「裏金」報道の偽善性

球団側の発表に端を発した「西武裏金問題」。


太田秀和オーナー代行の勇気ある決断は、結局、東京六大学リーグでのプレーの道が絶たれる、という残酷な結果を一人の選手にもたらすことになってしまった*1

プロ野球西武の裏金問題で早大の調査委員会(村岡功委員長=スポーツ振興担当理事)は15日記者会見して報告書を公表。スポーツ科学部3年の清水勝仁選手(21)が約1000万円を受け取っていたことを確認、プロからの金品供与を禁じた日本学生野球憲章に違反したとして同選手を退部処分にした。」(2007年3月16日付け朝刊・第41面)

日本学生野球憲章には、

十三条 選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない。但し、日本学生野球協会審査室は、本憲章の趣旨に背馳しない限り、日本オリンピック委員会から支給され又は貸与されるものにつき、これを承認することができる。
2.選手又は部員は、いかなる名義によるものであつても、職業野球団その他のものから、これらとの入団、雇傭その他の契約により、又はその締結を条件として契約金、若しくはこれに準ずるものの前渡し、その他の金品の支給、若しくは貸与を受け、又はその他の利益を受けることができない。
http://www.student-baseball.or.jp/kenshou/kenshou.html参照

という規定があるから、月十万円の「生活費」や「学費」を受け取る行為は上記第1項に明白に違反するし*2、清水選手については、高校時代に「プロ施設でテストを受け、ドラフト指名を約束され」ており、本人も「契約金で返す」という認識を有していたと発言しているから、「契約金の前渡」として第2項にも違反するように思われる。


憲章に違反した以上、学生野球界での選手生命は絶たれる。いかなる中身であれ、それが「ルール」として厳然と存在している以上、違反した者が制裁を課されるのは仕方ないこと、というべきなのかもしれない。


明大(当時)の一場選手の事件が発覚した後にもかかわらず、500万円もの大金の授受が行われていたり、西武球団側の勧めで調査時に虚偽の証言をしてみたり、と情状的にも、選手サイドに有利に斟酌する事情があまりないのも事実である。


だが、そもそも、本件はよってたかって球団や選手側の非を責めたてるような問題なのだろうか。


どんな世界にだって、優れた能力を有する学生には、それなりの金銭等を支援する制度はある。


地方から出てきた優秀な学生には、地元の企業や篤志家が設立した財団から、惜しげもなく(返済義務のない)多額の奨学金が支給されているが、それを評価する声はあっても、非難する声など聞いたことがない。


スポーツ推薦で大学に入った学生にだって、様々な奨学金の支給を受ける権利はあるし、実際貰っている学生は多いだろうが、それは「選手又は部員であることを理由として」支給ないし貸与される金銭とどう違うのだろうか?*3


今回の行為の“違法性”をあえて指摘するならば、プロ野球チームによっていわゆる“青田買い”的な金銭供与が行われることで、公平な戦力配分を目的としたドラフト制度の趣旨が没却される、といった点を挙げることになるだろうが、今回選手生命を絶たれた清水選手のこれまでの実績は、2年次(2005年)の春シーズンに12試合出場(30打数6安打1打点)したというものがあるだけで、このまま学生野球人生をまっとうしていたとしても、大学卒業時に西武がドラフトで指名するレベルの実績を残せていたかどうかは定かではない。今回問題とされた金銭が、文字通り“奨学金”のままで終わってしまった可能性も決して低くはなかったのである。


マチュア野球界の人々は、とかく“学生野球”を神聖なものとみなし、選手たちがあくまで“アマチュア”として神妙に振舞うのを是とする傾向があるようだが、そうでなくても子供の頃からお金がかかる野球というスポーツにおいて、経済的に恵まれない選手が競技を続けるためには、単なる理想論では片付けられない金銭的サポートも必要だろう。


アマ球界やメディアが、そういった事情をあえて捨象してアマチュアリズムの“無謬性”を強調しようとすればするほど、筆者の中での違和感は強まっていく・・・。


ちなみに、最新のNumber誌(674号)に掲載されている「野球留学白書」というノンフィクションには、駒大苫小牧(現・楽天)の田中将大選手が大阪から北海道に渡ったきっかけとして、西武の元内野手高木浩之氏の紹介があった、というくだりがあったりもするのだが*4、今後、この問題があちこちに飛び火しないことを今はただ願うのみである。

*1:さらに、これだけ厳しい処分が下された以上、現在謹慎中の東京ガスの木村投手も今のまま野球を続けるのは難しいのではないだろうか・・・。

*2:もっとも、今や「アマチュア」の競技団体とはいえない五輪委員会からの支給が但書によって「例外」扱いされているのであれば、「本憲章の趣旨に背馳しない限り」同項但書の規定を“準用”する余地はあるようにも思われるが。

*3:そもそも遡れば、高校時代の野球部での活動実績をもって選手を“獲得”している大学の行為自体、厳密に言えば問題にされてしまうことになってしまうではないか。

*4:軍司貞則「野球留学白書。」Number674号75頁。地元の名門校への進学の道が事実上絶たれた田中選手にチャンスを与えるため、当時所属していたボーイズリーグの監督(元打撃投手の奥村幸治氏)が旧知の高木氏を通じて、同氏の大学の同窓である駒大OBの駒大苫小牧高校監督(ご存知香田監督)を紹介してもらった、というもの。記事の中では、高校野球界の稀有な才能のプロへの道をつないだエピソードとしてポジティブに評価されている。

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