企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-10-01

[][]綱渡りの主張

最近、CMの中で甦っている故・黒澤明監督だが、“不朽の名作”と言われる昭和初期の作品の著作権も華麗に甦ったようである。


遅まきながらご紹介する、以下の2件の裁判例。


結論としては、以前紹介した「チャップリン映画著作権侵害事件」*1と同じ手法を用いているのだが、本件では、旧著作権法の解釈論まで飛び出して、よりナマナマしい展開になっている点、注目されたい。


東京地判平成19年9月14日(第一事件〔東宝〕・H19(ワ)第8141号*2、第二事件〔角川/大映〕・H19(ワ)第11535号*3


既にメディア等で報道されているとおり、本件は黒澤映画の著作権者であると主張する原告、東宝株式会社角川映画株式会社大映株式会社→新大映大映労組、という複雑な経緯を辿って平成14年11月1日著作権を承継取得)が、DVDの輸入・販売業者である株式会社コスモ・コーディネートを相手取って提起した訴訟である。


そして、本件の最大の特徴は、原告側が旧著作権法の解釈について、「昭和6年改正の立法担当者である小林尋次」氏の見解を持ち出し、

「旧著作権法下においては、著作者は自然人に限られていた」

「映画の著作物の著作者は映画監督であることが、昭和6年改正における立法者意思であったことが明らか」であった

ということを丹念に主張した点にあるといえる。


そして、その結果、裁判所は、

「本件映画は独創性(旧著作権法22条の3第2項)を有する映画の著作物であり、黒澤監督がその映画監督であり、証拠(略)により認められる本件映画の内容を併せ考慮すれば、黒澤監督は、少なくとも本件映画の著作者の一人であることが認められる」(1事件・11頁、2事件・14頁)*4

とし、併せて原告が著作権を承継取得したこと、本件映画の著作権の存続期間については旧著作権法3条(著作者個人の死亡の翌年から起算する)を適用すべきであることを述べ(結果本件映画の著作権が平成48年12月31日まで存続するものとしている)、原告側の差止請求を全面的に認容したのである。


また、「黒澤監督が著作者である」という点を争った被告の主張に対しては、

「著作者とは元来著作物を創作する者をいうから、映画利用の円滑化を図るために、映画製作者に著作権を帰属させる必要があるとしても、そのことから直ちに映画製作者が映画の著作物の著作者になると解することはできず、映画の著作物の著作者は、新著作権法16条と同様に、映画の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であると解するのが相当である。」(11頁)

と述べ、それを裏付ける証拠として、小林尋次氏の見解(立法者意思)と、新著作権法の審議経過を相当の分量引用し、結論を導いている。


勝利の裏にあるささやかな不安

以上のとおり、原告側は会心の勝利を収め、昭和38年以前に公開された著作物の保護期間をめぐる訴訟は、チャップリン事件以降、映画会社側の3連勝となった。


代理人を立てずに戦った被告側が、有効な反論をなしえなかった、という利もあったが、権利者側に絶望的な結論となるかと思われていた同種訴訟について、「著作者は誰か」という根本に遡って検討を加え、“古文書”を活用して裁判所を説き伏せた原告側代理人の手腕は、高く評価されてしかるべきだろう*5


本件で東宝の代理人を務めた中村合同特許法律事務所(中村稔、熊倉禎男、辻居幸一、小和田敦子の各弁護士)及び角川の代理人を務めた染井・前田・中川法律事務所(前田哲男、中川達也の両弁護士*6、そしてチャップリン事件を担当した森濱田松本法律事務所(斎藤浩貴、池村聡、野口祐子の各弁護士)は、映画会社にとっての「救世主」として称えられなければなるまい。


本件に関して言えば、1943年公開の「姿三四郎」を筆頭に、

姿三四郎    1945年公開

わが青春に悔なし 1946年公開

素晴らしき日曜日 1947年公開

酔いどれ天使   1948年公開

野良犬      1949年公開

静かなる決闘   1949年公開

羅生門      1950年公開

虎の尾を踏む男達 1952年公開

生きる      1952年公開 

と、実に10本の映画の著作権が84〜93年もの保護の恩恵を受けることになったのであり、映画会社側としては望外の成果ともいうべき結論となったといえるだろう。


だが、「映画監督」という個人を「著作者」と認定させることで、抱えてしまった危うさもある。


今回出された第一事件、第二事件判決ともに、「黒澤明監督」のみを単独の著作者として認めたわけではなく、「仮に」とした後に、「黒澤監督以外に撮影等を担当し、その全体的形成に創作的に関与した者がいた場合、それらの者も著作者として本件映画の著作権を原始取得した」ものとして認めることを示唆している。


承継取得した、とする原告側の主張に対して、単に「不知」とするだけで、被告側が積極的に争っていない本件においては、

「本件映画は、当初から映画製作者である東宝映画、新東宝又は原告が自己の商品として公表することを前提に作製され、興行されたものであること」

「その後、原告が本件映画の原版を保管していること」

「原告は、本件映画を複製したDVD商品を販売しており、当該商品には原告が著作権者として明示されているが、これに対して著作者と主張する者から異議が述べられた形跡は認められないこと」

「原告が、第三者との間で、昭和41年以降、・・・著作権者として権利行使をしてきたが、これに対しても、著作者と主張する者から異議が述べられた形跡は認められないこと」

(15-16頁)

から、「他の著作者も、本件映画の製作に参加した段階で、各映画製作者に対し、本件映画の著作物の著作権を譲渡することを約束したことを推認することができ、上記認定を覆すに足りる証拠はない」(16頁)、として、結果無難に処理されたのだが、仮に「異議を述べる者」が今頃になって現れた場合に、映画会社側でそれに対抗するだけの主張立証ができるのだろうか?


また、この種の訴訟を離れても、「著作者」が「著作権者」に対して喧嘩を売ることは十分に考えられるのであって、現在の29条のような規定が明確に設けられていない旧法下の著作物について、個々人が「著作者」であることを天下に明らかに示すことで、“寝た子を起こす”ような事態が生じないとは言い切れないだろう。


ローマの休日」事件、「シェーン」事件と一敗地にまみれたパラマウント*7が、あえて「監督が著作者」という便法を用いなかったのも、善解すれば、上記のようなリスクを避けたかったがゆえ、と考えることもできる*8


そもそも、現行著作権法に第29条(映画の著作権を映画製作者に帰属させる規定)の規定が設けられた背景(加えて職務著作規定の適用可能性も否定されていないことの背景)に、映画の配給、流通にあたっての障害を少しでも回避したい、という映画会社側の要望があっただろうことは想像に難くないし、そもそも著作者が誰か、という問題についても「映画製作者の単独の著作物である」とする「少数説」の背景には何らかの映画会社の意向が働いていたのではないのだろうか。


監督等、個人の「著作者」としての権利を簡易迅速に映画会社の「著作権」に転化させ、ビジネスを円滑に進行させる、というのがこれまでの映画会社が目指していた方向だと思われるし、その意味で、これまでの取り組みとは逆のベクトルの発想のようにも思える主張(「著作者」としての「監督」の存在を前面に出す主張)で自らのビジネスを守った、というのは、何とも皮肉な話だと思う*9


もちろん、著作権者としての自らの安定的な地位を元にビジネスを展開することと、著作権の保護期間に関して自らに有利な結論を導くために「原始的著作者」としての監督の存在を利用することは決して矛盾することではないし*10訴訟戦略としても当然のやり方だと思うのだが、この主張自体が、新たな紛争を招きかねない「両刃の剣」であることは、心に留めておいた方が良いのではないか・・・と老婆心ながら筆者は思うのである。


なお、本件での被告側の主張にはなかったようだが、旧著作権法の下でも、現行著作権法と同様の要件の下で法人著作の成立を認める裁判例がいくつかあったように思われ、これらの要件充足性を被告側が主張した場合にどのような結論になるのか、考えてみると面白いかもしれない*11


(追記)

脚注内での「立法者意思」という表現が、誤解を招きかねないものだったので、修正した(bn2islander氏のブクマでの指摘によって気付いた。感謝申し上げたい)。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070914/1189784014#tb参照。

*2:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070919115951.pdf

*3:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070919121214.pdf

*4:1事件と2事件の判示内容はほぼ同じであるため、以下では1事件のページ数のみを記載するものとする。

*5:同種の先行事案において「立法者意思(と思われていた見解)」が否定されて権利者側が敗北したことを考えると、裁判所もあまりにあっさり「俗世の立法者意思(らしきもの)」を肯定しすぎではないか・・・?という皮肉の一つも言いたいところではあるが。

*6:いずれも知財業界では定評のある事務所である。

*7:「ローマの休日」はアンダーソン毛利友常法律事務所(中元紘一郎、宮垣聡、佐々木慶の各弁護士)、「シェーン」はTMI法律事務所(遠山友寛、升本喜郎、宮澤昭介の各弁護士)がそれぞれ代理人となっていた。

*8:ちなみに「シェーン」事件では、原告パラマウントが著作者である、ということが「争いのない事実」として認定されている(「ローマの休日」事件ではこの点について何ら認定はなされていない)。

*9:その意味で、「「知」的ユウレイ屋敷」における「かんぞう」氏の主張は、決して的外れなものではないと考える(ご本人が削除された箇所ではあるが、http://chiteki-yuurei.seesaa.net/archives/20070915.html参照)。

*10:元々監督等個人が著作者になる、という見解が通説だったのだとすれば、本件訴訟での原告の主張によって何ら実態が変わったわけではない(単に多くの人が忘れていた、ないし知らなかった事実が明るみになっただけに過ぎない)。

*11:もちろん本件訴訟で原告が援用した「立法者意思」とは矛盾することになるだろうが、世の中で通説的見解を思われている「立法者意思(らしきもの)」が常に優先されるとは限らないことは、既にロマ休&シェーンが実証済みである。

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