企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2008-09-30

[]2008年9月のまとめ

何か世の中が騒がしくなってきている今日この頃だが、本ブログへのアクセスは今月も堅調に推移している。ページビュー40,000弱、ユニークユーザー28,000人強。


月末には130万ページビューにも到達した。


10月は政治の季節になりそうな気配であるが、そんな中でも、記事の片隅に埋もれがちな法律ニュースを着実に取り上げていきたいと思っている。「ネタはあるが暇はない」状態がますます加速しつつあるのがつらいところなのではあるが。

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今年も残り3ヶ月。


ラストスパートの準備を進めなければ。

[]“ラッキー7”きたー!

朝起きたら、NYダウが777ドル下がったとな・・・


「75兆円の公的資金投入」はさすがにやりすぎ感があったので、金融安定化法案の否決自体は何となく(感情的には)理解できるのだが、それでも日本では“合意の方向”と伝えられていたからマーケット関係者の衝撃は大きいだろうし、当地での衝撃はそれ以上だったのだろう。


うーん、今日の月末の日経平均、一体どこまで下がるのか。


巷では“世界同時不況”を予測する声も強いようだが、相対的に見れば凋落しつつあった日本企業の復権にもつながるチャンスだし、長期的スパンで考えればこんなに美味しい買い時はないので、賢明なる投資家諸兄には、気短に投売りしないようお勧めしたいところだが・・・。


半ば諦めムード。

2008-09-29

[][]一番得をしたのは誰か?

麻生内閣発足早々、中山成彬国土交通相が辞任。


自民党をとにかくやっつけたくて仕方がないメディアに言わせれば、

政権に大打撃!」

ということになるのだろうが、本当にそうだろうか?と思う。



一番騒がれた「日教組が何たらかんたら」発言に関して言えば、それが正しかろうが間違っていようが、“我が意を得たり”と感じた人も少なからずいるだろう。


“保守系”を自認する人から世の教育ママたちまで、「日教組」の存在に眉をひそめている人々は実に多い*1


自分の所管業務と何ら関係ない事項について、根拠があるかどうか極めて疑わしい発言を繰り返す大臣の姿勢に呆れつつも、最後まで発言を撤回しなかった辺りに、今までとは違う(少なくともヘタレな前農水相のような小物とは違う)“大物ぶり”を感じてしまった人がいても不思議ではないし(もちろんそれは大きな誤解なのだがw)、次の選挙で唯一自民党が頼りにするほかない“伝統的保守層”を少しでも固めることができるのであれば、浮いた世論の非難を浴びて失うものよりも、得たものの方が多い、ということにもなるように思われる。


ちなみに、中山・前国交相の選挙区(宮崎1区)では、対立候補である元林野庁長官・川村秀三郎氏を民主党社民党が支援するという構図になっている*2


対立候補のバックには当然教職員組合もいるわけで、足元に火がついた一代議士としては、烈火のごとく相手を叩き、自分の陣営を固める必要があった・・・。


地元での過激な発言な裏にはそういった背景もあった、ということは理解しておく必要がある*3



ついでに言えば、麻生内閣の発足を報じる記事の片隅には、以下のようなエピソードも掲載されていた。

「24日朝、麻生首相の人事構想を伝え聞いた町村派内は大騒ぎになった。リストに所属議員が一切見あたらなかったからだ。」

(略)

「「どうなってるんだ。首相指名選挙で町村派が小沢一郎と書いてもいいのか」。首相指名を目前に控えた24日午後の衆院本会議場。町村派事務総長の中山成彬氏は、官房長官に内定していた河村建夫氏に近づき、激しく抗議した。」

「町村派は当選6回議員2人の初入閣を最優先に求めてきた。しかし、麻生首相は中山氏に行政改革担当相での再入閣を提示した。」

日本経済新聞2008年9月25日付朝刊第2面)

この話には、「ウチは私も妻も息子も大蔵省(現・財務省)の公務員一家だ。行革相なんてできるわけない」と中山氏が不満をぶちまけ、30分後にポストが国土交通相に差し替えられた、というオチまでついており、どこまで本当なのか分からない(笑)のではあるが、もし、この記事のとおりだとしたら、麻生首相にとっては“元々どうでもよかった町村派”の大臣が一人いなくなった*4というのは、願ったり叶ったりだろうし、当の中山氏にとっても、公務に時間を割かれることなく選挙準備に専念できる分、「大臣辞任」という展開は望みどおり、ということだったのではなかろうか。



今回の騒動で一番得をするのは誰か?


メディアがあれやこれやと騒ぐおかげで内閣支持率が下がれば、野党第一党の党首が一番得をしたように見えるかもしれないが、ここ数ヶ月、内閣支持率政党支持率は必ずしもリンクしていない。


一寸先は闇。


誰が得をしたのか、が分かるのは、選挙の結果が出たまさにその時、ということになるのではないかなぁ・・・と漠然と思うのであるが果たして?

*1メディアの中には、敵の敵は見方、とばかりに「日教組の先生にはいい人が多い」などとこれまた根拠のないことをコメンテーターに言わせている媒体もあったりしたのだが、そういう発言は大臣の発言と同じくらい根拠に乏しい、といわざるを得ない。そもそも問題とされているのは、個々の教師がいいか悪いか、ではなく、組織としての教職員組合という集団がどうなのか、ということなのであって、個別事例を論証の根拠としてあげるのはお門違いもいいとこであろう。

*2http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000000809270004など参照。先の県知事選で中山氏が自民公認の持永候補ではなく川村候補を支持したことが、東国原知事誕生の直接の原因になった、というのは良く知られた話だが、どこでどう間違って袂を分かつことになったのか。つくづく政界というのは恐ろしい・・・(笑)。

*3:残念ながら、裏目に出る可能性も高そうな気配ではあるが。

*4:しかも日教組問題で火中の栗を拾うのは同じ町村派の塩谷立氏である。

2008-09-28

[][]不思議な違和感。

今日の神戸新聞杯で人気に応えて快勝したダービー馬・ディープスカイ


ブラックシェルの猛追を受けても先頭を譲ることなく、ゴール前でもう一伸び、というレースぶりには何らケチをつけるところはない。


だが、その名前にはちょっとした違和感がある・・・。


* * *


「ディープ」と言えば、「ディープインパクト」という歴史に残る傑物がつい2年前まで走っていたばかり。


それに引き続いて「ディープ○○○」と来れば、当然何らかの関係があると思っても不思議ではないのだが、共通しているのは父系がサンデーサイレンスの血筋であるくらい。


それ以外は母系も違えば、馬主も生産牧場も違う。


下級条件をうろちょろしているレベルであれば、“偽ディープ”と揶揄されたくらいで終わっただろうが、春の変則三歳2冠で秋のG1も狙える位置にいる馬だけに、この名前の紛らわしさはどうにも気になる。


元々「世界に通用する馬を作る」ことをテーマに掲げている吉田兄弟と、彼らに近い馬主は、“フサイチ”とか“メイショウ”だとかといった、日本的冠名を馬につけない傾向にある。


ディープインパクト」にしても、「ディープ」が冠名になっているというわけでは決してなく、外国人が読んでも意味が分かる単語を馬名にしただけだから、他の馬主が同じようなコンセプトで付けた名前が偶然符合しても不思議ではない。


だが・・・


ディープスカイ」は現3歳馬。中央競馬に馬名登録したのは、まさに“ディープ旋風”の余韻が残る時期だったはずで、“偶然の符合”というには無理がある。



馬主としては、世紀の名馬にあやかったつもりなのかもしれないが、今後タイトルを引っさげて種牡馬入りした時に、生産者に誤認混同をもたらさないか。


そして、何よりも、彼らの仔馬たちがデビューする頃になって、「ディープ○○」とか「○○ディープ」とかいう名前があふれるようになれば、より混乱が増すことが懸念される(笑)。


「ディープ二世」なんてフレーズを安易に使うことはできないが、かといって「ディープインパクトディープスカイ)二世」だと長すぎるし、「インパクト二世」「スカイ二世」だと、何のことだか分からない。


もちろん、走ってる馬に罪はないので、このまま“元祖ディープ”を乗り越えるくらいの活躍を期待したいものではあるが・・・。

2008-09-27

[][]デッドヒート

この時期になるとプロ野球ペナントレースにしても、Jリーグの降格・昇格争いにしても*1メディア的には最も面白くなるわけで、毎日のように「デッドヒート」という言葉が踊ることになる。


個人的には、

「別に負けたって死ぬわけじゃないやろ・・・」

と悪態をついてみたくもなるのであるが、やっぱりこうも立て続けに「読売巨人軍」殿に煮え湯を飲まされると、いい加減いらいらしてくるわけで・・・。


まぁ、万が一ペナントレースで逃げきるようなことがあったとしても、投手陣の駒が藤川ひとりでは、とても“クライマックス・シリーズ”*2は乗り切れんだろう、と達観してはいるのだが、残り9試合、いつまで平常心を保てるものかと・・・。



(追記)

この時期の巨人阪神戦関東地区で地上波放映されなかったことが物議をかもしているようだが、自分の場合、最近ではネット速報しか見てないのでさほど影響なし。

本当に見たけりゃ球場に行けばいいんだし、そこまでしなくても関西に遠征すれば、少なくてもサンテレビの中継くらいはあるだろうし、ね。


(追記その2)

結局、翌日に読売が勝手にこけてくれたおかげで、再び虎にマジック点灯。

しかし、残り9試合で「M8」とか、ハッキリ言って今の状況ではあまり意味がない。しかも、優勝したところで、日本シリーズに出られる保証が全くないとなれば、なおさら意味がない(苦笑)。


(追記その3)

で、せっかくジェフが調子いいんだから、空気読んで負けてくれジュビロ・・・。

古河電工の歴史は日本サッカーの歴史そのものだ。出遅れたヤマハとは違う(断言!)。

まぁ、11位のマリノスから17位のジュビロまで、残り7試合で勝ち点5の範囲内だから、どう転んでも不思議ではないのだけれど。

*1:上位チームのサポーター諸兄には恐縮だが、もはや優勝争いには興味がない・・・。

*2:こんなしゃれた名前つけなくても、「プレーオフ」でいいじゃん、とここでも悪態をついてみる。

2008-09-26

[]受験したヤツが悪いのか、制度が悪いのか。

こんなことまでニュースになってしまう時代。

山形地裁の20代の男性事務官が病気休暇中に司法試験を受験していたことが分かり、同地裁は26日までに、正当な理由なく欠勤をしたとして戒告の懲戒処分とした。処分は25日付で、事務官は同日辞職した。」(日本経済新聞2008年9月26日付夕刊・第22面)

元々、「司法試験を受ける」こと自体がある種のタブーとされている裁判所職員*1の身分で、試験直前期、という疑惑を持たれるような期間*2に「病気休職」をとって、かつ、当日も試験会場にいた、となれば、ある程度厳しい処分も覚悟しなければならないだろう。


4日間の日程のうち、2日分は所定の休日(土日)でカバーできるから、あとは問題となった5月14日・15日の2日分だけ有給休暇をとれば一応試験を受けることは可能だったわけで、にもかかわらず、「病気休暇」という手を使ったのは、

(1)4月に採用されたばかりで、有給休暇を使える状況になかった。

(2)日頃から人事部署にマークされていて、試験当日露骨に有給休暇を入れるのは難しい状況だった。

(3)試験当日だけでなく、試験前も1ヶ月程度は腰をすえてじっくり勉強したいと考えた。

(4)本当に病気で体調が悪かった。

のどれかだろう、と推察される。


本当は(4)で、「病の床にあってもなお夢に向けて勉強を続け、奇跡の回復により受験できた」という事情があったのであれば、懲戒処分を課すのはちょっと気の毒な気もするのだが、それ以外の理由だったのであれば、あまり同情の余地はないと思う。


そもそも普通の会社だったら、本当に病気だったとしても、「1ヵ月半の病気休暇」なんてものをそう簡単に取るわけにはいかないわけだし・・・*3



もちろん、受験生にとっての制度上の問題はある。


「平日に試験日程を設定する」こと自体が、「法科大学院修了後すぐに就職する」という可能性を全く考慮していない暴挙だし*4、「一定期間経過すると試験受験資格が失効してしまう」というルールが、職に就きたての若者に無理をさせた一因になったことは想像に難くない。


そして、「そもそも、保険で就職しなければ安心できないほど、試験の合格率が低いのが問題だ」という声も、もしかしたら上がってくるのかもしれない。



ただ、こと処分に関して言えば、当の事務官と勤務先との間の勤務関係(雇用関係)上の問題に過ぎないわけで、試験制度がどうか、なんてことは、処分の当否に直接的に影響を与える性質のものではないから*5、やっぱり「しょうがない」ことだといわざるを得ないように思われる。


そして、就職したら定年まで“滅私奉公”することが当たり前のように考えられているわが国においては、

法科大学院修了後、家庭の事情で即働かなければならなくなったため、その後の4年間は試験にはわき目も振らずに必死で働いていたが、5年目の年に最後のチャンスに賭けるため、理由を偽って休職し、受験した。

という事例であっても、結論は変わらないだろうと思うのだ*6


試験制度の変革に伴って、いろんなひずみが世の中に出てくるのは決して良いことだとは思わないが、制度に合わせて生き残ることを考えるのも、人として求められる一つの能力であるわけで、「法科大学院」なる高等教育機関とはつくづく縁のない筆者としても、いろいろと考えさせられる今日この頃である。

*1:その割には、達観して受け続ける人が多いのも事実なのだろうが。

*2:記事によれば4月中旬から約1ヶ月半。

*3:有給を全部使い果たすまで埋め込んで、それでも復帰できなければ無給の欠勤扱い(回復し次第、即召喚)とするのが一般的だろう。しかも、無給欠勤中だからといって何をやっても許される、というわけではないのは言うまでもないことである。

*4:それが、新司法試験合格を目指す法科大学院修了者のスムーズな就職を妨げる一つの原因にもなっているものと思われる。

*5:情状として考慮される余地が皆無とまではいえないにしても。

*6:もちろん、その4年間で十分過ぎるほどの成果を挙げ、所属する組織に貢献していた人間であれば、「理由を偽って休職」などという手を使わなくても周囲が配慮してくれる、なんて可能性が全くないとはいえない(過度の期待はすべきではないが・・・)。

2008-09-25

[][]動かされた特許庁

特許庁のページに興味深いリリースが出ている。


「商標登録の取消・無効審判の請求の趣旨中「○○及びこれに類似する商品」の表示の取扱について」と題するこのリリース。

http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/syouhyou_hyouji.htm

「商標登録の取消審判又は無効審判を請求するに際して指定商品又は指定役務(以下「指定商品」という。)の一部について審判を請求する場合、審判請求書の「請求の趣旨」の欄に「○○及びこれに類似する商品」などの表示を記載して、取消し又は無効を求める指定商品の範囲を特定することがある。」

「審判請求書の「請求の趣旨」は、請求人が記載するものであり、当該記載に基づいて審判請求の審理の対象となる範囲が決められるものであるところ、これらの表示は、一部取消し又は一部無効の審決が確定した場合、登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲が曖昧となることから、以下の手続きに従い、請求の趣旨の不明確な審判請求書として取り扱うこととする。」


と冒頭で述べた上で、「手続補正書」「審尋」といった手続きを説明し、「本取扱は、平成20年10月1日より開始する」と記されたあたりまでは通常のリリースであるが、面白いのはここからだ。


(補足説明)

商標法4条1項11号の拒絶理由への対応として引用登録商標に対し不使用取消審判を請求する場合があるところ、審判請求にあたっては、取り消した指定商品となお類似する商品が引用登録商標に残る場合や如何なる商品が引用登録商標に残るか不明確な場合、審判請求書の「請求の趣旨」に「○○及びこれに類似する商品」と記載して取消しを求めることがある。

また、無効審判請求においても、商標法4条1項11号等に該当することを理由とする場合に、同様の理由から「請求の趣旨」に「○○及びこれに類似する商品」と記載して無効を求めることがある。

しかしながら、知的財産高等裁判所において、取消審判請求や無効審判請求の「請求の趣旨」として「○○及びこれに類似する商品」等の表示は、審決が確定した場合に登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲が客観性を欠き法的安定性を害する等との理由から、不明確な請求の趣旨に対する是正手続きを行うべき、との附言を呈する判決が以下のとおり3件なされている。

今般、これらの判決の附言を踏まえて、「○○及びこれに類似する商品」の表示を「請求の趣旨」に記載した取消審判請求及び無効審判請求については、上記のとおりの取扱を行うこととした。

                  記

1.平成19年6月27日判決言渡 平成19年(行ケ)第10084号 審決取消請求事件

2.平成19年10月31日判決言渡 平成19行(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

3.平成19年11月28日判決言渡 平成19年(行ケ)第10172号 審決取消請求事件

ブログの読者の皆様にはあらためてご説明するまでもないだろうが、上記3件の判決を出したのは、言わずもがな、我らが「飯村コート」である*1


上記1.「ココロ/KOKORO」の不使用取消審判不成立審決取消訴訟判決の「結語」の章*2での説示に始まった、「請求の趣旨」特定問題は、特許庁が自ら取扱いを変更することにより決着することになった。


「附言」というよりは「苦言」に近い知財高裁の指摘をさすがに無視するわけにもいかなかったのだろうが、上記補足説明の書きぶりを見ていると、

「本来は問題にするようなことなんじゃないんだけど、裁判所がうるさいから取扱い変えてやるよ、けっ!」

的なニュアンスが汲み取れなくもない(笑)。


当面は勢いのある判決を繰り出し続けるであろう知財高裁第3部のこと、今後も審判手続に対して“物申す”付言が出てくることが予想されるが、これを特許庁がどのように受け止め、受け流すのか。


行政審判を司法府がレビューする、というのは三権の構造上当然のこととはいえ、租税等、一部の分野を除けば裁判所の消極的な姿勢が目立っていた我が国において、この攻防が注目すべきものであることは間違いない。

*1:過去のエントリーとしては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070708/1183936893http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20071206/1197174421がある。

*2:最近は「付言」が目立つ飯村コートだが、このときはまだ「付言」というタイトルは使われていない(笑)。

2008-09-24

[][]「ON時代」からの解放。

王貞治監督の“勇退”のニュースに続けて、「ON時代の真の終わり」だとか、「これでますますプロ野球も危ない」などというフレーズを語るメディアに接すると、どうしようもないほどの違和感を抱く。


まぁ確かに自分より一回り上の世代の方に言わせれば、「王貞治」は“世界のホームラン王”なのだろうし、引退後も王監督と何らかのかかわりを持って接してきた関係者の方々にとっては、“素晴しい人格を備えた人物”ということになるのだろう。


だが、自分が物心付いたときには、王貞治という人物は、物心付いたときには既に“助監督”を名乗っていた。


しかも、幸か不幸か大人になってからも球界とはさっぱり縁がない(笑)筆者にとって、「王監督」の姿は、テレビ画面を通して見るものでしかなかった。


ビッグマネーで選手をかき集めながら、14年間でリーグ優勝わずか3回(日本一はたったの一度)という平凡な戦績に、“ピッチャー鹿取”に象徴される単調な采配*1


長嶋茂雄と並んで、グラウンドでの指揮官としての能力は疑うほかない“0”が、選手生活を引退して四半世紀たってもなお、“時代の象徴”の如く称されるのかが、筆者には不思議でしょうがなかったのである。



選手としての「実力」は、数字で測れるが、監督としての「実力」は数字で測れるものだけではない。大矢監督のように「育成」手腕が評価されることもあれば、根本監督や星野仙一監督のように「GM的手腕」が評価されることもある。


世界の王」のブランド力で優秀な選手とファンを呼び寄せ、かつ、選手やフロントと大きな軋轢を起こすこともなく10年以上の長きを乗り切った、そのことだけでも監督としては評価されて然るべきなのかもしれない。


だが、各メディアステレオタイプな惜別の辞の中には、選手時代の実績と混同してしまったかのような、グラウンド上の指揮官としての“過剰評価”も少なからず混ざっているように思われる。


王監督を遥かに凌ぐ実績を残しながらも、一部の愛好家の間でしか、“指揮官としての能力”を評価されることなくグラウンドを去っていった人々が決して少なくないことを考えると、どうにも腑に落ちないものが残る。



なお、“星野の砦”が陥落した今になって、再びWBC監督に「世界の王」を担ぎ出そうとする動きもあるのかもしれないが、個人的にはどうかなぁ・・・と思う。


大体、優勝という結果だったから皆忘れているのかもしれないが、あの大会でJAPANが頂点に至るまでの道のりを波乱万丈なものとした原因の一つは、短期決戦に決して強くない、王監督の煮え切らないベンチワークにもあったのではないか?


せっかく「ON神話」や「星野仲良し三兄弟」のくびきから解き放たれたのだから、ここは堂々と、短期決戦の采配を委ねるにふさわしい指揮官としての「実力」で選ぶ、という発想があっても良いと思うのであるが・・・・*2

*1:「鹿取」は「篠原」に置き換えてもいいし「三瀬」でもいい。忘れているだけで、探せば死屍累々だろう、きっと・・・。

*2:故・仰木彬氏が存命であったなら、とつくづく思う。短期決戦での采配のうまさ、選手を載せる雰囲気作りのうまさ等を鑑みれば、権藤博氏の名前なども挙がって不思議ではないのだが、高齢と現場を離れてからのブランクの長さがネックか。野村克也監督が名将であるのは疑いないにしても、一流選手を相手にしたときの軋轢が心配。こう考えると、「実力で選ぶ」というのも簡単なことではなさそうだ。

2008-09-23

[][]「オレたちの太郎」が総裁になっても・・・

自民党の総裁選も、良く分からないうちに終わってしまった。


結果は順当に麻生太郎氏が選出されたのであるが、せっかくたくさん候補者を出して論戦で盛り上がるはずだったのに、リーマンの破綻だの偽装米事件だのとかち合ってしまったこともあって、“日蔭のイベント”扱い。結果的にも、あれだけ他の候補者と大差がついてしまうと、“茶番”のそしりを免れまい。


メディア的には、これで役者が出揃った、ということになるのだろうが、与党を見ても、野党第一党を見ても、なんだかなぁ・・・という政権公約、政権構想しか出てきそうもない。


特に、都市圏の現役世代(特に若年層)にしてみれば、今回の選挙でどこが勝っても、偏った価値観と“結局はつけ回し”の政策を押し付けられる可能性が高いわけで、歯がゆい思いをしながら投票日を迎えることになるんじゃないかと推察される*1


まぁ、曲がりなりにも「自由主義体制を取る先進国」であるはずのこの国で、選挙の結果如何で経済活動や市民の日常生活が劇的に変わるようなことはないはずだから、与党政権を死守しようが、民主党が悲願の政権奪取を果たそうが、たいしたことではあるまい、と高をくくってはいるのだけれど、果たしてどうなるか・・・。


うっとうしい報道にはいい加減飽き飽きしているので、さっさと結果を出すなら出してほしい、と思う今日この頃である。

*1:まるで他人事のようで恐縮だが・・・(笑)。

2008-09-22

[][]明暗を分けたもの−天理教と霊友会の違い−

宗教法人と言えば分派活動がつきもの。そして分派活動の末に待っているのは名称をめぐる争い・・・


と断言してしまうとちょっと語弊があるかもしれないが、商標の世界でも、どこかで聞いたことのあるような事件が形を変えて登場した。


題して「インナートリップ霊友会インターナショナル」商標異議取消事件。


知財高判平成20年9月17日(H20(行ケ)第10142号)*1

原告:X

被告:特許庁長官


本件は、霊友会、株式会社いんなあとりっぷ社を異議申立人とする商標登録異議事件(異議2007‐900228号)において申立人の主張が認められ、商標登録を取り消す旨の決定が出されたことから、原告が知財高裁取消訴訟を提訴したものである。


商標の構成は、先ほども触れたように、

「インナートリップ霊友会インターナショナル」*2

というもの。


「霊友会」といえば、昔深夜のラジオで、有名人が若者向けに語りかけるCMを良く耳にしたものだが、いろいろ調べてみると、教義の解釈(?)をめぐって複数の宗派に分裂した状態が続いているようで、原告の主張の中でもそのようなくだりが登場してくる(6頁など参照)。


そして、本件で登録異議を申し立てたのが本家本元の霊友会(宗教法人)、原告は、分かれたグループの一つである「ITRI日本センター」のマネジャー、と来れば、これはもう立派な“典型紛争パターン”ということができるだろう。


* * *


さて、原審決で異議申立人によって主張されていた取消事由は「商標法4条1項8号」であり、特許庁は、

「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標」(は登録を受けることができない)

とするこの条項を、「霊友会」の名称を含む本件商標に適用することにより、登録取消という結論を導いた。


そして結論としては、知財高裁もこの判断を是認し、以下のように述べて原告の請求を退けたのである。

商標法4条1項8号は「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標について,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとするものであるが,この規定の趣旨は,人が,自らの承諾なしに,その肖像,氏名,名称等を商標に使われることがない人格的利益を有していることを前提として,このような人格的利益を保護することにあるものと解するのが相当である(最高裁平成17年7月22日判決・集民217号595頁)。」

(略)

「もっとも,同号の適用に当たり,他人の氏名,名称等を含む商標について,当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは,著名性を要する雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称に関して,著名性の有無を判断する際の1要素となり得ることは格別,同号の規定上,人格的利益の侵害のおそれそれ自体が,独立した要件とされているものではない。」

「しかるところ,上記第2の1の(1)のとおり,本件商標の構成中の漢字部分のうち,第1字目は「霊(靈)」の,第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められるから,同部分は実質的に「霊友会」と書されているのと同じというべきであり,この点は,原告も争っていない。そして「霊友会」は本件の登録異議申立人である霊友会の名称(フルネーム。甲第15号証の1,2)の表記そのものであるから,本件商標が,他人の名称を含むものであることは明らかであり,かつ,当該「他人」である霊友会の承諾を得ていないことは,原告も自認するところである。そうすると,本件商標は,商標法4条1項8号により商標登録を受けることができないものであるといわざるを得ない。」

(10-11頁)


* * *


ここで、「人格的利益の侵害のおそれ」を要件とするかどうかが一つの争点となっている背景には、原告が、「どこかで聞いたことのあるような事件」、すなわち「天理教事件」に関する最高裁判決を引用して、

「本件商標の使用により霊友会の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて、本件商標が同項の「他人の・・・名称」を含む商標に該当するものと解すべき」(5頁)

「本件商標の登録が霊友会の人格的利益を侵害するものということはできない」(9頁)

と主張していた、という事情がある。


天理教事件最高裁判決は、天理教教会本部と袂を分かった「天理教豊文教会」による「天理教」を含む名称の使用が、不競法違反ないし名称権侵害にあたるか、が争点となったものであるが、最高裁は、宗教法人の活動は不競法の適用対象外である、とした上で、

(1)被上告人が,宗教法人法に基づく宗教法人となってから約50年にわたり「天理教豊文分教会」の名称で宗教活動を行ってきたこと(その前身において「天理教豊文宣教所」等の名称を使用してきた時期も含めれば80年)。

(2)被上告人が従前の名称と連続性を有し,かつ,その教義も明らかにする名称を選定しようとすれば,現在の名称と大同小異のものとならざるを得ないと解されること。

(3)被上告人は,中山みきを教祖と仰ぎ,その教えを記した教典に基づいて宗教活動を行う宗教団体であり,その信奉する教義は,社会一般の認識においては,「天理教」にほかならないと解されること。

(4)被上告人において,上告人の名称の周知性を殊更に利用しようとするような不正な目的をうかがわせる事情もないこと。

と言った事情をあげて、名称権侵害をも否定した*3


そして本件でも、

(1)ITRI日本センターの構成員は、昭和5年以降、60年以上にわたり1つの宗教団体として活動してきた。

(2)(3)霊友会と一線を画することになったとはいえ、ともに開祖であるA及びBを恩師と仰ぎ、その教えに従って宗教活動を行う宗教団体であり、その信奉する教義は、社会一般の認識においては「霊友会」にほかならないこと。

(4)原告ないしITRI日本センターが霊友会の名称の著名性を殊更に利用しようとする不正な目的はないこと。

(以上、8-9頁)

と、天理教事件と同様の事情があるから、「本件商標の登録は霊友会の人格的利益を侵害するものではない」というのが、原告側の言い分であった。


* * *


商標法4条1項8号の規定には、「人格的利益の侵害のおそれ」を要求するような文言はどこにも存在しない。


そして、本判決が引用している平成17年最高裁判決は、同号の趣旨が「人格的利益の保護」にあると判示しているものの、それはあくまで、

「著名な略称」該当性を判断するに際して、「指定商品・役務の需要者の認識ではなく“一般に受け入れられていたか否か”を基準とすべき」と説くために、規定趣旨を持ち出したに過ぎないもの

と理解することができるものであるから、本件のように、商標に用いられているのが「他人の名称」そのものである場合には、「人格的利益」云々を取りざたすまでもなく同号該当性が認められる、という解釈も当然出てくることになろう*4


その意味で、原審決の判断を維持した本判決の結論は支持しうるものだし、ここで終えてしまっても問題はなかったように思われる。


だが、注目すべきは、裁判所がこれに続いてさらに、

「他人の氏名を含む商標であっても,その使用が当該他人の人格的利益を侵害するおそれが全くない場合には,商標法4条1項8号の適用がなく,当該商標の登録を受けることができると解するとしても,本件においては,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めるに足りる証拠はない。」(12頁)

と述べ、人格的利益を害するかどうか、という点について、本件が「天理教事件と事案を異にする」ことを強調した点にあった。


知財高裁は、

「すなわち、天理教事件最高裁判決が、宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであることはそのとおりであるとしても,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を違法に侵害するか否かが問われているのは,他の宗教法人の名称の使用行為であり,当該他の宗教法人も,その人格的利益の1内容として,名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む)の自由を有するゆえに,当該名称使用行為が違法な侵害行為とされるか否かの判断に当たっては,その名称使用の自由に配慮し,上記諸事情を考慮すべきものとしているのである。これに対し,本件において,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を侵害するおそれがないといえるかどうかが問題となるのは,商標の登録ないしその使用行為であり,かかる行為は,商標を使用する者の業務上の信用(商標法1条参照)という,取引社会における経済的利益に係るものであって(現に,本件商標に係る指定商品及び指定役務の大部分は,宗教法人の本来的な宗教活動やこれと密接不可分な関係にある事業と直接の関係を有するものではない。),宗教法人の名称の使用がその人格的利益に基づくのと比べ,法的利益の性質を全く異にするものであるといわざるを得ない。」

(13-14頁)

と述べた上で、

「そうすると,天理教事件最高裁判決が指摘したのと同様の諸事情により,本件における,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれがないといえるか否かの判断をなし得るというものでないことは明らかであり,かかる意味で,天理教事件最高裁判決は,本件と事案を異にするものである。」

(14頁)

としたのである。


* * *


天理教事件において問題とされたのが宗教活動及びそれと密接不可分の事業における名称の使用(それゆえ不競法は適用されず、名称選択の自由も最大限保障される)だったのに対し、本件で問題となっているのは、本来的な宗教活動とは関連しない経済活動に関する名称(商標)の使用(それゆえ商標登録の可否を論じることが可能であるし、名称選択の自由にも自ずから制約がある)である。したがって、前者の基準を後者にあてはめることはできない。」(判決の意訳)

・・・という理屈は確かに分かりやすい。


名称(商標)を使用する側の利益を純粋な経済的利益として整理した場合、それを「名称を冒用される側の人格的利益」と対比することにある種の違和感を抱かざるを得ないのもまた事実なのだが、商標法4条1項8号該当性判断の基準に関して原告の主張を前提とする限りは、そういう帰結になるのもやむを得ないといえる*5


何より、本判決を読むと、

「宗教法人としての名称使用の正当性を主張したいのであれば、「商標」などという“営利性の強いアイテム”を使って喧嘩するのではなく、違う筋でやってくれ!」

という知財高裁のメッセージが込められているように思えてならない。


本件商標の指定役務の中に、

第37類「医療福祉施設における清掃、仏壇及び仏具の修理又は保守」

第41類「ボランティア活動又は慈善事業活動に関する研修会・講演会・セミナー・講演会の企画・運営又は開催又はこれらに関する情報の提供」

といった役務が含まれていることからも分かるように、現実には、宗教的活動と「商標」で保護されるべき「業としての経済的活動」は紙一重なのだろうが、単なる宗教組織内部の“内輪モメ”を商標法や不競法といったツールを駆使した知財紛争にまで“高める”ことにさしたる意義があるとも思えないので、筆者個人としては、このスタンスで良いのではないかなぁ・・・と思うのであるが。

*1:第4部・田中信義裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080918102323.pdf、H20(行ケ)10143号もほぼ同じ内容である。

*2:「霊」と「会」の部分には異体文字が用いられているが、実質的に通常の漢字と同一であることが認定されているため、以下、通常の文字で記載する。

*3http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060123/1137955215

*4:なお、平成17年最高裁判決(国際自由学園事件)の評釈が、『商標・意匠・不正競争判例百選』に掲載されている(上野達弘「他人の氏名・名称等を含む商標(2)」別冊ジュリスト188号22-23頁)。

*5:個人的には、わざわざこのような“異種格闘技戦”をやるよりも、単純に「他人の氏名を含んでいるかどうか」という形式的要件で決着をつけるほうが無難だと思うのだが・・・。

2008-09-21

[][]「フリーコピーの経済学」

ちょっと前に出た本のようだが、日経新聞書評欄に載っていたので一応ご紹介しておく。



書評欄の紹介によると、

「本書はインターネットにより情報配信コストが限りなく安くなる時代を想定し、新しいコンテンツ事業のあり方を展望した」

ものであり、

「著作権が重視されたのは、出版や音楽制作のコストが高かったためだ。ネット配信で費用が劇的に安くなるなら、今の事業モデルを変えるべきだというのが本書の主張である。」

(以上、日本経済新聞2008年9月21日付朝刊・第22面)

そうである。


インターネットの普及に伴い旧来のビジネスモデルを転換すべき、という議論は良くなされるものの、それらの言説の理論的な裏づけについては、これまで十分に吟味されてきたとは言えないようにも思われる*1


その意味で、コンテンツ産業を研究ターゲットとしている新宅准教授と、「法と経済学」の論客として知られる柳川准教授が編者として名を連ねているこの書には何となく期待できるのあるが、実際のところはどうなのだろう・・・?



なお、最近経済学的分析がブームになっているように見受けられる保護期間の問題しかり、コンテンツビジネスの問題しかり、こと著作者との関係に関する限りは、経済合理性だけで答えを導くのが難しい面もあるのは事実で、理論的な裏づけを得ることによる効果もどうしても限定されたものになってしまうのは否めない。


だが、それでも、何も持たずに論じるよりはマシだろう・・・、と自分は思うのである。

[][]ささやかな宣伝と言い訳。

これまで特に紹介してはいなかったのだが、今年の6月から、技術評論社という出版社のご好意により、「gihyo.jp」の中の一コンテンツとして「ネットだから気をつけたい! 著作権の基礎知識」というタイトルの連載記事を掲載していただいている*2

http://gihyo.jp/design/serial/01/copyright


もともと、ITエンジニア向けの技術、ビジネス系連載記事が多くを占める「gihyo.jp」の中に、自分のようなものが書いた駄文を載せていただくのは申し訳ない限り。


せっかく声をかけていただいたので、と、二つ返事で引き受けてしまったものの、毎月締切間際になると、深い反省の念に駆られているのは言うまでもない。


ちなみに、連載当初考えていたコンセプトは、

ユーザーの視点から「著作権法のハードル」よりももっと高い「実務のハードル」を紹介したうえで、それをどうやって乗り越えていくか、という提案らしきことを行っていく。

というものだったのであるが、これまで4回の連載の中で果たしてどこまでそれに近付いているか、単なる消極的な「実務論」にとどまっていないか、といろいろ振り返って考えることも多い。



・・・というわけで、どこまで皆様のニーズに役立つかはわからないが、一応、毎月初めに更新、のペースで連載を続けているので、お時間のあるときに一度くらいは目を通していただけると嬉しい限りである*3



なお、こんな不自然な時期に宣伝エントリーをあえて載せた趣旨は、公式には「連載も4回を数え、ようやくおぼろげながら方向性が定まってきつつあるから・・・」ということにしておきたい。



続きを読む

*1:もちろん、実務の世界、学究の世界を問わず、意識的に、あるいは無意識のうちに分析を試みられた方はたくさんいらっしゃったと思うのであるが、分かりやすい形で世の中に出ていた、とは言えなかったように思う。

*2:執筆者クレジットは「企業法務戦士F-JEY」。

*3:なお、本ブログの読者の方の中にも、すでに見つけてくださっている方がいらっしゃるようで、今更ではあるが感謝申し上げたい。

2008-09-20

[][][]虎の尾が踏みつぶされそうな今日この頃。

プロ野球ペナントレースがとんでもないことになっている。


パ・リーグは、1位と6位以外はどうひっくり返ってもおかしくない状況だし、一時期タイガースの独走でペナントの行方は決まった、と思われたセ・リーグも、とち狂った読売の猛追により、とうとう今日のゲームが終わった時点で1ゲーム差


本来なら今頃左うちわでパ・リーグの熱戦を見ているはずだった一タイガースフリークとしては、

「全部“星野ジャパンが悪い”」

のひとことで片付けたいところだが*1、そもそも星野は球団関係者だし、われわれがこんなことを言うのはもっとひどい目に遭っているドラゴンズファンに申し訳ない*2


大体、今年のシーズン初めは、プロ野球ペナントレースの行方になど大して興味はなかった。


虎の調子が良ければよいで、「あの弱小球団が変わるものだなぁ・・・」と他人事のように眺めるだけ、悪ければ悪いで、「そろそろ虎バブルもはじける頃だなぁ・・・」と淡々と眺めるだけ、だったはずだった。


さすがにシーズン終盤、しかも優勝争いに辛うじて絡んでいる、となると、「帰りがけの電車の中でプロ野球速報の結果をチェックし、家に帰ったらスポーツニュースにまずチャンネルを合わせる」というお決まりのパターンに戻らざるをえないのだが、シーズンの最初から追いかけていない分、どうしても俄かファン的な後ろめたさが残ってしまう。


学生の頃、首位から何十ゲームと離されたシーズン終盤になっても、なお、“読売に負けると腹立たしさが先に立って次の日不機嫌だった”自分はどこへ行ってしまったのだろう・・・?


心をかき乱す要素が少なくなったのは、生活の平穏のためには好ましいことなのかもしれないが、それが大人になって年を取ることの裏返しなのだとしたら、なんだかちょっと寂しい。

*1:現に、手負いの新井貴浩選手が今季絶望になった原因は五輪での無理遣いにある。

*2:大体、新井選手が五輪に行っていなかったとしても、この時期、主軸で活躍できていたという保障はないし、「13ゲーム差を追いつかれるという超常現象」の理由にするには、いささか物足りない、というべきだろう。もちろん、五輪に一人も選手を送らなかったオリックスや、上原投手以外には主軸のベテラン選手を送らずに済んだ読売が大躍進しているさまを見れば、五輪と今年のペナントレースに負の相関関係があることは否定できないと思うのであるが。

2008-09-19

[]覆面の裏側の本音。

今さら過ぎるだろっ!と、突っ込みを受けそうであるが、NBLの

「若手・中堅法務担当者 覆面座談会」

「法務部門・法務担当者の現在そして明日(上)(中)(下)」

を通して読んでみた*1


NBLで3号にわたって座談会企画を連載するなんて、なかなかあるものではないし、それだけ商事法務も気合が入っていたのだろう、と推察するのであるが、さすがに「若手」にはちょっと荷が重かったのか、どちらかと言えば当たり障りのない話に終始している印象を受ける*2


(中)以降では、「他部署へのサポート・連携方法」の話題など、若干踏み込んだ話になっているところもあるのだが、もう一歩踏み込んでほしいところで次の話題に移ってしまったりして、ちょっと拍子抜けだ*3




もっとも、冷静に考えれば、この程度の“世間話”でも、公刊されるような雑誌、書籍にはこれまで載せられてこなかったわけで、その意味では「あえて3回載せた」ことにも意義はある、ということになるのだろう。


ここ数年は、「企業法務」というフィールドが、これからの司法制度改革の鍵を握る重要な舞台だ、と散々言われ続けているし、“法務”の重要性を説く意見も巷にはあふれている・・・にもかかわらず、実際にそこで仕事に従事している人間の素朴な声が世の中で広く取り上げられてこなかった、というのは、あまりに不思議な現象だといわざるを得まい*4


そういった状況に一矢報いるきっかけになりうるのであれば、「人柱」(失礼!)になった7人の若手担当者の苦労も報われるだろうと思う。


なお、一つひとつのテーマについて、取り立てて感想を述べるつもりもないのだが、気になったコメントをひとつだけあげておくことにする。


通信会社在籍5年目、法務経験3年目の「Fさん」のコメント。

「少し突拍子もない問題提起かもしれませんが、「法務」部門とか企業「法務」という名前さえも変える可能性を検討すべきではないかと個人的には思います。」

(中略)

「先ほど申した法務担当者に求められる素養から考えると、法務部門は、「法務」という名前があるばかりに優秀な学生や社内外の法務への異動希望者を取り逃しているように思います。今後各社の法務責任者はその点も考えるべきなのではないかなと思っているのです(笑)」

(以上、NBL886号56頁)

この方は、取引法務の担当として、法務担当者にも「ビジネスパーソンとしての力」が必要であることを痛感されているがゆえに、それを強調するために上記のような発言に至ったようであるし、これに続けて「世界の企業法務という職種のプレゼンスが少しでも上がっていくような取組みをしたい」と夢を語っていたりもするから、決して法務部門の存在意義を軽んじているわけではないのだろう。


だが、一部のメーカー等を除けば、この国の数多ある会社の法務部門が「法務」という名前を冠するようになったのは、つい最近のことである。


そして、そこに至るまでの間には、「総務」という“お茶汲み&宴会・葬儀手配集団”の一パートとして扱われていたり、人事や営業、経営戦略といった花形部門の隅の方で刺身のツマのような扱いを受けてきた、という悲しい歴史もあった、というのが、多くの会社で共通する物語だろう。


世のリスク意識の高まりとともに、「法」を操れる専門性の強い人材にスポットライトが当たり、やがて独立した「法務部(門)」として活動することを許された・・・


先人が積み重ねてきた、そういった歴史の重さを、自分は身に染みて感じてきたから、

「法務」という名前なんて変えちゃった方がいい。

という論調には、耐えがたい軽さを感じる。




ビジネスの世界に身を置く以上、「法務担当者」といえども、コミュニケーション能力だとか、洞察力、行動力、決断力、といった資質が必要なのは言うまでもない。


だが、それらは、「法」とその周辺にあるビジネス規範を深く理解し、それらを日夜学び続ける志があってはじめて、意味をなすものだと自分は思っている。


「法務」という看板を掲げた組織の敷居は、確かに高いように見えるのかもしれないが、法務部門が本来、単なる“組織の歯車”、“ビジネスの歯車”を超えた役割を担う組織であることを考えれば、それっくらいの敷居の高さはあって然るべきだと思うし、そのような“敷居”がなくなってもなお、組織として本来為しうべき使命を果たせるだけの力を持った「法務部門」など、そうそうあるものではないだろう。


ビジネスパーソンとしての柔軟性と、スペシャリストとしての折れない魂。


一見あい矛盾するような両者を絶妙なバランスの上で成り立たせているのが、「法務」という絶妙な日本語の“冠”であり、それがあるからこそ、個々の「法務担当者」が自らの使命を邁進できるのだ、ということに、我々はもう一度思いを馳せるべきではないだろうか・・・。



以上、「Fさん」には申し訳ない終わり方になってしまったが、悪気はないので、どうかご勘弁を。


ついでに、全く期待はしていないが、次の同種企画をどこかの雑誌社さんでやるようなことがあったら、ここにも一声、お願いしたいところである。


トコトン語るから(笑)*5

*1:NBL884号18頁、885号30頁、886号50頁。

*2:このクラスの担当者なら、気軽にふらっとお出かけ、というわけにもいかないだろうから、「覆面」といいつつも、参加は事前承認、事後に上司のゲラチェック、なんてことになっていそうだし・・・(笑)。

*3:比較論で言えば、筆者一押しの『Business Law Journal』の匿名座談会の方が面白かったなぁ・・・とも思う(くどいようだけど、回し者じゃないです。念のため)。

*4:ちなみに、「法務部長」とか「法務担当役員」とかいう立派な肩書をお持ちの方の“見解”をいくら載せても、“法務”という仕事の生の姿を伝えることにはならない。彼らの多くはプレーヤーとしての経験を持たないか、あるいは持っていても第一線から離れて久しい人たちだったりするからだ。まぁ、この辺はどんな業界、どんな仕事にも共通することなのだろうけど。

*5:あくまで顔出しNGなので、ちゃんと覆面も用意しといてくれると嬉しいw

2008-09-18

[][]写真の恨みは恐ろしい。

以前取り上げたことのある、「風車写真著作権侵害疑惑」*1だが、とうとうNHKとその職員らが書類送検される事態となった。


写真家の側が告訴している以上、遅かれ早かれ送検されるのは当たり前の話であって、本来このニュース自体が大きな意味を持つわけではない(大きな意味を持ってくるのは「起訴されるか否か」の方だ)。


だが、世の中に与えるインパクトはやはりそれなりに大きいというべきで、(一時に比べれば下火になったとはいえ)このところいいニュースを聞かないNHKにとって見れば泣きっ面に蜂、といったところだろう。




実際のところは、起訴できるかどうか、あるいは強引に起訴したとして有罪に持ち込めるかどうか、は微妙なところだと思う。


民事事件であれば過失でも著作権侵害は成立するから、放送局とあろうものがその辺に飾ってある写真を接写かつ改変して使用しようものなら、少なくとも「過失」は認められる可能性が高いだろうが*2、刑事責任を問いうるのは「故意犯」のみである。


新聞記事の中では、NHKのコメントとして

「取材先の会社の了解を得ていたので、問題ないと判断し取材、放送した」

日本経済新聞2008年9月18日付朝刊第43面)

という一文が掲載されている。


これが民事事件だったら、「お前は著作権を知らんのか!」*3ということになるだろうが、刑事事件の場合、

「正当に許諾を得たので著作権侵害にはならない」

と本気で取材者が思いこんでいれば、著作権法違反の故意が阻却される、という解釈も成り立たなくはないから、起訴まで持ち込むのはさすがに難しいんじゃないのかなぁ、というのが率直な印象であり、結局、送検された刑事事件の方はしばらく寝かされて、同時に提起された民事訴訟の結果待ち、ということになるような気がする。


まぁ、紛争の結末がどうなるかはともかく、本件がJTB事件に続き、「写真(家)の恨みは恐ろしい」ということを世の中に知らしめた事件となったことは間違いない。


我々のような、使わせていただくしか能がない立場の人間としては、くれぐれも気をつけたいものである。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080625/1214608610

*2:もっとも本件では、利用態様に関する事実関係自体に争いがあるようだから、そう簡単に片付けられるかどうかは分からない。

*3:「取材先=写真の所有者」が必ずしも「著作権者」ではないのは、業界では半ば常識であり、取材者が本当にそれを知らなかったのだとしても、注意義務違反を問われても全く不思議ではない。

2008-09-17

[]泡食うのは洋の東西変わらない。

「公的資金を投入しない」と大見得切ってリーマンを潰したと思ったら、一夜にしてAIGを救済する。


“柔軟な対応”と言えば聞こえは良いが、要するに場当たりなわけで*1、しかも10年以上も前に極東の島国で起きた出来事の教訓がお世辞にも生かされているとはいえない展開・・・。



以前、我が国で金融危機が生じた時には、我が国の金融行政の拙劣さが問題の全ての元凶であるかのようなバッシングが蔓延っていたもので、“米国の対応の素晴しさ”とよく比較されて論じられたりしたものだが、何のことはない。


いざ、想定外の事態が起きてしまうと、バタバタと当局が右往左往するような事態になるのは、洋の東西問わず変わらないようである。


続きを読む

*1:筆者個人としては、証券会社や投資銀行を切り捨てて、保険会社(それも業界最大の)を救済することには、一応合理性があると思っているのだが、専門家に言わせるとそんなのは“感情論”に過ぎない、ということになってしまうのだろうと思う。

2008-09-16

[]ターニングポイント。

霞っ子クラブ」といえば、裁判傍聴をある種のエンターテインメントにまで高めた(?)特筆すべき方々だったのであるが、残念なことに、さる9月2日付で、彼女達のブログ上に「更新休止」のお知らせが掲載されていた。(http://bc.kasumikko.com/


で、今さらながら気が付いたこと。

いつの間にかメンバー2人になってたのね・・・


本を出した時は確か4人の連名だったはずで、過去ログを辿ると、http://bc.kasumikko.com/?eid=465585のようなエントリーもあるから、いろいろと紆余曲折があったのだろう、と想像は付くのだが、少々残念な気がしないではない。


個人的には、裁判傍聴なんて集団で楽しむものではないと思っているし*1、“クラブ”があろうがなかろうが、各メンバーのエッジの効いた傍聴記に接することができるのであれば、読者としては皆満足できるんじゃないか、と思ってはいるのだけれど・・・。



霞っ子クラブの裁判傍聴入門 (宝島社文庫)

霞っ子クラブの裁判傍聴入門 (宝島社文庫)

*1:特に刑事裁判の傍聴なんて、己の価値観如何によっていくらでも受ける印象は変わってきてしまうのだから、各人の“経験”を同じ土俵の上で共有しよう、なんて試みは、そもそも無理があるとも言わざるを得ない。

2008-09-15

[]一寸先は闇。

サブプライムローンショックが全世界を襲って以降、飲み屋の与太話で、

「外資系の連中は大変だよな〜」

なんて暢気に噂していたら、とうとうリーマン・ブラザーズが破綻。


つい先日まで羨望の眼差しを向けられていた“勝ち組”の人々が、文字通り“負け組リーマン”になってしまった。


まぁ、外資系の一流証券会社でやっていけるようなレベルの人材であれば、会社が破綻してもいくらでも“拾う神”はいるだろうし、その意味で、10年ほど前の拓銀、長銀、山一證券といった国内金融機関破綻時とは状況が異なるだろうとは思うのであるが・・・。





一寸先は闇。今日の勝者は明日の敗者候補生


ステータスが一瞬にして崩壊する、そんな時代だけに力を極限まで磨き上げていたいと思う。


最後に頼れるのは自分だけなのだから。



さよならメリルリンチ

さよならメリルリンチ


P.S. 同日メリルリンチも救済合併。こういう結末を「予言」していた人は決して少なくなかったはずだが、本当に「予期」していた人物がどれだけいたのだろうか・・・?

2008-09-14

[][]簡単にあきらめてはいけないことを教えてくれる判決。

本来は知財高裁で決着していなければならなかった事件で、なぜか最高裁判決が出されている。


最二小判平成20年9月8日(H19(行ヒ)第223号)*1

上告人は、登録商標「つつみのおひなっこや」(第4798358号)の商標権者だが、平成16年8月27日の商標権設定登録後、「つゝみ」、「堤」の商標権者である被上告人から無効審判を請求されていた。


そして、被上告人(原告)が特許庁の無効審判不成立審決の取り消しを求めた原審において、「本件商標が商標法4条1項11号に該当する」、として被上告人の請求を認容する判決が出されたために、上告審に持ち込まれることになったのである。




通常、審決取消訴訟のような“定型的”紛争において、登録(拒絶)要件該当性のみが争点になっている場合には、第一審である知財高裁で決着が付くことがほとんどであり、上告しても大抵は“無駄な抵抗”として、不受理決定を食らうのが落ちであった。


商標法の登録要件をどのように当てはめるか、特に商標の類否判断については、最高裁が出した判例を元に、特許庁の審決や下級審判例が膨大に積み重ねられているから、そういった所定の“パターン”に則って争われてきた事例をあらためてレビューする必要性は乏しい。


それゆえ、近年では最高裁も積極的な判断を行うことは避けてきたのだろうし、元々、審判から持ち上がった弁理士が代理人を務めていることが多い審決系訴訟のこと、あえて上告審まで持ち込むよう薦める代理人も稀なのが現実であった。


だが、本件では、最高裁が上告申立てを受理した上で、以下のような判断で、原審判決を破棄差戻としている。

(1) 法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。

(2) これを本件についてみるに,本件商標の構成中には,称呼については引用各商標と同じである「つつみ」という文字部分が含まれているが,本件商標は,「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字で横書きして成るものであり,各文字の大きさ及び書体は同一であって,その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから,「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできない。また,前記事実関係によれば,引用各商標は平成3年に商標登録されたものであるが,上告人の祖父は遅くとも昭和56年には堤人形を製造するようになったというのであるから,本件指定商品の販売業者等の取引者には本件審決当時,堤人形は仙台市堤町で製造される堤焼の人形としてよく知られており,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分から地名,人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念が生じるとしても,本件審決当時,それを超えて,上記「つつみ」の文字部分が,本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできず,他にこのようにいえるだけの原審認定事実は存しない。さらに,本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については,これに接した全国の本件指定商品の取引者,需要者は,ひな人形ないしそれに関係する物品の製造,販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても,「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから,新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考えられる。そうすると,上記部分は,土人形等に密接に関連する一般的,普遍的な文字であるとはいえず,自他商品を識別する機能がないということはできない。このほか,本件商標について,その構成中の「つつみ」の文字部分を取り出して観察することを正当化するような事情を見いだすことはできないから,本件商標と引用各商標の類否を判断するに当たっては,その構成部分全体を対比するのが相当であり,本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分だけを引用各商標と比較して本件商標と引用各商標の類否を判断することは許されないというべきである。

(3) そして,前記事実関係によれば,本件商標と引用各商標は,本件商標を構成する10文字中3文字において共通性を見いだし得るにすぎず,その外観,称呼において異なるものであることは明らかであるから,いずれの商標からも堤人形に関係するものという観念が生じ得るとしても,全体として類似する商標であるということはできない。

(4-6頁)

確かに、原審の判決(知財高判平成19年4月10日)*2を読むと、商標の要部を認定する過程で相当強引な論理展開が見られ、最高裁がひっくり返したくなるのも理解できるのであるが、それにしても珍しいケースだなぁ・・・、という思いは残る。


当たり前の話であるが、知財高裁は最上級審ではない。


そして、理があれば、天下の知財高裁の判決といえど、当然にひっくり返る可能性はある。


「簡単にあきらめるな」というメッセージを与えてくれる・・・、本件はそんな判決なのかもしれない。


なお、本判決で引用されている先例へのリンクを参考までに挙げておくことにする。

最三小判昭和43年2月27日(民集22巻2号399頁)(「しょうざん」事件)

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C20EFADEA9BCA1F249256A850031236C.pdf

最一小判昭和38年12月5日(民集17巻12号1621頁)

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4BFC935227B9ABB049256A850031610C.pdf

最二小判平成5年9月10日(民集47巻7号5009頁)(「SEIKO EYE」事件)

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/B940661E2BD9E6D949256A8500311E55.pdf

2008-09-13

[][]劇場型政治パフォーマンスの時代。

自分は、別に自民党支持者でも民主党支持者でもないので、どっちが勝とうがさしたる問題ではない*1のであるが、パフォーマンスの妙とメディアの世論誘導を楽しむ、という視点で見れば、なかなか面白いなぁ・・・と思う昨今の政治情勢。


“歴史的政権交代”を演出すべく主力メディアが躍起になっているのが近年の傾向なわけで、今回も、総裁選が始まるや否や、“候補の乱立”と良く分からないケチを付けてみたり、麻生太郎氏を悪役に仕立てようと必死になってみたり(“国民的人気”を集めて内閣支持率があがってはコトだから)。と微笑ましい。


あるコメンテーターが、

「昔の自民党は派閥がしっかりしていて良かったのに・・・」

的なことを述べているのを耳にしたときは、さすがに失笑を通り越して呆れたし*2

「前回の総選挙で小泉首相の“刺客”パフォーマンスに踊らされたことを反省しなければなりません」

みたいなことを神妙に述べていた某情報番組が、嬉々として、

小沢一郎代表の国替え」

の話題を取り上げていたのを見たときは、「せめて今回の選挙が終わるまでは反省したふりをすればいいのに・・・」と思ったりもしたのであるが、洋の東西を問わず、政治が盛り上がると喜ぶのがメディアの人々の性なのだろう。


この辺りは、選挙が終わるまでの“エンドレスな24時間テレビ”だと思って、暖かく見守ってあげるのが視聴者の役目なのだろうと思う。


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*1:どちらかと言えば、タイガースが無事逃げ切れるかどうかの方が遥かに興味がある。

*2:「派閥」政治を散々叩いていたのはどこのどいつだ?と(笑)。

2008-09-12

[][]“なし崩し”を絵に描いたような流れ・・・

つい5年ほど前に、「禁断の刑事罰」が盛り込まれたばかりだというのに、早くもここまで来た。

「企業の技術情報の流出を防ぐため、経済産業省が検討している新法の骨格が明らかになった。現行の不正競争防止法は会社の技術情報を社員や元社員らが無断で業務以外に使用・開示する行為を禁止しているが、新法ではその前段階である情報の不正取得も禁止対象とする。刑事手続きで一部情報を非公開にする特例も設ける。同様の規制は欧米などで整備済みで、日本企業の競争力を保つように知的財産権の保護を強める。」(日本経済新聞2008年9月12日付朝刊・第1面)

前回の改正の時点で既に噂にはなっていたし、お役所方面から課されるここ数年のアンケートときたら、現行法の刑事罰をより強化する方向に誘導する意図が見え見えの誘導尋問ばかりだったから、ある程度予測はできたのであるが、それにしても・・・という思いはやっぱりある。


記事によれば、

「新法で禁止するのは、企業の社員や元社員らが公表されていない自社の技術情報を無断で複製したり、移動させたりする行為」

ということで、これだけ見ると、現在民事的規制しかかかっていない行為よりもはるかに“一般的な”行為が処罰の対象になっても不思議ではない。


そもそも、平成15年の不競法改正で導入された刑事罰規定が慎重な内容に留まったのは、保護の対象とされるべき「営業秘密」概念の不明確さゆえ、であった。


何が保護されるべき情報といえるのかを画する確たる基準がない以上、従業員の日常的な行為と密接にかかわるような行為にまで「刑事罰」という劇薬を及ぼすと、必要以上に萎縮効果を生じさせることになってしまう・・・


そんな当たり前の危機感が、立法者を自重させたはずではなかったか。



こういった動きの背後には、我が国の名だたる技術系大企業の熱心なロビイング活動と、“憂国の士”を気取る一部の政治家たちの暗躍が見え隠れする。


だが、ここ数年で一気に罰則強化を図らねばならないほど、営業秘密の管理をめぐる社会事情は変化したのか?


国際競争に勝てずに苦しんでいる企業があるのは事実だが、その理由のほとんどは、営業秘密云々以前の、もっと単純なところにあるのではないのか?



説明を聞けば聞くほど疑念が湧いてくる今回の法改正の動き。


企業に生きる一市民としては、願わくば審議会の場で、良識ある先生方による冷静な議論がなされることを、と、切に願う。

2008-09-11

[]3年目の試練

3回目の新司法試験の結果が発表されているのだが・・・

http://www.moj.go.jp/SHIKEN/SHINSHIHOU/h20kekka01-4.pdf


受験者数6,261人、合格者数2,065人。合格率は33.0%。


合格者ゼロの法科大学院が3校、“一流”と言われる法科大学院でも受験者の半分が姿を消す有様。


かつての司法試験に比べればまだまだ・・・、という声はあるのだろうが、ロー入学時点で母集団がある程度絞り込まれ、その上2年、3年のカリキュラムのフィルターを通り抜けた中でのこの数字*1


制度が始まってから5年も経たないうちに、何かが変質し始めたという印象を受ける*2


********


今年もなぜか、富山の新聞社のサイトにいち早く掲載された合格者氏名。

http://www.kitanippon.co.jp/pub/hensyu/meibo/080911/


去年までは、ローを目指した友人・知人達の名前があるのを当たり前のように見つけることができた。だが今年はどうだろう・・・。



「試験の難易度」と「実務法曹としての資質」との間に何らかの相関関係がある、というのはただの都市伝説に過ぎないと自分は思っているが*3、その一方で、「試験の難易度」と「それによって選抜された人々のプライド」との間に明確な相関関係があるのは間違いない*4


言葉の響きはあまり良くないのかもしれないが、プロフェッショナルとして仕事を遂行する上では、どこだけ“プライド”をもって仕事に臨めるか、ということが極めて重要になってくるのもまた事実なのであり、それは“職業人としての誇り”や“モラル”に通ずるものでもある*5


********


想定されていた最低ラインの合格者数すら下回った今回の結果を見る限り、「志ある多くの人々を法曹としてのスタートラインに立たせる」という当初の理念は大きく後退したと言わざるを得ないだろう。


だが、それは同時に、「3年目の試練」を潜り抜けた2,065人に、これまでの2回の合格者とは違う“プライド”を芽生えさせる契機になりうるものでもある。


皮肉な結末ではあるが、あながち悪いことだとも言い切れない、それが現実ではなかろうか。


********


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*1:しかも、実受験者数6,261人の背後には、いわゆる“受け控え”の潜在的受験生が1,500人以上も控えている・・・。

*2:もちろん、机上の計算でもある程度は最初から予想されていたことではあるのだが、いざそうなってみると・・・というのが多くの関係者の方々の実感なのではなかろうか。

*3:それはとりもなおさず、これまでの経験の中で反証事例を散々見せ付けられてきたからに他ならない。

*4:ここ数年の司法制度改革を批判する業界人の「最近の若者は楽しやがって・・・」的な論調にも、そういった傾向を見て取ることはできる(笑)。

*5:もちろん実力が伴わなければ、それも大して意味もないものになってしまうのであるが・・・。

2008-09-10

[][]金持ちも喧嘩する時代

以前からくすぶっていたこのニュースがついに火を噴いた。

「中部電力は10日、タービン事故で2006年6月から07年3月まで停止していた浜岡原発5号機(静岡県御前崎市)をめぐり、タービン製造元の日立製作所を相手取って、停止中の電力を補うため割高な火力発電施設を臨時稼動させた追加費用の賠償を求める訴訟東京地裁に起こす方針を固めた。請求額は数百億円規模となる見通し」(日本経済新聞2008年9月10日付夕刊・第16面)

その後のプレスリリース*1によると、請求額は418億円。契約の中にある瑕疵担保条項を手掛かりに、ということらしい。



「日本の企業も司法を活用するようになったのか。良いことだ。」と評価する声もあるのかもしれないが、企業法務の端くれにいる人間の感想として言えば、

「ここまでやるか・・・?」

というのが率直な感想である。


確かに、原発の事故が電力会社にもたらす影響は甚大だろうし、それゆえ株主と「取締役の責任」を意識して、逸失利益の請求にまで踏み込みたくなる気持ちは分かる。


だが、仮にここで一時の勝利を収めたとしても、その先に待っているのが何か、ということを考えると、自分なら躊躇する。



元々、この種の特殊な産業機器の市場は、独占企業体と寡占的な大手メーカーとの間の牧歌的な取引で成り立っているものだから、エレクトロニクス業界やシステム業界などと比べれば、個々の契約条項の中身も大らかなものが多い、とも言われているところである。


そして、中電がこれだけ強気に出ているところを見ると、おそらく契約中の瑕疵担保条項には責任限度額の定めも賠償範囲の限定も存在しないのだろう*2


だが、今回火を噴いてしまった以上、メーカー側としては当然、次回以降の契約でそんな甘い条件で契約するわけにはいかない、と牙をむくことになる。


ユーザーの方が立場が強いのだから、メーカーがごねれば発注先を変えればいいではないか、という意見もあるだろうが、原発の厳しい基準に対応できるだけの製品をつくれるメーカー、となると、どうしても世界的に見ても相手にできるような会社は限定されてきてしまうから、そう簡単に切り替えるわけにもいかないだろう。


それゆえ、発注者は、「418億」という巨額の請求を伴う訴訟を起こすことの負担(印紙代的にも弁護士報酬的にも・・・)に加えて、今後の日立製作所との激しいやり取り、という新たなコストもを負担せざるを得なくなる・・・。


ぞっとするような話ではないか。



今回のケースに関して言えば、復旧費用を日立製作所が全て負担することについては既に合意に達していた、というのだから、それに少し色をつけるような水準で交渉にあたっていれば、一応はお互いの面目を立てる形でスムーズに解決できたように思えてならない。


まぁ、訴えられた日立も、業界ではかなりの「堅物」として知られる会社だけに、逸失利益の賠償なんぞは(明白な根拠がない限り)一銭たりとも出さない、という交渉スタンスで臨んでいたのかもしれないし、そうであれば、こうなることもやむを得ない、と言うことができるのだろうが・・・。


理論上損害賠償できるからといって、本当に損害賠償請求してしまうことが妥当なのかどうか。


どのような結末になるのか、今ここにある情報だけで見通すことは困難であるが、いろいろと考えさせられるCaseであることは間違いない。

*1http://www.chuden.co.jp/corpo/publicity/press/ac_press/1188755_1034.html

*2:そんな緩い条項をシステム関係の業界の担当者が見たら、“アンビリーバブル”と卒倒するに違いない。

2008-09-09

[][]「ハリポタ百科」の出版差し止めに思う。

昨日「フェアユース」導入に関する懐疑論をちょっと述べてみたのだが、タイミングよく夕刊にこんな記事が載っていた。

「米ニューヨーク連邦地裁は8日、世界的なベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの非公式ガイド本の出版差し止めを認める判決を下した。独立系の出版社が昨年末、ファン運営サイトの内容をまとめた“百科事典”を出版、原作者J・K・ローリングさんらが「著作権の侵害」にあたるとして発売中止を求めていた」(日本経済新聞2008年9月9日付夕刊・第16面)

被告であるRDRブックス社のサイト*1には、

We are encouraged by the fact the Court recognized that as a general matter authors do not have the right to stop the publication of reference guides and companion books about literary works. As for the Lexicon, we are obviously disappointed with the result, and RDR is considering all of its options."

というコメントとともに、判決文が掲載されている。

http://www.rdrbooks.com/pdf/lexicon_order.pdf


きちんと全文を読んだわけではないが、ざっと見ると、出版社側が主張した“fair use”の抗弁が認められずに上記のような結論に至ったようだ。


背景には、ストーリーやキャラクターに関する作者と出版社の解釈の違いもあるようで、どこまでが純粋な「著作権」の問題なのかは分からないが、いずれにしても、洋の東西を問わず、権利者のご機嫌を損ねると出版に大きなリスクを伴うことに変わりはない、ということなのだろう。


ホワイトリストとして列挙された権利制限事由に明白に該当する、といえる場合でない限り、権利行使をめぐるトラブルは生じうるし、そこに著作物を利用しようとする者にとってのリスクは存在する。


我が国のフェアユース積極論者が、この手の出版物まで適法化することを望んでいるとは思わないが、一方で、フェアユース規定の導入によって、ユーザーにとってのリスクが減少する、といった類の主張もあるのは確かで、そういった主張については、疑ってかかる必要があるように思う。


もちろん、昨日ブクマで寄せていただいたコメントにもあったように、「ないよりはまし」というのもまた真実ではあるのだが。

[]ボツネタは偉大だ(笑)。

昨日、仕事から戻ってきたら、ページビューが凄いことになっていた。


朝一にボツネタからのリンクが張られていることは気付いてはいたものの、これだけの数になると、読者数のスケールの違いを思い知らされる。


真似しようとは思わないし、しようと思ってもできるはずはないのだが、やはりボツネタの管理人氏は偉大だ。間違いない(長井秀和風)。

2008-09-08

[][]「フェアユース」待望論にまたしても水を差してみる。

ここに来て、日本では“夢物語”に過ぎないだろうと思われていた「フェアユース」規定の導入が俄かに現実味を帯びて語られるようになってきている。


その背景に、知財戦略本部の積極的な動きがあるのは間違いないのだが、それを後押しするかのようにキャンペーンを張り続けるのが日本経済新聞


以前ご紹介した1面コラム*1や、坂村健教授の「領空侵犯」*2に続き、今日の「法務インサイド」でも、「『フェアユース』導入へ始動」という見出しが大きく躍っている*3


日比谷パークの上山浩弁護士のエピソードに始まり、中山信弘名誉教授や、クリエイティブ・コモンズの伝道師、野口祐子弁護士のコメントをはさみつつ、

「市場拡大の起爆剤」

としての「フェアユース」規定に期待を寄せる論調で構成されているこのコラム。


前田哲男弁護士による権利者寄りのコメント*4でバランスをとっているように見えるが、実際のところその分量は5段のうちの1段の半分程度しかない(笑)。


審議会での議論が本格的に始まる前からこれだけフィーバーしているのだから、これから年度末にかけて、ますますこのムードは盛り上がっていくのだろう、ということは容易に想像が付くところである。


もっとも、冷静に考えると、このコラムにはちょっと分からないところもある。


まず、「『フェアユース』制度がないために不利益を被った」かのような取り上げられ方をされているサンプルケースの全てが「フェアユース」で救済されるとは思えないこと。


検索エンジン」に関しては、インターネットインフラに必須の構成要素になっている、といった事情から、フェアユースによる権利制限が認められても不思議ではないのだが、冒頭で出てきた

「テレビ番組の録画を代行して顧客のパソコンに転送する事業」

や、

「大学の授業やレジュメのネット公開に伴う参考文献のネット公開」

に関しては、仮に「フェアユース」規定が導入されても、なお違法とされる余地が残るように思えてならない*5


「知財本部では、例外規定の条項は残しつつ「その他構成な利用と認められる場合」という条項を最後に加えることで、日米の法律の優れた点を生かす「日本版フェアユース」導入を目指す考えだ」

ということだが、我が国の法の典型的な理解による限り、この「その他・・・」が、列挙事由と同等、といえるだけの例外的場合に限る、と解される可能性は高いのであって、これまで何となく

「フェアユースが導入されれば、自分のやろうとしていることの法的リスクはなくなるなろう。」

と考えてきた人々のニーズが満たされる保証は全くないのである*6



次に、「裁判を経ないと保護が確定しない」という問題点は、権利者の側だけでなく利用者の側にとっても共通する。したがって、所管官庁が相当丁寧なガイドライン等を示さない限り、「フェアユース」規定が導入されても誰も使ってくれない、ということになる可能性は否定できない。


そもそも、今だって些細な“形式的侵害”であれば、権利濫用法理等を用いた抗弁が否定される云われはないのだが、多くの企業では摩擦を避けて権利者の許諾を得るか、あるいは、“見つからないようにこっそりやる”という選択をしており、訴訟で白黒はっきりつけてやろう、なんて気合の入った会社はなかなか出てこないのである。


実務において、今多くの識者が想定しているような形で「フェアユース」規定が機能するためには、

(1)社会に有用な利用態様について、幅広く「フェアユース」による権利制限を認める学説が主流となること。

(2)裁判所が被告側の「フェアユース」の抗弁に真摯に対応し、それを取り入れた柔軟な判断を行うこと。

そして、

(3)「フェアユース」を主張する企業に対する温かい世論が形成されること。

といった条件が満たされる必要があろう。


そして、(1)、(2)についてはある程度期待をもてるにしても、(3)については、制度に対する理解度やコンテンツホルダーとしての立場から各種メディアが「フェアユース」を主張する利用者を好意的に取り上げるとは必ずしも限らないから、利用者側にとっては極めてリスクの高い要素となる可能性がある*7


企業に対する監視の目が厳しくなっている今、「法的には問題ない」というお墨付きを得ることができたとしても世の中がどういう反応を示すか不透明な状況では、リスクはとりにくい。



というわけで、仮に「フェアユース」が導入されたとしても、“その先の道はバラ色ではない”ということを、我々は心にとどめておく必要があるように思う。


もちろん、筆者個人としては期待するところ大なのであるが、今年に入ってからの進捗が順調すぎるだけに、本格的な議論が始まった後の(あるいは法改正が行われた後の)反動が怖い・・・。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080708/1215560447

*2http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080825/1219707166

*3日本経済新聞2008年9月8日付朝刊・第16面。

*4:「勝手な解釈で権利侵害が横行しても、裁判を経ないと保護されないというのでは権利者の負担が増す」というもの。

*5:後者については、たとえ非営利でもそれによって権利者の利益が害される可能性があるのなら、「フェアユース」規定の適用が躊躇される場面は出てくるだろう。

*6:この点については、同一性保持権に関する著作権法20条2項4号の解釈が参考になろう。

*7:今、「フェアユース」を礼賛している日経新聞にしても、「学術・研究目的でクリッピングした自社記事をネット配信するような行為」が登場した場合に、好意的に接するかどうかは保証の限りではない」。

2008-09-07

[][]今度のW杯予選は面白くなりそうだ。

日本対バーレーン


大事な最終予選の初戦、にもかかわらず、キックオフの瞬間をぼんやりと眺めただけで、次の瞬間目を開けたら、終了後のダイジェストシーンに切り替わっていた筆者のこと。


試合の結果に細かい茶々を入れる資格などないことは百も承知している。


ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、今回の予選は久しぶりにあのキリキリするような思いを味わえそうだ、ということくらいだろうか。


この感覚、嫌いじゃない(笑)。

2008-09-06

[][]止まらない飯村コート。

飯村敏明判事が知財の世界に復帰されて以来、すっかり定番となってしまったこのシリーズ。


つい先日も、夏休み明けの「特許庁への一撃」をご紹介したばかりであるが*1、今回は権利者に向けての強烈な一撃、お馴染みの「付言」である。


知財高裁平成20年8月28日(H20(ネ)第10019号)*2

控訴人(原告) :AGCセラミックス株式会社

被控訴人(被告):黒崎播磨株式会社


事案としては、被控訴人が控訴人の有する特許(特許第3531702号、「不定形耐火物の吹付け施工方法」)を侵害した、として控訴人が訴えているシンプルな特許権侵害訴訟なのだが、他の侵害訴訟と同じく、問題となっている特許をめぐる攻防はなかなか激しい。

平成18年     本件訴訟が原審に帰属

平成18年     本件訴訟係属後、被告が本件特許の無効審判を請求

         (無効2006-80246号)

平成19年8月3日  特許庁が本件特許の無効審決(第一次無効審決)

平成19年     原告が上記無効審決の取消訴訟知財高裁H19(行ケ)10309、10310号)

平成19年11月14日 原告による本件特許の訂正審判請求

平成19年11月30日 知財高裁が特許法181条2項に基づく上記取消訴訟の取消決定

平成19年12月20日 原告による本件特許の訂正請求

平成20年3月28日  原告による本件特許の訂正請求

平成20年5月22日  特許庁が訂正を認めた上で、二度目の無効審決(第二次無効審決)

平成20年6月24日  知財高裁で本件訴訟口頭弁論終結

平成20年7月1日  原告が第二次無効審決の取消訴訟を提起

平成20年7月17日  原告による本件特許の訂正審判請求(8月21日取り下げ)

平成20年8月20日  原告による本件特許の訂正審判請求

結局、本判決では原審に続いて被控訴人(被告)側の特許法104条の3第1項の抗弁を認めることで、請求棄却(控訴棄却)という結論を本筋で導いているのだが、口頭弁論終結の時点で、ちょうど訂正後の特許についても特許庁が無効審決を出したばかりであったことを考えると結論としては穏当であるように思われる。


だが、第3部の凄さはその先にあった。


裁判所は「付言−事実審の最終口頭弁論終結後の訂正審判請求において」という項を設け、原告側が口頭弁論終結後に審決取消訴訟を提起、訂正審判請求を行っていることに言及した上で、「口頭弁論の再開の要否を含む審理のあり方」について次のように述べる。

ア まず,上記各訂正審判請求の内容を検討すると,平成20年7月17日の各訂正審判請求は,本件各特許の無効理由を解消するものとは認められず(原告も,同訂正審判請求を取り下げている。),上記平成20年8月20日の各訂正審判請求は,これが認められる蓋然性は極めて低いものと判断できる。

また,上記各訂正審判請求に係る訂正後の特許請求の範囲の請求項1を前提として,被告製品が,同請求項1に記載された各発明の使用に用いる物であってその発明による課題の解決に不可欠なものであるかを検討すると,本件記録に照らして,被告方法が上記各発明の技術的範囲に含まれることを認めるに足りる証拠は見当たらない。そして,技術的範囲に含まれるか否かの点について,原告に主張立証を補充する機会を与えるとするならば,原告と被告との間の本件各特許権の侵害に係る紛争の解決を著しく遅延させることとなると解すべきである。

イ仮に,上記平成20年8月20日の各訂正審判請求が認められ,訂正審決が確定するという事情が生じることを想定した場合には,当審のした判断を覆す主張をする余地が生じ,また,たとえ判決が確定した後においても,民訴法338条1項8号所定の再審事由に当たる余地が生じ得ることになる。

しかし,仮にそのような事情が生じたとしても,原告が,そのような事後的事情変更を理由として,当審のした判断を覆す主張をすることは,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないというべきである。その理由は,特許法104条の3第1項の規定が,特許権侵害訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,無効主張をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解され,また,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解され,このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきであるからである(最高裁判所平成18年(受)第1772号事件・平成20年4月24日第1小法廷判決)。

そして,本件においては,第1次無効審決A及びB,原判決,第2次無効審決A及びBにおいて採用された被告の無効主張は,いずれも乙40文献に開示された発明及び乙7文献に開示された発明との関係での進歩性の欠如であったことに照らすならば,原告は,被告の当該無効主張を排斥し又は覆すための対抗主張として,単に平成20年3月28日の訂正請求に基づく訂正A発明及び訂正B発明における無効理由の解消等を主張するばかりでなく,当審の口頭弁論終結前に,第2次無効審決A及びBの取消訴訟を提起し,本件各特許について特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判請求をするなどして,これに基づく対抗主張を行うことが可能であったというべきである。したがって,仮に,上記のような事情変更を想定したとしても,そのことを理由とした対抗主張を,適法な主張として審理をすることは,原告と被告との間の本件各特許権の侵害に係る紛争の解決を著しく遅延させることとなると解すべきである。

ウ 以上のア及イのいずれの観点からも,原告が上記各訂正審判請求に係る対抗主張を当審の口頭弁論終結前に提出しなかったことが正当化される根拠はなく,本件について口頭弁論を再開する必要はないものと認められる。

(46-48頁)

訂正審決の確定が特許権侵害訴訟の帰趨にどのような影響を与えるのか、という点については、既に今年に入って最高裁判決が出されているところであり*3、審決が確定してもそれが「上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるもの」である場合には、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されない、という結論が既に出されていたところである*4


だが、本件では訂正審判請求が認められることが確定したわけではないし、そもそも判決の時点では口頭弁論再開申請すらなされていない状況であった。


それでもあえて先回りして、原告の再審事由該当主張の余地を封じようとするこの執念やいかに(笑)。


裁判所としては、既に4度も訂正請求(訂正審判請求)が行われている本件特許の価値を見切ったのかもしれないし、いまどき“訂正作戦”を使ってくる原告側の戦術に不快感を抱いたのかもしれないが、問題が顕在化する前にこれだけ分厚い「付言」が判決文に書き込まれる、というのは極めて珍しいことなのではないだろうか。


いずれにしても、最高裁判決の知財高裁レベルでの受け止め方、そして飯村コートのスタンスを理解する上で、非常に興味深い「付言」であることは間違いないように思われる。

2008-09-05

[]元検事総長の看板

“ヤメ検”を冠する弁護士は世の中にそれなりの数いるが、「総長」の肩書が付く人となるとそうそういるものではない。


それゆえ、大手の事務所が「看板」として重宝しようとするのは当然といえば当然なのだが・・・

検事総長を二年間務め、6月に退任した但木敬一弁護士が10月1日付で、企業法務を中心とする大手法律事務所、森・浜田松本法律事務所の客員弁護士になることが分かった。」

検事総長経験者が500社を超える企業を顧問先とする大手法律事務所に所属するのは初めて」(日本経済新聞2008年9月5日付朝刊・第13面)

正直、“現役”時代の肩書がなんとか長だったり、なんとか長官だったりする先生方*1コストパフォーマンスの悪さは業界内では周知の事実になっていたりするわけで、個人的には、

「あ、そう。」

といった程度の感想しかない。


前線で戦っている企業の実務担当者が求めているのは、一緒になって戦ってくれる“強力なプレイヤー”なのであって、立派な肩書をもった有名な認証官、政府高官、大学教授を何人抱えていようと、それで事務所の評価が変わるわけではないし、事務所に持ち込む仕事の数が増えるわけじゃない。


芸能事務所じゃないんだから、“有名人”を雇う余裕があるなら、その分有能なアソシエイトやパラリーガルに報いる方に割いてあげてほしい、というのが実務屋の本音だ*2


もっとも、こういった先生方が、時には、社内のお偉方を黙らせるアイテムとして有効活用できる場合もある。


「○○先生がこう行ってました」といった瞬間、それまで自分の手がけたプロジェクトに未練たらしくしがみついていた役員がしゅんとなって白旗あげたり、(元々勝ち目のない)訴訟で一審に負けてボロクソに言ってた部長が、控訴審で同じように負けても、「○○先生で負けたんならしょうがないな」と、ヘタレ笑顔を浮かべていたりするのを見ると、“ブランド効果”というのはつくづく大きいものだなぁ・・・と、思わず感心してしまうわけで。


まぁ、筆者のようにひねくれていない善良な人々には、高級な職にありし人たちの“オーラ”が見えるのだろう。きっと。


・・・と自分を納得させている今日この頃である。

[][]ギャロップレーサーウイニングポスト

ゲーム業界の合従連衡をめぐる、きな臭い動きが報じられている。

ゲームソフト会社でともに東証一部上場テクモコーエーは4日、経営統合に向け協議を始めると発表した。経営統合委員会を設け、11月上旬をメドに統合の具体策を詰める。テクモは同業のスクウェア・エニックスからTOB株式公開買い付け)提案を受けていたが、経営陣はこれを拒否し、コーエーとの統合を選んだ。」

日本経済新聞2008年9月5日付朝刊・第9面)

テクモと言えば、かの有名な「ギャロップレーサー」事件の被告として知られる(笑)会社で、これに限らずアクション系のゲームを作らせればキラリと光る会社であるが、さすがにこれだけハードの進化のスピードが早いと、さすがに単独での生き残りは辛くなってきたようである。


個人的には、スク・エニに吸収されるよりも、コーエーと合併して、勝ち鞍を挙げると馬主が頭下げに来る騎手シミュレーションゲームだとか、リアルで斬り合いをしつつ領土を拡張していく戦国時代ゲーム、といった新基軸を打ち出してほしいものであるが・・・(笑)。

*1:なお予め断っておくと、これから述べる内容は、あくまで過去の経験則から導かれるものに過ぎず、これから新たな一歩を踏み出されようとしている前・検事総長氏がそうだ、と言っているわけではない。あしからず。

*2:ついでにクライアントへのサービスを目に見える形で(=コスト引き下げで(笑))引き上げてくれるともっと嬉しい。期待はしてないけど。

2008-09-04

[]最高裁裁判官人事の波乱。

宮川・新最高裁判事の記者会見が行われた翌日、突如としてそのニュースは飛び込んできた。

最高裁は4日、横尾和子最高裁判事(67)について、内閣に対し依願退官の手続きを取ったと発表した。最高裁判事の任期途中の退官は10人目。後任は未定。」

日本経済新聞2008年9月4日付夕刊・第20面)

記事にもあるとおり、横尾裁判官は、現在の最高裁判事の中でもっとも在任期間が長い(6年9ヶ月)。


しかも、最高裁判事にしては珍しく、60歳をわずかに超えたばかりの若さでの就任だったこともあり、定年までの任期も、長い方から数えて15人中7番目、と、今後の最高裁判例動向を占う上でカギとなると思われていた判事であった。


先のエントリー*1でも言及したように、先日退官された才口千晴判事に続き、これから津野修判事、島田仁郎長官、泉徳治判事と、年末から年始にかけて3裁判官が立て続けに退任されることが予定されている。


特に、これまで異彩を放っていた第一小法廷の泉徳治判事が抜けることで、近年の“積極的判決”がどうなるか・・・という点が気になっていただけに、同じ小法廷を担当してきた(しかも泉判事と並んで、“少数意見”を構成することが多かった)横尾判事の退官は、極めて大きなトピックになるのではないかと思う。


公式のコメントとしては、

「大法廷事件をはじめとする事件処理上の区切りもついた現段階で、重責から離れたい」

というご本人の弁が掲載されているが、真相はどうなのか・・・。


どうにもこうにも気になって仕方がない。


(追記)


5日付の夕刊で、政府は、後任の最高裁判事に旧労働省女性局長の桜井龍子氏(61)を任命する予定であることが発表された。


随分てぎわが良いというか何と言うか・・・。


これまで行政官として、実績を積んでこられた方なのだろうし、選ばれたご当人にケチを付けるつもりはないのだが、どうも人材供給源が固定化してるなぁ・・・と感じるのは筆者だけだろうか?

2008-09-03

[]ここのところ特に

弱気の虫が疼いている・・・。


その原因のひとつが、

「一年の前半の仕事を整理すると同時に、新しいアイデアのネタを仕入れる」

という有為な作業に充てるはずの貴重な夏の時間を有効に使えなかった、ということにあるのは間違いないのだが、それにしてもこの調子の悪さはどうか。


自分ではまだまだ若手の範疇に含まれる年代だと思っていても、20代の頃のように猛烈な力業で仕事を片付けるのはちょっと厳しくなっている今日この頃。


見方によっては“踏ん張りどころ”のようでもあり、別の角度からみれば、“潮時”ということもできる。


落ちつつある力を素直に自覚して、違う生き方(=企業人としての理想的な生き方)を模索するのか、それとも、“生涯一プレイヤー”としての生きざまを貫くのか、などというと大げさな話になるが、それでもささやかな「タイミング」が目前に迫っているのは事実なわけで。


今年の間に潮目が変わるのか?


政治の世界ほど急ではないが、かといって10年同じように生き続けられるほど悠長な世界でもない。


できることならいろんな膿を出し切って、爽やかな気分で今年の暮を迎えたいところだが、今年も結局は煩悩の鐘の音を聞くことになるかもしれない、と思うと、さらに憂鬱な気分になる。

2008-09-02

[][]“うっかりミス”では片付けられない問題

法務担当者として、非常に驚かされたニュースがある。

全日空は2日、6月9日から受け付けたキャンペーンの景品の往復航空券が、景品表示法が定める上限価格を超える可能性があり、景品をさしかえた上でキャンペーン登録者におわびすると発表した。同社は先月25日、誇大広告による同法違反で公正取引委員会から排除命令を受けたばかり。」(2008年9月2日付夕刊・第16面)

正直、先に問題になった「優良誤認」について言えば、まだ同情の余地はあった。


パンフレットの写真と実物が違う!なんて宣伝広告物は世の中に数多あふれているし、厳格に適用するにしても、何をもって「著しく優良」というかの線引きは曖昧なままだ。


“イメージ広告”的な宣伝手法も多用されている現代においては、どこからが“イメージ”でどこからが“事実”なのか、といったことすらはっきりしていないのが現実なのであって、スレスレのところを狙って、最大限の広告効果をあげようとしている会社も多い。


そんな中での「排除命令」だけに、常時同種のリスクに曝されている企業人であれば、法に反したことを責めるよりも先に、“ライバル企業に刺されたのか”とか、“公取委に目を付けられたのか、気の毒に・・・”といった思いが湧いて来ても不思議ではない。



だが、今回記事になってしまったのは、「景品の上限額規制」という、至って初歩的で、機械的に答えが出せる問題である。


商品の購入とバーターで景品を付与する場合に、景品額が上限規制を受けるなんてことは、法務担当者であればもちろん、宣伝・広告担当者にとってもイロハの“イ”ともいうべき話。


にもかかわらず、「インターネットを通じた航空券予約・購入者に対して、数百万にもなるファーストクラスチケットを景品としてプレゼントする」なんてスキームを、“ついうっかり”採用してしまう・・・なんてことは普通では考えられない。



そして、自分にはもう一つ気になったことがある。


景表法違反の指摘を受けたキャンペーンについては、全日空のサイト上にhttp://www.ana.co.jp/topics/notice080828/index.htmlのようなお知らせが掲示されており、景品が景表法上の上限ギリギリの額の航空券に差し替えられている。


だが、実はこのお知らせ、どこを見ても景表法の「け」の字が出てこない。新聞記事を読まずにこの案内だけを見たら、よほど勘のいい人でなければ何が背景にあるのか、気付かないだろう。


それでは、とプレスリリースのコーナーに飛んでみても、今回の件はもちろん、先日の排除措置命令に対するコメントすら見当たらない。


本来、こういうときは、何よりも早く明確にお客さまに情報を伝え、潔く謝罪する、というのが(いいか悪いかは別として)、定石だったはずなのになぜ・・・?




おそらく当事者となった会社の中では、これから社内外の法務リソースを結集して、社内での営業担当者向け“景表法講座”を行ったり、リーフレット等の配布を行うなどして、徹底した注意喚起を行うことになるのだろう。


だが、会社の姿勢を示すためには、それより先にまずやることがあるのではないか。


キャンペーン情報ばかりが踊るHPを見ていると、ちょっと空しくなる。


Q&A 景品表示法―景品・表示規制の理論と実務

Q&A 景品表示法―景品・表示規制の理論と実務

2008-09-01

[][]最後に見せた意地?

朝刊に、奇妙な世論調査の結果が載っているのを見て、「これだと近々、投手(党首)交代もあるかもなぁ・・・」と思った矢先の出来事であった。


福田首相辞任。


まぁ、どこのメディアも言いたい放題、叩きたい放題。街角の酔っ払いや世間知らずのおばちゃん捕まえては、“無責任”だの何だのと連呼させているのだが、今の政治状況で総理の椅子に座って、どっしりと仕事ができる奴なんて、世界中のどこ探したっていないだろう。


最後の記者の挑発的な質問に対し、

「私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたと違うんです!」

と返したくだりは、さすがに苦笑せざるを得なかったが、辞任という選択をした福田首相に、「先を見通す目」があるのは認めざるを得ないだろう。


代表制民主主義というのは、議論の過程を通じて歩み寄る可能性があって初めて成り立つものなのであって、政権奪取のために、良い政策だろうが悪い政策だろうが、頑なに反対を貫き通す民主党のような存在がある限り、遅かれ早かれ、ニッチもサッチもいかない状態に追い込まれてしまうのは分かりきっていた*1


そうなると、残された選択肢は、支持率をさらに下げること覚悟で衆院の圧倒的多数を生かしきるか、ヤケッパチで衆院を解散してみるか、あるいは、今すぐ内閣総辞職する、のいずれか、ということになろう。


プライドの高い福田首相にしてみれば、前の二つを選択する余地はなかったわけで、そうなれば自ずと答えは見えてくる*2


権力の座にいる間は「辞めろ辞めろ」の大合唱。辞めたら辞めたで「無責任」の大合唱。


そんな“世の中の声”なんていちいち相手にしてられるかっ! と、自らマウンドを降りた首相の行動は、政治家としては大人気ないのかもしれないが、一人の人間のとる行動としては共感せざるを得ない。



ちなみに、冒頭で紹介した世論調査の結果は、

内閣支持率が低下(不支持率上昇)する一方で、自民党の支持率が民主党の支持率を引き離し、“首相にふさわしい人”の人気投票では麻生太郎氏が大差をつけてトップに。」

というものであった。


辞任は先週末から決めていた、というが、もしかしたら、こんな世論調査の結果も少しは影響したのかなぁ・・・と想像してみたりもしているのだが、本当のところはどうなのだろう・・・?


“引き際”を意識しながらも、諸事情によりズルズルと仕事を続けざるを得ない者から見れば、福田首相の潔さが羨ましくもあり、別の世界の出来事のようでもある。


自分の“支持率”と、後釜に入りそうな人間の“支持率”が毎月数字で示されるようにでもなれば、少しは決断のタイミングも計れるのかもしれないが(苦笑)、残念ながら今の人事考課制度の下では、それは叶いそうもない・・・。

*1:既にそういう状態になっていた、というべきなのかもしれない。

*2:後から考えれば、“大連立”構想が明るみになって、民主党内が動揺していた去年の秋くらいに解散総選挙を仕掛けておけば違う流れになったのだろうが、あの時は確か、臨時国会で重要法案を審議していた真っ最中だったわけで、機を逸したことを誰も責められまい。

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