筆の滑りすぎ。

巷で公開されている判決をいろいろと眺めていると、時々“筆滑りすぎやろw”と言いたくなるような威勢の良い判決を見かける。


簡単に結論が出せるような事案で、大上段に振りかぶった(しかも後々物議を醸しそうな)論理を大展開していたり、結論とは全く関係しないところで、「なお・・・」で始まる余事記載を連発していたり、と、試験の答案なら、良くて「無益的記載事項」、下手をすれば「有害的記載事項」と認定されてしまいそうなものも、中にはあったりする。


当事者の過激な主張に応えるため、とか、単なる裁判官の趣味、だとか、理由はいろいろあるようで、大概、上級審に行けば枝葉末節が切り取られた美しいものになっていくのが常だから、地裁レベルの判決でイチイチ目くじらを立てるのは大人気ないのかもしれないが、やっぱり、実務屋としてはどうしても突っ込みたくなるようなものもあるわけで・・・。

大阪地判平成20年2月18日(H18(ワ)第8836号)*1

原告:株式会社サンライト、株式会社マルフク
被告:株式会社多川商事


本件は、被告が有する特許権等について通常実施権許諾契約(ライセンス契約)を締結していた原告らが、

(1)実際には自己の製品等が特許に抵触していないにもかかわらず、被告が虚偽の説明をしたために、誤認により(ライセンス契約を)締結したものである。したがって、契約を詐欺により取り消す。

または、

(2)要素の錯誤により契約は無効である。

と主張して、支払済みのロイヤリティ相当額の不当利得返還請求を行った事案である。



原告らが主に問題にしたのは、本件特許の発明者P1が、「ニュースステーション」の中で、本件特許を称賛する発言を連発し、被告の実質的な代表者であるP3がその録画を原告に見せるなどして、原告らの代表者を“欺罔”したという行為であった。


だが、被告の特許権(「太陽電池装置」、第2964859号)の特許請求の範囲の記載を見ると、

「一日の日射量が雨天あるいは曇天の場合を想定し,その想定した雨天あるいは曇天の日射量で負荷が一日に消費する電力を発電するだけの容量を有し,日陰の場所にて設置可能な太陽電池と,前記太陽電池が発電した電力を蓄積し,負荷が一日に消費する当日分の負荷電力を供給するだけの蓄電容量を有する電気二重層コンデンサと,周囲の照度が設定値を越える場合には前記太陽電池からの電力を前記電気二重層コンデンサに充電し,周囲の照度が設定値以下の場合には前記電気二重層コンデンサに蓄積された電力を負荷に供給して毎日充放電を繰り返すという制御を前記太陽電池の出力を検出することに基づいて行う負荷制御回路とからなることを特徴とする太陽電池装置。」
(2-3頁、強調筆者)

と(特許のクレームにしては)極めて平易な用語で構成されており、特許の技術的範囲の外形を把握するのはさほど困難な作業ではないことが分かる。


にもかかわらず、被告は「フォトトランジスタの信号により照度を検出することにより制御を行う」タイプの太陽電池装置が、「上記特許の技術的範囲に属する」と判断してライセンス契約を締結してしまった、というのであるから、上記のような被告側の行為があったとしても、原告らの重過失を認めて取消・無効の主張を退けるのが妥当と思われ、この点において、判決の結論に異論はない。


だが、裁判所が冒頭で述べている以下のくだりについてはどうか。

特許権者,専用実施権者(以下「特許権者等」という。)から特許権の通常実施権等の許諾を受けるのは,許諾なく特許権を侵害する製品を製造販売する事業を行った場合,差止請求や損害賠償請求を受けるため,これを避ける必要があるからである。そして,特許権を侵害する行為については過失が推定されるから(特許法103条),特許権を侵害するか否かについての調査は,上記推定を覆すに足りる程度に行わなければならない。したがって,ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者には,特許公報等の資料を検討し,その製品と特許権との抵触関係(侵害するか否か)を判断して,特許権者等からの許諾を受けるか否かを決定することが求められているというべきである。」(12頁)

本判決の中では、続いて、

「証拠(甲2)によれば,本件特許公報を検討すれば,本件発明に係る技術分野の製品を製造販売する事業を行おうとする事業者として普通の知識を持つ者であれば,本件特許が「周囲の照度が設定値を越える場合には前記太陽電池からの電力を前記電気二重層コンデンサに充電し,周囲の照度が設定値以下の場合には前記電気二重層コンデンサに蓄積された電力を負荷に供給して毎日充放電を繰り返すという制御を前記太陽電池の出力を検出することに基づいて行う負荷制御回路」を用いて電圧方式による制御をするものであることを容易に知ることができることが認められる。」(12頁)

と述べられているし、原告らが問題視したP3らの行為についても、

「本件放送の内容及びP3の上記言動は,事業者が特許公報等の資料を検討して本件特許の技術内容を判断するに当たり,技術的範囲の判断を誤らせたり,内容を誤認させたりするようなものということはできない。」
「P3は,技術的なバックグランドがなく,非常に大雑把な人であり,そのことはP3と10分も話をすれば分かることであって,P6(注:原告代表者)もP3に技術的なバックグランドがないことは認識していることが認められるから,「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」の代表者であるP6としては,P3が見せた本件放送の録画やその言辞によるのではなく,特許公報等の資料を検討した結果によるべきであることは,なおさら容易に認識できるところである。」*2
(以上、13-14頁)

と認定したのであるから、本来、「事業者の義務」として特別なものを設定する必要すらなかったように思う。


にもかかわらず、本判決は、冒頭に引用した「事業者の義務」を執拗に持ち出す姿勢を見せており、筆者としては、この点に違和感を抱かざるを得ない。


更に問題なのは、裁判所が最後の最後で、上記の「義務」を更に補強し、

「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者には,特許公報等の資料を検討し,その製品と特許権との抵触関係を判断して,特許権者等からの許諾を受けるか否かを決定することが求められていることは前示のとおりである。この時の注意義務は,我が国において有効なあらゆる特許を対象として調査し,その製品とそれらの特許権との抵触関係を判断すべき義務であって,非常に広範囲に及んでいる。」(16頁)

と述べたくだりである。


ここまで来ると、“もはや世も末”というべきで、「あらゆる特許」を調べ上げることがそんなに容易い仕事ではない、ということはあえて説明しなくとも分かることだろうし、そこまでの高いハードルをここでライセンシー側に課す必要があったのかは、大いに疑問である。

「他方,特定の特許権の通常実施権許諾契約を締結しようとする場合には,特許権はすでに特定されており,当該特許権についてだけ調査判断すれば足り,極めて容易に行えることである。そして,本件特許公報を読めば,太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触するわけではないことは容易に認識できるのであるから,この認識をしなかったことについて,原告らには事業者としての重大な過失がある。」(16頁)

というくだりなどを見ていると、本件においては、上記のような大上段に振りかぶった議論をするまでもなく、結論が出せた事案のように思えてならないのである。


特許の実施許諾を受けようとする以上、その特許がどういう内容のものか、自己の製品とどのような関係に立つのか、を調べるのは(商人であれば)当たり前の話であり、相手方の言を軽々しく盲信し、漫然と契約を締結して、後から「金返せ」などといったところでそれが認められる道理などないであろう。


そして、本件では、当業者の通常の注意力をもってすれば、被告の「セールストーク」を盲信するなどあってはならないことだから、その時点で原告らの主張は意味をなさないことになるし、仮に、原告らに何らかの義務を認めるにしても、せいぜい「実施許諾の対象となっている特許を調べる義務」の程度で認めるのが限界だと思われる*3



裁判所としては、潜在的な特許ライセンシーとなり得る全ての事業者に向けて、特許の意義とその重要性を、高らかに宣言したかったのかもしれない。


だが、それは本件訴訟を解決する上で、さほど重要な話ではないし、高らかに宣言された側の「事業者」にしてもいい迷惑と言うほかない。


本件訴訟が上訴されているのか否かは、筆者の知るところではないが、もし控訴審に移行するのであれば、次は余分な枝葉を切り取った、すっきりとした判決を見られることを願うのみである。

*1:第26部・山田知司裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080219143647.pdf

*2:太線強調部のような認定が果たしてどんな証拠から出てきたのか、個人的には気になるところであるが(笑)、ここではあえて突っ込まないでおく。

*3:これは冒頭で裁判所が提示した「義務」と似ているようでちょっと違う。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html