皆さまもお忙しい時期だと思われるし、

こんなものかと。

<検索語(単語)ランキング>

1.→  Hな話 345

2.↑  本当にあったHな話 168

3.圏外 本当にあった 148

4.↓  企業法務 104

5.圏外 西村ときわ 56

6.→  企業法務戦士 41

7.圏外 弁護士 37

8.圏外 あさひ狛 36

9.圏外 合併 22

10.圏外 あさひ 20

そろそろ青少年向け有害サイト認定されてもおかしくない(笑)。

しかも「Hな話」をGoogleで検索しても

一発目には出てこないんだけどね(苦笑)。

青少年諸君、GWには爽やかにお日様の下で汗を流しましょう!


「西村ときわ」と、「あさひ狛」の合併の件は、

さすがに関心が高かったようで、順当な結果。

この件に関しては、個人的にコメントしたいことも多々あるのだが、

しばらくは様子を見ることにする。


その他、人名検索系では、「中里実」教授の14件が目立つ。

ネット上でも人気なのだろうか、中里先生・・・。

[][] また一つ破られた歴史。

ディープインパクト天皇賞(春)

お世辞にも層が厚いとはいえない今の古馬陣相手なら、

と別に心配もしていなかったのだが、

ダイジェストを見たら、相変わらずの豪快な勝ち方で。


出遅れて後方待機で冷や冷やさせつつも、

向こう正面からの一気まくりで、ゴール前突き放してのレコード勝ち。

賢い馬のことだから、どういう展開で走れば視聴率を稼げるか、

計算しながら走ってるのかもしれない(笑)。


破られたレコードタイム保持馬、

マヤノトップガンの平成9年のレースはまさにライブで見ていたから、

10年近く経ってようやく破られた・・・というのが何だか感慨深い。


三強対決、と言われた春の天皇賞で、

田原成貴騎手がとった思い切った後方差し戦法。

それまで逃げ、先行馬だったトップガンが、

淀の直線を駆け抜けた時の衝撃には相当なものがあった*1


昨年の「ナリタブライアン以来の三冠」に続いて、

自分の思い入れの深い時期の記録を呼び起こしてくれた、

ディープには、あらためて感謝せねばならないだろう。


キングジョージ凱旋門賞と勝って、

ジャパンカップで凱旋勝利、とファンの妄想は膨らむ一方。

ハーツクライと2頭並んで、内国産馬が最高峰の舞台に臨む、

そんな姿を見てみたい。


ちなみに、2着がリンカーンだったので、馬券的には買わなくて正解。

どうせ、自分が買っていたとしたら、

ファストタテヤマだのローゼンクロイツだの、と

趣味に走ったであろうことは、容易に想像がつくから。


あと、東京では、

スイートピーSカワカミプリンセスがなかなか良い走りを見せたようで。

父・キングヘイロー、と聞けば、

つい最近までターフを走っていたかのような錯覚に陥るのだが、

時の流れは、そんな暢気なファンを待っていてはくれない・・・。

*1:天才・田原ジョッキーの“天才”たる所以を証明してみせた最高のレース。その後、競馬人として不幸な途を辿ることになってしまったのはまことに残念なのであるが・・・。

2006-04-29

[][][] ちょっとした感慨。

久しぶりにジュンク堂に行ったら、

「知的財産法のエンサイクロペディア」こと、

田村善之先生の『知的財産法』の最新版が、

発売日*1に先駆けて知財本コーナーの一角を陣取っていた。


知的財産法

知的財産法


表紙のデザインはこれまでのものと変わらないのだが、

手に取ると明らかな違いが一つ。

なんと、この第4版からハードカバー(上製カバー)になっている!


これは、あの菅野和夫先生の『労働法』が、

縦書きから横書きになった時以来の衝撃(笑)。


今から遡ること6年前、

諸般の事情により、必要に迫られて、

途方に暮れつつ立ち寄った紀伊国屋で選んだのが、

『知的財産法』の第2版。


その時点ではこの分野に関する前提知識など皆無に等しかった自分が*2

この本を手に取った理由は、

特実意商+著作権+不競法が一冊に集約されているお買い得感と、

後述する馴染みやすさゆえ、だったわけだが、

自分が、独禁法でも消費者法でも国際私法でもなく*3

「知財法」の世界の一端をかじろうと思ったきっかけは、

まさに、この本に描かれていた知財法の世界の入り口の“面白さ”にあったわけで、

今、自分が知財法務などというヤクザな仕事を満喫できるのも*4

この本のおかげ、と言っても過言ではない。


じきに『概説』シリーズを買い揃えたこともあって、

その後『知的財産法』自体を参照することはほとんどなくなってしまったのだが、

手垢の付いた一冊は、今でも書棚に大事に備えている。


ゆえに、本屋の一角で、ちょっとした感慨を覚えた、

そんな土曜日の午後。


ちなみに、当時の自分にとっては、

ソフトカバー&横書きゆえの馴染みやすさ、というのも、

購入動機のひとつだったから*5

版を改め、今回「ハードカバー」へと“進化”を遂げたのを見て、

若干複雑な感情を抱いたりもしたのであるが、

同時に、版を重ねても、概説書、そして導入書としての本書の魅力には

何ら変わりはないだろうとも思っている。


この春、新たに知的財産法の世界に足を踏み入れる

多くの学生、院生の方々が、

この書を手に取ることを願って・・・。

[] 感慨と言えば・・・

貴重な休みの日に、貴重な時間を割いてくださった

ブログ友(?)さんに感謝です。


いろいろ話していて思ったのは、

「若い頃からいろいろ先のこと考えてやってくのが大事だったんだなぁ」

(オイオイ過去形かよ・・・(笑))

ってことでしょうか。

(何も考えてなかったもんなぁ・・・あの頃。)


世の中得てして、

心配してたり不安に思ってたりしたことの方が案外うまくいって、

何てことはない、と思ってたところで躓いたり足を引っ張られたりするものですが、

何か一つでも目標を持ってやっている人は、

大概何とかなっている、というのが実態だと思います。

逆に言えば、とかく楽な方に流れがちな日常の中で、

たった一つでも目標を持ち続けるということが、実は大変だったりするわけで。


まだまだ時間はたっぷりありますし、

仕事のキャリアでもそれ以外の部分でも、

着実に積み重ねていくことができる環境だと思いますから、

30過ぎて人生の確率変動に期待している自分のようにならないように(涙)、

充実した日々を過ごされることを願っています。


ちなみに、今から10年前に戻って、

その先の人生を描けたとしたら、今度はどんな絵を描くだろうか、と、

ちょっと考えてみたりもしましたが、

たぶん、自分のことなので、

何も考えずに、走って転んで立ち止まって、あっという間にまた10年、

という可能性は大ですね・・・(笑)。

(それはそれで、今考えれば悪くない10年ではあったのですが。)


以上、ひとり言でした。

[][] 世界卓球、日本女子チーム銅メダル

前日のエントリーで触れたというのもあって、

フォローのために準決勝・香港戦の中継を見ていたのだが、

うーん、惜しかった・・・。


第2試合、金沢咲希選手が敵方のエース・帖選手相手に

2ゲーム連取しながらひっくり返されたところがカギだったかな、と。

(その後当たった福原選手は、帖選手との相性があまり良くなかったようなので)

でも、その後、福岡春菜選手がお返しとばかりに、

3セット連取して逆転したあたりは結構しびれた。


次は個人戦、頑張ってほしぃ・・・


ちなみに、テレ東の公式サイトを見ると、

シェークとかペンホルダーとか、前陣速攻とかドライブ型とか、

懐かしい卓球用語が並んでいて、ちょっとうれしい。

http://www.tv-tokyo.co.jp/bremen06/player_fukuoka.html


自分は、強いて言えば、

左ペンホルダー、カット主戦型だろうか*6

普通の人は大抵シェークハンドなので珍しがられるが、

小学校で卓球をやっていた頃の主流がペンホルダーで、

コーチに教わって以来、そのまま変えていない、

ただそれだけのことである。

(何につけても不器用なもので・・・)

*1:奥付によれば5月10日、有斐閣のサイトでは5月1日、いずれにしても早い。

*2:田村先生がこの世界では高名な先生であると知ったのはその後の話である。

*3:あの時、このあたりの概説書も一緒に買ったのだが、あえて選択したいと思うほどの魅力は感じなかった。後になって考えると買った本が「外れ」だったのも確かなのだが・・・。

*4:それが本人にとって良いことなのかどうかは、神のみぞ知る(笑)。

*5:最近は、鮮やかな装丁の概説書が書店の法律書コーナーを彩るようになってきているが、当時はまだ、概説書と言えば箱入り縦書きの重厚なつくりのものが主流であった。

*6:確かペンはカット向きじゃなかったような気がするが、この際どうでも良い(笑)。

2006-04-28

[] 最高裁裁判官に那須氏内定

政府は27日、来月23日に定年退官する浜田邦夫最高裁判事の後任に弁護士の那須弘平氏の起用を内定した」(日経新聞2006年4月28日付朝刊第2面)

どうやらその後、正式に決定したらしい。


浜田裁判官といえば、

現在、光市の母子殺害事件の訴訟指揮で注目を集めている方だが、

平成13年5月の就任からはや5年、

町田最高裁長官に次ぐキャリアを誇る方だっただけに、

今後、どちらかといえば手堅い感もあった第三小法廷の判断傾向が

どのように変わっていくのか、注目される*1


那須氏の経歴を見ると、

昭和39年東大法卒、第二東京弁護士会副会長、日弁連常務理事を歴任、

東京大学法科大学院客員教授の肩書もお持ちである。

長野県出身、64歳。


泉徳治裁判官(とその影響を受けた第一小法廷)を見るまでもなく、

本来、最高裁裁判官個人のバックグラウンドや考え方が、

我が国の判例形成に大きな影響を与えるというのは間違いないところなのだが、

アメリカと違って、これまで最高裁裁判官人事が政治的に注目されることは

少なかったのではないかと思う。


これを国民的な司法への無関心の帰結と見るか、

少々の主義主張による揺れはあっても、基本的には「公平」な判断を下してきた

最高裁への信頼感ゆえと見るか、判断は難しいところ。


この国には、国民が直接最高裁裁判官罷免できる制度もあるのだけれど・・・。

[][] 今、卓球が熱い!

テレビ東京系列で連日中継されている世界卓球選手権、

これまで見る機会がなかったのだが、

夜中にダイジェストが放映されていたので、とりあえず見てみる。


五輪の時ですら、ハイライトハイライトくらいしか見たことのない

自分にとっては、非常に新鮮だったのが、

1セット11点先取ルールによるスピーディな展開や、

“全部シングルス”の団体戦。


このあたり、テレビ向けコンテンツとして“改造”された

苦心の跡を見て取ることができるのだが、

試合内容の方も、豪快なスマッシュショットがあれば、

繊細なドロップだの魔球サーブ(笑)だのがあり、

見事なラリーの応酬があったかと思えば、

あれ?と思うような空振りやダフショットがあったり*2、と

ちゃんと見るとなかなか面白い。


自分は、「天才卓球少女・愛ちゃん」の成長を

夕方のニュースの一コーナーで眺めてきた世代だから、

今や日本チームのエースとなった福原愛選手の気迫あふれる表情や風格に、

ある種の感慨すら覚えたりするのだが、

それでもまだ17歳。


世界選手権の団体戦でメダルをとったくらいでは、

マイナー競技の域を脱するのは難しいだろうが、

このまま5年、10年と福原選手がエースとして君臨してくれれば、

もしかすると、街のどこかしこに卓球台が置かれる時代が

甦るのかもしれない。


温泉のインチキピンポンでは無敗の強さを誇る筆者としては*3

ボウリング場の卓球台がもう少し増えるだけでも

嬉しかったりするのであるが・・・(笑)。

*1:特に藤田宙靖裁判官とのコラボレーションに期待。

*2:実際にはそこに至るまでに物凄く高度なテクニックが駆使されているのだろうけど・・・。

*3:「王子サーブ」が世に出る10年前から天井サーブだの背面回転サーブだの、といった奇策を弄してポイントを稼いでいた自称“カットマン”である(単に強打が打てないだけ、という噂も・・・)。

2006-04-27

[][] 国語テスト事件〔第2次〕判決

遡ること半月以上前、

「速報の速報」として触れていた国語テスト事件、

東京地判平成18年3月31日・第47部(高部眞規子裁判長))

あまり掘り下げはできそうもないが、簡単にまとめてみることにする。


本件は、いわずもがな、

教科書に準拠した「国語テスト」を製作販売している被告に対し、

「小学生用国語教科書に掲載された著作物の著作権者」である原告が、

複製権及び著作者人格権侵害を主張して損害賠償請求を提起した事件である*1


この手のテストは、誰しも一度は受けたことがあるものだと思われるが、

要は、教科書の内容の理解度を確認するためのものであるから、

設問には必然的に、教科書に掲載された文章(=著作物)が

掲載されることになるし、

問題によっては、そのような著作物に穴を開けたり、下線を付したり、

といった“加工”がなされることもある。


したがって、被告の行っている行為が著作物の複製行為にあたる、

ということはここでは当然の前提になっており、

争点は、

仝⇒制限規定*2該当性と、

著作者人格権侵害(特に同一性保持権)の有無、

そして、本件の特殊事情としての

消滅時効の成否、

といった点に絞られることになる。


以前にも触れたように、本判決は、

△鉢の点について、柔軟な判断を示すことで

当事者間の衡平を図ろうとしたもののように思われるものなのだが、

このあたりの高部裁判長の微妙な“さじ加減”の妙を

以下で感じていただければ、と思う。


続きを読む

[]ピアノの旋律流れる…

深夜のBar、川縁でこの街一番の静かな夜景を眺め、バーテンにそっとつぶやく…


続きを読む

*1:原告側は「国語テスト」に関する請求に加えて、「国語ドリル」に関する請求の追加的変更も試みたが、時機に後れた攻撃防御方法として却下された。

*2著作権法36条1項の「試験又は検定の問題」としての複製

2006-04-26

[][] アルゼ、最後の抵抗

アルゼの「スロットマシン」特許をめぐる一連の訴訟は、

特許の世界における“ダブル・トラック”の不可解さを説明するのに

うってつけの題材。


だが、昨年の知財高裁での侵害訴訟敗訴で終焉したと思われていた

アルゼ事件」の残滓はまだ残っていたようだ。


知財高裁平成18年4月17日判決(第2部・中野哲弘裁判長)。

(平成17年(行ケ)第10739号、第10771号)

アルゼ側が、訂正審判却下審決の取り消しを求めて争った事案である。


そもそもの問題の経緯を時系列を追って見てみることにする*1

平成6年7月7日  特許第1855980号設定登録

平成13年6月25日 サミー(株)による第1次無効審判請求(無効2001-35267号)

平成13年6月27日 サミー(株)による第2次無効審判請求(無効2001-35278号)

平成14年5月17日 原告による訂正請求

平成14年6月26日 第2次無効審判事件の手続中止の通知

平成14年12月25日 訂正請求認容、特許無効審決(第1次審決)

         審決取消訴訟(第1次取消訴訟・H15(行ケ)第36号)

平成15年6月16日 第2次無効審判事件の手続中止解除の通知

平成15年6月27日 第2次無効審判事件において無効理由の通知

平成16年11月19日 特許無効審決(第2次審決)

         審決取消訴訟(第2次取消訴訟・H16(行ケ)第551号)

平成16年12月17日 原告による訂正審判請求(第1次請求・訂正2004-39286号)

平成17年1月25日 訂正拒絶理由通知

平成17年3月1日 原告による訂正審判請求(第2次請求・訂正2005-39036号)

平成17年2月21日 原告請求棄却

平成17年7月13日 第1次請求取り下げ

平成17年7月14日 上告棄却及び上告不受理決定

平成17年9月6日  第2次請求却下審決  

侵害訴訟の認容額が大きかっただけに、

特許権の維持をめぐっても権利者側の攻防の必死さが伝わってくる。


第2次請求却下審決が示していたように、

これまでの判例(最三小判昭和59年4月24日)や通説による限り、

「第1次審決が確定したことにより、本件特許は初めから存在しなかったものとみなされるので、本件訂正審判請求は、その請求の対象物がない不適法な請求であることに帰」す(7頁)

ことになるのは避けられなかったはずだ。


しかし、原告・アルゼ側はあえて、

最高裁判決に反旗を翻したのである。


 昭和59年最判に対する“異議申立”

昭和59年最高裁判決は、

実用新案権者による訂正審判係属中に無効審決が確定した場合には、

「訂正審判の請求はその目的を失い不適法になると解するのが相当」として、

権利者側の訴えの法律上の利益を否定したものであるが*2

原告は、「同判決は実質的論拠を欠く」上に、

訂正審判請求に係る制度が「同判決がなされた以降に大きく様変わりしている」

現在においては、「同判決の射程は本件には及ばない」として、

以下のような主張を展開している。


まず、実質的論拠の欠如について、

原告は次のように述べる。

‘探法126条6項但書は、無効審決確定後の新たな訂正審判請求を排除しているにとどまり、特許法の文理上、特許権の消滅までに請求された訂正審判事件の存続を許さないという規定は一切存在しない。

訂正審判請求が無効審判請求に対する防御手段であることに鑑みると、一つの争いの中において偶然に無効審決が先に確定したというだけの理由で、既に係属中の訂正審判請求が不適法なものになるという消極説は、防御手段としての訂正審判請求制度の機能を著しく不完全にするものであり、現行特許法が想定している特許争訟の基本体系に反する結果を引き起こす。審理・確定の先後という偶発的事情によって特許権の生死が決まると言う結論に合理性がないことは明らかである。

L妓審決の確定によって特許権が遡及的に消滅した後であっても、特許権について訂正審決を得ることには法律上の利益がある。すなわち、法126条6項本文自体が「既に消滅して存在しない」特許権に対しても訂正審判請求をすることを認めているし、訂正を認める審決を得た場合、「確定した無効審決について再審を請求することができるという利益」の存在も認められる。

ぞ旦棒發蓮憲法上保障された特許権者の「裁判を受ける権利」を不当に制限するものである。無効審決確定時に係属中の訂正審判についてその継続を認めても、いたずらに紛争が長引くおそれは少ないから、消極説が論拠とする法的安定性の要請をもってしても、訂正の機会を終局的に奪われることにより特許権者の受ける甚大な損害を正当化することはできない。

また、昭和59年最判後の特許法改正として、

(神5年改正により、無効審判係属中の訂正は「訂正請求」として行うべきものとされ、別途に訂正審判請求をすることができなくなった。

∧神15年改正により、訂正審判の請求時期が、特許無効審判の審決に対する訴えの提起があった日から原則として90日以内に制限された。

という事情を挙げ、

「現行法の下では、昭和59年最判が危惧したような権利関係の複雑化が制度的に解消されているのであるから、上記のような消極説の難点を無視してまで、消極説に固執する必要性は乏しくなった」

と述べている。


さらに原告は、本件の特殊性として、

第2次無効審判請求の審理が2度にわたって中断されたことを指摘し、

「訂正審判請求が法律上封殺される事態」が生じたと主張するとともに*3

「経過措置の狭間に立たされたことに起因する特許権者に不利な特殊事情」

が存在したことを主張したのである*4


昭和59年最判については、『特許法判例百選〔第3版〕』に

宮坂勝利最高裁調査官(当時)の解説が掲載されているが*5

その中でも、本件で原告が主張しているような、

「無効審決と訂正審決の先後関係によって権利の帰趨が決定的に異なるという結論について、なにがしかの割り切れなさ(がある)」

ことや、

「確定した無効審決に対する再審事由の獲得という意味での実益」

などが、一応の検討素材として挙げられている*6


消極説に対するこれらの“根強い”有力説を後ろ盾とし、

さらに近年の法改正を味方につけようとした原告の主張。


だが、それは知財高裁の容れるところとはならなかった。


 無情な判決

知財高裁は、昭和59年最判を引用し

「本件訂正審判請求は、本件特許権を無効とする第1次審決の確定により不適法になったというべきであり、これと同趣旨の本件審決が違法となる余地はない」

と、あっさりした結論を出した。


そして、原告の主張に対しては、

(再審請求ができるという利益の存在について)

「訂正審判は、既存の特許権の内容を設定時にさかのぼって変更しようとする行政処分であって、あくまでも目的たる特許権の存続を前提とする従的な法律関係であるから、無効審決の確定により上記特許権が初めから存在しないことになった以上、訂正審判を請求する権利も目的を失ったことにより消滅することは明らかである」

「前記のような訂正審判制度の基本的な性質、及び、再審は紛争解決制度の中における例外的な救済制度であること等に照らし、原告主張の利益をもって法律上の利益と解することはできない」

(法改正後の昭和59年最判の妥当性について)

「上記各改正によっても訂正審判に関する法126条6項(平成5年改正前の同条4項、平成15年改正前の同条5項)と特許無効審判に関する法123条3項には明示的な変更がなされていないのであるから、原告の上記主張は採用できない」

(特許権者の裁判を受ける権利の侵害について)

「原告はこれまでに合計4回(特許庁の判断を得たものは3回)にわたり訂正請求権を行使しているのであるから、原告が訂正請求権の行使を不当に制限されたとまでいうことはできないのみならず、同一の特許に係る無効審判の取消訴訟と訂正審判とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、特許法が何らの定めもしなかったのは、特許権者の利益と、法的安定性の要請ひいては第三者の利益とを、具体的事件の実情に応じて調和させることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に委ねたからであると解されるから、原告主張のような事情があったとしても、それをどの程度考慮するかは、特許庁及び裁判所の裁量に任されるというべき」(以上、太線筆者)

と、悉くその主張を退けたのである。


あくまで憶測でしかないが、

本件訴訟は、特許の有効性を否定され、

侵害訴訟でどんでん返しを食らった原告側が、

「最後の抵抗(悪あがき?)」を試みたものに過ぎないように思われ、

仮に訂正審判請求の適法性が認められたとしても、訂正認容審決を得られる保証は

全くなかったように思われる。


また、前掲・宮坂解説が指摘するように、

平成15年改正により、一定の制度が整備された現在において、

「本判決の法理が直接適用される場面は、今後はごく限られたものとな」る

ことが予想されるのであって、

本件も一種の“名残り雪”のような存在の事件に過ぎない、

というべきなのかもしれない。


だが、そのような“実態”に即した結論の是非はともかく、

平成15年法改正に対する評価が未だ固まっていない現時点において、

20年以上も前の最高裁判決に対し、果敢に異を唱えた原告の“挑戦”には、

一定の評価が与えられて良いように思われる。


最高裁の先例が厳然と存在している以上、

本件について上告受理を申し立てたとしても、それが受け入れられる可能性は

決して高くないだろうが、

「早期の法的安定性確保」「迅速な紛争解決」に対抗するものとして、

「特許権者の手続を受ける利益」が存在しうる、ということは、

頭の片隅にとどめておいても良いのかもしれない。

[][] 案の定・・・

毎週水曜日、定時にテレビ見られる生活が送れるなんて、

甘い夢みちゃいけないってことで、

会社出たときに次の番組始まってるんじゃ、

ワンセグ携帯も役立たず。


よって『NANA』連載、これにて終了・・・。

*1:H17(行ケ)第10739号と第10771号は、ほぼ同じ争点をめぐって争われているものなので、以下では前者を中心に説明することにしたい。

*2:ただし、当該事案においては、既に訂正不成立審決がなされており、それに対する取消訴訟の係属中に無効審決が確定した、という点で、訂正審判に対する審決そのものがなされていなかった本件とは若干事例が異なるようである。

*3:これは、平成15年法改正によって訂正審判請求の提起時期が制限されたことによる。

*4:平成15年改正法によって訂正審判請求の提起期間制限が設けられた代償として、裁判所による差戻し決定(法181条2項)や審決取消後の訂正審判請求の無効審判事件への吸収(法134条の3)という制度が設けられたが、これらの“救済”規定は平成15年改正法施行日以前に請求された無効審判についての審決取消訴訟には適用されなかったため(附則2条10項)、「極めて不利な状況」に置かれた、というのが原告の言い分である。もっとも、これまで再三取り上げている大渕哲也教授のご見解などによれば、平成15年改正によって設けられた諸制度を「救済措置」と位置付けるのは妥当ではないといえ、被告もこれに沿った反論を行っている。平成15年法改正が従来の判例に影響を与える、というのは大渕教授の持説と類似の発想であるが、本件における原告の主張のベクトルは、大渕教授のそれとは全く正反対の方向に向かっているようにみえる。この点につき裁判所がいかなる判断を示すか、注目しつつ読んでいたのだが、残念ながら判決においては、完全にスルーされてしまっていた(笑)。

*5:別冊ジュリスト170号・96頁(2004年)。

*6:もっとも、宮坂調査官ご自身は「無効審決が確定し、これを覆す可能性がなくなった以上、訂正不成立審決の取消しを求めるについて法律上の利益を失うに至ると解すべきことは当然であろう」と説かれているのであるが。

2006-04-25

[] 10万ページビュー到達

なんというか、

今日という日に、記念すべき10万PV達成を迎えてしまうあたり、

ブロガーとしての運命めいたものを感じてしまう筆者ではありますが、

まずは、開設以来訪れてくださった皆様に、

感謝申し上げたいと思います。


そして、1年前に命を落とされた107名の方々のご冥福をお祈りするとともに、

遡ること14年前、享年26歳の若さで天国に旅立たれた、

故・尾崎豊氏のご冥福をもお祈りしたいと思います・・・。

[] 『試される司法

23日から、日本経済新聞1面の新しいコラム、

『試される司法』という連載が始まっている。


「第1部 担い手たち」と題したシリーズ、

第1回*1では、「弁護士 大流動化時代」というタイトルの下、

外資系法律事務所や企業による「弁護士大量引き抜き」の実例が取り上げられ、

さらに、

「まだ早いけど、合格したらうちに来てよ」。

と、「首都圏法科大学院に通う院生」が、

「大手事務所が六本木ヒルズの会員制レストランで開いた懇親会」で、

「採用担当から口説かれた」というエピソードなどが紹介されている。


一方、第2回*2では、

「「法曹新人類」現る」というタイトルで、

キャリアを中断して法科大学院に集う“元社会人”の姿や*3

リーガルクリニック」や「出張授業」に取り組んでいる

「自分の潜在力を引き出そうと、意欲的に行動する院生」

の姿を伝えている。


本コラムは、新時代の司法の担い手である「弁護士ら法曹人の実像」から

司法制度改革の内実に迫っていこうとするものなのである・・・


・・・と、一応型どおりの紹介をしてはみたが、

率直な感想をいえば、このコラムで伝えられている情報には

何ら真新しいものはないし、

“ありがちな”世間の見方を再確認するものでしかない。

むしろ、突っ込みどころが満載のコラムといえる。


例えば、第1回で登場する西川元啓・新日鉄常任顧問は、

「これまでは弁護士不足のせいで迅速な紛争解決ができなかった。弁護士の飛躍的な増加は大歓迎。ただ人数が増えれば競争原理が働く。質の低い弁護士は淘汰されるだろう。」

と、いつもと同じご見解を説かれているが、

法務実務の現場で、日々弁護士と接している担当者なら皆、

“淘汰”なんて、早々簡単にできるものじゃない、ってことを知っている。


また、仮に“淘汰”がなされたとしても、

こと“人”が絡む世界では、単純な“優勝劣敗”原理が働くことの方が稀で、

“悪貨は良貨を駆逐する”ことの方が多いのが世の常だということを、

発言者がご存知ないはずがなく、

取材者とて、理解していないはずはないのであって、

このような「定説」があたかも真理であるかのように説かれるのは、

全くもって、解せない話である。


また、第2回では、

司法試験の合格率をめぐって、

当初の「法科大学院の修了者の7-8割」という数字ゆえに、

「30-40代の脂の乗った世代がキャリア中断を思いきれるようになったのではないか」

佐藤幸治法科大学院協会理事長が“分析”したかと思えば、


「「法曹新人類」の特性を生む原動力となった合格率が当初の想定より低くなる」

ことによって、

「社会人の法曹志向に陰りが差した。多様な人材の確保という理念が危うくなった」

と伊藤進・前明大法科大学院学長が

「警鐘を鳴ら」していらっしゃったりするのだが、

“高い合格率”なるものに魅かれて呼び込まれる程度の“多様な人材”の質など

たかが知れているのだから、

そんなものを呼び込むのであれば、

真面目に勉強している法学部の学部生に門戸を開いてやった方が、

よっぽど世のため人のためである。


自分の周りにも、法科大学院に転向した「元・社会人」の中にも、

内心「簡単に受かりそうだから」と思って行った人たちは

少なからずいたと思うが、

同時に「純粋に大学に戻って勉強したい」という思いが

同じくらい強かったからこそ、あえて仕事を離れ、

キャンパスに戻ったのだと思う*4


どんな立派な仕事キャリアを誇り、

どんなに高額の報酬を受け取っていたとしても、

「何か新しいことを学ぶ」機会のない人生は空しい。


仕事の中で、日々学び続け、成長し続けられればそれにこしたことはないが、

得てして、華やかな仕事ほど、そういう機会からは縁遠くなるものである。


ゆえに、“合格率”などという“撒き餌”など使わなくても、

毎年、「法律を勉強したい」「法律のプロになりたい」という理想に燃えて

法科大学院に進学する人間は必ず出てくるし、

制度設計者側が配慮すべきことは、

そういう理想に燃えた元・社会人を失望させないような

カリキュラムなり設備なりを大学側にしっかりと整備させることなのであって、

かえって勉強への意欲を弛緩させ、

かつ合格後の生活設計を揺るがしかねないような、

合格率の野放図な引き上げでは、断じて行うべきではないと思っている*5


そもそも、プロフェッショナルとして生きる以上、

職業に伴うリスクはどうしても避けることはできないはずだ。


そして、プロフェッショナルの中でも

求められるもののレベルが際立って高い弁護士ほどリスクの高い職業はない、

というべきなのであって*6

試験の合格率のリスクを恐れていては、

その後の人生を全うすることなど、とてもじゃないが覚束ないだろう*7


で、話は少し脇道に逸れたが、

このコラム(特に第2回)の記事を見て、一番引っかかるのは、

「従来の司法試験受験生」と「法曹新人類」のそれぞれに対する、

極めて型にはまった捉え方。


例えば、「合格率の大変動」がもたらした効果として、

このコラムでは、

詰め込みと答案技術に追われた司法浪人生を過去に追いやり、代わりに自分の潜在力を引き出そうと、意欲的に行動する院生の登場を促している」(太字筆者)

といった表現がなされているが、

司法試験が「詰め込みと答案技術」“だけ”で受かる試験ではない、

というのは受験界の定説であると聞くし、

逆に、どんなに合格率が高い試験になったとしても、

一定の「答案技術」と最低限の知識の「詰め込み」がなければ、

試験の合格は覚束ないだろう。


また、このコラムは、

「様々なバックグラウンドを持つ「法曹新人類」は企業間の困難な交渉ごとやトラブルの複雑さを肌で知っている。型にはまりがちだった従来の法曹人にない幅広い視野は「身近な司法」の実現に不可欠だ」(太字筆者)

とおだてるが、

企業の実務を知っているからといって、幅広い視野を持っているとは限らない。

いや、むしろ、企業の実務の最前線にどっぷり浸かっている人ほど、

視野が狭くなる傾向があるのは否めず、

それゆえに、コンプライアンス体制の確立だの、

社外の専門家の活用、だのが説かれていることを、

このコラムの筆者はお忘れなのだろうか?


・・・と、以上見てきたように、

このコラムに掘り下げの浅さが残ることは否めない。



世の中には「視野の狭い」司法浪人生もいるだろうし、

同時に、「視野の広い」「法曹新人類」なる人種もいることだろう。


だが、そういった新旧制度の“断片”だけを捉えて、

司法制度改革の内実」を全て分析したつもりになるのは危険だと思う。


いかに法曹養成制度が変わったとしても、

いかに法曹のバックグラウンドが多様になったとしても、

法律のプロ」としての法曹が世の中で担うべき役割には

変わりはないのであって、だとすれば、

「変わっていくもの」「変えなければならないもの」があるのと同時に、

「変わらないもの」「変えてはいけないもの」もそこにはあるはずだ。


真新しい改革の旗の下で、

後者は常に忘れられがちな存在であるのも事実*8

だが、そこに目を向けてはじめて、

真に「司法制度改革」の分析たりうるのではないだろうか。


司法制度改革に対するフォローに関しては、

他紙よりも一歩抜け出している感のある日経新聞だけに、

どうせ特集を組むのであれば、

そこまで踏み込んでほしい、と思っているのだが、

これは、期待しすぎだろうか・・・?

*1:平成18年4月23日付朝刊第1面

*2:平成18年4月24日付朝刊第2面

*3:実名で登場しているのは、公認会計士の横倉仁さん(36・早大)、インフォシーク元社長の中村隆夫さん(40・東大)、元短大助教授の竹内千春さん(37・大宮法科)。個人的には、同じ「元・社会人」でも会社を離れても使える「肩書」をもつ人々と、会社を離れてしまうと“元会社員”という“肩書”しか残らない人々を同列で論じるのは間違っていると思っているし、前者のような人々が法科大学院に集っている、ということをいかにアピールしても、一般の社会人に対する訴求効果は乏しいと言わざるを得ない。法科大学院に限らず、「普通の社会人」が抵抗なくキャリアを中断して学べるような状況には程遠い、というのが今のこの国の実態であろう。

*4:今頃「お腹いっぱい」と言っている人もいるかもしれないけれど(笑)。

*5:自分自身が、新司法試験受験界に足を踏み入れた時に、同じセリフを吐ける自信は今はないけど(笑)。

*6:逆に、仕事を選り好みしなければ、サラリーマンほどリスクの少ない職業はない(笑)。

*7:社会経験の乏しい純粋な学生であれば、「弁護士」=「安定した職業」と思ってしまうのもある意味当然のことかもしれないし(自分自身そうだったことは否定できず、ゆえに当時はそこに魅力を感じることもなかったのだと思う)、それゆえ「安定した職業に就けるか否か」(合格率が高ければ法曹の道を選ぶだろうし、低ければ、“次善の策”として他の「安定した職業」を選びたいと思うのだろう)という観点から「合格率」云々を議論することも許されると思うのだが、曲りなりにも「社会人」を経験したものであれば、「弁護士」が楽な職業でも安定した職業でもない、というのは理解していて然るべきなのであって、そういう職業に挑戦する“覚悟”を決めた以上、試験の合格率ごときであたふたするな、と言われても仕方のない立場にいる、というべきだろう。

*8:特に、一連の司法制度改革の過程においては、完全に忘れ去られていると言っても過言ではない。

2006-04-24

[][] 誕生日

今日から始まる1週間を終えると、

自分もまた一つ、歳をとっていることになる。


30が近づくと、

「誕生日を喜ぶ歳じゃない」などと謙遜しておられる方が世には多いが、

なぜか自分は、いまだ素直に喜んでいるお子様である。


いつ、どこで事故にあってもおかしくない世の中、

こうして1年生き永らえたことだけでも、

嬉しいではないか、と気取ってみたり・・・*1


10代の頃には、30歳を超えた人生なんて、

想像もできなかったけど、

いざたどり着いてみると、案外日々楽しんでいる自分がいるわけで。


自分もそうだったが、

学生生活も終わりに差し掛かる頃になると、

“若い”後輩たちを目の前に、

いつの間にか自分が“歳を食った”ような錯覚に陥りがちだし、

院にでも進学しようものなら、なおさらだろう。


だが、世の中には、

もっともっとお歳を召された方々が大勢いるのであって、

自分なんぞ会社の中ではいまだに「若手社員」の域を出ていない*2


さらに少々年齢があがったとしても、

「若手管理職」「若手役員」「若手経営者」と、

還暦になるくらいまでは「若手」を堪能できるわけである。


だから、自分が一瞬大学に戻っていた時期、

4、5年生になったくらいで、

年寄りめいた悟りを開きかけている学生どもを見て、

「何でこいつら、こんなに老け込んでるんだ?」と

不思議に思ったものである。


もっとも、それは、

裏返せば、いつまでも自分自身が成熟していないことの証でもあり、

問題がないと言えなくもないわけだが・・・。


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[][][] 穴馬快走

昨日の東京メイン、フローラSで、

ヤマトマリオンが快走。


人気がなかったとはいえ、

唯一のG1馬・テイエムプリキュアら人気馬が伸び切れない中、

ゴール前ぐっと伸びてきた実力は本物。

先週のメイショウサムソンに続いて、

オペラハウスの血が騒ぎ始めた感じである。


穴の牝馬、もとい女性といえば、

やはり勝ったか衆院千葉7区補選、太田和美氏。


被選挙権得て早々に県議補選当選、

そして今度は国政でも補選で当選、

と若干26歳にして、風を掴んでトントン拍子。


でも、当初注目されていなかったとはいえ、

インタビューでの受け答えなどを見ていると、

政治家としての「資質」を非常に感じさせられるのであって、

こちらも、ただの「穴馬」では、終わらない可能性はある。


とりあえず、杉村太蔵議員と、

朝生あたりでガチンコ勝負を演じていただきたいものである。

(たぶん、途中で眠くなって寝るだろうけど。)

*1:でも実際、1年前には大きな事故が起きているわけだし・・・。

*2:さすがに新入社員相手に「若手社員」と紹介するのは気恥ずかしいので止めてくれ(一応、最近職位もついたので・・・)と言っているのだが、なかなか改められる気配がない。

2006-04-23

[][] 法律雑誌記事ダイジェスト(4月前半)

日頃、ゆっくりと法律雑誌に目を通す暇のない皆様に捧ぐ

ちょっとだけ有意義(?)かもしれない企画。

自分自身の備忘録でもあるのだが。


ジュリスト1309号(2006.4.1)

特集は「新たな労働法制への課題」。

以前にもご紹介した「今後の労働時間制度に関する研究会」報告書と、

「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告書をめぐる

公益(土田道夫教授)、使用者(和田一郎弁護士)、

労働者(水口洋介弁護士)それぞれの立場からの論稿あり。


ただ、行政側のコメントも含めて、

それぞれの立場の論稿が1本ずつしか載っていないのは少し不満がある。

論点が尽きないテーマだけに、

特集を組むからにはもう少し充実した陣容にしても良いのではないか、と*1


『季刊・労働法』の最新号でも特集が組まれているし、

充実した論戦は専門雑誌で、というのも分からないではないが、

あえて「ジュリスト」のような雑誌に載せることには

それなりの意義があると思うのだ。


※なお、本特集については追って別エントリーでコメント予定。


今号は、特集以外にも労働法関連の記事がいくつか。


連載『探究・労働法の現代的課題』(第7回)では、

「有期労働契約の更新拒絶(雇止め)」がテーマに*2

論点としては、契約期間中の中途解約をめぐる問題が、

民法628条の解釈との関係で興味深いところである*3


さらに、一読すべきは、大御所・花見忠名誉教授による

「企業年金給付減額・打切りの法理」*4

「問題の視角」をウィットの効いたユーモアなたとえ話で概観したり、

労働法的アプローチ、制度的契約論からのアプローチを対比し、

後者の発想に敬意を評されつつも、

「「苦心の作」は「苦肉の策」と紙一重とも言えなくもない」

「法理論としては万全の説得力を持つものというのはやや躊躇を伴わないわけではない」

と、やんわりと内田説にシニカルな評価を下されていたり、

となかなか読み応えがある*5


『時の判例』では、

「商標の分割出願と原出願の補正の効果」に関する

最一小判平成17年7月14日の解説を森義之調査官が担当*6


『商事判例研究』では、

蛇の目ミシン事件高裁判決(東京高判平成15年3月27日)の評釈を

宮廻美明教授が担当されている(判旨反対)*7

あえて説明するまでもなく、

対象判決は本年4月10日に最高裁で破棄差戻を受けた判決。

この時期の掲載は、タイミングが良いのか悪いのか・・・。


NBL830号(2006.4.1)

今年に入って民商事系の話題を呼ぶ判決が相次いだせいもあるのだが、

最新の最高裁判決に対するコメントが目立つ。


『新判例紹介』では、

外国税額控除をめぐる最一小判平成18年2月23日*8


『論説』では、

社内通達文書に対する文書提出命令をめぐる最二小決平成18年2月17日*9

そして、みなし弁済をめぐる最二小判平成18年1月13日ほか*10


みなし弁済の問題に関しては、これまでのエントリーでも触れているし、

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060215/1139933099

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060226/1140870427

新たな立法(上限利率の引き下げ)の動きも出てきているところ。


どの立場から論じるかで、様相を大きく異にする論点ではあるが、

茨木弁護士の論文では、第三小法廷の上田豊三裁判官の意見に対して

異がを唱えられていたりするから、どの立場からの論稿なのかは、

大体想像が付く。


連載『ヒューマン・リソース(HR)と法』は、

ジュリスト誌と軌を一にするかのように、「労働契約の期間」がテーマ*11

ここでも「有期契約の期間途中での解雇」の問題が、

最近のトピックとして取り上げられている*12

ジュリストとあわせて読むと面白いだろう。


連載『改正独占禁止法』は、「審判手続の改正」がテーマ*13


その他、マンション法の鎌野邦樹教授による

「耐震強度偽装事件と法律問題」*14といった

タイムリーな記事もあり。


Lexis判例速報6号(4月号)

今号から「立命館大学税法判例研究会」による

租税関係判例の解説が新たに加わっている。


第1回だけあって、

外国税額控除事件(最二小判平成17年12月19日)、

オウブンシャホールディングス事件(最三小判平成18年1月24日)、

映画フィルムリース事件(最三小判平成18年1月24日)と、

華やかな事件が並ぶのであるが、

毎号連載だとじきにネタ切れになるんじゃないか、という心配も(笑)。


知財関連の判例は、

特許庁職員の過失が問われた最三小判平成18年1月24日、

天理教豊文教会事件(最二小判平成18年1月20日)、

医療用医薬品のカプセル事件(東京地判平成18年1月13日)の3件であった。


以上、4月前半ダイジェストこれにて終了。

次回があるかどうかは、現時点では明言できない・・・。


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*1:今回の特集に限らず、労働法関係の特集は他の法分野のそれに比べていつも“薄い”。

*2ジュリスト1309号54頁(2006年)

*3大阪地判H17.3.30(ネスレ事件)が、民法628条を解約権保障のための片面的強行規定を解したことが、議論を呼んでいるようである。奥田香子「労働法学の立場から」ジュリスト1309号58頁、山西克彦「使用者側の立場から」ジュリスト1309号64頁。後述中窪裕也・NBL830号52頁等も参照。

*4ジュリスト1309号70頁(2006年)

*5:内田教授の制度的契約論の連載と並んで掲載されているところがまた面白いのだ(笑)。

*6ジュリスト1309号122頁(2006年)。

*7:「脅迫に畏怖し会社に損害を与えた取締役の責任を否定した事例」ジュリスト1309号132頁(2006年)。

*8:杉本茂=中垣光博「外国税額控除制度を濫用する取引にかかる同制度の適用の可否」NBL830号7頁(2006年)。

*9:階猛「銀行本部担当部署から各営業店長等あての社内通達文書と文書提出命令」NBL830号23頁(2006年)

*10:茨木茂「みなし弁済否定の最高裁判決」NBL830号30頁(2006年)

*11中窪裕也・NBL830号48頁(2006年)。

*12:前掲52-53頁。

*13:内藤潤=中島菜子=東貴裕・NBL830号54頁(2006年)。

*14:NBL830号15頁(2006年)。

2006-04-22

[][] 流れは変わったか?

衆院千葉7区補選、最後のお願いに奔走する

自民、民主両陣営の姿がテレビで流れていた。


自民公認・斎藤健氏と、民主公認・太田和美氏の一騎打ちの様相。


この補選の話題が上がってきた時期は、

ちょうど、例のガセメール民主党がグチャグチャになっていた時期で、

誰が出てきても自民党の圧勝、という雰囲気濃厚だったのだが、

政治の流れというのは恐ろしいもの。

瞬く間に、局地的な拮抗状態になってしまったようだ。


幼少期に長らく“千葉県民”の悲哀を味わってきた自分としては、

「前職・埼玉県副知事」という看板を背負った人を

千葉の”選挙区に送り込む、という

自民党執行部のセンスに、そもそもケチをつけざるを得ないのだが*1

元々、自民代議士の選挙違反で生じた補選である上に、

片や手垢の付いた中央官僚、片や26歳の若手女性県議、

片や見飽きた小泉チルドレン、片や本気になった小沢一郎、と来れば、

混戦にならない方がおかしい。


民主党候補者のキャバクラ勤めの過去だの、補導歴だのが

とやかく言われているが、

今の「政治」ってものの本質を考えた時、

そういう世界と無縁の人よりも、

そういう世界を知っている方が政界に入ったほうが、

格段に“面白く”なるのは間違いない。


どんなに立派な経歴を誇っていたとしても、

このご時世に“政治家になりたがる”人間の品格など、

たかが知れているわけなのだから・・・。


・・・というわけで、

ガセメールお騒がせ議員を世に送り出した選挙区にかつていた者として、

今回の補選、謹んで見守らせていただくことにする。

[] 「東京大学法科大学院授業短評」(笑)

時代の進化とともに、

これまで脈々と地下で受け継がれてきた

口さがない学生(院生)たちの声も、

オープンな空間に飛び出してくるようになったらしい。


ボツネタでも取り上げられた下記サイト↓。

http://wiki.livedoor.jp/gp009/d/TOP%a5%da%a1%bc%a5%b8


個人的にお気に入りの短評は、

「評価も癒し系」(廣瀬教授)や、

http://wiki.livedoor.jp/gp009/comment/%be%c3%c8%f1%bc%d4%cb%a1

「体はソクラテス、心は講義」(宇賀教授)、

「もはやワンダーランド」(小早川教授)

http://wiki.livedoor.jp/gp009/d/%be%e5%b5%e9%b9%d4%c0%af%cb%a1

といったあたりで、シニカルなユーモアがなかなかGoodである。


あえて、不満を述べるとすれば、

かの大学随一の天才研究者(あくまで筆者の個人的評価。)であられる

某教授の素晴らしさが、十分に理解されていないことだろうか・・・*2


ちなみに、挙げられている評価を見る限り、

学部でも法科大学院でも、あの大学の先生方のスタンスは

そんなに変わっていないような気がする。

果たして、これは気のせいだろうか(笑)。


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*1東京横浜の輝かしいブランドに遠く及ばない千葉県民にとって、埼玉を「ダサイタマ」と呼び、茨城を「汚職天国」と呼んで、バカにすることが優越感を味わえる唯一の機会だったのだ。自民候補者の“本籍”は霞が関なのかもしれないが、多くの有権者にとっては、そんなの知ったことではない。埼玉県の副知事がのこのこ千葉に乗り込んでくること、それ自体が感情を逆撫でするのである。

*2:確かに、大教室の授業向きではない、という指摘は当たっているかもしれないのだが・・・。ま、天才を愚直に賞賛できるのは、真の天才とそれに遠く及ばない凡人だけ、ともいうから(筆者は当然ながら後者である)、生半可に賢い学生を相手にするのは、師にとってはかえって酷な作業なのかもしれない。

2006-04-21

[][] 一期一会

外に出る用事があって、

会社のエスカレータを降りていたら、

神妙な顔をして、上りエスカレータに乗ってきた女子学生に気づく。


「はて、どこかで見たことあるな・・・あ!」


お互い気づいたのはほぼ同時。

その次の瞬間には、エスカレータの真ん中ですれ違い、

振り返ることもなく過ぎ去る。


でも、すれ違いざま一瞬目で挨拶した彼女の顔は、

ほんの少し、微笑んでいたように見えた。


何のことはない。

数日前、自分が採用面接を担当した学生だったのだ。


短い会話の中で、非凡なるセンスを見せたその学生に、

自分はその日の最高評価をつけて、次のステップに送り出した。


そして、それから幾度かの関門を経て、

今日会社の中で行われているのが、

役員を交えた形だけの最終面接であることを、

自分は知っていたし、彼女も何となく気づいていたのだろう。


所詮会社の中では「一若手社員」に過ぎない自分が、

面接でいかに高い評価をつけたところで、

次のステップでもその評価が尊重される保証はまったくない*1


だが、彼女は度重なるトラップにもめげず、

理不尽な短期決戦を潜り抜けた勝者となったのだ。


自分の会社は、内定をもらったからといって、

みな喜び勇んで入るような会社ではないし*2

もし、彼女が来年の春にこの会社に足を踏み入れたとしても、

自分がここに残っている可能性は決して高くはない。


だが、次の面接で落とされてしまえば

二度と顔をあわせることもなかったであろう学生と、

再び幸運な再会を果たせたこと自体、

自分にとっては、十分に嬉しいことであった。


以前にも書いたように、

採用の季節は、自分の心を鬱にさせる厄介な代物である。


だが、リクルーターとして、あるいは面接官として、

たくさんの学生と顔をあわせる度に、

そんな厄介な代物が、“一期一会”という言葉の意味を、

ふと思い知らせてくれたりもする。


ともすれば、平板で、無味乾燥な日々の繰り返しになりがちな

会社という空間において、

それは時に、心につかの間の潤いを与える、

ミストのようなエピソード、になったりもするのである・・・。

[] 『ライブドアと法曹教育』

早大COEの一環として発行されている

『季刊・企業と法創造』の最新刊(第6号)の論文を探していたら、

偶然、上村達男教授による刺激的な巻頭言に出会ってしまった。


タイトルは「アメリカ的なるもの〜ライブドアと法曹教育」*3


以前も取り上げたように、上村教授といえば、

我が国の証券市場の“弛緩”に対して、

極めて厳しい批判を加えられている方であり*4

その際たるターゲットであった「ライブドア」と

「法曹教育」が結び付けられた時点で、その中身は推して知るべし、

といったところであろう。


この巻頭言は、

ライブドア事件は、このところの日本の企業法制改革の底の浅さを表現するまさに氷山の一角の事件である」

という書き出しで始まる。


そして、上村教授は、前半部分で、

欧州と対比しつつ、日本の「市場」における性急な“自由化路線”を

以下のように一刀両断されている。


「日本のかつての制限的な諸制度も、不当なものもあれば守って良いものもあったはずだ。しかるに、不良債権処理や金融機関の破綻処理や緊急経済対策を動機とする自由化路線を、原理原則に適ったものであると強弁してきた。そうした法的傾向や思考がもてはやされてきた。動機不純の自由の最大化を、アメリカ的自由の名において正当化する作業が学問とされてきたという面も否定しがたいように思われる。現実肯定ありきであり、日本の社会に相応しい企業社会のあり方を自由な選択として導入したわけではないだろう。」


このあたりの言説は、ライブドア事件会社法改正に対して向けられた

師のこれまでの主張の延長線上にあるといえるもので、

若干表現が強まっているとはいえ、さほど違和感のあるものではない。


だが、この巻頭言の凄さは、

上記のような批判の矛先を「法曹教育」の在り方そのものに向けたことにある。


上村教授は、前半部分を受けて、

「ロースクール構想」を「こうした状況の生き写し」ではなかろうか、

と述べられ、法曹教育の重要性は認めつつも、


アメリカに法学部がないから日本も法学部不要と言わんばかりの声に囲まれて誕生した日本のロースクール構想は、多くの場合に多くの地域で法学部を犠牲にしただけでも罪深いように思われる。」

と述べられる。


そして続けて、

‐攘市場を運営する上で試されるのは日本人の法的素養である。

会社法学が求めているのは、新たな時代に相応しい理論の創造であって、この分野で実務家に経験を誇られても困る場合が多く、反面教師でしかない可能性も大きい。

K〜睛楡は理論の創造を共に担うという決意と共に語られなければならない。

という趣旨を述べられた後に、

「したたかなリーガルマインドを身につけた層が、国のあらゆる分野に確実に布陣されていること、新しい理論構築のために法学系研究者養成の充実が十分に図られること、そうした土壌の上に法曹教育が確固たる地位を占めるべきなのだ。子供の頃から日常的に厳しい法的センスの世界で生き抜いてきたアメリカに法学部がないのなら、日本にこそ必要であるとの発想必要なのである。」

と、行き過ぎた“実務偏向教育”批判を展開され、


「ロースクールのエリート卒業生が、抜け道探しに狂奔する金融法曹となって、法的素養の養成機会を失った庶民の怨嗟の的になるようなことがないよう祈るばかりである。」

と締めくくられるのである。


本巻頭言における師の“批判”の中には、

必ずしも的を射ていないように思われるものも見受けられ*5

筆者としては全面的に賛同するものではない。


だが、とかく“実務的技巧”がもてはやされがちな

現在の企業法務の世界において、

一貫して「市場における正義」を唱えられている上村教授のような

“純粋な研究者”の方の一言が、

時に大きな重みを持つことがあるのも確かである。


そして、そういった“純粋さ”の背景にあるものは何か、

ということに思いを馳せれば、

“実務”に流されるだけの“法曹教育”では、

真の意味における「法曹養成」はなしえない、

という師の主張にも、少なからぬ説得力を見出すことができるように思われる*6


実務にしても、理論にしても、

チーズの切れ端をかじった程度でしかない自分が、

法科大学院における「教育」の質だの内容だのに云々言及するのは、

おこがましい限りなのではあるが、

以上は、法曹養成教育をめぐる議論における一種の問題提起として、

そして何より、日々“技巧”を覚えることに走りがちな

自分自身への戒めとして*7

ご紹介した次第である。


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*1:・・・っていうか、自分の場合、明らかに自社の採用の主流とは逆の感性で採点するので、逆相関の方が強いかもしれない・・・orz

*2:ここ数年は、辞退者の方が圧倒的に多い。

*3:上村達男・『季刊・企業と法創造』第6号1頁(2006年)

*4http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060130/1138545285の前半部分などをご参照のこと。

*5:特に「ホリエモンを(コケにされたはずの)個人達が英雄視するという構図」と「国民各層のリーガルセンスの涵養(の必要性)」を結びつけるあたりのくだりは、いかにも強引に過ぎるように思える。

*6:もっとも、そこまで徹底して実務に「特化」した教育が今の法科大学院でなされているのか、と言えば、そこには大いなる疑問が生じるのではあるが・・・。

*7:企業法務の「現場」は、法曹を養成する場にはなりえないにしても、広義の“実務家”としての担当者のリーガルセンスを培う場にはなりうるのであって、その意味で、法務担当者は日々業務の中で「教育」を受け続けている存在だといえる。そして、上村教授の懸念は、「法科大学院」における「教育」のみならず、より“実務”に近いところで行われている、我々自身が受けている「教育」に、よりあてはまるように思われるのである。

2006-04-20

[][] 「地域ブランド」は救世主になるのか?

「発明の日」絡みの資料を見たついでに、

経済産業省のサイトを眺めていたら、

こんなプレスリリースも見つけた。

http://www.meti.go.jp/press/20060413001/20060413001.html

「地域ブランド 特許庁に大集合!! 〜目指せ地域ブランドの権利化と地域経済の活性化〜」

この4月1日から施行された地域団体商標制度が

好調に動き出したことをアピールするこのリリース。


「大集合!!」なんてタイトルをつけてしまうあたりのセンスに疑問符は付くが、

プレス資料によれば、

「4月10日までの10日間に受け付けた出願件数は、累計で324件に上りました。このうち、4月1日の出願は、土曜日にもかかわらず258件ありました。」

ということだから、

特許庁のPR活動も一応は効を奏した、ということなのだろう。


添付されているリストを見ると、

北は「宗谷黒牛」(沼川農協)、「鵡川ししゃも」(鵡川漁協)から、

南は「八重山そば」(八重山ブランド協同組合)、

琉球泡盛」(沖縄県酒造組合連合会)まで。


変り種としては、「BLUE MOUNTAIN COFFEE」。

ジャマイカの団体(?)*1が出願したのかどうかは分からないが、

とりあえず、「ジャマイカ」は「都道府県」じゃないだろ!

と突っ込んでみる(笑)。


さて、今回の地域団体商標制度の導入によって、

これまで商標法3条2項によって限定的に認められていたに過ぎなかった

「地域+商品」商標の登録要件が一定程度緩和されることになった。


とはいえ、「団体の適格性」や「地名と商品の密接な関連性」

といった要件に加えて、

「使用による一定程度の周知性の獲得」が要求されることに変わりはなく、

「商品の普通名称」とされるものであれば結局登録が阻却されることになるから、

地元の組合が張り切って出願した商標であっても、

登録には至らないものは多少なりとも出てくるものと思われる。


ざっと見たところでは、

「京○○」といった出願が目立つが、

この手の名称は、京にルーツを持つ(持たなくても?)

全国各地の名産品に使われることが多いものだから、

果たして京都圏の組合だけに使用を独占させるべきか、

判断に迷うところだと思われる。


また、「広島の酒」(広島県酒造組合連合会)といったときに、

特定の銘柄や料理を思い浮かべるかは怪しいところだし、

稲城の梨」(東京南農業組合)がどの程度周知になっているか、

疑わしい面もある。


このあたり、登録審査にあたってどの程度の疎明を要求するか、

という、特許庁の運用次第ということになるだろうが、

さじ加減はなかなか難しいのではないかと思う。


さらに、晴れて登録にこぎつけたとしても、

権利者となった団体は、遅かれ早かれ、

類否判断や商標的使用、といった商標独自の問題に直面することになろう。


喜多方ラーメン」が商標登録されたからといって、

「元祖・喜多方名物のラーメン」といったコピーを用いる事業者に対して

差止請求が認められるとは限らない。

そのあたりに商標の難しさがある。


商標権はブランド戦略における万能薬ではない。


それは、ブランドの構築と維持、という永遠に続く道程の中で、

ブランド主が使える一つの“ツール”に過ぎないのだ。


そして、そういった商標権の本質を理解することなく、

「地域ブランド」という言葉に踊らされて、

真のブランド管理をなおざりにしてしまうと、

思わぬところで足をすくわれかねない*2


まぁ、これからどういった形で制度の本質を周知し、

審査の段階でふるい落としをかけてくのか、

制度運営者サイドのお手並み拝見、といくとしよう。


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*1:「コーヒーインダストリーボードオブジャマイカ」という団体が出願人になっている。

*2:他にも、協同組合内部の内紛が商標紛争に形を変えて法廷闘争に持ち込まれたり、と、想定されるリスクを挙げていくと結構きりがなくなってくるように思われる。

2006-04-19

[][] 『NANA』第3話

どうでもいいのだが、

番組の開始時間を毎回変えるのは勘弁してほしい・・・。 >日テレ

しかもナイターで30分延びてるし*1


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[][] ライブがはねた後に・・・

昨夜は、仕事を早々に切り上げて、YUIのライブ@SIBUYA-AXへ。

http://www.shibuya-ax.com/

このハコ、昔、渋谷で遊んでいた頃にはなかった建物で、

ライブハウス好きの自分としては、前から気になっていたのだが、

入ってみると、ライブハウスというより

「ライブホール」といったほうが良さそうな広さ。

その割りにはステージも近いし、音も良く響く。


ただ・・・


いくらハコが良くても、

客のノリが悪いと成立しないんだよね。ライブって。


続きを読む

*1:狙ったかのように『すぽると』にぶち当たった(笑)。

2006-04-18

[][] 発明の日(笑)

4月18日は発明の日である。

ここは本来笑うところではない。


だが、どうしても失笑を禁じえないのは、

「特に特許査定率及び海外出願率に優れた企業については、発明の日(4月18日)の知財功労賞の一環で、特許戦略優良企業として表彰する予定としております」

などという、経済産業省のプレスリリースを見てしまったからだ*1


この表彰、以前このブログで酷評した、

「特許審査迅速化・効率化のための行動計画」に基づくものと思われるが、

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060126/1138207208

早くも今年度から実施するとは、

なんともスピーディな業務遂行であり賞賛に値する(笑)。


上記プレスリリースの添付資料を見ると、

「特許戦略指標上位指数」なる数値が公表されているのだが、

そこに出てくる数字たるや、

「平均特許査定率」と「グローバル出願率」を算出し、

それぞれを数値化した合計ポイントでランキングを付ける、

という極めて悪趣味なものであり、

「ポイントが高いから表彰します」と言われたところで、

当の対象企業が一番戸惑うのではないだろうか。


このあたりの批評は、出願手続きのプロの方にお任せするが、

自分は、「平均特許査定率」の高さは、

決して“優れた特許戦略”を意味するものではない、と思っている。


むしろ、知財保護に力を入れて、潤沢な予算をつぎ込んでいる企業ほど、

審査請求の件数が多くなり、それだけ黒星率も高くなっている、

というのが現状だろう。


審査コストを減らしたい、という特許庁の心情は分かるにしても、

それはあくまでも特許庁サイドの“お家の事情”に過ぎないのであって、

それを、“特許戦略の巧拙”という高尚な次元の問題として捉えるのは、

いささか手前味噌が過ぎるように思われる。


費用節約のために審査請求を断念するか、

少々費用を無駄にしてもきちんと審査してもらう、という選択をするかは、

本来、各企業の懐事情による部分が大きいのであり、

前者を選択した企業にかける言葉としては、

「こんなご時勢なのに大変ですね」という言葉の方がふさわしい。


もし、知財業界の人間が、

前者のタイプの企業に対して「すばらしい特許戦略ですね」などと言ったら、

なんと嫌味なことか。


懐事情が厳しいがゆえに、“厳選された”審査請求を行っている会社に

スポットを当てた、という意味では特許庁は賞賛されるべきなのかもしれない。

まさに、「貧乏万歳!」の世界である。


しかし、そんなデータに基づいて「表彰」を行ったところで、

それを名誉あるもの、と受け止める企業がどれほどあるか、

ということについては、疑念を抱かざるを得ない。


もうひとつの「グローバル出願率」にしてもそうだ。


ことの本質は、

グローバルに事業を展開している会社は積極的に国際出願をするが

(というか、国際出願せざるを得ない)

そうでなければ国際出願しない、という単純な問題に過ぎない。


海外に事業展開しているにもかかわらず、

当該国に特許の出願をしていない、という話になれば、

“戦略”云々が取りざたされる余地もあろうが、

そもそも海外との接点が薄い会社であれば、

海外に出願しないことに戦略もへったくれもないのである。


まぁ、表彰式の方は、本日“盛大”に行われているのだろうが、

知財業界の“橋田寿賀子賞”と揶揄されないよう、

今後ともご尽力いただければ、と思う。


ちなみに、上記プレスリリースには、

「弁理士事務所の出願関連情報」も添付されている。


企業側の人間としては、

こちらの方の特許査定率を公表していただけると大変有難いのだが、

残念ながら、そのような数字は掲載されていない。


おそらく、国内企業の数よりも特許事務所の数の方が少ないはずで、

その気になれば容易に出せる数字のはずであるから、

「企業にとって特許出願の際に当該出願に係る技術分野などに詳しい適切な代理人を選定することを容易」

にする、というご配慮をいただくのであれば、

そこまで徹底してやっていただきたいものだと思う。


何ゆえに、企業のみが“不名誉な”*2数字を

さらされなければならぬのか、

全くもって困った話である*3


「発明の日」は1885年の「専売特許条例」公布に由来するとのことだが、

筆者としては、121年後に始まった奇妙な「表彰」制度を見て、

特許制度の父・高橋是清翁が草葉の蔭で嘆かれていないか、と心配でならない・・・。


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*1:平成18年4月14日付「企業・代理人の特許出願・審査請求関連情報の公表について」(http://www.meti.go.jp/press/20060414003/20060414003.html

*2:別に当の企業自体は不名誉ともなんとも思っていないだろうけど(笑)

*3:特許事務所の場合、クライアントの意向で審査請求を行っているに過ぎないのだから数字を出しても意味がない、という“言い訳”が考えられよう。だが、それは企業についても同じことで、職務発明訴訟等のトラブルの種を抱える以上、発明者個人の意向にむげに背くわけにもいかず、「審査請求まではしてやった」というために、審査請求しているケースも多々あることを看過すべきではない。

2006-04-17

[][] “本家本元”の敗北

ワールドカップを控え、ドイツに衝撃が走った(?)かもしれない判決。


東京地判平成18年3月29日(第40部・市川正巳裁判長)*1

「DERBYSTAR」商標事件である。


本件は、「DERBYSTAR」の商標を保有する原告が、

同じく「DERBYSTAR」標章を使用した被告に対し、

商標権に基づく差止と損害賠償を求めて提訴した事件であり、

結果として原告の請求が一部認容されている。


だが、本件をただの商標権侵害事件として片付けるには、

躊躇せざるを得ない事情もある。


なぜなら、本件で被告となったのはドイツの有名なサッカー用品メーカー、

ダービースター社*2から商標の独占的通常使用権の設定を受けた会社であり、

被告が販売していたのは、本家本元のダービースター社の商品だった、

という事情が存在したからである。


面白いことに原告商標と被告商標は併存して登録されている。


原告商標(第0907295号)は、

第24類 布製身の回り品(他の類に属するものを除く)

第25類 被服(運動用特殊衣服を除く)

被告商標(第4178406号)は、

第25類 履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴

をそれぞれ指定商品としており、

同じ被服類でありながら、「運動用特殊衣服」というタンザクのみを

被告商標が押さえている、という状況になっていた。


ゆえに、被告は、

“鏐霈ι覆、通常の「被服」か、それとも「運動用特殊衣服」にあたるか。

という争点をまず持ち出し、

さらに、

商標法4条1項7号又は19号違反の無効理由が存在することにより、原告商標権の行使が制限される(商標法39条、特許法104条の3)。

という二段構えで争ったのである。


だが、裁判所は被告の主張を完全には認めなかった。


まず、,砲弔い討蓮

被告商品のうち、ゲームシャツ、ゲームパンツ、インナーシャツについては

「運動用特殊被服」にあたることを認めている。


しかし、「試合そのもので使用されることを予定していない」

トライアルコート、トライアルハーフパンツなどについては、

「運動用特殊被服」にはあたらず、「被服」に含まれる、とした。


さらに、△砲弔い討蓮

「DERBYSTAR標章は、昭和50年11月当時、西ドイツ国内において、ダービースター社のサッカーボールを示す商標として周知であったことは認められるが、昭和44年6月当時にも同様に周知であったとまで認めることはできない。また、サッカー用のユニフォームやトレーニングウェアについては、DERBYSTAR標章は、昭和50年11月当時においても周知であったと認めることはできない」(28頁)

と判断した上で、原告側が商標出願にあたり、

「不正の目的」をもってそれを行ったと認めることはできない、

と判断したのである。


上記,砲弔い討蓮

「「トレーニングシャツ」「ランニングシャツ」等は、スポーツ以外の日常生活でも使用され、特殊なものでもないことから、この概念にはふくまれず、本類被服に属する」

という、現在の『商品・役務区分解説』による限り、

被告の主張を完全に認めるには無理があったといわざるを得ない*3


また、△砲弔い討眸鏐霏Δ亮臘イ砲蓮

やや苦しい面があったのは否定できない。


本件原告商標は、以下のような経過を辿っているのだが、

昭和44年6月2日 東洋紡績(株)による出願

昭和46年7月8日 登録

昭和50年11月6日 東洋紡績(株)から楽屋被服(株)に商標権譲渡

(昭和51年9月13日 移転登録)

昭和58年10月25日 楽屋被服(株)から(株)ジーアールエスプロダクツに商標権譲渡

平成13年4月4日 (株)グリーンメイト(原告)が、(株)ジーアールエスプロダクツを吸収合併、商標権を承継

昭和44年という出願時期は極めて早く、

その後の昭和50年の権利譲渡に着目したとしても、

そこまで遡って著名性を主張するのはなかなか困難だったように思われる。


実際、判決文にも「1976年版」以降のカタログしか資料として現れておらず、

いかに海の向こうの国(西ドイツ)の中の話だとしても、

昭和44年6月ないし昭和50年11月までに「周知性を獲得していた」と

主張するには不十分であろう。


また、仮に、より充実した資料を提出することで「周知性」を証明できたとしても、

まだサッカーが日陰のスポーツだった当時の日本の時代背景を鑑みれば、

当時「不正の目的」があったことを認定するのも容易ではないように思われる。


しかしながら、差止、損害賠償を認める本判決の結論には、

どうも腑に落ちないものがある*4


判決文にも現れているように、

被告商標が名門ブンデスリーガの選手達が愛用した

スポーツ用品の一ブランドである一方*5

原告商標の方は、↓のような怪しい使われ方をされているようで、

http://www.voltage.ne.jp/bl/201-999/703/index.htm

いかに原告商標に無効事由が存在しなかったとしても、

それに基づく権利行使が許されるかどうか、については、

疑問を挟む余地があるように思えるのである。


もっとも、どのような法的構成で対抗するのが妥当なのか、

すぐには思いつかないのが悩ましい。


地裁では、被告側の主張構成に今一歩物足りなさを感じただけに、

充実した資料と主張の組み立てでどこまで妥当な結論に近づけることができるのか、

注目してみていきたいと思っているのだが・・・*6


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*1:H16(ワ)第19650号商標権侵害差止等請求事件。

*2:正確には「Derbystar Sportartikelfabrik GmbH 」。

*3:もっとも、この解説が絶対的な基準となるわけではないのだが。

*4:原告の請求約820万円が本判決では15万円弱まで圧縮するなど、裁判所も当事者間のバランスに十分配慮しているといえなくもないのだが・・・。

*5:本判決文13〜17頁、あくまで原告の主張によるものだが、実際フォクツ選手などが同社の商品を使用していたのは事実だと思われる。

*6:ちなみに、このまま行くと、W杯を観戦してお土産にダービースター社のトライアルコートを購入した人たちは、税関で差止を食らうことになりそうである(笑)。

2006-04-16

[][] 荒れるクラシックレース

大して根拠があるわけではないのだが、

クラシックが始まる前から、今年は荒れるんじゃないか、

と漠然と思っていたら、案の定、そんな展開になってきた。

皐月賞メイショウサムソンが6番人気でV。

2着にドリームパスポート*1

ここ何年か、春のクラシックはお休みしているので、

ダイジェスト番組で耳に挟む程度の情報しか持っていないのだが、

今年はどうも図抜けた馬がいない、という印象で。


昨年の3歳戦線の軸馬である、

ディープインパクトラインクラフトのような、

確固たる安定感を持った馬が存在しないし、

かといって、特定の馬が2強、3強と並び称される状況でもないように

思われるだけに、レースのたびに小波乱、中波乱となるのは

覚悟しなければならないだろう*2

(個人的には97年のクラシックを彷彿させる状況なのだが、どうなのだろう?)


勝った馬の血統を調べてみたら、

オペラハウス×ダンシングブレーヴ

何て重そうな血なんだ・・・(笑)。

どちらかといえば、

皐月賞よりもダービーの方が向いていそうな欧州血統*3


個人的には、母父・サンデーサイレンスの“底力”には、

疑問を感じているだけに*4

今日の結果を単に展開のせい、と片付けてしまうと、

次も怖いかもしれない。


ちなみに、勝ち馬騎乗の石橋守騎手は、

22年目で初のG機△箸いΔ里ちょっと以外だったので調べてみた。

http://keiba.yahoo.co.jp/directory/jocky/006/37/index.html


ライブリマウントゴッドスピードは良く覚えているのだが、

2歳(当時3歳)戦以降重賞に縁がなかったゴッドはともかく、

ライブリマウントドバイにまで行った馬*5


でも、よく考えたら、

あの頃は、中央にダートのG気覆ったんだなぁ・・・。


ナンバー誌に載っていた後藤正治氏のエッセイを読んで*6

ユーイチのデビュー当時のことが「過去形」で語られる時代になったのか・・・、

としみじみ思ったものだが*7

最近、「ちょっと前」のことのつもりで、

10年前のことを思い出していたりするから、

なかなかタチが悪い。


今のレース編成なら、

とっくの昔に「G1ジョッキー」と呼ばれていたはずの石橋騎手が、

10年経って、ようやく真の「G1ジョッキー」になった。


これも、選手寿命の長い、競馬ならではのいい話である。

*1:勝ち馬はトライアルレースの勝ち馬だし、きさらぎ賞の1,2着をひっくり返せば取れる馬券なのではあるが・・・。

*2:そんな年でも、何年か立てば、「クラシックを取った馬が強かった」と、歴史が再構成されることになるのだが・・・。

*3:といっても、2代母以上遡って見ていないので何ともいえないが。

*4:今回人気になっていたアドマイヤムーンサクラメガワンダーフサイチリシャールあたりがこれに該当。

*5:当時「ダートの鬼」といわれ、確か創設されたばかりだったのドバイワールドカップに日本代表馬として出走した。もちろん、鞍上は石橋守騎手ホクトベガの悲劇の1年前の話である。

*6:後藤正治「絆−北橋修二福永祐一の10年」Number651号102頁(2006年)

*7:デビュー当時、福永洋一騎手の「伝説」とラップさせたご祝儀記事、コラムが目立っていたが、その一方で北橋調教師のガードの固さゆえ、本人へのインタビュー等が紙面を飾ることはほとんどなかった。あれから10年、昨年の大躍進、北橋調教師の引退・・・。一つの時代を超えた、ということだろうか。

2006-04-15

[] 新しい『法学教室

新年度はどの雑誌も気合が入るようで、

いつもは薄いNBLなんぞでも、相当充実した中身になっているのだが(830号)、

特に第二次リニューアルを迎えた『法学教室』の気合は、

相当なものがあるように思われる。


法学教室 2006年 04月号

法学教室 2006年 04月号


高橋宏志教授の巻頭言から、

相当のインパクトがあるし、

大内教授のコラムも過日のエントリーで紹介したとおり。

主要3科目の新司法試験プレテスト解説も、

相当のスペースを割いて掲載されている(いまさらの感もあるが)。


そして、何より新たに始まった連載企画が、

思った以上に充実しているような気がするので、

とりあえず、感じたまま、以下で簡単に触れていくことにしたい。


入門講義 物権・担保物権法

神戸大学の安永正昭教授の連載。

スタンダードな講義系解説だが、

物権法だけで24回連載予定、というのはなかなかのもの。

特に担保法の解説には、今後注目したい。


新会社法講義

昨年9月に「中断」されていた「商法重点講義」の続編となる

落合誠一教授の連載。

これまで会社法といえば、江頭先生が前面に出ていた感があるが、

落合先生がどういう見解を示されるのか、興味深々といったところである。

これも全24回予定。


エンジョイ!行政法

座談会形式で行政法のトピックを論じていく、という

どちらかといえばジュリスト系の形式。

何と言っても、学習院大の櫻井敬子教授の思い切った発言が痛快である。


事例で学ぶ刑法

これまた、これまでの刑事系連載とはうってかわって、

試験対策を強く意識した感のある内容。

ここまでやるのなら、

毎回の設例に対する模範解答まで示していただけると、

なおさら面白いのだが。


新労働法講義

荒木尚志教授による連載。

おそらくスタンダードな解説が連載されていくものと思われる。

当然ながら、就業規則変更法理のあたりの解説が見物。


対話で学ぶ刑訴法判例

これも座談会形式で、

上智大の長沼範良教授、名古屋大の大澤裕教授が、ゲストを交えつつ、

判例をベースに刑訴法の問題を解説していく、

という趣旨の企画のようだ。

第1回では「判例の読み方」についても、コメントがなされており、

なかなか興味深い。


独禁法事例の勘所

これまた異色の連載。

何せ、基本的に関連しない複数の事案について、

それぞれ「事例の勘所を書き連ね」ていくということで、

白石教授のウェブサイトの雑誌版、といった方が的確だろうか。

相変わらず“白石節”がスパイスとして利いている。


実践消費者法/民事再生法講義/医療と法を考える

消費者法は、実務家かつ京産大教授の坂東俊矢氏のご担当。


民事再生法は松下淳一教授のご担当だが、

何で破産法より先に民事再生から入るのか、ちょっと気になるところ。


医事法は、多彩な場面で活躍されている樋口範雄教授がご担当。

個人的にはあえて「医事法」という法ジャンルをつくるまでもないような

気がしているのだが・・・。


演習コーナーも一斉に執筆者が交代したのだが、

まだ始まったばかり、ということもあって、

どの科目にも気合の入った解説がなされている。


以上、発展系科目が大幅に増えたこと等もあって、

読み物としての面白さが以前より増したようにも思える『法学教室』。

これからの2年間もまた十分楽しめそうな気がしているのだが如何?


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[][] 新世代の歌姫

店頭でたまたま視聴して手に取ったCDが、

最近の自分のヘビーローテになっている。


FROM ME TO YOU

FROM ME TO YOU


アーティストの紹介は↓

http://www.yui-net.com/


ギターサウンドが非常に印象的な13曲だが、

斬新なオリジナリティーを期待して曲を楽しむタイプの方には

少し物足りないかもしれない。


続きを読む

2006-04-14

[][][] “アカデミズムの危機”を憂う。

新年度の始まりは、憂鬱な契約交渉の季節の始まりでもある。


ここ数年、大学との共同研究だの委託研究だのをめぐる契約交渉が

各企業の知財契約担当者を苦しめているのは、よく知られている話だが、

特に、交渉スタッフの層の薄さを

ネームバリューを使ったパワープレーで切り抜けている卑怯な会社(笑)に

身を置くものにとっては、

そういう力関係のごまかしが通用しない相手と“戦う”のは、

極めて骨の折れる作業となる。


もっとも、大学とガチンコ交渉をやるようになった当初は、

「何て理不尽な要求をしてくるんだ」と腹を立てるだけだった自分も、

何度か交渉を積み重ね、大学側の“窮状”に触れるにつれ、

次第に同情すら感じるようになった。


“何たらかんたらサイクル”といった美しい建前論の下、

やれ成果を出せ、特許をとれ、と外野から旗が振られる一方で、

現実には特許の出願費用の原資にすら事欠くありさま。


ある大学との交渉で、

あまりに膠着した状況に業を煮やした企業側の担当者が、

「そんなにゴタゴタ言うなら、特許なんぞいらん。全部公知にしてやる」

といったところ、

血相を変えた大学側担当者が、

「それは困る。今は特許の数で大学の研究の質が評価される時代なのだ!」

と叫んだ、という、まるであべこべの笑い話すらある。


大学が産業の発展に寄与するための努力をするのは、決して悪いことではないが、

あまりに目先の俗物的な発想にとらわれすぎるのはいかがなものか。


理性的な企業人なら、特許は研究開発に伴って生まれる“副生物”に過ぎず、

特許をとるために研究開発を行う、という発想は本末転倒な考え方であることを

十分に理解しているはずである*1

ましてや、純然たる研究機関たる大学をや。


大学の教授や研究員が、研究にいそしむべき貴重な時間を割いて、

特許の明細書の作成に没頭したり、企業からの金集めに奔走したりする姿が、

本来あるべき姿なのか、問い直されて然るべきであろう。


最高裁裁判例情報ウェブサイトを見ていたら、

東工大の教授が、特許の出願をめぐって、

大学と共同研究パートナー企業を訴えたという事案が掲載されており*2

その中では、教授と大学の産学連携本部の知財部門等との生々しいやり取りが

記載されていたりもするのだが、

こと「研究」という側面から見れば、こういったやり取りは、

実に不毛な作業に過ぎないように思われる。


アカデミズムを侵食する“実利主義”の波。


わが愛すべき法学の世界に目を転じても、

法科大学院の創設を契機として、“アカデミズムの危機”が叫ばれて久しい。


望むと望まざると、各大学が自ら手を挙げて「法科大学院」を設置した、

という事実は厳然と存在しているのだから、

ローの学生や法科大学院制度そのものを厄介者扱いするような論調を

当該大学関係者が展開するのは愚かな矛盾行動と言わざるを得ないが*3

かといって、多くの論者がいうように、

“実利主義”的法曹養成課程の存在がアカデミズムの喪失につながる、

という状況が現に生まれているのだとすれば、

それはやはり看過することができない事態というべきだろう*4


神戸大の大内教授の法学教室の連載コラムに、

以下のようなコメントがなされている*5

法科大学院は、いかに高邁な理念をかかげようが、多くの大学にとって最も大事なことは、最初の新司法試験で高い合格率を得ることである。さもなければ、法科大学院間の苛烈な競争に生き残ることができないからである。結局、法科大学院での授業は、学生を試験に合格させることを至上命題として、教育一辺倒にならざるをえない(いや教育といえるかさえも疑わしい)。教師は「哲学」にふけるというような悠長なことはやっていられない。まさに限られた時間と資源の中での効率的な教育が望まれているのである。」

と、大内教授は、「効率性や実用性と距離をおくことができる研究者の特権」

が失われつつあることを嘆かれているのであるが、

こういった現象は、多かれ少なかれ、どこの大学でも見られる現象のはずであり、

そのことの是非は、問い直されて然るべきであるように思う。



誰が言ったか忘れたが、

「学問とは壮大な無駄の積み重ねである」なんていう言葉があった。


その理に従うなら、大学なんぞ、さしづめ「無駄」の集積場とでも言うべき存在、

ということになるのだろう。


だが、「無駄」のない世界ほど、息苦しいものはない。


贅肉がそぎ落とされつつある今の世の中において、

アカデミズムの香り漂う「大学」という“無駄の集積場”は、

あたかも、地上に残された最後の楽園のようなもの。


大学の先生方が、あくせく特許の明細書に手を入れることなく、

チマチマした受験指導なんぞにいそしむこともなく、

「学問への愛」*6に忠実に生きられる環境が

保たれ続けることを、自分は願っている。


何よりも、そんな「学問への愛」の果実を何かにつけ享受しているのが、

筆者自身なのであるから。


ちなみに、“楽園”を守るためなら、

なけなしの給料からいくら税金を差っ引かれても惜しくはない、と

言いたいところであるが、

なけなしの給料から引かれる税金などたかが知れているから、

全額をつぎ込んだとしても、一日分の光熱費で消えてしまうのがオチ、

という悲しい現実は、この際忘れねばなるまい・・・(涙)。


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*1:もちろん業界によって差異はあろうが、研究開発の目的が「製品開発」そのものにある、ということには変わりはないだろう。大学において「製品」に相当するものが何なのか、ということに思いを馳せたとき、「特許」にこだわることの滑稽さが浮き彫りになるはずだ。

*2東京地判平成18年3月23日・H17(ワ)第18051号特許出願取下手続履行請求事件。事案そのものは、特許を共同出願した被告大学・被告企業と、発明者である原告との間に出願取下げの合意が成立していたかどうかが争われた(原告は当該発明につき「被告企業の寄与がゼロである」と主張し、同じ発明を自らの単独発明として追って特許出願していた)という他愛もないもの(結論は合意の成立否定)なのであるが・・・。

*3:こういう趣旨の話は、以前のエントリーでも書いた(ような気がする)。

*4:もっとも、本当に“法曹養成”と“アカデミズム”の理念が両立しえないものなのかどうか、ということは、疑ってみる必要があるだろうし、現に両立させようとしている学校も一部にはあるだろうから、一概には言えないだろうが。

*5:大内伸哉「アモーレと労働法(3)−学問へのアモーレ‐」法教307号8頁(2006年)。余談だが、このコラム、法教に連載されている趣旨はイマイチ不明なのだが、内容そのものはなかなか興味深く、毎回楽しませていただいている。もっとも、前記の記事の後半に書かれている「真のフェミニスト」論には、俄かには賛同しがたいものがあるが・・・(笑)。

*6:大内教授の前掲コラムをご参照のこと。

2006-04-13

[][] 中国企業の逆襲

日経新聞に掲載されていたニュース(2006年4月13日付朝刊第13面)

中国のコンテンツ(情報の内容)会社や業界団体などが共同で日本のゲームソフト会社が中国で申請した「西遊記」や「水滸伝」などの商標登録について異議申し立てをしていたことが12日、明らかになった」

申し立てを行ったのは、

中国の映像ソフト会社や「芸術家協会アニメ漫画専業委員会」など5社・団体、

ということである。


我が国では、ゲームにしても書籍にしても、

標題(タイトル)には商標権の効力が及ばない、というのが通説的解釈だから、

そういう感覚に慣れてしまった自分にしてみれば、

「光栄」や「巨摩」といった日本企業が行った現地登録も

所詮は防護的なものに過ぎないのではないか・・・*1

と思ってしまったりもするのだが、

中国人なら誰でも知っている(?)著名な古典の名称を商標登録する、というのは、

現地の方々にとっては耐え難いことなのかもしれないし、

外国企業を“迎え撃つ”立場にある現地のコンテンツメーカーから、

このような異議申立がなされること自体、

中国における知的財産権に対する意識の“進化”を

感じさせるものだといえる。


同じ新聞の中では、「アジア知的財産権シンポジウム」の記事を中心に、

日本の業界団体等による全面広告が3面にわたって掲載されていたりもする。

(30面〜32面)

しかし、いかに威勢よく権利保護を叫んだところで、

肝心のコンテンツの中身が伴わなければ

結局は他国の後塵を拝することになってしまう。


派手なロビー活動の裏で、クリエイターの人材不足が取りざたされる今日、

成長を続けるアジア諸国の巧みな“知財戦略”によって、

強化し続けた我が国の「知的財産法制」が逆手にとられるようなことになれば、

結局は自国企業の首を絞めることになりはしないか、

と時々心配になる。


果たしてこれは杞憂なのだろうか・・・。

[][] 『NANA』第2話

時は遡って、小松奈々の専門学校時代のエピソード編。


映画版だと、ここがざっくりとカットされていたので、

京助だの淳子だのが何のために存在しているのか全く分からない

作りになってしまっていたのだが、

アニメ版では原作に忠実に、きちんと過去から描いていくようである。


同じエピソード編でも、もう一人のナナの方が

ストーリーが入り組んでいる分*2、まとめるのが大変なような気もするが、

そのあたり、どうするかが見ものである・・・。

*1:もっとも、中国商標法では違う解釈になるのかもしれない。

*2:作者が後から取ってつけたようなエピソードが多いのだ(笑)。

2006-04-12

[][] 議論の始まり

労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の労働条件分科会は11日、労使間で労働条件を決める際の基本ルールとなる「労働契約法」の制定と現行の労働時間制度の見直しに向けて、本格的な議論を始めた。企業の社員が自らの労働時間を自分の都合に合わせてほぼ自由に設定できる新制度などを検討する。労働組合側は労働時間制度の見直しに「働き過ぎをあおる」と反発しており、議論が難航する恐れもある。」(日経新聞2006年4月12日付朝刊第5面)

雇用多様化に向けた法整備の動きについては、

これまでにも何度か取り上げてきたが、

ようやく審議会での本格的な議論も始まるようである。


ま、これからの1年、2年で決着が付く話だとは思うが、

果たして、これが真に“働く者のための法改正”につながるのか、

まだ予断を許さない。


例えば、上記の記事の中にも、

「連合など労組側は「大量の仕事を押し付けられた場合、社員の労働時間の際限ない増加につながりかねない」として、徹底抗戦の構えを示している。」

などというくだりがあるが、

このような労働側の反論は、全く理にかなっていないものと言わざるを得ない。


労働時間制度の見直しを「残業代の圧縮」という短絡的な切り口からしか

捉えない経営側にももちろん問題があるのだが、

労働時間制度の見直しが「労働強化」につながる、という労働側の発想も

それと同じくらい短絡的なものに過ぎない。


なぜなら、「大量の仕事」が存在する以上、

社員はその仕事に従事せざるを得ないし、

たとえ強制されなくても、それを成し遂げようとする意欲のある社員は

少なからず存在するのであって、

そういう人々にとっては、労働時間規制がかかっていようがいまいが、

「年中働かなければならない」状況に変わりはないからだ。


むしろ、下手に労働組合が存在して、

三六協定などで残業時間の上限を縛ったりするものだから、

上限を超えるレベルの労働分について「サービス残業」せざるを得なくなる

という実態を「労働側代表者」がどの程度把握しているというのか。

今の労働時間規制が真面目に仕事をしようとする労働者の首を絞めている、

という実態が、どの程度把握されているというのか。


どうせ働くなら、時間規制を緩めて、

少しでも仕事をやる上で動きやすい環境をつくろう、

という発想があっても良いのであって、

それゆえ、労働時間規制緩和策は十分に支持しうるものだと思っている。


何も、あらゆる労働者に対して規制緩和を適用しようという話ではない。

ここで出てきているのは、あくまでそれに同意した者に対して適用する、

という話に過ぎないのである。

それに対して、わざわざ反対するなど、

一体お前ら誰を代表しているのだ、といいたくもなる。


まぁ、労働側の代表を名乗って交渉のテーブルに付く方々というのは、

ほとんどが組合員のお金でメシを食っている専従さんたちで、

実際の「労働者」としては、まともに仕事をしてこなかった人たちが多いから、

上記のようなホワイトカラーの“本音”に思いが至らないとしても

無理はないのだが、

それでも、彼らの意見は「労働者」の代表的意見として、

世に登場してくることになるから余計に罪深いように思う。


なお、この件については、ジュリストの4月1日号でも特集が組まれている。

残念ながら、なかなか目を通せずにいるのだが、

近いうちにまとめてコメントしたいと思っている・・・。

2006-04-11

[] 栄枯盛衰

un-knownman氏のブログに↓のような記事があった。

http://d.hatena.ne.jp/unknown-man/20060410


この手の話、大きな事務所を相手にしているとよく聞く話なのだが、

ま、一寸先はどうなるか分からない業界のこと、

稼げる時に使えばいいじゃん(笑)、と

あまり気にはしていない。


どんなに高名な先生を擁して、華やかな成果を挙げている事務所でも、

一つひとつの会社の担当者にとっては、

接点のある弁理士なり弁護士なりがどの程度仕事をしてくれるか、が

重要なのであって、

その“窓口”の先生がトンチンカンなことを言う人だったり、

お願いした仕事を数週間放置するような人だったりすると、

自ずから担当者の足は遠のくというもの。


特許事務所でも、法律事務所でも、

得てして、華やかに稼ぎを挙げて膨張している事務所ほど、

そういう弊に陥りがちなのであって、

それゆえ大きな事務所も常に顧客に愛想を尽かされる危険をはらんでいるし、

大規模化が進んでも、堅実な仕事をしてくれる中小事務所へのニーズが

失われることはないように思うのである。


・・・もっとも、「元特許庁○○○長」という肩書きに

簡単に騙されてしまう上司を説き伏せて、

事務所を切り替えるのは、容易なことではないのだが(・・・涙)。

2006-04-10

[] そういう解釈も・・・

4月7日付エントリーの中の「某大」につき、

lxngdhさんのブログで、新たなる解釈が示されている(笑)。


実のところ、そこまで思いは至っていなかったのだが、

確かに言われて見ると、T大生に負けず劣らず、

胆の据わったブロガーがいらっしゃるなぁ・・・と(笑)*1

[][] 「著作物性」をめぐる争い。

最近の著作権関係裁判例より2つ。


既に大塚先生のブログなどでも取り上げられているので、

最低限の紹介にとどめるが、

いずれも、著作権侵害事件における「著作物性」の判断に関し、

いろいろと考えさせられる事例となっている。


東京地判平成18年3月23日(H17(ワ)第10790号・著作権侵害差止等請求事件)

事案の概要については、下記サイトを参照のこと。

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50408252.html#trackback


okeydokey氏のサイトでも言及されている。

http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060325/1143219798


本件では、原告(訴訟係属中に死亡したため、長男が受継)が作成した

「模写」作品の著作物性が争われたのだが、

裁判所は以下のように述べた上で、一部について原告作品の著作物性を認めた。

「絵画における模写とは、一般に、原画に依拠し、原画における創作的表現を再現する行為、又は、再現したものを意味するものというべきである。したがって、模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであり、新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には、原画の複製物であると解すべきである」

「これに対し、模写作品に、原画製作者によって付与された創作的表現とは異なる、模写製作者による新たな創作的表現が付与されている場合、すなわち、既存の著作物である原画に依拠し、かつ、その表現上の同一性を維持しつつ、その具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に新たに別の創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には、これは上記の意味の「模写」を超えるものであり、その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである」(太字筆者)

上記規範を前提とするにしても、その具体的なあてはめが妥当なものといえるかは、

実際に原告の作品を見てみないと何ともいえない。


「新たな創作的表現」の捉え方如何によっては、

先行する「模写」の著作物性が容易に認められることによって、

後続の「模写」行為そのものが影響を受ける事態も生じうるのであって、

著作物性を肯定する考え方が、

必ずしも“描き手”側に有利な結論を導くことになるとは限らない。


本件においては、被告出版社側の無断掲載(デッドコピー)という

“悪質な”行為ゆえ、上記のような結論になったと言えるのかもしれないが、

「著作物性」を厳格に解するようになってきている近年の裁判例の潮流の中で、

上記のような判断を是とするか、ということについては、

議論の余地もあるように思う。


ただ、亡くなった原告は、かつて新橋玉木屋事件で勝訴した原告でもあり、

自己の作品の“著作物性”にこだわりを持っていたことは容易に推察できたのだから、

交渉の最中に著作物性の欠如を主張してしまった被告には、

やはり、根本的な部分で“戦略ミス”があった、と言わざるを得ないだろうが・・・。


知財高判平成18年3月29日(H17(ネ)第10094号・請負代金請求控訴事件

これまた大塚先生のブログにてご紹介あり。

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50404281.html#trackback


本件ではウェブサイト上の文章、写真の著作権侵害が争点になっているが、

裁判所は、写真の「創作性」を消極的に見積もり、

「創作性が微少な場合には、当該写真をそのままコピーして利用したような場合にほぼ限定して複製権侵害を肯定するにとどめるべきものである」

と述べてはいるが、現実には被告(被控訴人)の侵害行為態様に触れた上で、

デッドコピーとして本件写真の複製権侵害を認めていたりもする。


これも実際に現物を見てみないことには何とも言えないのだが、

原告(控訴人)の写真は、あくまで自社が取り扱う商品を撮影したものに過ぎず、

創作性を発揮する余地は限られるように思われるから、

被告(被控訴人)側の使用態様が「デッドコピー」という

“悪質な”ものであったことを差し引いても、

著作物性を否定する、という途はあったように思われる*2


裁判の“結論”というのは、とかく一人歩きしがちで、

スジの悪い事案であるがゆえに原告の請求が棄却された場合でも、

「○○については著作権侵害が認められない」という結論だけが

先走っていたりするし、

逆に被告側の行為の悪質性ゆえに、著作権に基づく救済がなされた場合でも

「○○について著作権侵害が認められた」という結論だけが

大手を振って“実務の世界”でまかり通っていたりする。


裁判所も、抽象的な規範の部分では一定の統一見解を打ち出してはいるが、

こと、具体論になると、裁判所単位で違いが出てくるのはもちろん、

時には合議体レベルでさえ、判断にバラつきが出ていたりするから、

事前のリスク回避を至上命題とする法務担当者にとっては、

なかなか頭の痛いところである。


もっとも、著作権者を怒らせさえしなければ

この世の著作権がらみの紛争の多くは防ぐことができるわけで、

そう考えると、著作物性の有無などは、

たいした問題ではないのかもしれないが・・・。


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*1:実名でロースクールのレポートを書かれていた方もいらっしゃいましたし・・・。

*2:もしこの手の“商業写真”の著作物性がすべからく認められるのであれば、「もぐら叩き」担当が何人いても足りなくなる(自社のウェブサイトから無断で写真コピーして、堂々と自分のウェブサイトで公開している輩は数え切れないほどいるわけで・・・。

2006-04-09

[][] コカコーラの陰謀

以前もちょっと触れた、爽健美茶プレゼンツ『矢井田瞳LIVE』。


堅実にコツコツ買い続けるのが面倒くさくなったので、

コンビニでペットボトルを一気にまとめ買い。

おかげで、冷蔵庫には一月分を悠に上回る爽健美茶・・・。

(いや、LOVEBODYとか一(はじめ)とかも混ざってはいるが。)

頼む、当たってくれ!


応募の際に、「元気になる曲」のリクエストをつけて送るのだが、

自分のチョイスは、

「がんばれブロークン・ハート」by 谷村有美

誰だ?世代ギャップ感じてドン引きしてるのは・・・?


・・・って言うか、今の学生って、

タニムラさんの曲なんて聞いたことあるのだろうか?*1


90年代の前半、輝いていた時期はそんなに長くなかったけど、

ラジオから流れてくるタニムラさんの声は*2

追い込まれた受験生にとっては、女神の囁きだったのである*3

(実家に帰れば、今でも1年分くらいのテープが残っているはず。)


ピアノベースのタニムラさんの曲を

ヤイコがギターアレンジで歌う、という意外感をライブで堪能できるなんて、

夢のような話ではないか、

と、妄想に耽る日曜日の朝・・・orz*4


もっとも、最近のヘビーローテーションは、

なぜか「YUI」だったりするのであるが、

この話はまた追って・・・。


(追記)

はてなのリンク辿ったら、「谷村有美」に、

ベビーフェイスとハイトーンヴォイス(「クリスタル・ボイス」とも。)からオタク系(今で言うアキバ系)のファンが多かった。しかしそれが女性ファン獲得の阻害となった面は否めない。

なんて、解説がついていた(笑)。

確かに、初めてライブの会場行った時に、あまりのむさ苦しさに

ドン引きしかかった記憶はある*5


元々、知的でテンポの良いトークをウリにしてた方なので、

男子校(かつ進学校)の高校生には、結構な人気だったのだが、

それが1万人近く集まるとどうなるか・・・・(笑)。


懐かしい青春のエピソードの一つである。

[][] 速報の速報〜国語テスト事件

okeydokey氏のサイトで、

東京地裁平成18年3月31日判決に関する言及がなされている。

http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060408/1144427421


教科書掲載著作物の著作権者が

「国語テスト」を発行する出版社に対して訴訟を提起したもので、

本件訴訟は、第二次訴訟にあたる*6


okeydokey氏が指摘されるように、判決文は172ページにわたり、

そのうち、判決主文が21ページまで、

原告の請求がその後38ページまで続く、という長大判決で、

しかも当事者が争っている争点も多岐にわたる。


ゆえに、きちんと整理してまとめるには、

もう少し時間が必要なのだが、

とり急ぎ従来の同種の事件とは異なるように思える部分を挙げると*7


 岼佞鉾燭垢覯変」にあたらないとして同一性保持権侵害を一部否定した点


裁判所が打ち立てた規範は、


「著作物の表現の変更が著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるとき、すなわち、通常の著作者であれば、特に名誉感情を害されることがないと認められる程度のものであるときは、意に反する改変とはいえず、同一性保持権の侵害にあたらないものと解される」

述べられていることは、決して真新しいことではないが、

この規範をしっかり述べた裁判例は決して多くないはずだし、

これまで、あっさりと同一性保持権が認定される傾向にあった

言語著作物(それも文芸作品)に関する事件で、

上記の規範を元に「挿絵や写真の付加」「傍線や波線の付加」といった点について、

「改変にあたらない」として同一性保持権侵害を否定した点については、

お?と思わせるものがある。


著作権侵害事件における「損害及び加害者を知りたる時」の解釈


本件では、複製権侵害及び氏名表示権侵害について、

「損害及び加害者を知りたる時」の解釈に基づき、

損害賠償請求権に関する消滅時効の成立を認めている。


一方、同一性保持権侵害に基づく損害賠償請求権については、

異なる解釈を示し、消滅時効の成立を認めていない。


原告側が予備的請求として不当利得返還請求を行っているので、

不法行為債務が時効消滅したからといって

被告側が金銭支払を完全に免れるわけではないのだが、

裁判所は、不当利得返還請求について、

著作権法114条3項(損害額推定規定)の適用を認めず、

利得額の算定の基礎とすべき使用料率を引き下げることで、

賠償額を押さえている。


以上、本判決で述べられている裁判所の「理屈」に

画期的な理論はないが(36条1項該当性判断なども含め)、

事実認定、あてはめの段階で、

原告に対して裁判所がややシビアに振舞ったために、

結論としては、請求額に比べると、

比較的廉価な認容額に止まったように思われる。


以上、詳細については追って書くつもりではあるが、

予定はあくまで「予定」に過ぎないので、どうなることやら・・・。


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*1:若い人に、昔タニムラのファンだったというと、「高校生の頃から昴とか聞いてたんですか、渋いですね・・・」(タニムラ違い)というリアクションが返ってくるのはもう慣れたが(涙)。

*2NHKミュージックスクエア

*3:「もしかして全然緊張してないんじゃないですか・・・」ネタとか、合格シンバルとか、どれ位の人が共有できるんだろうな(笑)。一時期ハガキ職人やったりもしていた。

*4:ちなみに、タニムラさんは、今や、マクドナルドのCEO(元アップル日本法人社長)の奥様である(http://www.zakzak.co.jp/geino/n-2002_02/g2002022305.html)。このヤイコの企画自体、コカコーラの陰謀のようなものなのだから、コークとマックで組み合わせもベターではないか(と強引にこじ付けてみる・・・)。

*5:それ以上にアーティスト本人のヴォーカルの弱さにがっかりした記憶の方が強いのだが・・・(それ以来彼女のライブには行ってない)。

*6:第一次訴訟は、東京地判平成15年3月28日、東京高判平成16年6月29日。

*7:なお、自分自身、過去の裁判例との比較を十分に行っているわけではなく、以下取り上げる判示はさほど珍しくないものなのかもしれない。そうであればご容赦いただきたく・・・。

2006-04-08

[][] 壮絶なクリンチの末に

今年の3月に出た、

H17(行ケ)第10177号・審決取消請求事件の判決。

(第3部・佐藤久夫裁判長)


この判決、一度最高裁の新・知財判例速報ページにアップされたのだが、

いつの間にか消されてしまった幻の判決で、

ゆえに判決日が分からなくなってしまったのだが、

とりあえず、3月に出されたものであるのは確かだと思う。

口頭弁論終結日は平成18年3月14日)


この事件、原告(テルモ株式会社)が保有する「カテーテル*1特許の

有効性をめぐって争われていたものなのだが、

被告(株式会社グッドテック)が特許無効審判を請求したのが

平成12年5月2日(無効2000-35241号)。

(おそらくは)事実上の最終決着になるであろう本判決まで、

足掛け6年かかっている。


「手続遅延の弊害」から、現状の審決取消訴訟の審理方法を批判される

大渕教授のご見解は、本ブログでも度々紹介しているが、

本件もご多分に漏れず、

特許権者たる原告が駆使したのは、「クレーム訂正」という定番手法。


これまで、一種の“クリンチ”として

特許訴訟という“格闘技”の舞台で使われてきた「クレーム訂正」、

181条2項という新たなサスペンデッドルールの解釈については、

いまだ統一された見解が出ていない、というのは既に触れたとおりであるが、

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060211/1139662549

本判決からは、さすがにレフェリーも厳しくなってきた(?)、

ということが何となく伺える。


時系列で追って見てみる*2

平成12年8月21日 無効審判請求(無効2000-35241号)

平成13年7月18日 無効審決(第1次審決)

平成13年8月29日 無効審決取消訴訟提起(東京高裁H13(行ケ)第386号)

平成13年9月6日  第1次訂正審判請求(訂正2001-39153号)

平成13年11月2日 訂正認容審決

平成13年12月27日 東京高裁で審決取消判決(第1次判決)

平成15年5月26日 無効審決(第2次審決)

平成15年7月?  無効審決取消訴訟(本訴)提起

平成15年7月30日 第2次訂正審判請求(訂正2003-39151号)

平成15年11月7日 第3次訂正審判請求(訂正2003-39242号)

平成15年12月4日 第2次訂正審判請求取り下げ

平成16年7月21日 訂正不成立審決

平成16年8月?  訂正審決取消訴訟提起(東京高裁H16(行ケ)第382号)

平成17年9月14日 知財高裁で請求棄却判決

平成17年9月22日 第3次訂正審判請求取り下げ

         第4次訂正審判請求(訂正2005-39167号)

平成17年9月26日 訂正審決取消訴訟取り下げ

平成17年12月5日 第4次訂正審判請求において訂正拒絶理由通知

4度にわたる訂正審判、しかも出したり下げたり、と、

原告も必死である(笑)*3


手続遅延の元凶たる「キャッチボール」こそ、

最初の訂正認容審決→第1次判決の時だけだが、

その後、訂正審判とその取消訴訟で2年以上費やしたことが、

審理長期化の一因となっているのは間違いない。


確かこの事件、侵害訴訟も絡んでいたはずだから、

「ダブル・トラック」ならぬ「トリプル・トラック」状態である。


本判決の中で裁判所は、

本件特許の容易想到性を認定し、原告の請求棄却という結論を出した後に、

「なお、原告は、平成17年9月22日、訂正2003-39242号に係る訂正審判請求を取り下げるとともに、本件明細書を訂正する審判を新たに請求し(訂正2005-39167号)、上記新たな訂正審判請求についての審決があるまで本訴についての判断を待つよう求めたが、上記新たな訂正審判請求の内容及び原告の平成18年1月12日付上申書等を検討しても、本訴の完結をさらに遅延させてまで、当該審決を待つ必要があるものとは認められない」

特許法181条2項による裁量差戻しを要求することもできたはずなのに、

「お願い」レベルに留めたあたり、

原告側の“良心”の現れと言えなくもないのだが、

裁判所はこれを一蹴している。


以前のエントリーで触れた知財高判平成18年1月30日とは、

当事者間の利害状況もおそらく異なるだろうから*4

一概に比較はできないのだが、

「1度はともかく2度までも・・・」という裁判所の“相場観”を反映しているようで、

なかなか興味深いものがある。


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[] 『企業法務戦士の雑感』の63%は毒物で出来ております(笑)

こっそりやってみたら、面白かったので貼ってみる。

(「成分解析 on Web」http://seibun.nosv.org/

企業法務戦士の雑感の63%は毒物で出来ています

企業法務戦士の雑感の25%は純金で出来ています

企業法務戦士の雑感の9%はマイナスイオンで出来ています

企業法務戦士の雑感の2%は心の壁で出来ています

企業法務戦士の雑感の1%は成功の鍵で出来ています

ま、確かに毒巻き散らかしてますからな(笑)。

とりあえず、1%の「成功の鍵」とやらに賭けてみますか。

*1:特許第2528011号。

*2:本特許には請求項が1から3まであるようで、それぞれについて複雑な経緯を辿っているのだが、ここでは、本判決の対象となった請求項3に関する経緯のみを負う。

*3:訂正不成立審決を確定させないのがミソ。

*4:知財高判H18.1.30では、相手方も差戻し取消に同意していた。

2006-04-07

[] 閉鎖するらしい。

人気ブログRanking「法律・法学」部門で

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常に上位をキープしていた『早稲田日記』。

http://blog.livedoor.jp/lawstudentsforum/


随分個性的なブログだなぁと思って注目していたのだが*1

あっけない幕切れであった。


いろんなところで話題になっているが、

2.東京大学情報倫理規則及び情報発信ガイドラインに当ブログの内容が抵触する恐れがあること。

 「筆名での情報発信(ガイドライン例示1)」

 「プライバシー侵害(ガイドライン例示4)」

のくだり。


東大もそんなえげつないガイドラインを作ったのかと、

調べて見たら、

何のことはない、

教育用計算機センターのアカウントを使った時の話だったわけで。

これは『情報処理』の授業を受ける新一年生向けのガイドラインですな(笑)*2

http://www.ecc.u-tokyo.ac.jp/guide/current/B4D8B7B8B5ACC2A72FBEF0CAF3C8AFBFAEA5ACA5A4A5C9A5E9A5A4A5F3.html


以下、上記ガイドラインから引用

教育用計算機システムのアカウントを用いて電子メール, ネットワークニュース, ウェブ等による情報発信をする場合は, 少なくとも, 以下の条件のもとで行なうことになる.

  1. 教育・研究組織に所属する者として
  2. 東京大学に所属する者として
  3. 国際社会に住む人間として

これらを考えて適切な内容であるかを充分検討してから公開するように心がけるようにしてほしい. 条件に抵触する例を以下に示す.

1.無名・匿名・偽名で発信するもの: 本名以外 (筆名も含む) での情報発信は許されない. これは, 情報発信者の責任を明確にするためである. ウェブホームページでは必ずそのページの内容に関して責任を持つ者の名前を明らかにしなければならない.

(中略)

4.プライバシーを侵害するもの: 他人のプライバシーに関するものを公開することは許されない. たとえば, メール送付者の許可なく電子メールの内容を公開することは, プライバシーの侵害になり許されない. 引用にも注意すること.

(後略)(以上、太字筆者)

確かに、1.以降を見ると、

一般論を書いているように見えるが、対象はあくまで太字部分。

でなきゃ、一体いくつのブログが抵触することになるんだか・・・(笑)。


件のブログに関して言えば、

「匿名ブログじゃないんじゃないか」(爆)とか、

いろいろ突っ込める部分はあるし、その他の理由も含めて、

あえて閉鎖することに関する説得的な理由は示されていないように思うのだが、

某巨大掲示板上でも管理人の動静が噂されるようになってしまった状況では、

閉鎖したくなる気持ちは分からないでもない。


ただ、世の中に出たら、

「情報発信」への風当たりはもっと厳しくなるわけで、

(会社には「社員ブログ監視プロジェクトチーム」なんてのもあるし(笑)*3

法曹を目指すというからには、

少々の風には負けない“面の皮の厚さ”があっても良かったように思う。


前にも少々触れたことがあるが、

世の中で飛び交う情報というのは、得てして

公的なフィルターのかかった“綺麗な情報”と、

根拠の乏しい“誹謗中傷”という両極端な情報に集約されがちなのであって、

身近なところで実態を知る者による“客観的かつ有益な情報”というのは、

実に少ない。

その意味で、「情報発信」の意義は本来大きいはず。


発信者自身のフィルターがかかっているかどうかは、

情報を受け取る側が判断すれば良い。


ま、そういう意味では、

生え抜きの某大生ブロガーの面々は、皆肝が据わっていて、

大変好感が持てるのであるが(笑)。

[][] 出がらしの・・・

まぁ、劇場型政治の一傍観者を自認する自分が言うのもなんだが、

小沢一郎菅直人っていう、使い古されたキャラクターが、

民主党の命運をかけた代表を争うというのは、

何ともアナクロな話だと思う・・・。


しかも、出馬決めてから2日で代表選?

この期に及んで一本化模索?

しかも政治姿勢もキャリアも全く違う二人が、

「当選したら仲良くしましょう」?


10年遡って、自分が学生の頃、

小沢一郎といえば、保守派学生憧れの実力No.1政治家、

菅直人といえば、市民運動の星、若手のホープ*4

当時、小沢派と菅派に分かれて激しく論戦を繰り広げたことを思うと、

今さらされている姿は、何とも嘆かわしい限りである・・・*5


心情的には今でも自分は菅派だが、

たとえバタバタの代表選を経て菅氏が代表になったとしても、

次の選挙民主党に投票しようなんて気にはとてもならないと思う。


なんか、いっそのこと渡部恒三さんを代表にしちゃったほうが、

良かったんじゃないかい?


(追記)

7日の民主党所属国会議員による投票の結果、小沢一郎氏が菅直人氏に勝利。

ついに長い眠りから醒めて表舞台に出てきた「剛腕政治家」・・・

と言いたいところだが、

かつての小沢氏の“神話”は“竹下派”の威光と表裏一体だった面は否めず、

当の自民党の内部で激変が生じた今、それが通用するかは分からない。

表舞台への登場が“神話の終焉”を意味することも十分ありえるような気がする。

*1:何と言うか、一部では既に崩壊しつつある「東大神話」が、いまだに健在なんだなぁ、ということを知らしめてくれた点で意義があったように思う(笑)。

*2:いまどき大学のアカウントを使って「情報発信」する人もそうそういないだろうに。

*3:元締めは筆者なのだが・・・(爆爆)

*4:ちなみに菅氏は、弁理士出身でいまだに知財業界のいくつかの団体の会員として名前を連ねたりしているにもかかわらず、市民運動家としての側面ばかり強調されて、“知財族”として名を挙げられることがないのはなぜなのだろう?(笑)、

*5:もっとも、論戦の中身といえば、「どっちをサークルの学園祭の講演会企画に呼ぶか」という話だったのだが(笑)。

2006-04-06

[][] 『NANA』第1話

アニメ版『NANA』放映開始(日テレ系)。

http://www.ntv.co.jp/nana/


映画版では、原作とは全く違う世界観で勝負した(?)ことで、

おそらく製作者の意図せざるところで成功を収めた『NANA』だが*1

初回を見る限り、アニメの方は原作に忠実に作っているように見える。


いや、むしろ原作よりもはるかにキャラが活き活きしてる(笑)あたり、

日本のアニメーション技術の凄さを褒めるべきだろうか。


まぁ、はっきり言って、

Wナナとか、そこに絡んでくる男性陣のキャラにはほとんど共感できないし、

ストーリー的にも後に行けば行くほどグチャグチャになっていて、

ハチクロ』あたりと比べてしまうと、

明らかにコミックとしての原作の成熟度は落ちると思うのだが、

時々垣間見える刹那的な世界観は嫌いじゃない。


個人的には、レイラの哀愁と、ヤスの独特の雰囲気を巧く出せれば、

アニメとしては及第点かな・・・と思う。

*1:・・・っていうか、とりあえず自分のツボには嵌った。

2006-04-05

[][] 「うぷします」事件をめぐる議論−NBLより

「ファンブックの対談とかうぷしてほしいという人が多ければうぷしますよ〜。」

という“親切な”名無しさんが、

小学館を激怒させた(?)ことに端を発する著作権侵害事件。


第一審:東京地判平成16年3月11日。

控訴審東京高判平成17年3月3日。


インターネット上の匿名電子掲示板に無断掲載された著作物につき、

削除要請に応じなかった掲示板管理者の責任が争われたこの事件に関し、

裁判所の判断は真っ二つに分かれている。


掲示板管理者の削除義務を否定した第一審判決に対し、

削除義務を認め、掲示板管理者に著作権侵害責任を負わせた控訴審


それまでの法理と大きく異なるプロセスを経て侵害主体性を認めた控訴審判決は、

渋谷達紀教授に、

「本件は特異な判決といえ、述べられている解釈が踏襲されることはないと思われる」

と評されるなど*1

理を重んじる人々にはあまり評判がよろしくないようであるが、

その一方で、「結論の妥当性」を重視して肯定的に評価する声も、

実務界には少なくない*2


地裁判決と高裁判決のいずれを支持するかは、

論者の拠って立つポジションに自ずから関連するのであって、

コンテンツホルダーの側から見れば、高裁判決が妥当、ということになるだろうし、

それ以外の者から見れば、高裁判決けしからん、となることは容易に予想される。


ゆえに、結論の妥当性のみを取り上げて議論しても

収拾が付くことはないだろうし、それは不毛な作業となろう。


ここで重要なのは、一連の判決を

それまでの間接侵害に関する議論の中でどのように位置付けるか、

そして、本判決の射程の限界をどこで画するか、

ということである。


その意味で、NBL829号に掲載されていた

森亮二弁護士による上記判決の評釈には、なかなか興味深いものがあった*3


弁護士は、これまでの掲示板管理者の削除義務に関する判決を

(A)削除義務を広く認める立場

(B)これを制限的にしか認めない立場

に分類し、

両基準の差異を「掲示板管理者等の違法情報に対する関与の仕方の違い」

によって説明しようとされている*4


そして、某巨大掲示板の管理者によって掲載された説明文に着目して、

「匿名性を保証して違法な書き込みを奨励したこと」

が削除義務を広く認める基準を採用する根拠となった、と指摘する一方で、

「匿名性を保証して違法な書き込みを奨励する態度がなければ、広範囲の削除義務を認めるべきではない」


として削除義務を制限的にしか認めない上記(B)の態度をも

(A)と整合的に説明することを試みている。


そして、本判決が

著作権侵害であることが極めて明白なとき」に削除義務が認められる

としている点を指摘して、

「本判決は、制限的な基準を採用する前記(B)の立場に属するものとして分類することができる。(森・前掲39頁)

と一定の評価を与えた上で、

「「匿名性」といった二次的で不明確な要素」ではなく、

「むしろ端的に、違法情報に対する積極的関与の有無および程度を問題にすべきであった」(森・前掲42頁)

として高裁判決を批判している点に特徴がある*5


弁護士も指摘されるように、

「匿名性」を前面に出して責任の根拠としてしまうとなると、

あまりに射程が広がりすぎる懸念があるから*6

同じ結論に至るとしても、

上記のようなアプローチを用いることで、

その射程を狭めようと試みることには、一定の意義が認められるのであろう。


また、他の論者からも指摘される点ではあるが、

プロバイダ責任制限法との関係についても、

上記論文の中で指摘がなされている(前掲・40頁)。


個人的には、小学館大人げない・・・と思うこの事件であるが、

「うぷ」した人間にアプローチしようがない権利者としては、

掲示板の管理人を訴えるしかないというのも事実で、

どこでバランスをとるか、ということを考えた時、

上記論文で挙げられているような要素が重要になるのは間違いない。


その意味で、上記論文は一読に値するもののように思われるのである。



なお、本ブログの管理人は不親切ゆえ、

どんなに素晴しい論文でも丸々「うぷ」することはない。

その点、ご了承いただければ幸いである・・・。


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*1渋谷達紀ほか編『I.P.Annual Report2005』63頁(商事法務、2005年)。

*2:例えば、草地邦晴「電子掲示板上の著作権侵害発言と掲示板運営者の責任」知財管理55巻13号2007頁(2005年)など。

*3:森亮二「著作権者からの削除要請に応じなかった掲示板管理者の民事責任」NBL829号35頁(2006年)。森弁護士は、弁護士法人英知法律事務所の所属だが、この事務所、http://www.law.co.jp/というなかなかカッコいいウェブアドレスを持っている(笑)。

*4:森・前掲36-37頁。

*5:具体的には、「被控訴人がIPアドレスを保存する運用に変更した点について」、「運用の変更により従来の違法情報を奨励・促進する関係が払拭されたかどうかを検討すべきであった」と述べられる(前掲・42頁)。

*6:森弁護士は、本判決の「匿名掲示板」の定義による限り、現存するほとんどの掲示板や、ブログのコメント欄など、多くの場合が「匿名掲示板」にあたってしまう、ということを指摘されている(前掲・41頁)。

2006-04-04

[] 大合併の時代!?

ついにここまで来たか、という感あり。

「M&A(企業の合併・買収)など企業法務に強い西村ときわ法律事務所(東京・港)とあさひ・狛法律事務所(同・千代田)が来春の合併で大筋合意した。所属弁護士数の合計は約370人(日本の弁護士会登録数)で、国内最大の弁護士事務所が誕生する。国際的M&Aなどでは海外大手事務所との競合も激しく、規模拡大で競争力強化を目指す。」*1

事務所が抱える弁護士数とその事務所の“力”は

必ずしも比例するものではないと思っているのだが、

業界最大手の長島・大野・常松、森・浜田松本を150人以上上回る規模の事務所が

誕生するとなれば、与えるインパクトはやはりそれなりに大きいものがある。


これだけの大事務所同士の合併、となると、

記事の中でも触れられているとおり、

「双方の所属弁護士が担当する顧客企業を巡る利害関係の調整が必要」

なのは間違いないところで、

それゆえ、クライアントの側にとっても

ことの帰趨が重大な関心事となるのは確かだ。


もっとも、通常の企業合併と違って、

法律事務所の合併、巨大化は、

“顧客取りこぼし”という大きなリスクも伴うものでもある。


法務担当者の立場からみれば、

いざ問題が起きたときに、

日頃から密な関係を保っていた弁護士にお願いしようとしたら、

相手も同じ事務所の先生に先に相談していて、

“早いもの勝ち”ルールで路頭に迷う、というのが一番怖い話。


ゆえに、合併のニュースを聞いて、

付き合い方を見直そう、という考え方が出てきても、

決して不思議ではない。


そもそも、どんな大企業でも(いや、むしろ大企業だからこそ)、

古くからの付き合いがあり、社内事情にも精通している

小規模・個人事務所を必ずといって良いほど抱えており、

それらの事務所の方が社内におけるプライオリティも高いのであって、

上位の法律事務所が合併を繰り返し、

取り揃えている“商品”も似通ったものになってきている今、

四大事務所のどこを使うか、なんてことは、

担当者の気分次第でどうにでも変えられる話なのだ。


西村ときわ法律事務所の執行パートナー、小杉晃弁護士は、

『Lexis企業法務』のインタビューの中で、

弁護士事務所は、ますます大型化が進んでいくか?」という問いに対し、

「我々は、人数だけ多くても「烏合の衆」では意味がないと考えています。組織的な一体性はもちろん、一人一人の弁護士プロフェッショナルとして必要な素養あるいは経験を積む機会、教育体制も必要ですし、弁護士が業務を遂行する上での人的、物的インフラも整備していかなければなりません。」*2

とコメントされているが、

弁護士やパラリーガルが大幅に増加した組織において、

個々の弁護士が上記のような「経験」を積む機会が十分に確保される保証はないし、

「人的、物的インフラ」を整えるのも容易なことではないだろう。

パートナー昇進の途が狭まる中、

アソシエイト弁護士たちのモチベーションの低下も懸念される。


ここを乗り切れば、

『M&Aの名門』たる西村ときわの名声もより高まるのだろうが、

医者の不養生、紺屋の白袴、なんて言葉もあることだし、

こればっかりは簡単な話ではないように思う。



・・・と、外野からの野次はこれくらいにしておいて、

目下の個人的な関心事は、


合併後の事務所の新名称。



「西村ときわあさひ狛」だけはやめときましょう・・・(笑)。

*1日経新聞平成18年4月4日付朝刊第1面。

*2:『Lexis企業法務』第2号51-52頁(2006年)

2006-04-03

[][] 著作権への逆風?

知財高判平成18年3月15日(H17(ネ)第10095号損害賠償等請求控訴事件ほか)

いわゆる「法律書籍著作権侵害事件」である。


この事件については既に大塚先生のブログ

コメントが掲載されているが、

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50398290.html#trackback参照)

そこでも解説されているとおり、

第一審(東京地判平成17年5月17日)で辛うじて認定された

被告の「著作権侵害」が完全に否定された、という点で

控訴人(原告)としては、“痛い”判決になったのではないかと思われる。


ここで争われている「著作物」は

「債権回収、署名・捺印、手形・小切手に関する法律問題について、法律の専門家ではない一般人向けに解説した文献」


である。


自分自身、新米の法務担当者の頃には、

この手の本に非常にお世話になった記憶があるので、

あまり言いたくはないのだが、

一言で言ってしまえば、誰が書いても似たような内容になるタイプの

著作物であるのは間違いない。


基本となる法律の条文の解説、そして手続の説明といった中身について

高度の「創作性」を発揮しているような書物は、

実務解説書としては使いものにならない。


もちろん、控訴人側が主張するように、

法律的知識に乏しい一般人を対象として、よく遭遇する場面や注意すべき場面を念頭に置きつつ、叙述する事柄を選択し、容易に読み進めることができるように配列、構成に工夫をこらし、叙述の順序、用語の選択、言い回し、図表の使用など、多くの点で表現上の創意工夫をしている」

のは事実だろうし、

そこに同種の書籍間の優劣が生まれてくるわけだが、

そのような“差を付けるための工夫”に著作権法の保護に値するだけの

「創作性」を見て取ることができるか、といえば、また別の問題になる。


地裁判決まで遡って見ても、

原告書籍と被告書籍の対照表が掲載されていないので、

何ともいえない面はあるが、

「実務解説書」としての性質上、表現上の選択の幅が極めて狭いこと、

そして、近年の言語著作物に対する著作物性認定の厳格さ*1

等を鑑みれば、ある程度予想できた結果だったといえるのではないだろうか。


もっとも、知財高裁は本件において、

「単に読者層や著作の目的・性格が同一であるというだけでは説明し難いほどに構成、文章等が酷似しており、執筆者が異なれば通常は多少の相違が生じるのが自然であると思われる部分についても共通することが認められる」(7頁)

と、本件の被告書籍が、

デッドコピーといっても良いほど

原告書籍に強く依拠して制作されたものであることを認定した上で、

次のような規範の下で一般不法行為に基づく損害賠償請求を認めた。

「一般人向けの解説を執筆するに当たっては、表現等に格別な創意工夫を凝らしてするのでない限り、平易化・単純化等の工夫を図るほど、その成果物として得られる表現は平凡なものとなってしまい、著作権法によって保護される個性的な表現からは遠ざかってしまう弊を招くことは避け難いものであり、控訴人各文献の場合も表現等に格別な創意工夫がされたものとは認められない。」

「もっとも、控訴人各文献を構成する個々の表現が著作権法の保護を受けられないとしても、故意又は過失により控訴人各文献に極めて類似した文献は執筆・発行することにつき不法行為が一切成立しないとすることは妥当ではない。執筆者は自らの執筆にかかる文献の発行・頒布により経済的利益を受けるものであって同利益は法的保護に値するものである。そして、他人の文献に依拠して別の文献を執筆・発行する行為が、営利の目的によるものであり、記述自体の類似性や構成・項目立てから受ける全体的印象に照らしても、他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合には、当該行為は公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為を構成するというべきである。」(16頁)(太線筆者)

さて、このような知財高裁の判断をどうみるか。


この判決を書いた第4部(塚原朋一裁判長)と言えば、

「ヨミウリオンライン」の記事見出しをめぐる

読売新聞vsデジタルアライアンス社の事件の判決を出した合議体である。

(過去記事:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051015/1129473336など参照)


同じ著作権侵害否定→不法行為の成立肯定、のケースとはいえ、

デジタルアライアンス社のケースに比べれば、

今回の被控訴人(被告)側の行為の方が「悪質性」はより強いように思われるから、

デジタルアライアンス事件に比べれば、

今回の知財高裁の判決からあの時ほどの衝撃を受けることはない。


だが、知的財産権侵害否定→不法行為の成立肯定、という

第4部の(・・・というか塚原裁判長の?)一連の思考パターンは、

これまでこの手の争訟において

“絶対的な道具”として機能してきた“著作権”の

相対的な地位低下につながる可能性を秘めたものであるのは確かである。


類似創作物によって市場が“食われる”のを防ぐための争いは

これまでにも数多く行われてきたが、

そこでは、著作権侵害が成立するか否か、の判断が

事実上当事者間の勝敗を決してきた。


なぜなら、

著作権侵害行為や不正競争行為に該当しない行為については、当該行為が、ことさら相手方に損害を与えることを目的として行われたなどというような特段の事情が存在しない限り」

不法行為の成立を認めない*2、というのが、

東京地裁(特に飯村コート)の考え方として

近年の実務を支配していたからである。


被告が制作した“創作物”によって経済的利益が損なわれている、という実態があるだけでは、原告側に安々と花を持たせてはくれない。

それゆえ、一応、一般不法行為に基づく主張はするにしても、まずは著作権侵害(あるいは不競法違反)でクロの心証を得られるように、策をめぐらせなければならない。


という考えが、

これまで原告となる側の担当者なり代理人なりの頭の中にあったはずであり、

著作権侵害でクロにできないのなら、訴訟自体断念せざるを得ない、

という前提で動いていた当事者も多かったはずである。


本件でも、当初、原告は著作権侵害に基づく請求しかしていない*3


だが、一連の第4部判決で示されている一般不法行為の成立を肯定するための規範は、

「特段の事情」を求めるかつてのそれと比べると明らかに緩い*4


こうなると、原告側にとっても、

著作権侵害の主張にさほど固執することなく、

市場での被告の“悪行”の主張立証をしっかり行えば良いということになり、

争訟の現場における“著作権”の地位は相対的に低下していくことになる。


財産権侵害訴訟、というよりは、

不正競業訴訟としてのカラーが強く出がちなこの手の紛争の実態や、

紛争の柔軟な解決、という観点から考えるならば、

近年の東京地裁の“頑なな態度”の方がむしろ異常で、

一連の第4部の判決は正当なものとして評価されるべきものなのかもしれないが*5

知的財産諸法の“守備範囲”と一般不法行為の“守備範囲”の関係については、

一連の判決を踏まえたより深い検討が加えられてしかるべきなのではないか、と思う。


世の中では依然として“プロパテント”の旗が降られているのに、

裁判所の中では著作権に逆風が吹いているように見える、

という“怪奇現象”には違和感を感じるムキが多いだろうし、

反面、どこかで不法行為の成立に歯止めをかけないと、

「権利者」に際限なく広範な保護を与えることにもなりかねないからだ*6


ちなみに、本件判決には興味深い数字も現れている。


損害賠償額の算定にあたり、

原審では著作権侵害による財産上の損害がわずか1万9881円で、

慰謝料15万と弁護士費用10万円を足してようやく26万9881円に達したのに対し、

本判決では、逸失利益として24万2638円を認定しているのだ。


慰謝料ゼロ、弁護士費用2万円、合計26万2638円、と

結果的には原審との帳尻を合わせる形になっているが、

財産的損害に関して上記のような差異が生じた原因は、

著作権侵害」に基づく算定では「該当する箇所」のみの損害額認定だったのに対し、

「一般不法行為」に基づく算定においては、

「フリーライドされている創作物全体」を算定の基礎としたことにある。


考えようによっては、

微々たる著作権侵害を認定してもらうより、

創作物トータルで不法行為の成立を認めてもらった方が、

原告にとっては有利な結論になる、ということも、

理論上はありうるということになるのだろうか*7


以上、思考をめぐらせる素材としてはなかなか面白い判決であった。


ま、研修用資料だの調査資料だの、

と何かと法律文献を使うことの多い裁判所としては、

法律書籍の著作権など、認められないにこしたことはないだろうから、

これもある種のお手盛り判決といえなくもないのだが(笑)。*8


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[][] 「電気による植物生長方法」事件

知財高判平成18年3月23日(H17(行ケ)第10567号審決取消請求事件)。


原告(個人)は、平成6年1月28日に本件特許を出願したが*9

平成15年9月30日に拒絶査定を受け、

拒絶査定不服審判も不成立審決となったため、提訴したというもの。


この特許の「特許請求の範囲」には、

請求項1 植物と培地間に通電して植物が発電する発電力のパワーアップを図ることを特徴とした電気による植物生長方法

請求項2 培地培地間に通電して植物の発電力をパワーアップする請求項1の植物生長方法

というシンプルな記載があるのみで、

進歩性欠如(29条2項)という以前に、

そもそも特許たりえるのかどうか相当疑わしいものである。


こんな出願に対しても引例を見つけてくる

特許庁の審査官のご苦労が偲ばれるのだが、

取消訴訟まで提起するという出願人側のこだわりゆえ、

裁判所まで巻き込まれることになってしまった。


原告の主張は、


東洋医学の経絡理論」に基づく植物体の「経穴(ツボ)」概念を持ち出す

独自説を展開して、発明の要旨認定を論難したり、

(「パワーアップ」の解釈と関連するらしい・・・)


引例はトマト、ナス等が対象植物だが、本願発明では植物全般を対象としており、

「発明の対象が異なる」と主張したり、


顕著な作用効果として、

ヾヅ澱1本で松食い虫による松枯れが防げる、

∨楷衄明によりマツタケが発生した、等と主張したり、


と、なかなかユーモアセンスに富んでいるが、

元々「特許請求の範囲」の記載から読み取るのが困難な事項である以上、

裁判上の主張としては通用しないだろう。


それでも、裁判所(篠原勝美裁判長)は、

「発明の詳細な説明を参酌して、その技術的意義を探究する」という

定石どおりの判決を書いている。

お疲れ様です、と言うほかない。


ちなみに原告は、

特許庁は、審査、審判を含めて、審決に至るまでに12年近くを要している」

と手続上の違法を主張したりもしているが、

「原告は、本件出願から7年後の平成13年1月25日に、手続補正書の提出とともに出願審査の請求をし、拒絶理由通知を受けて、平成15年4月及び同年6月に手続補正書を提出していることが認められるから、失当というほかない。」

(笑)。


まぁ、このような画期的な発明というのは、

得てして世間に理解されるのは時間がかかるものである。


そうそう簡単に第三者が模倣できるとも思えないし、

あえて特許出願して公衆の面前にさらすよりも、

秘伝のノウハウとして秘匿した方が、

発明者にとっても、そして何より、

公共の利益のためにも

良いのではないかと思うのである(笑)。


以上、再開早々ネタ失礼。

*1:技術論文等について、原告側に厳しい判断が続いている。

*2東京地判平成15年1月28日など。

*3著作権侵害でも一般不法行為でも損害賠償請求が民法709条に基づいて行われることに変わりはないから、本件でも「平成17年12月22日付け控訴人準備書面」によって、「控訴人の請求が当初からこの両者を含むものであること」が「明確にされた」という形で整理されているが(15頁)、原審での主張を見る限り、原告側に当初から“一般不法行為で攻める”意図があったことを読み取ることは難しい。上記準備書面の日付から3ヶ月で判決が出されていることを鑑みると、被告側の反論の機会も事実上限定されていたように思われ、訴訟手続の観点から、このような方策が妥当だったのか、という点については議論の余地があるように思われる。

*4:先述したように、被告側のフリーライドの度合いが大きい本件では、従来の規範の下でも「特段の事情」が認められたようにも思われ、その意味で本件の結論にはさほどの違和感を感じないのであるが。

*5:筆者自身、デジタルアライアンス事件の結論には賛同しかねる部分もあるが、一般論としては、この方向性自体は間違ってはいないと思っている。

*6:著作権の外延を画定するのも十分難解な作業だが、これまで余り論じられてこなかった「成果物の不正な利用」という概念の外延を画定するのはより難しい作業になるように思われる。

*7:もっとも、本件では数字合わせ先にありき、といった感があるのは否めないが。

*8:研究論文の著作物性はさすがに否定できないだろうが、各種のコンメンタールや『要件事実マニュアル』といった類の書籍に著作物性が認められるのか、考えてみると面白いかもしれない。

*9:特願H6-26067、特開H7-213158

2006-04-02

[][] 春の憂鬱

週末、せっかくなので満開の桜を見に行った。


わざわざ、人の多い上野代々木だのに行かなくても、

東京の街、少し歩けば、至るところで見事な桜を見ることができ、

しかもそのほとんどは人ごみとも無縁な「穴場」である。


桜を愛でる習慣と「日本人のココロ」なるものを結びつける論調は

この時期良く目にするが、

桜よりも人の頭の方が目立つような場所が

花見」の名所になっているあたり、

日本人の“感性”を、どこまで信用して良いものなのか、

疑いを抱かざるを得なかったりするのではあるが・・・(笑)。


さて、そんな“春”真っ盛りの季節であるが、

自分はこの季節が好きではない。


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2006-04-01

[][] 荒川静香選手、著作権侵害で訴えられる?

『駒沢公園行政書士事務所日記』経由で、

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50401370.html#trackback

とんでもない事件の存在を知った。


『パテントサロン』、4月1日付ニュースより。

荒川静香選手,キアヌ・リーブス氏に訴えられる イナバウアー著作権侵害で 荒川選手は反論」(http://www.patentsalon.com/news/2006/0401/index.html


マトリックス」におけるキアヌ・リーブス氏の演技の著作物性とか、

そもそもキアヌ・リーブス氏が著作者なのか、とか、

トリノでの演技が問題になっているのだとすると、

どこの国の著作権法によって侵害の有無が判断されるのか、とか、

とりあえず思考をめぐらせてみる・・・・


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[] ご案内

新しい年度にもなった、ということで、

ブログを閉鎖することにします。


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