ささやかな疑問符

昨年に引き続き第2号が出た「東京大学法科大学院ローレビュー」。


掲載されている学生論文の中には、法科大学院の厳しいカリキュラムの合間で、よくまぁこんな力作を仕上げたものだ、と唸らされるものも見受けられるのだが、そんな中、ちょっと厳しめの批評を一つ。



ローレビューに掲載された学生論文の中に、「共同開発契約において成果帰属を共有とする場合の問題点」と題された論説がある*1


執筆者の言葉を借りれば、この論稿は、

「開発による成果の帰属の取極めについて、筆者が経験してきた契約実務も踏まえつつ、当該取極めの法的問題点を検討し、その対応策を考える」(52頁)

というものであり、「共同開発契約において「成果の帰属を共有とする」ことの意義を(「実施権許諾」スキームと対比しつつ)検討した上で、民法上の規律に照らして「共有」とすることのデメリットを指摘し、その改善策を提示する、という内容で構成されているものである。


しかし、自分自身は、どうしてもこの論稿において論じられている中身に違和感を抱かざるを得ない。


そして、その理由を突き詰めていくと、この論稿のコアとなっている「特許権の共有に関する民法の規律」の部分に関する問題の立て方に無理があるのではないか、という結論に行き着くのである。


・・・・・・

本稿で論じられている「民法の規律」、特に物権法による規律としての、「共有物分割請求」を成果共有者の一方から切り出されるリスクが存在する、ということ自体は自分も否定するものではない*2


だが、そのような問題が「共同開発契約」の締結に伴って必然的に生じる問題か、といえばそれは疑問だ。


なぜなら、共同開発契約においてひとたび開発成果の帰属を定めたならば、開発契約関係が存続しているか否かにかかわらず、いったん定まった「帰属」の効果が揺るぐとは考えにくく*3、仮に共有関係にある一方当事者から共有物分割請求がなされることがあったとしても、それは、本稿の執筆者がいうところの「共同開発契約関係の終了」とは必ずしもリンクしないからだ。


もちろん、企業間の共同開発スキームを終わらせたい、と考えた一方当事者が、戦略的な理由から特許等の共有関係を解消したいと考えることはあるだろうし、そのようなリスクを回避するために、共同開発契約に何らかの定めを設けることが全く無意味というわけではないのだが、共同開発契約の期間満了後も共有関係が維持されていた特許について、共有物分割請求が問題になったときのことなどを考えると*4

「「共同開発契約が終了する局面における、共有に係る特許権の分割方法」を、対価の算定方法をも含めて、共同開発契約において具体的に定める必要があると考える。」(66頁)

という本稿執筆者の主張には、イマイチ説得力が感じられない*5


本稿執筆者は、

「共有に係る特許権に関する「分割方法」の特約まで定めている例を、少なくとも筆者は知らない」(66頁)

とも指摘しているのだが、上記の理を鑑みれば、それ自体決して不自然なことではないように思われる*6



このように、本稿は、実務的・理論的に見て、やや無理のある展開で筆を進めたがゆえに、論旨展開のぎこちなさや、結論に引っ張っていく過程での強引さが、どうしても目に付いてしまうものとなっており、それが何とも残念だ。


以上、この種の論文を書くことの難しさは重々承知しているし、目の付け所は決して間違ったものではないだけに、より一段のブラッシュアップを期待して指摘する次第・・・。

*1:大場規安「共同開発契約において成果帰属を共有とする場合の問題点」東京大学法科大学院ローレビュー第2巻51頁(2007年)(http://www.j.u-tokyo.ac.jp/sl-lr/02/papers/v02part06.pdf)。

*2:もっとも、大学関係者が声高に力説するような、いわゆる「不実施補償」と共有物分割の問題をリンクさせる見解(例えば典型的なものとして、http://sangakukan.jp/journal/main/200601/0601-07/0601-07.pdf高橋雄一郎「「不実施補償」要求の法的根拠」)といったものがある。)には自分は組していない。無体情報財である知的財産権の場合、一方当事者(主に企業側)が利用(実施)しているからといって、他の当事者(主に大学側)の利用に制約が出るわけではなく、一方当事者に独占的な利用権が設定されてでもいない限り、他方当事者が自ら利用し、あるいは第三者に利用許諾することは何ら否定されないのであって、「不実施補償」なる発想は本来出てきえないものであるはずだからだ(「共有物分割請求」が可能だとしても、それは「不実施補償」なるものとは別次元の話であり、ましてや両者で支払われる代価が同一ということには成り得ないと考える)。

*3:開発契約で一方当事者に「単独で帰属する」とされた成果の帰趨が開発契約終了とともに不確定なものになる、とした場合に、どれだけの不都合が生じるかを考えれば容易に理解できる話だし、仮にそのような法的効果が発生するとしても、普通の企業・大学であれば、契約終了後の効力残存条項等で当然にケアしておくことだろう。

*4:特許技術の実用化にはある程度の時間が必要だし、維持管理費用の負担の問題等も、一定の年月を経て表面化する話であることを鑑みれば、現実にはこのような場面の方が多いのではないかと思う。

*5:共同開発契約が終了してもそのまま共有関係が維持されることは決して稀ではないし、共同開発契約終了後の一方当事者による共有物分割請求への対処まで共同開発契約で縛ることができるかは疑問も残るところである。

*6:また、実務的には、共同開発契約ではなく開発成果を特許として出願する際に、共有権者との間で締結する契約(出願契約)に、「権利が不要になった場合は放棄(or無償譲渡)する」という条項が盛り込まれていることも多いのではないかと思われる。

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