企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2007-12-17

[][]ひこにゃん、ひこにゃん、ひこにゃんにゃん?

めでたしめでたし、というべきか、調停ならではのトンでも事例、というべきか、評価に苦しむところだが、とりあえず以前本ブログでも取り上げていた*1「ひこにゃん」をめぐる民事調停が決着に至ったようだ。


大体、「民事調停」なんて制度が機能するのは、近所のヒマなおじさんおばさん同士の喧嘩を裁くような時だけで、筋を通す会社や地方公共団体であれば、法律論そっちのけで調停案を押し付けられてくる調停委員に閉口して、さっさとテーブルを蹴っ飛ばしてしまうのが常なのだが(苦笑)、そこは琵琶湖畔ののどかな城下町のこと、納まりの良い落ち着きどころを見つけて、万事解決ということになったらしい。


多くの人に愛されている「ひこにゃん」が使用中止を免れた(とはいっても、グッズ等での使用をめぐっては、もへろん氏の一件に関係なく(?)ちょっとした騒動になっているようであるが)こと自体には率直に賛意を表したいところだが、ニュース等で伝えられている内容を見ると、ちょっとクビを傾げたくなるところもある。


例えば、「毎日JP」の記事によると、

「調停条項は、作者がデザインした三つの図柄について、市の商標権を認める一方、市側は作者に著作権があることと、三つ以外の図柄の著作物の創作を認める内容。」

ということであるが、「ひこにゃん」の著作権が作者から市側に譲渡されてしまっていたからこそ、もへろん氏側は「商標の使用中止」という苦しい主張に頼らざるを得なくなっていたのではなかったか。


「三つ以外の図柄の著作物の創作を(デザイナー側に)認める」というのは、この種の紛争の落としどころとしては無難なところだが、既に締結されているはずの著作権譲渡契約との折り合いをどのようにつけるのか(契約時点で一応はそれなりの対価が支払われているはずなのだが・・・)、どうにも判然としない*2


「市は、ひこにゃんの3図柄を管理し、使用許諾をした業者らの名簿を08年度〜27年度まで毎年1回、作者側に報告。著作権や商標権の侵害がある時は双方が協議する。」

これも当たり障りない話ではあると思うが、なんでまた20年間なんて中途半端な期間を設定したのか、が良く分からないし、著作権侵害はともかく(市が管理する3図柄以外の著作権がもへろん氏側に留保されていると考えれば、の話)、商標権侵害について、なぜ市がいちいち何ら権利を有しないデザイナーと協議しなければならないのかも理解できない。

「3図柄以外の類似のイラストについては、作者が絵本などにすることを市側が認め、公表の際は事前協議する。「肉が好物」などと性格付ける「翻案権」は作者と市のどちらにあるかは「不分明」とし、あいまいにした。」

「「肉が好物」などと性格づける」ことが「翻案権」の問題ですと・・・!?


著作権はあくまでキャラクターのデザイン(表現)を保護する権利であって、キャラクターそのものアイデアやコンセプトを保護する権利ではないはずなのだが・・・


更に言えば、最初の調停条項でもへろん氏側に帰属することになったはずの「3図柄以外の類似のイラスト」を使って、「もへろん氏が絵本を出す」行為について、公表の際に市と事前協議が必要・・・とは、もう混乱して何がなんだか分からない。


結局、市側としては、今後も何らかの形で「ひこにゃん」が使えれば、もへろん氏側としては、「原著作者」としてのステータスが認められれば、お互いそれで良かったわけでそれ以上細かく法的検討を行う必要はなかったのだろうし、当事者のみならず、代理人や調停委員も著作権や商標権にそんなに詳しいわけではなく、とりあえず“かたが付けば”良かったのかもしれない。


だが、これが知財紛争の決着の付け方か・・・と脱力感を感じてしまうのは筆者だけではないと思う。


客観的にみると、本件における譲歩の度合いは、彦根市側の方がは遥かに大きい。そして、一時は良くても、今後のキャラクターの使用を考えた時、ここで市側が譲歩してしまったツケは、後々大きく響いてくる(特にキャラクターの商品化を目指すライセンシーにとって)ように思えてならないのだ・・・。


(補足)

coquelicotlog氏がブクマで指摘してくださった「asahi.com」の記事を見てようやく合点がいった。

「調停案では、考案者の著作者人格権を認め、商標権は同市に、著作権は同祭実行委にあるとした。その上で、市側は3種類の原画イラストの適正な管理に努め、これ以外の変形イラストの使用は認めない▽来年以降、市などがイラストの使用を許可した業者などの名簿を毎年、考案者側に報告する――などとしている」

これなら理解できる。というか、まぁ当たり前のことしか言ってない*3


そうはいっても、最初の譲渡契約がきちんとしていればもへろん氏の著作者人格権は自由に行使できなくなっていても不思議ではないところ、創作者のステータスを最大限尊重し、現在の著作権者である実行委員会を通じて、野放図な改変に対するコントロールを及ぼせる機会を与えた、という点に、今回の調停案の最大の意義があるといえるだろう。


関心を持つ層が限られるローカルニュースとはいえ、天下の大新聞の記者でさえ多くは調停案の意味するところを解しかねている、というあたりにコンテンツをめぐる権利関係の難しさがあるのであって、それを世間にあらためて知らしめただけでも、今回の騒動には意味があったかなぁ・・・と思う次第。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071112/1194796869#tb

*2:この辺は調停条項の問題というより、調停条項(というか知財制度そのもの)の内容を理解せずに報道しているメディア側の問題なのかもしれないが。

*3:著作者人格権は創作者に一身専属的に帰属するものだから、これ以外の結果が出るはずもない。

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