題号の著作物性

少し遡るが、書籍の題号の著作物性に関して、興味深い判決が出ている。


題して「時効の管理」事件。


争われた題号は、僅か5文字に過ぎないものであるし、原告側には代理人が付いていない、いわゆる本人訴訟だっただけに、あっさり請求が棄却されても不思議ではなかったのだが、思いのほか裁判所が丁寧に判断をしているのが印象的だ。

大阪地判平成20年5月29日(H19(ワ)第14155号)*1

原告:X
被告:社団法人金融財政事情研究会、株式会社きんざい、Y1〜Y3


本件は、被告らが出版した「時効管理の実務」という書籍の題号が、原告が執筆した書籍「時効の管理」の題号の著作権を侵害しており、同時に、被告による題号の使用が不競法2条1項2号ないし1号の不正行為に該当する、と主張して争われたものである。


「題号」の著作権侵害の争点に関しては、もっぱら「時効の管理」という表現の創作性が争われることになったのであるが、裁判所は以下のように述べて、題号の著作物性を否定し、著作権侵害の主張を退けた。

「時効は,民法第一編第七章に規定されている法令用語であって,時効に関する法律問題を論じようとする際には不可避の用語である。昭和63年よりも前から「管理」とは,「?管轄し処理すること。とりしきること。?財産の保存・利用・改良を計ること。→管理行為。?事務を経営し,物的設備の維持・管轄をなすこと。」(新村出編・広辞苑第3版(岩波書店,昭和58年))という意味で日常よく使用される用語であったこと,及び保存行為,利用行為及び改良行為を併せて管理行為と呼び,保存行為には消滅時効の中断が含まれるとする見解が法律学上有力であったことは当裁判所に顕著である。また,昭和63年より前の民法でも「共有物ノ管理」(平成16年法律第147号による改正前の民法252条),「事務ノ管理」(同法697条1項)という用語も用いられている。そうだとすると、「時効の管理」は,時効に関する法律問題を論じようとする際に不可避の用語である「時効」に,日常よく使用され,民法上も用いられている用語である「管理」を,間にありふれた助詞である「の」を挟んで組み合わせた僅か5文字の表現にすぎない。しかも「の管理」という表現も民法に用いられるなどありふれた表現である。以上のことからすれば,「時効の管理」は,ありふれた表現であって,思想又は感情を創作的に表現したものということはできない。」(10頁)

「のみならず,管理行為の一つとして保存行為をあげ,保存行為には消滅時効の中断が含まれる見解が法律学上有力であったことは前示のとおりであるから,消滅時効の中断などの時効に関する債権の管理行為について論じようとするとき,これを「消滅時効の管理」というのはごく自然な表現である。また,消滅時効と取得時効を併せて「時効」といい,時効の中断は,消滅時効に限らず,取得時効についても存在する。したがって,「消滅時効の管理」の意味で簡略に「時効の管理」と表現することも,取得時効も含めた意味で「時効の管理」と表現することも,いずれも創作力を要しないものであって,「時効の管理」は,この点からみても,思想又は感情を創作的に表現したものということはできない。」(10-11頁)

「原告は,?本件手形研究増刊号の編集部は時効を管理するという思想を持ち得なかった,?前記各金融法務事情の中において関沢正彦弁護士のした「時効管理」との表現は,貸付債権の管理と同義で使用されている表現であり,原告の「時効の管理」とは全く異なると主張する。しかし,著作物とは,思想又は感情を創作的に「表現したもの」であって,表現した者の思想自体を保護するものではない。そして,表現としてみると,「時効の管理」は,「消滅時効の管理」と比べて「消滅」の部分が足りないだけであり,「時効管理」とはほぼ同一ということができるから,「時効の管理」は,従来の表現である「消滅時効の管理」や「時効管理」だけからみても創作性が認められないものというべきである。」(11-12頁)


あえて原告をフォローするなら、「時効」を「管理」する、というアイデア自体は、決してありふれたものではないように思うし*2、特に原告書籍が出版された昭和63年時点においては、斬新、とまでは言わないまでも、それなりに新鮮な発想だったのではないかと思う。


だが、そういったアイデアを反映する表現としては、原告書籍の「5文字」の題号はいささか短すぎた、ということになろうか。


ちなみに、書籍の題号については、中山信弘元東大教授の概説書に以下のような記載がある。

「書籍の題号は、単に書籍の内容を示すもの(例えば『民法概説』『刑法綱要』)であったり、極めて短くありふれたもの(例えば『坊ちゃん』『舞姫』)であったりすることが多いため、通常は著作物ではないと解されている。しかしこれも書籍の題号であるから著作物性が否定されるのではなく、題号それ自体には著作物性の要件を満たさない場合が圧倒的に多いというにすぎない。」(中山信弘著作権法』(有斐閣、2007年)71頁)

中山教授は続けて、「従って、仮に俳句を題号にした本があれば著作物性は認められる」とし、「情報の自由な流通の確保」という観点から著作物性を否定する見解(小倉秀夫弁護士が『著作権法コンメンタール』で述べられている見解)を退けている。


実際、この判決においても、あくまで創作性欠如、という観点から題号の著作物性の問題を処理しており、このようなアプローチの妥当性を裏付けているといえる。



なお、不正競争防止法2条1項2号、1号については、

「原告書籍の題号に接した需要者は、原告書籍の題号のうち「時効の管理」という部分を、時効に関する法律書であるという内容を表現したものと認識するに過ぎず、それ以上にこれを商品等表示と認識するものとは認められない」
「上記事実によれば,被告書籍の題号「時効管理の実務」は,管理行為たる消滅時効の中断を中心とする時効に関する法律実務書であるという内容,特徴を表現するために用いられているものであって,出所を表示するもの(商品等表示)ということはできない。したがって,被告研究会らが,「時効管理の実務」という商品等表示を使用したり,その商品等表示を使用した商品を製造販売しているとすることはできない。」
(13頁)

として、同じく原告の主張が退けられており、結論としては原告の請求を全部棄却、というところに落ち着いた。


本件の背景に如何なる事情があったのか判決文から読み取ることはできないし、原告の思いは分からないのでもないのだが、やはり穏当な判決、というべきなのではないだろうか。


時効の管理

時効の管理


時効管理の実務

時効管理の実務


*1:第26部・山田知司裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080529171810.pdf

*2:時効っていうのは、いつのまにか来ているものだから・・・(苦笑)。

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