暫く寝かせていた北大・田村善之教授のジュリスト1326号論文について。
知財管理の論文紹介の際にも思ったことだが*1、“明快かつ斬新”というのが田村先生の論文の特徴で、「知財立国下における商標法の改正とその理論的な含意について」*2と題されたこの論文も*3、読めば、もやもやとしている近年の商標法改正に対する疑問が雲散霧消することは間違いない*4。
地域団体商標(94−100頁)
本論文において強調されているのは、地域団体商標制度が、
「不正競争防止法2条1項13号でも規制し得る産地等の誤認行為を定型的に規制する制度」(96頁)
であると理解する立場である。
あえて説明するまでもなく、この制度に対しては、特許庁改正審議室の公式解説でも、世の報道等においても、「地域振興のため発展途上における『地域ブランド』を保護するための制度、という紹介がなされることが多いのであるが、田村教授はそのような見方に対し、
「単に発展段階にあるブランドの保護というのであれば、なぜ団体商標として登録しなければならないのか、しかも、なぜその団体は加入自由が保障されているものでなければならないのか、なぜ地域団体商標に限って3条2項のバーが下げられるのか、ということに関し、通常の商標制度との関係で整合的な説明をすることに窮するように思われる」
「地域団体商標制度により保護されているブランドを、通常の商標制度により保護されているものと同じものではあるが「発展段階にある」ブランドであるとして連続的に理解しようとすると、この制度の本質を見誤ることになりかねない。仮に「ブランド」という言葉を用いるのだとしても、それは通常の商標制度が予定しているブランドとはそもそも全く異なるタイプの「ブランド」の保護を企図しているのだ、と理解すべきなのである」
(以上98頁)
と主張されている*5。
そして、
「当該地域の事業者が用いる限り、26条1項2号・3号に該当する」(地域団体商標権の効力は及ばない)
「(31条の2第1項について)組合等の恣意的な運用を許容するものと理解することはできない」
(99頁)
という改正法の解釈を披露されているのである。
筆者に限らず、一般企業の実務に携わっている側にとっては、おそらく地域団体商標制度=「厄介な制度」というのが率直な感想であると思われる*6。
特に懸念されていたのが、①地元事業者間の“ブランド争い”に巻き込まれる恐れがあること*7と、②地域団体商標の禁止権が及ぶ範囲の不明確さ、であった(特に「○○温泉」といった表示については、それが地域名と密接に関連してくるものであるため、誰かが商標を取得したとして、それに対しどこまで配慮すればよいのかがわかりにくい)*8。
だが、上記のような田村先生の解釈論による限り、「産地偽装」に当たりさえしなければ、26条等により使用者が救済される余地は広がるように思われ(少なくとも①のリスクは回避できそうである)、実務的には安心、ということができるだろう。
もっとも、産構審の商標制度小委員会で法改正に関与してこられた田村先生が従前から提唱されている見解であるにもかかわらず、それが法改正の解説等に反映されていない背景には、この制度を“地元へのアピール”に積極活用しようとする地方選出議員や自治体の有形無形の“圧力”があったことは想像に難くないのであって*9、このような解釈論が定着するまでには、まだまだ幾多ものハードルが待ち受けているように思われるのだが。
小売役務商標
法改正まであと2ヶ月をきった現在でも議論が尽きない小売商標制度。
ここでも、田村教授が提唱されている解釈論はきわめて興味深いものがある*10。
まず、商標権者の「使用」とは何か、という争点につき、田村教授は、商品商標と小売商標それぞれの「使用」を明確に区別する必要性を説く。
「具体的には、商品の小売業を示す機能は小売役務商標に期待することとし、商品商標に関しては、商標法上、一般に商品とは市場に流通する有体物と解されていることを手がかりとして、商品を市場に流通させる決断をなした者を表示する機能、換言すれば、商品の製造元、発売元を表示する機能が商品商標の仕事であると考えるべきであろう。」
「2006年改正後も商品の小売業を表示する機能も依然として商品商標の仕事であり、小売役務商標は小売業で商品の小売を超えたサービスの部分を表示するものと理解してしまうと、両商標の機能が過度に錯綜し明解な役割分担を図ることが困難となってしまうように思われる。」
(102頁)
この点に関しては、「〜の顧客に対する便益の提供」というタンザク表記ゆえにいろいろと議論のあるところで、昨日の説明会でも「両者の区別に関する特許庁の説明が理解できない!」と声を荒げる質問者の“怒り”を十分に感じとってきたばかりであるが(笑)、田村先生が主張するような明快な説明であれば、おそらく誰も文句は言わないであろう。
もっとも、特許庁も、単なる「販売」行為と「小売サービス」とを区別するような姿勢を見せつつ*11、実際の“あてはめ”に関しては、本稿で田村先生が示されている例示(102頁参照)と同じような帰結を考えているようであるから、この点については、実務上はすでに決着がついているというべきなのかもしれない。
なお、田村教授は、小売サービスの保護を商品商標で図ろうとしていた「既存の商標権者の期待」に一定の配慮をしておられるが*12、もともと小売業者が商品商標で商標権を確保していたのは、小売サービスそのものを保護してほしい、という思惑から、というよりは、
商標法2条3項2号
「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」
という規定によって、たまたま自分の店舗名称と同一の商標権を持っていた権利者から“刺される”ことを未然に防ぐための自己防衛的思惑、によるところが大きいのであって、単品小売商標の登録によって(悪意のある第三者による)商品商標の登録を未然に防ぐ、という効果が達成できるのであれば、商品商標なんていつでも捨ててやる(更新費用だってバカにはならない)、という事業者も多いと思われるので、この点についてはそんなに心配はいらないのではないか、と思っている*13。
続いて、小売業者による商標の使用が商品商標権者との関係で「侵害」にあたるか、という問題については、田村教授は次のような見解を示されている。
「商標権者の指定商品が商品商標であったとしても、それと同一の商品を販売する小売業者が(類似)商標を使用している場合には、小売業者と商品商標権者との間の出所の混同のおそれを払拭し得ない。その意味で商品商標の出所識別機能が害されるおそれがある以上、原則として類似役務にこれを使用していると判断すべきである」(104頁)
このような見解は、田村教授が審議会での議論の過程で強調されていたことでもあり、それゆえ単品小売区分での登録審査の際に、商品区分での既登録商標とのクロスサーチが行われることになった、という経緯もあるので、さほど意外感のある論旨ではない。
また、田村教授は同時に、
「多品目を扱っているために店舗名と個別の商品等の結びつきが薄弱となっている場合」
には、チラシ等の店舗名や店舗の看板に同一類似標章を用いても「例外的に」商品商標の侵害にはならない(104頁)とも述べられているから、総合小売区分でクロスサーチなしに商標登録が認められることとの整合性も取れた考え方、ということができるように思われる。
第三次産業側の人間(苦笑)としては、小売サービスに関する「使用」は(侵害成否の場面においても)商品商標の「使用」とは明確に区別できる!と声を大にして言いたいところであるが、第二次産業、あるいは一般需要者の立場に立ってみれば、出所の混同が生じる懸念も理解できなくはないから、上記のような考え方も肯認せざるを得ないところであるし、ひとたび単品小売区分で登録されてしまえば、それに対応する商品区分での商標登録も排除できるのだから、実害はない、ということもできる。
また、上記のような見解が世に広まることによって、①小売業サービスの表示として使っている商標が、既に商品区分において第三者に登録されている場合(この場合、小売事業者は単品小売商標を取得することができないので、侵害の責めを負わされるリスクを常に負うことになる。)に関し、「寝た子を起こす」ことにならないか、あるいは、②3条1項柱書審査の運用強化が既定路線となっている現在、一見小売業者のように見えるが小売業区分で権利確保できない事業者*14が割を食うことにならないか、といった点も懸念されるのであるが、そういった点については、実務上の“知恵”で何とかするほかないのであろう*15。
いずれにせよ、これまで小売業商標制度に対する世の中の関心が高まっているとは決していえない状況において、このような論稿がジュリストに掲載されたこと自体に大きな意義があると思っている。本稿を契機に、より深い議論が展開されることを切に願う・・・。
*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061207/1171092870#tb
*2:ジュリスト1326号94頁(2007年)。
*3:ちなみに、このジュリストの特集のタイトルは『知的財産法の新展開−知財立国への法整備』なのだが、タイトルにあわせて表題がつけられた論文は田村先生のものだけである。先生方はみな「知財立国」という言葉がお嫌いらしい(笑)(あるいは有斐閣が後からタイトル付けたのかもしれないが)。
*4:もっとも、それが特許庁の運用というのはもとより明快とは言いがたいものであるのが常であって、いかに明快な発想といえども、直ちに受け入れられるかどうかは・・・というのがこの業界の面白いところでもある。
*5:田村教授は、享受主体が限定されている理由を、本制度の「公益的な側面」に求め、本制度における“緩和された3条2項要件”は、「登録のコストをかけてまで保護に値する商標を選別するため」の要件(独占適応性を問題にする趣旨ではない)であると説明されている(97頁)。
*6:自ら権利享受主体になることは決してできない一方で、権利行使を受けるリスクは常に負っているわけだから(商標権は、商標を付して製造する業者に及ぶだけでなく、それを流通させる業者に対しても及ぶ)、厄介なことこの上ない。
*7:相対立する組合Aと組合Bが併存し、両方とも同じ「○○リンゴ」を出荷している場合に、組合Aのみが地域団体商標を取得すると、組合Bの出荷製品を取り扱っている事業者が権利行使のリスクを負うことになる。
*8:詳しくは、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061029/1162093122#tb、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060420/1145464625#tbなど参照されたい。
*9:本制度の導入をめぐる商標法改正案の審議の国会議事録を見ると、いつになく“積極的な”発言が目立つ(苦笑)。
*10:この制度に関する本ブログの過去エントリーとして、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061002/1159727240#tb、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061219/1166549509#tb、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070118/1169141526#tb。筆者自身の問題意識は、これらのエントリーに記載されているところに尽きる。
*11:たとえば、上記質問に対する特許庁の回答は、“すべての小売事業者は単なる商品の販売を超えた“便益の提供”を行っていると考えています”というものであった。
*12:103頁脚注50。
*13:もっとも、それは現在商品商標で「小売」での使用をカバーしている事業者がすべて小売商標の権利者となれることが前提となる(詳細後述)。また、上記脚注で提唱されている書換登録制度の導入も、(それが低コストで行えるのであれば)有意義な発想であると思われる。
*14:自らは場所貸しのみを行っているショッピングモールの運営事業者など。現在特許庁が提示している新審査基準による限り、モールの名称(商標)をコントロールしている運営事業者は「小売業」を自ら行っていないがゆえに小売業商標の取得が認められないように思われるが、かといって、土地建物を賃借して営業している個々のテナント(小売業者)が共同して小売業商標を取得する、という話に持っていくのは非現実的であり(テナントが頻繁に入れ替わることも多い)、結局、誰も小売業商標による保護を受けられないことになる。
*15:①については、「使用」の際に細心の注意を払うことでクリアすることができるだろうし、②については、特許庁の運用を使用の実質にあわせた方向に誘導していくほかあるまい・・・。