著作権という名の難解なパズル

著作権が難しいのは、法律の条文に書かれていないところで展開されている解釈論が多い、というのもさることながら、定立された規範に照らした“当てはめ”が事案ごとに安定していない、ということにもあるように思われる。


ここで取り上げる判決も、まさにそんな著作権の不可解さを感じさせるものの一つだといえるだろう。


“頭の体操”をしながら著作権についても学べる画期的(笑)な判決である一方で、著作権がパズル以上に難解なものであることをあらためて感じさせてくれる好事例としてでご紹介することにしたい。

東京地判平成20年1月31日(H18(ワ)第13803号)*1

本件は、「パズルの帝国」や「超脳パニックあるなし“クイズ”」といった書籍を出版している原告が、「右脳を鍛える大人のパズル」等の著作で知られる被告を相手取って提起した訴訟であり、原告が制作したパズル(12問)を被告が複製・翻案したか否かをめぐって争われたものである*2


(原告書籍)

頭がよくなる算数パズル事典 (てのり文庫―事典シリーズ)

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(被告書籍)

右脳を鍛える大人のパズル

右脳を鍛える大人のパズル


当事者は12問のパズル一問ごとに、著作物性や複製・翻案の成否を争ったのであるが、これらのパズルはいずれも数学、物理等の“実践的応用問題”ともいうべき「古典的な」パズルの範疇に属するものであっただけに、これらについて独自の創作性が認められるか?という点がもっとも激しく争われることになった。


裁判所は、

「複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして、「創作的に」表現されたというためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、作者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきである。換言すれば、何らかの個性を発揮し得る程度に、いくつかの表現を選択することが可能なものである必要があり、文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、作者の個性が表現されたものとはいえないから、創作的な表現であるということはできない。」(37-38頁)

「数学の代数や幾何あるいは物理のアイデア等を利用した問題と解答であっても、何らかの個性が創作的に表現された問題と解答である場合には、著作物としてこれを保護すべき場合が生じ得るし、これらのアイデアを、ありふれた一般的な形で表現したに過ぎない場合は、何らかの個性が創作的に表現されたものではないから、これを著作物として保護することはできないというべきである。」(38頁)

という規範を提示した上で、個別のパズルにつき判断を行っている。

パターン1・著作物性、著作権侵害をともに肯定したもの

まず、裁判所はパズルAについて、被告パズルが原告パズルの翻案に当たることを肯定した。


これらのパズルは、いわゆる「結び目問題」というもので、両パズルの問題は、

(原告パズルA)
「1本の糸を用いて、この糸を上下に交差させた部分(以下「交点」という。)を6点有する形状のものをAないしDの4箇所にわたって設け、その糸の両端を引いた際に結び目がAないしDのいずれにできるかを当てさせる問題」(38頁)
(被告パズルA)
「同様に交点を6点有する形状の(1)ないし(4)のひもを並べ、それぞれ両端を引っ張ったときに結び目ができるもの一つを選ばせる問題」(39頁)

というものであったのだが、裁判所は、「このような着想によるパズルは、平成11年発表の原告パズルAよりも以前から存在」していた*3ことを認め、

「原告パズルAと被告パズルAに共通する6箇所の交点を持つ糸あるいはひもの形状それ自体は、図形と同一視できるものであるから、この6箇所の交点を持つ糸あるいはひもの形状それ自体を特定の者に独占させることは相当ではなく、これらの各糸あるいはひもの形状自体を著作物として保護することは相当ではない」(39-40頁)

としつつも、

「パズルの性質上、組み合わせる交点の数は一定の範囲に限られると考えられるものの、交点の数を6とするかその前後の数とするかについては選択の余地があり、また、交点の数を6と決めた場合でも、まず、全体の糸あるいはひもの数を4通りとするかその前後の数とするかについて選択の余地があり、さらに、糸あるいはひもの数を4通りとした場合でも、6箇所の交点を有する糸あるいはひもにおける、各交点における糸あるいはひもの上下関係や複数の交点の配置の選択の範囲は、少なくとも64通り(2の6乗)存在するのであるから(なお、左右対称のものを同一と見ても32通り存在する。)、この中から、両端を引っ張って結び目を作らないものを3通り、結び目を作るものを1通り選択して問題を作成する場合、その選択(組合せ)については、作者により様々な選択(組合せ)が考えられるものである」(40頁)

と述べ、被告パズルにおける結び目を作らないひも3種類が、原告パズルと全く同じ形状のひもであった点や、残り1種類のひもが、「3ヶ所の交点の組合せが異なる形状」であるものの全体としてみると「原告パズルAの糸の形状と類似している形状のもの」であることをもって、被告パズルが原告パズルの翻案であるとしたのである。


同様に侵害を肯定したパズルF(3種類の缶を載せた二つの天秤の釣り合いの状況から、3種類の中で最も軽い缶を答えさせる問題)もそうなのであるが、多数の選択肢が考えられる状況で、選択したものが同一であれば裁判所の心証はどうしても侵害肯定の方に傾いてしまうのは否めないだろうから、この結論自体を非難することはできない。


だが、被告側の言葉を借りれば、本件において被告側は

「被告の協力者である丙氏から提供された資料と、被告代理人講談社の資料室において2,3時間、子供用のパズル書籍を検索した結果を証拠として提出しただけ」

ということであり、過去の同種のクイズをくまなく調査して提出していれば違う結論になったのでは・・・?という思いはどうしても拭えない。


また、本判決では、このほか同様に侵害を肯定したものとして、パズルE(日没直前に東と北を撮影した2枚の写真のいずれが東を撮影した写真で、いずれが北を撮影した写真であるかを問う問題)がある。


これについては、いろいろ論じられているものの、

「このような着想によるパズルは、本件訴訟に顕れた証拠で見る限り、平成3年発表の原告パズルE以前には見当たらない。」(48頁)

という点が、結局は大きく影響したのではないか、と思われる。


だが、実のところ、筆者はこれと同じようなパズルを小学生の頃、「小学●年生」か何かの付録で見たことがあるような気がする。


ゆえに、もう少し時間をかけて調べれば、これまた(少なくとも本判決の論理でいくならば)結論は変わってきたように思えてならない。

パターン2・著作物性、著作権侵害をともに否定したもの

裁判所は、「正四角柱をナイフにより三等分させる」問題であるパズルBについて、著作物性を全面的に否定した。


この問題の答えは、「正方形のりんかくを3等分(16cmずつ)し、正方形の中心とそれらの点を結ぶ線にそって切ればいい。」というものであるが*4、裁判所はここで、

「以上を踏まえて検討するに,原告パズルBと被告パズルBとで共通する,正四角柱のものをナイフで三等分する場合に,三角形の面積が〔底辺×高さ÷2〕で算出されることと,正方形の中心点から四辺への垂線の長さが同じになることに着想を得て,表面の正方形の四辺を三等分することと,それらの各点と正方形の中心点とを結び,その線によって切るとの解答自体は,数学的解法(アイデア)そのものであり,これを特定の者に独占させるのが相当ではないことは明らかである。」(42-43頁)

と述べ、

「原告パズルBの解答は、被告パズルBの解答がこれと実質同一ないし類似するものであるものの、具体的な切取線を記載した図面をあわせて考慮しても、数学的な解法(アイデア)をありふれた態様で表現したものにすぎず、作者の個性が表現された創作的な表現であると認めることはできない。」(43頁)

としたのである。

パターン3・著作物性は一応肯定するが侵害は否定したもの

さて、全てのパズルが上の2つのパターンに集約できれば話は簡単だったのであるが、実際には、ここにある「一応著作物性は肯定したが侵害は否定した」ものが最も多い。


例えば、原告パズルCは、

ルービックキューブのように,白い小さな立方体を27個机上に積み上げて大きな立方体にして,机と接する面を除く5面に黒いスプレーを吹きつけた場合に,6面全部が白いままで残る小さな立方体の数を問う問題」(44頁)

であるが、裁判所は、

「白い小さな立方体を36個机上に積み上げて大きな直方体にして,机と接する面を除く5面に黒いスプレーを吹きつけた場合に,6面全部が白いままで残る立方体の数を問う問題」(44頁)

である被告パズルCとの比較において、

「小さな立方体複数個を積み上げて大きな立方体ないし直方体とした場合に、大きな立方体ないし直方体の5面のいずれにも接していない小さな立方体の数がいくつであるかということは、数学的解答(アイデア)自体であり、これを特定の者に独占させることが相当ではないことは明らか」(45頁)

とした上で、

「スプレー缶やテーブルのイラストなどの点や問題文の細部において原告パズルCと相違しており、また、大きな立体を形成する際に積み上げた小さな立方体の数が36個である点や形成された大きな立体が立方体ではなく直方体である点において、そもそも異なる内容のパズルとなっているものであり、原告パズルCを複製ないし翻案したものということはできない」(45頁)

としたのである。


これと同じような論法を用いたものとして、パズルD(天秤問題)、パズルG(アナログ時計を2枚の鏡に反射させた際の時計の像の見え方を問う問題)、パズルH(ナイフを4回使って表面にデコレーション文字が書かれている円柱型ケーキを同じ形に8等分するという問題)、パズルI(マッチ棒5本を使って、3通りの円に関する文字又は円の形を作らせるという問題)、パズルJ(1000-1=10が成り立つ場合を答えさせる問題)*5といったものがある。

難解なパズル・ゲーム

以上、本判決における著作権侵害判断を3つのパターンに分けて見てきた。


それぞれのパターンにおいて裁判所が述べた一般的判示は、これまでの判例・学説に照らしても基本的に間違っておらず、特に、

「原告パズルCは,上記のような数学的な解答(アイデア)自体やこれを一般的な表現でパズルの問題として作成し表現した部分について,広くその保護範囲を認め,この範囲で共通している他人作成のパズルについて著作権侵害を認めることは困難であるものの,具体的なイラストや問題文全体に作者の個性が表れている場合にのみ,これを著作物として保護し,その保護範囲も具体的なイラストや問題文の表現に則して,デッドコピーのような場合について限定的に認めることはあり得るところである。もっとも,原告パズルCについて,このような著作物性を認めたとしても,その保護範囲は具体的な表現に則して限定的に解すべきであり,被告パズルCがその複製ないし翻案といえないことは上記のとおりである。」(46頁)

という判示に典型的に顕れているパターン3の判旨などは、非常にバランスのとれたものといえるから、特段論難する必要は感じられない。


だが、問題は、実際のパズル問題に照らして、パターン1〜3に分けて結論をたがえる必要がどこまであったのか、ということにある。


著作物性が否定されたパズルBだって、問題文や解答を示す際の表現には独自の創作性が認められるところはあるだろうから、パターン3に分類されても何ら不思議はないし、逆に侵害が肯定されたパターン1に属するパズルの中にも、冷静に考えればアイデアしか共通していない、といえるものはあるように思われる(先述したとおり、この辺りは同種のクイズを探しきれなかった立証の不十分さにも起因しているのであるが)。


本件では一部のパズルについて著作権侵害が認められたことで、被告に対して計86万9539円の金員支払いが命じられているのであるが、被告にしてみれば、この金額以上に受けた痛手は大きいことだろう。


そして、その“痛み”を「しょうがない」と思わせてくれるほど、各パズルの侵害肯否に関する裁判所の判断が安定したものだとは筆者には到底思えないのである。


恐らく当事者は、パズルAからLまでの判断を整合的に理解するために、パズルを作成する以上の労力を必要とすることだろう。


そんな無駄な労力を使わなくて良いように、本件の上訴審(このまま続くのであれば)、あるいは今後の同種訴訟においては、もっとすっきりとした判断を望みたい*6

*1:第46部・設楽隆一裁判長。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080220103513.pdf

*2:パズルの内容についてはhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080220163624-1.pdf参照

*3:例えば、昭和44年発行の書籍(乙1)に同種の問題が存在していることなどが認定されている。

*4:悲しいことに筆者はこの答えがすぐには出てこなかった・・・。

*5:なお、一種のなぞなぞとも言うべき、パズルJ(「山があるのに登れない」、「海があるのに泳げない」、「川があるのに渡れない」などという条件を満たすのは、地図の中ともう一つはどこかを問う問題)、パズルL(「良い女」、「木の上に立って見ている人」、「田の下の力持ちとして生きる人」がどんな人かを問う問題)については、著作物性について論じるまでもなく、共通点は「アイデア」に過ぎないとして侵害を否定している。

*6:なお、筆者はパターン3が採用するような、「アイデア自体は保護しない。付随する表現の独自性のみを保護する」というアプローチを採用するのであれば、この種のパズルについてはデッドコピー以外は全面的に侵害を否定する、という結論でも差し支えないのではないかと考えている。

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