企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2008-02-15

[][]問題は雇用形態にあるのではない。

誰にでも間違いはあるが、「エグゼクティブの味方」を標榜する新聞にしては、ちょっとこの間違いは酷い・・・と思わせてくれた記事を一つ。

「請負会社の指示で働いていた男性が製缶工場で転落死したのは安全対策の不備が原因として、遺族が製缶会社と請負会社に1億9000万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁山田俊雄裁判長は13日、「製缶会社に実質的な使用従属関係があった」と認め、二社に約5100万円の賠償を命じた。原告側は「偽装請負を認めた画期的な判決」と評価した。」

日本経済新聞2008年2月14日付朝刊・第42面)

原告側が判決をどう評価しようが自由なのだが、見出しは本来、冷静かつ客観的に付されるべきだろう。


なのに、何を間違ったのか、日経紙はこの記事に対して、

派遣先にも使用者責任

などという見出しを付けてしまっている・・・。


そもそも「使用者責任」というと、本来の意味は、

「ある事業のために他人を使用する者(使用者)が、被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えた場合にそれを賠償する責任」

ということになるから、使われる文脈が全く違うのであるが、日経による「使用者責任」の用法を「使用者として責任を負うこと」を指すものと善解したとしても、やはり間違っていることに変わりはない。



この記事(及び同じニュースを取り上げている他社の記事)による限り、本件(大和製缶事件)について裁判所が下した判断のキモは、

(被告である大和製缶が)「安全配慮義務を負う」

という点に尽きるのであって、被告と原告が(労働関係諸法上)使用者・被用者の関係にあったかどうか、などということについては、何ら触れられていないように思われるし、ましてや被告が「使用者として」の責任を負うなどということは、どこにも書かれていないことであるように思われる*1


「安全配慮義務」とは、

ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」

であって、それが認められるための要件として、直接の雇用関係の存在が要求されるわけではない。


実際、「偽装請負」なんて言葉が登場するずっと前から、直接の雇用関係が存在しなくても安全配慮義務が認められた事例は存在する*2


本件においても、いわゆる「偽装請負」が認められようがいまいが(被告が原告にとっての「使用者」であろうがあるまいが)、「請負発注会社」が管理する工場において「請負受注会社」の社員として働いていた以上、当然に安全配慮義務が認められる余地があったはずで、「「偽装請負」だったから原告が勝訴した」かのように述べるのは、判決の解釈としては誤りといわざるを得ないと考えている*3



ちなみに筆者は、最近の「偽装請負」問題の実質は、

(1)請負会社社員の賃金が不当に低く抑えられていること。

(2)請負発注側が、請負関係にあることをもって、請負会社の労働者側に生じた責任を回避する傾向にあること。

に尽きると思っていて、賃金条件の適正化と*4、「安全配慮義務」違反による責任を広く認めていくことによって、実質的な問題のほとんどは解消されるのではないかと思っている。


雇用形態が「請負」だろうが、「派遣」だろうが上記2点が満たされていれば何ら問題はないし、逆に「正社員」であっても、これらが満たされていないケースはゴマンとある。


にもかかわらず、あたかも「請負契約」を用いたスキーム自体が「悪」であるかのような批判を展開したメディア等の影響で、職場で一緒に働いている社員に対して気軽に声もかけられない、といった窮屈な状況が生じてしまっているのが、今の多くの職場の現状だ。


雇う側にしてみれば、工場労働者にしても建築作業員や引越し作業員にしても、普通に採用をかけたところで、“3K”嫌いの若者にそっぽ向かれて人が集まらないから、請負会社に頼っているのに、現場で丁寧に指示を出そうとしたら、「偽装請負だ!」と叩かれて頭を抱えてしまうことになるし、それで現場の指揮系統が混乱して、働いている側にも余計にストレスがたまることになる。


派遣契約で労働者を受け入れれば、一応「偽装請負」バッシングを免れることはできるが、「喜ぶのは厚生労働省だけ」という労働者派遣法のガチガチの規制の下では、使用者にとっても労働者にとってもやりにくいことこの上ない。


「労働者搾取」の問題は、どのような雇用形態の下でも起こりうるのだから、この際、契約形態に関する無駄な議論に労力を割くのはやめにして、現場レベルの労働者の純粋な待遇改善を図るとともに、リスクを負おうとしない事業者に対して、(役所の介入ではなく)私法による制裁を加えていくのが望ましい姿なのではないだろうか。


今回の判決をそのような文脈で捉えるなら、確かに「画期的な」マイルストーンといえるものになるのかもしれない。


だが、「偽装請負」が認められたかどうか、などという視野の狭い感覚で判決を捉えている限り、問題の本質的な解決には決してつながらないように思えてならないのである。

*1:このあたりは判決文を読まないと何とも言えないところではあるのだが。

*2:下請企業の従業員の死亡事故につき、元請会社の安全配慮義務違反が認められた事件として、最一小判昭和55年12月18日(鹿島建設事件)がある。さしあたり、http://www.super-sr.com/research005.htmlなどを参照されたい。

*3:「偽装請負」撲滅を叫ぶ側からすれば、このような言い方をしたほうが爽快なのかもしれないが、見方を変えれば「偽装請負」が認められないと安全配慮義務違反も成立しない、という解釈につながる可能性もあり、「偽装請負」認定が契約上のテクニック次第でいくらでも回避できることと合わせて考えると、このような解釈は労働者にとって決して有利なものとはいえない。

*4:このあたりは折からの労働人口減少問題ともあいまって長期的には確実にプラスの方向に向かっていくことになろう。

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