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2006-06-10

[企業法務][独禁] エレベーター保守契約をめぐる論点

シンドラーに関する続編。


今のところさほど大きく扱われてはいないが、

今回のシンドラー社の事故をめぐって、

興味深い一つの事実がある。


それは、平成10年のエレベーター運用開始後、

平成16年3月までシンドラー社との随意契約で行っていた

保守契約が一般競争入札に切り替えられ、

シンドラー社が引き続き1年保守契約を担当した後、

業務が独立系保守業者へと引き継がれている、ということだ。


エレベーターの保守契約をめぐっては、

独禁法界で有名な裁判例・審決が出されていることで知られており、

特に業界最大手の三菱電機ビルテクノサービスに下された

平成14年6月11日付け公取委勧告が与えた影響は、

大きかったように思われる。


↓の青森市民オンブズマンの提案書にもあるように、

http://www.actv.ne.jp/~aonbz/elevator_2.html

東芝エレベーターテクノス事件当時に比べると

より厳しくなった“市民の目”が、

多くの行政当局に一般競争入札の導入を決断させたのは間違いない。


もちろん、一般競争入札に切り替えて、

独立系保守業者とメーカー系業者を競争させることで

公費の支出を抑える、

という方針自体は批判されるべきことではないし、

原因が特定できない今の段階において、

独立系保守事業者のせいで事故が起きた、

などと断言するつもりもない。


ただ、気になるのは、

今回のような死亡事故は、

これまでのエレベーター保守契約をめぐる独禁法事件において、

想定されていた“安全リスク”の範疇を

大きく超えるものであるように思えること、である。


以下、これまでの代表的な裁判例・審決を追ってみていく*1


東芝エレベーターテクノス事件・第一審(大阪地判平成2年7月30日)

http://snk.jftc.go.jp/pdfdocs/H020730S60K09002665_.pdf


本件は、甲・乙両事件からなるものだが、

「甲事件エレベーターは、昭和59年4月はじめころより、下降時にスタートショックを起こし、その後、5月9日ころ、3階と5階で、正規のエレベーター停止位置以外の場所で突然停止し、ドアが開かずに乗客が缶詰状態になる事故を起こした。」

「乙事件エレベーターは、昭和59年8月8日、フロアーとの水準が合わずに階下と階下との間で急停止するという故障を起こした。」

という事故が起きた際に、

被告が交換用部品の販売を拒否する姿勢を見せたり、

納期を遅らせたことが、

取引不当妨害行為(一般指定15項)に該当するとして、

損害賠償請求が認められたものである。


ここで、被告側は、

「部品のみを売るとエレベーターの安全性が害される」

として、自己の行為の正当性を主張したのであるが、

大阪地裁は、

「安全性確保の必要性は、独占禁止法違反の行為について民法709条の不法行為の成否を判断する際の、違法性阻却事由となるに過ぎない」

とした上で、

独立系保守業者が必要な技術水準を満たしていることや、

欧米でエレベーター各種部品の販売が自由に行われていること、

部品交換にあたっての作業は単純、簡単なものに過ぎないこと、

等を認定して、

被告側の主張を退けている。


東芝エレベーターテクノス事件・控訴審(大阪高裁平成5年7月30日判決)

http://snk.jftc.go.jp/pdfdocs/H050730H02K04001660_.pdf

一方、控訴審は、

「商品の安全性の確保は、直接の競争の要因とはその性格を異にするけれども、これが一般消費者の利益に資するものであることはいうまでもなく、広い意味での公益に係るものというべきである。したがって、当該取引方法が安全性の確保のため必要であるか否かは、右の取引方法が「不当」になされたかどうかを判断するに当たり、考慮すべき要因の一つである。」

と述べ、一見すると「商品の安全性の確保」を

第一審よりも重視する姿勢を示したかのように見えた。


だが、裁判所は、

「しかし、既に述べたように、エレベーターにおいては、建築基準法・同法施行令に基づく措置により、かごの落下事故や乗客の転落事故は極めて稀となり、統計的にはいわゆる缶詰事故が多くなっている。したがって、本件各部品はエレベーターの安全性に直結する重要なものである、との主張についてみても、安全性の水準からすれば、まずもって缶詰事故の発生が特に問題になるにすぎない。」

(太字筆者)

と述べ、その上で、第一審同様、

独立系保守業者が一定の技術水準を有していたことや、

メーカーは部品の販売に付随して迅速に部品を供給する義務

を負うことなどを認定して、

独禁法違反を肯定したのである*2


これらの事件の事実関係を見る限り、

被告が行っていたことは、

競争者排除の意図が明確にうかがえる“嫌がらせ”

の域を出ておらず、

“安全性の確保の必要性”という被告の主張は、

ただの便法に過ぎないように思えてならない。


だが、結論の妥当性はさておき、

高裁が正当化理由の有無を判断する上で考慮していた

エレベーターの“事故リスク”の程度が、

果たして妥当だったのかどうか、ということについては、

今となっては疑問が残る。


三菱電機ビルテクノサービスに対する勧告(平成14年6月11日)

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.june/02061101.pdf

確かこの事件は、勧告→同意審決、という経緯をたどったはずで、

それゆえ正当化理由は示されなかったと思うのだが、

ここから垣間見ることができるのは、

東芝事件から10年以上経過しても変わっていなかった

エレベーターメーカー(及びその系列の保守業者)と

独立系保守管理業者との間の“溝の深さ”。


そして、それゆえ、両者の間で

安定したエレベーターの運行を確保する上で本来必要となる

情報のやり取りが行われていなかったのではないか、

という疑惑も生じてくる。


今回のように、従来の経験則からは想定しにくい事故が起きた時、

製造と保守管理の“役割分担”が行われている状況下では、

責任の所在が不明確になるのは間違いない。

そして、メーカーと保守管理業者が責任を押し付けあう状況になれば、

真相解明のチャンスはなおさら遠のくだろう。


自分がここで

メーカーによる独占の慫慂をするつもりは毛頭ないのだが、

今、まさに一つのエレベーター事故をめぐって起きている現実が、

純粋な独禁法的発想から導かれる結論の正当性に

一石を投じているような気がしてならない。


競争政策の針を逆回しする、

という選択肢が取り得ないものである以上、

第二の惨劇を招く前に、

“市場の分離”という状況下においても

安全に関する情報を共有できる公的なスキームを

誰かが用意しなければならないように思うのだが、

いかがなものだろうか?


いずれにせよこれは、

シンドラー社をスケープゴートにして済む話ではないのは

間違いない。

*1:ソースは長澤哲也弁護士が運営する『大江橋独禁法執務室』(http://home.att.ne.jp/omega/nagasawa/index.htm)。いまさら解説は不要だろうが、このサイトは独禁法の一次資料の宝庫としてよく知られている。

*2:なお、高裁では甲事件の事実関係を、部品と取替え工事の“抱き合わせ”と認定し、一般指定10項に該当すると判断した。

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