企業法務戦士の雑感 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2008-11-15

[]最初で最後の独白。

昨日おとといと、あちこちで、いろんな方からお祝いの言葉やメールをいただいた。


思えば、メールなんていう文明の利器が世の中に登場して以降、万人に共通して祝ってもらえるような分かりやすい結果を出したことは今までなかったような気がして(苦笑)、それだけに嬉しくもあり、戸惑いもあり、といったところである。


結果が出たからといって明日から劇的に生活が変わるというわけではないし、そもそも、客観的に見れば、今の段階は、スーパーマリオの最初のステージでクッパ影武者を倒してやれやれ・・・といった程度のものにすぎないわけだから、これから新卒で就活始めるような歳でもない自分が手放しで喜ぶわけにはいかない。


それに、「1%未満」という数字が一人歩きしていることに対してはいろいろと複雑な思いもあって*1、特に、初めて受け始めた頃に、“1500の枠をめがけて殺到する人々の熱気と狂気”に弾き飛ばされた記憶を思い返すと、なおさらその思いを強くする。


今も昔もあと一歩で手が届くポジションにいながら、無念の撤退、という道を選択しなければならなかった方々は数多くいたはずで、それに比して“汝はふさわしい資質を備えているのか?”ということは、常に問われ続けるだろうし、自分への戒めとして、問い直し続けていかなければならないだろうと思っている。


* * * * *


ちなみに、「どうしてこれまで・・・?」ということは何度となく聞かれるだろうから先に答えておくと、

「自分の仕事をまっとうしながら目指すには、これしか道がなかった」

ということに尽きる。


もちろん、巷で言われているような“最悪のシミュレーション”を想定したリスクヘッジという意味合いがなかったわけではないし、試験との相性、というテクニカルな要素も無視することはできないのだが、格好つけたことを言えば、それ以上に、「法務部員」としての自らに課された責任を果たし続けたい、という思いが自分には強かった。



「そうでなくても、会社の中では吹けば飛ぶような存在でしかない法務部署で、絶え間ない人材流出が続くようなことになれば組織としての存在意義を問われることにもなりかねないし、それに加えて“有資格者採用”の「外圧」が強まってくれば、これまで企業法務の屋台骨を支えてきた“叩き上げ”のスタッフたちの誇りはどうなる・・・?」

この数年間、ずっと自問自答していた。


会社を飛び出していたら、慌ただしい日常の中で3日もたてば忘れてしまうようなことだったのかもしれない。


だが、自分には、生え抜きとしての意地もあるし、これまで育ててもらった恩義もある。


経済的な不利益や身分上の不利益なら、その後の自分の努力次第で埋め合わせることは可能だが、敵前逃亡することによって失われた信頼は、一生かかっても埋め合わせることはできない・・・


そんな思いもあった。


会社に入って「法務」という仕事に出会わなければ、自分が法律に興味を持つこともなかっただろうし、本格的に勉強しようと思うこともなかっただろう*2


そして、仕事を通じていくつもの貴重な出会いを経験することもなく、ましてや、こんなブログを書き始めることもなく、狭い業界の沼の中に閉じこもって日々を過ごしていたかもしれない。


そう考えると、自分は今の仕事と、ここに自分を導いてくれた方々に足を向けては寝られないわけで、時に斜に構えて卑下してみたり、茶化してみたりすることはあれど、“自分の中には「法務の血」が流れているんだ!”という思いが変わることはなかった。


* * * * *


当然ながら、ここにたどり着くまでの間には迷いもあったし、葛藤もあった。


仕事と勉強の両立、と言えば聞こえはいいが、実際に時間を費やせたのはもっぱら前者の方だけで、普通の受験生なら半年で回せるような内容を、数年がかりでやるようなスピード感に正直絶望的な気分に陥ったこともあったし、仕事の中で結果を出しさえすれば、会社の中でも、そして法務という業界の中でもしかるべき評価を受けられる(少なくとも経営者の気まぐれで組織が消滅することはないし、有資格者が5人や10人入ってきたくらいで、生え抜きの法務社員が仕事を失うこともない(と自分の眼には映った))、何百人とスタッフを抱える一流企業の法務部門の中で働いている人間を羨んだことも、一度や二度ではない。


仕事で結果を出し続けなければ、社内でのポジションも発言権も確保できない。その一方で、誰にでもわかるような明確な「証」を自力で手に入れなければ、いつか自分が働く場所を失ってしまう・・・


そんなジレンマに苛まれていた時期もあった。


でも、今思えば、決して恵まれた環境ではなかったからこそ出せた力もあるんじゃないかと思うから、ここまで自分を連れてきてくれた運命のすべてに、今は感謝している。



なお、最後にもうひとつ。


「企業法務」という世界には、資格なんて持たなくても、優れたバランス感覚と卓越した交渉力、そして人間的魅力を駆使して、企業の危機を救うとともに、企業が世の中にもたらそうとしている災禍を未然に食い止めるために日々奮闘している人々が大勢いる。


「法」という規範に真摯に向き合い、その解釈に知恵を絞り、考えうる最善の解を導くために全力を尽くす・・・という、それぞれの組織の中で培われた“力”は、巷の「プロ」に勝るとも劣らないものであって、諸先輩方から見れば、まだまだ駆け出しの筆者など、到底足元にも及ばない。


だから・・・


これから先、筆者自身が研鑽を重ねて、偉大な先人にちょっとでも追いつけた、と思える日が来るまでは、自分が「先生」と呼ばれる立場になるなんて、(仮になれるチャンスがあったとしても)恐れ多くてとても無理な話である。



男だろうが、女だろうが、人の心は秋の空のようなもので、それゆえ、“生涯一企業法務戦士”などと振りかぶったことをいうつもりはないが、この世界には、一生かかっても学びきれないほど学ぶべきことは多いし、骨の折れる問題が後から後から湧き出てくるのも確か*3


ゆえに、自分は、これからも「企業法務戦士」であり続けるだろうし、これからもそうありたい、と思う。




以上、思いのほか長くなってしまったが、明日付のエントリーからは通常メニューに戻るつもりなので、読者の皆様、ご安心ください・・・。


まずはエリザベス女王杯の予想から・・・(違うっ!)*4

*1:大学入試を考えればわかることだが、どんな試験でも「倍率」と「難易度」は必ずしもリンクしていないわけで、その数字だけで試験の「格」や合格者の「質」を語るのは、ちょっと筋違いな議論だろうと思う。

*2:法学部出身者がいうセリフでは本来ないのだが・・・(苦笑)。

*3:そして、そういった問題を片付けたときの達成感と、安堵感を矢面に立たされていた事業部門のスタッフと共有できるのは、社内で仕事をやっている人間だけの特権でもある。

*4:と思ったら、書いている間にレースが終わってしまった17日の夕暮れ時。

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